私たちは問題が起きた時、「よく考えなさい」という教育を受けています。これは、知的解決が求められる事柄には大変有効です。例えば、ラジオが壊れたとしますと、どこが壊れたのかを探り、何をどうすれば直るのかを考え、そして行動すれば、元通りになるというわけです。

 このように論理的思考によって解決できることについては、「よく考えなさい」という教えは非常に役に立つのです。

 しかし、「感情」については、同じようには行きません。

 私たちの社会では、学校でも家庭でも、「感情」についての教育はあまり明確にされていないように思います。

 「傷ついた時はどうしたらいいのか」「絶望した時はどうしたらいいのか」「悲しみが癒えない時はどうしたらいいのか」「怒りがフツフツと湧いてきて相手を殴りたくなるような時はどうしたらいいのか」こういったことを明確に教えてくれる教師や親はどれだけいるでしょうか。

 マイナスの気持ち、例えば「学校に行きたくない」「あいつが憎たらしい」「嫉妬してしまう」「不安でしかたがない」などが出てきたら、まず大事なのは、その気持ちが生じさせるからだの中の感覚(おなかが気持ち悪いとか胸が締め付けられるとか)をそのまま感じてあげることです。そして、その感情が今そこにあることを許して、受け止めてあげることです。

 多くの人は、マイナスの気持ちが出てきたら、「ああ、いやだ」「何とかしなくては」と思って、避けようとするのです。拒絶したいという衝動に従って、感じないように動いてしまいます。たとえば、好きな音楽を聞いて気を紛らわすとか、大人ならお酒を飲むとか。

 気をそらすことで、一時的には感じないで済むかもしれませんが、それは心の奥の方へ追いやっただけで、解決してはいないことが多いのです。ゴミを掃除する代わりに、ちょっとだけカーペットの下にもぐらせておくようなものです。

 壊れたラジオの前で、ただじっと座って「受け入れる」だけで、ラジオは直るはずはないのですが、感情は機械ではないので、じっとただ「受け入れる」ことが感情にとてもよい作用をします。

 「受け入れられた」感情は、動いていきます。変わっていきます。

 「蓋をした」「感じないようにした」感情は、固まって残っていきます。変われなくなってしまうのです。

 ここが、機械と感情の違いです。

 自分で感情を「受け入れる」「受け止める」ことができないとか、わからないという人は、それができる人に話を聞いてもらうといいのです。そうすると、自分のあるがままの寂しさや不安や怒りや絶望的な気持ちを、そのまま聞いてくれたことで、温かく楽な気持ちになることがあるかもしれません。

 共感によって、受容によって、感情って変わるんだという経験をされた方は、とても貴重なことを体験的に学ばれた訳です。

 マイナスの気持ちを変えたいと思うならば、まず第1に、それを変えよう変えようと躍起になる前に、一度そのまま受け入れて聞いてあげることが大事なのだ、ということを悟られたわけです。