2014年04月16日

小学校の入学

卒園の時はちょっと憂鬱な気分になってたけど、入学式は楽しみにしていた

でも入学前にあった、地区での保護者の集まりで、一気にテンションが下がり気味に
苦手だと思ったママさんは一人だけだったかもしれないけど、内輪の雑談が多すぎて話が進まないし、話が聞こえないくらい子供たちが騒いで走り回ってるのに、全然叱らないし
これからこのお母さんたちと付き合っていくのか〜と思うと、すっかり入学が不安になってしまった。
それまではわりと楽しい気持ちでいたんだけどなあ。
まあ、こんなことを言ってちゃいけないんだけどね

集団登校班の保護者連絡用にLINEでのグループに入ったりもした。
(私はスマホを持ってないので、ガラケーを中継してタブレットでやってます。もちろん通話はできないけどね
登校と関係ないトークもあったりで、こういうのが苦手な私はイマイチ距離感がよく分からないんだけど、なんとかやっていこうと思う


さて、児童クラブですっかりなじんできた娘も、とうとう入学式の日を迎えた
当日は、受付を済ませたら、式の時間までは教室に入って待った。

ロッカーも机も新入生の名前が付けてあるので、ランドセルをロッカーに入れて、娘は自分の机の席についた。
ランドセルは色とりどり。ちょっと派手かなと思ってた娘のランドセルも、こうしてみたらごく普通かも
しかも席は一番前の真ん中だし。緊張しないのだろうかと心配になったりして
後で聞いてみたら、娘はむしろその席で嬉しいみたいだった。
小規模校だけあって、やはりクラスの人数は少ないし、学年でひとクラスしかないけど、教室も小さいせいか、なんかちょうどいいような感じも。

娘の小学校は制服がないので、入学式用の服を用意しないといけなかった。
数年前は女子はそろいもそろってAKB風のスーツだったようだが、最近はあえてそれを避ける傾向にあるようだ。
うちの娘は黒系で、チュールスカートのシックなもの。
私はベージュジャケットに同色のワンピで。
他の保護者も白系が多く、グレー系や白系ジャケットに黒ワンピというのが平均的な格好のよう。
保護者には私の同級生も何人かいるし、知ってる顔もあるので、リラックスできた
平日なのにお父さんはほぼみんな出席していたかも。

教室に入って、先生が子供たちにお話をしたんだが、相手はこの前まで保育園児・幼稚園児とはいえ、その延長かというくらい過保護な感じ
式の前には「さあ、今からみんなで並んでトイレに行きましょう」と言って、トイレに連れて行ったり。
先生も優しげで、今思うと、保育園の先生の方がよほど厳しくて怖かったような


入学式が始まり、校長のあいさつや来賓や先生の紹介、そして校歌斉唱
母校なだけあって、なつかしいし、こうして校歌が歌えるっていいなって思った。

式は人数が少ないからだと思うけど、すぐ終わった。
何クラスもあるようなマンモス校だと、一人ひとり名前を呼ぶのも大変だろうねえ
写真やビデオを撮ろうにも、どこにいるか分からないということが起こってしまうと思うが、その点は小規模校なので実に撮りやすかった

入学の記念写真には(子供の人数が少ないので)、親も一緒に写るのだ
それから、役員決め。立ち話程度に、立候補で決まった。
地区役員やクラス役員などがあるが、いつかは必ず当たるということで、来年か再来年には手を挙げてみようかな。こういうのって、シングルママだからって逃れられるもんではないそうな。
小学校では同じクラスにシングルママがいるので、年齢は私よりもずっと若いけど、ちょっと親しくなった

その後、教科書が配られたり、説明があって、本日は終了。
で、帰るまでにあちこちで誤って防犯ブザーが鳴ってたり
最近のブザーって、けたたましいね

今年の桜は少し早かったけど、近くの桜が咲いてるところに行って、写真を撮った。
入学式にふさわしい、美しい春の日だった


家の前や庭でもきれいに花が咲いているので、その前でランドセル姿の娘の写真を撮った。
こうしていると、自分の入学式の日を思い出した。
私が小学校に入学した日、姉も高校の入学で、家の前で一緒に並んで写真を撮ったっけ。
懐かしいな。
自分の娘が小学校に入学するなんて。なんという晴れやかな気持ちなんだろう
これまでどうにか無事にこれてよかった。
この日を迎えられて、本当によかった


それから、たまたま平日休みだった兄と、母と家族そろって、(今度は母のおごりで)お祝いのランチを食べに行った。



さあ、入学して1週間
娘が『いちねんせいになったら』を歌ってるのを聞くと、「友達100人できるかな」、のフレーズでちょっとせつなくなるね。全校でも100人いないと思うし。
でも大丈夫100人は無理だけど、着実にお友達はできているようで、娘からはクラスのいろんな子の名前を聞く。
みんなと違う保育園からきたからって、あまり気にすることはなかったみたい
気になる男の子がいるみたいで、私にあれこれ聞いてくるけど、私だって知らないってば
でも恥ずかしくて自分では話しかけられないみたい。

朝は予想通り、やっぱり起きれない
コラショの時計ではびくともしないので、こちらは私が使って、ニトリで買ったけたたましい目覚ましを娘用にした。
でも娘はそんな音にもびくともしないで、猫だけがうるさがってて迷惑そう。
仕方ないので、私が起こすんだけど、前よりも寝起きもグズグズしてなくて、以前のような二度寝もしないで、さっさと顔洗ってご飯を食べて着替えられるようになった。
こんな急にしっかりできるなんてびっくり
小学生になったら、私も毎日早起きしないといけなくなるな〜と思っていたけど、今までとそう変わらないですみそう。

そして、登校のこと。
やはり心配で、集団登校の集合場所に初日と次の日くらいはついて行ったが、娘には『ついてこないでもしついてきたらげんこつ100回するよ』と言われた。
こっそりつけていくと、走って逃げるし
この前まで、一人で近所を歩くなんて「虫が怖い」とか言って、全然ダメだったのに
そんなわけで、一人でとっとと家を出てしまうのだが、出勤前に(方向は真反対だけど)、遠回りして娘の歩いてる横を車で追いこしてみたり、家からオペラグラスで眺めてみたりして、ストーキングしている。

