遠近法

2007年09月29日

知の遠近法

東大駒場連続講義 知の遠近法
東大駒場連続講義 知の遠近法H. ゴチェフスキ

講談社 2007-04-11
売り上げランキング : 29213
おすすめ平均star


Amazonで詳しく見る
by G-Tools


「はじめに」によると、タイトルの「東大駒場連続講義」というのは大学院超域文化研究科比較文化コースの教員を中心に「テーマ講義」としておこなわれている授業なのだそう。
当番になった著者は音楽専門ですが、狭い視野に限られずに問題意識を持つために、あえて専門領域を超えた分野で構成したのだとか。
遠近法というタイトルがついていますが、美術的な意味ではなく広い意味での遠近法です。

序章では、遠近法=「ペルスペクティーウ゛ァ」の語源や起源について、かなり詳細に述べられています。
・「ペルスペクティーウ゛ァ」はもともとperspecivus(ペルスペクティーウ゛ス)というラテン語の形容詞の女性形である。
・形容詞の後に続く学問、学科などの女性名詞が省略され、「ペルスペクティーウ゛ァ」が名詞として自立した学問分野となった。
・「ベルスクペクティーウ゛ァ」はperspicio(ペルスピキオ、過去分詞perspectus)という動詞にもとづき、ペルスピキオについての科目。
・古典ラテン語でペルスピキオは直接的な(視覚に関する)意味で使われている事は意外と少ないが、見なければならないものを順番に丁寧に見る事を指す。たいていは、心眼を指し、理解する事に関して使われ、「理解するために障害になるものを克服して理解する」という意味で使われるのが一般的。
・「ペルスペクティーウ゛ァ」という単語の初出は、紀元500年前後のボエーティウスがアリストテレスを翻訳するときに「オプティケー」の訳語として最初に使ったといわれているがこれは誤りで、1125年と1150年の間のJacobus Veneticus(以下ヤコーブス)による『分析論後書』(アリストテレス)のラテン語訳が初出。
・『分析論後書』では、オプティケー(現代でいえば視学といえるもの)の訳語として、「ペルスペクティーウ゛ァ」あるいは「スペクラーティウ゛ァ」(動詞はspeculor「観察する」)が混合して使われている。
・13世紀にアラビアの学問の需要により、レンズと鏡に関する屈折と反射についての研究科目が生まれた。オプティケーを研究する人は、もの(ガラス、鏡)を通してみる人をいった。
・「ペルスペクティーウ゛ァ」という単語のもっとも重要な転回点は遠近法の発明であり、イタリアでは遠近法はprospectivaと呼ばれていた。ラテン語のプロースピキオには「遠方を見る」という意味があるので、「遠近法」を表すのにふさわしかった。


序章だけでもかなり読み応えがあって、これで拒否反応を起こす人もいるかも。
でも、続く本文は天文学や美術、文学、音楽など本当にさまざまな分野の(広い意味での)遠近法が語られていて面白いです。

第3章の「西洋近代絵画におけるパースペクティヴの変容--フランス印象派のパラダイム転換(三浦篤)」は、狭義の美術的な遠近法の意味で、印象派が如何に大きな転換をなしとげたか、ということをわかりやすく説明してくれます。

第5章の「音を見る--音楽への視覚的ペルスペクティーヴァ(ヘルマン・ゴチェフスキ)」では、過去の音楽を単純な線で図式化したものが掲載されていて、過去の西洋音楽の違いをわかりやすくとらえることができます。「音楽は耳で聞いただけではわからない」という著者の言葉がよくわかりました。

そういえば、著者はラテン語もかなり詳しいようなのですが、なぜ「ペルスペクティーウァ」ではなく「ペルスペクティーウ゛ァ」と記したのか、ちょっと気になります。何か意図があってのことなのでしょうが……。

rsketch at 23:52|PermalinkTrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

2007年08月26日

日本人と遠近法

図書館で借りた本。

日本人と遠近法
日本人と遠近法諏訪 春雄

筑摩書房 1998-08
売り上げランキング : 577135

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


諏訪 春雄氏は、文学博士で学習院大学名誉教授。
日本の美術は、中国やヨーロッパの影響によるものを除き、独自の遠近法を持たなかった。日本の伝統的なものの見方を分析し、歌舞伎などの日本文化に共通してみられる「視点の移動」を浮き彫りにする。

図版が少ない点がとても残念ですが、中国やヨーロッパの遠近法との比較、ものの見方の違いを宗教に要因を見出しているところが興味深いです。
「視点の移動」という意味では、ホックニーがヴァン・アイクなどの作品にも見出した特徴でもあるので、異なる場所・時間で同じ特徴が見出されるという事は、背景に共通のものがあったといえるのか、考えてみるのも面白そうです。

著者の諏訪 春雄氏のホームページはこちら

rsketch at 22:15|PermalinkTrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

