菅波亮介のエナジー・カウンセリング(石川県金沢市)

世界中どこからでも、カウンセリングを受けられます。面談(金沢市)・電話・スカイプ・FaceTime 対応。

2016年10月

あるもので何とかする

 私の好きな英語表現に "Work with what is." というのがあります。

 "what is" とは「あるがままの現実」で、"work with" とは「取り組む」とか「関わる」というような意味です。

 これって「冷蔵庫にあるもので何か作る」というのに似ています。

 卵とキャベツしかないとすると、ないものを嘆かないで、それで作れるものを作るわけです。現実("what is")を受け入れて、それと取り組んで何とかする("work with")。 

 卵とキャベツしかないことについてブツブツ文句を言っても料理はできあがらない。買いに行けるなら行けばいいけれど、行けないならあるもので作るしかないし、作れば結構美味しいものができるかもしれない。

 「本当はあれを食べたかったのに」という期待にしがみつくと苦しい。だから、現実に無理なことは諦めて、今日できることをする。食べたかったものはまた今度に。

 実はこれ、料理だけでなく、人生全般に言えるんですよね。

 どんな状況になっても、その状況を受け入れた上でできることをする。そして、そういう状況になっていることを拒絶しない。そうすると、心は平安で、道が開けます。

 たとえば、道が混んでいて車が遅々として進まない。こういうとき、「ええい!」と怒りをぶつけたくなるかもしれません。

 こういうとき、"Work with what is!"

 深呼吸して状況を受け入れる。そして、できることをするんです。そうすると心は苦しみません。

 でも、腹が立ったら立ったで、それが "what is" なんだから、怒っているままの自分を受け入れるのでも構いません。「ああ、腹が立つよねえ」と自分に言ってあげる。それも「あるがままと関わる」「あるがままと戦わない」ということ。 

 何でも拒絶すると反動で跳ね返ってきます。なので合気道や忍術のように、あるがままの状況を柔かくいったん受け取るんです。それでエネルギーを変容する。

 飛行機がキャンセルになっても、「今日はこういう塩梅ね」と受け入れる。そしたら、何かとても楽しい時間が過ごせちゃうかも。

 涌き上がってくる状況、涌き上がってくる感情、起きてくる出来事、すべていったん受け入れて、そこから取り組む。

 そうすると、抵抗して戦っているより遥かに未知の可能性が活かされます。創造性が発揮されるんです。楽しく。

 私のマントラなんです。

 「受け入れてできることをする」「受け入れてできることをする」「受け入れてできることをする」それだけです。

 "Work with what is." のマジックをお楽しみください!
 

焦点を定めると対抗エネルギーが明確に現れる

 幸せになるとか自己実現をするとか夢を叶えるというときに、エネルギーの観点からどう意識を使ったらいいかというお話をしたいと思います。

 まず、自分が「こうなりたい」と思うイメージを1つ定めます。「愛し合うパートナー関係が得られる」でもいいし「お金持ちになれる」でもいいし「海外に留学できる」でもいいし「リフレクソロジーの施術師として生計が立てられる」でもいいです。

 実現したいことに意識を集中する、つまり特定のイメージに焦点を定めてそこに意識を向けると、ポジティブな感情反応だけが起こる場合と、ネガティブな感情反応が混じってくる場合があります。ひどいときにはネガティブな感情反応しか実感できないこともあります。

 ゴールに焦点を当てたときに、どういう感情反応が起きるかで、その夢の実現に対して自分がエネルギー的にどういう状態かが判別できるのです。

 ワクワクして嬉しくなるだけなら、夢実現に対して自分の中に抵抗がほとんどないということです。つまり、すでにそちらへ向けて流れているわけです。こういう場合は、放っておいても実現していくでしょう。もう大丈夫です!

 逆に、ネガティブな感情反応しか出て来ない場合、ものすごく抵抗があるということです。つまり、叶わないのではないかという恐怖心とか、自分ごとき人間がそんなことできるわけないという自信喪失があるとか、実現に向けての責任を背負いたくないと拒絶しているとか、何らかの抵抗が強く存在します。

 多くの場合には、この2つの中間のどこかにいます。つまり、ウキウキする感じと、緊張して暗くなる部分が混じっている。

 そうしますと、夢実現に向かうためにできるエネルギー・ワークは何かと言うと、抵抗として生じるネガティブ・エネルギーを処理することなんです。

 処理するというのは、癒すとか手放すとか統合するというエネルギー処理のことです。これをやって、スッキリすればするほど、実現に向けた波動調整ができてきます。

 緊張するネガティブな抵抗エネルギーの存在は、実現をブロックしているものが何なのかを教えてくれます。これらの波長がある限り、自分自身が無意識で実現を妨げているわけです。

 一方で叶えたいと切望しながら、他方で実現を怖れているという葛藤が内面で起きています。なので、葛藤を解いてあげる。つまり、抵抗しているものをよく知って、エネルギー次元で解決をしてあげるとよいのです。

 これはアファメーションの次元でも該当します。

 たとえば、自分のことが嫌いという人が「私は自分を愛しています」というアファメーションを唱えると、体の中に暗く固く反応する部分が出てきます。それは、「自分を愛するなんてできないよ」と叫ぶすべてのエネルギーが表面化してきているんです。

 つまり、目標とする「自分を愛しています」に焦点を当てると、それに抵抗する思いが次々に心身の表面に出てくる。そして、気持ち悪くなります。この「気持ち悪くなる」というのは良いことなんです。落ち込まないで、「これは処理すべきものを教えてくれているのだ」と考えてください。

 「これを処理すればゴールへ辿り着ける」と示してくれているんです。

 なので、固く暗く気持ち悪くなったところに意識を向けて、「ここに何があるのだろう?」とよ〜く見てください。感じてください。そして、癒してあげてください。

 癒しの天使に祈って、「これを浄化してください」「これを癒してください」とお願いするだけでスッキリすることもあります。スッキリしない場合は、「私が気づくべきことに光を当ててください」とお願いしてください。癒すべきもの、手放すべきものがはっきり見えてきます。

 こうやって、対抗エネルギーを解消すると、ゴールを思い描いたときに違和感がだんだん減って、とても自然な感じがしてきます。「叶って当然でしょう」という感じになるんです。

 対抗エネルギーが強いほど、無意識では「叶うはずがない」と信じているようなものです。自分の本心で「叶わない叶わない叶わない」と唱え続けているのと同じです。それが抵抗エネルギーです。

 それが減ってくると、叶えたいことに自分の波動が近づいていくんです。そして抵抗がゼロになったとき、それが叶っている世界に自分がすでにいると気づくでしょう。 

 「リフレクソロジーの施術師として生計が立てられている」とイメージしたときに、胸やお腹に固いエネルギーが出てきて気の流れが悪くなる。そして、気持ち悪くなる。こういう場合、その固いところに意識を向けて、気持ちを聞いてあげてください。

 そこにあるものをすべてリストアップしてください。

 たとえば、「食べていけないかもしれない」という恐怖感情、「私は施術師としてまだまだダメだ」という自己否定感、「人から批判されて潰れてしまうかもしれない」という恐怖感情などなど。

 そうすると、あなたの仕事は、これらのネガティブ波動を1つ1つ処理し、波動を上げていくことです。感じ方、信じ方を少しずつアップしていきます。

 こういったネガティブ波動の根っこには、コア・ビリーフがあるか、あるいは幼少期や前世のトラウマで癒されていないものが埋もれています。どちらかキネシオロジーで確かめて、必要な癒しをご自分に与えてください。

 このようにネガティブ波動を1つ処理するごとに、夢の実現に近づくことができます。

ENJOY!! 
 

相手の未熟さになぜ動揺するか

 人間はあらゆる未熟さを抱えています。それが人間というものなのです。

 すべての人間は無知と自己中心性からスタートして、徐々に智慧と愛を発揮していきます。すべての人間はその成長段階のどこかにいるのです。

 智慧と愛が完成された存在なら、この世にやってくる必要はありません。

 この人間界というところは、無知と自己中心性をまだ抜け出ていない魂が切磋琢磨する場所なのです。完成した存在であれば、もっと上の世界に生まれるのです。 

 だから、相手も自分も未熟で当たり前なのです。どうやって一緒に成長していこうか、というお話なのです。

 セクハラをしてくる男は未熟です。浮気に走る夫も未熟です。子供の感情に寄り添って共感的になれない母親も未熟です。感情的になって支配してしまう父親も未熟です。褒めることを知らず叱責して嫌われている上司も未熟です。自分の不安に向き合えずお酒に逃げてしまう人も未熟です。恋愛依存の親友も未熟です。ドラッグをやめられない彼氏も未熟です。

 みんな未熟なんです。人間なんです。

 人間って未熟なものなんです。

 問題は、そういう未熟な人と関わるとき、なぜ自分が動揺してしまうのか、です。

 実は、未熟なこういった相手に振り回されるのは、自分自身が未熟さを残しているからなんです。そう、自分もまた未熟なのです。

 自分がこういった人たちより遥かに成熟していたら、この人たちの未熟さに脅威を感じません。優しく包んで指導できます。しょうがないなあ、と慈悲深く対応できます。

 けれど、生身の自分はそんな風に慈悲深くはとてもなれません。そこまで成長していないんです。自分も相手と同様にまだ未熟なわけです。

 これらの未熟な人に振り回されるだけ、まだ自分は未熟なんだなあと思えたとき、自分が成熟へ向かいます。

 そして、この問題を本当に解けるのは、自分が成熟することによってのみです。

 それには、自分の心理的動揺を解くために必要な愛と智慧を吸収することです。そう、自分自身が愛と智慧を必要としているでしょう? それを見つけて取り入れるのです。

 たとえば、セクハラをしてくる上司は未熟です。悪いと言ってもいい。不満を感じるのは当然です。

 そうすれば、セクハラをやめるよう上司ときちんと対決すればいいし、聞く耳をもたないというのなら、その上に訴えればいい。それで現実的対処はできてしまいます。

 もし、これらのことをしたくないというのであれば、するのが怖いというのであれば、それがあなたの弱さです。それがあなたの未熟さです。そうですよね? それを認められるということが成熟なんです。

 「ああ、セクハラをしてくる上司も未熟だけれど、どうなるかを怖れて自分を守る行動に出られない自分が弱いんだなあ。そこが私の成長すべき点なんだなあ」と認められると、この出来事を通して自分が大きく成長します

 セクハラ上司に対抗できるだけの強い自分になる。それほど自分の価値を肯定できる心になる。それが自分の成長課題なのだと捉えたら、この上司は敵ではない。自分の成長を促してくれる負荷なんです。ジムのトレーニングで筋肉に負荷をかけるのと同じです。

 「うわあ、この上司は私の心を鍛えてくれているんだ」なんです。

 だから、逃げないこと。ちゃんと自分を守れるようになればいいんです。自分ひとりでできなければ、人から支援を得ながらやればいい。

 相手の未熟さや無知を叩くのは簡単ですが、それを受け入れられず、あるいはちゃんと対抗できず自分が困ってしまうとすれば、自分がまだ認めていない自分自身の未熟さがあるんですね。

 そして、自分がやるべきは自分自身の未熟さを所有して、そこに取り組むことなんです。

 そうすると、相手の未熟さの上へ自分が進める。本当に相手より上のレベルにいく。そうすると、下の者は慈悲をもって許せるんです。脅威と感じなくなるんです。愛と智慧をもって対処できる相手になっていくんです。

 だから、相手に困らされているように見えるとき、相手を責める代わりに、「この相手に対処できない私自身の弱さとは何か?」と問うと、ものすごく速く成長します

 この相手の未熟さに動揺しないだけの自分になったとき、未熟さを超えて自分がそれだけ成熟へ向かったということです。相手の未熟さを責めずに済むということは、器が大きくなったということなのです。

「外にある問題」vs.「内にある問題」

 心理的問題を解きにくくするものに、「外にある問題」と「内にある問題」の混同があります。

 改善するべきものが「外の客観的世界」にあるのか、「内の主観的世界」にあるのかを見極めて、この2つをごっちゃにしないことが重要です。

 私たちは、自分が感情的に動揺しているとき、本当は「内にある問題」によって苦しんでいるにもかかわらず、「外にある問題」に意識が集中して、そちらばかりを解こうとあせってしまいがちです。

 心の平安は「内にある問題」を解くことで得られるのですが、不安や動揺が「外にある問題」によって生じていると固く信じているものですから、根本原因を解くことができないで苦悩が永続してしまいます。 

 ややこしいのは、「外にある問題」も「内にある問題」も両方が同時に生じているときです。2つに対して同時に対応しなくてはなりませんので、やや大変です。

 さて、この記事では、皆さんのアウェアネスを高めていただくために、「外にある問題」とは何か、そして「内にある問題」とは何かということを具体例を挙げながらご説明いたします。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

何度言っても夫は浮気をやめてくれない場合

 夫が浮気をやめないとなれば、これは妻が考え方を変えて受け入れれば問題解決という訳にはいきません。浮気は客観的に見ても問題だと多くの人は同意するでしょう。浮気はやはりやめてもらうに越したことはありませんし、伴侶の浮気によって苦しむのは人間としてふつうのことです。苦しむほうに非があるとは言えません。

 ということは、
「夫が浮気をやめない」というのは妻からすれば「外にある問題」です。

 この「外にある問題」に対処するということは、夫と話し合って浮気をやめるよう協力を促したり、夫にはカウンセリングを通して自分の感情問題に取り組んでもらうよう約束を取り付けたり、あるいは夫の協力が得られる見込みがないとなれば離婚を決めるなりすることを指します。 

 このように、「外にある問題」に対応するには、相手を含む客観的現実に向かって働きかけることが必要とされます。決断して行動するということです。 

 それに対して、夫の浮気について妻の中に涌き上がってくるあらゆる苦悩の感情は「内にある問題」です。

 たとえば、自分はいつもダメ男と一緒になってしまうと思って絶望感を感じる。自分が必要な愛を得られず辛いと感じる。裏切った夫に嫌悪感や敵意を感じる。

 このような
絶望感、辛さ、嫌悪感、敵意などは、「外にある問題」への対処とは別に「内にある問題」として対処される必要があります。 

 私の体験によれば、「外にある問題」が「内にある問題」の原因となっているのではなく、「外にある問題」が表面化する遥か前から「内にある問題」は妻の中にあったのです。

 ところが、多くの人はそれに気づかないので、「内にある問題」の辛さは、「外にある問題」が起きたことで生じていると勘違いをし、自分が楽になるために「外にある問題」だけを一生懸命解こうとしてしまいます。 

 たとえば、夫に浮気をされることで男性への不信感に悩まされるという女性の場合、浮気をされたから不信を感じていると思いがちですが、実はこの夫に出会う前から男性への不信があったんです。そこを棚に上げて、不信に苦しんでいるのは夫が裏切ったからだと解釈をしてしまいます。

 そして、不信の苦しみから自分を救うために、浮気をする夫を叩こうとするのです。

 ところが、これは「外にある問題」と「内にある問題」を混同してしまっているので、問題は混乱状態になって解けません。 

 もちろん、浮気をする夫にも問題はあるのです。無実だとは言いません。

 しかし、この夫に対して妻が感じている苦しみの大部分は、夫のせいではないのです。 

 たとえば、この妻は自分の父親から十分に愛されたとは感じていません。男性から愛を十分に受けたという喜びがない。
満たされて来なかった。だからこそ、この夫には愛して欲しいという願いが人一倍強かった。なのに、彼は裏切ったんです。この夫への期待と依存がとても強かったんです。

 けれど、冷静になって考えてみると、この夫はこの妻に対して、
父親から愛されなかった分まで愛を与えることを期待されると負担が多いですよね。「僕には無理だよ」と言いたくもなりますよね。

 そして、妻の要求を蹴りたくなる。ところが、蹴ったら蹴ったで妻は許せません。

 浮気をする夫は、妻の中に「やっぱり私は愛されない存在なのだ」という自己否定を強く刺激します。父親とのトラウマを刺激せざるを得ないのです。これまでの辛さが全部出てきます。