娘に持たせているこども携帯のGPSは、たまに検索してみると、さすが田舎、正確に測位できる確率はあまり高くなく、よく違う地区にいたり、川の中や道路の上にいたり。意味ないじゃん
仕方ないので、スイミングのスクールバスを使う時のために活躍してもらうかな。
防犯ブザーはランドセルに付けているので、こども携帯のブザーのひもは取っておいた。


児童クラブには毎日遅れずに迎えに行けているが、家に帰ると娘は、誰がどうしたとベラベラとよくしゃべり、とにかくずっとテンションが高く、迷惑なくらいうるさすぎ
いざこちらから聞くと全然答えなかったりするけど
とにかく、学校も児童クラブも楽しんでるようだ。

そして夜は8時や9時になると疲れて寝てしまう
慣れないことでいろいろと気が張ってるんだろうね。

保育園は毎日、保育ノートみたいなのに様子を書かないといけなかったけど、小学校は連絡ノートで、何か連絡事項があるときだけ。まだ書いたことない。
分からないことがあれば、友達や先輩ママさんに聞いているし。
でも毎日もらってくるプリント類がとにかく多い
最初なので健康ファイルや災害連絡カードなども書いて提出しないといけなかったし、毎日の持ち物なども書いてあるので、気を付けてみておかなきゃいけない。


通学の服装のことだが、保育園ではトレーナーに長ズボンという格好で、生地としても部屋着のようなものばかり着ていたが、通学となるとそういうものは一切着なくなり、長ズボンさえもはきたがらなくなった。
以前は、保育園服と外出着はほとんど分けていたのだが、今はごっちゃになった
上級生もおしゃれしていろんな服を着ているので、娘もショートパンツかスカートパンツや、スカートの下にスパッツ又は、オーバーパンツ(ようするにブルマみたいなもの)をはくというスタイルばかりに。
ボトムスにはやっぱりポケットがあった方がハンカチが入れられていい
久々にニッセンで子供服を注文したら、名前も書けるし、ポケットが付いてるものが多いし便利だった。下着や靴下も安いしね。
(ネット限定品が多いので、ネットでの注文がおススメ
手作り服は耐久性が弱いので、学校では無理かな〜。汚しちゃうしねえ
ポケットのない服にはポケットポーチをつけると便利。
移動ポケット サンリオ【メール便OK】ポケットポーチ ハローキティ マイメロディ ジュエルペット ボンボンリボン どこでもポケット キャラクター
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入学してからもまだ体操服入れなどのハンドメイド物をいっさい完成させてなかったので、前日になってやっと慌てて作る羽目に
一体今まで何をしていたのかしら。。。
かろうじて水とおしはしてたけど、布さえも切ってなかった私は夜中までかかって、持ち手つきの体操服入れ、給食袋、ナプキン数枚を完成させた。
給食袋はいろいろ入れるわりに、規格が小さくないって思ったけど。
ナプキンは裏地なしの額縁折りにした。可愛い布を買っといてよかった。
長年使うものなのでブログには載せるのをやめておくが、いいのができた
私も本気を出せばちゃんとできるじゃん!ってことで。

いよいよ給食も始まり、弁当作りの毎日が終わってホッとした
初日からおかわりをしたそうな。
大食い女子である娘が、おとなしい性格のためにおかわりしたくてもできないんじゃないかと心配していたが、何のことはない。ここでもやっぱりよく食べるようだ


夕方、児童クラブに迎えに行くと、スポ少の野球チームが練習をしてたりして、そこでは保護者もよく見かけるわけだが、自分の町内だけあって知った顔が多い
いいような悪いような感じだが、とにかく知り合いも多いし、友達からもいろんな情報が入ってくる。
PTA役員とかしたら、もっといろんな噂も入ってきそうだ。
そんなわけで、地元はなんと言っても情報量が違う今までの保育園では考えられないくらいだ。
だからもちろん、悪いことはできない。(まあ、しないけどね
でもやっぱり、この学校に入って良かったんだなあって思う

とりあえず、いろんな大きな行事が終わってよかったよかった
しかしさっそく家庭訪問があるので、やっぱり何かと行事には追われそう


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2014年04月04日

初めての児童クラブ

3月31日まで保育園に通った娘は、4月1日から児童クラブに行き始めた。
(自治体によるが、入学前の春休みから入れるところも結構ある)
というわけで、娘に春休みはなかった
ちょっとかわいそうだが、面識のないメンバーに少しでも早く慣れるには、初日から顔を出しておく方が良いと思ったので。


さて、児童クラブ(学童保育)
子供を持つまでは児童クラブというものがなんなのか、さっぱり分からなかった
どういう団体で、どういう資格の人が先生をやっているのかなど、疑問だった。

その呼び方はさまざまあるとは思うけど、親の就労などで家に帰っても誰もいない家庭の子供を、放課後や長期休暇中に、親に代わって保育する場所である。
そういうわけで、保育園と同じく、職場の就業証明が必要だったりするし、待機児童がいて、入れなかったりということもある。
通常はだいたい3年生までを預かるが、最近は高学年でも積極的に受け入れられるようにと、国からも通知されているようだ。
開設場所は学校の敷地内や学校の近所、または公民館などのところもある。
自治体が運営しているところが多いが、待機や開所時間の都合上、民間や委託もかなり増えてきているようだ。私立保育園がやっているところも見かける。
前記事でも書いたけど、児童クラブは保育園よりも早い時間で閉めてしまう場合が多く、しかも時間厳守なので、時間までに迎えが来なければ外に出されるというところもあるようだ

じゃあ児童クラブの先生というのは、一体どんな人がやっているのかと言うと、実は法的に決められていないようだが、たいていは保育士や小学校・幼稚園教諭などの資格を持っている人がやったりしているそう。
でもやはり雇用に関しては不思議な感じはするなあ
学校のある平日は放課後だけ、長期休みの時は一日、というのは特殊な働き方だし、それゆえに他に別の仕事をというわけにはいかないだろうし、じゃあ平日の昼間は何をしている人たちなんでしょう??
うーん、謎だ

で、実際、どういうことを児童クラブでやっているかというと、宿題をやったり、友達と遊んだり。
おやつ代も払っているので、毎日おやつがでる。
それなりのルールはあるけど、基本的にやることは自由みたい。
習い事ができるという児童クラブもあると思うけど、残念ながらうちの子のクラブにはそういうのはない。


