菅波亮介のエナジー・カウンセリング(石川県金沢市)

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2016年12月

未解決の感情は体の不快感として現れる

 心と体がひとつに繋がっていることは、何千年も前から知られていました。

 私の経験からも、心理的問題は体の不快感として必ず現れることを確信しています。

 そして、私は心理療法をする際、クライアントの体感にフォーカスするという手法をよく用います。というのは、体感はクライアントがまだ気づけていない無意識からのメッセージを忠実に伝えてくれるからです。

 心を癒すということと体を癒すということは、実は「ひとつ」です。

 心が癒されていないとき体が心地悪く感じられますし、反対に心が癒されると体は心地よくなります。

 ということは、体の不快なところに未解決な心理的問題がある場合が多いということなのです。 

 なので、私の心理療法では、体の不快なところの声を聞くという方法をとります。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 心が解決できていない問題、たとえば癒されていない感情やマイナス信念があると、そこには「心のしこり」が存在します。

 そして、「心のしこり」があるところに「体のしこり」があります。そこでは、気が滞って流れにくくなっているのです。 

 たとえば、癒されていない悲しみや絶望感や淋しさがあると、それが胸に重たい感覚、息が詰まる感覚となって現れたりします。

 そういうとき、胸の重たい感覚に意識を向けて、そこにあるエネルギー(=意識)と対話をしていきます。すると、映像や言葉や体感を通して、エネルギーは中身を伝えてくれます。

 こんなに悲しいことがあった、こういうふうに辛かった、ああしてほしかったなどと教えてくれます。

 この声を完全に聞いてあげると、胸の重たい感覚、息が詰まる感覚が解決して消滅していきます。

 多くの人は、体の感覚と意思疎通ができるという事実を知りません。これはもったいないことです。

 体の感覚は「物」ではなく「生き物」なのです。 

「反応A」「反応B」「反応C」

 多くの人の心理的苦悩を解いてきた経験から言いますと、苦悩は自分ではどうしようもない3段構造になっていることが多いです。

 意識の最も深いところに「反応A」という原初の痛みがあり、これに対して本人は無自覚です。

 「反応A」を二度と経験しなくていいようにと自己防衛する反応が、意志に反して生じてきます。これを「反応B」と呼ぶことにいたしましょう。これに対して本人は無自覚なこともあれば、自覚していることもあります。

 「反応B」は自分を守るために起こってくれているにも関わらず、これは自分の生活を著しく限定してしまうため、本人は「反応B」に対してイライラすることが多いです。そして、「反応B」と敵対し、それを変えよう変えようともがく。これを「反応C」と呼びましょう。

 具体例を挙げます。

 「人前に出ると緊張して自分が出せない」と悩んでいる人がいたとしましょう。この場合、「人前に出ると緊張して固くなる。話せなくなる」というのは「反応B」です。

 この人が、仕事で成功したいとか、自己表現ができるようになりたいと願望し、緊張しいの自分を何とか変えたいと思う。これ自体は自己実現に向かって成長したい欲求なので問題ありません。

 ただこのときに、「なんでいつまでも緊張してしまうんだよ!」と自分に怒りを感じることがあります。自分をもてあましているわけです。この「自分への怒り」が「反応C」です。

 ここまでをまとめますと、この人は「緊張して人前で自分を出せない」という苦しさを味わっているだけでなく、そういう性格のために「自己表現したいのにできない、成功したいのにできない」という辛さも重なって味わっていることになります。この2種類の苦しみは別物です。

 さて「反応C」は自己表現したい、自己実現したいという欲求の声です。それが「反応B」によって妨げられていると感じるので、「反応B」を攻撃したい気持ちになっています。

 ところが「反応B」にも満たしたい欲求があります。それは、自己表現を控えることで自分を傷つくことから守りたいということです。こちらにも正当性があることを共感的に理解することが大事です。

 「反応B」と「反応C」のどちらかの一方に味方することなく、両方の利益を尊重する関わりを続けていくと、「反応B」の奥にもう1つ別の苦しみが横たわっていることが見えてきます。

 そもそも「反応B」が生じる必要があったのは「反応A」という苦しみがそこにあったからです。

 その「反応A」とはトラウマ体験かマイナス信念、あるいはその両方のいずれかです。

 たとえば、この人は小学生のとき教室で先生に当てられて間違った答えをしたとき、教室のみんなに笑われたとします。そのときショックを受け傷ついてしまった。それが解決しないまま、心の奥に潜っている。