 これこそが、妻自身の「内にある問題」なんです。自己否定は元々妻の中にあったんです。愛情飢餓も。それは夫のせいではないのです。

 この妻が、「夫の浮気」という「外にある問題」と直面したときに刺激される、「私は愛されないダメな存在なのだ」という自己否定感や、「父親から十分に愛されなかった」という辛さなどを、夫とは無関係の自分自身の心の問題だと認めることができれば、「外にある問題」と「内にある問題」を切り離して、それぞれ別個に取り組むことができます

 この「切り離し」は、問題の真の解決へとその人を導きます。

 「外にある問題」は、妻の中にずっとあって、これまで取り組んで来られなかった未解決の「内にある問題」を表面化させて可視化してくれている有り難い出来事です。 

 この「ダメ男」は、妻の過去の傷を癒す助っ人なのです。十分に愛してくれなかった彼女の父親を再演してくれているのです。もう一度、そこに取り組めるように。そして、今度は乗り越えられるように

娘がどうしても学校に行こうとしない場合

 さて、娘が不登校であるというのは、母親にとって「外にある問題」です。娘とは言え他人(自分とは異なる人格という意味)ですから、親と言えども彼女の課題を背負ってあげるわけにはいきません。

 不登校という問題を娘自身が解く必要があります。そして、母親としてはそれに対して支援をすることが望ましいのはもちろんです。娘の気持ちを聞いてあげる、不登校の良いカウンセラーがいたら連れて行ってあげる、担任の先生と連絡を密にとったり対処法を話し合うなどは、「外にある問題」に向き合って対応することで、とても大事です。

 それはそれとして、もし「外にある問題」を淡々と冷静に理性的に処理できないとすれば、
もし母親に強い拒絶感や恐怖反応や動揺があるとすれば、それは「外にある問題」とは別に、母親の心の中に個別に取り組むべき「内にある問題」があることを示しています

 たとえば、
人目を気にして周囲に迎合している母親の場合、不登校の娘を持っていることを周囲にどう見られるのかが怖いという感情になります。これは本来、娘とは関係のない「母親の心の問題」です。そして、これに気づけないとき、母親は自分の恐怖心を和らげるために、娘を何とか学校に行かせようとあせってしまいます。

 これが「外にある問題」と「内にある問題」の混同です。

 先ほどの浮気夫をもつ妻の場合と同様に、不登校の娘がこの母親の中にある未解決の感情を刺激して、どうしようもなく不安にさせます。母親は自分の中にずっとあった心の傷と向き合わざるを得なくなります。

 これも、スピリチュアル的に見れば、不登校の娘がこの母親に与えている贈り物なんです。

 「お母さん、あなたの傷を癒して」ということなんです。「もっと幸せになって」ということなわけです。

 けれど、母親は最初このことに気づけませんから、娘によって苦しめられていると勘違いします。「ちゃんと学校に行ってくれれば私は楽なのに」と願ってしまう。

 母親にとって、自分が感じたくない昔の傷など刺激されたくない。いい迷惑だと感じてしまう。

 多くの親は、ここで、「これは娘の問題なのか」「それとも私の問題なのか」で悩みます。揺れます。葛藤します。

 それが解くべき心理的対立なのです。

 そこで自分の中に「内にある問題」があると認めることができた親は、自分の癒しと成長へと向かいます。そして、後々、この娘の不登校に感謝するときがやってきます。

 「この娘のお陰で、取り残されていた私の傷を癒してあげることができた。さらに上のステージに行くことを娘は支援してくれた。有り難い」と思えるようになるのです。

 「外にある問題」によって心理的動揺が起きたとしたら、未解決の「内にある問題」が刺激されているのではないかと問う視点をもっていただきたい。

 そうすると、「外にある問題」は単なる厄介物ではなく、大いなる恵みだと気づくでしょう。
 

ティール・スワン「人はなぜ浮気をするのか?」その3

 浮気についてのプレゼンテーション、いよいよ最終回です。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

ニーズが満たされるよう協力しない相手なら別れる(11'43"〜12'10")

I have to say here that if we are in a relationship with a 
partner who doesn't really care about the fact that our 
needs aren't getting met, and isn't willing to work with a way to get those emotional needs met, you are actually in an 
abusive relationship or one-sided relationship
.  And that's not workable.  It's especially not workable long-term.  So if you are 
with that kind of a partmer, it's not actually a relationship.  It's a 
facade.  And 
you have to consider breaking up

 ここで言っておかなくてはならないのは、もしパートナーがお互いのニーズが満たされるように協力する気のない人である場合、これは一方通行の関係であり、こういった関係に留まることは自分への虐待と同じだということです。これはもう解決のしようがありません。特に長期的に関係を続けていくのは無理です。ですから、このようなパートナーなら、実はパートナー関係があるとさえ言えません。名だけの関係です。そして、こういった人とは別れるべきです。

 相手と自分の望んでいるものが衝突し、どちらも満足できるような解決が見つからない。それだけでなく、相手は協力して解決しようともしていない。このままでいいじゃないかという態度だ。そういう相手は、こちらの満足について思いやっていません。そういう相手と一緒にいるということは、自分を満たせない相手と居続け、解決不可能な状態に自分を置き続けるということです。

 それは "abusive" である、つまり自分への虐待に等しいとティールは言っています。

 自分のニーズに応えられないだけでなく、何らかの方法で満たされるよう理解を示すこともせず、不満を放置してこちらを思いやっていない相手と、なぜ関係を続けるのでしょうか

 それは、自分の味覚に合わず、「まずい」と感じる料理を出すレストランにずっと通い続けるのと変わりません。 



自分を満たす方向に進もう(12'10"〜12'33")

Now I realize that's a lot easier said than done.  Once we have 
formed an attachment to somebody, breaking up is essentially 
losing a part of yourself.  And so you know, hell on earth, right?  
But what I want you to do is to realize that 
you can't actually 
unneed something you need and you can't unwant 
something you want
.  So you have one option, and that is to go towards what you want and to actually meet your needs.  (省略)

 もちろん、「言うは易し、行うは難し」なのは分かっています。不満な相手とは言え、いったん愛着を形成してしまうと、別れるのは自分の一部を失うのと同じです。なので、いずれにせよ辛いですよね? でも気づいて欲しいのは、あなたが必要としているものを不要とすることはできないし、欲しいものを欲しくなくなるということも無理だということ。なので、選択肢は1つしかありません。それは、欲しいものの方向に向かうこと、そしてあなたのニーズを満たしてあげることなんです。(省略)

 この相手と居続ける限り、あるニーズがこの先も満たされる見込みがないというとき、別れなければ不満は永遠に解消されないことになります。

 そのニーズを満たして、次のステージの幸せを手にしたいなら、その幸せをサポートできない現在のパートナーとは別れるしか解決法はない。そして、それがあなたにとっての前進だということです。

 満たしたいものをあなたが大事にするのです。相手はそれを大事にする能力も意思もありません。別れるということは、自分の利益をあきらめず、自分を愛する選択をするということ。自分が今満たされていないものを大事にして満たしてあげたいなら、別れるのが正解なんです。それが、「欲しいものに向かって進め」というティールの力強いメッセージです。

 あなたの不満を放置する相手とはさっさと別れなさいということです。あなたを大事にしていないのだから。

 これを受け止められるには、自分への愛がある程度しっかり確立している必要があります。自分を大事にしない相手と別れられない人というのは、自分が確立していない人、依存的な人なんです。

 なので、こういう人はダメなパートナーにしがみついてしまう。ひとりになるのが怖いし、世間体が怖いからなんです。

 自分の不満が悪いのかあなと迷っている段階では、自分を愛せません。これは不満として認めていいのだ、求めていいのだ。求めている私は間違っていないのだと認識することが、自分をしっかりと支え愛する姿勢を確立することなんです。

 このレベルで自分自身を大事にできなければ、自分を本当の意味で大事にできるようなパートナーと出会うことができません

 なので、低いレベルの満足度の相手と別れることは、確実に成長なのです。

 「私はこんな相手じゃイヤだ」と言えることは、心理的成長なのです!



利害調整の会話を日頃から習慣づける(12'38"〜13'04")

All that being said, the vast majority of the time we will find that 
our needs and values are in fact compatible, and there are ways 
to meet both partners' needs within the relationship so both 
partners feel fulfilled and secure.  And 
we need to have this 
conversation and keep on having it way before cheating 
presents itself as an option
.  Cheating is a last resort in 
relationships.  It usually means the emotional tension has been 
high, and people have been dissatisfied in the relationship for a 
really long time.


 そうとは言え、大概は相手と自分のニーズや価値観は調和できるものであり、双方が満足し安心できる解決法を見つけることは可能です。そして、浮気の可能性が出現する遥か前に、利害調整の会話を日頃から習慣づけておく必要があります。浮気とはパートナー関係における最終手段です。浮気が発生した時点で、不満感情の緊張はすでにかなり高く、その関係においてその不満は随分と前からくすぶっていたはずです。

 お互いのニーズを思いやれるパートナー関係だという前提ですが、不満に長い間気づかず放置されることのないよう、お互いの不満を創造的に解決できる交渉能力を培っておくことが極めて重要だと思います。



貞節観念には個人差があるので付き合う前に確認する(13'04"〜13'17")

Keep in mind that fidelity itself is a big issue in relationships, and 
we often walk into relationships assuming we have the same 
definition of infidelity when we do not.  So 
this is also a 
conversation we need to have with our partner before 
entering into relationships
.  (省略)

 「貞操」ということ自体がパートナー関係では大きな問題となることを覚えておかなくてはなりません。何を浮気と捉えるかという定義において元々同意できていないまま、私たちは簡単にパートナー関係に入ってしまうことがしばしばあります。ですから、こういったことは相手と真剣な関係になる以前に話し合いによって確認しておかなくてはならない事項なのです。 (省略)

 どこからが浮気なのかは個人差があって当然のことです。どちらかがおかしいわけではなく、「どこからイヤと感じるか」が異なると理解し、お互いにその気持ちを大事にできるかどうかを見極めなくてはなりません。 



自分について理解を深めることが重要(13'24"〜14'22)

When our needs aren't being met within our relationship, 
our tendency is to close off, shut down, and become less
 
communicative
 instead of more communicative.  And this is the death warrant to a relationship.  Now, here's something that I
want you to realize.  If I asked you to have a really intelligent 
conversation with me about slime mold right now, chances are 
you wouldn't be able to do it.  Why?  Because you don't know the slightest thing about slime mold.  This is exactly how it works
with yourself.  You can't have a conversation with your partner
about something you don't know about.  For that reason, 
it's so critical for you to gain self-awareness.  It's critical for you to look at yourself objectively and to see what you need, what you want, what your values are.  Your likes and dislikes.  
You got to be able to communicate those things to your
partner
.  Obviously, if you don't know what those things even
are, you can't have that conversation.


 パートナー関係で自分のニーズが満たされないとき、私たちは心を閉ざし、コミュニケーションの量を増やす代わりに減らしてしまいがちです。そして、これは関係にとって「死の宣告」と同じなんです。さて、ここで気づいていただきたいことが1つあります。私が今あなたに変形菌について知的な会話をしてと頼んでも、おそらくできないでしょう。それはなぜか? あなたはおそらく変形菌について何も知らないからです。これは自分自身についても当てはまります。パートナーと会話をしようと思っても、あなたは自分が知らないことについて話すことはできないのです。ですから、自分について自己理解を深めることは危機的重要性を持っています。自分という人間を客観的に見つめて、必要としていること、欲していること、大事にしたい価値観を把握することが重要です。それから自分の好き嫌いも。こういった自分の特性を相手に明瞭にコミュニケートできる必要があります。自分がどういう人間かをまだよく知らないなら、自分の利益をきちんと伝達する会話ができるはずはありません。

 あらゆる人間関係の基礎は、自分を理解することなんだと思います。自分と関われなくては、相手と本当の意味で関わることはできないのです。



不満を強く感じたときは自分のニーズを意識する(14'22"〜15'01")

So when you feel yourself getting super-triggered within 
the relationship and getting unhappy, that is the perfect 
opportunity to actually take a look at what you need
.  In that circumstance, you can ask yourself, "What am I not getting in this particular situation that I value and therefore need?"  
Here's the thing.  Your partner actually wants this information.  
Chances are what's driving them absolutely bonkers is the 
confusion as to what the hell it is that they are doing wrong and 
what the hell your needs and desires actually are.  So 
by 
providing that to your partner, you are actually providing 
the grounds for you to be able to have a relationship in the first place where both of you aren't confused about each 
other
.

 ですから、パートナー関係で大きな不満と動揺を感じる出来事が起きたときには、実は自分が何を必要としているのかを見極める素晴らしい機会なんです。その状況で、「私にとって大事なことであり、必要としていることであり、この状況で得られていないものとは何だろう?」と問うてください。実は、相手はこの情報を得たいと思っています。あなたの不満の理由が相手にとってさっぱり分からないというのは、相手にとっても甚だ不快なことなのです。ですから、自分のニーズについての情報をパートナーに伝えることは、お互いについての混乱を解消し、本音に基づいた本当の関係性を構築する土台を提供することになります

 理由も分からずただ不満だというパートナーと一緒にいることは確かに苦痛です。

 「これがこういう風にイヤなんだ」「私はこういうことを大事にしたい人間なんだ」と説明を受ければ、それに同意できるか、満たしてあげられるかは別にして、理解することができます。

 それに基づいて「じゃあ、こうしよう」とか「それは私には無理」とか本音で関わり合えますよね。



中立の第三者にコミュニケーションを支援してもらう(15'01"〜15'26")

Now, maybe it's important for you to invole a third party in this 
particular conversation.  You want to choose 
somebody who is unbiased and is also not identified with a particular 
outcome for one of you or the other of you
 so that they can 
provide a kind of non-biased position where they can 
help you 
communicate to each other your needs and also helps 
strategize ways to meet those needs
 that are satisfiable to 
both people involved in the relationship.


  さて、場合によっては利害調整の会話に第三者に加わってもらうことが大事です。どちらかの味方をせず、特定の結果に拘っていない人に、中立の立場から双方のニーズを伝え合うための支援をしてもらい、かつ双方に満足のいく解決策を一緒に考えてもらうのです。

 多くのカップルはニーズを伝達し合うときに感情的になってしまい、冷静な話し合いができません。表現のしかたや共感的な聴き方に不慣れな部分があると、効果的なコミュニケーションになりにくいのです。

 なので、表現や傾聴のうまい中立の立場の人に間に入ってもらうと助かります。



最終的に浮気をするしないは本人にしか決められない(15'26"〜16'00")

The betrayal of cheating may not be justified.  It's still the 
person's choice to essentially betray their partner
 instead of to have a conversation about their needs and to either figure out how to meet those needs collectively or decide to break up.  
However, knowing that unmet needs are in fact the core root 
below cheating gives us a wonderful view into what we need to
be constantly focused on and attune to in our relationship so as to make it so that this situation does not occur.


 浮気という裏切りは確かに正当化できるものではありませんが、ニーズを伝え合って解決するか別れるかという会話をする代わりに、パートナーを裏切る道を選ぶとすれば、それもその人の選択です。ただ、浮気の根底には満たされないニーズがあるのだと知ることによって、浮気を防止するためにどこへ意識を向けたらいいのかを理解することで私たちの可能性は広がるのです。

 世の中には、心理的問題にきちんと向き合って解決するのが面倒だ、浮気をしているままが楽だという人もいます。そういう人に浮気をやめさせることはできません。

 ただ、自分やパートナーの浮気を通して、そこから心理的に成長しようという真摯な動機をもつ人には、豊かな収穫の道が開けています。



利害調整の会話が関係を安定させる(16'00"〜16'20")

Meeting your partner's needs and enabling your partner to know how to meet your needs and creating ways where those needs 
can be met that is [sic] satisfiable to both parties in the 
relationship is going to 
create an atmosphere of relationship 
security
 as opposed to relationship insecurity.

