においや味に関する表現というのは、なかなか他人に伝わりづらいものです。たとえばの話、「コクがある」という表現はよく使われますが、それって何?と聞かれると、わかるように説明するのはとても難しいのではないでしょうか。

 ちょっと調べてみると、コクは基本五味(甘味、塩味、酸味、苦味、旨味)に分類されるものではなく、味の深み、濃度感、充実感といった感覚のようです。いくつかの味が絡まりあったり、同じ味でも長い時間感じていると「コクがある」という感覚になるものだそうで、言葉にするには大変ややこしい、書き手泣かせの味覚です。

 化学屋としては、じゃあそのコクってのは分子レベルでいうとどういうことなの?と思ってしまいます。と、実は「コク」を与える化合物というものが存在しているのだそうです。へえっ、と思ってしまいますが、そのコク味の担い手がグルタチオンだというので、筆者はもう一度へえっと口走ってしまいました。

 グルタチオンは、下図に示すような、3つのアミノ酸から成るペプチドです。左側のグルタミン酸は、通常のペプチドとは異なり、側鎖のカルボキシ基でシステインと結合しています。このグルタチオンは、生体内の汎用還元剤とでもいうべき化合物で、有毒な活性酸素などを消去したり、タンパク質のS-S結合を還元してチオールに戻したりなどの役目を持ちます。また、体内に入ってきた異物・薬物などの分子と結合し、体外に流し出すという役割も負っています。こういう重要な化合物が快い味であるのは、合理的なことかもしれません。

GSH
グルタチオン

 グルタチオンは、玉ねぎやニンニクなどに多く含まれる他、食品に広く見られます。これ自身は味を感じさせないものの、他の味の厚さ、持続性、広がりを引き出す効能を持つのだそうです。そのメカニズムについても、徐々に研究が進みつつありますが、こうした味覚は民族や食経験にも大きく左右されますので、なかなか難しい課題のようです。

 さてこのほど、このグルタチオンの構造を改変することで、その10倍もの「コク」を引き出す化合物が作られ、食品添加物として承認を得たというニュースがありました。グルタチオンの中央のシステインをバリンに変えたペプチド(γGlu-Val-Gly)がそれです。

kokutripeptide
「コク味」トリペプチド

 この化合物の安全性は十分に確認されており、今後「コク」のある食品が続々と登場することになりそうです。これをどう感じるかは人ぞれぞれでしょうが、筆者などは、こんなとらえどころのない感覚までが分子として実体化され、商品になるというのはすごい話であるなあ、などと思う次第です。