菅波亮介のエナジー・カウンセリング(石川県金沢市)

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2016年11月

「気持ちを聞く」には3つの深さがある

 辛い気持ちになったとき、「その感情に深く耳を傾ける」と癒されます。

 これはトラウマ体験を癒すときにも使えます。

 「気持ちを聞く」つまり「感情に共感を示す」ことは基本的に心を癒すのですが、深さによって3つの聞き方があります。

①「何がイヤだったか」を聞いてあげる
②「代わりにどうして欲しかったか」を聞いてあげる
③「何を満たしたかったか」を聞いてあげる

 ①から始めて②へ移り、最後に③を引き出します。①が最も表面的な聞き方で、③が最も深い聞き方です。

 たとえば、お父さんにぶたれて傷ついた少年がここにいたとしましょう。この子の気持ちに寄り添って癒してあげたい場合、3つのレベルで順々に聞いていきます。

 「お父さんにぶたれたのが辛かった、痛かった、悲しかった」という気持ちを受け止めてあげる。これが①です。

 ②を発見するには、少年に次のように質問します。「ぶつ代わりに、お父さんにはどうして欲しかった?」

 すると、「優しく僕の気持ちも聞いて欲しかった」と言ったとすると、「そうかあ、お父さんにはぶつ代わりに君の気持ちを優しく聞いてもらいたかったんだね。分かったよ」と伝えます。

 この②が「して欲しかったこと」への共感的理解です。

 「お父さんにぶたれたのが辛かったんだね」「気持ちを聞いて欲しかったんだね」と共感的理解を少年に伝えられるだけでも、この子の気持ちはかなり癒されます。けれども100%ではありません。

 まだ最も深い聞き方には至っていないのです。

 最も深い聞き方とは、「こうして欲しかった」の奥にあるニーズ(欲求)そのものを聞くことです。

 これを特定するには、「この少年にとって、お父さんに気持ちを聞いてもらうということは何を意味するのか?」とまず問います。

 「共感されること」かもしれません。「尊重されること」かもしれません。「理解されること」かもしれません。

 聞き手としては、「これかな?」「あれかな?」と推測することしかできません。答えは少年の心の中にあるので、本人に確かめなくては分かりません。

 そこで、「あなたの求めていたものは共感されることなの?」「あなたの求めていたものは尊重されることなの?」と質問して反応を見ます。

 ニーズがドンピシャで当たった場合には、少年のハートからしっくり感と喜びが湧いてくるので分かります。相手の反応をよく見極めてください。

 「共感されたかったんだよ」と言って少年の心が笑顔になったならば、③の最も深いレベルでこの子の気持ちを理解してあげたことになります。

 そして、この聞き方によって感情の痛みが癒されます。

 これがトラウマの癒し方です。

 ニーズを意識でき、そこに共感が伝わったとき、感情の痛みはすべて癒されます。

①ぶたれたのがイヤだったんだね。
↓ 
②気持ちを聞いて欲しかったんだね。
↓ 
③共感されたかったんだね。

親と同じ問題をもつ人になぜ惹かれるのか

 親は不完全な人間であり、子供が求める愛を完全に体現することはできません。なので、多かれ少なかれ子供は親に十分に愛されなかったという傷を抱えているものです。

 言い換えると、親との関係において怒り、悲しみ、傷つき、落胆などを体験してきている。けれど、幼い頃にはそういう負の感情にうまく対処できないため、無意識に抑え込まれています。

 大きくなって恋愛をすると、多くの人は親と同じ欠点をもつ人に惹かれていくという現象を経験します。意識的には親とは違う人を選ぼうとしますが、無意識で親と同じ欠点をもつ人を引き寄せてしまう。

 これは、傷ついた子供がまだ親から得られなかった愛を得ようとしているからだとダイアモンド博士は言います。

 無意識に、この人は親との体験を再創造(re-create)し、今度こそは乗り越えてやると思っているのです。今度こそは愛してくれなかった親を変えてみせると頑張るのです。

 暴力的な父親に育てられた娘が、なぜ暴力的な男を恋人や夫として持ってしまうのか。それは、父親と同じ状況をもう一度作り出して、暴力的な男を改心させ、自分が幼少期に得られなかった愛を今度こそは得てやると無意識で思っているからなのです。

 幼少期に解決できなかった問題を、大人になってから解決しようと頑張っているわけです。

 ところが、これはうまく行きません。と言うのは、この父親も夫も、自分が求めているような愛を与えられる人ではないからです。

 では、本当の解決とは何か?

 それは、傷ついた内なる子供を自分の責任において癒してあげ、この子が悪かったから愛が得られなかったわけではないと納得できるように教え諭し、父親や夫には求めている愛を与える能力がないことを理解し、自分が求めているものを与えられる人へとシフトすることです。

 機能不全の人間関係を無意識に引き寄せ続けるのは、愛することのできない相手を変えることによってしか自分は癒されないし満たされないのだという誤解があるからです。

 そして、この問題を解くには、自分を愛せなかった相手を理解し許すことが重要になってきます。許すというのは是認することではなく、相手にはその能力がなかったのだと理解することなのです。そして、求めても仕方がないことを深く納得することと、自分が悪かったから愛されなかったわけではないと知ることなのです。

 この理解を通して、愛する能力のない者に何度も何度も関わるというパターンから解放されます。

 そして、愛することのできない相手を通さなくても、自分の傷が癒されるという体験も重要です。これは、内なる子供が必要としている共感を、カウンセラーなど別の存在との間で得ることを通して達成されます。

 「こういう人たちから愛をもらえなくても自分は大丈夫なのだ」と思えたとき、実りのない解決法を捨てることができ、本当の充足へと進めるのです。


参考記事

Stephen A. Dianmond, "Essential Secrets of Psychotherapy: Repetitive
Relationship Patterns ~ Why would anyone persist in pursuing 
relationships that are doomed to failure?" (Psychology Today, June 14, 2008)


https://www.psychologytoday.com/blog/evil-deeds/200806/essential-secrets-psychotherapy-repetitive-relationship-patterns

自分をいじめていませんか?