以上が、ざっと知る限りの児童クラブについての情報なのだが、私は学校のことよりも、児童クラブのことを心配していた
私が低学年のとき、同級生にいじめられたりはなかったが、ひとつか二つ上の年上の男子には結構イヤなことをされた記憶が多い。
学校の教室とは違って、学年の違う子供たちとの縦の関係が発生するため、トラブルも多いと聞く。
知らない子とはしゃべれないであろう娘が、どんなふうに過ごすのか、本当に心配していて、親の私の方が緊張していた


児童クラブの初日、私は仕事の年度初日ということで、送りは母に頼んでおいた。
開所時間が早くなったとはいえ、自分で送ると仕事を遅刻する可能性があったので
母に手紙を預かってもらい、先生に渡してもらった。場面緘黙症についての、ごく簡単な説明を書いた資料を作ったのだった。

・挨拶ができなかったり、声をかけても、何も答えないことがあるかもしれない。。
・なるべく、YES・NOで答えられるような質問をして欲しい。うなづきで答えられることがある。
・最初はほとんど動かずにじっとしているかもしれない。
・トイレに行きたくても言い出せず、おもらしをしてしまうかもしれない。
・もし、他の児童が「なぜしゃべらないの?」とか、からかうようなことがあれば、伝えてほしい。
・発話を強制されると、症状が悪化するので、しゃべらないことを強く叱らないで欲しい。


というようなことを、簡潔に、そしてなるべく丁寧な言葉で伝えた。
話しかけても無視することがあるので、反抗的に見えたら申し訳ないということも付け加えておいた。


いきなり知らないところで知らない人たちと弁当を食べて、夕方まで過ごすって、大人でも結構嫌なもんじゃないだろうか
娘にとっては長い一日になるだろうので、気の毒とは思いつつ、でも仕方のないことなので、慣れるまでは我慢してもらうしかない
その日はそわそわしながら夕方まで、何度も娘のことを思い出しては心配していた。


夕方、児童クラブに迎えに行くと、娘はみんなと集まってテレビを観ていた。
そして、先生の話では、2・3年生に交じって、いろんな遊びをして、すごく楽しそうだったということだった。
よく走って、声も出ていたし、上手に遊んでいたようだった。
なんかビックリ
特にひとつ年上の女の子がよく面倒をみてくれたようだ。

に帰ってみると、娘は手紙を持っていて、読んでみると、上級生の子が書いてくれた手紙だった。
そしてもうひとつの手紙は、私の友達の子供で、今2年生の女の子から。
この日は休んでいたけど、他の子に手紙を預けていたようだ。
その子が、自分の友達にうちの娘と仲良くしてほしいと頼んでくれて、それでいろいろと面倒をみて、可愛がってくれてたようだ。
その友達の子供は、前は何回か遊んだことがあったが、最近はうちの子にはあまり興味がないというのがはたから見てもわかっていたので、あまり期待はしていなかったんだけど、そんなふうに気が回ることなんてすごいと思うし、感心した。もちろん感謝も
そうやって受け入れてくれる上級生がいたから、基本的に受身なうちの娘は、すんなりとなじむことができたのだ。
本当に、その優しさに心からありがたいと思った

娘からこの日の出来事を詳しく聞いてみると、児童クラブにはいろんなものがあって、おもちゃやカードゲーム、絵本や漫画、テレビやDVDプレーヤーなどなどがそろっていて、娘の好きなお絵描きやあやとり、折り紙も好きなだけできるようだし、人形遊びの道具もそろってるそう
外では鬼ごっこをしたり、走り回ったり、ブランコをしたり、広い校庭で遊べる。
なんと、男子に交じってサッカーをしたというので、びっくりしていたら、キーパーをやらされたということだった
蹴るの下手だからだと思うが、初日からすごい洗礼をうけたな〜という感じ
年上の子と一緒に遊んだりすると、自分の体力以上に体を使ってしまい、ケガをしたり、疲れてしまったりしやすいようで、娘も最初の数日は夜も早くからうたた寝をしていた

児童クラブにはいろんなDVDがそろってるらしく、今までほとんど観たことなかったのに、ドラえもんやクレヨンしんちゃんやコナンなんかも観て帰ってくる
私物のおもちゃなどは禁止だが、例えばちゃれんじなどの私物も持ってこないで欲しいということで、宿題以外は勉強であってもダメらしい。
せっかく児童クラブでやらせようと思っていたのに〜(でも夏休みならOKと言われた

通常は保育園みたいにいちいち子供の様子を伝えてはくれないが、優しい先生がいて、私が娘の様子を心配してるのを気にしてくれて、誰とどんな遊びをしたか、メモ書きを書いて渡してくれたりする。
先生は数人いるけど、だいたいはちゃんとした、いい先生みたい

児童クラブでは、みんなで外に出かけるイベントがあったり、季節の行事も多く、なんだか楽しそう
第二の学校のような場所だと思った。
しいて問題をあげるとすれば、弁当を作らないといけないこと
今も学校の給食が始まるまでは毎日作らないといけないが、長期休暇の時は給食がないから、休み中毎日弁当を作らないといけない
夏休みなんて想像するだけで恐ろしい


それにしても、日々、娘のトランプにさんざん付き合わされている私だが、おかげで上級生ともトランプで遊べるみたいで、うちでやっていてよかったと思えた。
家でもサッカーのキーパーの練習もしたがるし
娘のこういう熱心なところが好きだ。

以前、一度一緒に遊んだことのある、先輩の子供とは、一度面識があったのが良かったらしく、すぐに仲良くなれたみたい
うちの地区は学校から遠いので、ほとんどの子は児童クラブに入ってて、登校練習のときに顔を合わせてあったのもよかったと思う。


無事に児童クラブデビューができて良かった
どうにかうまくいったのは、最近の娘は以前とは少し違ってきているからかもしれない。

卒園を間近にしたくらいから、娘に少し変化があったと思う。
保育園にはすっかりなじんでるので、特に難しいところはなかったのだが、外では緘黙症の特徴が出ていた。
でも、ある時から娘は変わった。
病院の先生には、質問されてもうなづくくらいしかできなかったのに、小さい声で返事や受け答えが少しできるようになっていた。

