ツイッターなどでご覧になった方もおられたと思いますが、昨日の夜、TBSラジオ「Session-22」という番組に出演して参りました(急きょ呼ばれたので、こちらでは告知が間に合いませんでしたが)。テーマは「疑似科学」で、司会は評論家で編集者の荻上チキ氏。ゲストとしてもう一方、法政大学の左巻健男教授が招かれました。水にまつわるあまたの疑似科学を解説した「水はなんにも知らないよ」をはじめとして多数の著書があり、このテーマを語るには最もふさわしい方でしょう。

 番組では、疑似科学の中でも「EM菌」と呼ばれるものがメインで話が進みました。「EM」というのはEffective Microorganismの略で、日本語では「有用微生物群」と表記されます。その実体は、要するに乳酸菌や光合成細菌といった微生物が、共生している集合体とされます。

 これは当初、畑の土壌の改良などに用いられるものとしてスタートしたようですが、徐々にこれがエスカレートし、川や海がきれいになる、飲むと健康になる、陶土に混ぜて焼くと優れた陶器になる(当然菌は焼け死ぬはずですが、「波動」が残っているそうです)、口蹄疫も防げる(「結界」を作るそうです)、コンクリートやアスファルトに混ぜても有効と、あまりな万能っぷりを謳われるようになってゆきました。その他EM菌の詳細については各種まとめが作られているので、詳しくはそちらをご覧ください。

 で、このEM菌を、現在福島で除染に用いる動きが広がっています(一例)。何しろ放射能汚染対策はなかなか進んでいませんから、なんとかせねばという思いにかられるのは当然です。しかし、以前にも書いた通り、微生物の力で放射性セシウムを「集める」ようなことはできても、放射能を消すことは原理的に不可能です。こうした方法がまかり通れば、正しい放射線対策に振り向けられるべきリソースが大きく減るわけですから、これは由々しき問題です。

 番組では、なぜこういう疑似科学が流行ってしまうのか、ということが問われました。筆者が答えたのは、「厄介なことに、疑似科学には”感動”があるから」ではないかということでした。実際には除染には様々な問題がつきまといますが、EM菌はこれを極めてシンプルに、「土にまくだけ」という方法で解決するとしています。また、微生物という「自然の力」で、危険な放射能を除去できるというお話には、優れた意外性と物語性があります。また、EM菌の提唱者は琉球大学名誉教授という権威ある肩書きを持っており、信頼性も十分です。これらが「感動」を呼び、ぜひこれをやってみよう、世に広めようと人を突き動かしてしまうのだと思います。

 実際、EM菌関係者の出した本を読むと、体験者の感動と興奮の様子が山ほど掲載されています。面倒な科学用語抜きで、すっぱりと効能を断言できる疑似科学は、人の心を動かしやすいといえます。そして真正の科学は、問題に真剣に取り組めば取り組むほど、難しい言葉と条件付きの歯切れの悪い言い回ししかできなくなり、「感動」とはほど遠くなっていきます。人間を動かすのは理屈ではなく感情ですから、疑似科学は真正科学よりも人を引きつけやすいのです。

 また、こうした疑似科学的手法で「有効だ」という見かけ上の結果を出すことは簡単ですが、「無効だ」ときちんと証明するのには、非常に手間と費用と時間がかかります。しかもその証明は、極めて不毛です。金儲けにも、学者としての業績にもならず、攻撃にさらされるリスクだけが増えますから、誰も進んでやりたいようなことではありません。

 となるとどうすればいいのか――ということが問われましたが、とりあえず我々にできることは、信頼できる情報の絶対量を増やしていくことかなと思います。たとえば以前に書いた通り、最近「酵素」というキーワードを含んだよくわからない健康法が流行っており、これは疑似科学の要素を多分に含んだものです。しかし「酵素」という言葉で検索しても、まともに生化学的な意味での酵素について解説したページは、上位30位までに2〜3件に過ぎません。要するに、業者の発信する情報に、正確な知識が押し流されてしまっている状態です。

 で、番組では、先日ケムステさんに載っていた、「化学者たるもの5%の時間を化学のイメージ改善に費やすべきだ」という主張を紹介して来ました。化学者は何万人といますから、5%といわず1%でも正しい情報の発信に時間を振り向ければ、大変な力になると思います。

 発信の内容については、「○○のサイトにもう書いてあったことだから、自分はもういいか」ではなく、同じようなことを書くことにも意義があります。「どこかにもこういうことが書いてあったな、××さんもそう言っていたな、じゃあこれはやはり正しいのかな」と、情報の信頼性が増すことにつながるからです。重複した情報は単なる無駄ではなく、力につながります。

 発信のためのツールも、今やブログにフェイスブックにツイッター、何でも揃っています。ここをご覧のみなさんも、何かしら情報を送り出すことに少しずつ取り組んでみては、と思う次第です。