 パートナーのニーズを満たし、自分のニーズをどう満たして欲しいのかをパートナーに伝え、双方が満足する方策を一緒にクリエイトしていくことが、パートナー関係において真の安定性をもたらします。

 結局、パートナー関係の安定性は、どの程度お互いのニーズを理解し合い、それらをきちんと満たすために協力できているのかによって決まるということです。

 満たされない部分が多ければ多いほど、その関係は不安定であり繁栄できません。解決されない不満を放置しておくと、相手との心理的距離はどんどん広まり、関係は不健全化していくことになります。

 なので、安定した愛情関係を築きたいなら、不満を放置せず、きちんと話し合うことが重要なのです。

〜〜3回シリーズ完結〜〜
 

ティール・スワン「人はなぜ浮気をするのか?」その2

 「その1」に引き続き、ティールのプレゼンテーションをお届けします。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

ティールが浮気をした理由(5'20"〜6'22")

I'll tell you a personal story.  When I was a teenager, I ended up
cheating on someone I loved a lot.  Essentially what happened is
that I started to feel misunderstood by them.  This guy was a
golden child.  Everything in his life went well.  He had a positive
attitude, and he didn't understand why I felt so crappy and
negative all the time.  According to him, life was perfect.  
According to me, life was always painful.  So I started to not feel
seen, not understood.  It's hard to connect with somebody when
you don't feel that way.  So what happened is I was attending an
anger management class, and I met a guy who was an orphan.  
Essentially because of his wounding, he felt the exact same way
about life that I did, and I thought, "Aha!  This guy can actually
get me."  I ended up cheating on the guy that I was really in love with.  By virtue of cheating, I essentially got to feel for the first
time like, "Oh, somebody gets me.  They see me.  They feel me.  They
understand me."  There's a kind of resonance here because the pain in me needed to be seen, felt, heard, connected
with, and essentially given company
.  

 個人的なお話をしましょう。私は十代のころ、よく浮気をしました。恋愛をするたびに、私は彼氏に分かってもらえないという気持ちになったのです。たとえば、ある彼氏は「ゴールデン・チャイルド(完璧な子供)」でした。彼はすべてにポジティブで、人生の何もかもうまくいって幸せな人だったんです。そして、なぜ私がいつもネガティブで苦しんでいるのかが全く理解できませんでした。彼にとって人生は完璧に幸福なものなのに、私にとって人生はつねに苦痛に満ちたものでした。私は彼が私という人間を見てくれない、理解してくれないと感じました。感じ方がここまでズレていると、心が触れ合うことは難しいですよね。それで結局どうなったかと言うと、私がアンガーマネージメント(怒りの原因を突き止めて感情をコントロールできるようになる技術)のクラスを受けていたとき、孤児として育った男性に出会ったんです。彼も心に傷を負っていたので、私と同じような人生観を持っていました。そして「あれまあ! この彼なら私のことを分かってくれるわ」と思ったんです。それで、本当に愛していた「ゴールデン・チャイルド」に嘘をついて、この男性と浮気をしました。私は浮気を通して初めて「ようやく誰かが素の私を見てくれる。本当の私を感じてくれる。分かってくれる」と感じることができました。浮気相手の男性と私との間には、ある種の共鳴が起きていたんです。私の心の中にあった痛みはずっと「見てもらえる。感じてもらえる。聞いてもらえる。繋がってもらえる。寄り添ってもらえる」ことを必要としていました。そして、浮気相手の男性にも似たような痛みがあったお陰で、そのニーズが満たされるように感じたんですね。

 ティールのパートナーはあまりに幸せな人で、彼女の苦しみに寄り添うことができなかった。たくさんの痛みを抱えたままの素のティールを理解し愛することができなかったんですね。だから、彼女はその部分において満たされず、自分の苦しみを分かち合える相手として浮気相手と共鳴したのは頷けます。



ティールが浮気をされた理由(6'22"〜7'03")

I also remember being cheated on in my twenties.  I had this
habit at the time.  When I started to feel unsafe in relationships, I
started to criticize the guy I was with.  In my mind, criticism
essentially would motivate them to change something about
themselves that I felt desperate to change because it was
causing me pain.  However, when I criticized this person in my
life, he
started to feel worthless about himself.  His self-esteem
dipped
too low.  And so he cheated on me with a girl he didn't
love but
who absolutely adored him.  And by virtue of
connecting with her,
he was actually able to feel that feeling of self-esteem, which was an unmet need.  I was not
meeting that need of his.


 それから、私が20代のとき今度は私が浮気をされたのを覚えています。当時の私には次のような習癖がありました。パートナー関係で不安になるたびに彼氏に批判の矛先を向けたのです。自分の心に痛みを覚えるのは相手が悪いのだから、批判を通して一心不乱に相手を何とか変えようとしていたんです。けれど、批判をされた彼氏は、自分はダメな人間なのだと感じ始めてしまいました。自信を失っていったんです。それで、彼にぞっこん惚れていた女性と浮気をしました。彼はこの女性を本当に好きではなかったのですが、自分を熱愛してくれる女性と繋がることで、彼は自分の自信を感じることができたんです。それは私との関係では満たされていなかったニーズだったわけです。

 批判されたり責められたりすると、自己肯定のニーズが満たされません。パートナー関係で生じる様々な問題を責め合ったり批判し合って解決しようとすると、イヤになってきて、自分のことを褒めてくれる相手、気持ちを大事にしてくれる相手を求めたくなるのは分かりますね。



愛情関係の基盤は互いのニーズを思いやること(7'03"〜7'40")

I know that at this point your skin is probably crawling because
what you've just heard me say is "You have the responsibility for meeting your partner's needs, or else it's justifiable why they are cheating on you."  That's not what I'm saying.  What I'm saying is
that
when you enter into a relationship, part of that
relationship is essentially the idea that you include the
other person as the self, which means that you will
capitalize on their best interests
.  It means that you should
actually care about meeting those emotional needs or
finding ways that you can basically strategize meeting
those needs so a person isn't left starving in the
relationship with you
.

 私の言いたいことが「あなたにはパートナーのニーズを満たす責任があり、満たせなければ浮気をされてもしょうがない」ということだと思ってゾッとしている人もいることでしょう。でも私の言いたいことは違います。私が言いたいのは、パートナー関係に入ったなら、相手の利益が最大になることに対して自分自身の利益として関心を持つことが重要だということです。あなたとの関係において、パートナーのすべての心理的ニーズが何らかの方法で満たされるよう思いやることが必要です。あなたが満たすのか、別の方法を工夫するのかは別にして、パートナーが満たされず苦しい状態で放置されることのないよう思いやることが求められるのです。

 ここでティールは極めて重要なことを述べています。愛情関係がうまくいくかいかないかを決定する心理的要因を明らかにしているのです。それは、相手の心理的ニーズがすべて満たされることを心から願っていることです。自分が満たしてあげられない場合であっても、他の方法で満たせるように協力する姿勢を見せれば、思いやっていることになります。



満たされないとき黙っていてはいけない(7'40"〜7'57")

So it's really important if you are trying to prevent cheating, to
make sure that we've had that kind of conversation.  And that's
precisely where we go wrong.  
Where we go wrong is that
when our needs aren't being met, we don't say anything
about it.
 That's why cheating happens in an atmosphere of
secrecy.

 なので、浮気を未然に防ごうと思うならば、満たされないものがあるとき必ず話し合うようにしてください。ここで過ちを犯す人が多いんです。
過ちというのは、満たされないときに何も言わず黙っていることです。不満を隠しているからこそ、秘密裏に浮気をするという解決法になってしまうのです。

 自分に満たされないニーズがあるとき、それをパートナーに伝えて話し合うことがとても大切なんですね。



善悪議論をしても浮気問題は解決しない(7'57"〜8'33"

I will say it again.  Cheating rarely has anything to do at all with
loving or not loving a person.  
It has to do with emotional
needs not being met.
 Does this mean cheating is good?  
Again, that's a debate over the right and wrong, or good and
bad, which is absolutely futile.  I'd rather say that cheating is best avoided in relationships because it hurts both people.  It causes
suffering to the cheater and the person who is cheated on.  But
so does just putting up with your needs not being met
consistently.  This is endurism.  And
there is something you
can do to prevent both cheating and relationship endurism
.
And
that thing is communicating!

 もう一度言います。浮気は相手を愛しているとか愛していないという問題ではありません。満たされていない心理的ニーズが原因です。では浮気は善いのでしょうか? 「正か邪か」「善か悪か」という議論は不毛です。浮気は双方を傷つけるので避けるほうがよいと私は言います。浮気をする側もされる側も苦しむのです。かと言って、満たされないまま辛抱するのも双方に苦しみを生みます。これは「辛抱主義」です。浮気と辛抱主義のどちらも回避できる方法があります。それは「コミュニケーションをとること」なのです!

 浮気が悪いと頭で理解したところで、満たされないニーズが放置されれば、動機には何も変化がありません。浮気を必要とするのは満たされない気持ちがあるからなので、それをお互いに理解し合えるようコミュニケーションをきちんととるのがベストな解決法ということになります。



ふたりのニーズがすべて満たされるよう話し合う(8'33"〜9'04")

Cheating does not happen in an atmosphere of
communication
.  So what we have to be able to do is to see
what need is not being met, to communicate that need to our
partner, and then to 
strategize ways that we can reasonably
meet those needs.  
relationship really is about two people
figuring out what each need [sic] and what each want [sic]
and then figuring out a way to make those needs and wants
compatible if that's possible
.

 浮気はコミュニケーションに満ちた関係では起こりません。なので、満たされていないものがあるとき、それを特定してパートナーに伝え、協力して解決できる体勢を整えておくことが大事です。パートナー関係とはそもそも、お互いが望むものや欲するものを理解して、できる限りふたりとも満足できる調和をいっしょに探すことなんです。

 パートナー関係の健全さは、心と心がどれほど触れ合って真の意味でのコミュニケーションがとれているかに掛かっています

 心の問題があるとき、話し合えるだけのオープンさを維持できていることがやっぱり大事なんですね。



話し合うほど対立が深まる相手は相性が悪いと弁える(9'04"〜9'29")

But here's something you got to understand.  Sometimes when 
you express your needs, it becomes obvious that those 
needs in fact conflict with the other person's needs and 
desires.  And when that's the case, what we are really 
dealing with is incomptability.
  And so what we have to face is the fact that cheating is just the precursor to the fact that we
don't actually belong to 
each other as a couple


 でもここで1つ理解しておかなくてはならないことがあります。時には自分のニーズを伝えたとき、それが相手のニーズや望みと折り合えないと分かることもあるのです。そして、そういう場合には相性の問題になってきま。ですから、浮気は単に相手が自分のパートナーとしては合わない人だと教えてくれているだけかもしれないのです。

 コミュニケーションはあらゆる対立を解消してくれる魔法の杖ではありません。時にはコミュニケーションをとればとるほど、相手とは合わないことが明白に見えてきます。自分の望みと相手の望みがはっきりすればするほど、本当の相性が露呈するわけです。

 双方の利益が噛み合ない場合には、そもそもパートナーでい続けたいのかを考え直すことが大事になってきます



相手の不満に敏感でいること(9'29"〜9'54"

One thing we need to develop in our relationships is 
attunement.  It's really easy to be completely engaged in our
partner when all 
of those chemicals, those bonding chemicals are flowing, but after a while in our relationship, our attention drifts
away from them, and 
we just assume things about our
partner
.  We don't tune into them enough to see the initial
warning signs 
that potentially our partner could stray towards
cheating because their emotional needs aren't being met.


 私たちがパートナー関係で発達させる必要があるのは感受性です。快楽ホルモンが出ているときには、パートナーと繋がることは本当に容易ですが、だんだんとマンネリ化してきて、パートナーのことは分かっているつもりになりやすいのです。相手がどう感じているのだろうと頻繁にチェックしないようになるので、浮気に至るような不満があっても気づくことができません。

 ふだんから相手の満足度にポジティブな関心を向けていることが大事なんですね。



パートナーの「愛情要求のキュー」に気づいているか(9'54"〜10'29"

Now, communication verbally is, of course, preferable.  But 
there's a lot of communication that happens nonverbally.  One 
thing you have to understand in order to maintain a healthy 
relationship is the idea of 
"bids for affection."  All day every
day, 
we basically give bids to people in our life for
connection with them
.  These bids can look like a great many
things.  For example, we may inch up closer to our partner, or
crack a joke, or do their laundry for them.  
We do any number of things that essentially say, "Hey!  I really want to connect with you right now."  

 さて、言語的コミュニケーションがもちろん好ましいのですが、非言語的なコミュニケーションもたくさん用いられています。健全なパートナー関係を維持したい場合に理解しておかなくてはならないのは「愛情要求のキュー」という観念です。年がら年中、私たちは心を繋げたいと思う相手にキューを出しています。これらのキューは様々な形をとります。たとえば、パートナーに擦り寄るとか、冗談を言うとか、代わりに洗濯をしてあげるなどです。私たちはいろいろな方法を使って「もしもし! 今あなたと心を繋げたいんですが」というメッセージを伝えているのです。

 相手と心を接近させ交わりたいときに、私たちはいろんなサインを出すんですね。



「愛情要求のキュー」にどう反応しているかに気づく(10'29"〜11'06"

Now what we do as people is we don't usually acknowledge those bids.  We don't even recognize them.  But when we do recognize 
them, 
we have a choice between three ways of dealing with 
it
.  The first is, we intentionally and completely ignore that bid for affection.  The second is, we turn against that bid for 
affection, meaning we 
push it away in some way.  We become 
the antagonist to that bid, and we say, "I don't care whether you 
have that need.  Shchink!  I'm going to basically oppose that 
need."  Or we 
turn towards the need and allow the 
connection to occur


 さて、私たちはそういったキューをもらってもちゃんと応えないことが多いのです。気がつかないことも少なくありません。でも、気がついたとしたら、3つの選択肢があります。1番目はわざと無視すること。2番目は抵抗して拒絶すること。敵対して「あなたにどんなニーズがあるか知ったことではない。対抗してやる」というわけです。3番目は相手のニーズのほうを向いて心で繋がることに同意することです。

 相手の愛情要求を無視したり、敵対したりする割合が多いと、相手の心はだんだん離れていってしまうだろうことは想像に難くありません。



パートナーに花をもらったときの例(11'06"〜11'43"

Obviously, the relationships that are most successful long-
term are the ones where two people turn towards each 
other's bids for connection
.  Now, this applies to every 
relationship in your life, whether it's a friendship or a relationship with your daughter or your mother or your significant other.  So 
let's say that your partner walks through the door and buys you 
flowers.  At that point, 
you can completely ignore the gesture, you can turn against that gesture by making him guilty for 
the money he spent on the flowers, or you can turn towards it by acknowleding that you are really happy that he did
that and by admiring the flowers


 もちろん、長期的に見て最もうまくいくパートナー関係は、ふたりともお互いの「繋がり要求のキュー」のほうを向いて応えようとする関係です。さて、これは友達との関係、娘や母親や伴侶との関係など、すべての人間関係に当てはまります。ですから、たとえばあなたのパートナーが玄関を入って来て、花束をプレゼントしてくれたとしましょう。そのとき、彼のジェスチャーを完全に無視することもできれば、敵対してお金の無駄遣いだと咎めることもできれば、彼の要求に応えて本当に嬉しいという気持ちを伝え、花の美しさに感心することもできるのです。

 この例はとても分かりやすいですね。

 本当に仲のよいカップルでは、相手のキューをないがしろにせず、きちんと受け止めて大事にしているように思います。

 自分が相手をどのように扱っているかを知ることは役立ちそうですね。意図せずに相手のニーズを阻害しているなら、それに気づいて変えることができれば、相手へのインパクトは小さくないだろうと想像します。

ティール・スワン「人はなぜ浮気をするのか?」その1

 ふつう精神的指導者(僧侶、神父、牧師、グル等)は、自らの自殺未遂体験や性的虐待体験、不倫体験、DV体験などを公にはしないものです。人々に尊敬されるには、そういった「低次元」の人間的体験を超越した、高い境地の人間だという印象を持ってもらうことが重要だからです。

 そういった中で、ティール・スワンは異例です。彼女はスピリチュアル・ティーチャーでありながら、壮絶な幼少体験を数々公表しており、その中にはカルトから受けた拷問や性的虐待、自殺未遂体験が含まれています。彼女は地上人間界の最も暗い部分を実体験として知っており、そこを乗り越えつつ自分を癒して来たという実績が、多くの人にとっての光となっています。

 ティールはたいへん高い智慧と普遍的愛を示しながらも、人間としての弱い部分、可愛らしい部分を隠さない新しいタイプのスピリチュアル・ティーチャーで、その偉ぶらない自然なアプローチが私はとても好きです。

 さて、今回のシリーズでご紹介するティールの動画の中で、彼女は「人はなぜ浮気をするのか?」という問いに答えています。その際にも、彼女自身の浮気体験を深い洞察を加えながら語っているのが印象的です。

 浮気の根本原因を明らかにしたこのプレゼンテーションから学ぶものは大きいと思います。悩んでいる方に何らかのヒントとなれば幸いです。

 16分59秒の動画(英語のみ)の後に、英文と和訳を載せました。長いので「その1」から「その3」の3回に分けてあります。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

浮気の原因を理解しなければ苦しみは解けない(動画 0'32"〜1'21" の箇所)

For thousands of years, cheating or infidelity has been so closely
linked to immorality that it's difficult to even have a conscious
conversation about it.  I mean, bring it up and you can see the
hair standing up on people's arms.  If you've been cheated on, it
leaves emotional wounds that may leave you bitter and
distrusting.  If you are the one who cheats, you end up feeling
shamed and condemned.  Hardly anything creates more
relationship insecurity than cheating.  
But part of that
insecurity is that we don't understand what exactly causes people to cheat.  And so we make their cheating mean
something that it doesn't mean.
 In this episode, I'm going to
expose to you the real reason that people cheat.


