ずいぶんまともな更新をしておらず、ブログの書き方を一瞬忘れてしまいました。ずっと次回作の執筆に集中しておりましたもので申し訳ありません。医薬関係の本で、9月発売の予定です。いろいろ決まりましたらまたこちらでお知らせいたします。

 さて本題。「天は二物を与えず」という言葉があります、しかし実際には三物も四物も与えられた人間は結構いるもので、イケメンで人当たりもよく、研究者としても優秀という人を筆者は何人か知っております。あれは何なのでしょうね、一体。

 これは化合物の世界でも同じことのようで、たいていの化合物にはあまり特別な機能もなく、何かひとつ使い道があればいい方です。しかし、中には3つも4つもの優れた機能を兼ね備えた、化合物界の福山雅治みたいなものもやはり存在しています。そのひとつが、メチレンブルーという化合物です。

 メチレンブルーは下のように、窒素(青)とイオウ(黄色)を含む6員環にベンゼンが2つ縮環した、フェノチアジンと呼ばれる骨格を持ちます。全体が陽イオンとなっており、多くの場合塩化物イオンが対イオンとなっています。

methyleneblue
メチレンブルー

 この化合物、実験室でも様々な用途に用いられます。たとえば生物学分野では、細胞核を染めて観察するための染色液として用いられます。また、水溶液中で還元剤が存在すると、還元を受けて無色のロイコメチレンブルー(下図右)へと変化するため、酸化還元指示薬としてもよく用いられます。

redox
メチレンブルー(左)の酸化還元

 化学実験においては、光増感剤として用いられます。メチレンブルーに光を当てるとそのエネルギーを吸収し、それを酸素分子に渡して一重項酸素に変えます。一重項酸素は反応性が高く、酸化反応などに用いうるため、メチレンブルーは有用な試薬のひとつです。

 この性質は、身近なところで利用されます。前述のようにメチレンブルーは酸素を活性酸素に変えるため、殺菌効果を持つのです。金魚が白点病などにかかった際、青い薬を水槽に入れて治療を行なった経験をお持ちの方も多いと思いますが、あれがメチレンブルーなのです。

観賞魚用の薬であるメチレンブルー

 人間への治療薬に使われることもあります。血液中のヘモグロビンに含まれる鉄イオンは通常2価ですが、これが何らかの原因で一部3価になってしまうことがあります。この状態の鉄は酸素に結合できず、血液の酸素運搬能力が落ちるので、各臓器が酸素欠乏に陥ります。これがメトヘモグロビン血症です。ここにメチレンブルーを投与すると、Fe3+がFe2+に還元され、血液は酸素運搬能力を取り戻します。

 メチレンブルーは、かつてマラリア治療薬としても用いられた時代があります。1891年ごろ、化学療法の開祖であるパウル・エールリッヒは、メチレンブルーがマラリア原虫を選択的に染めることに気づきました。ということは、この染料がマラリア原虫にダメージを与えることもできるのでは、と考えたのです。このため、メチレンブルーは完全人工合成による最古の医薬品と呼ばれることもあります。

Ehrlich
パウル・エールリッヒ

 その後、クロロキンなどの登場により、メチレンブルーはマラリア治療には使われなくなっていましたが、近年また治療薬として見直されつつあるということです。クロロキンなどに耐性のあるマラリア原虫が増えたこと、安価なメチレンブルーは途上国でも扱いやすいことなどが背景にあります。


 さらに最近、メチレンブルーが「頭のよくなる薬」になりうるという記事が「Wired」に掲載され、話題となりました(こちら。元論文はこちら)。筆者の専門外ですので全部はわかりませんが、要するにメチレンブルーを健康な被験者に投与し、fMRIという装置で脳内の血流を調べているようです。結果、「メチレンブルーは島皮質と呼ばれる脳の領域の反応を増加させた。この領域は脳の深い部分にあり、感情の働きに関与している。さらに、記憶の処理をコントロールする前頭前皮質、知覚情報の処理を行う頭頂葉、視覚情報処理の中枢である後頭皮質といった、短期記憶を取り出す際に働く部位の反応も(メチレンブルーによって)高められることが示された。」(Wiredの記事より)とのことです。

 といっても、メチレンブルーに記憶増強効果があることは、30年も前から動物実験で示されており、人間での実験もなされています。今回の実験はそのメカニズム解明を目指したものですので、「頭がよくなる薬が見つかる」という題名は少々問題ありかと思います。また、これで「頭がよくなった」とはとても言えず、せいぜい認知症などの改善に、将来つながるかもしれない糸口がひとつ見えてきた、というところかと思います。

 むろん、メチレンブルーの作用メカニズムはまだ全く未解明ですし、将来の影響など詳しいことはまだわかっていません(おしっこや白目が青くなり、大変不気味な見た目になることはわかっています)。間違っても、ペットショップでメチレンブルーを買ってきて、テスト前に飲んでみるなどといったことのないようお願いします。

 それにしても、最古の合成医薬であるメチレンブルーに、こうした作用が見つかってくるというのは面白いものです。身近な物質も、よく調べればまだまだ未知の機能が眠っているのかもしれません。