2009年11月21日

新しい仕事スタートまでのドタバタ

それは突然やってきた。

『あの、悪いんだけどすぐにでも仕事を始められない?急に人が足りなくなっちゃってとY先輩から電話があった。
『えー
Y先輩の知り合いの職場で臨時の仕事を紹介してもらえるかも、という話は前からあったものの、2ヶ月くらいのんびり家で過ごすつもりだった私は、正直「えー、まだ働きたくないよ〜〜」という気持ちもあったし、どっちにしろ車もまだ買ってないし、娘の保育園のこともあるので、すぐなんて無理だろうと思った。
せめて12月からなら保育園に入れるかもしれないけども。

しかし先輩が紹介してくれた仕事は事務職で、わりと時間や休みの融通が利くらしく、そんな仕事なんてなかなか他に見つからないであろうので、なんとか諸々を手配できないかと考えてみることにした。このときが火曜日。
気は焦るし、頭もまたパニくってきた

次の日にあわてて、紹介された職場に面接に行った
実は8月に帰省したときに、履歴書は出していたのだ
そして来週から来られないかと聞かれ、保育園の問題さえクリアできれば何とか大丈夫なので、返事を次の日まで待ってもらうことにした。
急がないと他の人にすぐ決まってしまうだろう

すごく悩んだ
どうにか次の週からでも仕事ができるようにするには、まずはを決めて買ってしまうこと。
2台まではしぼれているので、あとはどちらか決めるだけ。
新車を買うのは無理だけど、展示車だった車(つまり新古車)で可愛いのがあったので、それに決めた
これなら機能的には新車と変わらず長く乗れるだろうし、しかもぐっと安く買える
お金は母に借りたので、一気に借金王に!
車の手配は週末にできるということなので間に合うのだが、私はバリバリのペーパードライバー。
車をまともに運転するのは13年ぶりくらい?練習もしないといけない

そして最大の試練は保育園
月の途中からの入園というのがないので、一時保育に預けるしかないということになった。
来月からの1歳児クラスの入園を受け入れもで、、すぐに一時保育に入れて、なおかつうちから通えそうなのは、うちの町内の保育園しかない。
この保育園は小さくて、暗い神社(心霊スポットでもある)の近くで、なんとなーくイヤだなあって思っていたんだけどね。知り合いにも絶対会うだろうし
でももうここに入るしか手がない。また4月に他のところに変わればいいさ。

そんなわけで問い合わせの電話した次の日に保育園の見学
娘を連れて保育園に行くと、いきなり大泣き保育園がイヤなのではなくて、車にまだ乗っていたかったらしい。
先生はいい人そうだし、子供たちも楽しそうなんだけどね。やっぱり古いし、遊具も少ないよなあ

それでも入れる保育園が近くにあったのは信じられないくらいのラッキーなこと
園長に12月からも本格的に入園を希望していることをアピールした。
見学というか、もう申し込みって感じで、じゃあ来週からってことになった。
ならし保育も2日間で完了という、融通を利かせてもらった。
でも実は4月からはもっと町の方の保育園に行かせたいということは、もちろん言えず。
というか、いろいろわがままを聞いてもらったので、言い出しにくいことになってしまった

一時保育は一日2000円近くかかるので、割高だが仕方ない。半月の辛抱だ
そして一時保育は8時半から5時半。私が送り迎えしたのでは間に合わない
私の母は農業をしてるので、私なんかよりもずっと忙しい人なのだが、11月いっぱいはどうにかお願いして、送り迎えを頼んだ。

保育園に預けるということは要るものを買いに行かないといけない。
こっちは寒いので厚手の服もいるし、お昼寝用の布団も買いに行った。(前の保育園では園が用意してくれていた)
健康診断書もいるというので、これも急いで町内の病院に行って書いてもらった

役所に行って、12月からの入園の申し込みも終わった。
母子家庭で仕事をしていると優先順位はかなり高いのだが、兄が今現在無職というのが非常にネックになっている
これは家に保育者がいるということになるので、優先順位が非常に低くなるのだ。
(が、田舎には自営業の欄に農業・漁業などの欄もある。うちは農業をしてるからそう書けるけど、それには民生委員の印鑑がいるので、これまた面倒
でもまあここの保育園なら次の月から正式に入れるだろう

それと新しい職場は駐車場も別に手配しないといけないので、それも先輩の紹介でどうにか手配できた。
そんなわけでどうにかこうにか3日間で仕事を始められる段取りができた。
すべて間に合ったのはまさに奇跡


そして土日を使っての練習。兄を助手席に乗せて、職場までのルートをひたすら練習
渋滞のない住宅地ルートのため、道が覚えられず、何度もくり返した
ペーパードライバーだけど1年は車を持っていた時期があるので、走るだけなら別に大丈夫みたい。
心配なのは駐車場
狭い場所に、最初からバックで数メートル下がって入って行かないといけないような駐車場だ。
私も熱心に何度も練習したが、それに付き合ってくれた兄も、ちゃんとコツを教えてくれたりと指導してくれて、本当に人のいい男だわ


でも実際これから働くとなるとすんごい憂鬱になった
こんなに早く働くつもりはなかったのに。
仕事を辞めてからも、また始めるまでもめちゃくちゃ忙しかったわけだから、全然休んだ気がしないよ
やりたいこともすごくたくさんあったのに。働かないって最高だったのに
猛烈にイヤイヤ病になりながらも、現実と向き合う覚悟を決めた。
人生に休憩なんてないのね

