このタイトル、別に成績の評価の話ではありません。ホウ素のアニオンとカチオンのお話です。

ホウ素という元素は、周期表で炭素の隣に位置していますが、天然の存在量が多くないため、あまり一般になじみのある元素ではありません。しかし有機化学の分野においては、還元剤として、ヒドロホウ素化や鈴木−宮浦カップリングなど重要な反応の基質として、確固たる地位を築いています。

 そしてまた最近、ホウ素の化学はホットな領域になっています。そのひとつが、冒頭に挙げたホウ素のイオンの話題です。

 ホウ素の原子価は通常+3価ですが、その化合物(たとえばボラン(BH3)は最外殻に6電子しか持たず、オクテット則を満たしません。このため、他の化合物の電子対を受け入れやすい――別の言葉で言えば、求電子性が高い元素というのが常識です。

 しかし科学者というのは、常識tされていることを引っくり返したがる人種です。このホウ素を、求核性を持ったアニオンにするという非常識は、2006年に野崎・山下らによって達成されました(論文)。ホウ素−リチウム結合を持った下のような化合物が、初めて合成されたのです。この結合は極めてイオン性が高く、ホウ素はアニオンとして振る舞います。

BLi
ピンクがホウ素、紫がリチウム、青が窒素。

 窒素は電子を両側から供与することでホウ素の電子不足を補い、両側の大きな置換基(2,6-ジイソプロピルフェニル基)は、他の化合物の攻撃からB-Li結合を保護します。それにしても、原子番号3のリチウムと、原子番号5のホウ素がσ結合した化合物はこれが初めてだったというのですから、まだ化学者の仕事はたくさんあるのだなと思わされます。

 最近、この化合物の塩基としての性質が調べられました(論文)。結果、この化合物はトルエンのメチル基水素を引きぬき、水素分子をH+とH-に引き裂くことがわかりました。トルエンのpKbは40〜43ですから、極めて強力な塩基であることがわかります。


 一方、ホウ素のカチオンも登場しました。こちらは東工大の庄子・福島、東大の内山らによる研究です(論文)。こちらはホウ素の最外殻が4つしか電子が埋まっていない「ボリニウムイオン」という化学種です。これも、両側にかさ高い置換基をつけることで、立体的に保護しています。

borynium
ボリニウムイオン

 これはカチオンである以上、対となるアニオンが必要です。しかし通常のアニオンでは、中央のホウ素に求核攻撃してしまい、結合してしまうことが容易に予想されます。そこで、できるだけ求核性の低い対アニオンを持ってくる必要があります。ここで用いられたのが、ホウ素11個を含むカルボラン酸のアニオンでした。

carboran
カルボラン酸のアニオン。ピンクがホウ素、黄緑が塩素。

 これはReedらによって開発された「史上最強の酸」として知られるものです。その求核性の低さを活かして様々な場面で利用が広がっていますが、ここでも切り札となりました。ホウ素のカチオンを実現するために用いられたのが、ホウ素を主体としたアニオンであったとは面白い話です。

 こうして作られたボリニウムイオンは、二酸化炭素と反応してC=O結合を引き裂くなど、強力なルイス酸性を持つことが明らかになっています。通常のホウ素化合物もルイス酸として働きますが、ボリニウムイオンはそのさらに上を行く「スーパールイス酸」として振る舞うことが予想されます。今後、この性質を用いた反応が、続々と登場するのではないでしょうか。

 というわけで、ホウ素の化学がいま非常にホットになっています。新しい化学種、反応、概念の生まれる余地が、この領域にはまだまだあるのではないでしょうか。