それに、なんといっても私がびっくりしたのは、スイミングでのこと。
今までずっと、泳ぐ前の体操を絶対にすることなく、一人だけもじもじしながらつっ立ってた娘が、ある時急に、体操をみんなと同じようにできるようになったのだ
唯一の娘のこだわりでもあったのに、どういう心境の変化か分からないが、体操してるのを見たときは感動した
それからはずっと、毎回、体操を続けている。
もしかして、このまま緘黙症は改善していくのかもしれないし、そうでもないかもしれない。
ただ、今の時点では、それほど悪い状況にならないような気がする。



さて、ここで、ちょっとおまけとして私のことも書いてみようかと。

私はと言うと、変わらず職場で契約が更新されてホッとしたが、恒例の人事異動でまた職場の面子が変わった。
この2年間、どうしても好きになれない年下の上司と仕事をしてきて、憎らしくもあったし、何と言ってもいつも機嫌が悪そうな雰囲気に、とにかく気を使って、その人がそこにいるだけで疲れていた
忙しさの中で、いつもため息をつくその様子が、うちの母と重なり、うんざりしたこともあった
機嫌の良い時は、冗談も言うしよくしゃべったが、いちいち言うことがきつくて、むかついてた
真面目だし、悪い人ではないので、嫌いというわけじゃないけど、苦手だった。

それが今回の異動で、違う上司が来て、急に私の気持ちが楽になった
新しいメンバーのことはよく分からないが、今までより悪いということはなく、ようやくあのストレスから解放されて、すごく仕事がやりやすくなった
いつも春先は、ちょっとした環境の変化がストレスとなって、5月病みたいになるんだけど、今年度は全然違って、気分は明るい
保育園に行かなくなって、通勤ルートも変わり、娘が小学校に入ることで、微妙な生活時間の変化もあって、かなりの環境の変化なはずなのに。
やはり職場の環境って大事だね2年間、よく我慢してこれたものだ。
年度初めはバタバタしてるし、これから忙しくなる時期だが、なんか仕事が楽しい。忙しければ忙しいほど、その疲れが心地よい感じさえする。

やはり春はこういう気分じゃなくちゃなあ


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ruhruhlilia at 22:00|Permalink小学一年生のこと 

2014年03月31日

保育園の卒園式

入学準備であれこれやっていたら、あっという間にこの日が来てしまった

卒園式というと、行事の中でも特に重要なもの。
ところが、卒園を前にして、娘が言い出したひとことで、だんだんと私にとって憂鬱な行事に変わってしまった
それは・・・
『卒園式はどの家も二人ずつ来るから、おばあちゃんも来て』というひとこと。
この場合は別に、お父さんに来てほしいということではなくて、うちだけ一人しか来ないのが嫌みたい。
卒園式は、席の関係で各家庭から二人まで出席が可能。
土曜日開催で、全員ではないと思うが、普通は両親そろって出席。うちの保育園はお父さんの行事の出席率がとても高いと思う
普段は全く気にしない私だが、こういう大きな行事の時は少し憂鬱になる

私一人で出席するつもりだったが、娘がそういうので、母を誘ってみた。
年長ということで、発表会も運動会も付き合ってくれたから、だろうと思っていたら、「きれいな服を着ていかないといけないからヤダ」などという理由で、まさかの拒否
私の友達のシングルママに聞いてみたら、「うちもおばあちゃんを連れて行ったよ」という返事。
どうやらおばあちゃんを連れて行くシンママさんが多いようで、なぜかというと、お母さんは式の時に子供から卒園証書を受け取らないといけないらしく、もうひとりは写真を撮る役として必要ということらしかった。
たしかに写真は撮りたいけど、うちの母にデジカメ渡したところで「使い方がわからんから撮りたくない」と言うし

そんなわけで、娘は二人で来てと言ってきかないし、母はものすごい渋ってるしで、すっかり憂鬱な気持ちになってしまった
とはいえ、やっぱり娘の希望は叶えてあげたい。
母を説得しつつ、ああ〜卒園式が早く終わって欲しい〜なんて思ってた。


その後、どうにか母を説得でき、いよいよ当日を迎えた。
聞くところによると、保育園や幼稚園の卒園式というと、親にとっては一番泣けてしまう行事ということで、当日はハンカチを二枚を用意して、泣く気満々だった私。
服装としては、お母さん35人くらいの中で、グレージャケットに黒ワンピという私の服装は、ごくごく平均的な格好で、黒スーツにゴージャスブラウスというパターンも多く見られた。白系スーツを着ていたのは2名くらいで、花コサージュをつけていたお母さんは半分くらいだったかな。
保護者の一人は前の席で、もう一人は後ろにとの指示があったので、私は前で娘と仲良しの子のお母さんの隣に座った。
卒園の歌で、保護者と先生も歌うものもあり、CDを聞いて事前に覚えてくるのだが、(卒園式の定番ソングと言うことで、私はYou Tubeで覚えた)娘と一緒にかなり練習した
式の前には保護者と先生で、その歌の練習もあった。


さて、いよいよ式が始まり、卒園児が入場、保育園の歌を子供たちが歌い、そして卒園証書の授与
写真もビデオも、前の席から普通に撮ることができた
園長先生から卒園証書を受け取った娘が、歩いてきて私に手渡し、娘に「おめでとう」と言うと、ジーンときた。
それから、園長先生のお話、来賓あいさつやお祝いの言葉などが読まれ、子供たちがひとりひとり思い出のシーンを語る言葉を言う(卒業式などでよくあるやつ)のと、卒園の歌をみんなで歌った。
そして、子供たちがそれぞれの親にあてた、感謝状を渡すというサプライズ的なものもあった
娘に『ありがとう』と言われ、手作りの感謝状を渡されると、胸が熱くなり、目に涙があふれた。

本当におめでとう
長い保育園生活、いろんなことがあったけど、よく頑張ったね



こうして、娘の卒園式は終わった。
終わってみて、ところどころに涙がにじんでくるシーンはあったけど、結局ハンカチでぬぐうまでもいかず、かと言って私が特別冷たいわけではなく、保護者が総勢60人くらい集まる中、(娘が言うには)泣いていたのはお母さんが3人と、お父さんが1人くらいだったそうな
泣くタイミングはあったはずなのに、気が付いたらあっという間に式が終わっていたという感じ
式の後に、担任の先生が保護者に向けて挨拶をしてくれ、先生が泣いていたので、こっちももらい泣きしそうになった。