しかし自分の都合だけで保育園のこともあっという間に決めてしまったなあ。
娘に『保育園に行きたい人〜?』と聞くと、『ハーイ』と元気に手を上げる。
娘の思い浮かべる保育園とは、今まで通ってきた保育園のことだ。きっとよっぽど楽しかったんだろうなあ
うちの娘のことだから大丈夫とは思うけどね。問題はむしろ家のほうだな

娘のことを心配するあまり、夜中に目が覚めてしまい、モンモンと考えていたら眠れなくなってしまった
私は実は母が信用できない。忙しいのに、ちゃんと見てくれるんだろうか
最近、娘は一人で庭にも出るようになってるし、段差で転んだり、門の外まで出て、田んぼに落ちたり、溝に落ちたりしたらどうしよう
母は送り迎えで車でひいてしまったりしないかななどなど、想像したらキリがなくって。
保育園の方が絶対安全なので、ならし保育が終わって家に帰ってきてからが心配だわ

その次に心配なのは私のの運転
一応、初心者マークはつけてみたけど、私みたいなのが普通に道路を走ろうってんだから、怖い世の中だわ
ちゃんと駐車場に入れられるかな。ドキドキするよ〜〜

その次に心配なのは新しい職場のこと。
でもこれは心配してもどうしようもないというか、なるようにしかならないのであまり心配はしてなかった。
上の二つは命の心配があるが、職場がどんなでも死んだりはしないのでね


実際働き出したら、職場はおっさんばかりだったし、内容もさほど面白くもないけど、働いているということ自体がやっぱり安心感はあるかな。
この間まで大阪でバス通勤してたのに、もうこっちで車乗って通勤してるなんて変なの〜
娘のことも母に怒られるくらい念押ししたので、もちろん無事にならし保育も終わって、ちゃんと通っているし

ドタバタだったけど、こうして新生活はスタートしたのだった


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※そんなわけでこちらの生活もぼちぼち落ち着きつつあるので、ブログもまた以前のような感じに戻ります。
あまりたくさん更新できないかもしれませんが、これからもよろしくお願いします
(更新が遅れているので、コメントはまだお休みします。)
次はお見合いパーティーのお話です

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2009年11月09日

36歳の号泣

※更新が現実になかなか追いつきませんが、日付どおりの出来事になっています。
コメントはしばらくお休みします。すいません


ネットは母屋からの無線LANで兄がつなげると言い張っていたので、当初は引っ越して3日以内にはつながるだろうって思っていた。
ところが、あれこれやってもつながらない何に問題があるかも分からない。

私が帰ってきてから、兄が車を出していろいろ連れて行ってくれたので、手続きや買い物などすごく助かったのは間違いないけれど、ネットがつながるかつながらないかは私にとって大事な問題

何日待ってもできないので、いい加減イライラしてきた。
私なら何度でもいいからサポートセンターに聞くけどなあ。
それでもたまに回線を貸してくれて、時々更新はできたけど、さすがにもう辛抱の限界が来た日。

兄が私の部屋でまたパソコンをいじって設定をごちゃごちゃやっている時に、「もう専門業者に頼むか、無線LANを使うのは諦めようよ」と言うと、そこから少し言いあいになってしまった。
だって兄の部屋は業者が入れないくらい汚い部屋だからって、いつまでも自分でやろうとしてつながらないんだもの

すろと、兄が「じゃあもう勝手にしろと切れてしまった。
兄は普段は穏やかだし、この世で私以外にマジギレしたりしないんじゃないかと思うけど、このときは本気でキレていた。
妊娠中も一度大喧嘩したけど、ここまでのはあの時以来かな。

キレてしまえば本当にもうネットがつながらなくなってしまう。
「じゃあどうすればいいの
そこで、もうここは泣いて訴えるしかない、と思った私(もちろんこの世で兄に対してしかこんなことしないけど)だったが、それが事のほか勢いが付いてしまい、結果的には号泣してワーワー泣くことになってしまった

私だって毎日こんなにお願いしてるのにあんたがキレたらこんなんなるんやで〜ってくらい子供みたいに泣き続けた
外は暴風雨、ここははなれなので、いくら泣いても外には聞こえかったようだ。

兄はうっとおしそうに、「泣くな!」と言ったが、それでも部屋からは出て行かず、泣き止むのをしばらく待っていた。

泣きながら私は実に冷静に物事を考えていた。
36歳のくせして、こんなに号泣するなんてバカみたい
しかも理由もくだらない!
本当にくだらないけど、なんか気持ちイイ
泣くってものすごいストレス発散になるんだな〜

最後にこんなに号泣したのっていつだっけこの泣き方、娘にそっくり
保育園の最終日や子パパとのことでホロホロと泣いてたことはあったけど、ここまで子供みたいに泣いたのって久しぶり。
引越しまでもいろいろあったけど、それでも淡々とした日々で、特に大きな苦しみもなく、平和に暮らしてきた。テレビを観た以外で泣いたような記憶がない。

それでも今回の環境の変化は、たくさんの別れの寂しさをくり返し、私は少なからずストレスを感じていたんだと思う
それでも淡々と作業をこなすしかなく、引越しする前も引越ししたあとも忙しくてテンぱってる状態だったから、実は小さな小さなストレスが積み重なっていたのに気がつかなかったんだと思う。
本当はこんなふうに吐き出したかったのかもしれない。大声で泣きたかったのかもしれない。
私のストレス発散の被害者となった兄はかわいそうだけど、でもそれはそれで本当に悲しかったわけだし。

先日Jちゃんと遊んで、娘がかんしゃくを起こしたときに、
『子供はこんなふうに泣けるんだからいいね。大人になったらそんなのできないもんね』って話をしてたっけ。
大人になっても泣いてますけどしかも言ったそばから。

