心理問題がなかなか解けないとき、「認識の盲点」に騙されていることが結構あります。

 私たちは自分の心理をまっすぐに把握できないため、解ける問題も解けなくしているわけです。心理をまっすぐに把握できないとは、自分の欲求や感情や思考に気づけないということです。自分の気持ちや考えをストレートに認識できなければ、心理的問題を解けるはずはありませんよね。

 つまり「自分の心が見えていない」という盲点がある。ここを乗り越える必要が出てくるわけです。

 人間の意識というのは、とてもややこしいことを複雑にやっている部分があって、自分で自分のことを見えなくしている。見えなくすることで自分を守っている(自己防衛している)わけです。自分の安全のために、わざと自分の視界から消している心理というものを抱えている。視界に入ってこないように操作している。そして、操作していることに気づけていない。

 なので、自分が作った罠に自分がハマっているようなところがあるんです。

 例えば、心の奥で「私は許されないような悪いことをしてしまった」「私は罪深い」と信じているとしましょう。こんな風に毎日感じながら生活するのはとても辛いので、意識から消してしまうわけです。そういう罪悪感を抱えていることから目を背けないと毎日とても生きていけない。

 すると、いつの間にか「自分が自分のことを罪深い悪い存在だと捉えている」ということが盲点になってくる。意識のスクリーンからは姿を消す。姿を消すんだけれども、その何とも言えない暗くて重たい嫌なフィーリングは奥の方に抱えたまま。

 妻や上司に批判をされると、その場にそぐわないほど落ち込んだり動揺したりする。人が怖くなる。自分はおかしいのだろうかと自信をなくす。人は自分を責めてくる、否定してくる、許してくれない、理解してくれないという強い感覚が生まれる。

 本当は自分が自分のことを許していない。自分を断罪している。けれど、それを忘れている。

 そうすると、周囲の人が自分を断罪してくるという認識にすり替わってしまう。

 ここには「認識の逆転構造」があります。

 心の奥に見ないようにしているもの、認めないことにしているもの、感じないようにしているものがあると、認識が曲がってくる。本当は自分が自分に対して信じていること、自分が自分に対しておこなっていることなのに、そこに蓋をしているから、周囲の人が自分に対してそう思っている、自分に対してそうしてくるという180度逆転した現実認識をしてしまうのです。

 この「認識の逆転構造」に気づかないままで、現実問題や心理的問題を解こうとしても解けません。

 「上司がいつも私に厳しいことを言ってきて動揺してしまうのだけれど、上司に対してどう接すればいいですか?」という相談の形になってしまう。

 この段階では、この人は自分がなぜ動揺するのかを分かっていない。上司の厳しさが原因かもしれないし、それに動揺していまう自分が弱すぎることが原因かもしれないなどと迷った分析をしてしまう。どちらも正解ではない。

 相手が原因か自分の性格に問題があるのかなどと考えずに、動揺しているエネルギーをその根っこまで辿っていけばいい。

 動揺のエネルギーを、深い海に潜る時のロープのように伝っていって、その奥に何があるのか今の段階では推測しない。そこには自分が見えていないものが必ずある。見えていないのだから、推測や分析をしても仕方がない。降りていって、この目で確かめるしかない。探求するしかない。未知の領域に入っていって、探検して、発見するしかない。

 そこに実際何があるかを確かめないうちに、頭の中で解決することなどできない。

 海に潜って、海底にあるものを発見しなければ解決しないのです。

 この動揺のエネルギーの元を辿って行くと、罪悪感なら罪悪感が見えてきます。自分が自分を責めているという実際が感じられてきます。

 見ないようにしていたものに再び気づく。感じないようにしていたものに再び気づく。そうして初めて「認識の逆転構造」がひっくり返ります。

 その時に、悟りが起こります。

 「ああ〜、何だ〜、上司や妻に責められるのが怖いと思っていたけど、自分が自分を責めていることを感じたくなかったんだあ」と心の真実をストレートに見られるようになる。

 自分の視界から追いやっていた問題がはっきり認識されてくる。すると、その問題を外に投影する必要はもうない。

 「認識の逆転構造」が崩壊し、そこにあるものをあるがままに見て感じることができる状態になっている。

 それによって、存在しない問題を解こう解こうとして何の結果も出せなかった状態ではなくなる。そこに確かにある実際の問題そのものに取り組むことができる状態になる。

 何を解けばいいのかがはっきりと分かる。そして解決が確実にできる。そうやって心理的問題を解いて前進していけるのです。

 ラジオで加藤諦三氏が「あなたの認めたくないものは何ですか。どんなに辛くてもそれを認めれば道が開かれます」と言っていますが、まったく同じことです。

 心理的問題というのは、見たくないものを見ないままで、感じたくないことを感じないままで、気づきたくないものに気づかないままでは解けません。問題の正体を自分で見えなくしているからです。

 問題に向き合わずに済むように自己防衛をする。その自己防衛にも気づかない。すると、問題の正体に気づかなくて済ませつつ、何とか問題を解こうとするなどというおかしなことになってしまう。それで道が開かれるはずはない。

 だから、問題を解こうとするならば、まずはまっすぐに問題を認識できるようにしなくてはならない。そして、認識をまっすぐにするには、自分の視界から隠しているものを見ようとする必要がある。気づいていないものに気づこうとする必要がある。感じたくないと避けてきたものを感じようとする必要がある。

 自己防衛を解いて、問題に直面するという覚悟をしたとき、解くべき問題の正体が見えてくる。見えてくれば解決に必要なことも見えてくる。そうやって初めて道が開かれるのです。