その後、思い出のビデオ上映会があり、卒園の看板の前で写真を撮ったり、先生と写真を撮ったり、他のママさんと少しおしゃべりしたりした。
式が終わっても、みんななかなか帰らなかった。

それから、お祝いと出席してくれた母にお礼をこめて、3人でちょっと贅沢なランチを食べに行った。
そのときに、娘からもらった感謝状を開いてみたら、私とおばあちゃんに向けての感謝の言葉が書いてあった。
だから娘はあんなに、おばあちゃんにも来てほしがっていたのか。
いつも互いに憎まれ口のおばあちゃんと孫なのに、こういう時は大事な家族と思ってるんだなあ


大阪の保育園を去るときや、地元で最初に入った町内の保育園を去る時も泣いた私だったのに、卒園がそれほど寂しくなかったのは、それは次の週も保育園に通うからだと思う
保育園っていうのは、卒園しても3月いっぱいは通えるし(自治体によるが、だいたいは通えるところが多いのでは?)、卒園式が本当のお別れではない。中にはもう来ない子もいるとは思うけど。
それに、4月に入ってからも、保育園に訪問するという行事が用意されているしね

だから私も、寂しいとかすごく感慨深いとか、そういうのはほとんどなくて、とりあえず、あー終わってよかったあ〜という気持ちが一番近いかなあ。
ちょっと冷たいかもしれないけど、他の人もそんなかんじだと思う。
ママ同士や先生と深い結びつきがあるとか、そういう園なら別かもしれないが、この保育園はそうではなかった。

実はこの保育園は、謝恩会というものもなく、式の後もあっさり解散
園としても保護者の負担がかかるような行事は、積極的に推奨してないようで。
保育園によってはものすごく保護者同士が密着した付き合いで、行事で大変な園もあるようだが、だいたいにおいて、この保育園では保護者同士の付き合いもごくシンプルだったし、私自身も、私から話しかけれるかなあってママさんは5人くらい(?)、それもごくまれにだけだったし。私の他にシングルママもいなかったし。
だから謝恩会がないというのは、かなりホッとしたかも。
この園のそういうあっさりしたところも、私にはあっていたと思う
そう思うと、大阪では園にも外にもママ友がいて、私にしては、わりと社交的に過ごしていたのかもね。


この保育園に入園したころは、じっと動かず、みんなをただ観察していただけの娘だったが、遊びを通していろんなことをできるようになったし、徐々に打ち解けて仲良しのグループや、個人的にすごく仲良くなった子もいた。
先生にはなかなか自分から意思を伝えることができなかったけど、そんな娘も少しずつ成長していった
保育園では特に、音楽と運動に力を入れ、たくさんの歌を教わり、ハンドベルや鍵盤ハーモニカ、いろんな楽器での合奏、それに発表会での和太鼓は本当に素晴らしかった
広い園庭では、毎朝、マラソンや体操をして、基礎体力をつけた。
先生方には、たくさんの絵本や紙芝居を読んでもらい、パネルシアターなどでも楽しませてもらっていた。
食育にも力をいれていて、自分たちで野菜や果物を作って収穫し、調理をさせたり、いろんな体験をさせてくれたし、美味しい給食のおかげで娘はすごくよく食べる子になった。
本当に良い園だったし、この保育園に通うことができて良かった

特に年長でのクラスの担任の先生には、入学前ということで、場面緘黙のことで相談機関や小学校と連携を取っていただいて、本当に感謝してるし、発表会でも代表として人前に出ることを挑戦させてくれたおかげで、娘も自信をつけ、実際、娘は変わったと思う
人前でしゃべることに、ほとんど抵抗がなくなった。

全体を通しては、大きなトラブルというのはなかったし、娘もお友達とうまくやっていたと思う。
私としては、保育園の送り迎え自体は、別に苦でもなんでもなかったんだけど、なんせ駐車場が夕方はいつも混雑してるし、反対車線には出にくいし、それがかなりストレスだったのは間違いない。
だからそれがもうなくなるのは、やっぱり嬉しい

保育園には最後の最後の日まで通った。
卒園式を最後に出てこない子も少しはいたが、だいたいクラスの半分以上は来ていたようだ。
最終日も、特に胸が熱くなるようなことはなくて、それよりも今まで事故もなく送迎ができてよかったなあ〜というホッとした気持ちが一番だったかも。
今までここに来ることが当たり前すぎて、実感がわかないのかもしれない。
でも、こうして文章にしてみると、感慨深い気持ちになったり、もう懐かしく思えたり、いろんな気持ちが後から沸き出てくるものだ。
本当にお世話になりました!

4月には保育園の年長クラスのほとんどはふたつの小学校に分かれ、ごく数人がそれ以外の小学校に行く。うちの子もそう。
娘は私以上にあっさりしていて、自分はみんなと違う小学校に行くし、という疎外感のような気持ちがあるみたい。
本当にね、みんなと同じ小学校に行けなくて申し訳ないという思いもやっぱり少しはある
でも、同じ保育園に通ったという事実は一生残るのだから、いつかまた違う場所で、みんなと会うこともあるだろう。隣の町にいるのだし、スイミングにも何人かいるしね。
同じ時を過ごした仲間として、ずっと友達でいられたらいいね


0歳の時の託児施設から始まり、大阪の保育園へ通い、それから2歳の時に地元に帰って、4〜5か月ほどは町内の保育園で、それから転園して4年間を今の保育園で過ごした。
やむを得ず、転園したりして落ち着かない保育園生活だったときもあったけど、6年以上の歳月を、娘もよく頑張ったし、私もよく頑張った
娘が小学校に上がる日が来るなんて。

さあ、これからまた新しい生活が始まる


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ruhruhlilia at 16:28|Permalink育児(6歳〜7歳) 

2014年03月23日

小学校入学の準備〜直前編〜

いよいよ小学校の入学が近づいてきて、この1〜2カ月はいろいろと準備やすることに追われていたわけだが、入学前にはどんなことをするか、ということを記録してみた。
(今さらなので、参考にならず申し訳ないです


小学校の説明会と物品購入
これは2月の終わりくらいにあったのだが、学校の説明会があった。
説明会では学校のパンフが配られて、全体の概要や方針などの説明もされた。
この学校は、最近、世間で(特に田舎で)増えている幼保小中の一貫校ということらしい。
私自身がそうなのだが、幼稚園や保育園から中学校卒業までほぼメンバー変わらず、ってことね
あとは小学校の連絡メールの登録などもした。

