解読!アルキメデス写本 (1/2)青シソ その後

2008年09月21日

解読!アルキメデス写本 (2/2)

昨日の記事「解読!アルキメデス写本 (1/2)」の続きです。

昨日「アルキメデスの著作を収めた、現存する唯一の写本」と書きましたが、正確にはアルキメデスの著作は、A 写本、B写本、C写本で確認されています。
ところが、A写本は16世紀、B写本は14世紀に行方不明になり、唯一残ったC写本が本書で登場する「アルキメデスのパリンプセスト」なのです。しかも、このC写本には、A写本にもB写本にもない、『方法』について唯一記載があったのです。

でも、このC写本には大きな問題がありました。この写本、見た目は13世紀の祈祷書で、アルキメデスの写本の羊皮紙を再利用したパリンプセストだったのです。
パリンプセストの作り方は、昨日あげたYoutubeの最初の映像でも紹介されていますが、ばらしたフォリオの表面をけずり、折り目でふたつのフォリオに分け、90度横に倒して半分サイズのをつくる、というものでした。
このため、アルキメデスの写本は、上書きされた文字や絵につぶされてみえないだけでなく、中央の「のど」部分は隠されていました。

もちろん13世紀の写本だって価値がありますから、その文字を残しつつ、さらに古い削り取られた文字を読み取るという、もう考えるだけで気が遠くなるプロジェクトです。

プロジェクトも凄いですが、ここでアルキメデスの凄さがわかる、わかりやすい例をひとつ。

『螺旋について』命題21の図形

『螺旋について』命題21の図形


これは『螺旋について』命題21の図形ですが、アルキメデスは「円の面積は螺旋で囲まれた面積の3倍である」といってます。
紀元前にこんなことまでわかっていたのですねぇ……。
アルキメデスの祖父は芸術家、父は天文学者だったそうですが、両者の才能が引き継がれたのでしょうね。


もうひとつ、アルキメデスのパズルとして知られるストマキオン。
さて、この14片を並べ換えて正方形にする方法は何通り?
ストマキオン 図10-1

※ストマキオンはいろいろなサイトで「人を狂気に誘う」と意味、とされていますが、本書P87では、「ストマキオンとは「腹痛」の意味で(解くのがむずかしいため)、14片を並べ換えて正方形にする知恵の板(タングラム)を言う」とあります。


なんと正解は、17,152 種類。
しかもそれがわかったのはこのプロジェクトがきっかけで、賞金をかけて数学関係の研究者に解を求め、ようやくわかったというのだから驚きです。
アルキメデスのパズルは、現代の数学者にも難問だったのですね。

ビル・カトラーによるストマキオン解の例

イリノイのコンピュータ科学者、ビル・カトラーがコンピューターを使ってソフトウェアですべてのパターンを数え上げた。(サイトを検索すると、536種類と掲載しているページがありますが、これは反転、回転などの重複を除いた数でしょう)


さて、本書で私が特に感銘を受けたのが、リヴィエル・ネッツ氏の数学の文書研究に関する方法。
イメージとテキストの関係は、数学の世界ではこんな風にとらえられているのね、と衝撃の連続でした。

「19世紀の数学の文書を研究した人々は「ことば」に目を向け「画像」には注意を払わず、校訂本にのっている図は、写本に実際にあった図をもとに描いたのではなく、校訂者が自分なりに描いた図だった。(P54)」

リヴィエル・ネッツ氏は、これに不満をいだき、写本に実際にある図を掲載した新たな英語版を作ろうと考えていました。でも、肝心の写本がない。
そこへ、長らく行方不明だった写本が出てきたのですから、それはもう興奮しますよね。
ネッツ氏は、もしC写本があらわれなくても、A写本の派生本でオリジナルの図形を再現しようとしていたのですが、その方法がまた面白い。

図4-5 A写本のバリエーション

こちらは、『球と円柱について』第1巻命題38の図に関する、A写本のバリエーション図(P141)