 何千年という昔から、浮気や不貞は道徳に反するというイメージがあまりに強いため、却って冷静な吟味をすることが難しくなっています。話題に出しただけでも、鳥肌を立てて拒否反応を起こされてしまうのです。浮気をされた側は傷つき、悔しさと不信感に苦しむ。浮気をした側は責められ罪悪感に苦しむ。浮気ほどパートナー関係を不安定にするものはありません。しかし、この不安定さの一因は浮気の原因が分からないことなのです。浮気の原因が分からないので、勝手に意味を解釈してしまうところに問題があります。このエピソードでは、浮気の本当の原因に光を当てたいと思います。

 浮気の当事者が苦しむのは、浮気の原因が理解できず、いろいろとマイナスの意味づけをしてしまうことが一要因としてあるということですね。

 本当の原因とはいったい何でしょう? さらに読み進めていきます。



パートナーにしか満たしてもらえない心理的ニーズがある(1'21"〜1'58")

I'm going to progress through the rest of this video with the
assumption that what cheating or an affair is essentially, is when
two people have both agreed to an exlusive romantic relationship and then one person basically breaches that contract.  Most of
us get into relationships because we desire to feel the security
and consistency of connection.  We often call this love.  Also,
many of our emotional needs are satisfied by having this
consistent secure connection.  
In order to feel loved, we have to see that these emotional needs are being considered and
consistently met by our partner.
 

 この動画では、浮気や不貞を「排他的な愛情関係に同意した2人の人間のうち、どちらかがその契約を破ること」と定義します。私たちが愛情関係に入るのは、だいたいの場合において心の通い合いを安定的に得たいからです。これを「愛」と呼ぶことが多いですね。また、私たちの心理的ニーズの多くが、この安定的な絆によって満たされるという面があります。私たちが愛されていると感じるためには、そのような心理的ニーズが相手によって大事にされ、かつ継続的に満たしてもらえていることが必要なのです。

 恋人関係・夫婦関係がうまく行くには、満たされなくてはならない心理的ニーズというものがあるというお話です。

 お互いの心理的ニーズをパートナーが満たしてくれている場合には、両方が「愛されている」と感じることができるわけですね。

 この「心理的ニーズ」が何を指すのかは、もう少し後ででてきます。



「自分のニーズは自分で満たせる」という教えは嘘である(1'58"〜2'49")

Sorry to break it to you, but you are not a one-person show.  
Regardless of what you have heard other spiritual teachers tell
you about the fact that you can be a universe unto yourself and
meet all of your needs on your own, there are a great many
needs, emotional needs, which can't actually be satisfied
just through yourself.
 They require the relationship to
something
other than the self.  Now, of course, we know that at
the highest
level there is nothing other than the Self because we are in a state of oneness.  But here in your physical body, you
experience a separete self.  So to experience that oneness, you
have to 
experience a fusion with other.  This gets a bit tricky
because
some of our emotional needs seem totally
contradictory. For
example, we need connection with other
people, and we also have a need for a sense of autonomy.  
(省略)


 がっかりさせたくはないのですが、パートナー関係で「個人プレイ」はできません。スピリチュアル・ティーチャーの中には、あなた自身が1つの宇宙であり、自分のニーズはすべて自分で満たせると教える者がいますが、自分ひとりではどうしても満たせない心理的ニーズがたくさんあります。自分以外の何かと関わることでしか満たせないニーズというものがあるのです。もちろん、最も高い次元では「自己」以外に存在しません。そこにはワンネスだけがあります。けれども、ここでは私たちは肉体をもち、他者とは別の自分という体験をしています。なので、ワンネスを体験しようと思ったら、他者と融合するしかありません。事がややこしくなるのは、私たちには矛盾するように見える心理的ニーズもあるからです。たとえば、私たちは他者との繋がりを必要とする一方で、自律的でありたいというニーズも持っています。(省略)

 「相手に愛されなくても自分が自分を愛せばいい」とか「相手に尊重されなくても自分が自分を尊重していることが大事だ」という教えがあります。心理的未熟と依存心から自立して、成熟を目指すときによく用いられる考え方ですが、ティールはこれに対して警鐘を鳴らしています。

 自分ですべてのニーズを満たそうとすると壁にぶつかるよと。相手に満たしてもらうしかないニーズというものも確かにあるんだよ、というお話です。



性欲や我慢の問題ではない(2'56"〜3'29")

We have been telling the lie that cheating is all about poor self-
control or about lust.  Well, guess what.  Cheating is not about
those things at all.  We've been telling the lie that if a person
loves you they'll never cheat on you, and so if they cheat, it's
because they don't love you enough.  Again, this is not true at all.  (省略)We've been telling the story that the person who cheats is the bad buy and the person who is cheated on is the victim.  
Again, this is not the full picture.  So knowing that everything
we've been telling ourselves about cheating is a lie, what is the
truth about cheating?  

 浮気は我慢や性欲の問題なんだという嘘を私たちはついてきました。実は、浮気は我慢や性欲とは関係ありません。また、相手を愛しているなら浮気をするはずがない、だから浮気をする人はあなたを十分愛していないのだという嘘も私たちは信じてきました。これも真実からかけ離れています。(省略)浮気をする者は加害者で、浮気をされる者は被害者だというストーリーを私たちは語ってきました。これも事の全容を表してはいません。これら全ての分析が嘘だとすると、浮気の真実とはいったい何なのでしょう?

 「あなたを愛していないから浮気をするのだ」「性欲が強すぎるから浮気をするのだ」「我慢が足りないから浮気をするのだ」という分析はどれも当たらないと言っています。

 では、いよいよ核心に入っていきます。



満たされていないから浮気をする(3'29"〜3'37")

We cheat because our emotional needs are not being met in our current relationship.  It is as simple as that.  

 私たちが浮気をするのは、現在のパートナー関係において満たされていない心理的ニーズがあるからです。単にそういうことなんです。

 
現在のパートナーに満たしてもらえていないニーズがあると、それを外で満たそうとする。それが浮気であるということですね。

 ということは、浮気を解決するには
「満たされていないニーズ」を理解する必要があります。

 ここからは「満たされていないニーズ」の例が説明されています。



自分を取り戻すためだけに浮気をすることもある(3'37"〜4'20")

For example, let's say that somebody gets into a relationship and
they start to feel like they are losing themselves into the
relationship, they are dissolving into it.  They have no sense of
autonomy.  Sometimes if they go cheat, that experience
enables them to feel, "Oh, guess what, I am a separate self.  I have freedom."
 Or let's say a person starts to feel lonely and
completely worthless in their relationship.  Maybe they are
married to somebody who is going on business all the time.  This
kind of a person may go cheat and
by cheating feel as if they
are an attractive person
.  They may increase their self-esteem. Also by cheating, they get to have that emotional connection they are being starved of by their partner.  

 たとえば、パートナー関係に入っていくと相手とあまりに融合し過ぎて、相手に合わせ過ぎて、自分というものが無くなってしまう人がいます。すると自己決定の感覚がなくなってくるんです。こういう人が浮気をするのは、「ああ、やっぱり私は相手とは別の個性なんだ。私には自分らしくいる自由があるんだ」と改めて感じたいがためなんです。あるいは、パートナー関係で孤独と無価値感を感じ出す人もいます。相手が仕事ばっかりしていて交わってくれない。そうすると、自分が男として女として魅力がないんじゃないだろうかと不安になってくるんです。こういう人は浮気をすることで、自分が魅力のない存在なんかじゃないんだと確かめようとするんです。自信が復活してくる。それから、心の通い合いがないパートナー関係だと、繋がりという情緒的ニーズが飢え渇いていますから、それを浮気相手によって癒してもらおうとするわけなんです。

 パートナー関係において自分を抑え過ぎていると、自分らしくいるために外に相手を求めてしまう。パートナーが時間を十分に過ごしてくれない、心の通い合う会話をしてくれない、からだを求めてくれないという場合、そういう部分を満たしてくれる浮気相手を求めてしまう。

 このように、パートナー関係において満たされていない心理的ニーズには様々なものがあるんですね。



空虚感と孤独感は発達段階でのトラウマが原因であることも4'20"〜5'00")

Knowing that cheating is a way of getting one's emotional needs met also shows us how quickly cheating could turn into an
addictive behavior.  It could turn into what we are using
to
escape the emotional vacuum essentially within ourselves,
that feeling of desperate isolation
.  Cheating often happens in conjunction with our inability to actually maintain or to feel connection in the first place.  So we are trying desparetely to
get that to fill this hole inside of ourselves because of the fact
that
we have developmental trauma there.  Essentially,
cheating could turn into an addiction such as sex or love
addiction or porn addiction to help someone escape their
feeling of inner emptiness and isolation
.  (省略)

 浮気が心理的ニーズを満たす1つの方法だということは、簡単に中毒になってしまう可能性があるということです。心の虚しさや孤独感に向き合わず、そこから逃避するための杖になりやすいのです。浮気をする人には、元々心の繋がりを感じたり、そういう関係を維持したりする能力が欠けている場合が少なくありません発達段階でのトラウマがあって、心に空いた穴をなんとか浮気で埋めようとしているのです。基本的に、浮気はセックス依存、恋愛依存、あるいはポルノ依存などと同じように、心の空虚感と孤独感を埋めるための依存的症状であることが多いと言えます。(省略)

 パートナー関係で感じる
不満の源は、幼少期の発達段階におけるトラウマであることが少なくありません。

 つまり、パートナーがちゃんと満たしてくれれば解決するという単純な話ではなく、心の繋がりなどが元々持てない成長のしかたをしてきている人が多いということです。

 幼少時代に端を発する空虚感と孤独感が心にあって、それを浮気によって埋めようとしているのかもしれません。

 となると、
依存症状から解放されるには、幼少期のトラウマに向き合うことが大事になってきますね。



パートナー関係で満たされていないものを理解する(5'06"〜5'20")

Look back at the situations you've been involved in relative to
cheating, and
try to see what emotional need was not being met and that you were attempting or the other person was
attempting to fulfill through that experience.


 浮気の状況を思い起こしてみて、満たされない心理的ニーズが何だったのかをよく考えてみてください。浮気をした側が、何のニーズを満たそうとして浮気をしたのかを理解できるよう探究してください。

 浮気を責める前に、浮気の根底にある「満たされないニーズ」が何かを理解しましょうというお話ですね。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 「その2」では、ティール自身の浮気体験がお読みいただけます。 
 

エインズリー・マクラウド「前世で奴隷か囚人だった人の特徴」

 今世で現れる強い情動には、前世に原因があるものもあります。

 エインズリー・マクラウドはオプラ・ウィンフリー・ショーにも出演したことのある方で、魂の年齢を10段階に区分した本を出しています。

 今回は魂の年齢の話ではありません。彼の動画には前世療法についてのものが数多くありますが、その1つをご紹介します。

 前世に奴隷だった人、あるいは牢獄に入れられていた人は、不自由を強いられる人生でしたから、今世では人一倍に自由を求める気持ちが強いと言っています。魂のバランスをとっているんですね。

 動画(英語のみ)の後に和訳を添えました。よかったらご覧ください。 



Well, the most common sign that you have been a prisoner in a
past life or a slave is that you react really strongly to the phrase
"Don't tell me what to do."  That you resonate with that.  Because
if somebody tells you what to do, rather than asking you, you get
reminded, or at least your soul is reminded of the past life of
slavery. 

 「私に命令しないで」という言葉に強い反応を感じる人は、前世で奴隷や囚人だった人であることが多いですね。その言葉に響くものがあるんです。「これをしてちょうだい」とお願いや依頼をするのではなく、「これをやれ」と命令する人がいると、奴隷だった前世を思い出してしまうんです。意識として覚えていなくても魂が記憶しているわけです。


If you've been restrained, and particularly I'm thinking about
physical restraint, you know, if manacles are around your wrists or your legs or somehow you're really restrained maybe in a very
confined space, then one of the most common things you'll get is claustrophobia or fear of any closed spaces.  It's usually elevators.  They are the ones that you encounter most.  But sometimes
people have issues with being maybe playfully pinned down by the wrist.  It's not so funny.  And sometimes very tight clothes will be an issue.  You tend to find even people get caught up in
bedsheets and they can freak out.  

 もし前世で体の動きが制限されていたとしたら、たとえば手かせ足かせをはめられていたとかですね、あるいはとても狭い空間に入れられていたとする。そうすると、閉所恐怖症になるということが最も一般的です。たいていはエレベーターに乗れません。それが最もよく出くわす症状です。誰かがふざけて体を抑えつけたりしますね、手首のところを。そうすると、もう冗談じゃない。パニックになる。人によってはタイトな洋服を着るだけでダメです。ベッドシートに体が絡まって出られなくなるとパニックを起こしたりします。


Yeah, a lot of people show physical resonances from the past life.  The kind of thing I've seen in clients is...I have one client who's
got marks where she was chained in a previous lifetime, only tops of her arms.  I've seen other people with issues with swelling in
their ankles that come from flea bites in a prison cell in a previous lifetime.  So there's lots of little ways that these will show up.  

 そうですね、体に前世の痕が残っている人もたくさんいます。私のクライアントのある女性の場合だと、前世で鎖に繋がれていた上腕の部分にあざがありました。前世の独房でノミに刺された人が、今世ではくるぶしが腫れているという問題を抱えていたりします。そういう感じでいろんな現れ方をします。


There's also... when people have been in a very filthy place, a filthy prison cell, for example, they tend to be hypervigilant about
cleanliness in this life.  They want their environment to be clean
and their clothes to be clean.  And the other thing that I come
across a lot is people who have a problem with vermin -- mice and rats -- because of being around those, being unable to escape
them in a prison cell in the past.  