それと、入学用品として準備するものの説明。
通学の服装は基本的には自由だが、フード付きだけは安全上の理由で不可となっていた。
大抵はみんな動きやすそうな服を着ているけど、高学年でデニムのロングスカートを履いてる子がいて、本当になんでもいいんだなって感じ

袋物などは寸法なども細かく明記してあった。
それと用品の注文の用紙も事前に配布されていたので、この日に注文用紙を提出した。実際の物品などが参考として並べてあった。
うちの学校は、物品購入は後日だが、説明会と物品販売が同じ日の学校も多いようだ。
とりあえず、必要なものはほとんど〇をして、絵の具セットだけネットで可愛いのを買うことにした。

小学校の説明会の後に、児童クラブの説明もあった。
このときに助成が必要な家庭の手続きの書類を渡された。
ちなみに、一日入学を実施している学校もあるようだが、うちの学校ではなかった。



小学校の先生の視察
以前、娘の緘黙症のことで、保育園の担任の先生と市の発達相談の人と私の3人で集まって、保育園での様子や、どんなことを小学校に伝えるかなどを相談したことがあったが、その後、娘が入学する小学校の養護の先生と教頭先生が、保育園での娘の様子を視察に来た。
普段の娘の様子を見ることで、どういうふうに接したらいいか、見極めるためだ。

教頭先生が見た限り、全く問題がない・・・というより緘黙症状があるようには思えない、という感想だったらしい。
友達とも仲良くしてるし、先生がタンバリンをたたいた数の人数でグループを作るという遊びでも、(わりと残酷なあそびなんだけど^^;)娘は仲間外れにされるわけでもなく、ちゃんとしっかりお友達のグループに入っていたようだ。
まあ、保育園は慣れた場所だしね
『ただ、この保育園の友達とこんなに仲良く付き合っていけてるなら、それを無理に引き離してまで、うちの学校に来るのが本当に正しいのかどうか分からないけれど・・・。』ということをおっしゃったようだ。
というのも、人数が少ない学校で、クラスの顔ぶれも変わらないので、そこで気の合う友達ができないまま、結果的に転校してしまった、という子も過去にはいたようだ。
どんな小さい学校でも仲間外れやいじめはある。そしてクラス替えがないので、状況の改善が難しいのだろう
この言葉をもっと前に聞いていたら、私は別の学校を選んでいたかもしれないが、もうここまで来たら今さら変えられない。
それにこんなことも言ってくれた。『学校としては、歓迎するし、どんなことでも相談してほしいし、とりあえず近いうちに電話して欲しい』とのこと。
で、説明会で学校に行ったときに、教頭先生に時間をもらって、お話を聞いてもらった。

(もちろんこれは最終手段だが)もし本当にこの学校が合わないということなら、転校だってできるのだから、ということも言ってくれた。
これは別に突き放している意味合いではなく、まずは気持ちを楽に入学してほしいということだ。
教頭先生が見た限り、娘はとても手先が器用そうに見えたし、それにまあまあ背も高いので、しっかりしてそうだし、と言ってくれたので、慣れたら大丈夫そう、ということで私も先生も納得した。
それに、入学してみてからじゃないと何もわからないし。
とりあえず、緘黙症について事前に私がやれることは、すべてやれたと思う



児童クラブの申し込みと説明
まずは児童クラブ(学童保育)の申し込みをして、許可がおりたら、今度は児童クラブの説明会というのがあった。
児童クラブの申し込みは小学校ではなく、児童クラブへ提出しないといけなかった。
学校と児童クラブは、同じ敷地内、または近くにあることがほとんどだと思うが、基本的には別のものと切り離して考えたほうがいいようだ。
児童クラブは月五千円ほどかかるが、母子家庭は全額免除や一部免除ということらしく、銀行での振込み手続きや、市役所での手続きなどもした。

児童クラブの説明会は都合で行けなかったので、後日詳しく聞きに行って、そのついでに緘黙症のことも話すことができた。
ただ、緘黙症といっても、先生方はあまりピンとこなかったようで、どう接したらいいか聞かれたので、簡単な説明はしておいたが、参考のために資料を作って渡そうと思う。あまり気遣ってもらうと申し訳ないので、ごく簡単なもので。

さて、児童クラブではなんと、開所時間の変更があって、今まで18時までだったのが、(お金はかかるが)延長で、18時半までの預かりができるようになったとのことで、これはかなり嬉しかった
朝も、春・夏・冬休みなどの長期休みの時は、8時半からしか受け付けてなくて、じゃあ私みたいに8時半から仕事が始まる人は一体どうすんのって思ってたとこだったから。
実は以前、児童クラブの時間が18時までというのは短すぎるので、市役所の担当課へ(別の用事のついでに)意見を聞いてもらいに行ったのだが、その時の担当者はバカにしたように「この人何言ってんの?」みたいな態度をされた
でもそんなおかしなことは言ってないつもりだったので、正直、とても不快だったなあ
しかし、数年前から、そういう意見は別のママさんたちからも出ていて、市に意見具申をしていたらしく、そういったことをしてくれたおかげもあって、今回こういう改定に至ったんだろう。
本当に本当にありがたい

あとは学校の用品とは別に、着替えやタオルや歯磨きセットなども児童クラブ用に用意しないといけない。
下着の替えまで用意するように言われたのでびっくり
おもらしはそう珍しいことではないようだ。

児童クラブには出遅れ感を感じないように、4月の1日から入ることにした。
児童クラブというのは入学前でも入れるのだが、学校の給食が始まるまでは、毎日弁当を作らないといけないというのが、きついなあ〜



入学用品の名前付け
とにかくあらゆるものに名前を付けないといけない
一番手間のかかるのが『さんすうセット』なのだが、こんなの本当に使うのというような、カードやおはじきの一つ一つに名前を付けていく。
特にかぞえ棒は、私の予想の3倍は多かった
黒のサイコロになんて、,量椶暴颪しかないので、職人技としか言いようがない。米粒に書くようなもんでしょ。
保育園に入る前に買った、ネームスタンプがあったから、助かったけど、名前シールだけだと大きさが合わなかったり、足らなかったりで困ってたかも。
おはじきは、娘がピンセットでつまんで、シールを全部貼ってくれた。
夜にコツコツと作業していたら、数日かかって終わった。
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登校の練習
まずは、どのルートを通っているか、通学路を実際に娘と二人で歩いてみた
道のりとしては2キロ弱。片道ならばいいけれど、この場合は往復しないといけないので、すんごい疲れて、次の日筋肉痛になった。普段、車だから全然歩いてないもんなあ
娘も、「もう無理〜」ってバテバテになっていた。