「1カ所だけ小さなちがいがある。ふたつの写本では線分ABが引かれているが、ほかの写本では引かれていない。文章を読む限り線分ABは必要ないので、もともとの図形では引かれていたのだろうと予想した。気の利く写字生たちは不要な線を写さなかったのだろう。ふたりの写字生は、内容を理解せずに模写していたので、目の前にあるものをそっくりそのまま引き写した。そのため、目撃者としてはこのふたりのほうが信頼できる。これはよく知られた文献学の手法のパラドックスで、レクティオ・ディフィキリオル(「よりむずかしい読み)」と呼ばれる。よくない文のほうが原文の文である可能性が高いということだ。」(P140)


というわけで、失われたA写本の図を再現したものががコレ。
図4-6 A写本の失われた図 

図4-6 A写本の失われた図 (予想する再原図)


で、今回発見されたC写本、すなわちパリンプセストはどうだったかというと……。
図4-7 パリンプセストの図
図4-7 パリンプセストの図

「パリンプセストには線分ABがなく、円の下にAの一文字が追加されている。写字生があわてて文字をひとつ写し忘れるのは十分ありそうなことだ。したがって、A写本にAの文字が抜けているのは誤写のせいであり、共通の原典には書かれていたと想像できる。線分ABのほうは、そこまで単純明快ではない。ここの線分があるのは誤りで、しかも誤りのある写本はひとつーA写本ーしかないため、単にA写本の写字生が誤写しただけの可能性もある。もちろん、それ以前からこの誤りがあり、パリンプセストの写字生だけが誤りを訂正したとも考えられる。しかし、このパリンプセストの写字生について十分知るようになったわたしに言わせると、彼が幾何学的な誤りを訂正することはまずなかったはずだ。いくつも突拍子もない誤りを犯していることから考えて、この写字生は明らかに数学をまったく理解していなかった。線分ABは彼の目の前にはなかったのだと思う。つまり、A写本とパリンプセストの共通の原典には描かれていなかったということだ。」(P143)


よく美術の世界でも、様式や描かれたもののオリジナル(原点)を探る試みがありますが、よもや数学の図形に同じ事が行われていたとは・・・と驚きです。

ちなみに、ルネサンスにはギリシャ語のA写本とB写本が閲覧できたようですが、このC写本は13世紀には祈祷書に姿を変えてしまっている訳で、当然閲覧できませんでした。もし、この本をレオナルドが知っていたら、大きく歴史が変わっていたかもしれない、と思わずにはいられません。


<関連本>
本書でも登場する唯一の日本人、ギリシャ数学の研究者、斎藤 憲氏の本。
よみがえる天才アルキメデス―無限との闘い (岩波科学ライブラリー)
よみがえる天才アルキメデス―無限との闘い (岩波科学ライブラリー)斎藤 憲

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続きはメモ

<メモ>
レクティオ・ディフィキリオル:lectio difficilior


幾何学図形を物理的な物体と考えた、手品。
図6-4-3 アルキメデス

図6-4-3 

「線分MXと線分SHが、点Kを支店とする天秤の両腕にそれぞれ置かれていると想像するのである。」P215
天秤の法則をあてはめると、ふたつの線分MXとSHが、点Kを支点にして釣り合っている。

この部分は、本書の説明が必須。
私には難しすぎて詳しくわかりませんでしたが、幾何学図形が物体に変換されるというくだりには驚愕です。
砂の上に図形を描いて考えたアルキメデス……。
アルキメデスは、砂の上に棒切れで跡をつけるだけでなく、棒切れを線分としても利用したのではないでしょうか。
線分TNを棒切れで置き換えると、線(棒)に天秤の法則をあてはめるという発想が生まれるのではないかと思いました。

※この画像、Youtube の映像の黒板に描かれてますね

rsketch at 16:17│TrackBack(1)このエントリーをはてなブックマークに追加  

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1. ドラマチック! 「解読!アルキメデス写本」  [ 壺中水明庵 ]   2009年06月03日 20:22
 リヴィエル・ネッツ/ウィリアム・ノエル著の『解読!アルキメデス写本』(吉田晋治
解読!アルキメデス写本 (1/2)青シソ その後