日本薬局方解説書」というものをご存知でしょうか。日本で用いられるあらゆる薬の詳細を解説した本で、その厚さは20センチ以上にも及びます。そのくらい、医薬というものは多くの種類があるわけです。

 しかし、このほどその薬局方にもない全く新しいジャンルの薬、「睫毛貧毛症治療薬」というものが登場しました。睫毛貧毛症などと言われると、いったい何の病気かと思ってしまいますが、要するに塗るだけでまつ毛が伸びるという薬です。日本での商品名は「グラッシュビスタ」だそうで、なんだか名前まで医薬というよりは化粧品のような響きです。

 この薬の化合物名は「ビマトプロスト」で、下のような構造です。その筋の方なら一見してわかる通り、プロスタグランジンの誘導体です。

glashvista
ビマトプロスト(グラッシュビスタ)

 プロスタグランジンはいわゆるホルモンの一種で、構造が少しずつ違う誘導体が存在し、その作用は極めて多彩です。グラッシュビスタはプロスタグランジン類のうちPGFを元に作られた薬で、末端のアルキル鎖がフェニル基に、カルボン酸部分がN-エチルアミドに変わった構造です。

PGF2a
プロスタグランジンF

 それにしてもこんな作用がよく見つかったな、と思うところです。実はこの薬、最初からまつ毛を伸ばすために創られたものではありません。もともとは、緑内障の治療薬として開発されたものでした。緑内障は、眼圧が高まることによって視野が狭まるなどの症状が起こる病気で、ときに失明の原因ともなります。グラッシュビスタを点眼すると、目玉から水分が流れ出して眼圧が低下し、症状の進行を抑えられるのです。

 ところがこの薬を使っていた患者に、まつ毛が伸びるという「副作用」が発見されたのです。ならばそれを逆手に取り、睫毛貧毛症治療薬として使ってしまおうという発想から、グラッシュビスタは誕生したのです。

 なぜそうしたことが起こるのか?毛周期における成長期を延長すると推測されていますが、詳しいところはわかっていないようです。まあプロスタグランジンは非常に多彩な作用がありますから、何が起きても不思議はないところではあります。

 効果のほどはどうかというと、グラッシュビスタを毎日1回ずつ4ヶ月間塗り続けると、約80%の人に効果が見られ、平均で1.62mmほどまつ毛が伸び、色も濃くなることが認められたそうです。ちなみに値段の方は70日分が1万〜数万円ということで、おっさんの目からは「高っ!」としか思えないのですが。

 以前、某バラエティ番組に出演した際、この薬の話をして「これくらいつけまつ毛でよくないですか」と言ったら「あかん、先生は全然女性のことわかってへんわ!」と司会者の方に一刀両断にされた記憶があります。まあ確かに、カツラよりは地毛がいいに決まってますね。とはいえ筆者には、1万円以上もかけてメカニズム不明な薬で1〜2mmまつ毛を伸ばしたいという心理は、残念ながらやはり理解不能なところではあります。ただし、効果の方はそこらの怪しげな品と違い、しっかりとしたデータに裏付けられていますから、美しくなりたい女性には強い味方になってくれるかもしれません。