カーボンナノチューブは、炭素からできた蜂の巣状の網の目が、丸く筒状になった物質です。この炭素材料の素晴らしい特質と可能性に関しては、旧サイト本ブログで何度も書いてきています。同じ炭素材料で、すでにノーベル賞を受賞しているフラーレンやグラフェンに比べても、そのポテンシャルは優ることはあっても劣ることは決してないといってよいでしょう。

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カーボンナノチューブ

 カーボンナノチューブは、シリコンに代わる高速コンピュータの材料、超強靭な繊維など、あらゆる可能性を秘めています。しかし発見から22年が経った今も、まだこれといった応用が出てきていません。この原因は、「性質の揃ったカーボンナノチューブが作りにくい」という一点に集約されます。

 構造が一つに決まっているフラーレンやグラフェンと違い、カーボンナノチューブには直径やねじれ具合の違うものが存在します。合成にはいろいろな方法が知られていますが、どの手立てを使っても完全にねじれ具合や直径を制御する方法はありません。とくにねじれ具合によってカーボンナノチューブの電子的性質は全く違うものになりますから、これらが入り混じった状態では使い物にならないのです。しかもこれらを完全に分離精製することも、いまだ達成されていません。というわけで、ナノチューブのねじれ方・直径の制御は、現代科学にとって重大な挑戦であるといえます。

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カーボンナノチューブのいろいろ

 この点について、合成化学からのアプローチが近年積極的になされています。その入口となるのは、シクロパラフェニレン(CPP)と呼ばれる化合物群です。下図のように、ベンゼン環がネックレスのようにつながった分子であり、カーボンナノチューブを薄く輪切りにした構造にも当たります。

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シクロパラフェニレン(CPP)

 このCPPは長らく合成されす「幻の分子」でしたが、2008年ごろから一挙に研究が進み、今では環のサイズなどを自在に変えたものが得られるようになっています(参考)。さらに詳しくは、筆者も「現代化学」2012年10月号で解説を書いていますので、興味のある方は図書館などで探してみて下さい。

 ということで、これを足がかりに長さを伸ばしていけば、一定の直径のカーボンナノチューブが得られるはずです。ただしここから一歩一歩有機合成の手法で環を積み上げていくのでは、あまりに手間暇がかかりすぎて、長いカーボンナノチューブを作ることはとてもできそうにありません。

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1段ずつ積んでいくのでは手間がかかり過ぎる

 今回、名古屋大学の伊丹らは、この問題を一気に突破するアプローチを報告しました(論文)。ベンゼン環12個から成る[12]CPPまたは9個から成る[9]CPPをサファイアの基盤に塗りつけ、ここに高温でエタノールを作用させたところ、このCPPを元に炭素が積み重なり、カーボンナノチューブができることが確認されたのです。

 できたカーボンナノチューブの直径を調べると、テンプレート(鋳型)に用いたCPPとほぼ同じ太さのカーボンナノチューブが生成していることがわかりました。直径の制御は完璧でなく、多少分布幅がありますが、まずCPPを元に炭素が積み重なってできたものと考えてよいと思われます。

 理屈の上では、さらに太いものや細いもの、ねじれのあるものなどもテンプレート次第で合成可能です。こんなにうまく行くものかと思いますが、まさに有機合成とナノカーボン技術の融合によって生まれた、素晴らしいブレイクスルーであると思います。

 
 極めて純粋な鉄は、我々が知っている鉄とは別物で、酸やサビに極めて強く、柔らかく展性が高い金属だといいます。通常身近で用いられている鉄は、多少の不純物を含んだ「合金」であり、本物の鉄ではないのです。これと同じように、今まで我々が知っていたカーボンナノチューブは、いろいろな直径やねじれのものが混じりあったものであり、純粋なナノチューブの力はまだ知られていない可能性もあります。

 今回の研究は、そうしたカーボンナノチューブの新たな世界を切り開く第一歩になりえます。登場から四半世紀近くを経たこの炭素材料が、いよいよその真価を発揮する時が来たのか、今後の展開を楽しみに見守りたいと思います。