2007年04月11日

遠近法による絵画の楽しみ方について

遠近法―絵画の奥行きを読む
小山 清男
4022597135

今回は「遠近法」による絵画の楽しみ方について、先日読んだ本の内容を紹介します。
以下は、フラ・アンジェリコによる3つの《受胎告知》です。
※画像はクリックで拡大できます

A(コルトナ、ジェス美術館)
フラ・アンジェリコ 受胎告知 コルトーナ

 
B(マドリード、プラド美術館)
マドリード、プラド美術館


C(フィレンツェ、サン・マルコ修道院)
フィレンツェ、サン・マルコ修道院


本によると、遠近法で分析すると、上記3つの作品は古い順に、A →B→Cに並べられるといいます。
まずは簡単に線遠近法について知っておく必要があるので、P72 より引用すると……




図2-18 図2-18
線遠近法は幾何学的な図法で、視点より遠く離れたものも作図によって描く事ができるが、その場合にはふつうにわたしたちのみる形とはずれて、不自然な形になってしまう。そこでふつうの視覚で自然にみえるような範囲を視野として、それをつぎのように定めている。視点を頂点とする頂角60度の円錐ないを許容できる範囲とする。画面上では、この円錐との交線の円内ということになる(図2-18)。それを目安として目の位置を定める事が望ましい。

補足
※HL:地平線 GL(基線):画面と地平線との交線 Vc(視心):画面に垂直な直線の消失点
 



3つの作品については、下記の分析図と平面図とともに以下のように説明されています。

A(コルトナ、ジェス美術館) 
分析図と平面図

…柱廊の左側面の奥行方向の線を延長すると、画面左辺の外、ほとんどそれに接するあたりに消失点ができる(図4−10)。左方へ偏した一点透視である。視野の円を描いてみると、天使は円内に完全に含まれているが、マリアは円外になる。…(中略)…この絵画空間の平面図は、図示のとおりである(図4−11)。


B(マドリード、プラド美術館)
図4−13

…この図では、柱廊の左側に並ぶ3本の柱が柱廊の内側からみた状態で描かれている。奥行き方向の線の消失点が、ジェスの作例とは違って、画面の中、縦の中心線のわずか左寄りにある(図4−13)。したがって、視野の円を描いてみると、画面の大部分がその中に含まれる。この図では、45度線が二様に考えられるため、視野の円も2つ描く事ができるが、そのうちの小さいほうの円でも天使は全身が含まれるし、マリアも顔、胸、膝などの主要部分が含まれる。つぎの図は全体の平面図である。



C(フィレンツェ、サン・マルコ修道院)
図4−16

サン・マルコもまた基本的には同じような柱廊が描かれているが、前面の3本の柱はほとんど画面いっぱいに並び、柱廊の左側に前後に立つ4本の柱は、完全に内側からみた状態で、柱と柱の間から花の咲く庭がみえている。奥行方向の線の消失点は、前例よりもさらに右へ寄り、中心線の右側になる(図4−16)。視野の円を描いてみると、画面左方がわずかに円の外に出るけれども、主要な部分はゆっくり円内に含まれる。以上から求めた平面図が図4−17である。


最終的に、著者は次のように結論を述べています。


以上の三例を比較してみると、ジェスの作品にはなお中世的な情趣が色濃く残っており、プラドの作例ではかなり薄れ、サン・マルコの壁画ではまったく新しい日常的な空間となっている。これを遠近法的にみれば、画面左辺のあたりにあった視点が、柱廊内に移っていく過程と、それにつれて視野の円内にほとんど収まるようになったことがわかる。これはアンジェリコ個人の造形志向の推移を物語るとともに、ルネサンス絵画の動向を示すようで、きわめて興味深い。



念のためにあえて記載しますが、著者は遠近法的に正しく描かれた作品が良い、といっているわけではありません。遠近法的照射の射程内にある場合は、その中でどのような位置づけをおこなえるかを考えて見る事、また射程外にある作品については遠近法以前の作品なのか、故意に逸脱したものなのか、またそこにどのような思考が働いているのかを知る事が大切であり、遠近法での分析が作品を位置づける指標になりうる、といっているだけです。
自分でこの分析図のラインをきちんとひけるようになるには時間がかかりそうですが、このような絵画の見方もあるのだ、ということがわかるだけでも面白いですよね・・・?

ちなみに、Web Gallery of art で制作年を調べてみると、下記の通りでした。Cはあっていますが、AとBが逆転しています。Aでは視野の円外に描かれたマリアが特徴的ですが、果たしてそこに意図があったのか、はたまた制作年に誤りがあるのか、興味はつきません……。

A(コルトナ、ジェス美術館) 1433-34 
B(マドリード、プラド美術館)1430-32
C(フィレンツェ、サン・マルコ修道院)1450


rsketch at 23:50|PermalinkTrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加