菅波亮介のエナジー・カウンセリング(石川県金沢市)

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2011年03月

感情と対話する

 前回は私たちが物事をどう捉えているかという認知面を吟味して、苦しみを生じさせるような見方をしているならそれに気づいて手放そうという話をしました。これで苦しみが軽減される問題もあります。しかし、これで苦しみがなくならない場合もあります。「否定的な見方が苦しみを生んでいることはわかる。そしてできれば手放したい。でも手放せない。あの人を許したら楽になるのは頭ではわかるが許そうと思っても許せない」ということがあります。そういう場合、相手や状況を責めている背後には、深い深い悲しみや苦しみが感情として心にあって、その感情が手放そうとするのを妨げています。つまり癒されない深い傷があって、否定的な見方を手放せない状態にしていると考えられます。こういう場合、プラス思考で乗り切ろうと思っても本当の解決にはなりません。

 こういう場合には苦しみの感情そのものにハートの耳を傾けて話を聴いてあげることが大事です。私たち人間は、誰だって苦しみたくないのが通常ですから、苦しい感情が出てきたら感じないようにしがちです。つまり拒絶して、ないことにしてしまいたくなりがちです。しかし、実はこの感情は自分の一部なので、切り離すことはできません。ないことにしていても、ずっとそこにい続けます。あなたがその心の部分を受け入れ愛し理解してくれるのを待っているのです。

 ここで言っておきたいことが1つあります。私たちは自分の心には暗闇があって、そこにはとても怖いものが住んでいるように思いがちです。自分の心にある暗闇に入っていくのは勇気がいります。自分の中の怒りや恐れや悲しみにこちらから向かっていくことなんかできないと思うかもしれません。しかし暗闇に光を入れると暗闇が暗闇ではなくなります。よく見てみたら怖いものなんかじゃなかったということがよくあるように、苦しみを生んでいる感情も、よく話を聞いてあげると根底には愛があったということが見えてきます。

 感情に声があったら何て言うでしょうか。感情と対話してみましょう。実践法その3です。

 こころを静かにして、苦しい感情(怒り、悲しみなど)が自分とは別の人格であるようにイメージして、「自分と怒りとの対話」、「自分と悲しみの対話」という形で問いかけたり話を聴いたりします。中には心の奥に深く埋もれている感情もありますから、ゆっくりと体に湧き上がってくる感覚とか感情をあるがままに感じながら、感情が自由に動けるように心を開いて受け取って下さい。恐くて対話したくないと感じたら、「あなたがそこにいるのはわかったよ。でも今は恐くて聴いてあげられない」と伝えるだけでもOKです。また対話したくなった時に再開することができます。

 「悲しみさん、悲しみさん、いったいどうしたの?あなたのことをわかってあげたいんだけど」と話しかけてみましょう。じっと待っていると、悲しみさんはこちらに何か言ってきます。感情はイメージや感覚やストーリーで語りかけてくるので、問いかけたら受け身で待っていて下さい。ぱっとイメージが湧いたり、昔の出来事が思い出されたり、じわっと悲しい感情が表面に出てきたりします。感情は感じてあげることが一番大事です。つまり受容することです。慣れるとわかってきますが、感情は感じるままに受け取っていくとなくなっていくので、感じたらどんどん膨らんで大変なことになると恐れなくても大丈夫です。ただし、たくさんの感情が抑圧されている場合は、クリアするのに時間がかかることもありますので、問題が深ければ深いほど、癒しには時間がかかるのだということを理解して下さい。

 何もイメージもストーリーも出てこない場合は、「悲しいんだね」と言って愛を送ってあげるだけでも効果的です。抑圧された感情がある場合は、本当にあなたが拒絶せずに話を聴いてくれるのか怖がっていることがあります。傷ついた犬がすぐには人間に近寄れないように、傷ついた心はすぐには主人であるあなたに心を開かないかもしれません。ですから、本当に理解したいのだ、愛したいのだということを伝え続けなくてはなりません。でも安心して下さい。傷ついた心は愛を本当は求めています。理解してもらいたいと思っています。あなたと再び1つになりたいと思っています。ですから辛抱強く付き合うことが大事です。

