久しぶりのブログ更新です。最近は化学でないジャンルの、子供向けの本の翻訳という慣れない仕事をしており、なかなか大変であります。ちなみに、久しぶりのがっつり有機化学の単著も書き下ろし中でありますので、こちらもそのうち形になりましたら、またお知らせします。

てことで今回は夏休みということもあり、最近読んだ本の紹介などしてみます。

誰も教えてくれなかった実験ノートの書き方 (研究を成功させるための秘訣)
 野島高彦 著 化学同人


 WoodwardとDoeringによる歴史的なキニーネ全合成(1944年)の正当性について、21世紀になってから疑念が差し挟まれた時、当事者のDoeringは2005年に当時の実験ノートを確認して検証を行なったということがありました。ハーバードともなると60年以上も実験ノートを保管しているのだな、と驚いた記憶があります。

 このように、実験ノートは研究の正当性に関する重要な証拠ともなりえます。この実験ノートの書き方を丁寧に解説したのが本書です。実験ノートの書き方はジャンルによっても違いますし、最近では電子化されたものもあり、決定的なフォーマットというものはありません。そこで本書では、大枠としての実験ノートの書き方と、「こういうことはすべきではない」という解説に力点が置かれています。筆者も現役時代のことを思い出し、いろいろ反省しながら読み進めました。

 これまでにも実験ノートの書き方の指南書はなくもありませんでしたが、この本は野島先生らしく、研究の初心者にも理解できるよう(実はこれは非常に難しいことです)、非常に親切に丁寧に書かれています。また、画像の修正はどこまで許されるか、SNSに研究内容をどこまで書いてよいかなど、時代に即した実戦的なアドバイスが多いのも特色です。研究室に一冊常備し、長く読み継がれるべき本であると思います。


 ・化学探偵 Mr.キュリー 6
 喜多喜久 著 中央公論新社


 化学系読者にはおなじみの作家・喜多喜久氏による「Mr. キュリー」シリーズの6冊目となる本書は、初の長編となりました。キャラクターなどの解説もされていますので、これまでのシリーズを知らない読者でも、問題なく読み進めることができます。

 喜多氏はずっと現役研究者との二足のわらじで、製薬企業に籍を置きつつ執筆してこられたのですが、最近退職して専業の作家になられたとのことで、おめでとうございます。十分すぎるほどの実績があるとはいえ、勇気ある決断であったと思います。

 今回はかなりがっつりと有機化学、天然物全合成のお話で、一般読者がついてこられるかなと心配になるほどですが、そこらをきちんとわかりやすく伝えているのはさすがです。結局のところ、研究の現場を一番いきいきと、広く伝えることができるのは小説という形式なのかもと思えます。

 今回は、主人公沖野晴彦が、留学してきた天才少女エリーとともに「トーリタキセルA」という天然物合成に挑むという設定です。ただし、エリーはその合成ルートに違和感を抱き、それを追及していくうち……というストーリー展開になっています。

ToritaxelA
トーリタキセルA(架空の化合物)

 この化合物、筆者にとっても個人的に懐かしい骨格です。ただ天才少女ならずとも、生合成について
知っている人なら、ちょっと違和感を覚える構造でもあります。左側の側鎖部分、中央のタキサン骨格、右側の窒素を含む環と、それぞれ由来の異なる部分構造がつながった作りであり、いわばフランケンシュタインのような分子なのです。

 なんでこんな構造にしたんだろう……と読み進めると、それぞれ意味があることがわかってきて、なるほどね、と思わされます。また、作中で起こる事件も、実際にあった出来事がうまく作り変えられ、ストーリーに組み込まれています。化学に詳しい方なら、他にもいろいろな読み込み方ができると思います。

 今回は長編ということで、天才(ギフテッド)とは何かということ、研究における不正行為、ブラック研究室の問題など、さまざまなテーマが取り上げられています。いずれも一冊の本になりうるテーマであり、また別の本で取り上げてくれることを期待しています。

 
 Dr. STONE 1
 原作 稲垣理一郎,作画 Boichi


 少年ジャンプで面白そうなサイエンス系漫画が始まったと聞いて、手にとってみております。全人類は、ある日突然降り注いだ謎の光によって石化してしまう。それから3700年後、ようやく目覚めた主人公たちは、科学を武器に文明の「再起動」を目指す――とまあ、設定は少年漫画らしくぶっ飛んでいますが、「火星の人」のようなサバイバル物が好きな筆者には、なかなか堪えられない筋書きです。

 クオリティの方は、ストーリー、キャラクター造形、画力といずれもハイレベルで、読者を引き込む力は十分です。

”「科学ではわからないこともある」じゃねえ
わからねえことにルールを探すそのクッソ地味な努力を科学って呼んでるだけだ”


なんてセリフは、なかなかしびれさせるじゃありませんか。

 この手の作品は、科学的に全く正確な内容を目指していたら漫画にはならなくなるし、あまりに非現実的でも萎えるので、その間での手綱さばきが難しいわけですが、そこを今のところうまくこなして読ませる作品に仕立てており、今後の展開に期待大です。ただ、もし書店で探す場合には、「Dr. STONE」のロゴがえらく読み取りにくく、見落としやすいのでご注意を。

 他にも何冊かあるのですが、長くなったのでいったんこのへんで。