 こういった場合、このトラウマ体験が「反応A」として無意識の領域に埋もれているわけです。

 この痛みを二度と体験しなくていいように、それ以後この人は「自分を出さないように」という自己防衛反応を起こしていったと考えられます。それが「反応B」です。

 私がカウンセリングと心理療法で行うのは、「反応A」に直に触れて、その痛みを癒す作業です。「反応A」がニュートラルになると、「反応B」がもう必要でなくなります。

 このようにして、痛みの癒しと自分を防衛する緊張反応の双方が解けることで、その人は自己実現への障害を手放して前進していけるのです。

「反応A」:間違ったとき笑われて傷ついた感情が埋もれている
「反応B」:自分を出さないことで傷つくことを回避しようとする
「反応C」:自分表現ができない自分にイライラする

「反応A」を癒すことで「反応B」を変容できる
「反応A」に触れずに「反応B」だけ変えることはできない
 

教育熱心な親のシャドー

 私は20年間教師をしていた関係で、数百人の親と直接付き合いました。親の意向で子供が英語やピアノを習っている、そういう子供に多く接しました。

 「強迫的」という言葉がぴったりの一生懸命さで子供の教育に投資している親を見ていて、子供を可哀想に思ったことは一度や二度ではありません。

 その当時、私に心理学やカウンセリングの知識や技能はなく、そういう親子関係を端から見ながら子供を教えることしかできませんでした。

 今の私なら少し切り込んでお話をする場合もあるかもしれません。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 親が自分の人生で挫折や劣等感を抱えている場合、子供には自分が叶えられなかった人生を叶えて欲しいと強く思うことがあります。 

 このような子供への大きな期待は、親自身の夢実現であり、そこには子供を独立した個性として尊重する態度が欠けています。自分の要求を満たすような子供の人生を願うことで、親は自分を癒そうとしているのです。

 そして、これは子供に子供自身であること、そして子供自身の人生を歩むことを許しません。

 親は子供のために一生懸命に投資していると思い込んでいますが、これは子供への愛では決してないのです。自分の願いを叶えて欲しいと子供に依存しているのです。

 これは子供にとって重荷です。

 親は自分の挫折の補いを子供にさせてはなりません。自分の挫折は自分の中で折り合いをつけるべきです。親は自分自身の人生を生きることで、あくまで自分自身としての生を全うするのがよいのです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 子供の意思でやりたいと思っていることを一生懸命支援するのは親のエゴではありません。子供が自分でやりたいと感じて追求しているなら、それは親の支配ではないと言えます。けれども、子供がやりたいと思っているわけではないことを親の意向でやっている場合には要注意です。

 「それをやりたい・やって欲しいのは誰なのか?」という問いに対して、「親だ」という答えであれば、それは親の支配体制だと見て間違いありません。

 子供は親の承認が欲しくてやっているのであって、自主的に自分の欲求に従ってやっているのではありません。そうすると、心の歪みは何らかの形で出てきます。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 本日のテレフォン人生相談では、まさにこのような教育熱心な親が相談者です。

 →
http://tel-soudan.com/hairstyle-161213/
 

「好きな色」「好きな動物」「好きな水の形状」で分かること

 これはゲーム感覚でするちょっとした心理テストです。

 よかったらやってみてください。5分程度でできると思います。

 記事の最後に載せてある診断方法を見ないでやることが重要です。答えを出してから診断方法を読んでください。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

3つの質問

 紙に以下の質問への答えを書いてください。

 ① 「あなたの好きな色は何ですか?」1つ選んでください。

  そして、その色のどういう性質が好きなのか3つ挙げてください。たとえば「ピンク」が好きな人は、「かわいい」「美しい」「優雅」などかもしれません。「桜の色だから」という書き方は性質が表現されていません。「桜色」であることのどういう面が好きなのかを言葉にしてください。

 ② 「あなたの好きな動物は何ですか?」1つ選んでください。

 そして、その動物のどういう性質が好きなのか3つ挙げてください。

 ③ 「あなたの好きな水の形状は何ですか?」1つ選んでください。「水の形状」とは、海・川・湖・プール・水たまり・ペットボトルのミネラルウォーター・水道管の水・コップの水・お風呂などです。水(お湯も含め H2O ならよい)からできている形状なら何でもありです。

