ということで、以前書いたネタの続きです。

 ・珍しい官能基
 天然にはずいぶんといろいろな化合物があり、まさかこんな構造は存在してないだろうと思えるものが、ちょくちょく見つかります。たとえば昔は、三重結合は天然物にはないなどと書かれた本があったものですが、今や下図のようなトリイン構造を持つものも見つかっています。どこかに突き刺さりそうな構造ですが、魚毒性があるのだそうです。ichthyothereolという名前ですが、どう発音したものなのかよくわかりません。

Ichthyothereol
ichthyothereol

 珍しい官能基としては、アジドを含んだ天然物がひとつだけ見つかっているのだそうです。「たゆたえども沈まず」さんでこれを知った時にはたまげました。非常にレアな構造ですが、いったいどのように生合成されているやら、非常に謎です。

azide
アジドを含む唯一の天然物

 同じく不安定で爆発性のある官能基である、ジアゾ基を含む天然物もあります。こちらは総説も出ているくらいで、アジドほどレアというわけではありませんが、やはり珍しい部類ではあります。有名なのは、下に示すキナマイシンでしょうか。

kinamycin
キナマイシンA

 この化合物、最初の論文では下のようなN-シアノインドール型化合物であるとされていました。両者はX線結晶解析でも区別しにくいですし、まさかジアゾ基を持っているとは思わなかったのでしょう。ミスする理由もわかる気はします。

kinamycin_miss
キナマイシンAの当初の推定構造

 ・カテナン
 大きな環どうしが鎖のように絡み合った「カテナン」は、天然には存在しないと思われてきましたが、HK97というウイルスのカプシド(殻)が、複雑に絡み合ったカテナン構造をとることがわかっています。下図のようにタンパク質が6つ集まったものが120個、5つ集まったものが12個ずつ自己集合し、球状の殻を形成するのです。タンパク質780個が、誰に命じられたわけでもなくきれいにまとまるのですから、自然の驚異という他ありません。

HK97
HK97カプシドタンパク質の6量体

 この他、タンパク質の結晶化の際、カテナン構造を形成するケースが知られています。また、人工的に設計したタンパク質でカテナン構造を作った例もあります(こちら)。

 ・ノット(結び目)
 結び目のある分子もいくつか作られていますが、天然のタンパク質にも発見されています。たとえば図に示したアセトヒドロキシ酸イソメロレダクターゼがその一つで、右のほうで環の中をα-ヘリックスが通り抜けているのがわかると思います。

knot
結び目のあるタンパク質

 ・イオン液体
 イオン性物質といえば、食塩に代表されるように通常は結晶性固体ですが、長いアルキル鎖を持っているものなどは液体になることがあります。これがイオン液体で、反応溶媒などとして一時期盛んに研究が行われました(こちら)。そしてこれもまた、天然に存在することが報告されました。面白いことに、2種のアリの闘いによって生み出されます。

 アリにはピペリジンなどの骨格を持った毒性アルカロイドを作るものがおり、火アリ(Fire ant)と呼ばれるものもその一つです。しかしこの火アリは、最近「クレイジーアント」と呼ばれるアリに駆逐されつつあるということです(参考記事)。というのも、クレイジーアントはギ酸を放出することで、火アリのアルカロイド(イソソレノプシンなど)を中和して無効にしてしまうからです。

isosolenopsin
上が火アリの作るイソソレノプシン、下がギ酸

 このギ酸とイソソレノプシンの混合物を人工的に作ってみたところ、固体にならずイオン液体として存在することがわかりました。つまり2種のアリの闘いの際、イオン液体が生成しているであろうということになります。

 有機合成というのは、神様の作り忘れた化合物を作り出す仕事だと筆者は思っていますが、自然の懐はやはり深く、なかなか手のひらの上から出られないものでもあります。「全く新しいもの」はどこにあるのか、それぞれ考えてみてはいかがでしょうか。