さて今年はへび年です。へびに関連した有機化学の話題というと、August Kekuleによるベンゼン環構造解明の話(1865年)が有名ですね。当時、ベンゼンのC6H6という構造は謎とされていましたが、Kekuleは6匹のへびがしっぽをくわえて輪になっている夢を見て、6員環構造を思いついたという逸話です。このあたりは本館で以前に書いています(ただこの逸話は真実かどうか、諸説があるようです)。

benzene
Kekuleは、単結合と二重結合が素早く入れ替わっているため、区別ができなくなっていると考えた。

 1965年、Staabらはベンゼン環がつながって大きな正六角形を成した化合物を考え、これを「ケクレン(kekulene)」と呼ぶことを提案します。ベンゼン環構造提唱100周年を記念したものです。

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ケクレン(Kekulene)

 その13年後の1978年、StaabとDiedrichらにより、初めてケクレンが実際に合成されます。ここで科学者の興味を引いたのが、このケクレンが実際にはどのような共鳴構造を持つかです。下のような2つのパターンが予想されました。要は、左のようにベンゼン環が6つ連結した構造とみなすべきか、右のように18π系の内側の環が、30π系の外側の環に囲まれた構造とみなすか、ということです。

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ケクレンの2つの予想共鳴構造。左がClar型、右がKekule型。

 これは、NMR測定で簡単に判別できます。右のKekure型構造であれば、環の内側の水素はπ電子の遮蔽を受け、異常な高磁場領域に観測されるのです。下の18π系化合物([18]アヌレン)では、環の外側についたプロトンのピークが8.9ppm付近に現れるのに対し、内側は-1.8ppmという異常な場所に観測されます。

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[18]アヌレン

 なのでケクレンのNMRをとってみて、内側のプロトンが通常の芳香環領域に出ればClar型、異常に高磁場に出ればKekule型と判定できます。実際にはケクレンの溶解度が非常に悪いため苦労したようですが、内側のプロトンは10.4ppmあたりに観測され、Clar型の構造の寄与が強いという結論になりました。

 ここまでは芳香族化合物の解説書には必ず出ているお話なのですが、このほどケクレンの兄貴分にあたる、七角形の化合物が合成されました(論文こちら)。ラテン語で「7」を表す「septimus」とkekuleneから、セプチュレン(septulene)と命名されています。

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septulene

 ケクレンの合成は非常に手間がかかっているのですが、セプチュレンの方は鈴木-宮浦カップリングとオレフィンメタセシスの2大ノーベル賞反応を駆使し、わずか7段階で作られています。合成化学の進歩は素晴らしいですね。といっても一筋縄でいったわけではなく、重水素をうまく使うなど工夫がいろいろなされていますので、興味のある方はぜひ元論文を当たって下さい。

 さてこのセプチュレンでは、Kekule型構造とClar型構造のどちらをとるのでしょうか?NMRをとってみたところ、内側のプロトンは10.19ppmに観測されたとのことです。溶媒が違うので直接比較はできないものの、これもケクレンと同じくClar型構造をとっていると判定できます。有機化学の世界では、環のサイズが6と7で全く別物になることも多いのですが、ケクレンとセプチュレンは正真正銘の兄弟分ということが実証されました。

 著者らも論文の最後で触れていますが、Kekuleの名を冠した化合物が、Kekule構造をとらないというのはちょっとした皮肉です。天国のKekuleも、この結果にちょっと苦笑いをしているかもしれません。