人と人との間には境界線が必要です。

 相手が自分の境界線を侵してきたとき、相手を変えようとしてもうまくいかないなら、自分がきちんと境界線を引いているのか、そして相手にきちんと伝えているのかを吟味することが大事です。

 Dr. Henry Cloud と Dr. John Townsend の共著 "Boundaries in Marriage" (邦訳:「二人がひとつとなるためにーー夫婦をつなぐ境界線」)にはリン&トムという夫婦のお話が出てきます。

 夫のトムは時間にルーズで遅刻癖がありました。妻のリンは夕食を子供たちと夫婦が揃って食べたいと思っていたのですが、トムは約束の時刻に帰宅しないので、大きな問題となりました。

 リンは最初、トムに懇願したり、怒ったりして、なんとか時間通りに帰宅してくれるように働きかけましたが、そうすればするほどトムは抵抗しました。「外で仕事をしている僕の身にもなってくれ」と怒鳴ることさえありました。

 これは、トムの遅刻癖という欠点が、リンの境界線を侵してしまい、トムがその責任をとろうとしないという問題でした。

 この場合、2人の関係を壊しているのはトムが自分の欠点を直そうとしないことなのですが、リンもまた、トムに対して支配的に関わることで、状況をさらに困難にしてしまいました。

 そこで、リンは友達のアドバイスに従って、全く違った方法をとることにしました。 

 まず第1に、リンはトムに、これまでガミガミ言ってきたことを謝りました。「こんなにうるさくされたら、あなただって帰りたくない気持ちになったでしょう」と理解を示しました。実際、トムは、10分遅れで帰宅できた日も、妻の怒る顔を思い出して、わざと寄り道をして30分遅れで帰宅したことがあると打ち明けました。リンは今後トムが遅れて帰宅したとしても、怒らないで優しくするように努めると言いました。

 そして第2に、「私はあなたを愛しているわ。あなたに子供たちと一緒に夕食を食べてもらえたら私は嬉しいけど、もし時間通りに帰宅できないことがあったら、あなたの夕食を冷蔵庫に入れておくから、帰宅したら自分で温めてね」と伝えました。

 これを聞いたトムは、「僕が夕食を温めるのが嫌いなの知ってるだろう?一日中働いてきたあとで、温かい夕食を出してほしいよ!」と文句を言いました。

 それに対してリンは、「そうよね。分かるわ。でも温かい夕食を食べたいのなら、私たちが食べるときにここに一緒にいられるように、あなたが調整してくれる必要があるわ」と返しました。

 そのあと数日間、トムは電子レンジで夕食をチンするはめになりましたが、だんだんと時間通りに帰宅するように変わっていきました。

 そして、この夫婦の問題は解決したのです。

 さて、リンは一体何をしたのでしょうか?

 トムの遅刻癖という問題の責任を背負うことをやめて、彼の欠点の結果を彼自身が被るような枠組みを作って提示したのです。

 注意していただきたいのは、これは「仕返し」とか「恨み」からしていることではないということです。もしそのような悪意があるなら、夫婦関係に破壊的影響が出ます。

 そうではなくて、これは、彼女の正当なニーズを守るためにしていることなのです。夫の欠点によって妻が損するような仕組みを壊して、夫の行動の結果は彼が経験するような仕組みに変えることで、妻は自分自身がコントロールできる領域で考え方と行動を変化させたのです。彼は成長することで彼女の新しい世界に参加するか、成長を拒み、自分で電子レンジでチンするかの選択を迫られたのです。

 彼の遅刻に口では文句を言いいつつ、夕食を作って待っていてあげたら、彼の欠点は妻が必ずフォローしてくれるのですから、彼は変わろうという気持ちになりません。妻は彼の欠点を補ってあげてしまうことで、彼が成長しなくても済むような環境を作ってしまっていたのです。

 その過ちに気づいて、妻が変わったのです。

 妻が夫の欠点に対する責任をとって、彼が困らないようにと動くことは、妻が夫の責任をとってしまうことです。境界線が妻のほうに食い込むことを許しているのですから、妻の境界線が不健全だったというわけです。

 そこで、妻は自分の境界線を健全なものに変え、夫の責任は夫にとってもらうというやり方に変えたことで、一切文句を言わなくても、夫は変わろうと思いました。それは、変わるためのインセンティブと選択が彼自身に返されたため、自分の利益が明確に見えたからです。

 妻は夫が時間通りに帰宅するかどうかという夫の行動についてはコントロールできません。それを変えようとするとフラストレーションがたまります。これは賢いやり方ではありません。

 妻がコントロールできるのは、自分の考えと行動だけです。

 「あなたが遅刻するかしないか私はコントロールできないわ。でも遅刻したときは、私はこのようにします」という意志を表現することは彼女のコントロール領域なのです。

 相手が自分の境界線を侵してきたら、「自分はこのように行動する」と決めて伝える。これは自分ができることです。

境界線を侵してくる相手の行動はコントロールできない
しかし侵されたときに「私はこうします」と決めて伝えることはできる
このようにして自分が困らない条件を自分で作る