2018年01月02日

2018年 謹賀新年

新年あけましておめでとうございます。

昨年はすっかりブログの更新をサボってしまいました。
今取り組んでいる英会話の進歩は遅々たるものですが、「継続は力なり」を信じ、ひたすら継続あるのみ・・・!

そうそう、休みの間に読もうと思って本も購入しましたが、既に読んだ本(池井戸潤氏の『七つの会議』)だということに後で気づき、がっかり。
せっかくなので再読しましたが、改めて記憶力が衰えていることを実感したため、年初にすることリストの確認。

・ウィルスソフトの購入などPC環境の確認(期限切れ等)
・iPhoneのバッテリー交換検討(寒さのためにバッテリーの消耗が早いのかも?)
・美容院へ行く
・カズオ・イシグロの本を読む(できれば英語でw)

さて、今年はいくつ美術展に行けるかしらん。


rsketch at 15:41|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 ひとりごと 

2017年10月01日

美術ミステリ 松本清張

松本清張作、双葉文庫の『美術ミステリ』を読みました。


松本清張ジャンル別作品集(3) 美術ミステリ (双葉文庫)松本清張ジャンル別作品集(3) 美術ミステリ (双葉文庫)
松本 清張

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2016年9月15日に出版されたものですが、これは「松本清張ジャンル別作品集」の第3巻として「美術ミステリ」として出版されたもの。収録されているのは、以下4編。

真贋の森
青のある断層
美の巨像
与えられた生


あとがきによると、日本で最初にこの分野を手がけ、最も多くの美術ミステリを書いたのは清張だといいます。
学識だけではなく、みずから絵筆をとっても一流。朝日新聞関西支部本社の広告部意匠係をつとめ、一方で日本宣伝美術協会の九州地区委員として活躍しており、もし芥川賞を受賞することがなかったら、デザイナーとして一家を成していたかもしれないという。清張の推理小説の挿絵が画家の都合で間に合わなくなったとき、清張自身が急いで絵を描いて穴を埋めたというのだから、単なる逸話ではなく、相応の技量を持っていたと考えられます。

収録されている「真贋の森」は別冊文芸春秋に昭和33年(1958年)6月号に掲載されたものとのことですが、60年たった今でも十分面白く読めます。権威ある教授にたてつくことができない縦社会、政治家・財閥との切れない関係、アカデミズムによる弊害などは、社会派といわれる清張だからこそ描ける世界であったともいえるかもしれません。

清張が日本美術に造詣が深いのは以前読んだ本で知っていましたが、今回感じたのは日本美術だけなく、西洋美術や抽象絵画などそのカバー範囲の広さ。骨董の目利きとしてもそれなりの自信があったに違いない、と思えるのです。
読んで損はない作品です。






rsketch at 21:30|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 美術書 | ミステリ

2017年09月16日

恋のゴンドラ

久しぶりに東野圭吾さんの本を読みました。

恋のゴンドラ恋のゴンドラ
東野 圭吾

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スキーやスノボが好きな東野さんが、楽しみながら作られたのかな、という作品。
それなりに面白いのですが、自分はもっとシリアスな作品のほうが好きですね。



rsketch at 22:10|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加  | 東野圭吾

2017年07月30日

小説日本芸譚

あの松本清張が日本美術史を書いていたことを知り、早速読んでみました。

小説日本芸譚 (新潮文庫)小説日本芸譚 (新潮文庫)
松本 清張

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あとがきによると、本作は昭和32年新年号から12月号まで、「芸術新潮」誌に掲載された連作。
当初のタイトルは「日本芸譚」で、発表順は12編で下記の通り。

古田織部
世阿弥
千利休
運慶
鳥羽僧正
小堀遠州
写楽
光悦
北斎
岩佐又兵衛
雪舟
止利仏師

文庫では知名度の高い運慶が最初で、織部は千利休、雪舟の後にくる。
歴史上の順にしたほうが流れもわかりやすく、これは編集側の意向によるものかもしれない。
止利仏師が最後にくるのは、清張自身が最後まで悩んだ結果のようで、この章だけ構成が異なり、若干歯切れが悪い。
芸術家の人となりを浮き彫りにしようとした企画が、止利仏師の場合は鞍作部という集団が対象となってしまうことに抵抗があったのかもしれないが、〇〇工房作が一般的になっている今であれば、違った判断もあったかもしれない。

個人的には、小堀遠州だけが知名度が極端に低いように思うが、当時は高かったのだろうか。

清張があとがきで専門学者の意見を聞いたと記載しており、以下の名を挙げている。

桑田忠親
久野健
谷信一
秋山光和
藤間生大
山脇洋二
上野直昭

本書が出た後、学術的にどのような新発見があったか、芸術家像がどう変わったか、そんな本があればぜひ読んでみたいと思う。


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