モネ

2008年01月14日

モネ《印象・日の出》が来日

先の話になりますが、今年12月にあのモネの「印象・日の出」が来日するそうです。
日本で公開されるのは1994年以来4度目ということですが、名古屋市美術館で公開され、中部地区では初公開とのこと。
中部にお住まいの方は、必見ですね。

モネ《印象・日の出》
モネ《印象・日の出》

それにしても、本当に日本人は印象派が好きです。
毎年必ずと言っていいほど、「印象派」という冠のついた展示会がいくつかあります。
昨年、新国立美術館で大回顧展モネがありましたが、この時も「《印象・日の出》も展示できないか交渉したけれどもダメだった」と講演会で聞いたので、今回出品が許可されたのは喜ばしい事ですよね。

モネ《印象・日の出》来日について、中日新聞の記事はこちら

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2007年05月13日

MONET 大回顧展モネ & 講演会

今日は、国立新美術館のMONET 大回顧展モネに行ってきました。

お恥ずかしながら、まだ国立新美術館に行ったことがない私。その上、方向音痴なのでちょっと心配でしたが、六本木の駅を降りたところでモネ展のプラカードを持っているお兄さんが案内してくれたので、まったく迷わずたどり着けました。
昨日急遽行くことに決めたのでチケットを買っていなかったのですが、トクトルURLでクーポンを画面メモしていったので100円割引。

国立新美術館入り口

国立新美術館入り口。何度もTVなどでみていたので、「これがそうかぁ〜」という感想。黒川氏、都知事選出馬でかなり評判落としちゃいましたしねぇ……。


レストラン
これが噂のレストラン。時間がなくて入れませんでしたが……。


実は急遽行くことに決めたのは、あの高階秀爾氏の講演会があると知ってのことでした。13時から講堂前で入場整理券を配布することだったので、5分前には到着したのですが、すでに長い列ができていて、ゲットできたのは119番。定員300人ということだったので、あと10分遅かったら無理だったかも……。よかった〜。
入場整理券をもらった後は、14時からの講演会だったので早速モネ展を観ることに。

正直、何度もモネは観ているのであまり期待していなかったのですが、100点近くもそろうと壮観でした。展示は以下の7つのパートに分かれていました。

●第1章 近代生活  《日傘の女性》は、3種類あるうちの1点。

●第2章 印象 お気に入りは《かささぎ》。白い雪がいくつもの色を帯び、白なのに遠近感があるんです〜。

●第3章 構図  《ラ・ロシュ=ブロンの村ー夕暮れ》に驚き。こちらは、日本美術の表現方法を取り入れているとのこと。なぜ遠近感がこんなにも得られるのか、不思議に思いました。他にも、近景と遠景を対比させる日本の特徴を取り入れた作品も、共感を感じられるものでした。《ポール=ドモワの洞窟》という作品も明暗がはっきりしていて印象的でした。《ルエルの眺め》は写実的な作品で、調べてみたらなんと18歳の作品!?

●第4章 連作 《積みわら、雪の朝》、《積みわら、夏の終わり、朝》を並べてみられるなんて、素敵です〜。ルーアン大聖堂の連作は有名なだけあります……。《サン=ラザール駅》は、パウル・クレーを思い出しちゃいました。

●第5章 睡蓮/庭園 晩年の《日本風太鼓橋》は、迫力はありますが、私はどうも好きになれません……。「睡蓮」のシリーズで一番好きなのは、ポーラ・コレクションのものかな?

●モネの遺産 モネの作品を拡大してみると確かに抽象芸術と似ている部分はありますが、やはり私は抽象画は苦手……。

●モネを訪ねた日本人


※戦利品は、ポストカード3枚。図録は2300円と安価だったのですが、実物をみた後では本物との違いを考えると買う気になれずに断念。


で、講演会の方は14時をちょっと押して始まったのですが、これがレジュメ(クリックで拡大)。
講演会レジュメ


簡単ですが、講演会の内容をメモレベルでご紹介すると……。

・長生きをしたモネ(1840-1926)だが、若い頃はカリカチュアなども書いている。真剣に絵に取り組み始めた当初は、オランダ風の沈んだ色彩の作品だった。
・パリでは1850年〜60年に城壁がとりはらわれ、近代化の時期。
・1863年マネの『草上の昼食』がスキャンダラスと物議を醸したが、1865年にマネの《オランピア》が入選。この1865年のサロンの展示ではアルファベット順に展示され、入選したモネの作品と並んで飾られたが、名前が似ているということでマネが憤慨した。マネを尊敬していたモネは、それ以降「Claude Monet」とフルネームで署名するようになった。
・サロンの並び順は、文句が出ないようにするために頭を悩ます問題だった。18Cのシャルダンによる並び順の時には公平だといわれた。
・普仏戦争があった1870年代に仲間とグループ活動を始めた。当初から水や煙などへの興味を持っていたよう。
・クールベのようにありのままの理想化していない写実的な作品が主流だった時代に、モネの作品は受け入れられにくく相当たたかれた。
・モネは絵の具を混ぜて中間色をつくると明度が落ちるため、網膜上で混ざるように描いた。それにはどうしてもタッチが残ってしまうが、タッチが残っていると当時は未完成とみなされた。
・水に反射する絵は、タッチを残す作品にあっていた。
《キャプシーヌ大通り》のように上から見下ろす作品は、気球で上から見ることができるようになってから。ナダールがパリを空中から写真をとっている。
・直接現場にイーゼルをもちこんだのは、持ち運べる絵の具ができてから。その前は、革袋に入れ密封していた。(イギリスで60年代にチューブ絵の具ができ、アメリカで売り出された)
・モネは自分で船をつくってアトリエにした。
・浮世絵が新しい視点をもたらした(鮮やかな色彩や構図)。部分で全体がわかるのは、日本の広重などの作品の特徴だが、それをとりいれた。(睡蓮など)
・モネはロンドンでも制作しているが、移り変わる光を描くのにロンドンの霧が都合が良かった。
・ポロックやホフマンなどの抽象画は、モネの作品を拡大したものに似ており、モネの遺産ともいえる。


講演会は1時間半ほどで終了。その後、再度展示会を観ましたが、混んできたので早々に退散しました。平日なら17時過ぎが空いていて、金曜日は20:00まで開場しているそうなので、ゆっくり観たい方は早い時間は避けた方がよさそうです。とはいえ、かなりの点数があるので、あまりぎりぎりだと閉館時間になってしまいそうですが。
国立新美術館


公式サイトでも講演会についての記事がアップされました。


rsketch at 23:24|PermalinkTrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加