 それから、前世でとても汚い場所、たとえば汚い独房に入れられていた人だと、今世では潔癖性になる傾向があります。住空間も着る洋服もキレイじゃないとイヤだという拘りが強くなる。それからもう1つよく出くわすのは、ネズミに拒絶反応を示すことです。前世に入れられていた独房ではネズミがたくさんいたのに逃げられなかったトラウマがあるんです。


You find that people who have been a prisoner or a slave in a past life want...They have an exaggerated need for freedom.  They
want to do things like running a lot or...I describe it as wanting to
feel the wind through the hair, even if it's not literal, motorcycles, scooters, bicycles, surfing, skiing.  There's lots of ways that
people will seek to get that sense of freedom.  It's a correction
after the life where you had no freedom whatsoever.  Your soul
goes, "OK.  I want to go the other way and have as much personal freedom as possible."  

 前世で囚人や奴隷だった人は、異常と言えるほど自由を求めます。よく走るとか、まあ文字通りではないとしても「髪の毛に風を感じたい」という気持ちが強いです。バイクやスクーター、自転車、サーフィン、スキーなどに惹かれます。自由の求め方にはいろいろあります。自由がなかった前世の埋め合わせをしているんです。魂が「OK。今回は正反対の方向に進んで、できる限り個人の自由を体験したい」と思うのです。


This is a good question.  If you do a regression or you work with
me, and you overcome your fears associated with slavery or
imprisonment, you don't suddenly lose the desire to go out and
run or to hike or to have that freedom.  For some people, it's
sailing, horse riding, it's a common one.  You don't lose that desire because that's karmic.  Your soul is trying to balance the
experience of one life with the next.  But what you do lose is that hypersensitivity to feeling that people might be controling you or when somebody says something the wrong way, rather than
asking you to do something, it sounds like an order, then you don't overreact the same way that you might have in the past. 

 それはいい質問です。退行催眠をやったり、私とワークして、奴隷や囚人だったときに関係する恐怖心が克服できたとしても、急に走ったりハイキングに行ったりする欲求が失われるわけではありません。ヨットや乗馬の人もよくいます。魂は以前の人生と今回でバランスをとろうとしているわけです。セラピーによって失われるのは、人が自分を支配しようとしているという過敏な感覚です。依頼するのでなく、キツく言ったり命令口調で言ったりするときに、以前ほど強い反応に苦しまなくて済むようになるのです。
 

自分の感情に自分が責任を持つとは

 私は私の感情に責任があり、あなたはあなたの感情に責任がある。

 親は親の感情に責任があり、子供は子供の感情に責任がある。 

 これが分かると、人間関係の問題が出たときに基本姿勢を間違えません。

 私の感情をあなたの責任にしたり、あなたの感情を私の責任にされたりすると、関係がこじれて解けなくなります。 

 ということで、今日は、「自分の感情に自分が責任を持つ」とは一体どういうことなのか、ということについてお話しししたいと思います。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

味覚の合わない蕎麦屋さんのお話

 まず1つの例え話から始めたいと思います。

 ここ金沢は料理では西日本なので、うどんや蕎麦のつゆは薄味なんです。関西風です。ちょっと甘さもあります。色で言うときつね色です。東京へ行くと醤油の黒い色をした濃い味です。関東風です。

 私はどちらも美味しく頂けますが、どちらかと言うと関西風のほうが好きです。

 仮に私が薄味に拘りがあって、濃い味はとても飲めないとしましょう。そうすると、関東風のお店に入るとつゆが美味しくないと感じて満足できません。 

 では、関東風のつゆを飲んでまずいと感じる私が悪いのかと言うとそんなことはありませんよね。私の好みというものがあって、それに明らかに合わないのですから、「まずいと感じる」「不満だ」ということは自分の好みとして肯定してよいわけです。おかしいと思う必要はありません。

 また、関東風のお店が関西風の味にする義務はありませんよね。関東風は関東風でいいわけです。

 つまり、どちらにも非はない。どちらも悪くない。と同時に、私が不満であることも真実なのです。

 ◎関東風の店はそのままでいい
 ◎関東風の味に不満を感じる自分もそのままでいい

 この2つは両立する

 私の満足のためには、関東風の店をそのまま許し、充足法を自分で見つける
 そのためには自分を満たしてくれるものの本質をよく知らなくてはならない

 このように、どちらに非がない場合でも、不満が生じることがあります。それは、相性が悪いときです。言い換えると、需要と供給が合っていない場合です。

 需要と供給が合わない場合というのは、シャンプーが欲しいのにコンディショナーを買ってきてしまうとか、和菓子が欲しいときに洋菓子しか店にないというようなときです。

 関西風の味付けがいいのなら、そういう店に行けばいいだけですし、和菓子が欲しいなら洋菓子しかない店にいくべきではないですよね。

 ところがです、私が関東風の蕎麦屋に、「あのお、ここのつゆ、味が濃すぎて美味しくないですわ。薄くしてもらえませんか?」と聞いたとしたらどうでしょうか?

 これは越権行為なんです。客が店の味をどうこう言う権利はないんです。まずいなら他の店に行けばいいだけです。料理に虫が入っていたとか、髪の毛が入っていたというような明らかなミスの場合は指摘すればいいですが、その店の基本中の基本である味付けをどうこう言うというのは客の権利を超えています。失礼なことです。多くの人は同意されることでしょう。

 つまり、この店は私の味覚に合ったものを出す義務を負っていない。この店はこの店がいいと思う味付けを一生懸命出すだけでいいのです。私を満足させる義務はないのです。

 では逆に、「こういう味もあるんだから、楽しめないあなたが悪いんでしょ?」と言われたらどうか? それも違うんですね。私が濃い味を楽しめないのであれば、私の求めているものとはズレている。それを認めていいんです。つまり、不満は不満として肯定してもいいわけです。 

 だから、「まずいと思う私がおかしいのかな?」と自分を疑う必要はありません。罪悪感を持つ必要はありません。

 私は自分の不満の責任を負えば済む話なのです。 

 この「自分の不満の責任を負う」とはどういうことでしょうか?

 それはまず、
自分の不満を正しく理解してあげる責任は自分にあるということです。「ああ、私は薄味が好きな人間なんだなあ。関東風のつゆでは美味しいと感じないんだ」と不満の原因を理解してあげることが第一点。次に、不満を解消する方法なのですが、自分の需要に合わない供給をする人を責めないということなんです。蕎麦屋に自分を満足させることを強要しないで、自分を満足させてくれる別の店を探す。それが不満の責任を負うことなんです。別の言い方をすると、自分が満足できるように主体的に動くのは自分だということです。

 自分が薄味が好きだからと言って、濃い味が売りの関東風の店に「味付けを変えてください」と言うのは、自分を満足させてもらうために相手に必要以上の変化を求めることなのです。 

 こういった越権行為を防ぐには、1つのことを弁えておくことが大事です。

 それは「相手に自分を満足させる義務はない」という原則です。

 店は客が満足する味付けを出す義務を負っていません。だから、味が気に入らなかったら、客がその店に行かないようにすればいいだけなのです。店に変わってくれと求めることは、客に尊重が足りないんです。不遜なんです。

 自分が満足できる味の店を探して、そこへ行く選択をする責任は客にあります。これが自分の責任を果たすということです。

 
自分の需要に合った供給先を探して見つけることは、各自の責任であるということです。 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

自分を満足させない伴侶や子供を変えようとするな

 さて、なぜ蕎麦屋の話から始めたかと言うと、おそらく感情の話をするときに理解しやすくなると思うからです。

 私たちは家族に対して不満を持つものです。そして、その不満を解消するために、相手に変わってもらおうとすることが多い。

 それが、料理に髪の毛が入っていたとか虫が入っていたという具合に、明らかに相手のミスであるなら、指摘して変わってもらえばいいです。

 けれど、ここが重要なポイントなのですが、相手のミスでないことについても、「自分が気に入らないから」という理由だけで、相手を変えようとする人も少なくありません。自分の希望に合わせて相手に行動して欲しいし、相手のあり方を操作したいと思う人がいるのです。

 さきほどの越権行為です。

 たとえば、夫が浮気をするとか、子供がニートで家でゴロゴロしているというような例を考えてみましょう。

 夫が浮気をすることに妻が不満であるのは分かります。不満を感じることは肯定していい。また、子供がニートであることに不満を感じるのも分かる。満足しろと言ってもできません。不満なものは不満です。

 ただ問題は、不満の解消を相手に求めて相手は応じる能力と意志があるかです。 

 あなたが妻であって、夫が浮気性だとすると、もしあなたが浮気をしないような一途な男しかパートナーとして望まないという強い気持ちを持っているなら、その満足に向けて自分の人生の舵取りをする責任はあなたにあります

 つまり、この夫と別れて浮気をしない男を探すと言うなら、誰もあなたを咎めることはできません。あなたにはその権利があるのです。

 しかし、この夫が浮気をしないようになる可能性があるから、この人を好きでもあるし、別れたくないと言うなら、浮気を今度したら別れるわよと脅しておいて(笑)、付き合い続けるという手もあります。

 あるいは、浮気をやめられない男ではあるけれど、私はこの男にぞっこん惚れているから、そこは目をつぶるわ、と覚悟してもいい。

 この3つのどれをとるかを決める責任はあなたにあるということです。どれが一番自分にとって幸せかを選ぶ責任は自分にあるということです。

 さて、自分の責任と相手の責任を明確に区別するために言いますが、「夫はあなたの幸せのために浮気をやめる責任などありません」。「え!!??」「そんなバカな!!」とおっしゃるかもしれませんが、夫は浮気をやめる責任はありません。

 夫には実は浮気をやめたくてもやめる能力がないかもしれません。そういう人もいます。「悪いと分かっているけどやめられない」と言う人です。「じゃあ、やめられるようにカウンセリングを受けたら?」と言っても受けようとしない。つまり、変わりたくない人もいるわけです。

 夫に浮気をやめる義務はない。けれど、あなたにそういう男と一緒にいる義務もないんです。夫に浮気をやめる義務はないけれど、あなたと一緒に居続けられる絶対条件が浮気をやめることだと迫られたときに、「お前と一緒にいられないのは耐えられないから浮気を我慢してやめる」という選択を彼はとるかもしれないし、あなたを失ったとしても浮気はやめないとなるかもしれない。それはあくまで彼の問題です。

 ◎浮気をやめられない夫はそのままでいい
 ◎浮気をする男と一緒にいたくないと感じる自分もそのままでいい

 この2つは両立する

 私の満足のためには、浮気性の夫をそのまま許し、充足法を自分で見つける
 そのためには自分を満たしてくれるものの本質をよく知らなくてはならない

 では、あなたの責任とは何か?


 あるがままの現実の相手をよく知った上で、そういう男と一緒に居続けるか別れるかを決めるということです。それは彼には背負えないでしょう? あなたの人生を決める決定権なのだから、あなたにあるんです。これは夫とて両親とてあなたから奪えるものではありません。

 自分の人生を決定する権利は各自にある。それは基本的人権なんです。

 もし、浮気をやめられない彼だけど、一緒にいると決めたなら、彼の浮気を責めることを一切やめなくてはなりません承知の上で関係継続に合意したのですから。

 つまり、関東風の濃い味はまずいけれど、このお店のマスターも好きだし、雰囲気も好きだし、サークルのメンバーはみなここに来るから、まずいのは目をつぶって、この店に来続けると決めたなら、店に対して「まずいまずい」と言うことは金輪際一切やめることが大事です。

 これが「折り合う」ということです。

 でも、お店のマスターも好きだし、雰囲気も好きだし、ここに集う仲間も好きだけど、ここの濃い味のつゆを飲むのは地獄だ。絶対イヤだ。というのであれば、行かなければいいんです。

 その代わり、このマスターには会えないし、ここに集う仲間との時間は持てない。それを呑むということです。

 これが「折り合う」ということです。

 そして、人間が悩んで葛藤するのは「折り合えないとき」なんです。

 ニートの息子が心配だという母親の場合。心配なのは分かるけど、息子なりに一生懸命やっているのであれば、彼の人生の問題を解く責任は彼にありますよね。母親が影響を与えられる範囲は限られている。

 だから、母親である自分は一体何が不満なのかを見つけてみる必要があります。 

 問題は「なぜこの母親は息子と折り合えていないのか?」なんです。

 仕事をしたくても探して来られない。対人恐怖があって人間関係もうまくいかず、仕事をすぐ辞めてしまう。そういう息子は息子で辛いんです。変わりたくても変われない自分に悩んでいるんです。

 それを親が見て、不安だ不安だと言うには、何か隠された事情が親側にあるのだろうということです。

 「息子をどうにかしてくれ」というエネルギーで親が来られたときには、私は息子の問題を考える前に、母親の心理的問題を考えます。

 このお母さんが本当に悩んでいるのは何だろう?

 息子がニートだから悩んでいるように表面的には見えますが、実際は違うんですね。ニートの息子を見ていて心が安らかでない理由は、母親の奥にあります。

 それを明らかにしていって、母親自身の人生の課題に直面してもらうのが私の仕事です。

 「息子さんがニートであることが、お母さんにとってどのような不都合を生んでいますか?」と問います。

 すると、最初は「だって、このまま働かないで人生終わったら彼が可哀想でしょう」というようなことを言います。

 つまり「このままだと息子が困る」という言い方をされるんです。

 この段階では、この母親はまだ息子に自分の感情の責任を負わせています。お分かりでしょうか? 「息子さえ変われば私は安泰だ」というのは、関東風の店に「私の味覚に合った関西風のつゆにしてくれたら私は嬉しい」というのと変わらないんです。 

 ところが、本人はそれほどおかしなことだと思っていない。親として息子を心配するのは当然だぐらいに思っている。だから、ややこしいんですね、心理的問題というやつは。

 この母親は息子のために心配しているのでは、決してありません。しかし、それを認められません。それは、
自分の問題に気づきたくないからなのです。 

 
息子によって刺激されている不安などのマイナス感情は、実は直面するのをこれまで避けて来た自分自身の不満なんです。

 その「母親自身の不満感情」を認められるところまで行くと、大きな成長です。

 働かない息子を見ていて「実際にはどんな感情になっているのか」が分かれば前進です。 

 「ニートの息子を見ていて、どんな気持ちになるんですか?」と私は問います。

 「不安になります」と答える。

 「何が不安ですか?」と問う。

 そして、そこで本音を言えるかどうかが勝負なんです。 

 「息子の将来が不安」というのはマスクなんです。本当の感情ではない。 

 そう言えば息子に変化を求めることを正当化できますから。

 本音を言ってしまったのでは、正当性が失われます。

 ここが母親と私の勝負になります。

 「本当に不安なのは、息子さんの将来ではありませんよね?」と私が迫る。

 そうすると、「なんでお母さんの言うとおりにしないのよ」という息子への怒りとか、「夫は私にこれっぽっちも協力してくれていない」という夫への怒りとか、「息子の世話をするのはもうたくさん」という嫌悪感などが出てきます。

 これらの本当の感情が、母親の心が安らかでない理由なんです。 

 関東風の店に入って「まずい」と感じたとき、
自分の不満の原因が「関西風の味が好きだからだ」と明確に理解できるなら混乱はありません。 

 ところが、自分が求めているもの(=関西風の味)に対して無自覚だったとしたら、関東風の味を口に入れたとき、「訳も分からなく不満になってしまう」という苦しい状態になります。そして、「なんでこんなまずいものを客に出せるんだよ」なんて店に言ってしまうことになる。 

 そして、ニートの息子を見て「訳も分からなく不満になってしまう」という母親は、自分の本当の満足が何なのかが分かっていないんです。 

 おそらく、この母親は自分の感情や欲求に触れて生きて来なかった。自分は関西風の味が好きなんだと気づいて生きて来なかった。そして、不満になるたびに相手を変えようとしてきた。あるがままの息子の心も知らないし、自分の心も夫の心も知らない。触れていない。そういうことじゃないかしら?