昔、まだ娘が新生児だった頃。
母乳が出なくてつらくて、悩んで、桶谷式母乳相談室でマッサージをしてもらったときに、
『なぜ赤ちゃんが泣くのか分からないときがあるんです』という私の問いかけに、桶谷の助産師さんは、
『赤ちゃんは泣きたいから泣くんです。泣いてストレスを発散してるから泣かせてあげないと。大人の社会では人前で泣く事はしないから、赤ちゃんが泣いてても泣き止まそうとするんですよね。だから大人も泣いてストレスが発散出来るなら、泣いたらいいんですよ』って言ってくれたっけ。
つまり大人の都合で赤ちゃんを泣き止まそうとしてるんだって。
まさにこの助言は目からうろこが落ちるようだったな。

もちろん赤ちゃんが泣くのと、大の大人が号泣するのとはわけが違うけど、まあ家の中ならいいかってことで
うちの田舎ではよく泣く子はいい声の子になるといわれている。
そして最近読んだ育児書でも、泣かない子はストレスが発散できずに、溜め込んでいつか爆発するって書いてあったなあ。

バカみたいだったけど、すっかりストレスが発散できた私。
ここ数年のストレスというか、つきものが落ちたような感じ。まさに生まれ変わったようだよ
兄はしばらくそこにいたけど、そのうち飽きたのか母屋に行ってしまったのだった
でも結局、ネットの件は何も解決してないよ


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2009年11月08日

新しい環境と娘のストレス

※更新が現実になかなか追いつきませんが、日付どおりの出来事になっています。
コメントはしばらくお休みします。すいません


いつ届くか分からなかった引越しの荷物も、ようやく届いた
台所、洗面などの母屋で使う荷物がダンボール10個くらいで、それを除いても30個分。それらははなれの2階へ運んだ

私がこれから暮らすはなれは1階が和室の8畳、2階が洋室の8畳。それだけ。でも結構広い
トイレやお風呂は母屋に行かないといけない水道も通ってないので不便といえば不便
うちのはなれは、昔、が退職金で立て替えたものだ。
母は母屋に住む方が便利だと言うし、兄に使わせたら部屋がすごい有様になるので(それは本人も自覚している)、結局誰にも使われてなかったのだ。
そんなわけでまだとても新しい
父には積年の恨みはあったけど、こんないい住まいを与えてもらったんだと思うと(もちろん父本人の意思ではないけど)、ありがたい気持ちがわいてくる

はなれでは主に2階を使う予定。猫が暮らすのに和室だとすぐボロボロにされそうだし、猫はよく吐くので畳よりはフローリングの方がいいということでそうなった。持っている家具も洋室の方が合うし。
でも両方使うと悪い気がするので、和室は寝るだけの部屋にすることに。

母は2階だと窓や階段から娘が落ちるんではないかと心配していたが、階段には手すりがあるので娘も器用に上り下りしてるし、窓には大きな柵がついている。
今までの大阪で住んでいた部屋よりは安全だ。
あそこは4階なのに大きな窓には柵もなくて、常時、転落の心配をしていなければいけなかったから
娘を心配するあまりに、本当に変なことばかり想像していたなあ


とりあえずすべてをダンボールから出してみたのが悪かったのか、部屋は踏み場のないくらいの状態になってしまい、何から手をつけていいのか分からずに、ボーゼンとする私なのだった
片付くまでに数日かかりそう

テレビとエアコンも買いに行って、どちらも設置できてこれで住まいの基盤はできた感じ
しかしエアコンの値段の高さには泣いた
省エネタイプじゃないと結局電気代がかかるってことで、省エネタイプを買ったけど・・・想定外の金額になってしまった。


まだ荷物は落ち着いてないが、他にもいろいろしないといけないことはたくさんある。
を買ってしまわないことには、この田舎では動きようがない
そしていつもお世話になっているY先輩が中古車屋巡りに連れて行ってくれた
旦那さんが車にとても詳しくて、車が好きな人らしいので、旦那さんまで一緒に来てくれていろいろアドバイスをしてくれたり、選んでくれたりした

そして最終的には先輩の知り合いの車屋さんのところで、ようやく2台にまでしぼれた。
1台は遠くにあるのでもって来て貰う事に。
うーん、どっちにしようか迷うなあ

Y先輩には仕事の件も紹介してもらうかもしれない。とにかく顔が広いと言うか、ものすごく助けられている。
今回、私が転居する決心をかためた大きなきっかけとなったのは、このY先輩の助言があってのことだった。本当に感謝


次の日には大の仲良しの友達の、Nポンが子供をつれて遊びに来てくれた
それから同じ町内の幼馴染のJちゃんのうちに自転車で遊びに行ったりもした。
Jちゃんとは今度一緒にお見合いパーティーに行くのだ

Jちゃんの子供、みーちゃんはうちの娘よりひとつお姉さんで、娘と公園で遊んでくれたのだが、娘もそれがすごく楽しかったようだ。
「みーちゃん」と叫びながら、付いて回っては手をつないだりして、仲良く遊んでいた

ところが夕方、帰る頃になって、娘はかんしゃくを起こして大泣きを始めた。
初めて見る娘のかんしゃくには、Jちゃんもちょっとびっくりしたみたい。それぐらいうちの娘のかんしゃくはすごい
車に無理やり乗せてからもずーっと暴れながら泣いていた
Jちゃんに「娘のかんしゃく泣きにも耐えてくれる、いい男の人って見つかるかな」と聞くと、
「うーん」と返事に困っていた。実の祖母が耐えられないことなのに、他人には無理かしら

