2020年となりました。みなさま本年もよろしくお願いいたします。

今回は、先日気になる記事を見つけたのでご紹介を。ペプチドのアミド結合カップリングには、様々な試薬が使われます。カップリング試薬として最も古典的なのはN, N'-ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)と呼ばれるもので、この試薬をカルボン酸及びアミンと混合するだけで脱水縮合を起こしてアミドが得られます。

DCC
DCCの構造

 ただしこのDCCは、発がん性が強い、塊状の固体となって取り扱いにくい、反応後にできる副生成物が不溶性で除去しにくいなど、さまざまな欠点があります。さらに厄介なことに、強いアレルギー誘発作用があり、皮膚のかぶれなどを引き起こすことも知られています。その作用は強烈で、同じフロアでDCCが使われているだけで、それを感知できてしまう人がいると聞いたことがあります。

 こうした数々の短所があるため、DCCは現在ではほとんど用いられなくなっており、これに代わる優れたカップリング試薬が多数開発されています。下に示した、HBTU(紫色がCH)やHATU(紫色が窒素)などの試薬が有名で、現在広く使われています。

HBTU
HBTUまたはHATU(右側はカウンターイオンのPF6-

 ところが最近、これらの新しいカップリング試薬にも、アレルギー誘発作用があるのではないかとの報告がなされました(C&ENの記事、JOC掲載の論文)。記事によれば、James Nowick教授の研究室に所属する大学院生が、これらのカップリング試薬を使っていて重度のアレルギー症状を発し、喘息のような発作が起きたとのことです。現在では、研究室のメンバーが服を着替えずに彼女に近づいただけで症状が出るといいます。

 なぜカップリング試薬がアレルギーを引き起こすのか?記事によれば、これら試薬が人体のタンパク質に作用し、修飾してしまうからではないかということです。反応によってタンパク質の構造が変化した結果、免疫系がこれを人体にない外敵のタンパク質とみなし、攻撃を始めるというメカニズムです。いわゆる金属アレルギーは、タンパク質に金属イオンが結合することでできたものがアレルゲンとなって発症しますが、これと似たような仕組みといえるでしょう。

 HBTUなどによるアレルギー症状が、どれくらいの頻度で起こるものかはわかりません。かつて筆者のいた研究所では、筆者を含めた多くの人がHBTUを使っていましたが、こうした話は聞きませんでした。おそらく、感受性は体質や環境にも左右されると思われます。

 また、この理屈であれば他のアミド結合形成試薬にも、同様な作用がある可能性があります。DIC(N, N'-ジイソプロピルカルボジイミド)はアレルギーを引き起こすとの報告があるようですが、WSCD(水溶性カルボジイミド)については筆者の身近では聞いたことがありません(それらしい話がありましたらご教示下さい)。このあたりは、溶解性や飛散のしやすさ、体内への吸収性なども絡んでくることと思われます。

DIC

WSCD
DIC(上)とWSCD(下)

 ということで、DCC以外のアミド結合形成試薬でアレルギーを発症する確率は、高いものではないと思われます。とはいえ、一度アレルギーを発症してしまえば、研究者の道を諦めざるを得なくなるような可能性もありえます。これら試薬にはこうしたリスクがあることを頭に入れ、マスクや手袋を装着してドラフト内で取り扱う他、試薬の分解廃棄を徹底するなど、より慎重に対応した方がよさそうです。