 こういう母親がやって来たとき、私の仕事は、彼女の「本当の感情」を紐解いて、本人が自分を理解できるようガイドすることです。

 「息子にはお母さんの言うとおりにして欲しい」「夫には協力して欲しい」「息子の世話はもうしたくない」、これらはすべて本当の感情です。けれど、一番深いところにはまだ到達していません。

 「息子に言うとおりにして欲しいというのはどういうことかしら?」「もしそうしてくれたら、なぜ嬉しいの?」とさらに深く心を見つめていきます。 

 こうやって、心の階段をどんどん降りていくと、母親自身が認められなかった深い感情が表に出てきます。そうすると、母親は以前よりずっと自分自身を深く理解します。そうすると、不満の原因は「ニートの息子」などではなかったと悟ります

 自分のこれまでの生き方なんです。

 相手に不満になるのは、自分の人生の選択に不満なときです。 

 自分の人生の課題に向き合えば、息子や夫の問題は自分を動揺させなくなります。「それは夫の問題だ」「息子の問題だ」と言えるようになります。

 私たちは自分の問題に気づかず、自分自身の課題に向き合っていないとき、それによって生じる不満を相手のせいにしてしまいます。つまり、自分が気持ち悪いのは「相手のせいだ」という感じ方にどうしてもなってしまう

 それが、「自分の感情を相手のせいにする」という現象です。「自分の感情に自分が責任を持つ」とは、自分の感情と自分が求めている満足について自分を深く理解し、その充実に向けた選択をすることにおいて、自分が責任をとることなんです。

 自分の感情に気づくこと、それが責任を果たす上での第一歩です。
 
 ◎ニートの息子はそのままでいい
 ◎ニートの息子を見ていて「訳の分からない不安」を感じる自分もそのままでいい

 この2つは両立する

 私の満足のためには、ニートの息子をそのまま許し、充足法を自分で見つける
 そのためには自分を満たしてくれるものの本質をよく知らなくてはならない

ハーバードの脳神経外科医が「天国はある」と証言


 今日ご紹介する本は、アメリカの脳神経外科医であるエベン・アレグザンダー著『プルーフ・オブ・ヘヴン』(早川書房)です。

 全米で200万部を超え、NHKスペシャルにも登場しました。

 著者自身が「臨死体験」をしたときのことを基に、「あちらの世界」について詳しく語っています。書名の『プルーフ・オブ・ヘヴン』とは「天国(の存在)の証拠」というような意味です。

 次に引用するのは、本書中に書かれた言葉です。著者の言葉ではなく、引用されたものですが、内容が素晴らしいのでご紹介します。

 人間の神秘性は、精神世界のすべてをニューロン活動のパタンにより究極的に説明できると唱える科学的還元主義によって信じられないほど品位を落としてしまった。この還元主義的信念は迷信の部類に入れられて然るべきである。われわれは自分たちが精神世界に存在する霊魂を持つ精神的な存在者であり、かつまた物質世界に存在する体と脳を持つ物質的な存在者であることを認識しなければならない。

           サー・ジョン・C・エックルス(1903〜1997)
            『脳の進化』伊藤正男訳

家族やグループのアンバランスを是正する人

 人間は相手の無意識に反応するものです。無意識とは当人が本当に感じているのに気づいていない隠れた本心のようなものです。意識的に相手に見せる姿とは違う、奥の本人のことです。

 たとえば、世間体を気にする夫婦がここにいたとします。夫の両親と同居している伝統的な家庭です。両親も本心を隠して外面がよいし、それに合わせるように若夫婦も外面がよい。全員、無理して立派な家族を演じている。本当に心が触れているわけではない。

 両親も若夫婦も、同じ生き方において同調しているので、誰もそれを正そうとしないし、こんなものだと受け入れている。変わる意志は誰にもない。

 そういう家族にとても繊細な子供が生まれ、両親と祖父母の心理的病理を感じないわけにはいかない。誰も言わないけれど、この子は「何かおかしい」と感じている。

 母親は笑っているけれど、幸せそうではないのが体で伝わってくる。

 そして、とうとうこの子は不登校になる。あるいは鬱になる。引きこもりになる。

 この繊細な子は、家族全員の「シャドー(影)」を担当したのです。本当はひとりひとりが気づかなくてはならないのに、誰も意識しようとしない暗部。それを見せるために、この子が全員の病理を抱えるのです。

 この子は、両親や祖父母のように、いい顔をして表面的な幸福を装うということがとてもできない感性の鋭い子です。両親や祖父母のように、自分を偽って、自分を裏切って生きるなどということが到底できない。それほどの素直な子です。

 この子が、家族が認めることを拒否している暗部を代表するのです。

 家族は慌てます。「あら、息子が不登校になってしまった」「孫が引きこもりになってしまった」「世間にはどう思われるだろうか」と反応します。

 この子を社会に一生懸命適応させようとします。自分たちが自分に対してしてきたように。

 ところが、それではこの子は一向に良くならない。

 この子が問題なのではなく、家族が問題なのだと気づくまでは、解決はできない。

 この子は家族のアンバランスを照らし、是正するためにやってきた教師なのです。人生の全く違った喜びを教えてくれる教師なのです。この子からこの家族は学ぶことが大きい。

 このように、家族やグループに、みんなに合わせられない毛並みの違う人が出現したら、おそらくその人は、全体のアンバランスを構成員に気づかせる役割を担っています。

 その「異分子」を「問題児扱い」しているあいだ、その集団は健全化できません。しかし、その「異分子」から学ぼうとすると、その集団全体が育ち、新しい秩序が生まれます

 このように、1人だけ毛並みの違う人を、英語では "black sheep" と言います。白い羊たちの群に、一匹だけ「黒い羊」がいるんです。調和しない一匹がいるんです。

 その「黒い羊」は、群のアンバランスを是正して、ひとつ上の調和レベルに誘ってくれる貴重な存在なのです。

 外向的な人ばかりの家族に、ひとりだけ内向的な子供が生まれる。

 スポーツ選手ばかりの家族に、ひとりだけ文系の子供が生まれる。

 体制順応的な人ばかりの家族に、ひとりだけ反体制的な子供が生まれる。

 性的なものを否定するストイックな人ばかりの家族に、ひとりだけ開けっぴろげなセクシュアリティーの子供が生まれる。

 「ブラック・シープ」の恵みを是非活かしてください。人生がずっと広がります。
 

10の祈り

 私が考案した1つのスピリチュアルな実践をご紹介します。

 もし心に響いたらやってみてください。 

 以下に10のアファメーションを書いてあります。1つずつ心の中で味わいながら唱えてください。お好きな回数で結構です。10すべて唱えてもよし、特に好きなものがあればそこに集中しても結構です。

 これは浄化にも使えます。たとえば、1番の「私は私を無条件で愛します」を唱えると、これに反したマイナス波動が浮上してくることがあります。そして気持ち悪くなるのです。自己嫌悪とか罪悪感など、この高い波動に抵抗するものが心の中で明確になるのを助けるのです。

 そうしたら、「これ(このアファメーションのこと)に対抗する、私の中にあるすべての波動を手放します」と唱えてください。お好きな神様や天使、あるいはハイアー・セルフと繋がりながらやってもいいですね。

 10すべてを唱えて(声に出しても出さなくてもよい)、それぞれについて「対抗波動」を手放すと宣言するのは、非常にパワフルな実践となります。

 心身が清められて、波動が上がる実感を持たれることと思います。またハートに愛と智慧が強化されて流れ込み、心身が温かく感じられる人もいるでしょう。生命力が活性化されて元気に感じるでしょう。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

1.私は私を無条件で愛します。
2.私は宇宙の大事な大事な一部分です。
3.私はあらゆるものに祝福されています。
4.私の中には人を愛する能力があります。
5.私には自分にふさわしいものを見極める能力が備わっています。
6.私は本心で願ったことを成就することができます。
7.私はあらゆる経験から学びます。
8.私は永遠に進化発展し続けています。
9.私はいつも大いなる力に守られています。
10.私が真に必要とするものはすべて与えられています。

☆これに対抗する、私の中にあるすべての波動を手放します。

 

1つの組織、1つの教え、1人の指導者に自分のすべてを託さない

 久しぶりにシルバーバーチの本を読んでいたら、次のようなくだりを見つけました。

たった一冊の書物、たった一つの宗教、たった一人の指導者ーーそれが地上の人間であっても霊界の存在であってもーーそういう限られたもの に自分のすべてを託してはいけない、それよりも神の摂理に従順であるように心掛けなさい・・・(省略)

            『シルバーバーチの霊訓(十二)』p. 18

 これは主に宗教について述べられた教えですが、会社や国や民族への帰属意識にも同じことが言えると思います。

 たとえば、自分の会社に奉仕するという考えはよいけれども、それはあくまで社会全体、もっと言うと命あるものすべてに仕える方法としての会社なのです。

 会社を絶対化して、社会や他の生命と敵対してはあべこべです。

 日本という国や日本人という民族を考えるときにも同じことが言えます。日本や日本人を大事に考えるのは日本人として当然のことです。しかし、日本を絶対化しないように注意しなくてはなりません。日本人であることによって、人類全体に対して仕えるという意識をもっていないと間違えます。

 日産とかトヨタの社員として会社の繁栄に仕えるという目的以上に、心の中に、人々の交通手段やレジャーや豊かさや安全に貢献したいというような「もっと大きな目的」「公の利益」に対して自分を活かしているのだという意識が優先的に存在しなければ、会社の保身体制に自分が組み込まれて、低次元の人生になってしまいます。

 キリスト教徒や仏教徒として生きるのはよいけれど、自分の宗教を絶対化して、他の宗教ではダメなんだと思っていると間違えます。宇宙というのは、いろんな人間を救うために、いろんな指向の教えを地上に広めているものなのです。 

 自分の宗教以外からも是非旺盛に学んでいただきたい。

 ピアニストがいくらベートーベンが好きだからと言って、ベートーベンしか弾かないというのはもったいない。ベートーベンを絶対化して、他の作曲家は全部ダメだなんて言うのは極端だと皆さんお思いになるだろうと思います。ショパンもシューベルトもラヴェルも、それぞれ独特の美しさがあるのに、楽しまないのはもったいないことです。

 宗教も職業も民族もこれと全く同じだと私は思います。 

 一人の先生、一人のグル、一人の教祖を絶対化するとおかしなことになります。愛や智慧が一人の人間に限定されてこの世に出てくるということは決してありません。

 あらゆるものに大霊の力が宿っています。いくら優れた指導者であっても、いくら素晴らしい教えであっても、他のすべての存在や教えを不要にするほど偉大な存在はひとつとしてありません。それは釈尊やイエスでさえそうなのです。

 神の恵みと啓示は、あらゆる場所であらゆる形をとって人々に届くのであるということを弁えて、ひとりひとりが自分の道を歩むべきです。

 それぞれのものは「全体」に奉仕しているということを常に念頭に置いて、それぞれの形あるものを大事にすれば間違いありません。

1つの民族を絶対化しない
1つの宗教を絶対化しない
1つの組織を絶対化しない
1つの感性を絶対化しない
1人の指導者を絶対化しない 
あらゆる恵みを認めるのが謙虚さ
すべては「いのち全体」に奉仕している
 

PSYCHIC & SOUL FRAGMENTATION

 "fragment" とは「破片」とか「断片」という意味です。

 たとえば、お皿を床に落としたとき、30の破片に割れてしまった。本来「ひとつ」にまとまっている「お皿」という存在が、30の「ピース」に分裂したわけです。この「ピース(piece)」が "fragment" なんです。

 実は、人間の精神(psyche)も、このお皿のように「ひとつ」のまとまりから多くの「フラグメント」に分裂することがあります。

 分裂して複数の「破片」になることを "fragmentation" と言います。

 「精神が分裂する」という現象は、精神病とまで行かない一般人の間でもかなり頻繁に起こっています。たいていの人は、多少の「精神的な分裂」を抱えているものなのです。

 ただ、それが極端にひどくなったケースを「統合失調症」(以前は「精神分裂病」と呼んだ)と言います。「多人格障害」なども重度の「精神的な分裂」によるものです。

 ここでは、「病気」と診断されるレベルに至らない軽度のものも含めて、「精神的な分裂」という現象の原因と対処法についてお話ししたいと思います。

なぜ精神は分裂するのか

 物質的な科学者にとって、精神は脳や神経の中で起きている現象です。ところが、本来の「精神」とは意識をもった精妙なエネルギーなのです。

 そして、何か精神的なトラウマを経験すると、このデリケートなエネルギーがショックによって分裂してしまうことがあります。

 肉体がバラバラになってしまっては生きていけません。胴体が真っ二つに割れたり、首から上が切れてしまうなどということが仮に起きたら、死んでしまいます。肉体が分裂して生き続けるということは不可能です。

 ところが、精神が分裂しても死なないんです。生きていかれるんです。 

 さて、まだ「精神が分裂する」とはどういうことを指すのか、説明をしていませんね。肝心なお話を今からしたいと思います。

 精神を1つの「お餅」だとイメージしましょうか。何か耐え難いことが起こると、ショックでこの「お餅」が2つに割れてしまうわけなんです。

 肉親の死だったり、両親の離婚だったり、いじめだったり、病気や怪我だったり、虐待だったり、人前で恥をかくことだったり、多種多様な経験があり得ます。 

 「お餅」が1つのままでいるには、辛いことがあっても自分の中で収拾がつく程度でなくてはなりません。「まあ、この程度のことは人生にはあるさ」と思えれば、体験を受け入れることができます。

 でも、その人がとてもとても受け入れられない経験をすると、自分で説明をつけて受け止めるなどというレベルを超えています。すると、その体験をしたこと自体を否認しないと精神が保てないということもあり得るのです。 

 ものすごい恐怖を味わったなどというとき、それは本人の消化できる能力を遥かに超えている。そうすると、その恐怖を味わった精神の部分が、いわば切り離されてしまうんです。 

 「お餅」がトラウマ体験をした A という部分と、それ以外の B という部分に割れてしまって、A という部分が忘れ去られるんですね。そうすると、その人はその時点から B という部分だけで生きていこうとするわけです。A という自分はなかったものとして処理しないと生きていけないんです。A と B が断絶されて、A は無意識に抑圧されます。 

 これは精神医学での通常の説明のしかたに近いと思いますが、エネルギー的に見ると、トラウマ体験で実際に起きていることは、「お餅が2つに割れる」という程度ではなく、「10にも20にも分かれてしまう」というのに近いことがあります。

 つまり、お皿を落としたときのように、多くの破片に分裂してしまうこともあるのです。

 ということで、精神の分裂はショック体験によって起こるということがお分かりいただけたでしょうか。 

精神の分裂はどのような症状を生むか

 ほとんどすべての人間は多かれ少なかれ精神の分裂を抱えています。病気のレベルだと認識されないだけです。

 つまり、私のメッセージは、この現象は統合失調症に悩む人だけの特別な問題ではないよということなんです。

 たとえば、親に甘えられなくて大人になった情緒的未成熟な人が、思い通りにならない妻にいつも怒っている。この人の中にも精神的な分裂があります。

 精神的な分裂があるということはどういうことかと言うと、「自分がアクセスできない断絶した意識がある」ということを意味するに過ぎません。 

 このような男性が、たとえば「インナー・チャイルド・ワーク」をすると、「ああ、僕は母親に愛されていないと感じて辛かったんだ」という感情に到達することがあります。

 幼少期に母親との関係で苦しんだ意識が、自覚できないほど断絶されて潜っていたんです。これは精神的な分裂そのものです。

 このような分裂があると、たとえば妻への投影という形で現れます。本当は母親への不満が無意識にあるけれどアクセスできない。それが、目の前にいる妻への不満という形で体験されるんです。 

 この程度だと精神病とは認定されません。もっとひどくなると、周りに誰もいなくても「いつも誰かが私を見張っていて殺そうとしている」と感じてしまったりします。そして、日常の行動がとれなくなってしまう。幻聴まで聞こえる。ここまで行くと精神病です。

 程度の差はあれ、共通しているのは、分裂して自覚のないほうの意識は、満たされることを求め続けるということです。言い換えると、癒されることを強く要求し続けるわけです。

