講演会

2009年06月15日

だまし絵展 講演会は白熱のバトルへ・・・???

13日(土)に行った、だまし絵展の開催記念特別講演会についてです。

講演会は、國學院大學学術メディアセンターで行われたのですが、行った事のない私はついうろうろ。

民家の屋根越しに見える國學院大學。
國學院大學


学術メディアセンター入り口
学術メディアセンター入り口1


学術メディアセンター入り口2



講演会は学生の方は抽選で無料聴講ができたようで、私が着いた時には既にたくさんの学生さんが受付に並んでおられました。

さて、まずは「司会挨拶」ということで、あの小池寿子氏からご挨拶。

次に、「國學院大學学長挨拶」ということで、安蘇谷正彦氏から國學院の由来や(普通大学は場所の名前がつけられるけれど、國學院はレアケース)最近の大学事情(独立行政法人化)などのお話。
また、基調講演者の谷川渥氏は、現在國學院大學の文学部に所属されていますが、来年から美学・美術史の学部ができるというニュースも。

次に、Bunkamuraザ・ミュージアムのプロデューサーでもある木島俊介氏(共立女子大学文芸学部教授、群馬県立近代美術館館長、群馬県立館林美術館館長)から、今回のだまし絵展が名古屋で大好評であったことなど、だまし絵展についてのご説明。

で、最初の基調講演者が木島氏ということで、そのまま基調講演(1)がスタート。

(1)「イタリアの建築装飾壁画のトリックアート」 木島俊介氏
ご専門が中世〜ルネサンスということでしたが、ポンペイの壁画に描かれた舞台装置の空間としての作品などの解説もあり、個人的にギリシャ美術と中世との断絶に興味があった私はあっという間に惹きこまれてしまいました。
過去の文化はキリスト教文化によって途絶えてしまったというお話でしたが、ジョットの描いた街並みはポンペイで描かれた街並みと類似しているということでしたが、これらは写本などを経由して伝えられたと考えてよいのか、できればこのあたりももう少し詳しくお話を聞きたかったです。

ポンペイで発展したいわば劇場装飾は、同様に数百年の時を経てイタリア建築の装飾画として描かれるようになり、その背景には不安定な時期に理想の世界を求めるという類似の精神的な背景があったのではないかなどの話からは、イエイツの『世界劇場』をついつい連想。
何より、今では現地に行っても見ることのできない、美しい教会建築内部のだまし絵的な作品の数々が見られたのはよかったです。(規則性のない柱の影の処理は、もしかしたら教会内部を礼拝する際の順序と関係している作品もあるのでは、と想像してみたり・・・)


(2)「表層のレトリック」 谷川渥氏
谷川氏の講演をはじめて聴いたのですが、難解な用語をごく当たり前のように淀みなく流暢に、しかもかなり低音のいい声でご解説される、というそのスタイルに衝撃を受けました(笑)
もちろん、スタイルだけでなく内容のほうもかなり濃厚で、かなり予定の時間をオーバーしてしまいましたが、いつまでも聞いていたい気分になりますから不思議です。

以下は箇条書きのメモ。
<蝿の話>→谷川氏の本を読めばなぜ蝿の話がこんなに出てくるのかわかります(笑)。
・ヴァザーリによるジョットが描いた蝿の逸話があるが、まだ実例が見つかっていない。先んじているのは中国。(白い帯についた墨を蝿としてごまかした)
・蝿が描かれる時期は、キャンバスという支持体が一般化し、絵画がイルージョンであることが認識されてきたことと関わりがあるかもしれない。
・ペトルス・クリストゥスによって描かれた蝿は、神によって生かされているものはすべて美しい、つまり蝿も聖職者もヒエラルキーはあっても美しい、という解釈も。
・《ホーファー家の女性の肖像》の蝿では、キャンバスが平面であることを伝える戯れ・悪戯的な目的で描かれている
・ヤン・ファン・エイクのグリザイユ画である《受胎告知》は、彫刻のように見せる絵、という意味で「ジャンルの偽装」
・国芳の寄せ絵は、同じモティーフを繰り返して用いる「同語反復」的な作品
・本来のイリュージョンは、画布の向こう側に奥行きをつくる。だまし絵は、自分の側に突出する。画面をじっとみつめず、たわむれるもの。
・ミシェル・フーコーの自己言及性の絵画との関連(フーコー読まないとわからないですね)

