W-Zero 3 の手書き入力機能
手書きとワープロ (ケータイ) とでは文字を書くのに脳のはたらきがどう違うのか、という比較を NHK クローズアップ現代 (2006/11/08)」 でやっていました。

脳全体が活性化される手書きに対して、ケータイの文字入力は、なるべく漢字変換をしないという今日びの学生さん達の使い方もあって脳はほとんど刺激を受けないという結果でした。

私自身の経験に照らしてみても、ワープロ書きをメインとしはじめた 1998年以降、文字をすぐに思い出せなくなったり、漠然としたテーマを決めて理論を構築していく 概念的思考 が億劫になったりと、ワープロやPCの使い勝手 (制約) に沿ったものの考え方に染まりつつある自分を見つけて恐ろしくなることもあります。

私の世代は学生時代にPCが生活の中に入り込んでいなかったので文章を書き論理を構築するのは先ず全て手書きで訓練を積み、後年ワープロ入力を覚えるというプロセスを踏んでいます。 それでこの体たらくですから、現代の学生さんのように、読書も殆どせず、手で文字を書くという経験も十分積まぬままワープロ、おっとケータイ漬けの生活を送るようになれば幼稚な文章しか読み書きできないというのは当然の結果です。

携帯電話の普及により、私たちは通話やメール交換というコミュニケーション手段を身近なものとしました。 しかしそのコミュニケーションでやり取りされる文章のレベルは救いようがないほど稚拙です。 悪貨は良貨を駆逐するといいますが、これは言葉のクォリティー低下にも当てはまるのではないでしょうか。

勉強の第一歩はもの真似です。 幼児は耳から入ってくる両親の言葉やテレビで使われる言葉を真似て話し言葉を覚えます。 もう少し大きくなって学校に行くようになると文字の読み書きを覚え、読書を通じて言葉の用例や論理の構築方法を模倣し取捨選択しながらその人固有の文章力を築いていくのです。 なのに、豊富な言葉の用例を知らぬまま知っている範囲の稚拙な言葉だけで自分の言語世界を築き上げようとしても、他人 (その相手も稚拙な言語世界に引きこもる) と共通理解できる語彙は著しく限られ (言葉は相手に通じなければ意味がありません!)、ボキャブラリーはますます貧困になっていく。 高校卒業までは塾通いで読書から遠ざかり、大学時代はアルバイトとケータイ中毒で読書とは全く無縁の生活を送る若者世代。

彼等の貧困な文章力をなんとかすることが教育改革の第一歩ではないでしょうか。 ゆとり教育失敗の最大の原因は、授業時間短縮で捻出される時間を読書に導くことができなかったことだと私は考えています。 その読書もスラスラ読み進める平易なものばかりでは不十分で、少し背伸びをして辞書を引きながら読み解く本も必要でしょう。

素晴らしいリズム (←これを会得するのが一番ムズカシイと思います) の文章、自分の関心ある分野の興味を深めてくれる知識、明解な文章で高度な論理を構築する構文や文法を吸収しながら、人から強制されることなく自分のペースと気分で進める読書というのはこの上なく気分のよいものです。 毎日忙しそうに動き回っているのに実は何も身に付いていない。 そんな現実に気付いて愕然とする人には、まず読書をするようススめます。 即効性のある解決策ではありませんが、遠回りしても一生の財産となる文章力を着実に身に付けてほしいと心から願うからです。 PCの双方向マルチメディア・コミュニケーションも、今はまだ物珍しさもあって画像・音声データに関心が向けられていますが、コミュニケーションの基本は 「文章」 なのではないでしょうか。 安易に写メールにはしらず、ものごとを文章で相手に分かるように伝える訓練、これはもっと重視されて然るべきものと考えます。

軟化しつつある脳を活性化するため、私も最近、携帯は専ら手書きで入力しています。 私が使っているのと同じ機種 ( W-Zero 3 :この機種の最大の売りは QWERTY キーボード搭載なんですが…) 同士なら手書きメモを画像としてやり取りできますし、ワープロの手書き入力文字認識率もまだ完璧ではありませんがまずまず満足のいくレベルに仕上がっています。 キーボード入力とは全く思考回路が変わるのが実感できて新鮮ですよ!