菅波亮介のエナジー・カウンセリング(石川県金沢市)

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2012年05月

心に住んでいる2人の教育者

 落ち込んでいる人、自分が嫌いで自信がない人へ

 私たち全員の心には、2人の教育者が住んでいます。2人の目的は同じで、私たちの成長と幸福なのですが、教育方針が正反対です。

 「厳しい教育者」は私たちの足りないところ、間違っているところ、直すべきところを指摘することで、その目的を達成しようとします。教育手法は「批判」です。

 「優しい教育者」は私たちの素晴らしいところ、ちゃんとできたこと、うまくいっているところを指摘することで、その目的を達成しようとします。教育手法は「受容と愛」「信頼と希望」です。

 この2人の教育者はどちらも必要で、それぞれ生かされてバランスが取れている状態であれば問題は生じないのですが、私たちの多くは「厳しい教育者」が独占状態にあり、「優しい教育者」が埋もれているので、頭の中のおしゃべりを聞いていると、自己否定になって苦しいのです。

 ではどうすればいいかと言うと、「厳しい教育者」が「お前はダメだ」とか「だらしない」とか「お前は何もできない」と言ってきたら、その声と対話するのです。「あなたはどうして私を批判するの?」って聞いてみるのです。そして耳を澄ませて、「厳しい教育者」の奥にある動機を聞き出すのです。多分「お前を守るためだ」とか「このままだったら○○になってしまうだろう。それを避けるために言っている」というようなことを言うと思います。

 「厳しい教育者」は実は私たちを完全に愛していて、危険や恥や痛みから守ろうとしてくれています。それが本当にわかったら、「私を守ってくれてありがとう」と感謝を伝え、「でも批判だけだとやる気が起こらないし、自分を嫌いになるだけだから、見守っていて欲しい」と伝えるのです。

 「厳しい教育者」は父母や年長者、先生たちの教育法を模倣して育ってきました。小さい頃から自分を守ってくれたソフトウェアなのですが、もうそろそろアップデートしなくてはなりません。

 「厳しい教育者」は1つのリアルな人格をもって自分の中に生きていて、独自の価値観や視点や動機や感情をもっているんです。だから、自分の一部だけれども、別の人格のようにお話ができるのです。この部分と現在の自分が対話することで、自分が気に入らない教育方針について変更してもらうことができます。

 「厳しい教育者」に感謝を伝え、批判しなくても私は大丈夫だし、別の方法で応援して欲しいと伝えて、それが向こうに伝わると、からだがほっとリラックスしたり温かくなったりして、自分と「厳しい教育者」との関係が変化したことがからだで感じられるはずです。

 そして、「優しい教育者」に繋がろうと意識して、「私はあなたのことをまだよく知らないけど、これからもっと出て来て欲しいと思うのでよろしくね」と話しかけてみます。耳を澄ますと何か言ってくれるかもしれません。ハートが温かくなるかもしれません。

 一番大事なことは、自分の中にこの2人がいることを知ることと、この2人といつでもコミュニケートできることを知ること、そしてあなたは2人の奴隷ではなく主であることを知ることです。

腹の立つ相手は自分の片割れ その6

 ハル&シドラ・ストーン夫妻の夫婦喧嘩をもう1つご紹介します。

 シドラが娘のマリアンに長電話をするたびに、ハルは腹立たしく思いました。そして、「マリアンとどれだけ電話してるか気づいてるかい?」と優しく問いただしたのですが、何気ないこの優しい言葉を発していたのは、ハルの中にいる「父親」だったので、シドラは叱られているように感じ、みぞおちが締めつけられました。

 ハルは自分のいらいらの奥にある不安にアクセスすると、シドラがマリアンと話している時、自分が取り残された(捨てられた)ように感じていることに気づきました。そしてそのことをシドラに打ち明けました。