 マーク・R・リアリー博士はデューク大学の教授(心理学&神経科学)で、社会心理学と臨床心理学を繋げる仕事をしている方のようです。

 リアリー博士によると、これまで心の問題の原因は自己否定感だから自尊心(Self-Esteem)を養えばいいと多くの人が考えてきたけれど、ポジティブな自己イメージを作っていくだけだと、優越感やナルシシズムに繋がることもあるということです。

 そして、自尊心よりも大事なのは「自分への慈愛(Self-Compassion)」だと言っています。

 「自分への慈愛」とは、特に自分が失敗したような場面で重要になるのですが、「自分の不足や欠点に対して慈しみをもって接すること」です。

 多くの人は自分が失敗したり、期待されたことに応えられなかったとき、自分に対して厳しく叱責して自分を自信喪失に追い込んでしまいます

 人間が自信喪失になったり、自己否定感を強くするのは、実は
自分が自分に対して厳しく叱責する習慣があることが大きな原因なのです。 

 たとえば、目の前に7歳の女の子がいたとしましょう。この子は今、鉄棒で逆上がりを習得しようとしている。何度やってもできない。このとき、あなたは「こんなこともできないのか!?」「全くのろいなあ!」「運動音痴だね!」と話しかけますか? おそらくしないでしょう。そんな風に語りかけたら、この子が傷ついてやる気をなくしてしまう可能性が高いことを大抵の大人は知っています。

 けれど、失敗したり何度やってもできない自分に対しては、これと同じひどいことを平気で自分自身に語りかけているのです! 自分に対してネガティブな口調で話しかけることを "Negative Self-Talk" と言います。

 「セルフ・トーク」とは、心の中で自分に語りかけていることです。「また私は失敗した」「私はこんなこともできない冴えない人間だ」など。その「セルフ・トーク」の中には「自分はよく頑張った」などの肯定的なものもありますが、否定的なものを特に「ネガティブ・セルフ・トーク」と呼びます。

 この「ネガティブ・セルフ・トーク」が自己否定の大きな部分を占めているのです。

 そして、これに対する処方箋は、「慈愛をもったセルフ・トーク」の習慣をつけることです。

 逆上がりを何度も挑戦し、失敗している7歳の女の子にどのように話しかけますか? どのように話しかければ、彼女は彼女自身を否定せず、自分自身と心地よくいられるでしょうか?

 あなたの答えがどんなものであれ、それをあなた自身が失敗したときに試してみてください。

 「慈愛をもったセルフ・トーク」をしていると、できなくても構わないと怠惰になったり、甘えん坊になるのではないかと危惧する人がいるかもしれません。それに対してリアリー博士は、「自分に対して慈愛をもって接する人は、やる気や努力を減らすことはない」と言っています。ポジティブなセルフ・イメージを作る場合とは違って、これには副作用がないようです。

 慈愛をもつということは、甘やかすということとは違うんですね。不完全である自分、欠点のある自分、失敗する自分に対して理解をもって、共感をもって受け止めてあげ、否定しない。居場所を無条件で確保してあげるという優しさなのでしょう。

 自己否定感の強い人は、自分に慈愛をもてず、不完全さや欠点や失敗に対して、完全主義でもって裁いてしまいます。「これができなければ、私には価値がない」というルールを当てはめてしまうんです。そうではなくて、もう少し人間的な物差し、つまり「人間なんだから欠点があって当然。できないことがあって当然。失敗しない人間はいない」という思想を根本にもつことがとても大事です。

 私たちは自分の不完全さ、欠点、失敗を受け止めてもらえるんだという安心感があってこそ、自分であることに対して過度に緊張せず、自分でいることを楽しみながら、実現したい目標に向かって勇気と喜びをもって前進していけるのです。

 完全主義で自分を評価することは、一種の「いじめ」と言ってもいいでしょう。

 そう、多くの人は自分自身にいじめられて心が疲弊しています。「こんな自分じゃダメ」「どうして私にはこんなことができないの!?」と言って。

 あなたは自分をいじめてはいませんか?

「感情コントロール」には3つのレベルがある

 引き続き、阿妻靖史氏の動画をお届けします。



レベル1(直情的)・・・その場の感情に従う。ルールや「べき」は軽視。

 怒ったら怒鳴ったり暴力を振るったりする。好きになったら浮気でも何でもする。感情の歯止めが効かない。人に迷惑がかかることであっても、衝動が起きたらそれに従う。 

 →
感情に流され、トラブルが増える。社会生活を営むことができない。

レベル2(「べき」の人)・・・「こうすべき」という常識やルールに従い冒険しない。感情は潜在意識に封印することも。

 怒っても暴力はいけないからと自分を抑制できる。浮気やギャンブルや迷惑行為もダメだと理解して我慢できる。衝動にブレーキをかけることはできる。

 →社会生活はできるが、我慢しているので、心に豊かさや幸せはない。

レベル3(工夫・両立)・・・自分を知る。自分の反応を知る。自分の置き場を考え工夫する。

 自分の反応を知り、そもそも怒らなくてよいように、浮気やギャンブルに走らずに済むように、事が起きる手前からトラブルが起きない工夫をする。たとえば、危ない関係になりそうな相手からはプレゼントをもらわないようにするなど。好きになってしまってから我慢するのではなく、好きになる前に未然に防ぐ。トラブル回避とは反対に、不安とか引っ込み思案など、求めたいものに向かえない人は、どういう状況を作れば自分は前に進めるかを考えて、前進しやすい環境を自分で予め設定する。

 →
自分が望む感情反応が起きるように、行動を予めコントロールする。
 
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 以前テレビで女好きの有名人(既婚男性)が、浮気癖をやめるために、女子大の近くを通らないことに決めて実行していると言っていました。女子大の近くを通って、若い女性をたくさん見るとムラムラしてきてしまうので、そういうところには近づかないと決めたわけです。これはレベル3ですね。自分というものをよく知って、浮気をしたくなる感情になってしまう状況に近づかないことで、その感情が出てきてから我慢しなくていいように環境設定をしたわけです。

 自分がこう感じたいという「目指す感情」を体験しやすいように、外の環境と行動を整えていくという考え方です。

 満たされていないニーズや癒されていない抑圧感情がある場合、負の感情が出続けるので、きちんと向き合って対処することも大事だと思います。

 おそらく、レベル1は「中期自我」、レベル2は「後期自我」、レベル3は「成熟した自我」のレベルに相当するものと思います。

 レベル2は社会的に適当な仮面を演じることができ、その代わり抑圧された本心との間で乖離が生じています。いわゆる「規範意識の強い人」です。レベル3ではその意識と無意識の乖離を自己探求によって解き、より統合された人格へと進化していきます。なので、レベル3に進むときには自己理解を深めていくための内向きの作業がたくさん必要です。

 カウンセリングはレベル1からレベル2へ、レベル2からレベル3への成長を支援するものだと考えています。

「許す」には3つのレベルがある

 素晴らしい動画を見つけましたのでご紹介します。

 阿妻靖史氏のプレゼン『「ゆるす」にはみっつの意味がある。」』です。




 私なりに要約しますと、まず
「許す」には行動レベル・感情レベル・思考レベルの3つがあるということです。

 行動レベルで「許す」とは、相手を責める行動をやめることを指します。夫に浮気をされた妻の場合、夫に怒りをぶつけたり、責める言葉を吐いたり、無視したりといった攻撃的な言動を一切慎むことを意味するわけです。