こっちに来てから泣くこと自体は減っているんだけど、やたらと手が出るというか、暴力的になっていて、一番の被害者は私の母。
よく噛みつかれそうになっている。今までしなかったのに急に噛み付き癖が出て、攻撃的になった。
おそらくこれはきっとストレスなんだと思う
保育園を退園して、急に違う場所に住んで、今までと全く違う環境になったんだから無理もない。すごく負担をかけてしまったのかもしれない

猫たちはすっかりはなれの生活になじんでる感じだけど、私が母屋にいる時間が長いので、ちょっと寂しがっているかも。
私はと言うと、18年間はここで住んでいたのだから、もうなじんでいるというか別にあまり違和感はない。
とりあえず都会が恋しいという気持ちはないかな。
それはこの年だからそう思うのもあるし、十分都会で暮らしたからという満足感もあるのだろう。

家の中では誰かしら機嫌が悪かったりして、なんだかんだといろいろあるが、家族なのでだいたいの性格というか、お互いに扱い方が分かっているので、なんとなくなんとかなっているように思う。
たとえ家の中でいざこざがあったとしても、周囲にはいい友達がいてくれることだし、それがすごく慰めや励みになっているのは確かだ
こちらで新しい友達を作るのはちょっと難しいかもしれないが、今ある友達とはこれからもずっと仲良くしていきたい


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2009年11月05日

手続きにGO!

※更新が遅れていてすいません。ネット回線は兄に借りてます。
自分の回線がつながるのは時間がかかりそうなので、コメントはもうしばらくお休みします


今日は役所へ手続きに行く日。仕事をやめて無職になって、暇そうな兄に乗せて役所へ
まずは転入届をして住所変更。これをしなければ何も始まらない。
世帯は母や兄とは分けてみた。ひとつの家に二つの世帯があることに。
これはダメ元なのだが、諸々を兄の所得で計算されるよりは、私の所得で計算してもらえるものもあるかもしれないからと思って(主に保育料のこと)
それから娘の出生届を出したときに、本籍地を大阪に変えていたので、それも実家の住所に変更した。


そして保険証年金の手続き。
福祉課で児童手当、児童扶養手当、乳幼児医療、ひとり親の医療費助成などの申請をした。
自分一人だけなら実に簡単な転居の諸手続きも、子供がいて、しかも母子家庭となるとやたらと手続きが多い
昨年の所得証明を大阪でとっていたからこそ、まだ早く済んだ方だけど
そして住民票を一部出してもらう。


それから今度は最大の難関でもある、保育園のこと
遅くとも1月には娘を保育園に入れて、仕事をいつでも始められるような状態にしておきたい。
4月入園の申し込みにあわせて帰ってきたようなもんだったけど、実際は12月に入ってからの受付だった
12月からの入園の締め切りが、今月半ば。それまでにどこにするかを決めなければ
できたら今、希望のところに入って、4月からもそのままそこにいられたら一番いいのだが。
もう一度保育園を変わるのも可哀想だしなあ・・・

園児の空き状況の表(毎月変動する)を見せてもらった。
やはりこの時期なので空きがあまりない
ひそかに狙ってた近くのセレブ系の保育園も娘の年齢のクラスには空きがない。8月に見たときは空いてたのに〜〜
そしてなぜかうちの町内の保育園には空きがある。
でも、そこはいろんな意味でも行きたくないところなのに

とりあえず12月に入るにしても、申し込みまではちょっとだけ時間があるので、もう少し検討してみよう
その頃にはまた、空き状況に変動があるかもしれないし。
保育園のことを考えると、かなりしんどくなる
ああ、気が重いよ


それから住民票を持って、警察署に免許証の住所変更に。
よし、これで顔写真入りの身分証明書ができたことになる

それから地元の銀行へ。
うちの田舎には都市銀行なんてないので、地元の口座を作る方が便利だ。
それを私と娘と二人分の通帳を作った

んー、さすがに疲れた
兄には昼食をおごった。いろいろ連れて行ってもらえて助かった!

ここまで具体的な手続きをしてしまうと、さすがに覚悟はできたというか、今までの生活は過去のものと思えそうな気がしてきた


前日に私の娘に怒りすぎたのを、母も少し反省したみたいで、また『優しいおばあちゃん』に戻っていた。

母は娘のやんちゃにはかなり辛抱はしてくれているよなあ(かんしゃく泣きはダメだけど、暴れるのは耐えられるようだ
私の娘も母には遠慮が全然ないし。

なるべく早く保育園に入れてあげたほうがいいのかも・・・という気がしてきた。
娘も退屈のようだし、パワーが有り余っているのか、すごい暴力的に
叱ったり、思い通りにならないと襲いかかってくるのだ
女の子なのにどうしてこんなに乱暴なんだろう。(ちなみに保育園ではしません)
暴れすぎて家が壊れそうだわ
あまりにひどいので、「ちょっと、何とか言ってやってよ。父親がいないからなめられてしまってるんだわ」と兄に言うと、
「やだ。嫌われたくないもん」」だって

まあこんな感じで、家の中はどうにかなんとかなりそうかなあ。
私も気を使ってはいるけど、母や兄だって気を使っていろいろしてくれている。
家族と暮らすって良し悪しなんだね。
私は結婚したことはないけど、きっと夫婦もそういうもんなんだろうな。
また何度でもトラブルはあるだろうけど、悪いところばかり見ないで、いいところも見ていかなくちゃ
でないとやっていけないだろう。


そして嬉しいことに、私の血圧は元に戻っていた
ここのところ塩分を控えて、たんぱく質(魚など)を食べないようにしてしていたから。
やっぱり食事療法は重要なんだな〜〜


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2009年11月03日

幼い頃の記憶

引越しして4日目
祝日なのでこの日も役所に行けず、なんかだるくてあまり動く気がせず、ほとんど何もしてないような日だった

引越しの荷物がまだ届かないのでずっと母屋にいるような状態で、家事は母の手伝いをするような程度なのだが、やっぱり以前の生活とは全然違ってかなり気は使うなあ
それでも娘も猫たちも新しい住まいに慣れてきたような感じはする。

