有機化学美術館・分館

HP有機化学美術館のブログ版。タイムリーな話題,短いテーマをこちらで取り上げます。

元素科学

元素の本

 昨年末に113番元素ニホニウムの名称が決定したことなどもあり、元素に関連する本の出版が相次いでいます。大きな書店ではこうした本がまとめて並べられ、ちょっとした元素本フェア状態になっていたりします。

 実は筆者自身も最近、2冊ばかりの元素本に関わっておりますので、ここでご紹介しましょう。1冊目は「元素周期表パーフェクトガイド〜 元素でできたこの世界が手に取るようにわかる」(誠文堂新光社)で、筆者は付録ポスターと一部の章を担当しております。元が「子供の科学」編集部の企画ですので、カラーページも多く、読みやすい仕上がりになっています。それでいて元素の生成過程の最新学説や、ニホニウムの生みの親である森田浩介博士のインタビューなど、本格的な記事も満載です。子供さんなどと一緒に読むのに最適の本と思いますので、ぜひご覧ください。



 もう一冊は、「元素をめぐる美と驚き──アステカの黄金からゴッホの絵具まで」(ヒュー・オールダシー=ウィリアムズ著、早川書房)です。2012年にハードカバーとして発売された本が、上下2冊に分けて文庫化され、筆者は解説文を書いております。

 こちらは先ほどの本よりハードですが、元素の現物を収集するのがライフワークという、筋金入りの元素オタクである著書が書き下ろしているだけあり、驚くようなエピソード満載の本です。こういう本を見ると、やはりあちらの科学書は層が厚く、なかなか太刀打ちできないなという気分にさせられます。授業で学生さんに話すネタの宝庫として、活躍すること請け合いの本です。

 

 ということで、書店で見かけたら、手にとっていただければ幸いです。

ヤヌスの立方体

 ローマ神話に出てくるヤヌス(Janus)という名の神様をご存知でしょうか。背中合わせになった2つの顔を持ち、出入り口や物事の始まりを司る神なのだそうです。一年の始まりの月を英語で「January」と呼ぶのは、このヤヌス神の名に由来します。

janus
ヤヌスが描かれたコイン(Wikipediaより)

 というわけで、欧米では両面に異なる性質を示すものに「ヤヌス」の名を冠することが多いようです。たとえば「ヤヌセン」と名付けられた炭化水素化合物が存在しており、図に示す通り2つの芳香族の面が向き合った構造です。

janusene
ヤヌセン(janusene)

 最近では、シクロヘキサンの一方の面には6つの水素、もう一方の面には6つのフッ素が結合した、「ヤヌス型シクロヘキサン」が合成され、話題を呼びました(論文)。炭素・水素・フッ素だけでできているのに異例なほど極性が高く、イオンとの強い相互作用が観測される(論文)など、両面性分子ならではのユニークな性質が明らかになりつつあります。Chem-Stationさんに解説記事がありますので、詳しくはそちらを。

cyclohexaneF6_2
cyclohexaneF6_1
all-cis-1,2,3,4,5,6-ヘキサフルオロシクロヘキサン

 そしてこのほど、「ヤヌスキューブ」と銘打たれた化合物が登場しました。群馬大学の海野雅史研究室による成果で、立方体骨格に半分ずつ違う置換基が結合したものです。

januscube
緑がケイ素、赤が酸素。
上半分にフェニル基(橙)、下半分にイソブチル基(水色)が4つずつ結合している

 立方体骨格の分子としてはキュバンがよく知られていますが、これは合成に手間がかかり、自由に置換基を入れるのも面倒です。そこで著者らは、ケイ素と酸素から成る「オクタシルセスキオキサン」という骨格を利用しました。安定で、置換基の導入もしやすいところが利点です。

 ヤヌスキューブ合成法の原理そのものはシンプルで、上半分と下半分の四角形(8員環)を別々に作り、両者を合体させる作戦です。ただし、接合に用いる上下の置換基の組み合わせには工夫を要し、Si-F結合を持ったものとSi-O-Na結合を持ったものとの取り合わせによって、収率よくキューブを得ています。

cubesyn
接合のようす。黄緑がフッ素、紫がナトリウム

 置換基としてはいろいろなものを導入できそうです。また、堅牢な立方体から向きの決まった置換基が出せますので、うまく互いに引き合う置換基同士を配置すれば、さまざまな構造体を構築できそうです。たとえば筆者は、有機/無機ハイブリッドのゼオライトのようなものができないかななどと思いましたが、みなさんも使いみちを自分なりに考えてみるのも面白いのではないでしょうか。