 ところが、問題なのは、
自分の中から原因の分からない不満と癒されたいという強い衝動が起きてきて、うまく対処できなくなってしまうことです。本人がアクセスできない意識が自分の中で泣き叫んでいるようなものなのです。これはとても辛いですね。

 意識の断絶がありますから、意識で自分の感情を理解しようとして意味づけをするとき、正しく認識できないんです。

 軽度の男性の場合だと、本当は母親に愛されなかった不満なのに、その体験と断絶していますから、目の前の妻がもっと自分を大事にすべきなのにとなってしまう。

 重度の患者の場合だと、本当は幼少期の恐怖体験から癒されたいのに、周囲に自分の命を狙っている不審者が見張っている、それを何とかして欲しいと認識してしまうんです。

 つまり、軽度・重度の差はあれ、共通しているのは、精神の断絶があると、現実を正しく認識できる能力が妨げられてしまうんです。そして、外の世界で起きていることを間違って読んでしまうんです。 

分裂を癒して統合する

 精神的な分裂を癒すということは、トラウマ体験を癒すということに等しいと考えて差し支えありません。

 精神をトラウマ以前の「ひとつ」のまとまりのある状態に回復させてあげることがセラピーの主眼となります。 

 お皿や肉体がバラバラになってしまったのを「ひとつ」に繋げるのは大変です。けれども、精神がバラバラになったのを「ひとつ」に繋げるのは技術的にはそれほど難しいことではありません。

 精神は精妙な意識エネルギーなので、ボンドも手術も必要ないのです。

 意識の断絶を癒しさえすれば、くっつくんです。

 しかし、問題が2つあります。

 1つ目は、くっつける意識の断片を探してきて特定しなくてはならないということ。2つ目は、意識の断片を統合するとき、トラウマの再体験という辛い関門を通り抜けなくてはならないことなんです。 

 この2つの作業をガイドするのが私たち心理職の人間なわけです。 

症状が失われた断片への入り口

 有り難いことに、失われた断片を探すのを大きく手伝ってくれるものがあります。それは、その人の症状そのものです。

 たとえば、妻に怒ってばかりいる男性の場合ですと、妻への不満や怒りの元を辿っていくだけで、幼少期の母親への不満に行き着くことができます。 

 統合失調症の幻覚がある人ですと、幻覚によって感じる恐怖の感情の元を辿っていくだけで、最初の恐怖体験の記憶へと行き着くことができます。 

 断片は統合されたがっています。そして、様々な症状という形を通してずっと語り続けているんです。 そう、症状は敵ではないんです!味方なんです!

 症状を叩いてはダメなんですね。症状に近づいて、親しくなって、本来の姿に戻してあげる。それがセラピーになります。

 ですから、統合へ向かう道のりは、基本的に症状の奥にあるものと対話を続け、その内容をより正確に本人が理解できるように進むことなんです。 

 分裂とは「コミュニケーションの断絶」を意味します。そして、回復の道は断絶を解いて、繋がりを取り戻すことなんです。 

 「母親に愛されなかった辛さ」を理解して感じてあげればあげるほど、この男性は妻への怒りを癒していきます。

 幼少期の恐怖体験をした自分の気持ちを思い出して癒してあげられればあげられるほど、幻覚はなくなっていきます。

 小さい頃に経験した耐え難いトラウマを、大人になった今、より強い自分としてもう一度受け止め直すことができれば、もう分裂によって自分を守る必要がないレベルにまで自分を引き上げてあげられるわけなんです。 

 このようにして「ひとつ」である統一性を精神が取り戻したとき、トラウマを乗り越えたのです。

薬物療法について

 症状に悩まされ日常生活が送れない場合、薬物療法によって症状を緩和するというやり方があってもいいと思います。

 いいと思いますが、薬を使って症状を緩和するということは、統合されたがっている断片のニーズには応えないまま、訴えかけている声を消すということをやっているのだと理解しなくてはなりません

 統合という根本的解決への道のりにおいて、ある程度の症状軽減のために薬を使うことは認めてよいのではないかと思います。

 けれども、薬を使うことには副作用もあります。そして、薬は根本解決にはなりません。

 そのことを理解した上で、かかりつけの心療内科医や精神科医が、本当の解決へと導いてくれる人なのかを見極める必要があります。

 根本解決を諦めて、対症療法に徹している医師もいるかもしれません。

 そこを見極めるのは、消費者である患者の責任です。

 ご自分の納得できる治療の道を賢く選択してください。

Soul Fragmentation(魂の分裂)について

 ここからは通常心理学や精神医学を超えた話になります。スピリチュアルな次元の話です。 

 実は、もっと大きなスケールのことも起きています。これは輪廻転生を視野に入れた、魂の旅路の全体を見渡した話です。

 人間の精神の根底には、魂の経験が横たわっています。

 魂レベルでの苦悩や未解決の問題が、表面の精神的・心理的な問題として現れているのです。

 そして、実は分裂という現象は、心理レベルに留まらず、魂レベルでも起きているのです。 

 ここからは、心理学の範疇を超えて、スピリチュアリティーになります。

 前世で消化されなかったトラウマによって、魂が分裂したままでいる。そして、そのことが今世の様々な苦悩として姿を現しているのです。なので、今世の人生の苦悩を解くことで、魂レベルでの統合も起きてきます。 

 1つ例を挙げますと、今世で対人恐怖症の人がいたとして、幼少期を辿っても完全に治らない。怖くて人前に出られないし、仕事に差し支える。不安で眠れないこともある。なぜかさっぱり分からない。「インナー・チャイルド・ワーク」もするけれど、良くならない。こういうこともあるんです。

 そうすると、この人の恐怖の根っこは、幼少期よりもさらに深いということなんです。前世で迫害にあった、殺された、監禁された、村八分に遭ったなどの「統合されていないトラウマ体験」があって、癒されていないんです。 

 こういう場合どうするかと言いますと、前世の意識の断片と繋がって、断絶を癒すんです。繋がりを取り戻すんです。そして、前世のトラウマを再体験してもらって受け止める。そうすると、統合されていきます。 

 今世の
精神としての統一性に至るだけでなく、前世をも含めた魂としての統一性にも至るわけです。

 魂がすべて統一されて「まん丸」になった人は、悟りに至るのだと私は思っています。

 私たちが歩んでいる霊的な道は、Journey to Wholeness(十全性への旅)なのです。その過程で、迷子になっている自分の断片とすべて再会するのだと思います。 
 

境界線とは「これが自分だという感覚」

 健全な人間関係に取り組んでいる人は、「境界線」という言葉をご存知かもしれません。

 「境界線」を守るとか主張するという前に、まず「境界線」を自覚することが大事です。

 主張するにも「境界線」が何かを知らなくてはできません。

 「境界線」とは「これが自分だという感覚」のことです。

 友達が「パーティーに行こうよ」と言ったとき、「私は行きたくない」と感じたとしましょう。すると、この場合「私は行きたくない」という気持ちが「これが自分だという感覚」そのものなのです。

 親が「牡蠣は美味しいだろう?」と言ったとき、「私にはまずい」と感じたとしましょう。すると、この場合「牡蠣はまずい」「私は牡蠣が嫌いだ」という気持ちが「これが自分だという感覚」そのものです。

 「私はパーティーに行きたくない」と感じることが自我感覚そのものです。友達とは違う自分自身の感覚ですよね。それから「牡蠣はまずい」と感じることが、自我感覚そのものです。親とは違う感じ方をしている自分がそこにいます。

 自我感覚は自分の好き嫌い、やりたいやりたくない、満足不満足を感じることそのものです。そして、それが「境界線」なのです。

 「境界線」を主張するということは、「私は行きたくない」と伝えることを指します。「私は牡蠣が嫌い」と表現することを意味します。

 「境界線」を侵されるということは、「私は行きたくない」という気持ちを無視したり、否定することです。「牡蠣は嫌い」という気持ちを非難したり、笑いものにすることです。

 「境界線」の侵害を長らく許していると、自分の「境界線」に意識を向けない状態が習慣化して、「境界線」が分からない麻痺状態になっていきます。

 守るとか主張するという以前に、そもそも「境界線」が何なのかさえ分からなくなる。自分の好き嫌いや何を欲しているのか、何を喜びと感じるのかという感覚が掴めなくなるのです。

 こうなるとかなり深刻な問題です。

 もう一度ゼロから自分の感覚を取り戻さなくてはなりません。

 すべてをもう一度発見するつもりで、食べ物1つ1つを口に入れて、「私はこれが好きか、美味しいと感じるか」「それとも嫌いか、まずいと感じるか」と問うて、感覚を確かめてください。

 「まずい」と感じたら、それが「境界線」です。それが「自分という感覚」なのです。

 テレビ番組を見て、「私はこの番組を面白いと感じるか、つまらないと感じるか」と問うて、感覚を確かめてください。

 この「感覚を確かめる」という部分が、「自分」を教えてくれます

 「ああ、私ってこういうものが好きなんだ。こういうものは嫌いなんだ」と分かる。

 それが「境界線」がちゃんとあるっていうことなんです。

 風が吹いてきて頬に当たったら、「気持ちいいか? 気持ち悪いか?」と問います。鳥の鳴き声がしたら、「気持ちいいか? 気持ち悪いか?」と問います。「好きか? 嫌いか?」でもいいです。

 こうやって「感覚を感じる」ようにすればするほど、あるとき苦しくなってくるはずです。

 というのは、そもそも自我感覚(=境界線)に意識を向けなくなったのは、「感じる辛さから逃れたい」と思ったからなんです。

 つまり、感じたくない不満のマイナス感情が意識の奥に蓄積していて「心の膿」になっているんです。 

 「これが自分だという感覚」を取り戻そうとするということは、これまで感じたくなくて避けて来た「自分の本当の感情」にも向き合わざるを得なくなるんです。 

 風を感じたり、鳥の声を感じたりして、「好きか嫌いか」と問うていくうちに、
ただただ辛くなるかもしれません。そういうとき、失敗しているのではなく、実はよい方向に行っているということを忘れないでください。

 この「辛い」という感情が、実はあなたの「境界線」そのものなのです。 

 
「どう辛いのか?」と問うて、その感情と対話してください。 

 それは絶望感かもしれません。自己嫌悪かもしれません。深く傷ついているのかもしれません。孤独なのかもしれません。

 淋しいという感情だともし分かったら、
「私は淋しいと感じている」と認めてあげてください

 それが
この瞬間の偽らざる正真正銘の「あなた」なのです。今まさに生きている「素のあなた」なのです。

 これまで満たされて来なかった「心の繋がりのニーズ」「尊重のニーズ」「愛のニーズ」が「心の膿」として溜まっています。

 これを感じていくプロセスは辛いだろうと思います。けれど、この「心の膿」を浄化していく作業を通して、心は健康を取り戻していくのです。 

 ですから、本気で心を癒したいと決意するのであれば、「病んでいる感情」を癒す作業を続けていってください。良いカウンセラーやヒーラーを見つけて支援してもらうのがよいでしょう。

 短絡的に薬で症状を緩和することに偏り過ぎると、「心の膿」をさらに抑圧してアクセスできなくしてしまいます。表面的に感じなくて済む「疑似平安」を作り出します。それは根本解決にはなりません。ですから、「心の膿」を感じては出していく作業を熟知しているエキスパートを見つけて、二人三脚で進めていくことをお勧めします。 

 自分ひとりでワークを進めていくことも不可能ではありませんが、余程の心理学やヒーリングのセンスがある人でないと無理です。大部分の人には、サポートを得ながら進めることをアドバイスします。
 

あなたは何にコミットしているのか

 「コミットする(commit)」というのは、「何かを大事にすると誓う」というような意味です。「誓う」と言っても他人に建前で「誓う」というのではなくて、本音で自分の内面において「誓っていること」が重要になります。

  たとえば、人前では「子供には好きなようにさせるのがリベラルで良い子育てだ」という意見を表明している人であっても、本音では「高学歴で社会的評価が高い仕事以外には絶対つかせたくない」と思っているかもしれません。この親がコミットしているのは「社会的評価の高さ」であり、それがこの人のいわば宗教のようなものです。毎日拝んでいる「ご本尊」が「社会的評価の高さ」なんです。

 これが最も大事なものですから、これに反するものは徹底的に排除しようとするのは言うまでもありません。

 この人にとっては、キリスト教徒にとってのイエス様のようなものが「社会的評価の高さ」なんです。

 恋愛関係や夫婦関係においても、「自分はいったい何にコミットしているのか?」と問うてみると、自分の本心がよく理解できてくるかもしれません。

 私たち人間には、たとえ宗教的信仰がなくても、何らかのものを信仰しています。それが世俗的価値であるかもしれないというだけです。

 「とにかくお金がすべて」という人は、「お金」にコミットしています。

 正直であることも大事かもしれない、親切にすることも大事だろう。でも、やっぱりお金が一番物を言うし、結局お金で買えないものはない。このように思って「お金」を「ご本尊」にして生きている人は、「経済的豊かさにコミットしている」のです。 

 そして、他のあらゆるものは、それに準じるものとして位置づけられます。

 さて、自己実現をして充実感を感じるには、「魂がコミットしていること」と「人格がコミットしていること」が一致する必要があります。

 私たちは生まれて来たときに、すでに魂には目的が明確にあります。ところが、人格のほうは記憶を失っています。魂として目覚めなくてはなりません。人格のほうが魂とはずれたものに価値を見出し、それを追いかけているとき、この人はまだ自分の魂の目的に覚醒していません。すると、どれだけその道を歩んでも心底満ち足りることがないのです。

 虚無感になります。そうやって必要に迫られて内面を深く掘り下げていく。そうすると、自分の魂を発見します。「あ、そっかあ、私はこのために生まれて来たんだ。これが私の使命なんだ」と分かるときがくる。

 そうすると、「魂レベルでコミットしていること」と「人格レベルでコミットしていること」が全く同じになるんです。この人は、霊的に目覚めた地上人間として、この世に魂の目的を成就させていきます。

 自分をもっとも充実感で満たしてくれる「コミットすべきもの」を特定できたのです。

 そうすると、この人はもう「私は何のために生きているんだろう?」という問いを必要としなくなります。答えがはっきりとしたのであり、その答えはこの人の生き様によって創造していくものなのです。 
 

繰り返すマイナスパターンに3つの対処法

 これは実はみんなそうなんですけれど、同じようなマイナスのことが何度も繰り返して起こるという現象に出会うんです。

 「あれ? 前にもこんなことがあったな。なんでいつも私はこんな感じになるんだろう?」と悩んだときにできることをお伝えしたいと思います。 

 何度も何度も同じ苦しい目に遭うというのは、ホントに辛いことです。なんか宇宙に見離されているような気分がするものです。呪われているのかななんて思ったりして。

 私にも何度もそういう経験はあります。

 繰り返し繰り返し起こるパターンというのは、実は自分の中に癒されたがっているものを表してくれているんです。そう、癒しを求めて起こるんです。そこを間違えなければ、解決に向かえますので、癒しの目的があるんだということをまずは考えてください。信じられないかもしれないけれど、今のところは「ひょっとしてそういう可能性もあるのかもしれない」ぐらいでいいです。

 騙されたと思ってついてきてください。(笑)

 さて、あなたのパターンは何かということなんですが、外の世界で起きる出来事のほうじゃなく、「どういう気持ちになるか」が重要です。

 たとえば、いつも別に女を作ってしまう男ばっかりとつきあってしまうというような、外側の形として起こる現象は横に置いておいてください大事なのは、「内面で何を感じているか」なんです。

 別に女を作ってしまう男とつきあうと思ったとき、「私は幸せになれないのかなあと絶望的な気持ちになる」としましょう。それが毎回感じることだと。

 そうすると、自分の中に「私は幸せになれない」という気持ちが繰り返し繰り返しパターンとして生じてくるということです。

 ということは、この人の中に「自分は幸せになれない」という思いがとても深〜く根を張っていて、それが癒されたがっているということなんです。

 辛いのは「自分は幸せになれない」と強く深く思っているからなんです。

 そして、ここが大事なところなんですが、自分の中に根を張っている「自分は幸せになれない」という気持ちを癒して解決してあげれば、同じような出来事が起こらなくなるということです。

