ピーター・バーク

2009年10月07日

近世ヨーロッパの言語と社会

ピーター・バークの新しい本が9月に出ていました。
近世ヨーロッパの言語と社会―印刷の発明からフランス革命まで (単行本)
4000225731

歴史家が執筆した「言語の社会史」とはどんなものなのか。
もともと言語学にちょっとだけ興味がある自分ですが、ピーター・バークが社会史として記したとなれば、なおさら興味津々です。
図書館にはいてくれないかな〜、と期待。


岩波書店のサイトでは、著者/訳者からのメッセージも閲覧
できます。


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2008年04月12日

ルネサンス (ヨーロッパ史入門)

以前読んだピーター・バーク著『時代の目撃者』が面白かったので、同じ著者の本を借りて読んでみました。

ルネサンス (ヨーロッパ史入門)
ルネサンス (ヨーロッパ史入門)ピーター・バーク 亀長 洋子

岩波書店 2005-11-26
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おそらく原文もそうなのでしょうが、翻訳がとても明快・簡潔な文章でとても読みやすいです。
ヨーロッパ史入門のシリーズの1つとして出ているということもあり、新しい説を主張するといった類のものではなく、教科書的に網羅されているので、残念ながらワクワク感はあまりありません。
ただ、扱われている分野が、政治、宗教、美術、建築、音楽、文学、学問、詩・劇・ロマンス、思想、修辞学や論理学と本当に多岐にわたり、それをよくぞこんなにコンパクトにまとめたものだと驚かずにはいられません。
しかも、この類の入門書では「ルネサンス」の定義や時期・場所などをある程度枠組みの中に入れてからでないと話が進められませんが、この本の中ではそれが如何に難しい問題であり、どのように論点になってきたかも解説されています。(教科書的に単純化することもできたのでしょうが、ある意味とても上手に保身的に記載されている、といえるかもしれません。)

Amazonで本書の内容は、以下のように紹介されています。

ルネサンスに「近代」と「個人」の誕生を見た伝統的なブルクハルト的ルネサンス観は、もはや歴史の検証に耐えない。中世との連続性を指摘し、創造的な文化変容の過程に光をあてて、新しいルネサンス像を提示する。


この紹介にはかなり不満が残ります。
「中世との連続性を指摘」というのは今さら新しい見方でもありませんし、「創造的な文化変容の過程に光をあてる」というのはむしろこれまでの歴史観にそったもので、この紹介はちょと陳腐です。
確かに著者はブルクハルトについて批判していますが、この紹介はあまりにも単純化されすぎてしまっているように思えます。
ピーター・バークがブルクハルト的ルネサンス観を否定しているのは、いってしまえば一つの例にすぎず、「歴史観を受容してきた歴史」という視点の導入こそがピーター・バークの著作の面白さなのではないかと思います。



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2008年01月27日

時代の目撃者―資料としての視覚イメージを利用した歴史研究

中央公論美術出版から、2007年10月に出版された本です。
歴史・美術史に興味のある方は、必見です!

時代の目撃者―資料としての視覚イメージを利用した歴史研究
時代の目撃者―資料としての視覚イメージを利用した歴史研究ピーター・バーク 諸川 春樹

中央公論美術出版 2007-10
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著者は、歴史家のピーター・バーク。
原題は『Eyewitnessing, The Uses of Images as Historical Evidence』で、2001年に出版されたもの。
原題を直訳すると、『目撃証言―歴史的証拠としてのイメージの使用』となりますが、実際につけられたタイトルをみただけでも、いかにこなれた翻訳がされているかがわかるかと思います。
翻訳は、多数の美術書を手がける諸川春樹氏で、読んでいてこれが本当に翻訳書?と思うほど自然な日本語で、まったくストレスを感じさせません。あとがきには、
「訳者は一読して、本書が美術史を含む歴史学者への絶好の入門書だという印象を持った。扱っている対象の時間、空間的な広がりは、さまざまな読者を引き込むのに十分であるし、方法論的な問題を概観してみたいという希望もかなえてくれる。本書のあちらこちらには新たな知識への多様な入り口が開かれており、これからさらに歴史や美術史を勉強しようとする読者にとっては刺激的な書物である。」
とあるのですが、まさにこの言葉の通りだと思わずにはいられません。

ひとつ注意したいのは、本書の図版にカラー図版はなく、図版とともに解説を楽しみたいという読者向けではないということ。
この本での図版は証拠品の例なのであって、読者が楽しむべきは、その目撃証言(イメージ)が歴史的な証拠として信頼できるのか、信頼できない場合はどこに落とし穴があり得るのかをさまざまな具体例と共に知る事です。

一例だけ紹介すると、たとえばこの図版。

『わが父の生涯』1779年、ネフシャテル及びパリ刊より


フランスの田舎の学校を表した18世紀の版画ですが、男子と女子は左右の側に分けられています。
男子には書きものをする机があるのに対して女子にはそれがなく、まるでただ聞いていればよいというように手をひざの上に置いています。
このイメージは、当時のフランスで女子は読むことだけを習っていて書くことは習っていない、という証拠品だとします。
果たして、この証拠品は信頼できるものでしょうか?
視覚イメージには、見たものをそのまま描くのではなく、風刺的な意味が入っていたり理想像を描く場合もあります。この事実を考慮すれば、この図版は現実ではなく、「このようにあるべきだ」という理想像を描いた可能性があることになります。
見たものをありのまま写したように思えるスナップ写真や肖像画でも、写真を撮影する側の意図や、「よりよく見せたい」という肖像画の注文主の意向が反映され、事実を歪められている可能性があるというのです。

「そんな事をいったら、何も信用できなくなるじゃない!」と思いますね?
でも著者は「視覚イメージはだから証拠品として使用できない」と言っているのではありません。むしろ、視覚イメージは積極的な証拠品となりうる、といっています。


P250
……視覚イメージを信頼できるもの、あるいはそうではないものとして記述するのではなく、むしろ視覚イメージの信頼性やそのありさまを問題にし、異なった目的のためにも信頼できるか否かを考える。そして視覚イメージを「鏡」とか「スナップショット」として見るひとつの見方と、それをサインや慣習のシステムに他ならないと見なすもうひとつの見方との単純な対立には別れを告げるのである。
(中略)
言いかえれば、視覚イメージがもたらす過去に関する証拠は、文書資料を補足し裏付けるという点で実際に価値があるということだ。ことに歴史的事件に関していえば、それらは資料に親しんでいる歴史家たちに既知の事実を語るだけかもしれない。しかしこうした場合においてさえも、視覚イメージはそれに何かを付け加えている。それは他の資料によっては到達できない過去のさまざまな側面にまで私たちを導いてくれるのである。



ピーター-バークの本としては、下記の翻訳もあります。これもぜひ今度読んでみたいと思います。

知識の社会史―知と情報はいかにして商品化したか知識の社会史―知と情報はいかにして商品化したか
ピーター バーク Peter Burke 井山 弘幸

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新版 イタリア・ルネサンスの文化と社会新版 イタリア・ルネサンスの文化と社会
ピーター バーク Peter Burke 森田 義之

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Amazonの商品紹介より:【この新版では、旧版以後の研究成果をおさえての、本文改訂と参考文献の大幅な追加、および来るべき研究の新視角が提示される。社会史的文化史学者の30年にわたる研究の到達であると同時に、今後のルネサンス研究の基点である。】


続きは、本書の抜粋メモ。続きを読む

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