有機化学において、「芳香族性」という概念は非常に重要です。π電子が(4n+2)個集まって環を成すと、全体が安定化するというもので、6員環のベンゼンはその典型です。

benzene
ベンゼン

 さて、その(4n+2)のnを大きくしていくとどうなるか?たとえばn=3の14員環を炭化水素で作ると、あまり安定な芳香環にはなりません。光や空気の影響を受け、室温ではすぐ分解してしまいます。環の内側の水素が反発して、分子全体が平面性を失うため、理想的な共鳴状態から外れるためです。n=4の18員環になると、十分なサイズがあるため平面性を保つことができ、芳香族性を示すようになります。

annulene
[14]アヌレン(左)と[18]アヌレン(右)

 とはいえ、環のサイズが大きくなってくると、全体として歪みやすくなり、安定性は低下してきます。そこで小さな環を組み込んでやれば分子は丈夫になり、安定性を増します。ポルフィリンはその典型で、18π系の安定な芳香族化合物となります。

porphyrin
ポルフィリン

 この調子でサイズを大きくしていくことも、もちろんできます。たとえば、ピロール環6つを含む「ルビリン」(下図)は、全体として26π電子系となっています(論文)。ルビリンの名は、この化合物がルビーのような赤色であることから来ています。

rubyrin
ルビリン

 さらに大きな環を見たいという方には、こちらはいかがでしょうか。2001年に合成されたオクタフィリンは、34π電子系を持っています(論文)。このへんになると、チオフェン環があっちこっちを向いてしまうのですね。

octaphyrin
オクタフィリン。黄色は硫黄またはセレン。

 となると、どこまで大きな芳香環が作れるのか、気にかかってくるのが人情というものではないでしょうか。え、筆者だけですか。実はこのほど、50π電子系を持ったモンスター芳香環が登場しました。これを報告したのは、ポルフィリン化学の第一人者である京都大学の大須賀篤弘教授と、韓国・延世大学のDongho Kim教授らのグループです(論文)。

 こちらの化合物、ピロール環12個を含む骨格を持ちます。52π電子系の化合物をDDQで酸化することで、芳香族性を示す50π化合物が得られます。これは8の字状にねじれていますが、酸性にするとテトラプロトン化されて、より平面に近い骨格となります(下図)。

50pi
ドデカフィリンの構造。緑の球はペンタフルオロフェニル基を表す。

 というわけで、分子のギネスブックに掲載されるべき化合物がまた増えたようです。しかし論文の末尾では「Further attempts to realize much larger aromatic expanded porphyrins are in progress in our laboratory.」(意訳:まだまだ行くでぇ!)とありますので、さらに大きなものが出てきそうです。芳香環の限界はどのあたりなのか、ポルフィリンの世界はどこまで広がるのか、実に楽しみではあります。