 これは感情レベルでの怒りや傷つきが収まっていない状態、つまり感情レベルでは「許せない」状態でも意志の力によって実行することが可能です。

 感情レベルで「許す」とは、自分の責任において負の感情を整理すること、処理することを指します。カウンセリングで目指すのはこのレベルです。つまり、相手を責めなくても自分の中で感情としての苦しみが解消してスッキリすることなわけです。

 思考レベルで「許す」とは、相手の行動を思想的に容認することです。そして、浮気やセクハラなどの場合、このレベルではむしろ「許してはならない」と阿妻氏は言います。このレベルを彼は「正義」と呼んでいます。

 まとめますと、夫が浮気をした場合、妻が「許す」というのは、まず①夫を責めないこと、②浮気を通して傷ついたり怒ったりした負の感情は自分の責任においてカウンセリングなどを通してきちんと解決すること。この2つを指します。そして、③思想としては「浮気」を断固として許さないという気迫が必要だと阿妻氏は言います。

 ①②のレベルでは「許す」ことが望ましいけれども、③のレベルでは「許してはならない」のです。

 この一見矛盾したように見える図式が多くの人を混乱させています。

 「許すということは、浮気がいいことだと思わなくちゃいけないの?」というような疑問が生じるのです。

 別の角度から言えば、「浮気は決して容認できない」という姿勢をきちんと貫くことは、怒り続けることとは全く別のことであり、夫を責めたりいじめたりすることとも全く別のことだということです。

 むしろ、攻撃感情と動揺から自由になるためには、思想のレベルでは「浮気は容認できない」という姿勢をしっかりと確立することが必要なのです。
 
 なぜなら、この思想が自分の中でしっかりと確立されていなければ、自分に弱さがある可能性が大だからです。「浮気はダメ」ということにすると、相手に見離されてひとりぼっちになるかもしれないと怖れている人は、この思想を確立できず、相手に精神的に依存し続けます。なので強く出ることができません。強く主張ができない分、依存と敵意から解放されないのです。それで責め続けたり、動揺し続けたりするサイクルから抜け出せないことになってしまいます。

 ということで、③レベルで「許さない」という姿勢を確立することが、①②レベルでの苦悩と混乱から自分を解放することに繋がるのです。
 

支援と干渉(お節介)はどう見分けるか

 「支援」とは相手の課題を解く援助を、相手に望まれて提供することです。

 「干渉(お節介)」とは自分が相手に望むことをさせようと、相手の課題に望まれずして首を突っ込むことです。

 「支援」は愛であり、「干渉」はナルシシズムです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

娘の結婚

 娘が結婚を望んでいるのに相手が見つからず、親である私に相談してきた。私は娘の依頼に応えて、お見合いの相手を探す。これは「支援」です。

 それに対して、娘は結婚を望んでいないし放っておいて欲しい。なのに、私は娘にどうしても結婚させたい。そして「もうそろそろ結婚したほうがいい」とアドバイスする。これは「干渉」です。

 「支援」の場合、結婚したい娘の求めに応じている。「干渉(お節介)」の場合、結婚して欲しいのは親である私の望み。

息子の塾通い

 息子が塾へ通いたいので、親である私が受講料を払ってあげる。あるいは適当な塾を一緒に探してあげる。これは「支援」です。

 それに対して、息子は塾に通いたくないのに、私は通わせたい。そして息子の気持ちを無視して強制的に通わせる。これは「干渉」です。

ストップしたら誰が困るか?

 「支援」の場合、ストップしたら息子や娘が困ります。助けて欲しいのに助けがもらえないので不満になるのです。

 それに対して、「干渉」の場合、ストップしたら親が困ります。結婚させたいのに、塾に通わせたいのに禁止されたら、欲求不満になるのは親なのです。

 このように、ストップした場合に困る人が、悩みを抱えている本人です。

 娘の結婚を後押ししている親がやっていることが「支援」なのか「干渉」なのかを見極めるためには、後押しをやめたら誰が欲求不満になるかを見ればいい

 後押しを望んでいるのが娘なら、娘が「なんで助けてくれないの?」と欲求不満になります。これは娘が手助けを望んでいることを物語っています。

 けれど、後押しを望んでいるのが親なら、やめることで娘はホッとします。「お節介をやめてくれた」と嬉しくなります。それに対して、「お節介をやめろ」と言われた親は欲求不満になります。「結婚して欲しいのに」と残念な気持ちが残ります。これは、親が自分の利益のために娘を動かそうとしていたことを物語っています。

 塾へ通いたいのが息子なら、「なんで行かせてくれないの?」と欲求不満になります。これは、息子自身が塾通いを望んでいる本人だということを物語っています。

 けれど、塾へ通わせたいのが親の意向である場合、やめることで息子は解放されホッとします。「やれやれ、通わずに済んだ。助かった」と胸を撫で下ろします。それに対して、「塾通いを止めさせよ」と言われた親は欲求不満になります。「塾に通って欲しかったのに」と残念な気持ちになります。これは、親が自分自身の理由から息子に塾通いをさせたかったことを物語っています。

 このように、相手の気持ちに沿って、望まれて援助することは「支援」であり「愛」なのですが、相手が嫌がっている、あるいは希望していないのに、自分が援助をすることは「干渉」であり「ナルシシズム」です。「愛」ではありません。

 「愛」は相手の気持ちを尊重し、相手を自由にしておけます。相手の破壊的行為を止めるという例外を除いて、「愛」は相手に強制をしません。

 「愛」という名のもとで、「これは相手にとっていいことだから」という口実を使って、自分が相手にやって欲しいことをやらせる。これは、自己中心性であり我がままです。このような行為は、相手を使って自分を満たそうとすることであり、相手への精神的依存の表れなんです。

 この精神的依存をより正確に表現するとすれば、「お願いだから、私のために結婚してちょうだい」「お願いだから、私のために塾へ通ってちょうだい」となります。

 さすがにこのように話せば自分の利益のために相手に依頼していることが暴露され都合が悪いので、「相手のためだ」という風に装うわけです。

 「結婚して欲しい」と言わずに「結婚した方がいいわよ」と言う。「塾へ通って欲しい」と言わずに、「塾へ行くべきだ」と言う。要求しているのが自分だということを隠すのです。

 つまり、干渉には常に不誠実さが含まれます本心を隠した言語を使っているのです。

 精神的に成熟した人は、このような干渉をしません。相手の意思を尊重します。

Q:それを望んでいるのは誰なのか?