今回出品されているものの中で、谷川氏の本の中で「だまし絵ではない」とされているものはたくさんあります。
※狭義ではだまし絵ではありませんが、日本ではだまし絵として広義の意味で意味で使われています。


(3)「幕末・明治期の描表装(かきびょうそう)」 山下祐二氏
山下氏の講演は、できるだけ難しい用語を使わずに、平易な言葉で楽しく聞けるようにという配慮がされているなぁ、と。一番聴衆の笑いをとっていたののも山下氏。
日本画のだまし絵の作品の例をいろいろ見ることができました。
描表装(かきびょうそう)はあまり聞きなれない言葉ですが、掛軸の絵の周りの部分も絵にしてしまったもの。掛け軸説明をみるとわかりやすいですが、風帯、一文字、下地だけでなく、めでたい正月飾りまで描いちゃうんですから、ずいぶん合理的なものの考え方をするのだな、と。

同様に箇条書きになりますが、メモ
・国芳はアンチンボルドを知っていたか?→版画など何らかの印刷物を通して知っていた可能性はある。
・柴田是真《正月飾図》。柴田是真は、山下氏が今注目している画家・蒔絵師。鈴木其一の作品を見ている。ニューヨークで展覧会があるが、日本ではあまりなく、今年秋に三井記念美術館で展覧会が開催予定。(日本は、海外に作品が流出させ、海外で人気になるとようやく日本でも人気があがる、ということを嘆かれている模様……)
2007年7月に開催した「柴田是真生誕二百年展」はこちら
・長澤芦雪の《 幽霊・髑髏子犬・白蔵主図》の作品(この3幅対は名古屋市美だけの限定展示)は、近年興味深い新説が出たらしい。
・杉本博司《ウィリアム・シェイクスピア》は、ロンドンの蝋人形館にある人形を写真でリアルに表現したもの


〔パネルディスカッション〕
17時に終了予定だった講演会でしたが、基調講演が予想以上に長くなったこともあり、パネルディスカッションもかなりおしてのスタートに。

小池氏の司会のもと、学生アンケートで要望が多かった以下の2つのテーマを中心に。

1)ヨーロッパにおけるだまし絵の展開と発展、断絶、また精神性や空間把握、宇宙観との関係について
2)西洋と日本の比較について
最初に木島氏が、だまし絵というリアリズムの追求には油絵の具の発明が関係していて、触覚値(さわった感じ)を出すには油彩画が不可欠で日本画には無理だ、と発言されたから、さて大変。

日本画代表である山下氏は、「そんなことはない、日本画でも可能だ」と猛反論、ディスカッションは近年まれにみる白熱の大バトルへ・・・・なんてことにはなりませんでしたので、ご安心を。

さすがに大人なお二方は、やんわりとお互いを譲歩しながら、パノフスキーのイコノロジーについても立場は異なっても終始にこやかな雰囲気で場内の笑いを誘いながらディスカッションは進んでいきました。
※観衆の一人の立場としては、西洋VS日本みたいに、とことん論議してもらえるとすごく面白いのですが、もしそうなるとその後のことも心配ですしね・・・(汗)

なかでも、プロテスタント系の北方世ヨーロッパとカトリック系では空間のとらえ方が異なる(カトリック系は奥行きを重視)、また日本画は奥行きが浅いが中国は奥行きがある、といった話などは面白く、さらにはカトリック、プロテスタントと一概にわけることもできないのではないか、などなど、なかなか結論には一足飛びにはいきません(そんなものだと思いますが)