でも、ここで生活することがすごく不安になるようなことがあった。

になってお風呂に入ろうというときに、娘がDVDを観ていて、呼んでもなかなか来なかった。
そして母が無理やり服を脱がそうとして、娘が大泣きをしてしまった
このうちに来てから、こんなに泣いたのは初めてのことで、母は娘のあまりの泣き様にだんだんと腹が立ってきたらしく、「じゃあいつまでもそうしてな」という意地悪な感じの怒り方をし始めた。
そして突き放すように「なんでそんなに難しい子なんだと母が言った。

確かに、娘は怒り泣きするとなかなか収まりがつかないようなところがある。
でもこだわりの強い年頃だから、無理やり何かから引き離したりすると、余計に収拾がつかなくなったりはよくあること。
無理やり脱がした服は、もう一度着せてあげたりすれば、案外すぐに納得してくれたりする。
母は3人も子育てしたけど、2歳児がどんなに困ったものなのかということをすっかり忘れてしまっているのだ。

母は娘が機嫌良くはしゃいでいるときはすごく可愛がってくれるが、駄々こねて泣き出すと冷たい言葉を浴びせる。
そうだった、母ってこんな人だった。
だからここに帰りたくなかったんだっけ

私だって娘にイライラして短気を起こすこともあるけど、たとえ母が、私が娘に言うのと全く同じ叱り方をしたとしても、母が私の娘をしかりつけるのはすごく嫌な気持ちになる
小さい頃の自分を思い出す。
甘えさせてくれず、私が泣くとすぐイライラしていた母だった。
トイレのないはなれで寝ていたのに、夜中にトイレに行きたくて起こしたら怒るし、おねしょをしたらもっと怒る母親だった。今思っても理不尽だ。
私の娘が母に意地悪な叱り方をされるのは見ていられない。
母が私の娘に意地悪を言えば言うほど、可哀想になってしまい、私は娘を甘やかしたくなってしまう

まだ2歳だから、どんなことを言っても記憶に残らないかもしれないが、そういうのって潜在意識の中に刻まれてしまうんじゃないかって心配になるのだ
母は私の娘のことは本当に可愛いと思ってくれているようだが、いかんせん非常に気が短いのだ
あーあ、帰らなければよかったのかな

兄は兄で娘のことを「すごいワガママだね」と言うし。
わがままでない2歳児なんていないよ〜〜
母も兄もちゃんと娘に慣れてくれるのかな。
私、この家に住み続けることができるのかな。

幸い、私と娘ははなれに暮らすので、ご飯と風呂とトイレ以外ははなれにいて母たちと距離を置くことはできるけど・・・。
もしかして私がここに住むなんて無理だったのかな


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2009年11月02日

尽きない悩み

引越しの次の日、久々に8時間も寝たら、腰が痛くなった
この日は日曜日で役所も休みだし、姉も私もボーっと過ごした。疲れが取れないや。
なんか実家って退屈なんだよなあ〜
ここにいたら早く年を取ってしまいそうだ。

次の日は姉が大阪に帰っていった
姉には本当にお世話になったなあ〜。姉には高速代と謝礼を渡した。

この日は役所に行く予定だったが、大事な書類を忘れてしまい、仕方ないので車屋へカタログをもらいに行ったり、家具屋に行ったりした。
新しい生活を始めるにあたって、買わないといけないものがいっぱいあるのだ

まずは
これがないことには何もできない。
すでに地元の先輩に安い中古の軽自動車を探してもらっていたが、軽は人気が高いので、なかなかいいのがなくて悩んでいた
それなりにちゃんとした値段の新古車を買って長く乗るほうが、結果的にお金がかからないだろうということになって、母にお金を貸してもらうことに

それからエアコン
兄と母が以前、はなれの一階にエアコンを付けてくれたのだが、二階も使っていいことになったので二階は自分でエアコンを買わないといけない。
なんせうちの田舎はすごく寒いのだ寒さには全然慣れないよ!

それとテレビ
引越しを機に前の古いテレビは不用品処分した。
もうすぐデジタルに変わるのでちょうどいいけど、どれにしようか悩むなあ〜

あとは家具とか何かしら足りないものが出てくると思うし・・・
それらは父が死んだときの遺産分けで得た50万円から出すのだが、車を買うので大幅なマイナスである
今回の新生活に伴う出費額の多さを考えると、吐きそう


しかもそのこと以上に最強に私を凹ませているのが、ここのところ血圧が通常よりも30も高いのだ
私の持病は血圧が上がるのは非常によくないことだ。疲れがたまっているのかな・・・
私、死ぬんじゃないかしら・・・という恐怖と不安がよぎって、欝になりそうだった


しかし、悩ましいことばかりでもない。
幼馴染で同じ町内に住む親友Jちゃんから、バツイチ用のお見合いパーティーのお誘いがあった。
忙しくてまだとてもそんなことを考える余裕がないのだが、Jちゃん同様、幼稚園から中学校まで同じだった同級生で、他にバツイチの人があと二人いるらしく、そのうちの一人も参加するということだった
『町内でバツイチサークルができそうだね』って感じで今後盛り上がりそうな気配だ。(まあ私はバツはないわけだが
なんだかちょっと楽しそうに思えてきて、私もパーティーに参加することにした
その時はさすがに娘はお留守番だが、私の母が乗り気なので、そういうことならいくらでも娘のことは見ててやると言ってくれた。