 傷ついた心は何かが欲しかったけど得られずに苦しんだのですから、何が欲しかったのかを理解してあげることがとても大事です。「そうか、愛されたかったんだね」「安全を確保したかったんだね」「理解されたかったんだね」「仲間が欲しかったんだね」とその傷ついた心の気持ちが分かるまで対話してみましょう。気持ちが分かったら理解できるし受け入れられるし愛することができます。あなたの愛と理解を得て、傷ついた心は癒されます。そしてあなたは分断された心からまん丸な心に戻ります。

 感情と対話すると、そこには自分や他人を責める否定的なビリーフが出てくることがあります。「自分はどうせだめなんだ」とか「母は自分勝手だ」というようなものです。そういうビリーフはまた実践法その2を使って手放せる時は手放せばいいのですが、特に感情エネルギーが大きく動いている時は、それを感じ切ることに集中して、あまり知的作業をしない方がよろしいでしょう。感情のペースで話を聴いてあげるのです。

 感情と対話する時には、感情について分析したり思考したり左脳の活動に偏り過ぎないで、感じるとかイメージするとか直観など右脳の活動に開かれていることがとても大事です。考えることが感じることを妨げることがよくあります。ですから、考えるよりは感じることに重点を置いて下さい。知的に理解しようとするよりは、妙な言い方ですが、「感情の気持ちを感じてわかってあげるように聴く」のです。

 この実践法を使っていると、現在の状況に苦しんでいるように思っていても、心の奥には以前のトラウマが残っていることがあります。悲しみに話を聞いてみると、子供の頃の体験やその時の苦しみが浮かんできたり、また前世の体験や苦しみで解消されていないものが浮かび上がってくることもあります。私たちは心の奥に残っている未解決の感情に愛と理解を注ぎ、癒していける素晴らしい存在であることを知って頂きたいと思います。

 感情と対話する時に、実践法その1もまた実践していることをお忘れなく。つまりハートで、愛で、感情に耳を傾けるのです。

 それから、もう1つ。対話ができるのは、悲しみや怒りなど明らかに感情だとわかるものだけに限られていません。胸の苦しい感じとか、腰の痛みとか、もやもやした感じなど、体のセンセーションとしてしか察知できないものとも対話ができます。それらと向き合って対話すると、イメージやストーリーや新たな感情が出てくることが少なくありません。体の症状にも感情が隠れていることがあります。

 感情に語らせるというのは、フリッツ・パールズのゲシュタルト療法の考え方に基づいています。感情を相手(2人称)として自分(1人称)と対話するという形だけでなく、自分が感情になりきって(1人称として)言いたいことを言ったり振る舞ったりしてみることも効果的です。自分の心の中で対話が明確にできる人はそれでもいいですが、分りにくい場合は、エンプティーチェアという技法を使うことができます。2つの椅子を用意し、2人が向きあって対話できるように置きます。片方は自分が座り、向いの椅子には感情が座っているとイメージして話しかけます。感情が答える時には、向いの椅子に自分が座り直して、その感情になりきって話します。そして自分が応答したい時には自分の椅子に戻る、というように対話を続けます。このように無意識だった内容が表に出てくることで癒されていきます。

 今日は感情のお話でした。

ものの見方を吟味する

 前回では実践法その1「ハートで聴く」についてお伝えしました。さて、ハートで話を聴いてもらうだけで、気持ちが楽になったり、前に進めそうな気がしてきたり、解決してしまったりすることもあります。それほど深くない悩みの場合はそうです。しかし、ハートで受け止めてもらうだけでは解決しない問題もあります。そういう場合には、カウンセラーはクライアントと一緒に、心の中にある思考と感情をいっしょに吟味していくことになります。