不満に隠された満足の本質を掴む

 不満を自覚したり伝達するのは簡単です。けれど、何が満足なのかを自覚し伝達するには自己理解が必要です。

 料理を「まずい」と自覚するのは簡単です。けれど、どうすればもっと美味しくなるのかを知るには訓練が必要です。

 「塩を入れ過ぎ」とか「野菜を長く煮過ぎ」とか「具材が新鮮ではない」とか「具を入れる順序が違う」などと分かるには、料理を知らなくてはなりません。どうすればどう味が変わるのかという智慧が必要です。

 同様に、人間関係において自分が不満を感じたとき、不満をぶつけるのは簡単です。
「求めていないこと」を伝えるのに努力は必要ありませんが、「求めていること」を伝えるには何倍もの訓練が求められます。自分というものを深く知らなければできないことです。

 私たちは、はじめから自分を満たすものを自覚できません。自分が何を満足と感じるのかは、いろいろな不満を体験する中で徐々に発見していくのです。

 たとえば、私には「固有な存在として尊重されたい」という欲求や、「自分の人生は自分の意思で決めたい」という欲求があります。しかし、これらの欲求が自分の中にあることを知るまでに数十年を要しました。

 これらの欲求を阻害する多くの人たちとの不満体験を通して、徐々にこれらのことが自分にとって重要なのだと気づいていったのです。

 これが「自分という人間を知る」という長い長いプロセスなわけです。

 不満体験とは、自分にとって大事な「何か」が阻害されている体験です。単に「イヤな体験だった」で済ませていると、「何がイヤだったのか」「その対極にある何を自分は求めているのか」が理解できません。

 不満体験をするたびに、「何がイヤなのか」をはっきりさせる。それによって「何を欲しているのか」をはっきりさせる。この作業を行っていくと、自分の満足と幸福に向かって前進する大きな助けとなります。

充実した人生を送るには
自分が何を喜びと感じる人間なのかを
発見しなくてはならない

不満は満足のありかを教えてくれる
貴重な財産である
 

「ソフト心理」vs.「ハード心理」

(「ソフト心理」と「ハード心理」は私の造語です。)

 「ソフト心理」とは情緒的必要性(ニーズ)が満たされたり満たされなかったりする躍動をそのまま感じているもので「自然感情」と呼んでもよいものです。

 それに対して、「ハード心理」とは思考が感じ方を規定しているもので「人工感情」とでも呼べるものです。

 「ソフト心理」の苦しみは「共感的愛」によって、「ハード心理」の苦しみは「智慧」によって解けます。この場合の「智慧」とは、思考が苦しみを生むと理解して手放すことを意味します。

 具体例を見ていきましょう。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「後悔」(ソフト)vs.「罪悪感」(ハード)

 もしも私が愛犬の脚を不注意によって踏みつけて骨折させてしまったとしたら、とても深い悲しみを体験します。犬を愛していて、苦しんで欲しくはないのですから、骨折によって痛い思いをさせていることを私は悲しく感じます。そして、もっと注意して歩けばよかったと思って悔やまれます。

 この「悔い」や「悲しみ」は、犬を大事にしたいという欲求が自分の行為によって満たされなかったために生じるマイナス感情で、いわば愛情の裏返しです。

 この感情によって、私は犬を病院に連れて行ったり、今度はもっと注意して歩こうと決意することができます。

 この「悔い」や「悲しみ」は時間とともに癒されていく柔軟な感情で「ソフト心理」です。ここには必ずしも自責の念が関与する必要はありません。

 ところが、ここに「私はなんてバカなんだろう」「私はいつもドジを働いてしまうダメなやつだ」という思考が入って来たら話は変わってきます。

 これらは思想であり信念です。頭で判断と評価をして、自分を非難しているのです。

 これらの思考は、私の中に自己否定感と罪悪感を生じさせます。そして、これらは犬への愛の裏返しではなく、自分への嫌悪であり処罰なのです。これらを私は「ハード心理」と呼んでいます。

 このような思考と判断が絡んで生まれる「ハード心理」は主体的に選択された思想であり、決して時間とともに変化しない堅固な感情です。考え方を改めるまで、私を苦しませ続けます

 「ソフト心理」は純粋なフィーリングであり、時間とともに変化していく流動性をもっています。それに対して「ハード心理」は基本的に思想であり、時間とともに変化しません。いったん採用した思想は、考え方を変えようと決意しないかぎり、勝手に劣化してくれるわけではないのです。 

 「犬をできれば傷つけたくなかった」「やり直せるならば踏みつけたくはなかった」というのは純粋な感情であり、犬への愛です。これは「悔い」であって、そこに思想はありません。

 こういう「ソフト心理」の苦しみには、ただただ理解をして寄り添うことが大事です。「そうだよね、傷つけたくなかったよね」「もう一度やり直せるなら踏みつけないように注意して歩くよね」「あなたにとって犬はとっても大事な存在なんだよね」「犬を愛しているんだよね」と共感的理解を示せば、「ソフト心理」は時間とともに自然に癒えていきます。

 しかし「犬を傷つけた私はダメな存在である」「私は悪いことをしたのであり処罰されるべきだ」と捉えるのは純粋な感情ではなく、自罰的思想です。これは罪悪感であり自己嫌悪という思想なのです。

 こういう「ハード心理」の苦しみには、否定的思想の論駁が大事です。「ダメだなんて思う必要はない」「誰にでもそういうことはある」「愛していないわけではなかった」「処罰する必要などない」という風に、考え方を変えることで苦しみが解決します。

「犬を傷つけたくはなかった。傷つけてしまったことが悲しい」=悔い
「犬を傷つけるべきではなかった。傷つけた私はダメだ」=罪悪感

前者は叶わなかった愛を弔うこと(ソフト)であり、後者は自分を裁き嫌悪すること(ハード)。

親の死に目に会えなくて罪悪感を持った娘

 親の死に目に会えなくて罪悪感を持っている女性がいたら、あなたはどう思いますか?

 親の死に目に会うのが良い娘であり親孝行であると信じている人が、そうできなかった。すると、自分の頭にある「べき」に自分の行動が反したので、罪の意識を持ちます。自分のやったことは「悪いこと」だと思考するのです。それが罪悪感という感情を生みます

 これは、「親の死に目に会いたかった」という感情とは別物です。

 仮に、この女性が「死に目に会いたかった」のであれば、「親の死に目に会えなくて悲しい」ということになります。これは罪悪感ではありません。「悔い」です。「ソフト心理」です。

 「なぜ親の死に目に会いたかったか?」と尋ねると、彼女は「親の望みに答えて喜ばせたかった」という答えだったとしましょう。

 「親は娘の私にベッドサイドにいて欲しかっただろうに、いてあげられなくて悲しい」と言うのが本心であれば、これは親への愛です。これは罪悪感とは違います。愛を根本とした、その裏返しとしての悔やみです。

 「親御さんを愛していたのね。その愛を伝えたかったけどできなくて悲しいね」と寄り添ってあげれば、時間とともに癒されていきます

 ところが、「親の死に目に会えなかった私は親不孝者だ」とか「悪い娘だ」という思考が入ってきたら話は別です。

 この人は10年も20年も罪悪感に苦しめられることになります。

 このような思想は親への愛ではなく、自分への嫌悪と非難です。この人が苦しんでいるならば、それは自己嫌悪と自己非難によってなのであって、救われる道は自分への嫌悪と非難を解いてあげることのみです。 