こういう話をすると、いろいろ意見もあるとは思うのだが、少しの間見守っていていていただきたい。
娘は引っ越したときも『パパは?パパは来る?』と聞いてきた。
一体誰のこと〜〜
おそらくパパという言葉を使いたいだけだろうけど、それを聞く度になんともいえない気分になる
ここはひとつ本気を出して(ぶりっこして)、探してみるのもいいのかもしれない。
お医者さんに聞いたら私はまだ子供は産めるようだし、40過ぎたら諦めることにして、今一度婚活をしてみようかという気持ちになっている。
こんなときだから、前に前に、進んでいきたい


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2009年11月01日

引っ越しの日

話は少し前に戻ります

引っ越し業者が来る当日にも娘は保育園に行っていた。
引っ越し作業は、23時に寝て夜中3時に起きたりして、朦朧とした意識の中、必死でやりとげた
かなりギリギリな感じだったが、業者が遅れてきたのでなんとか間に合った。

荷物は箱に入るものはすべて詰めて、見積りどおりの40箱。その他諸々。
これをエレベーターなしの四階から下に運んで行くのだから大変だ
だけど引っ越し業者ってすごいや
なんて力持ちなんだ
それらをサーッと運んだ上に、まだ笑顔がでるんだもんなあ。

しかし私も結構手伝ったので疲れた
2トン車のロングがパンパンで、最後に積んだ自転車は、縦に積まないといけないくらいギリギリだった
ちなみに引っ越しの荷物が届く日にちは、まだ決まってない。
安い混載便なので、とりあえず十日以内にってことで


もう夕方なのですぐ保育園に(自転車は積んだので徒歩で)娘を迎えに行った
この日でこの保育園ともバイバイ

クラスの担任の先生3人に、娘が作ったものや0歳からのアルバムを渡された。
それを見たら私はポロポロと泣いてしまった。
疲れていたのもあって、涙腺ゆる子ちゃんになっていたのだ
それを見て先生たちももらい泣きしてしまった。
娘のお別れ会もしてくれたらしい。
園長先生たちも出てきてくれて、玄関で見送ってくれた
いい先生たちに囲まれていたんだなあ。
この保育園に通えて、本当に良かった

私はすっかり日が落ちて暗くなった道を、娘の手をひいて歩いて帰った。
この時はワッと泣き出したいくらい寂しかった


家に帰ると部屋がガランとしているので、娘はちょっときょとんとしていたが、すぐにハイテンションで歌を歌い出した
娘がまだ小さくて、お別れというのがよく分からないのが幸いだ。
いつも娘がDVDを観たがるので見せていたが、テレビなんかない方がよっぽど楽しそうだった。
それに比べて、猫は落ち着かない。まったく、情緒不安定な生き物だなあ

それから私たちは、何もない寂しい部屋で、買って帰ったコンビニのご飯を食べた。
そうしてようやく、本当にこの部屋を出るんだなあ、と侘しいような気持ちになった
信じられない。
引っ越しまでに、やっぱり行くのやめようかなあ、という考えが何度よぎったことか

私は疲れてたので、掃除は翌日にすることにして寝てしまった


次の日も朝早く起きて掃除をした。
でも思ったよりも時間がかかってしまい、そのうちに娘も起き出して、ますます片付かなくなった
結局、迎えに来た姉にまで掃除を手伝ってもらい、最後に大家と不動産屋との立ち会いを無事に済ませた

姉には随分前から、実家まで車で送ってもらうことを頼んでいた。
には当面必要な荷物と猫たちを積んで、出発した。
疲れすぎて、すでに寂しいとかよく分からなくなっていた。
なんかもう燃え尽きた感じ

途中、リーちゃんが車に酔ってヨダレをだらだらたらして、ウンコをもらすわで大変だった
高速を降りて、地元の街中に入ったとき、『あーあ』と思わず声が出てしまった。
もう大阪シックになってしまった
18歳で家を出て、また18年折り返して帰ってくるなんて。
あんな都会にずっと暮らしていたなんて、なんだか幻のようにも、奇跡のようにも思えるなあ。
こんな田舎に今さらなじめるんだろうか。
がっかりしたような不安なような、なんとも言えないものがずしーんとのしかかってきた

実家に着いて、母、兄、姉、私、娘で食べるご飯はにぎやかだった。
娘は母や姉とは淡路島旅行も一緒に行っているので、すっかり慣れてるのか甘えたりして、特に母には飛び付いていた

そして寝る頃には娘ははしゃぎすぎて、障子にでっかい穴を開けてしまった
ヤレヤレ、先が思いやられるわ・・・


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ruhruhlilia at 15:20|PermalinkTrackBack(0)雑談・日々の日記 

2009年10月31日

さよなら、子パパ

京都の続き

もしかして私たちは、もっともっと何年も後、娘に手がかからなくなるようになる頃に、またあんなふうに元に戻れるんじゃないかって、そんな錯覚をおこしてしまいそうだった。
それほどまでに、彼といることはすごく自然のことのように思えた。

私たちは電車に乗って帰ることにした

電車の中で、私はすごく寂しくなって、何かお別れを言おうと言葉を捜した。
いろいろ言った後、『また遊びに行くね』と言うと、彼は『うん』と言った。
娘がもっと大きくなって、「おとうさん」のことを気にしだしたときに、もし会ってみたいと娘が言えば、私は会わせるつもりだ。
『そっちの方は、子供の遊ぶとこいっぱいあるからいいね。また連れてってね』と言うと、彼は『うん』と言った。
お別れが近くなり、私は落ち着かなくなってきた。
すると彼は『またすぐ会えるよ』と言った。