新元素名は何になるか

 昨年末、日本の科学界に待望のニュースが飛び込みました。森田浩介博士(現・九州大)率いる理研チームが合成・報告した113番元素がIUPACの認定を受け、命名権が同グループに与えられたっというものです。日本はもちろんアジアでも初の快挙であり、科学史上に残るできごとと言ってよいでしょう。

 実はこの時発表されたのは113番だけではなく、115・117・118番元素にも同時に命名権が与えられています。115番と117番は、JINR(ロシアのドゥブナ合同原子核研究所と、米国ローレンス・リバモア研究所、オークリッジ国立研究所の共同研究チーム)が、118番は同じくロシアのドゥブナ合同原子核研究所と、米国ローレンス・リバモア研究所の連合チームに命名権が授与されています(こちら)。

113-118

 さてそうなると、これら新元素の名前は何になるのか。この件に関し、Nature Chemistry誌のブログ「The Sceptical Chymist」で予想が行なわれています(New kids on the p-block)。専門家を招き、オッズなどもつけられて、なかなか本格的です。

 まず語尾ですが、新元素が金属と予測される場合は-iumで終わるようにという規定がありますが、117番はハロゲン、118番は貴ガスの位置です。このため、先輩元素たちに合わせて117番元素は-ine、118番元素は-onで終わる名が予想に挙がっています(もちろん新元素の化学的性質は全くわかっておらず、ハロゲンや貴ガスに分類されるべきものかどうかはまだ不明ですが)。

 語幹の方は、
(1)神話にちなむもの
(2)鉱物名
(3)国名や地名
(4)元素の性質
(5)科学者の名
から取るというガイドラインがあります。といっても、最近の元素は鉱物から得られるわけでもなく、性質もわからないところが多いので、地名か科学者名がほとんどになっています。

 ☆113番元素の名は?
 日本発の新元素である113番元素には、オッズの高い方から順にJaponium、Nipponium、Nihonium、Rikeniumなどの名が挙げられています。ただ、一度元素名として提案されて消えた「幻の元素」の名は使えないということもあるようなので、43番元素に対して一度提案された「ニッポニウム」は不可とされる可能性大です。リケニウムも、理研は地名ではないので外されるのではと思います。

 ニホニウムとかジャポニウムはOKのはずなので、後者が今のところ本命視されています。なんでジャパニウムは候補にならないんだろう、とちょっと疑問ですが。日本神話にちなんで「Amaterasium」も8対1のオッズで、響きは悪くありませんがどうでしょうか。

 謎なのは、6対1というかなり高いオッズで、「Enenraium」が推されていることです。エネンラて何よ、と思って調べたら、「煙々羅」という煙の妖怪がいるのだそうです。いったい、なぜこれが出てきたのやら。それであればヌラリヒョニウムかジバニャニウムとかの方が、よっぽどなじみがあると思いますが。ちなみにオッズ50万対1で、「Godzillium」の名も入っていたりします。

SekienEnenra
妖怪・煙々羅

 ☆115番元素
 先ほど、新元素名は地名か科学者にちなむものがほとんどと書きましたが、最近の元素発見は米ロ独のチームによる寡占状態が続いているため、地名はだいぶ使い尽くされてきた感もあります。先のブログでは大本命として、モスクワにちなむ「Moscovium」が挙げられています。この名前、116番のリバモリウムの時にも提案されているということですが、リベンジは成るでしょうか。

 ロシアにちなむ元素には、すでにルテニウム(ロシアの古名Rutheniaから)があります。また、ルシウム(Russium)は、すでに19世紀に一度提案されて消えているようです。アメリカの研究所にちなむTennessium、Oakridgiumも挙がっていますが、アメリカ側の寄与が小さいと見られているのか、オッズは高くありません。

 ☆科学者の名
 というわけで、科学者名由来の新元素名がつけられる可能性はかなり高いと思われます。113番元素に対しては、物理学者仁科芳雄にちなむ「Nishinium」が候補になっています。日本の著名な核物理学者には湯川秀樹、長岡半太郎、南部陽一郎などもいますが、理研の大先達である仁科が有力ということでしょう。筆者も、人命由来ならニシニウムが本命かと思います。