途中、小池氏が「受容の問題」つまり作品の注文主との関係をを取り上げてくれたのですが、お三方とも「注文主のない作品はない」と盛り上がらず・・・・いやいや、私は聞きたかったです、小池先生! 
だって、庶民が対象だった国芳の寄せ絵と、ルドルフ一個人にのために作られた作品を、おなじ土俵にのせていることを意識してもいいですよね!
受け側の視点を取り入れることによって、見えてくることがあるかもしれない、と思います。 
もしかしたら、庶民も絵画を購入するようになった北方の近視眼的な(プロテスタント系の)作品は、作品を観る者との距離を縮めるために前方へ突出する絵画へ向かい、神の偉大さを強調し続けなければならないカトリック系の絵画は、より後方へ(奥行きを再現する)絵画、つまり神との距離を感じさせる絵画へと向かった、ということができるのかもしれませんし。
描表装が、仮に「ほうそう絵」のように代替物として庶民の間で広まり、次第に上の階層に広まっていったのだとしたら、それは下から上への美術で(実際はどうだかしりませんが)、もしそうだとしたら、アンチンボルドように上から下へと広がった西洋の発展とまったく反対の違った動きととらえることも可能なのかと。

西洋と日本という大きなくくりで考えるよりは、各作品についてそれぞれの立場を議論してもらったほうが、より明確に差異が議論できたのかもしれません。

というわけで、考え出すとつきない疑問や謎への興味がわいたということもあり、大変有意義な講演会でありました。

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2007年09月08日

ティツィアーノ《うさぎの聖母》

メールマガジンで知りましたが、ルーヴル-DNP ミュージアムラボ で、10月27日からヴェネツィア派を代表する画家ティツィアーノの《うさぎの聖母》が日本初公開で登場、とのこと。
コンセプトムービーをみると、力の入ったフラッシュムービー。

ルーヴル-DNP ミュージアムラボ のサイトをチェックしてみると、「オープニングを記念し、ルーヴル美術館学芸員ジャン・アベールによる講演会を開催」とあるではありませんか!

日時:10月27日(土) 14:00-15:00
講師 ジャン・アベール(ルーヴル美術館絵画部門主任学芸員)

参加無料ですが、定員が100名・満員となり次第締切、とのことなので興味のある方は今すぐ申し込みましょう!! 

なおかつ、ここの観覧は予約制なので、事前の予約も忘れないようにしましょう!
予約はこちらからですが、まだ10月27日に空きはあるようですよ。土曜日は17時半終了なので、じっくり見たい方は14時前で予約したほうがよいかもしれません。

ちなみに、まだDNP ラボに行った事がない方のために補足ですが、ここは一般の美術館と違って観覧は無料ですが、作品数は限られていますので(多分、今回は《うさぎの聖母》1点?)、作品数が少ないとがっかりしないように・・・! 1つの作品をいろいろな角度で観てみるという新しい体験ができます〜♪

※ご参考に、前回の第2回展タナグラへ行った時の様子はこちら


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2007年05月13日

MONET 大回顧展モネ & 講演会

今日は、国立新美術館のMONET 大回顧展モネに行ってきました。

お恥ずかしながら、まだ国立新美術館に行ったことがない私。その上、方向音痴なのでちょっと心配でしたが、六本木の駅を降りたところでモネ展のプラカードを持っているお兄さんが案内してくれたので、まったく迷わずたどり着けました。
昨日急遽行くことに決めたのでチケットを買っていなかったのですが、トクトルURLでクーポンを画面メモしていったので100円割引。

国立新美術館入り口

国立新美術館入り口。何度もTVなどでみていたので、「これがそうかぁ〜」という感想。黒川氏、都知事選出馬でかなり評判落としちゃいましたしねぇ……。


レストラン
これが噂のレストラン。時間がなくて入れませんでしたが……。


実は急遽行くことに決めたのは、あの高階秀爾氏の講演会があると知ってのことでした。13時から講堂前で入場整理券を配布することだったので、5分前には到着したのですが、すでに長い列ができていて、ゲットできたのは119番。定員300人ということだったので、あと10分遅かったら無理だったかも……。よかった〜。
入場整理券をもらった後は、14時からの講演会だったので早速モネ展を観ることに。

正直、何度もモネは観ているのであまり期待していなかったのですが、100点近くもそろうと壮観でした。展示は以下の7つのパートに分かれていました。

●第1章 近代生活  《日傘の女性》は、3種類あるうちの1点。

●第2章 印象 お気に入りは《かささぎ》。白い雪がいくつもの色を帯び、白なのに遠近感があるんです〜。

●第3章 構図  《ラ・ロシュ=ブロンの村ー夕暮れ》に驚き。こちらは、日本美術の表現方法を取り入れているとのこと。なぜ遠近感がこんなにも得られるのか、不思議に思いました。他にも、近景と遠景を対比させる日本の特徴を取り入れた作品も、共感を感じられるものでした。《ポール=ドモワの洞窟》という作品も明暗がはっきりしていて印象的でした。《ルエルの眺め》は写実的な作品で、調べてみたらなんと18歳の作品!?