 ハルは自分が子供たちと気持ちで繋がって親密な時間を過ごすことが苦手なことに気づき、シドラのようにもうすこし母親的な資質を身につけようと思いました。そして、シドラは自分が子供にべったりし過ぎなことに気づき、ハルのようにもう少し子供と距離をとることを身につけようと思いました。

 このように、お互いから自分に必要なレッスンを学び合うことで、解決しました。自分のシャドウを統合したのです。

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腹の立つ相手は自分の片割れ その7(2013年9月)

腹の立つ相手は自分の片割れ その5

 今回はハル&シドラ・ストーン夫妻が教えている、bonding patterns についてお話します。

 私たちの中には「親」の部分と「子供」の部分があります。人と付き合う時、自分の「親」の部分が、相手の「子供」の部分に与える時もあれば、相手の「親」の部分から自分の「子供」の部分にもらうこともあります。「親」が与えるものが、「子供」にとって有難いものであれば、「プラスのボンディング・パターン(絆・繋がりのパターン)」となり、お互い心地よい状況です。

 「プラスのボンディング・パターン」と言っても、これが望ましいとは限りません。相手の「親」の役割と自分の「親」の役割が固定化することで、お互いの成長を妨げることもあるからです。「プラス」というのは、気持ちいいという意味です。

 自分が相手の言動によって不安になった時、相手に伝える方法が3つあります。1つは「親」になって相手を責めたり叱ったりすることです。この方法だと、相手の「傷ついた子供」や「反抗児」を呼び起こすので、お互いが不愉快になりやすいです。これを「マイナスのボンディング・パターン」と言います。一方の「親」が相手の「子供」を叩く構図です。「裁判官」が「被告」を裁く構図とも言えます。

 もう1つは「傷ついた子供」として相手の「親」に訴えることです。この場合、「無力な弱者」「被害者」が「救済者」に救いを求める構図です。これだと、相手が「救済者」を演じたい限りは「今度から気をつけるからね」などという優しい反応を引き出すかもしれませんが、しばらくして嫌になって、1つ目のパターンに切り替わることが多いので、これも「マイナスのボンディング・パターン」です。

 これらの2つの方法には優劣・不均衡な関係があるのに対して、3つ目の方法は対等な人間同士のストレートで正直な自己開示です。不安になりきって「弱者」として話すのではなく、不安に気づいているけど、それとは独立しているニュートラルな自分 (Aware Ego) として、「あなたが〇〇すると、私は不安を感じるんだ」と話すのです。

 親として話すと、責めているエネルギーが相手に伝わってしまうし、子供として話すと、甘えている(=責めている)エネルギーが相手に伝わってしまうので、相手は分極してこちらに対抗してくる可能性が大きくなります。親として相手を責めるというのは、自分の中の弱さを認めず偽物の強さを表現している状態ですし、子供として相手に甘えるというのは、自分の中にある強さを所有せず被害者になりすましている状態なので、バランスのとれたコミュニケーションではないのです。

 それに対して自分の不安をきちんと所有して認めて、その上で相手に正直に伝えるというのは、本物の強さです。自分の強さも弱さも両方きちんと所有して、正直に相手に向き合っているので、それを受けた相手は責められたようにも甘えられたようにも感じないのです。こういうコミュニケーションによって、相手は分極せずにストレートに対応してくれる可能性が大きくなるという訳です。

 別の言い方をすれば、自分の中の「親」と「子供」の両方に気づいていて、両方を抱きとめていながら、どちらからも独立したニュートラルな自分 (Aware Ego) としてコミュニケートするということです。

腹の立つ相手は自分の片割れ その4

 今回はヴォイス・ダイアログの創始者、ハル&シドラ・ストーン夫妻が自分たちの間に起こった喧嘩をどのように解決したかお話します。

 これはハルとシドラが結婚する前の話です。ハル(夫)は当時ヒーリング・センターで人に奉仕をしていましたが、2万~3万ドルの借金がありました。結婚するに当たって、ハルは2人が住む家のローンを組みかえて、借金を返してしまいたいと思い、シドラ(妻)に相談しました。シドラは「5セントだって払いたくないわ」と言って、責め合いが始まりました。

