先日、Chem-Station主催のバーチャルシンポジウムに参加させていただきました。大成功といってよかったと思います。画面越しでも十分に伝わるべきものは伝わりましたし、質疑応答のしやすさなどネットならではのメリットも多々ありました(なんかちょろっと自分の名前も出てきたので、びっくりしたりしましたが)。今後の学会運営において、大きな可能性が示されたと思います。関わられたスタッフ諸氏に、改めて感謝いたします。
さて今回は雑談的なお話を。新型コロナウイルスの感染拡大により、「コロナ」という言葉には非常に嫌なイメージがついてしまいました。しかしコロナ(corona)という単語はラテン語で「王冠」を意味し、本来美しいイメージの言葉です。
このため学術用語にも「コロナ」の語はよく登場します。太陽のコロナは最も有名なものでしょうが、「コロナ放電」という言葉もありますし、心臓の冠状動脈は英語で「Coronary artery」、星座のかんむり座とみなみのかんむり座の英名はそれぞれ「Corona Borealis」と「Corona Australis」です。コロナウイルスの名は、ウイルス表面に突き出たスパイクタンパク質が、太陽のコロナを連想させることから来ています。
というわけで、化合物名にも「corona」を語幹とするものは数多くあります。最も知られているのは、ベンゼン環が7枚集まった形のコロネン(coronene)でしょう。もちろんその形状から名付けられたものです。
コロネン
「コロナン」(coronane)という化合物もあります。中央のm員環の辺すべてが、m個のn員環と辺を共有した形を[m, n]コロナンと呼ぶ――というとややこしいですが、要は下のような化合物です。これも、単純な構造式で描くと王冠のような形であることから命名されました。
[6, 5]コロナン(左)と[4, 5]コロナン(右)
といっても、実際には炭素原子の四面体構造の制約があるので、周辺の環は上下交互に張り出した形になります。このため、3次元モデルですとあまり王冠らしい形状ではありません。また、中央の環は偶数員環に限ることになります。
両化合物は、いずれもFitjerらによって1987年に合成されています。こんな化合物をどうやって合成したのだろう――と思うところですが、思わぬ中間体から華麗な骨格転位を経て作られています。興味のある方はこちら及びこちらをご覧下さい。
王冠型の化合物といえば、有名なのはクラウンエーテルでしょう。環の中央に陽イオンを取り込む性質があり、超分子化学のさきがけになったことでも知られます。
クラウンエーテル
一方、下図のように、かご状の構造の内部に陽イオンを閉じ込められる化合物は「クリプタンド」と総称されます。ラテン語で洞穴を意味する「crypta」とリガンド(ligand)の合成語です。
クリプタンド
クリプタンド類は複数の環を持ちますが、クラウンエーテルなどは環がひとつだけです。こうした単環状構造のリガンドのことを、Vogtleは「コロナンド」(coronand)と命名しています。言うまでもなく、冠状(corona)の構造を持ったリガンド(ligand)という意味の言葉です。あまり使われない単語ですが、覚えておいて損はないでしょう。
超分子化学の分野では、もうひとつ「コロナアレーン」という化合物群もあります。下図のように、芳香環(ヘテロ芳香環も含む)が、酸素・窒素・硫黄などのヘテロ原子によって、パラ位で橋架けされた大環状化合物を指します。
コロナ[6]アレーン
こうした、芳香環を多数連結させた大環状化合物群は、これまでに多くのタイプが合成されています(参考)。コロナアレーンもそのひとつとして加わったものですが、基本骨格としてはピラーアレーンと同じなので、わざわざ新しい名を持ち出さずとも「ヘテロピラーアレーン」でいいんじゃないの、という気もしないではありません。
というようなわけで、「コロナ」を含んだ化合物はずいぶんたくさんあるというお話でした。有機化学分野では対称性の高い化合物が多いので、王冠型・太陽型の分子も少なからず存在し、となればラテン語由来で響きのよい「コロナ」という名をつけたくなるのも当然でしょう。願わくばこれらの化合物やその研究者に、風評被害(?)などなければよいのだが、と思う次第です。
(追記)
コロナチンという化合物もあるそうです。こちらは植物に病気を引き起こす病原菌が作る毒素だそうで、下のような構造を持ちます。またその部分構造が、coronamic acid及びcoronafacic acidと名付けられているそうです。コロナチンを作る細菌に P.syringae pv. coronafaciensというのがいるようなので、そちらから取った名前かもしれません。