「親のそばにいてあげたかった。できなかったことが悲しい」=悔い
「親のそばにいるべきだった。できなかった私は悪い」=罪悪感

前者は叶わなかった愛を弔うこと(ソフト)であり、後者は自分を裁き嫌悪すること(ハード)。

「悔い」を「自己否定的思想」にすぐ結びつけない

 私たちの文化では、純粋な「悔い」と自己否定的思想による「自己嫌悪」「自責」をはっきり区別する習慣がありません。なので、「自己嫌悪」「自責」をしている人を「よく反省している」などと褒めてしまうのです。 

 この2つは心に全く異なる影響を与えるので、きちんと区別することが大事です。

 
「悔い」は心を育てますが、「自己嫌悪」「罪悪感」は心を傷つけます。

 なので「自己否定的思想」は奨励せず脱することが大事です。「そんな風に自分を責める必要はないし無益だ」と知ることがその人を助けます。

 多くの人は愛を表現できなかったことの悲しみが大きいとき、自分を罰することで表現したり体験したりする習慣があります。

 しかし、本当に大事なのはきちんと悲しむことです。悲しみを受け止めて叶わなかったものを弔う。それによって心は強く優しくなります。

 それをせずに、自己嫌悪や罪悪感に向かってしまうと、非生産的な苦しみを永続させてしまうだけです。

 弔いと自罰を区別することが心を育てる際にとても大事です。

「頭のことば」vs.「心のことば」

 「頭のことば」は「考え」を、「心のことば」は「気持ち」を伝えます。

 「知的情報」と「情的情報」。

 「感情のもつれ」を解くには「心の通い合い」が必要。それには「心のことば」が欠かせない。けれど、多くの人は「頭のことば」しか持っていない。

 頭と頭がぶつかって、心と心が触れ合わない。そういうコミュニケーションを度々耳にします。

 「頭のことば」と「心のことば」とは何か、具体的に見ていきましょう。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

:約束したことを破るのはダメでしょう?
:約束したことを守ってくれると信頼できて安心。 

:夜中にステレオを大きく鳴らすのは非常識だ
夜中にステレオを大きく鳴らすと眠れなくて困る

:浮気をするなんて裏切り
:浮気をするなんて深く心が通い合っていなくて淋しい

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 「頭のことば」は「判断と評価」を伝える。「良い・悪い」「ダメ」「無責任」「非常識」「自分勝手」「人としてどうなの?」などの評定。

 なので相手は裁かれたととらえ、自己防衛的になりやすい。攻撃の応酬になりがち。

 「心のことば」はニーズ(必要としていること)を伝える。「休養したい」「平等に扱われたい」「信頼し合いたい」「尊重して欲しい」「誤解されたくない」などの情緒的必要性。

 自分の情緒的必要性を説明して伝え。それが心のコミュニケーション。

 相手の行動や人格への評価を伝える。それは頭のコミュニケーション。

 「頭のことば」を使う人も、本当は心を満たしたい。ただ、その手段として「考えを伝える」ことで相手を理解させ、自分のニーズに合う行動に替えてもらおうとするところに問題がある。①相手にこちらの正しさ(相手の過ち)をまず納得してもらい、②自分のニーズを満たす行動に替えてくれると期待するという2段階方式をとっている。これが相手の心を遠ざけてしまう結果になることが多い。

 なので、2段階ではなく1段階のことばを使う。それが「心のことば」。攻撃や評定を使わない、ニーズの純粋な伝達なのです。

 「真夜中にステレオをがんがん鳴らすなんで非常識なんだよ。バカ野郎」ではなく、「私は静かに寝たいので、ステレオを消して欲しい」と言う。

 「家事をやるって約束したくせに破るなんて無責任よ」ではなく、「約束を守ってもらえると、協力してもらえていると感じられる。それは私にとって大事なことなのだ」と伝える。

 「心のことば」は学習していない人が多いので、最初は外国語を学ぶように「頭のことば」から意識的に翻訳する時期が必要です。

 「頭のことば」はすぐにパッと出てくるけど、「心のことば」はじっくり考えないと出てこないという人が実は大部分です。家庭でも学校でも教えていませんからね。

 でも「心のことば」を練習する見返りは大きいですよ! コミュニケーションの質が変わります!

 攻撃せずに伝えたいことが伝えられるって気持ちいい
です!
 

バシャール「人間関係は何のためにあるのか」

 バシャールはアメリカ人男性ダリル・アンカがチャネリングしている宇宙人です。

 私はバシャールの動画や書籍やインタビューをこれまで数多く見聞きしてきて、その愛と智慧は信頼に値するものだと思っています。

 今回ご紹介する約10分のやりとりでは、難しい人間関係に悩むイギリス人男性がバシャールと対話しています。

 恋愛関係や夫婦関係を含め、人間関係というものの困難をどう捉えたらいいのか。その問いに対して、バシャールはシンプルな解答を与えています。


 英文の後に和訳を加えました。


夫婦関係がうまくいかない(0'02"〜1'36")

Q: I have a very difficult marriage.

A: A difficult marriage?

Q: An unhappy marriage.  I have a very difficult relationship with 
my daughter.

A: All right.

Q: Which I've had since the day she was born.

A: What is the resistance coming from?

Q: I don't know.

A: Yes, you do.  What beliefs do you have or did you have 
about the idea of those kinds of relationships before you 
attracted and created them?

Q: Ah, I don't know.

A: Yes, you do.

Q: Can you ask me the question again?

A: Can you ask the same question?  Or another question?  What 
are you asking?

Q: I find it difficult to know what to do.  I think about leaving and I 
don't leave.  I stay.  It gets increasingly unhappy when I stay.  I 
think about....

A: What are you learning about yourself in the relationship as 
it exists so far?  
Are you learning what your true vibration 
and your true preference are?

Q:  I don't prefer my marriage.  I don't prefer my wife.

A: That's not what I asked you.  Are you learning what your
true preferences are?  I didn't ask you what you are
perceiving they are not.  Are you learning what your true
preferences are?

Q: To a degree.

A: To what degree?

Q: I'm learning how unhappy I am in this situation.


Q(イギリス人男性):夫婦関係がとても難しい状況です。

A(バシャール): 夫婦関係が難しい?

Q: 幸せではありません。娘との関係も全くうまくいっていません。

A: わかりました。

Q: 娘とは生まれたときからうまくいっていません。

A: 抵抗はどこから来ているのでしょうか?

Q: 知りません。

A: いいえ、あなたは知っています。これらの人間関係を引き寄せる、あるいは創造する前に、こういった関係についてあなたにはどのようなビリーフ(信念)がありましたか? あるいは今もありますか?