 後で冷静になって分かったのは、ハルがスピリチュアルなサブパーソナリティーと同一化していたことと、シドラが財布の紐が硬い堅実家のサブパーソナリティーと同一化していたことでした。ハルは神様が与えた奉仕をしているんだから、お金はなんとかなると思っていたのに対し、シドラは老後のことを心配して、出費には極めて慎重でした。

 ハルは借金をどうやって払おうかとても不安だということをシドラに打ち明け、シドラも借金のある人と結婚するのはとても不安だということを打ち明けました。

 そして、ハルは自分が同一化しているスピリチュアルなサブパーソナリティーから独立し、その対極にある経済界の現実を考慮する堅実家の部分を統合していきました。また、シドラは自分が同一化している堅実家のサブパーソナリティーから独立して、その対極にある「もうちょっと宇宙の豊かさを信じて、自由にお金を使う」ことを覚えていきました。

 そして、お金の問題は、これを機会に2度と夫婦の問題になることはなかったそうです。


腹の立つ相手は自分の片割れ その3

 今回は夫婦の例をとおして、相手に腹が立った時、「けんか」をして「怒りをぶつけ合う」代わりに、その衝突を本当に解決して、お互いの成長に繋げていく方法についてお話したいと思います。(ここに挙げた実例は、ハル&シドラ・ストーンのDVDを参考にしました。)

 ジョンは思考型で細かく、きちんとなんでも整頓したり準備したり計画したりするのが好きです。ナンシーは感情型で大ざっぱで、その場の気持ちでアドリブで行動するのが好きです。部屋はちらかっています。

 ジョンとナンシーが付き合い始めた時、ジョンはナンシーの自由奔放なところが可愛いと感じ、仕事中に彼女から電話がかかってきても受け入れていました。また、ナンシーはジョンの細かくいろいろなことを心配するところを可愛いと感じ、ジョンが遊びに来る時には、部屋を掃除して彼に合わせていました。

 ところが・・・結婚して子供が生まれ、しばらくして事件は起きました。ジョンが仕事から疲れて帰宅すると、家がちらかっているのをみて、ムカッと来たのです。そして、「何だこれは!豚小屋じゃないか!」と言ってナンシーを叱りつけました。ナンシーはジョンから攻撃されたと感じ、そこから二人の関係は険悪なものに変わっていきました。

 ヴォイス・ダイアログでは、ジョンが同化している「几帳面なサブパーソナリティー」から離れ、その反対である「自由奔放なサブパーソナリティー」を目覚めせ、取り入れていくのを援助します。「几帳面なサブパーソナリティー」を捨てる必要はありません。これが彼のメインの性格であり続けてもいいのですが、その対極にあるものを抑圧し続けるのは良くありません。だから、彼の影(シャドウ)を少しずつ自分の中に取り入れていくことが大事です。

 それに対して、ナンシーは自分のメインの性格である「自由奔放なサブパーソナリティー」とべったりになっている状態から離れて、その対極にある「几帳面なサブパーソナリティー」を目覚めさせ、少し取り入れる必要があります。

 メインのサブパーソナリティーから「独立」する時、自分の不安や恐れに対面しなくてはならないかもしれません。ジョンは散らかっている家を見た時、本当は不安があったのです。怒りの奥にある不安にアクセスすると、彼は幼少期のことを思い出しました。彼の父親はアル中で、酒を飲むと暴れる人でした。母親はいつも家をきちんと整頓することで、精神的バランスを保っていたのでした。だから、彼は家が散らかっていると父親の暴力に対する不安を無意識にかき立てられるのでした。

 また、反対に、ナンシーは小さい頃から頭を使って、計画したり準備をしたりすることが苦手だったので、ジョンの細かいところを見ると、自分の能力不足を感じて不安になっていました。