 ここで論理療法のアルバート・エリスが登場します。エリスはギリシャの哲学者エピクテトスが言ったことを応用しました。厳密な引用ではないのですが、エピクテトスは、人間というのは現実そのものに動揺するのではなくて、現実に対する自分の解釈によって動揺するのだということを言いました。人間はあるがままの現実を受け取るのではなしに、それを自分なりに判断して意味付けして受け取っています。だから簡単に言ってしまうと、苦しいのはあるがままを受け入れられずに、苦しくなるような受け取り方をしていないかどうか吟味して、できれば苦しくならない受け取り方にしていこうよ、ということです。

 エリスはA(現実)に対して持っているB(ビリーフ、捉え方)がC(反応)を起こすという理論を紹介しました。エリスは私たちが苦しむ時、非論理的ビリーフで捉えているから、より論理的なビリーフに置き換える、つまり私たちの「認知」に働きかけることで、感情レベルの苦しさを軽減したりなくしたりできると言いました。ですから、論理療法では、物事をどう捉えているのか、そしてその捉え方が妥当かどうか吟味していくのです。

 苦しみを生む物事の見方や裁きを見つけ出し、吟味し、手放す。実践法その2です。

 私が先日久しぶりにぷんぷんと怒った事件を、恥ずかしながら題材にしますと、A(出来事)は「ある会社がテクニカルサポートを私に提供しないと言った」、B(捉え方)は「何と無責任で不親切な会社だ!」、C(反応)は「怒り」でした。結局私はその会社に電話して文句を言ったらオペレーターが同情してくれ、私の質問に答えてくれました。しかし、電話を切った後も、私の心の動揺は収まらず、「これは私の課題だ」と気づいたので、内観を始めたのでした。

 内観をする時には、心を静め、あるがままの体の感覚、感情、思考に気づける状態にすることが大事です。一歩離れて自分の心を客観視する感じです。私は自分の心を見つめると、そこに怒りがあることを確認しました。私の心は「会社が悪い」という視点を正当化して怒っていました。次にAとBを別々に捉えてみようと思いました。何をどう捉えているのかを別々に見ていきます。客観的な出来事は何かと問うてみると、「私にテクニカルサポートを提供できないと言った」ということだけです。それに対して私の反応は「怒り」でした。普通私たちは出来事自体が怒りを生むと思いこんでいます。私は「会社がテクニカルサポートを提供しない」から当然の結果として「怒った」のでしょうか?つまりAがCを生じさせたのでしょうか?いいえ、違います。怒りが生じた瞬間には無意識でしたが、間にBという捉え方があったのです。

 その捉え方とは「この会社は無責任で、不親切だ」「提供するサービスについて問題があった時、テクニカルサポートを提供すべきであり、しないのはおかしいのだ」というビリーフでした。そしてそのように相手を裁くこと自体が怒りを生じさせているのだなあという洞察が内観によって得られました。そして真理に照らし合わせてよく吟味してみると、相手が無責任だったか不親切だったか本当はわからないと気づきました。つまり、私は自分の感情のみから相手と話していたので、相手がどのような事情があってそのようなポリシーに変えたのか、全く思いを寄せていなかった、つまり私は相手を理解していないことに気づいたのです。この気づきによって、私の動揺は収まりました。外の世界の状況が変わったわけではないのですが、私の捉え方が変わったので、状況は私にとって「絶対に許せないもの」から「受け入れられるもの」に変わりました。そして心のバランスを取り戻しました。

 もしあなたにとって許せない言動や状況が今あるならば、客観的事実は何か、そしてそれを自分はどういう捉え方をしているかを、別々に見ていくことをお勧めします。

 ではまた次回!