 そして、その水の形状のどういう性質が好きなのか3つ挙げてください。

 書き終えたら、次にある診断方法をご覧ください。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

診断方法

 ① 「好きな色」は自我像を表しています。あなたが書いた3つの性質は「自分がどういう人間だと感じているか」を表しています。

 「白」の「純粋さ」が好きだと答えた人は、「自分は純粋な人だ」と感じているということです。

 ② 「好きな動物」は理想のパートナー像を表しています。あなたが書いた3つの性質は「どういうパートナーが欲しいか」を表しています。

 「犬」の「愛情たっぷりなところ」が好きだと答えた人は、「愛情たっぷりなパートナーが欲しい」ということです。

 ③ 「好きな水の形状」は求めている性のあり方を表しています。あなたが書いた3つの性質は「どういうセックスを望んでいるか」を表しています。水は命そのものであり、この項目は「どういう人生を望んでいるか」を表しているとする解釈もあります。

 「湖」の「深くて落ち着くところ」が好きだと答えた人は、「深くて落ち着くセックスを望んでいる」ということです。あるいは「深くて落ち着く人生を送りたい」という解釈もできます。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 私の回答は教えられませんが、どれもドンピシャでした!(笑)
 
 この記事の内容はティール・スワンの動画から拝借したものです。


参考動画

The 3 Questions Game - Teal Swan

https://www.youtube.com/watch?v=CEtYt0nx-4U

相手と折り合うことは自分と折り合うこと

(これは2015年6月に投稿した記事の復刻版です。)

 相手と折り合いがつかないのは、自分と折り合いがつかない時です。


 相手とバランスがとれないとすれば、自分とのバランスが悪いのです。 

 人付き合いの基本は、「自分と折り合うこと」です。

 自分と折り合えていれば、誰とでも折り合うことができますが、自分と折り合えていなければ、周囲との折り合いに悩むことになります。

 すべては「自分自身とのバランス」なのです。 

 人間関係の問題は次の4つのいずれかです。

① 自分が求めていることを相手はしてくれない
② 自分がしてほしくないことを相手はしてくる
③ 相手にしたいことを自分はできない
④ 相手にしたくないことを自分はしてしまう

 ということは、この対極が叶えば、問題は解決したことになります。

① 自分が求めていることを相手がしてくれる
② 自分がしてほしくないことを相手がやめてくれる
③ 相手にしたいことをすることができる
④ 相手にしたくないことをしないでいられる

 さて、③ と ④ は、自分側のことなので、自分に責任があります。自分が変われば、問題は解決するのですから、「自分との折り合い」を改善することが大事です。

 問題は ① と ② です。

 自分が悩み苦しんでいるのは、相手のせいであると感じているとき、私たちは相手に変化を求めていますよね。これが ① と ② です。

 これは、「相手が自分の欲求を満たさない言動をしているので、自分に不満がある」という状況です。

 そして、相手に変化を求めることで、自分の欲求を満たそうというコミュニケーションを私たちはとります。

 相手が応じてくれれば全て解決です。しかし、往々にして相手は応じてくれません。

 「相手が自分の欲求に応じてくれない」ということが、人間関係の悩み苦しみの元となります。

 自分の不満を解消することは大事です。でも、その時に次の原則を守らなければ、相手を不当に扱うこととなります。

原則1:相手には自分の欲求を満たさない自由がある
原則2:自分の欲求を満たさない相手とどう関わるかは自分の選択である
原則3:自分の欲求を満たす方法を見つけるのは自分の責任である
原則4:交渉の余地があるときには交渉し、ないときには諦める

 ① と ② の悩みは、③ と ④ として考え直すと、「自分には何ができるか」「自分がやめられるのは何か」という自分がコントロール可能な問題として捉え直すことができます。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

自分は子供が欲しいけれど、婚約相手は子供を産みたくない

 男性は子供が欲しいけれど、相手の女性は産みたくない場合、この男性の悩みは ①=「自分が求めていることを相手はしてくれない」です。

 この場合、女性と交渉をして、快く男性の欲求に応じてくれるなら解決ですし、女性の気持ちが固く、どうしても応じられないなら、その現実を受け止めて、男性は自分自身の気持ちと折り合う必要があります。

 「僕は、子供を産みたくないというこの女性を受け入れ、子供なしでも彼女と一緒になりたいだろうか?」という問いに答えを出さなくてはなりません。

 「自分の子供が欲しい」という気持ちが強く、諦められないならば、この女性と一緒になる決断は、自分の本心と折り合いが悪いということになります。

 その場合、「それじゃあ、あなたとは一緒になれません」と伝えるのが、自分の本心と折り合うことであり、相手と折り合うことです。

 それに対して、「そのうち彼女の気持ちも変わるかもしれない」という暗の期待を持ちながら、「分かった。子供なしでいいよ」と彼女に伝えて一緒になったとしましょう。

 彼女と別れたくなかったので、本心とは調和しない決断をしたわけです。そして、結婚した後で、ネチネチと「ねえ、いいだろう? やっぱり子供が欲しいよ」などと彼女に迫り続ける。