地区でも登校練習日が決まっていて、案内がきたが、仕事があるので参加できず、後日、平日休みのときに、実際の登校班と一緒に歩いてみた。(私は自転車を引いて
これは念のため、学校の先生に事前に告げて、子供たちにも言っておいてもらった。(不審者と思われたらいけないので)
登校班は男子が五人で、その後、別の地区から女の子が合流する。
しかも朝の時間帯は、路側帯もない狭い道なのに車の通行量がかなり多く、しかもかなりのスピードで通る。時にはダンプやタンクローリーまで。
しかし、しっかり者の6年生がふらふら歩いてる子を後ろから注意して、しっかり引率していた。
別地区の女子が合流し、大きな道に入ってからは広めの歩道があるので、特に危険はないが、そこに来るまではかなり心配な道だ
何が心配って、班長の現6年生が抜けると、後のメンバーが頼りないというか・・・一番危ない道を中学年の男の子が引率してくというのも、かなり不安なんだけど
6年生の男の子とはいろいろ話せて、情報を聞くことができた。娘は恥ずかしがっていたけど、なぜか他の子はみんな娘の名前を知っていた。さすが田舎
「この子おとなしくて、あまり話せないかもしれないけど・・・」ということも、みんなに告げておいた。

3回目の練習は、登校班の集合場所から娘を登校班と歩かせて、私は車で先回りした。
この時はすでに6年生が卒業してたけど、特に問題はなく歩いてたみたい。
というわけで、春休みに入ったので、練習は3回で終了。

同じ登校班での保護者の話し合いもあり、集合場所を決めたり、連絡網の確認などをした。
保護者の集まりはやはり苦手話し合いといっても、一部の親の個人的な雑談のせいで長引いて、なんだかイライラしてしまった。



入学に伴う準備品・買い物いろいろ
学校での物品販売以外に、自分で用意するものも細々とあった。
登校用の服などはもちろんだが、娘が普段に履く靴、長靴、上靴、靴下、ハンカチなどなど。

卒園、入学の行事には、スーツはもともと持っていたグレー・黒系を卒園式に、ベージュ系を入学式に着るとして、胸につける花のコサージュは持っていなかったので買った。
ちなみに娘は、卒園式は体操服だが、入学式だけスーツを買った。(おそらく1回しか着ることないでしょうけど・・・)
式用のフォーマルスリッパなんかも買った。
【難あり、訳あり】シャンタン生地のリボンヒールスリッパ(黒色・紺色)フォーマル【入学式・卒業式】
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ネットでの買い物が多かったので、毎日のように楽天からの荷物が届いていた感じ。
怖いのは、バンバン買い物をしだすと、感覚が麻痺してきて、何のためらいもなくお金を使っている感じになってきてたってこと
どれも必要なものとはいえ、とにかく出費の激しい時期だったな

自分で作るものは、体操服入れ、給食袋、ナプキンが数枚
靴入れは保育園のをそのまま使用する。
布はすべてこちらのお店で買った→
今の時点でまだ布を切ってもいないという、やる気のなさ・・・
どうしてもハンドメイド熱が上がらず、ギリギリの完成になりそう。(※ブログには載せません)

あとは、すんごく迷ってたけど、結局、こども携帯も契約してしまった。やはり、どうしても心配で
学校まで2キロあるとはいえ、集団登校で、帰りは児童クラブにお迎えなのに、いつ使うのかって思うけど、おおむねGPSとしての役割。
そのうちスイミングもスクールバスで通うようにすると思うし、機能としても制限があるので、携帯電話といっても安全だ。
電話をかけても、高速移動しても、防犯ブザーを引いても私にメールが入ってくるので、それはそれで余計な心配が増えそうな気がするけど、月1000円(保障パック含め)で私の気が済むならと思って。
操作ミスで「きんきゅう」の電話で、警察などに電話しないかということだけが心配かな



その他の準備
同じ小学校の新一年生と子供と遊ぶ
学生時代の先輩の長女が、偶然、うちの娘と同じ年で、同じ地区ということで、連絡を取り合うようになった。
うちの子はみんなと違う保育園だし、先輩の子もおとなしいので、ということで、入学前に少しでも仲良くなれば心強いと思って。
とはいえ、その先輩とは学生の頃は別に全然仲良くはなかったし、結構厳しい人だったんだけど、よもや家に遊びに行くようなことになるとはねえ〜
先輩にはすでに小学生の長男がいるので、小学校のいろんな情報を聞けた。
子供同士は、恥ずかしがってほぼ、からみなしだったけど

それと、先輩は児童クラブが原因で転職をしたそうだ。
長期休み中の送りも、毎日の迎えも時間的に間に合わなかったからって
やっぱりね、そういう人、結構いると思うんだよね


・ベッド机の搬入等
お祝いとして姉と母に合同で買ってもらった、(ニトリの)ベッド・机が届き、それに伴い家具の配置換えもした。
机がもの珍しくて、最初ははりきって勉強していた娘だが、見慣れるとたまに座るだけになって、でもメインがベッドなので、活躍している。
ベッドがまだ届かない時は、娘が1階の部屋で一人で寝たいと言い出して、急にこんな日が来るなんてと、寂しいやら心配やら
で、ベッドが来てからはまた二階に戻って、私は布団で、娘はベッドで、というふうに寝ている


・生活時間の改善
すっかり乱れていた生活時間も、なかなか直らないままだったけど、また母と大きなケンカをして以来、なるべく母屋で過ごすのをやめて、夜は早めに離れに行くようにし、必ず22時までには寝ることを目標に決めた。
早く寝るには私が早く起きる。そうすれば以前のように、22時にはもう瞼が重くなって寝てしまう(私が)
早起きすれば、ブログの更新も・・・もっとできるはずだったんだけどななんでかな。