 ジョンがナンシーに「家が散らかっているのを見ると、僕は不安になるんだ」と打ち明け、ナンシーがジョンに「あなたが細かいところを見ると、私は自分が計画したり準備したり、整頓したりすることが苦手なので、不安になるの」と打ち明けることで、2人はお互いを深く理解することができ、絆は深まります。

 このように、まずは自分の中にある不安に向き合い、次にその不安から自分を守るために発達させたメインのサブパーソナリティーへの固執から自分を解放し、対極の部分も取り入れるプロセスを経れば、相手の性質にいらいらしなくなります。相手が持っていた自分の影(シャドウ)を受け入れ、統合し始めたからです。

腹の立つ相手は自分の片割れ その2

 自分が抑圧している、つまり捨て去っている部分、別の言い方をすると「シャドウ(影)」が何かを知りたければ、どういう人に腹が立つかと考えればすぐに分かります。

 ヴォイス・ダイアログのセミナーに参加したウェンディーは、夜中でも構わず電話をかけてくる友人のミルドレッドに腹を立てていました。「彼女は依存心が強くて、人の都合も考えず要求してくるの」「無責任よ!」と言って彼女について語りました。

 相手を「依存心が強い」「無責任だ」と裁くのは、一体どんなサブパーソナリティーでしょうか?そうです。その正反対である「責任感が強く、自立した」サブパーソナリティーですね。それがまさにウェンディーの primary self (主要なサブパーソナリティー)でした。

 ハル・ストーンは、「私たちは皆、幼少期の環境で生き残るために、いろいろなサブパーソナリティーを発達させるのです。あなたの幼少期のどのような環境が、このようなサブパーソナリティーを必要としたのですか」とウェンディーに問いました。

 すると、ウェンディーは、「私の母親は無秩序な人で、頼ることができなかった」と言いました。そう、ウェンディーは母親に甘えることができなかった。だから、自分が寂しかったり、何かが必要だった時も、その気持ちを押し殺して、「責任ある大人」のようになることで、生き延びてきたのです。

 そして、大人になって宇宙はどうしてミルドレッドのような友人を彼女のもとに送ったのでしょうか?それは、ウェンディーが子供の頃押し殺した「依存心」「自分にかまって欲しい心」を取り戻して、それらの心があるからこそ経験できる素晴らしさを人生に取り込んで、より whole (まん丸)になるためなのです。

 「自立心が強い」「責任感が強い」というウェンディーの性格は、「依存心が強い」「自分のことをかまって欲しい」という部分を押し殺すことで作ってきたものなのですね。そして、それは生き延びるために一時は必要なことだったのです。でも、切り離したもう片方の心と再会する時が来たのです。そのことを、ミルドレッドは教えてくれたのです。

 私たちは、許せない相手、腹が立つ相手を通して、昔分裂させて失った自分を取り戻すことができるのです。許せない相手、腹が立つ相手は、宇宙が送ってくれた宝物なのです。

腹の立つ相手は自分の片割れ その1

 私たち人間は皆、生まれた時、完全に vulnerable (繊細で傷つきやすくデリケート)な状態から出発しています。この繊細で傷つきやすくデリケートな部分だけでは生きていけないので、それを守るために、そして自分が必要なものを得るために、パーソナリティーを発達させます。

 周囲の人たちを喜ばせ、自分のニーズを忘れることで生き延びていく人もいれば、自分の殻に閉じこもることで自分を守る性格を創っていく人もいます。すべて、与えられた環境の中で生き延びる手段として、異なるパーソナリティーを発達させていきます。

 私たちのパーソナリティーは一枚岩ではなく、様々な面から成っています。例えば私の中には、傷つきやすい子供の部分に加えて、頑張り屋や批評家、空想家、改革者などが共存しています。これらをハル&シドラ・ストーン博士は「サブパーソナリティー」と呼んでいます。そう、私たちは皆、たくさんのサブパーソナリティーをもっているのです。