そんなわけない。すぐなんて会えるわけないのに
彼なりの慰めの言葉だったのかな。

私たちはしばらく何も言わず、外の景色を眺めていた。
何を言っていいのか分からなくなった。それは彼も同じようだった。
口を開くと涙がこぼれそうで、歯を食いしばっていなくてはならなかった。
だって、彼とはまた会えるかなんて分からない。
きっと彼にだって本当はいろいろあるのだろうし、私にもこの先どんなことが待ち受けているのか分からない。
でも最後に会えて良かった

私たちは手を振って別れた。
振り返ると、彼はまだ私の方を見つめていた。
胸が痛かった。


私たちは10年前、東南アジアを旅をしていた旅人同士で、ベトナムの安宿で出会った。
それからというもの、私は可愛くて優しい年下の彼に夢中だった。
私は娘を産むまで、彼のことでたくさん泣いたり笑ったりしてきた。


もしも私からきちんと歩み寄ったり、娘を連れて会いに行ったりしていれば、彼ももっと娘に対して違う感情がわいて出てたのかもしれない。
そこは私の努力が足らなかったとも言える

でも私はそうやって、彼への気持ちを忘れることで平穏でいられ、娘とのんびり幸せに過ごせたのだと思う
彼もまた私と距離を置くことで、昔のような穏やかな彼に戻れたのだろう。
あんなに大好きだった人を、必要としなくなる日がくるなんて、以前の私には想像もできなかった。
今でもこんなに私を腹立たせ、動揺させ、がっかりさせ、悲しませることができる人間は他にいない。
それほど彼の存在は、まだまだ私の中では複雑で特別なものだ。

今まで恋愛をしてきて、幸せだと思ったこともあるけれど、娘を抱きしめて、その体温を感じているときは、もっとずっと満たされている
恋愛で抱く愛情と親が子に抱く愛情は違うものなんだ。こんな気持ちは我が子にしか与えられることはない。
恋愛なんて結局は無償の愛ではない。少なくとも私にとってはそうだ
追い求めてやまないほどに好きな人がいるというのは、つらいことだ。
幸せなことのはずなのに、とても苦しいことでもあるから

気持ちをなくした今でも、彼とのことを思うと、もうお別れなのだと思うと、涙がどうしようもないくらいあふれてくる。
この10年間、彼を愛してきてことへの懐かしさや、深い情が私の心の奥底からあふれ出してくるかのようだ。
だけど、それらはもう思い出なのだ。

私は私なりに頑張って、自分の恋を貫いて、そして彼の子供のお母さんになってしまっているんだから
ひとつの恋愛の形としては、十分なんだと思う。これ以上のことってなかなかないよ。
それどころか、私にこんなに可愛い女の子を与えてくれたんだから
ありがとう、ありがとう。
バイバイ、私は行くね。



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2009年10月30日

子パパと京都へ

大阪を去るということは、もちろん彼(子パパ)ともお別れなわけだが・・・

彼は相変わらず週に1〜2度、電話をかけてきてくれていた。
私からかけることはほとんどなかったな。
相変わらず子供のことは何も聞かないし、たわいもない会話しかしなかったけど。

数年前に貸したお金も、2ヶ月前に全額返してくれた
これはそもそもは、私が誘った海外旅行のせいで無理やり貸したような借金で、娘を産んで彼と会わなくなってからも、銀行振込みでちょこちょこ返してくれたりしていた。
しかし何ヶ月も全く返してくれない時もあって、それが私にはものすごくストレスを与えていた
(たいした額でもないのに何年もかかりやがって
だから彼が返済を終えたときはすごくホッとしたし、同時に、もう電話をしてこなくなるんじゃないかって思った。
でもそんなこともなかった。
時々、返済のために彼から振り込まれていた2〜3万のお金は、元は私のお金ではあるが、臨時収入のようなありがたいお金ではあったなあ


大阪を離れる前に、いろいろな人と会ってお別れをしてきたし、娘もいろいろなところへ連れて行った。
でも最後に(娘を保育園に預けている間に)、一人でどこかへ遊びに行きたいなあって思った。

そして彼と電話で話したときに、『最後に一人で京都に遊びに行ってみようと思うんだけど、どこに行ったらいいと思う?』と聞いた。
彼はお寺マニアなのだ昔、京都のいろいろなところをまわったことがあるらしい。
『じゃあわしも行くわ』と彼が言い出した。
私は話半分くらいに聞いて、まあどうせ来ないだろうなって思った。
彼は夜に働いているから、昼間は寝ているわけだし。

そしてあっという間に日にちが過ぎていって、最終週。
私は引越し作業が難航する中、一日割いて遊びに出かけるなんて、とてもじゃないけそできそうもない状況になっていた
彼が来るか分からないなら、行くのをやめようと思ったのだが、彼はもうすっかり行く気になってるようだったし、最後なので予定通りに行くことにした

娘を保育園に置いて、彼に会いに行くのはちょっと罪悪感を感じるな
だけど娘を連れて会って、何か嫌なことを言われて最後にケチがつくのはイヤだったし、そもそも京都は子連れで遊びに行くのは向かないだろう
娘も退屈だろうし。


当日、待ち合わせに彼はちゃんと来た
彼は彼なりに(最後だし)約束を守ろうとしてくれているようで、3時間くらいしか寝てないのに来てくれたのだった。

京都駅に着いて、まずは彼のおすすめの三十三間堂に行くことにした。(徒歩で
京都は彼ともそうだし、友達や両親が遊びに来たときや、一人ででもいろいろ行った事はあるが、三十三間堂には行ったことがなかった。

↓三十三間堂
三十三間堂




※写真撮影は禁止なので、画像は借りてきました。






うーん、これはすごい
なかなか良かった

そして、次は私の希望だった龍安寺
15個の石は、どこから眺めても、必ず1個は他の石に隠れて見えないように設計されているという、あの石庭のある龍安寺である。(実は全部見える位置があるという噂も