Q: 知りません。

A: いいえ、あなたは知っています。

Q: もう一度質問をしてもらえますか?

A: 同じ質問をですか? それとも別の質問に変えたほうがいいでしょうか? あなたが本当に尋ねたいのは何でしょうか?

Q: どうしたらいいか分からないんです。別れようと思うのですが、別れられません。婚姻関係に留まります。留まればどんどん不幸感が増します。私が考えているのは・・・

A: 現時点までのこの関係において、あなたは自分自身について何を学んでいますか? あなたの真の波動について、あなたの真の望みについてより明確になってきていますか?

Q: このような夫婦関係はイヤです。このような妻はイヤです。

A: それは私が尋ねたことではありません。あなた自身が何を望んでいるのかを発見しましたかと尋ねています。何を望んでいないかではなく。自分が真に望んでいるものについて理解を深めていますか?

Q: ある程度は。

A: ある程度と言うと?

Q: 現状で自分が如何に不幸せかということを理解しました。

 すでに「人間関係とは自分自身を知る場である」というバシャールの教えが頭を覗かせています。

 夫婦関係が不幸せなのは、この男性の望みが満たされていないからに違いありません。しかし、彼は何が満たされていないのか、何が望みなのかを自覚できていないようです。


人間関係の目的とは何か?(1'36"〜3'26")

A:  All right.  And what is your definition of a relationship and the 
purpose of such?  What is the purpose of a relationship?

Q: Uhh, expansion.

A: The purpose of a relationship is to reflect to all the 
others in the relationship what they need to understand to become more of themselves.
  You understand?

Q: No.

A: No.  Everyone in a relationship is in a relationship for the purpose of helping the other people in the relationship, 
giving them opportunities to learn to be who they are more and more.
  Is that clear?  No.
 
Q: No.

A: What do you think you are supposed to get out of a 
relationship?  Ideally speaking?

Q: Contented existence?

A: Content?  Content to do what?  To be what?

Q: To be myself.

A: You think that that's what a relationship is supposed to do?

Q: I don't know what a relationship is supposed to do.

A: Well, thank you for your honesty.  Why do you think you are 
having trouble in your relationships then?  
It's not really 
surprising if you don't know what they are for that you 
would be having difficulty in them.
  Because you don't 
understand, you don't have a clear definition of what a
relationship actually is.  And that simply means that
 first and
foremost, you don't have a clear relationship with yourself
.


A: 分かりました。では、あなたは人間関係とその目的をどのように定義しますか? 人間関係の目的とは何でしょうか?

Q: ええと、意識の拡大でしょうか。

A: 人間関係の目的は、各当事者がより自分らしく生きるために理解せねばならないことを映し出すことです。分かりますか?

Q: ノー。

A: ノーですね。人間関係に関わるすべての人は、相手を援助するために関係しています。相手がもっともっと自分らしくあれるような機会を提供することによってです。分かりますか? ノーですね?

Q: ノーです。

A: あなたは人間関係から何を得たいのですか? 理想的には?

Q: 満ち足りることです。

A: 満ち足りる? 何をすることにおいて満ち足りるのですか? 何であることにおいて満ち足りるのですか?

Q: 自分自身であることにおいてです。

A: あなたは本当に人間関係の目的がそういうことだと思っているのですか?

Q: 私は人間関係が何のためにあるのか分かりません。

A: 正直に言ってくださってありがとうございます。では、あなたが人間関係に悩んでいる理由はお分かりでしょう? 人間関係の目的が理解されていなければ、人間関係で困難が生じるのは当然のことです。あなたは人間関係がいったい何なのかを明確に定義していないのですから。そしてそれは第一に、あなたが自分自身と明確な関係を持っていないことを意味しています。

 人間関係の目的は、お互いがより自分らしくあることを支援し合うことなんですね。

 そして、付き合う相手は、自分が望んでいることと望んでいないことをより明確に映し出してくれる。つまり、相手との関係において自分が感じる満足や不満足が、自分にとって何が大事なのかを教えてくれるのだと思います。

 私たちは人と関わることで、自分というものを発見していく。自分を知っていく。自分にとって大事なこと、好きなこと、そしてイヤなことも理解していく。

 ということは、自分が耐えられないほどイヤだという相手と関わることも、自分らしさを知る機会となり、より自分らしくあることを助けてくれるんですね。


ワクワクすることを選んでいるか?(3'26"〜5'47")

A: So what areas of yourself are you unclear about in terms of 
who you are, who you prefer to be, what your excitement is, and whether or not you are acting on it?

Q: I'm confused about finding my excitement.

A: How can you be confused about something so simple?  It
ought to be obvious.  Unless you are defining the idea of your 
excitement as something difficult to find, which obviously you
may be doing.

Q: I think I'm doing that, yes.

A: Well, why?  What do you get out of making it so complicated 
and mysterious?  It's not difficult to act on your excitement.  Why did you come to this gathering tonight?  Did it excite you?

Q: Ah, yes.

A: Well, that wasn't difficult, was it?

Q: It was.  I came from England.

A: It was difficult?

Q: No, not too difficult, no.  It was, eh...

A: But you came.

Q: I came, yeah.

A: Therefore, you acted on your excitement, yes?

Q: Yes.

A: All right.  So the whole point is you don't necessarily have to 
have some overarching concept of a career or a project to act
on your excitement.  All you need to do, as we have explained the
equation many times, is to 
simply look around for whatever 
opportunities are available for you that contain the highest amount of excitement and act on the one that has the most excitement first, that you have the greatest ability to take 
action on, taking it as far as you possibly can until you can 
take it no further, with absolutely zero insistence on what 
you believe the outcome ought to be
.  One more time.  1-2-3-4.  (1) Act on whatever opportunity contains the highest 
excitement at any given moment, (2) that you have the 
greatest degree of taking action on, (3) taking it as far as 
you can until you can take it no further, (4) with absolutely 
zero insistence on what the outcome ought to be.  And as 
soon as you have done those four things, the fifth thing, 
the fifth instruction would be "repeat."  Over and over and 
over and over and over and over again
.


A: ではあなたは自分が何者であるか、どういう人間でありたいのか、何にワクワクするか、自分のワクワクに従って行動しているかどうかについて、どこがはっきりしていないのでしょうか?

Q: ワクワクを見つけるというところが混乱しています。

A: こんなにもシンプルなことについてどうすれば混乱できるのでしょうか? 自分がワクワクすることは明白であってしかるべきです。無論、ワクワクを見つけにくいものとして定義してしまっているなら話は別ですが。そして、あなたはおそらくそうしているのでしょう。

Q: そうだと思います、はい。

A: なぜ? ワクワクを複雑でミステリアスなものにすることで何が得られるというのでしょう? ワクワクに従って行動するというのは難しいことではありません。たとえば、あなたは今晩なぜこの集まりにやって来たのですか? ここへ来ることについてワクワクしたのではありませんか?