 つまり、別に女を作ってしまう男ばかりを引き寄せているのには、プラスの理由があるんですね。

 別に女を作ってしまう男ばかりとつきあうから「自分は幸せになれない」という気持ちが生まれると思っている人が多いのですが、実は逆さまなんです。

 出来事が感情を生むのではなく、感情が先にあって、それを刺激するために出来事が起きてくれるのです。

 宇宙というのは不思議なもので、常に自分の成長と幸福のためにベストなものを与えてくれます。例外はありません。

 とても不愉快なものであっても、それが自分のところに来たということは、後々考えるとそれを通っておいた方がずっと成長できて、幸福になれるということなんです。

 宇宙は出来事を通して語ってくれているんです。そして、その「宇宙のことば」を理解することが大事なんです。

 宇宙というのは辛いことであっても、その人を苦しめるためだけの経験というものは与えません。必ず、その経験がその人にとって必要である、そういうものしか与えません。

 ということは、重要なのは、自分が与えられた経験の中のプラスに気づいて活かすことなんです。

 同じマイナスパターンが起こるということは、「何かに気づいて」ということです。「それに気づくことで、大きく羽ばたけるよ」ということなんです。

 さて、もう一度言いますが、何が起こるかという外側の出来事よりも、内面の感じ方に意識を向けることが大事です。

 つまり、「自分はどのように感じることが多いか」ということです。

 「いつも私は被害に遭う。守られていないと感じる」のかもしれません。「私は何をやっても認められない。承認されないと感じる」のかもしれません。「私は自分が大嫌いだ。存在している意味が分からないと感じる」のかもしれません。「私はいつも見捨てられる。繋がってくれる人がいないと感じる」のかもしれません。

 人によって様々です。

 まずはご自分のパターンが何か、大雑把でもいいので掴んでください。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「手放す」「共感する」「掘り下げる」の3つ

 さて、自分の「感じ方」のパターンに気づいたら、それを溶かしていけばいいのです。 

 多くの人は、外の状況に意識を向けて、現状を変えようとします。「なんで別の女のところに行くのよ!」と男を責めるとか。

 でも、この男は自分の内面の鏡映しなので、鏡を責めてもだめです。内面が変われば男が変わるか、別の人が現れます。鏡に映った「私は幸せになれない」という気持ちのほうを変えましょう。 

 さて、この男に意識を向けるのではなくて、自分の感情のほうに、つまり内面の奥に向かって意識を向けます。

 「感じ方」のパターンを溶かすには、3つの方法を併用します。「手放す」「共感する」「掘り下げる」の3つです。

 ☆手放す Release
 ☆共感する Empathize
 ☆掘り下げる Dig Deeper

 3つのうち、どれがどの程度必要かはケースバイケースです。「手放す」という方法だけで溶けてしまうものもあります。「共感する」という方法だけでいいこともある。2つを組み合わせなくてはならない場合もある。深いので、手放しては「掘り下げる」、手放しては「掘り下げる」を繰り返す必要があるかもしれない。

 「手放す」だけでいい場合は、「この感じ方を手放します」と数回唱えて、深くゆったり呼吸しているだけで、この気持ちが消えていきます。唱えるだけでいいんです。

 これが一番楽な方法です。「セドナ・メソッド」とか EFT は基本的にこれです。EFT のようにツボをタップしながらやってもいいです。

 「共感する」というのは、気持ちを受容しながら、抵抗を捨てて受け止めてあげるということです。満足するまで聞いてあげるということ。

 だから、「私は幸せになれない」というパターンの場合だと、「あなたは自分が幸せになれないように感じているのね?」と声をかけてあげる。そして、深く理解できるようにいろいろ質問してあげる。「なんで、そんな風に思うの?」とか「いつからそんな風に感じているの?」とか。「どうなったら嬉しい?」とか「私にしてあげられることは何?」と関心を寄せてあげる。パターンのほうが平安になるように関わり続けるんです。

 繋がって関わり続けると、手放したほうがいい固定観念とかトラウマ感情が出てきたりします。そうすると、「これを手放します」と唱えればいい。「手放す」と「共感する」の組み合わせです。

 なかなか固くて動かない場合、「この大元は何ですか?」「このエネルギーの最初のルーツまで連れて行ってください」と天使とかハイアーセルフにお願いして、何か浮かんでくるまで受身で待ってください。これが「掘り下げる」です。見えていないもっと深い層まで降りていくんです。

 そうすると、肉体感覚や映像や言葉で、根っこにあるトラウマ経験が浮かんでくるかもしれません。最初の心理的傷に行き当たるんです。

 そしたら、そこに共感を送ったり、あるいは手放すものがあれば手放してあげる。そうすると、パターンは溶けていきます。

 この3つの対処法を続けていくと、マイナスパターンが繰り返し起こらなくなります。そこから解放されていく自分に気づくでしょう。

 ただし、マイナスパターンの根が深いと、1回や2回では根絶できません。何度も何度も癒しを繰り返して、年月をかけて少しずつ解放されていく場合も少なくないので、すぐに自由にならないからと言って絶望せず根気よく続けてください。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 「掘り下げる」は基本的に無意識なものを意識化する作業です。意識できないものからは自由になれませんから、意識の光を当てて何があるのかをしっかり見ましょうというプロセスです。

 「共感する」は基本的に拒絶されているものを受容して統合する作業です。拒絶し抵抗しているものからは自由になれませんから、隔離されているものを抱きとめることで繋がりを取り戻すプロセスなんです。

 「手放す」は基本的に執着したり同一化しているものから分離して解き放つ作業です。べっとり一体化しているものからは自由になれませんから、マイナスのものを自分から剥がして解放してあげるプロセスです。

欲しいものが得られない時期にすべきこと

 「欲しいもの」「叶えたいこと」に対して抵抗がまったくなければ、すんなりと叶います。

 手に入ることが自然なことのように思えることは、抵抗がないのです。

 たとえば、私は子供のころ、自分が英語が上手になるだろうなあと思っていました。上手にならなかったらどうしようという迷いや怖れはなかった。上手になると100%信じられたんです。そして、その通りになりました。

 けれど、なかなか叶わないこともありました。叶わないことというのは、よく観察すると、抵抗があるんですね。「叶わなかったらどうしよう」というような。 

 この「心理的抵抗」というのは、怖れなんです。

 怖れがあると、「欲しいもの」「叶えたいこと」が現実化できないことがあります。

 怖れているほうが現実化するんです。

 たとえば、結婚したいのに、結婚できなかったらどうしようという怖れが強い。そうすると、結婚するという現実がやってこない。

 意地になって叶えようとあえぐほど、遠ざかるんです。

 最も重要なのは、自分の波動を整えることです。

 「手に入れたいもの」と自分の波長がピッタリ合わないと叶わないんです。

 「手に入らないんじゃないか」という恐怖の波動が強いと、そのマイナス波動が優勢になって、「手に入れたいもの」は手元にやって来られません。

 ということは、逆説的に聞こえるかもしれないのですが、「手に入らないと困る」とか「手に入らないのが不安」という波動をお掃除することが先決なんです。そして、「手に入らなくても私は大丈夫」という心理にまず到達するようにします。

 そう、結婚したい人は、結婚にしがみついている状態から、結婚できてもできなくてもいいという状態になることが大事なんです。

 「ええ!? 結婚できてもできなくてもいいなんて言ったら、叶わなくなりそう!」と不安になる人もいるでしょう。

 「あってもなくてもいい」というのは、執着と恐怖を捨てて、何が起きても私は大丈夫という心になることなんです。この状態というのは、無抵抗なんです。無抵抗なので、しがみついていない。そうすると、欲しいものがす〜っと入って来られるんです。

 「何かが必要だ」「ないと困る」と思って緊張している状態だと、受け取れないのです。

 「ないと困る」というのは欠乏状態なんです。欠乏を心の中で強化しているんです。

 「私の中に幸せがある」「私はまん丸だ」「私は欠けていない」という心に先になってしまうと、それに見合った出来事が引き寄せられるんです。

 だから、「結婚できなくても私は大丈夫」というまん丸の心に先になる。そうすると、結婚がそのまん丸を鏡のように映す形でやってくるわけです。

 欲しいものが得られない時期にすべきこととは、手に入らないで困る理由を1つ1つ見ていくこと。恐怖心や不安を1つ1つ解決していくことです。

 そしたら、場合によっては、本当に結婚しなくてもいいのだと分かるかもしれません。アハハ。

 「欲しいもの」に対して対抗している波動を1つ1つ見極めてシフトしていく。そうすると、自分の心が「欲しいもの」と合うように変化します。

 欲しいものが得られない時期というのは、有り難いんです。自分の波動が上がるために必要なことを教えてくれるのですから。癒す必要のあるもの、手放す必要のあるものがはっきり見えるように、欲しいものが一時的にお預けになるんです。

 この時期のプラスの意味を活用しましょう!
 

世の中に貢献したいけれど絶望しているあなたへ

 世の中を見渡すと、深刻な問題があっちにもこっちにもあります。

 何と酷い世界に私は生まれて来たのかと私自身何度思ったことか分かりません。(笑)

 世の中に絶望したことも何度もあります。

 でも落ち着いてよく見てみると、この世には美しいことや善いこともある。愛もあるところにはある。進歩もある。自分にできる貢献をしてくださっている方もたくさんいらっしゃる。

 私の命もたくさんの人に支えられている。

 そういう現実を見たとき、やっぱり何らかの貢献をしてこの世を去りたいという強い気持ちになるんです。

 私は何を貢献したらいいのだろうか?

 20代の頃からこの問いかけをし続けました。

 国連に憧れて国連職員になろうかしらと思ったこともありました。けれど、よ〜く考えてみると、憧れているだけで自分が本当に向いている職場ではないと分かった。

 自分にはあれもできない、これもできない。世の中には困ったことが五万とあるのに、自分が何かをしてあげられるように感じないことが大部分でした。

 ああ、私には何もできないのだろうか・・・

 そう思って絶望していたとき、ひとつのことに気づいたんです。

 「あ、やることは何でもいいんだ。できることを1つすればいいんだ」でした。そして、「できることはたくさんある」でした。

 ひとりの人が、アフリカで飢える子供たちを救い、大地震の被害者を救い、自殺しようとしている人たちにカウンセリングをし、がん患者の治療をし、教育制度を改革し、ロシアと領土問題の交渉をし、殺処分を受けるペットたちを救い、いじめを減らす活動もし、性的少数者の差別を減らし、アメリカのガンバイオレンスを減らし・・・全部やらなくていいんです。

 私には向いていないことは五万とあるけれど、人の悩みに耳を傾けることは好きだ。心の問題に取り組むのは好きだ。じゃあ、それをやればいい。

 私は決して無力などではない、ということに気づいたんです。

 貢献するものが何もないなどという人はひとりもいないと私は思います。

 ひとりひとりが、自分の与えられるものを与えれば、みんなのためになるんです。与えられないものを与える必要はないし、できないことをする必要はありません。

 あなたができることの中に、与えられるものの中に、自然にやりたいと思えることの中に、みんなのためになることがきっとあります。
 

「欲しくないもの」より「欲しいもの」に意識を向ける

 意識というものは面白いもので「否定」というものはないんです。

 たとえば、「次の2分間、何を想像してもいいけれど、絶対に『象』だけは想像しないでくださいね」と言われたら、象のことばっかり浮かんできます。象を想像しないでおこうと思えば思うほど、象について考えてしまう。

 「象がいない」という状態を想像しようとしたら、まず「象」を想像して、「それが存在しない」というところを想像しようとします。

 つまり、「象がいる」も「象がいない」もイメージにしてみれば「象」なんです。

 「象がいない」を本当に想像するには、「象の代わりに何を想像したいか」をまず決めなくてはなりません。「虎にしよう」と思ったら、「虎」を想像すればいい。

 さて、私たちは想像したものを体験するようになっています。

 「象」を想像したら、心の中で「象」を体験します。「虎」を想像したら、心の中で「虎」を体験します。そして、ここが大事なところなんですが、「象がいない」を想像したら、やはり「象」を体験するんです。だから、想像と体験においては「否定」というものは機能しないということを覚えておいてください。

 ということは、「何かを体験したくない」と思ったら、その「体験したくないもの」を想像してはならないわけです。想像イコール体験ですから、想像したということは体験してしまうわけなんです。

 たとえば、ずっと独身ではいたくない、結婚してパートナーシップを楽しみたいと思っている人は、結婚して楽しく暮らしているところを毎日想像して過ごすのがいい。形としての現実になる前に、心の中でそれを体験してしまうわけです。そうすると、そのような現実になっていく可能性が大きい。

 ところが、結婚できなかったらどうしようと恐怖して、多くの人は「ずっとひとりだったらどうしよう」「孤独死するんじゃないか」と想像してしまうんです。そして、結婚して楽しく暮らしているイメージよりも、孤独でいる寂しさのシーンを毎日思い描いて苦しむんです。

 これは多くの人が陥る過ちで、「欲しいもの」よりも「欲しくないもの」に意識を向けてしまうわけなんです。この場合、「欲しいもの」とは楽しい結婚生活で、「欲しくないもの」は一生独身です。

 そうすると、心の中で毎日何を味わっているかというと、「ずっとひとりでいる」というイメージと淋しさと絶望感なんです。それを
想像し、心の中で体験し続けているのです。

 欲しくないものを毎日味わっている。こんな苦しい生活はありません。

 「欲しくないもの」に意識エネルギーを注ぎ続けるということは、宇宙に対して「私はこれを考えたい」「私はこれが欲しい」というシグナルを出しているのと同じなんです。

 宇宙は私たちが意識するものを体験させてくれます。花を意識したら、花が体験できます。山を意識したら、山が体験できます。友達を想像したら、友達を体験できます。意識を向けるものを即座に体験するようになっている。それが意識という仕組みです。

 「孤独で独り身はイヤ」と想像するのは、「孤独で独り身でいたい」と想像するのと全く同じなんです。先ほども言いましたが、想像において「否定」は機能しないのでしたよね?

 だから、愛するパートナーと楽しく暮らしている生活が欲しいのであれば、孤独を想像するのではなくて、パートナーと楽しく暮らしていて、心が通い合っているところ、楽しく一緒にどこかへお出かけしているところ、ハグし合っているところ、こういうシーンを想像して、そちらのほうに意識エネルギーをたっぷり注ぐことが大事です。

 そうすると、想像した瞬間体験ができて、それにつれて感情が楽しく嬉しくなってきますよね?

 今ここで想像したことは、今ここで感情反応を起こします。そして、この瞬間にその幸せを心の中で味わえるんです。すぐに結果が出るんです。

 外の世界で現実化するかどうかは時間の問題です。内面においては、想像に体験がついていくんです。

 さて、「欲しいもの」を想像し「欲しくないもの」は想像せず離れるのが原則ですが、これには大事な例外があります。

 この原則を守ろうと思っても、「欲しくないもの」を強迫的に考えてしまうということが起こり得ます。これは、恐怖心があるときです。

 「一生独身だったらどうしよう?」という恐怖心がどうしても湧いて、「欲しいもの」に集中できない。そういうときは、シャドー・ワークが必要です。

 シャドー・ワークというのは、無意識に未解決のまま横たわっているトラウマやマイナス信念などを掘り起こして意識化し、波動をシフトすることです。浄化しなくてはならないものが潜在意識にあるのでプラスに進めないのです。

 こういうときは、いったん光とは反対の方向、つまり闇のほうに入っていって浄化をしなくてはなりません。プラス思考へのフォーカスに加えて、それが不可能なときにはシャドーの浄化を行う。いずれが欠けても幸福の創造はうまくいきませんのでご注意を。
 
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