私は最近の引越し作業のせいか、ひどい肩こりで、よく肩のつぼを押したりしていたのだが、それを見てた彼は私の肩をもんでくれた
歩きながら肩もみしてたら、『(他の人から見たら)あの彼氏可哀想に、って思われとるよね」と彼は言った。
彼氏って
こいつの発言は時々「ん」って思うことがあるなあ。

次の場所まで移動が不便なので、彼のおごりでタクシーに乗った

↓龍安寺の石庭。
竜安寺


本当に何度数えても14個しか見えない

現在は工事をしてて、シートが張ってあり、ちょっと残念




修学旅行生と外国人がたくさんいた。
彼が外国人旅行者の写真を撮ってあげていたので、「おかえしに二人の写真を撮ってあげよう」と言われ、微妙だったけどなぜか彼がしてしまった

紅葉



ちょっと紅葉してた。

もうすぐ11月だもんね




それから私たちは京都らしく、湯豆腐と生ゆばの定食を食べて(しかも彼のおごりで)、バスに乗って京都駅に帰った
電車に乗るにはまだ早かったし、彼が買い物をすると言うので男物の服を見に行った。
オシャレな男物の服を見て歩くのは楽しいないつもこうやって彼の服を一緒に選んでたっけな。

久しぶりに会ったけど、こうしていると昔のままだ。
彼は物静かで穏やかで、絵本やお寺めぐりが好きな男の子だった。今もそれは変わらない。
私はあの頃の懐かしい気持ちを思い出していた。


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2009年10月29日

さよなら、大阪

今月末で大阪を去り、田舎の実家に帰る私。

今まで何回か引越しは経験したことがあるけど、今回は自分の物だけではないし、手続きも多いわけだし、すごい大変だった(って、まだ終わってないけど

ダンボールの梱包作業をしてても、娘に引っ張り出され、猫はダンボールに入ってくつろぐし、全然進まなくて本当にイヤになった
そしたら昔の職場の同僚の子が、ものすごい久しぶりに遊びに来てくれて、すごいハイペースできびきびと動いて梱包を手伝ってくれた
おかげで間に合うめどがついたし、ものすごい助かった
でも娘って、部屋が散乱してダンボールだらけになってもあまり気にしないのよね
は何か様子が変わると、ちょっとそわそわするんだけど。
猫は家につく生き物なので引越しは苦手
でも妊娠中も実家で暮らしてたわけだし、大丈夫でしょう

他にもやることいっぱいあって、いろいろなところに行ったり、いろいろな人に会ったりで、この2ヶ月くらいはバタバタしてたような。

病院なんていろいろな用事を含めて何回行ったことやら。それも仕事帰りに行ってたからいつも遅くなってたなあ(娘も私も季節性インフルの注射は終わりました
私の持病のことで行っている大きい病院はさすがに仕事を休んで行って、地元の病院への紹介状を書いてもらった。
地元にも腎臓内科がある病院が見つかったのでよかった
どれほどのものなのかは分からないが、とりあえずそこに行ってみることにしよう

仕事は10日ほど前に辞めた。
途中からすんごいイヤだったけど、結局最後まで続けてしまったな
職場は、「本当によくしゃべるうるさい女共だなー」、と思ったりもしてたけど、いざ別れるとなるとやっぱり寂しかったりして
そういうセンチな気持ちは邪魔っけなんだけど、沸いて出るものは仕方ない。
寂しいということは、私にとって少なからず大切だったということなのだから。

保育園では「娘さんは、クラスでもムードメーカーになりつつあるんですよ」と先生に言われた。(ムードメーカーって・・・
おそらく娘は遊んでても、率先してケラケラと笑っているだけなんだろうけど、とにかく保育園が娘にとっては楽しい場所なんだということ。
そういう楽しい場を、私の都合で取り上げてしまうことを、本当にすまないと思う。
だからギリギリまで通わせた。
文句のつけようもないいい保育園だったし、いい先生ばかりだった。
だからこの保育園を去るのは本当に寂しい
保育園のママ友2人からは餞別をもらったりもした。すごく嬉しかった


最近は恐ろしく情緒が安定している私だが、さすがにふと寂しい気持ちになったりして、時には涙がにじみそうなこともあった
たくさんの別れをくり返してきて、私の気持ちはここのところずっと落ち着かなかった。
別れは何度やっても慣れないな。
なんだかんだで保育園もそうだし、その前の託児施設でもそうだったけど、環境にも恵まれたほうだったと思うし、いい人たちに囲まれていたように思う
本当に感謝している

でもまさか大阪にこんなに長く住むことになるとは思わなかった
9年以上も住んでたんだな〜〜
こんなに住みやすいところもなかなかないんだろうな。


引越しも大変だけど、帰ってからもいろいろやらないといけないことが山積みだ
私としては帰ったら2ヶ月くらい身の回りの環境を整えたり、車の練習をしたり、娘とのんびり遊んで過ごしたいとは思っているんだけど
それも保育園の空き状況しだいかな。それに関しては悩みが尽きないので、帰ってから考えるとしましょう。

私のブログを読んでくれている人も関西の方が多いと思うので、もしかしたらこれから読んでもらえなくなっちゃうかも・・・という寂しい不安もあるけれど、よかったら何かのついでに読んでいただければ嬉しく思います。
私のブログはもう少し続きますので。


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最悪なことに、過去文の絵文字が勝手に変換されてしまい、ちょっと不自然なところが多々あるかと思いますが、どうかご了承ください。(昔の絵文字の方がよかったのに〜
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