Q: ああ、はい。

A: 難しくはなかったでしょう?

Q: 難しかったです。イングランドからやって来たんです。

A: 難しかったと?

Q: いえ、それほど難しくはありませんでしたが。ええと・・・

A: でも、あなたは確かにやって来ました。

Q: 来ました、はい。

A: ということは、あなたは自分のワクワクを行動に移したんです。そうですよね?

Q: はい。

A: オーケー。大事な点は、ワクワクに沿って行動するためには、天職とかプロジェクトのような大きなものが必要なわけではないということです。ただ必要なことは、単に今ここで選べることの中で、最もワクワク感の高いものを選ぶこと。それが自分に実行できる能力が最も高いものであること。もう行けなくなるところまでそれをやること。そして、どういう結果になるかについて執着をすべて捨てること。もう一度言いますよ。①−②−③−④の4ステップです。① 常に今ここで選べることの中で最もワクワク感の高いものを選ぶ。② それが自分にとって実行能力の最も高いものであること。③ それをもうこれ以上進めないというところまでやり通すこと。④ どのような結果になるか、拘りはすべて捨てること。そして、これらの4つのことをやり終えたら、5番目のインストラクションは、「これを繰り返す」です。ず〜っとずっとずっとずっとこれの繰り返しなのです。

 バシャールの真骨頂が出てきました。幸福な人生を送るための完全レシピです。常に、現時点で取り得る行動の中で、最もワクワク感の高いものを実行に移す。

 たとえば、今テレビを見るか、居間に掃除機をかけるか、ネットサーフィンをするか、昼寝をするか、買い物に行くかの5つの選択肢があるとすると、1つずつハートで感じてみて、一番ワクワクするものを実行に移す。それだけなんです。

 仕事が終わって、同僚に飲みに誘われたら、飲みにいくか、家に帰るか、映画を見に行くか、親友に電話するか、ジムに寄っていくかの5つが現実的な選択肢だとしたら、その中で最も今ワクワクするものを実行に移す。それだけなんです。

 天職とか何とか高尚なことは考えなくていいんです。

 飲みにいくのを断ってジムに行ったとしますよね? そうすると、「これ以上行けなくなるまでやり通す」というのは、私の解釈によると、そのワクワクが切れるまでそれをやればいいということです。ジムに行って着替えてトレーニングを始めたとしましょう。ワクワクがありますから、乗っていますよね。そして、しばらく運動していたら、5年ぶりの知り合いに「偶然」出会った。そしたら、そこで「今晩一緒に夕飯でもどうですか?」なんて話になって、盛り上がった。

 この知り合いと5年ぶりでジムで会うなんてことは、予め分からなかったことです。これが「結果に執着するな」という部分。ワクワクに沿って行動したら、いい事が起こる。けれど、それが何なのかは予め分からない。なので、とにかくワクワクする方向に進んでいることが大事だということなんです。

 ワクワクに従うと、理性を超えた力と繋がって、自己実現に必要な大事なことが集まってくる。想像もしないような展開になる。道が開ける。

 だから、ワクワクに従うというのは、幸せになるための「完全キット」なんだ、というのが次のセクションです。



ワクワクに従うことが幸福への完全キット(5'47"〜7'33")

A: Every time you come to a crossroad, stop, take a moment,
look at all the opportunities no matter what they are, no matter
how simple they may seem, whether they seem connected to 
something else or not that you think they ought to be connected
to, just look at the opportunities available to you to act on and
just keep picking whatever one has the most excitement, the
most attraction, the most drive in it, and act on it to the best of
your ability until you can act on it no further, with absolutely
zero expectation or insistence on a particular outcome.  And if
you just keep doing that, that's all you have to do to align
yourself with the mechanism of synchronicity and allow the
machine of creation to work for you in a positive context.  And it will thus then help you clear up all the confusion because you will be using the machine in an appropriate way.  And 
when you do that, because excitement is not only the driving engine and the organizing principle of the drive but because it's a
complete kit, it will bring to your attention while you are
doing that, any idea, any definition, any belief within you
that is not compatible with the vibration of your excitement and bring it to your attention so that you can understand
what you may be holding on to as a belief that is out of
alignment with your truth and give you the opportunity to
let that go as not belonging to you so that you can
transform that energy of resistance into more energy of
excitement, which will thus then expand your ability to see
even more opportunities of exciting things to act upon.  
That's how it works.  That's the whole formula.  That's all
there is.  Period.
  


A: 2つ以上の選択肢がある状況に来たときは毎回、一息ついて、どんなに些細なことに思えても、きっと何かと繋がっているだろうからなどと理屈で考えるのではなく、すべての選択肢の中で自分が最もワクワクするもの、最も惹かれるもの、最もエネルギーを感じるものを選んで、自分の能力の限りそれをやり通し、どのような結果を生むのかは気にしない。もしあなたがこれだけのことをやるならば、シンクロニシティー(共時性)のメカニズムとあなたは協働し、創造のマシーンはあなたにとってポジティブに作用するでしょう。創造のメカニズムを適切な方法で用いていることになるので、すべての混乱はクリアになるでしょう。そして、これを実践するとき、ワクワクはそれ自体が行動力のエンジンになるだけでなく、秩序をもたらす原理でもあるので、完全なるキットなわけですが、それゆえワクワクと波動の合わないすべての考えや定義、信念があなたの中ではっきりと見えてきます。それらを自分のものではない異物として処理し手放す機会が与えられます。それによって、抵抗のエネルギーは新たなワクワクのエネルギーへと変換され、ワクワクに沿って行動できる能力がさらに高まります。このようになっているのです。これが方程式のすべてです。これ以外にありません。完結!

 ワクワクに沿って行動していると、自分の幸せと合致しない考え方や信念が手放すべきものとして浮上してきます。

 「これを捨てなさい」と宇宙が教えてくれているかのようです。

 自分の真実と合わないものを捨てて、ワクワクを生きていればいるほど、幸せになる能力はどんどん高まっていきます。そして、自分らしく満ち足りていくのです。

 自分を本当に充足するものに出会い、それを生きている自分になっていくわけです。

 その方法は、何ら複雑なものではない。今ここで選べる範囲の中で、最もワクワクするもの、最も惹かれるもの、最もエネルギーを感じるものを選んで行動に移す。それだけなんです。

 今ここにない非現実を考える必要はない。抽象的になり過ぎる必要はない。考える必要はないんです。ハートの感じがすべてを教えてくれます。


自分との関係をまずクリアにする(7'33"〜9'21")

A: Is this helping?

Q: It was lovely information to take in.

A: Then if you wish some time to ponder it and let it sink in until 
you are capable of truly understanding it and making it your own, by all means.  Then do you have what you need?  Or not?