 彼女は「子供なしでいい」と言ったから結婚に応じたのに、話が違うと不満になります。

 そして、この関係は壊れていきます。

 表面上は女性に快く応じたように見せかけておきながら、奥では調和していませんでした。

 この男性は、自分と折り合っていなかったため、彼女とも本当には折り合っていなかった。別れたくなかったばかりに、嘘をついていたのです。

 早かれ遅かれ嘘はバレます。本心は長らく隠せるものではないからです。

 そして、修羅場を通して、男性は自分と折り合いをつけなくてはならなくなります。女性との折り合いの悪さが関係を壊すことで、自分と折り合っていなかった事実と直面するのです。

 このように、あらゆる人間関係は、「自分との折り合い」が基盤です。これを偽ると、他者との関係が折り合いのつかないものになっていきます。

 自分に誠実であることは、相手に誠実であることとイコールです。自分を偽ることは、相手を欺くことです。自分の本心と不調和な人は、決して相手と調和することはできません。

 自分の本心に逆らうことが、相手への思いやりであることは決してないのです。
 

2種類の幸せ

 私は人間が生きていく上で2種類の幸せがあると思っています。

 1つは「達成していく幸せ」。もう1つは「あるがままの幸せ」。 

 前者は「形の世界」において、今達成されていないものをこれから達成して成就させていくときに味わう幸せです。

 今は車の運転ができないけれど、習って運転できるようになる。これからスポーツ大会へ出て優勝する。結婚して家族を持って、子供を育てていく。プロとして技を磨いて上達していく。

 こういった「達成と成就」に幸せがあります。

 これはある意味「男性的な」幸せと言いますか、望みを有形化していく充実感です。

 ゴールに向けて努力し、達成していく。大事なことです。しかし、これは人生のすべてではありません。

 人間にはこれと対極を成す、等しく重要な幸せがあります。そして、それは達成とは全く関係がありません。

 たとえば、太陽の美しさを味わう。草花の美しさを味わう。食べ物の美味しさを有り難く噛みしめる。鳥の優雅さを鑑賞する。からだが健康で散歩が楽しめる幸せを感謝する。赤ん坊の美しさをしばし眺める。お茶の美味しさを味わう。

 このように、すでに完成されている恵みを頂く。そして、それを喜び感謝する。これもまた幸せの重要な部分です。そして、これは成長や達成とは無関係に与えられている幸せです。大自然に愛され、満たしてもらうだけの、ある意味「女性的な」幸せです。受け取ることに自分を開いていくだけでよい幸せ。

 この後者の幸せは、これから達成していく未来にあるのではありません。すでに今現在ここに存在して、与えられているものです。

 太陽の美しさ、草花や鳥の優雅さは、これ以上改善される必要がない。もう完成されています。お茶の美味しさも、改善の中に幸せがあるのではありません。すでに十分幸せなのです。

 今ここに完成されており、頂くだけでいいのです。

 草花の美しさを味わうのは、何か他のものへの手段としてあるのではない。それ自体が幸せの成就なのです。何か別にゴールがあって、そこへ向かうための方便として存在するのではない。

 鳥がいてくれる、草花があってくれること自体が恵みであり、幸せの完結なのです。

 それを味わい喜ぶとき、そこに生きる意味がすでに完成しているのです。

 「何のために草花を楽しむのだろう?」「何のために美味しい料理を食べるのだろう?」と問う必要はない。それらを楽しむことが生きる意味そのものです。生きることの頂点がすでにそこにある。

 別の目的のためにあるのではない。

 達成する前者の幸せばかりに目を奪われている人は、時に、病気などを通して、ゴールに向けて頑張れなくなる時期を経験します。前に進みたくても進めずイライラするかもしれません。

 しかし、そういうときに、もう1つの幸せに目が開かれることがあります。

 体が思うように動かなくなっても、仕事を成就できなくても、幸せを頂くことができる。その恵みを頂く立場を経験するかもしれません。
 
 自分が能動的に達成するだけが幸せではない。大自然の恩寵を頂き敬うことも大事な幸せなのです。
 
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