ハート中心の聴き方

 さて、前回では人生には外の世界で物事を達成することと心の中の世界でスピリチュアルな成長を遂げることの両方とも大事なのだという話をしました。そして、スピリチュアル的に成長するには、ひとりひとりの課題をこなしていくことだと言いました。課題とは何か?それはあなたの心を乱すものだと言いました。そう、同じことに出会っても、以前は動揺していたことに動揺しなくなった。恨んでいた相手に優しい気持ちになれた。自分はだめだと責めて自信をなくす癖があったが、今は自分を優しく支えられるようになった。このような変化は、スピリチュアルな成長を表しています。

 ここで1つ申し上げておきたいことがあります。それは、スピリチュアル的に成長するというのは、自分の欠点探しではないということです。厳格、禁欲、否定ではないのです。実は、私たちの真の自己は常に愛と平和そのものなのですが、そういう実感がどんどん増えてきます。つまり自分は悪い人間ではないんだ、罪のある存在ではないんだ、ということが実感として分かってくるわけです。より愛深き人になるように努力するというよりは、自分の存在の根底に愛があるという自覚を妨げている障害を1つ1つ取り除き、すでにここにある愛に気づく過程なのです。悪夢から目覚める過程なのです。結果として愛深き人生になるのです。結果として平安に満たされるのです。

 ではそろそろ具体的な実践法に入りましょう。私はとてもプラグマティック(実用的)な人間なので、高尚な理論だけでは満足できません。実際生活で使えて、結果が出ないとあまり意味がないと思うのです。真理とは時にとてもシンプルなものですが、最初の実践法もシンプルです。シンプルでとてつもなく深いものです。

 「ハートで聴く」、英語で Heart-centered listening と言います。実践法その1です。

 スピリチュアル心理学ではトランスパーソナル心理学のみならず人間性心理学の様々なメソッドをスピリチュアルな枠組みの中で取りいれています。この「ハートで聴く」は人間性心理学のロジャーズの来談者中心療法に端を発しています。

 これは相手と自分の2人で行うカウンセリング活動です。日常生活でもできますが、今はこういった目的をお互いに理解した同士が悩みを聴き合うという設定に限らせてもらいます。

 相手が悩みについて話すのをハートで聴くのですが、あれこれ相手を評価したりアドバイスしたり解決してあげようとしたりせず、とにかくそのまま受け取るということです。相手を分析的にわかるのではなく、情的にわかろうとして聴くことです。相手の気持ちに寄り添うことです。相手の存在をあるがままに受け止めて、その人の主観的世界においてどのような考えや気持ちを体験しているのかを感じ取ろうとして聴くのです。

 これは簡単に聞こえるかもしれませんが、セミナー参加者の多くが、「こういう聴き方聴かれ方は生まれて初めて経験した」とおっしゃいます。つまり私たちの多くは、苦悩を相談した相手に分析され、叱られ、励まされ、自分にはピンとこない解決法を渡されといった経験はたっぷりあるけれども、まるごと受け取ってもらえ、しかも答えが自分の中にあることを信じて耳を傾けてもらうという経験が比較的少ないのではないかと思います。

 とにかく、相手の悩みを解決するのは自分の仕事ではない。それは相手の成長課題だから、相手が自分で何に気づき、どう生きていくかなのです。その力は本人の中にある。そう信頼して、あるがままを受け取る聴き方をします。しかも相手に対する無条件の肯定感をもって。才能があるから、美人だから、健康だから相手は価値があるのではありません。人間という道を歩みながら、自分のカリキュラムをこなしているスピリチュアルな存在だから価値があるのです。生きていることに無条件の価値があるのです。そう思ってとにかく聴きます。

 皆さんは気づかれましたか。この聴き方は愛そのものなのです。こういう聴き方をしている人は愛の器となっている自分に気づくでしょう。自分の中に愛の源泉があることを感じるでしょう。こういう聴き方をされた人は、この愛を受けて自分が元気になっていったり、見えないものが見えるようになったり、悲しみが癒されたり、自分が一人でないことを感じたり、生きる勇気が湧いてきたりといった、命の躍動を自分の中に感じるでしょう。愛を頭ではなく全身で感じるでしょう。概念としてではなく、生きた現実としての愛に触れるでしょう。そして愛に触れたものは変容していきます。心は愛によって変わっていきます。