225px-Yoshio_Nishina2
日本の現代物理学の父・仁科芳雄

 他にも、いまだ元素名になっていない大物学者はたくさんいます。先のブログでは、ベルセリウス、アボガドロ、モーズリー、パウリ、ポーリングなどにちなむ名が挙げられています。シュレーディンガーやハイゼンベルクといった超大物もまだ元素名にはなっていませんが、これだと名前が長くなりすぎるのが問題かもしれません。

 日本ではあまり有名ではありませんが、98〜109番あたりの元素合成に大きく貢献した科学者、アルバート・ギオルソが選ばれる可能性はかなりありそうに思います。米国からの意見が通るようなら、ギオルシウムの名が周期表に刻まれることになるでしょう。

 候補には挙がっていませんが、118番元素に対しては、貴ガス発見に多大な貢献をしたW. Ramsayにちなんで「Ramsayon」の名はどうかと個人的には思います。第7の貴ガスに、最もふさわしい名前ではないでしょうか。

 というわけで筆者の予想をまとめますと、

 113番:ジャポニウム(Jp)
 115番:モスコビウム(Ms)
 117番:ギオルシン(Gi)
 118番:ラムゼイオン(Rm)

 てな感じでありますが、みなさまのご意見はいかがでしょうか。

エキゾチック・フラーレン

 今年2015年は、フラーレンことC60の発見から30年、大量合成法の発見から25年目に当たります。発見直後のようなフィーバーはおさまったものの、今も数多くの関連論文が発表されており、物質科学全体に与えた影響は甚大です。

N60
フラーレン

 フラーレン研究にもいろいろの方向がありますが、そのひとつに「炭素以外の元素でフラーレンはできるか」というものがあります。これは90年代からいろいろ理論計算が行われていて、たとえば金原子が32個集まったものが安定に存在しうるといった話がありました。C60のようなサッカーボール型ではなく、三角形から成る60面体形です。

Au32
純金?のフラーレンAu32

 その他の元素も、フラーレンのような球状のクラスターを作り得るはずです。たとえば、多くの多面体型クラスターを作るホウ素などは、非常に有力な候補と思えます。

B12
ホウ素の作るクラスターの例

 最近になり、ホウ素のみから成る「フラーレン」の合成が報告されました。ホウ素原子40個が集まって1価の陰イオンとなった構造で、「ホウ素の球体」から「ボロスフェレン」と名付けられました(論文)。合成法は、ホウ素の単体にレーザーを照射して蒸発させ、ヘリウム中で冷却するというもので、このへんは最初のフラーレン合成によく似た手法です。

Borospherene
ボロスフェレン

 ご覧の通り、3員環・6員環・7員環から成る、何でこれが安定なのと思うような構造です。結合の様式についても詳細に議論されていますが、かなり特殊なもののようで、正直筆者にはよくわかりません。

 炭素の一番近い兄弟といえる、ケイ素のクラスターも最近合成されました(論文)。こちらは、Angewandte Chemie誌のVIPに選ばれています。下のような構造で、一見すると何が何だかわかりませんが、ケイ素20個でできた正12面体骨格の表面に、トリクロロシリル基が12個、塩素が8個結合しています。さらに、内部に塩化物イオンCl-が内包されており、これが全体を安定化させるミソになっているようです。これはフラーレンと違い、単結合でできていて芳香族性を持たないので、論文のタイトルは「フラーラン」という言葉になっています。

Si32Cl45

Si32
ケイ素のフラーランSi32Cl45-。下は、見やすいよう塩素を省いたもの

 炭素の正20面体であるドデカヘドランは、合成に30段階近くを費やした難物でしたが、こちらのケイ素版はなんと1ステップで合成可能です。ヘキサクロロジシランSi2Cl6とトリブチルアミン、塩化テトラブチルアンモニウムの混合物を室温で2日間撹拌するだけで、収率27%で得られてくるのだそうです。

 このケイ素フラーランは簡単に、大量に作れますから、今後いろいろ誘導体やらが登場しそうです。このクラスターにどういう性質があるか、他の元素でもこうした球状分子ができないか、この分野の研究はさらに加速しそうです。
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