某ミュージシャンの覚醒剤使用騒動に伴い、「アンナカ」という言葉がマスコミに流れるようになりました。アンナカは「安息香酸ナトリウムカフェイン」の略称ですが、単独の化合物名ではありません。興奮剤であるカフェインに、溶解性を上げるための安息香酸ナトリウムを混ぜたもので、これ自体は別に違法なものではありません。処方箋さえあれば販売可能ですが、最近ではあまり使われない医薬品のようです。ただし昭和の時代には、覚醒剤の混ぜ物あるいは代用品として出回ったことがあるとのことです(参考:弁護士小森榮の薬物問題ノート

caffeine
カフェイン

 このニュースを見た人から「安息香酸って不思議な名前だけど、なんだろう」という声があったので、ちょっとその話を書いてみます。化学者にとってはおなじみの名前ですが、由来を知っている人は少ないのではないでしょうか。

 安息香酸の構造は下図に示す通り、ベンゼン環にカルボキシ基がひとつついた、シンプルな化合物です。身近な用途としては、細菌の繁殖を防ぐ作用を生かし、ナトリウム塩として保存料に使われることがあります。

benzoate
安息香酸

 で、この名前は何なのかというと、「安息香」からこの化合物が発見されたためにつけられた名です。これは「アンソクコウノキ」という樹木から得られる樹脂で、安息香酸のエステルを多量に含み、このためバニラに似た甘い香りがします。

ansokuko
安息香(ウィキぺディアより)

 では安息香とは何かというと、古代に現在のイラン付近で栄えたパルティア王国(漢語で「安息」)で得られた香料にその香りが似ていることからついたといいます。安息とは、パルティアの王のひとりであるアルタクシャサの名を漢語に訳した名前だそうで、であればずいぶんと深いルーツのある名前ということになります(ただし異説もあり)。

 ちなみにアンソクコウノキの学名は「Styrax benzoin」で、安息香の樹脂のことを英語で「benzoin resin」といいます。安息香酸の英名「benzoic acid」は、ここから採られた名です。ベンゾイン(benzoin)という名の化合物も存在しますが、これはたまたまであり、直接の関係はありません。
benzoin
ベンゾイン。ベンズアルデヒドの「ベンゾイン縮合」によって得られる。


 実は、最も基本的な芳香族化合物であるベンゼンも、その名は安息香のベンゾインに由来しています。1833年、ドイツの化学者ミッチェルリッヒが、安息香酸と石灰を加熱蒸留して得たために「benzin」と名づけ、これが後に「benzene」と改められたものです。なお、1825年にファラデーはガス灯の油からこの化合物を発見しており、あとになって同一物であることが判明しています。

 化合物名というものは、舌を噛みそうなややこしいものが多いですが、こうしたことを知っておくと、記憶の助けになるのではないでしょうか。