 やっぱりキーワードは愛。

 相手に対してハートで話を聴く。これに慣れてくると、苦しんでいる自分の心にも愛をもって耳を傾けることができるようになります。愛から離れてしまって苦しんでいる心の部分が自分の中にもあります。そこに自分から愛を送るのです。

 もう1つスピリチュアル心理学の基本原則をお教えしますね。

 癒しとは痛んでいる心の部分に愛を施すことである。英語では、Healing is the application of Loving to the parts inside that hurt. と言います。

 ではまた次回!

私たちはスピリチュアルな存在

 3月19日・20日のセミナーに参加下さった皆様、ようこそいらして下さいました。感謝申し上げます。いろいろな感動や発見があっただけでなく、皆さんの温かいハートに触れて、深く人と向き合い出会う喜びを感じた方も多かったのではないでしょうか。

 まず最初は、スピリチュアル心理学の基本原則を紹介しました。それは、「私たちは人間という経験をしているスピリチュアルな存在である」というものです。そしてそれは「地球は魂の学びの場である」というもう1つの基本原則と密接に繋がっています。私たち人間が日々の生活で経験する幸不幸、成功と失敗、光と闇には、魂の成長や開発という目的があるのです。特にネガティブな経験と思われていることを受け入れ、そこから学んでいくことは時には容易ではありません。しかし、その課題に意味が感じられたら、そして解決していけたら、人生はより深くなっていくのです。困難があったからこそ今の自分があると感謝できる時が必ず来るのです。

 人生には2つの面があります。それは、外の世界で物事を達成することと、内側でスピリチュアルな成長を遂げることです。外の世界での達成とは、知識を身につけて資格を取ったり、仕事をしてお金を得たり、結婚したり子供を育てたりといった目に見える達成です。形ある世界で目に見える形で何かを創造したり発展させていく過程です。これは人生の大切な部分です。しかし、これだけが人生だと思っている人も少なくないのではないでしょうか。実は、こういう人生という「ドラマ」に参加しながら、どういう精神状態で生きているのかということが、実は非常に大事なのです。

 サンタモニカ大学という私がスピリチュアル心理学を学んだ学校では、スピリチュアル的に成長するということを具体的にこのように表現しています。あなたの心を乱すものは何であれあなたの課題である。そしてその課題をこなし、同じ人や状況によって心が乱されなくなったら、あなたはその課題をクリアしたと自分でわかるのだと。そして、あなたの心を乱すもの、つまり自分をいらいらさせる家族や職場の人、自分を心配の渦に陥れる状況、こういったものに対して「被害者」にならず、成長の機会として受け入れて、心を乱している原因を自分の中に見出して解決することが求められているのです。

 ということで、私たち1人1人の夢を実現させる方向で生きながら、自分の苦悩に積極的に取り組むことが望ましいのです。苦悩こそ取り組めば宝となる訳です。しかし苦悩にどのように向き合うかということを、必ずしも私たちは家族や学校から習ってきていません。習ってきている場合も、外の世界での形での解決に過ぎなかったり、こういう風に考えたらいいのではという程度で終わっていることも少なくありません。つまり本当に葛藤や悩みを心理的に解決するということはどういうことなのか、またどのような方法があるのか、ということは、ほとんどの人は手さぐり状態なのではないでしょうか。

 では具体的にひとりひとりが自分の苦悩に向き合い解決していく「テクノロジー」とその背後にある基本原則を少しずつご紹介していくことに致します。

 次回をお楽しみに。

 (サンタモニカ大学スピリチュアル心理学の考えに基づく)

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