●第4章 連作 《積みわら、雪の朝》、《積みわら、夏の終わり、朝》を並べてみられるなんて、素敵です〜。ルーアン大聖堂の連作は有名なだけあります……。《サン=ラザール駅》は、パウル・クレーを思い出しちゃいました。

●第5章 睡蓮/庭園 晩年の《日本風太鼓橋》は、迫力はありますが、私はどうも好きになれません……。「睡蓮」のシリーズで一番好きなのは、ポーラ・コレクションのものかな?

●モネの遺産 モネの作品を拡大してみると確かに抽象芸術と似ている部分はありますが、やはり私は抽象画は苦手……。

●モネを訪ねた日本人


※戦利品は、ポストカード3枚。図録は2300円と安価だったのですが、実物をみた後では本物との違いを考えると買う気になれずに断念。


で、講演会の方は14時をちょっと押して始まったのですが、これがレジュメ(クリックで拡大)。
講演会レジュメ


簡単ですが、講演会の内容をメモレベルでご紹介すると……。

・長生きをしたモネ(1840-1926)だが、若い頃はカリカチュアなども書いている。真剣に絵に取り組み始めた当初は、オランダ風の沈んだ色彩の作品だった。
・パリでは1850年〜60年に城壁がとりはらわれ、近代化の時期。
・1863年マネの『草上の昼食』がスキャンダラスと物議を醸したが、1865年にマネの《オランピア》が入選。この1865年のサロンの展示ではアルファベット順に展示され、入選したモネの作品と並んで飾られたが、名前が似ているということでマネが憤慨した。マネを尊敬していたモネは、それ以降「Claude Monet」とフルネームで署名するようになった。
・サロンの並び順は、文句が出ないようにするために頭を悩ます問題だった。18Cのシャルダンによる並び順の時には公平だといわれた。
・普仏戦争があった1870年代に仲間とグループ活動を始めた。当初から水や煙などへの興味を持っていたよう。
・クールベのようにありのままの理想化していない写実的な作品が主流だった時代に、モネの作品は受け入れられにくく相当たたかれた。
・モネは絵の具を混ぜて中間色をつくると明度が落ちるため、網膜上で混ざるように描いた。それにはどうしてもタッチが残ってしまうが、タッチが残っていると当時は未完成とみなされた。
・水に反射する絵は、タッチを残す作品にあっていた。
《キャプシーヌ大通り》のように上から見下ろす作品は、気球で上から見ることができるようになってから。ナダールがパリを空中から写真をとっている。
・直接現場にイーゼルをもちこんだのは、持ち運べる絵の具ができてから。その前は、革袋に入れ密封していた。(イギリスで60年代にチューブ絵の具ができ、アメリカで売り出された)
・モネは自分で船をつくってアトリエにした。
・浮世絵が新しい視点をもたらした(鮮やかな色彩や構図)。部分で全体がわかるのは、日本の広重などの作品の特徴だが、それをとりいれた。(睡蓮など)
・モネはロンドンでも制作しているが、移り変わる光を描くのにロンドンの霧が都合が良かった。
・ポロックやホフマンなどの抽象画は、モネの作品を拡大したものに似ており、モネの遺産ともいえる。


講演会は1時間半ほどで終了。その後、再度展示会を観ましたが、混んできたので早々に退散しました。平日なら17時過ぎが空いていて、金曜日は20:00まで開場しているそうなので、ゆっくり観たい方は早い時間は避けた方がよさそうです。とはいえ、かなりの点数があるので、あまりぎりぎりだと閉館時間になってしまいそうですが。
国立新美術館


公式サイトでも講演会についての記事がアップされました。


rsketch at 23:24|PermalinkTrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加