 ここで、duality (二元)の話をします。二元というのは、すべての事柄は寒暖、男女、強弱、陰陽など2つの相対する資質から成っているということなのですが、この2つのうち、1つと同化して、もう1つを拒絶すると、必ず問題を引き起こすということを理解しておく必要があります。

 具体例を挙げましょう。育ってくる過程で、「やるべきことをきちんとする責任感の強い人」というサブパーソナリティーを発達させると、その反対の「無責任で自分勝手で自由奔放な人」を否定し抑圧してしまいがちです。これは間違いではありません。「責任感の強い人」になることで生き延びてきたのであって、その資質の良いところはたくさんありますから、それを無くす必要はありません。また、無責任になれと言っているのでもありません。ただ、反対の部分にもそれなりにいいところがあり、それを統合することが大事なのです。例えば、無理難題を押し付けてくる上司に対して、真面目に責任感だけで対応していては、生きづらいかもしれません。そんな時、「ほどほどに、適当に手を抜く」ことが大事な状況もあり得ます。

 自分のメインのサブパーソナリティーたちを primary selves (主要な自己)と言います。そして、否定して抑圧してしまった性格を disowned selves (捨てられた自己)と言います。「責任感が強い」を主要な自己としている人がもし、「自分勝手」な部分を捨ててしまっているなら、「自分勝手」な人を見ると腹が立ってきます。許せない気持ちになります。

 「自分勝手」な人に対して感じる拒絶感は、実は自分の中にある「自分勝手」な部分への拒絶感と同じです。簡単に言うと、本当はその人の中にも「自分勝手」でいたい部分があるのに、それを一生懸命抑えて「責任感の強い人」を演じているのです。これは無意識なことが多いので、本人は気づいていないのですが、「自分が我慢しているのに、どうしてあいつは我慢しないのだ?」と深層では思っているから腹が立つのです。

 では、どうすればいいのでしょうか?ここからが大事なところです。

 「責任感が強い」サブパーソナリティーと同化している人は、「自分勝手」な人に怒りを感じた時、その怒りを相手に表現するのではなく、自分の中のアンバランスを癒すチャンスとして利用するのです。自分に怒りを生じさせているように「見える」相手は、実は自分が拒絶している部分を教えてくれている先生です。

 ハル&シドラ・ストーン博士の教えている「ヴォイス・ダイアログ」では、まずファシリテーターが「責任感が強い」サブパーソナリティーと対話し、当人がその部分から脱同一化するのを援助します。脱同一化というのは、その部分が自分自身そのものではなくて、自分の中の一部分だということを認識して、少し離れるということです。そして、その反対の部分、つまり「自分勝手」な部分とも対話をして、本人の中に両方あることを知ってもらう。そして、どちらか一方に占領されるのではなく、2つの間のバランスの中で、選択できるようになっていくプロセスを援助していきます。

 「自分勝手」な部分も自分にあるのだと体験的に知り、その良さも知り、統合した人は、無責任になるのではなく、必要に応じて今まで通り責任感の強い人として力を発揮しながら、自分勝手な人にバランスをもって対応できるようになります。また、ほどほどに手を抜いたり、リラックスしたりする良さを取り入れるかもしれません。

 「責任感が強い」というエネルギーしかレパートリーになかった人が、「自分勝手」というエネルギーも取り戻し、状況に応じてそれらをいろいろな割合で調合することができるようになると、自由度や柔軟度が増すのです。2つのうち片方しか知らない、できないのではなく、両方を知り、使いこなせるようになることで、whole (まん丸)になるのです。

 「責任感が強い」一辺倒の人にとって、「自分勝手」な人が先生であるのと同じように、「自分勝手」一辺倒の人にとっては、「責任感が強い」人が先生です。

 あなたはどんな相手に腹が立つ傾向がありますか?どんな資質に腹が立ちますか?それはあなたが捨て去った自分の半分である可能性があります。それを取り戻してみませんか?


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