最近、アクセスカウンタがうまく表示されない不具合が続いていたようです。どうもそうこうしている間に、200万アクセスに到達してしまったようですね。100万アクセスの時同様、プレゼント企画でもやるかと思っていたのですが。ちなみにブログ移行(2006年5月)から100万アクセス(2011年5月)までは約5年でしたが、そこから200万までは2年ちょいで到達しました。SNSの発達なんかのおかげかと思いますが、まあ今後とも頑張ってまいりたいと思います。

 さて今回は、芳香族化合物のお話。芳香族化合物というのは、π電子を持った原子がくるりと環を作り、その共鳴効果によって全体として安定化するものです。ただしこのπ電子がいくつでもよいというわけではなく、(4n+2)個の時に安定化します。ベンゼンは典型的な例で、6個のπ電子が環をなしています(n=1)。

 しかしこれが4n個であると、反発が生じて逆に不安定化します。このためn=1のシクロブタジエン、n=2のシクロオクタテトラエンなどは「反芳香族」となり、ベンゼンとはまるで逆の不安定化合物になります(実際には、シクロオクタテトラエンは舟型の構造をとり、平面的でないために反芳香族性は緩和され、単なるオレフィンに近い性質を持ちます)。
huckel
真ん中のベンゼンは安定だが、4π・8π系は不安定になる。

 もっと大がかりな芳香族化合物もあります。ポルフィリンはその典型的なもので、ピロール(窒素1つを含む5員環)単位4つが炭素ひとつずつを挟んで大きな環を成しています。全体として18π電子系(n=4)であるため、芳香族として非常に安定になるわけです。というわけで、天然にもヘム(ヘモグロビンの色素部分)など、ポルフィリン骨格を持つものが数多く知られています。

porphyrin
ポルフィリン

 ポルフィリンには、ピロール単位の数が違うもの、部分的に還元されたもの、間の炭素が増減したものなど多数の類縁体が存在しています。その奥の深さたるや尋常ではなく、めくるめく底なしのポルフィリンワールドを形成しているわけであります()。

 たとえば、ポルフィリンから炭素をひとつ減らしたものは「コロール」(corrole)と呼ばれ、これもたどっていくと18π電子系を持っていることがわかります。なのでこれも安定な化合物であり、多くの誘導体が作られています。

corrole
コロール

 では、もうひとつ炭素を抜いてしまうとどうなるか。炭素が一つ少ない類縁体には「ノル」(nor-)という接頭語をつける慣習がありますので、これは「ノルコロール」と呼ばれます。しかしこの化合物は、どう数えてみても16π電子系、すなわち4n系列に入りますので反芳香族性を示し、不安定と考えられます。実際、長らくノルコロールは作られず、「幻の化合物」であり続けました。2008年に初めてBroringらが合成に成功しますが、単離できるようなものでなく、ようやくNMRなどで存在を確認できたというレベルにとどまっています(論文)。

norcorrole
ノルコロール

 ところが昨年、名古屋大学の忍久保らのグループが、ノルコロール合成に成功してしまいました。しかもグラム単位で、ごっそりと安定に単離できたというのです(論文)。幻の生物、たとえばネッシーや雪男の大群があっさり見つかったようなもので、誰も予想だにしない事態でした。

 実は狙って合成したわけではなく、下左のような化合物をニッケルで還元的にカップリングして多量体を作ろうとしていたら、分子内できれいに環化してノルコロールができたということのようです。収率90%といいますから、どういうこっちゃねん、不安定とちゃうんかったんかと言いたくなるようなきれいな反応です。ノルコロール環についている水素は、NMRで1.45ppm及び1.60ppmに現れ、この環が反芳香族性であることを明確に示しています。

synthesis

 これは、中心金属のニッケルがノルコロールのサイズにフィットしていたこと、分子の「弱点」であるメチン炭素を、大きな置換基(メシチル基、Mes)でガードできていたことなど、いくつかの幸運が重なったためのようです。しかし合成してみると、空気中でも容易に取り扱えるほど安定で、またいろいろと面白い反応性を示すこともわかっています。

 キュバンなど、不安定で合成は不可能といわれていながら、実際に取り出されてみると意外に安定だった化合物の例はいくつかあります。これは絶対無理、と先入観を持たず、何でもやってみるものだなと思わされます。