(上)coronatine
(下左)coronafacic acid (下右)coronamic acid
さて今回は雑談的なお話を。新型コロナウイルスの感染拡大により、「コロナ」という言葉には非常に嫌なイメージがついてしまいました。しかしコロナ(corona)という単語はラテン語で「王冠」を意味し、本来美しいイメージの言葉です。
このため学術用語にも「コロナ」の語はよく登場します。太陽のコロナは最も有名なものでしょうが、「コロナ放電」という言葉もありますし、心臓の冠状動脈は英語で「Coronary artery」、星座のかんむり座とみなみのかんむり座の英名はそれぞれ「Corona Borealis」と「Corona Australis」です。コロナウイルスの名は、ウイルス表面に突き出たスパイクタンパク質が、太陽のコロナを連想させることから来ています。
というわけで、化合物名にも「corona」を語幹とするものは数多くあります。最も知られているのは、ベンゼン環が7枚集まった形のコロネン(coronene)でしょう。もちろんその形状から名付けられたものです。
コロネン
「コロナン」(coronane)という化合物もあります。中央のm員環の辺すべてが、m個のn員環と辺を共有した形を[m, n]コロナンと呼ぶ――というとややこしいですが、要は下のような化合物です。これも、単純な構造式で描くと王冠のような形であることから命名されました。
[6, 5]コロナン(左)と[4, 5]コロナン(右)
といっても、実際には炭素原子の四面体構造の制約があるので、周辺の環は上下交互に張り出した形になります。このため、3次元モデルですとあまり王冠らしい形状ではありません。また、中央の環は偶数員環に限ることになります。
両化合物は、いずれもFitjerらによって1987年に合成されています。こんな化合物をどうやって合成したのだろう――と思うところですが、思わぬ中間体から華麗な骨格転位を経て作られています。興味のある方はこちら及びこちらをご覧下さい。
王冠型の化合物といえば、有名なのはクラウンエーテルでしょう。環の中央に陽イオンを取り込む性質があり、超分子化学のさきがけになったことでも知られます。
クラウンエーテル
一方、下図のように、かご状の構造の内部に陽イオンを閉じ込められる化合物は「クリプタンド」と総称されます。ラテン語で洞穴を意味する「crypta」とリガンド(ligand)の合成語です。
クリプタンド
クリプタンド類は複数の環を持ちますが、クラウンエーテルなどは環がひとつだけです。こうした単環状構造のリガンドのことを、Vogtleは「コロナンド」(coronand)と命名しています。言うまでもなく、冠状(corona)の構造を持ったリガンド(ligand)という意味の言葉です。あまり使われない単語ですが、覚えておいて損はないでしょう。
超分子化学の分野では、もうひとつ「コロナアレーン」という化合物群もあります。下図のように、芳香環(ヘテロ芳香環も含む)が、酸素・窒素・硫黄などのヘテロ原子によって、パラ位で橋架けされた大環状化合物を指します。
コロナ[6]アレーン
こうした、芳香環を多数連結させた大環状化合物群は、これまでに多くのタイプが合成されています(参考)。コロナアレーンもそのひとつとして加わったものですが、基本骨格としてはピラーアレーンと同じなので、わざわざ新しい名を持ち出さずとも「ヘテロピラーアレーン」でいいんじゃないの、という気もしないではありません。
というようなわけで、「コロナ」を含んだ化合物はずいぶんたくさんあるというお話でした。有機化学分野では対称性の高い化合物が多いので、王冠型・太陽型の分子も少なからず存在し、となればラテン語由来で響きのよい「コロナ」という名をつけたくなるのも当然でしょう。願わくばこれらの化合物やその研究者に、風評被害(?)などなければよいのだが、と思う次第です。
(追記)
コロナチンという化合物もあるそうです。こちらは植物に病気を引き起こす病原菌が作る毒素だそうで、下のような構造を持ちます。またその部分構造が、coronamic acid及びcoronafacic acidと名付けられているそうです。コロナチンを作る細菌に P.syringae pv. coronafaciensというのがいるようなので、そちらから取った名前かもしれません。
(上)coronatine
(下左)coronafacic acid (下右)coronamic acid
中央が奇数員環でも、周囲の環のうち奇数個がtrans縮環なら、平面構造においてコロナンっぽいものが描けますが、さすがに不細工ですね。