September 01, 2010

弟が好き過ぎて

ベートーヴェンの兄弟は多く生まれましたが、生き残ったのは、
ルートヴィッヒ、カスパール・アントン・カール、ニコラウス・ヨハン
の3人だけです。

ベートーヴェンより10歳年下で、ボン・ベートーヴェン家の階下に住んでいた
カルト夫人は、若い頃のベートーヴェンの性格を、"zarten und liebenswürdigen"
次弟カスパール・アントン・カールを「親しみに欠け、尊大で生意気」
末弟ニコラウス・ヨハンを「バカなところもあるけど、大変気立てがいい」
と評しています。

"zarten"は「優しい」「思いやりがある」、
"liebenswürdig"は「愛すべき」「感じが良い」「親切な」「愛想がいい」
といった意味です。

(A.W.Thayer "Ludwig van Beethovens Leben 第2巻" 1910年 p.342)


どちらかというと、子どもの頃のベートーヴェンは
次弟のカスパール・アントン・カールの方と仲がよかったようです。

カスパール・アントン・カールも、兄ほどではないにしても、
多少はピアノが弾いたり、作曲したりすることができました。

段々入力するのがつらくなってきたこの長い名前は、
名付け親になった大臣の名前から取られています。

児島新さんによると、祖父の宮廷楽長の座を狙っていた父ヨハンは、
大臣に取り入り、息子の名付け親になってもらうことで、
箔をつけようとしたのだそうです。

(児島新 1985年 『ベートーヴェン研究』 春秋社)

カスパール・アントン・カールなので、
普通、カスパールと略されるところなのでしょうが、
ゲルハルト・フォン・ブロイニングの証言によると、
本人はカールという名前の方が「エレガントだ」と思っていたそうで、
自称はカールでした。

そういえば、末弟ニコラウス・ヨハンも自称は (ニコラウスではなく) ヨハンですね。
それが、父ヨハンを思い起こさせるので、ベートーヴェンは弟ヨハンの名前を
「ハイリゲンシュタットの遺書」にも書かなかった(書けなかった)んじゃないか?
と、ソロモンは推察していますが…閑話休題。

 

ベートーヴェンがヴィーンに出て間もなく、ボンで父が亡くなったので、
ボンにいた弟達はベートーヴェンを頼ってヴィーンに出ています。

ヴィーンで仕事をみつけるまで弟達はベートーヴェンの仕事を手伝い、
ベートーヴェンはそれを頼もしく思っていたようです。

(児島新 1985年 『ベートーヴェン研究』 春秋社)

でも、弟子のリースは、ベートーヴェンの弟達がでしゃばることで、
ベートーヴェンと周囲の間を裂くことがあったことを指摘しています。

(F.G.Wegeler, F.Ries "Biographische Notizen über Ludwig van Beethoven" 1838年 p.97)

「弟達」と書くことでリースは名指しするのを避けたのかもしれませんが、
特に次弟カスパール・アントン・カールの評判はあまりよくなかったようです。

出版交渉の手紙で、自分のことを「私」ではなく「我々」と書くので、
出版商達に、こいつ何様?と思われていたようですし、
ベートーヴェンから作品を安く買い取り、それを出版社に高く転売して儲けたり、
時には、自分の作品を兄の作品と偽って売ったりしていますし、
自分の悪い噂をベートーヴェンに知らせた親友シュテファン・v・ブロイニングと
トラブルになって、ベートーヴェンとブロイニングを仲違いさせたりもしています。

(児島新 1985年 『ベートーヴェン研究』 春秋社)


そして、そんな風に、弟のせいで酷い目にあったことを、
ベートーヴェンは、


gleich vergaß er Alles.
すぐにすべて忘れてしまうのだった。



…のだそうです。


また、そういう時、
ベートーヴェンは、よくこう言ったそうです。

 

„es ist doch immer mein Bruder,"

だって…

目そらし


und der Freund
そして友人達は、

bekam Vorwürfe für seine Gutmüthigkeit und Offenheit.
ベートーヴェンの 人の良さ と 馬鹿正直さ にイラッとするのだった。

(F.G.Wegeler, F.Ries "Biographische Notizen über Ludwig van Beethoven" 1838 p.97)

 

ベートーヴェンの"弟好き"、あるいは"兄バカ"っぷりに、
一番イラッときていたのは、
友人達ではなく、弟子の方だったのかもしれませんけどね。


ベートーヴェンは、
弟は優しいのにみんなが誤解している、と思っていたようです。

うーん…そうだったのかもしれませんけど、
カスパール・アントン・カールは就職してからの職場でも評判悪いですからねぇ…



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■弟子リースの証言について

セイヤーが、リースの証言に「誹謗が入っている」と書いているのは、
存命するベートーヴェン家の子孫=カスパール・アントン・カールの子孫たちに
配慮してのことかなーと思っています。

リース達の暴露本の後に伝記を出版したシンドラーが、
明らかに嫉妬・誹謗から、ベートーヴェン家の人々をバッシングしまくって、
ベートーヴェン家の人達に相当不愉快な思いをさせたでしょうから。


■証言の邦訳について

Vorwürfeをmachenする(英語のmake)で、「非難する、叱る」の意なので、
 Vorwürfebekommenする(英語のget)だと、「『叱りたい気持ちになる』かな?」
 と推測して、「イラッとする」と訳しています。間違いだったらすみません。

Gutmüthigkeitは、今は?正しくは?Gutmütigkeitと綴るみたいです。

Offenheitは「心を開いていること」「率直さ」「正直さ」といった、
 良い意味の言葉ですが、ここでは↑のように訳しています。


■絵について

今回のベトベン絵は、私(わたし)的には、
カン・マエに似せたつもりなんですが、似てないかな…  orz

どんなに傷つけられてもカン・ゴヌに貢ぐ言い訳をするカン・マエ、みたいな。
ドラマにそんなシーンはないですけどね。

Posted by ruhmvollerkaempfer at 23:57│TrackBack(0)

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