家庭や学校や職場に適応できない人がいると、適応できることが健全なことであり、適応できない人に問題があるという見方にどうしてもなりがちです。

 しかし、多くの家庭や学校や職場には不健全なところがたくさんあり、「こんなところになんて適応できない」と感じる方が正常だったりするんですね。

 社会が健全な場所であれば、適応すればいいけれども、そもそも社会はいろんな病理を抱えています。なので、そのような病的環境に適応しようとし過ぎることが心を病ませることになるわけです。

 つまり、
社会にうまく適応できている人の方が精神的には不健全かもしれないという視点を忘れてはいけません。

 ブラック企業で何の不都合も感じずに働けるという人は、決して健康な人間ではありません。人を搾取したり、虐めたり、足を引っ張り合ったりする環境に溶け込んでいる人は、決して健康な人間ではないのです。

 独裁的な舅や姑に誰もが黙従している家に溶け込める人は、決して正常な人ではありません。

 自分というものを殺さないければ認めてもらえない環境に溶け込んで適応することは、自分を病ませることに等しいのです。

 正常で健康な人は、病的な環境に対して嫌悪感を感じ、そこから出ていくでしょう。

 「適応できない」と人が言うとき、「ここでは自分でいられない」という意味であることも多いのです。「自分でいられない環境」なのであれば、そこに適応してはいけません。

 自分でいられる環境を探す、あるいは創造することが本当の解決です。