Q: Ah, not.

A: Do you understand how what we have said will apply to your 
question about relationships?  Because 
the first relationship is about you with yourself, and if you don't understand 
yourself and you are not in touch with your beliefs, then 
you are going to be confused about any relationship that 
you have attracted in your life or will attract
.  So the first 
step is always to clarify who you are and develop the 
relationship between your physical and Higher Mind as 
clearly as you can so that you can get a handle on the 
relationship with yourself and the relationship of yourself 
to Creation, and then that will help clarify any other 
relationships in your life, and you will know thus then by 
comparison what to do, how to act.
  Does that make more 
sense?

Q:  Yeah, it makes more sense, yeah.

A:  All right.  So let this sink in.  If that's what you wish to do,
think about it again and again until it makes more sense, until
you understand how to give yourself the opportunity to really
look clearly at the belief systems you are holding on to about you with yourself, in your relationship to Creation.  And once those
start becoming clear, all the rest of it will clear up, too.

Q: OK.  Thank you.

A: Thank you!


A: 助けになっていますか?

Q: 吸収するには素晴らしい情報でした。

A: もう少しこの内容を熟考し、より深く理解できるように時間をとりたいのであれば、是非そうしてください。あなたが望んでいるような解答が得られましたか? ノーでしょうか?

Q: ノーです。

A: 私たちが述べたことが、あなたの人間関係について当てはまるということが理解できますか? つまり、
最も重要な人間関係は自分自身とのものであり、自分を理解しておらず、自分の信念に自覚がなければ、自分の生活で引き寄せた如何なる人間関係についても混乱せざるを得ないのです。ですから、最初の一歩は常に、自分が何者なのかを明確にすることであり、肉体のマインドと高次元のマインドとの間に関係を築くことです。そうすれば、自分自身との関係が掴め、自分自身と宇宙の創造との間の関係が掴め、人生のあらゆる人間関係に関するすべてが明瞭になります。自分自身との関係、そして創造との関係との比較によって、あなたは何をすべきか、そしてどのように行動すべきかを知ることになるのです。こちらの方がより分かりやすいですか?

Q: はい。さきほどより分かります。

A: オーケー。ではこの情報を落とし込んでください。もしお望みであれば、この内容を繰り返し熟考し、深く理解できるようにしてください。そして、自分自身との関係について、創造との関係について、あなたがしがみついている信念体系をよく観察してください。これらのことが明瞭になってくれば、他のことすべてはクリアになるでしょう。

Q:  分かりました。ありがとう。

A: こちらこそありがとう!

 自分について何を信じているか。宇宙の創造について何を信じているか。こういうことが実は自分の人生を創造する上で最も根源的な影響を持ちます。

 「自分のニーズを犠牲にして相手に尽すしかない」という信念を持っている人は、自分自身を相手の召使いとして扱うこと以外にできません。「自分をどう扱っているか」「自分とどう接しているか」ということが自分自身との関係であり、すべての人間関係を規定する基盤です。

 また、「宇宙は私に必要なものを与えてくれない」とか「私は神様に見離されている」と信じている者は、そういった信念に忠実な現実を創造していきます。この人が展開するあらゆる人間関係は、これらの根源的信条に色付けされたものとなるのです。

 なので、まずは自分自身との関係と、創造との関係を明らかにしなさいとバシャールは言っています。そこに、あらゆる人間関係のトラブルの根源があるからです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 あなたは人から愛されることを求めながら、根底では自分を愛されるに値しない存在だと裁いてはいないだろうか?

 あなたは暴力を振るう人から守られようとしながら、根底では自分を神に見離された罪人だと裁いていはいないだろうか?

 あなたは幸せになりたいと思いながら、根底では自分は幸せになる能力がないと信じ込んでいないだろうか?

 あなたは実現したい幸せに対抗する信念を密かに信じ込んで、自分をブロックしていないだろうか?

 あなたは無自覚のうちに、自分の不幸を創造し、引き寄せてはいないだろうか?

 あなたは本当にあなた自身の幸福や自己実現を心から応援する自分自身の味方でいてあげているのだろうか?

 あなたの目の前の相手との関係は、あなた自身について何を示してくれているだろうか?

 あなたはこの人間関係から、自分について何を知っただろうか?

 この関係は、あなたがより自分らしく生きるために、何を提供してくれているだろうか?

魂の4つの性質

 神道の一霊四魂説に基づいて、人間の魂の4つの性質に関する私の考えをお話しします。

 魂には以下の4つの機能があるとされています。

荒魂(あらみたま)・・・勇敢に前に進む力。耐え忍びコツコツ努力する力。行動力。ひと言で表すなら「勇(ゆう)」

和魂(にぎみたま)・・・親しみ交わる力。平和や調和を望む親和力。ひと言で表すなら「親(しん)」

幸魂(さきみたま)・・・思いやりや感情を大切にする力。愛育力。ひと言で表すなら「愛(あい)」

奇魂(くしみたま)・・・真理を求めて探究する力。観察、分析、理解などを通して悟る力。探究。ひと言で表すなら「智(ち)」

 すべての人は、この4つの機能のうち1つを中心機能として持っており、あとの3つもある程度持ち合わせているものと思われます。

 たとえば、「荒魂(あらみたま)」の人は4機能をすべて持ち合わせているけれど、行動力が最も抜きん出ているということです。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 皆さんも周囲をご覧になると、どの人も4つのいずれかに該当することを発見なさるのではないでしょうか。

 では、有名人を例に、私が感じる4種類の魂についてご説明いたします。

荒魂(あらみたま)・・・「勇」、行動力が最も特徴的な人

 石原慎太郎、橋下徹、中田英寿、イチロー、吉田沙保里、澤穂希

 武道、政治、警察、消防、軍事、スポーツなどに必要とされます。

和魂(にぎみたま)・・・「親」、親和力が最も特徴的な人

 笑福亭鶴瓶、安めぐみ、蛭子能収、出川哲朗、太田光

 商売、娯楽、接客、社交、調停などに必要とされます。

幸魂(さきみたま)・・・「愛」、愛育力が最も特徴的な人

 尾木ママ、黒柳徹子、綾小路きみまろ、西田敏行、永六輔

 教育、保育、福祉、芸術などに必要とされます。

奇魂(くしみたま)・・・「智」、探究力が最も特徴的な人

 池上彰、田原総一朗、姜尚中、ビートたけし、阿川佐和子、夏井いつき

 学問、研究、哲学、宗教、ジャーナリズムなどに必要とされます。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ご自分や周囲の人間を理解するために役立てていただければ幸いです。

 私は奇魂(くしみたま)です。真理を知りたいという情熱が最も強いと思います。興味を持った分野では、真理を掴もうとして探究する。これは放っておいてもやめられない性分です。

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