・アレルゲンの特定
娘には以前から、春先には花粉症のような症状が出ていた。
今年もそれらしき症状が出たのと、ぜんそくのかかりつけの先生が『症状を引き起こしてるアレルゲンを小学校に上がる前に特定した方がいいんじゃない?』というので、耳鼻科で検診を受けたついでに、血液検査を受けた。
検査の後はなぜか呆然としてた娘だった。血を抜かれたショックかしら
そして、最悪の結果が
なんとアレルギー。数値も高すぎてどれだけの上限かよく分からない
続いてダニ、ハウスダストもかなり高い。
花粉はギリギリ発症はしてないが、いつかなる可能性があり、小麦などの食べ物系はセーフ
ぜんそくとしては軽症なのに、数値の上ではものすごいアレルギー体質のようだ。でも薬で花粉症らしき症状はすっかり緩和されている。
それにしても困ったのは猫
そもそも普段から離れに住んでる猫たちだし、娘と完全な隔離はできないけど、空気清浄機と(今流行りの)布団クリーナーを購入した。(出費が痛い〜〜けど、とりあえずこうするくらいしかできない


・歯科矯正の決断
時期を同じくして、歯科矯正のことを歯医者さんに念を押された。
これについてはまた別記事に改めて詳しく書くけど、とにかく、出費がきついことになりそう〜〜
入学の写真もスタジオで撮る予定だったけど、なんせ前歯がね、2本同時に生えてこないで、おかしなことになっているので、写真を撮るのはもう少し歯が伸びてからがよさそう。
五月くらいまで待とうかな


更新が遅れてるけど、お次は卒園のことを書きます。


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ruhruhlilia at 22:46|Permalink育児(6歳〜7歳) 

2014年03月07日

私の好きな絵本・その19 印象に残った絵本

みなさま、ご無沙汰してます。
このブログ、このまま終わってしまうんかいな??と思ってたかもしれないですが、私もうっかりそう思ってしまうとこでした
なんやかんやしてますが、私は元気です


かな〜り久しぶりだが、忘れた頃にやってくる、絵本ネタです。
2週間に一度の図書館通いはずっと続けていて、ちょっとずつ、絵本や児童本などを読んでる。
今回は印象に残った絵本の紹介です。



くまに てがみを かきました
くまに てがみを かきました [大型本]

わたしは、パーティーごっこが すきです。どうしてかっていうと、
くまのことを かんがえないで あそべるからです。


元気な女の子、ケイティー。ケイティーにはひとつだけ怖いものがある
それは階段の下の物置に住んでいる、大きなくま。みたことはないけど、絶対にいる。
そこで、ケイティーは、「くまさんへ どこかへ行って下さい」と手紙を書いたのだった。
くまとの手紙のやり取りで、ますますくまのことが気になってしまう。
ある日、くまからパーティーの招待状が届き、ようやく階段の下のくまに会うことになる。
そしてそこにいたくまとは・・・。
ケイティーの子供らしい想像力と好奇心も可愛いが、何と言っても両親の愛情の素晴らしさ
あまり子供の事をよく見ていないようで、それでいて実は子供の言葉を信じ、その気持ちを大事にしてあげることができることができるって、見習いたい。
うちの娘は最後の意味を理解してなかったけど
読みやすく、楽しくて、嬉しくなっちゃう素敵な絵本。とても気に入りました




しげちゃん
しげちゃん [大型本]

わたし、しげちゃん。ピカピカの小学一年生。

女優の室井滋の絵本。
『しげる』という男の子のような名前のせいで、しょっちゅう嫌な思いをしているしげるちゃん。
女の子らしい名前になりたい、このままじゃ友だちもできないかもしれない
名前を変えたいと母親に訴えると、しげるの名前にはちゃんと大切な意味があって、子供の幸せを思ってつけてあるのだと知ったしげるちゃんは、だんだんと気持ちが変わっていったのだった。
名前って一生使うものだし、すごく重要
私は昔から自分の名前にずっとコンプレックスがあって、しげるちゃんのように「こんな名前だったらなあ」って想像したことなんて数え切れないくらいある。だからすごく気持ちが分かるなあ
ださい自分の名前がイヤで、可愛くて素敵な名前の人がいると、「みんなの名前ってなんて素敵なんだろう。きっと親に愛されてるんだろうなあ」とつい思ってしまう。いまだに。
私は親がつけた名前ではないし、残念ながらしげるちゃんのように自分の名前が好きだと心から思えるようにはならないと思う
だけど、やっぱり自分の娘には自分の名前を好きでいて欲しいなあ。





富士山うたごよみ (日本傑作絵本シリーズ)
富士山うたごよみ (日本傑作絵本シリーズ) [単行本]

春一番の思いよ届け
青空はあなたに続く色の階段


サラダ記念日で有名な歌人、俵万智の短歌と立春から大寒の季節の移り変わりを、さまざまな発想の富士山の姿とともに楽しめる。
絵も歌も素敵でユニークで、お得感のある絵本。
歌の解説は子供向けらしい文章なのだが、女性らしく、恋や愛に関する歌が多い
こんな形の富士山は初めてで、初めて手に取ったときにに「おぉっ」と驚き、新鮮な気持ちになった
言葉と富士山の美しさに、日本人であることが嬉しくなる一冊。













昔、ひとりきりになりたい、と ひたすら願う不幸な男がいた。

ひとりきりになりたいと願う男がたどりついたのは、地球上のどこからもはるかに遠い島。
たどり着く他の船から隠れる男。そして、その船の者が残す、種や木や家畜によって、緑豊かになるこの島のことは、やがて女王陛下の耳に入るのだった。
どこまでも孤独を求め、自分を化け物だと信じる男。男の望みはただ、ひとりになること
島に戻ることを切望する男を、ひとりの娘が追った。
見渡してみればそこは望んだものとは違う、もっと素晴らしいものがあった
命とははぐくむもの。その懸命さ。生きることをやめなければ、新しく生み、育てることができる
久々に出会った、私好みの絵本。こういう話は好きだ〜
セントヘレナで孤独に生きる男の実話を基にした絵本。
実話と絵本を組み合わせたら、映画にできそうなくらいで、さわかな感動があふれる。
人が住んでるかもと、お返しを置いて行く者たちの親切心も気持ちが良い。
セントヘレナ島は、ナポレオンが流刑された島としても知られている。






おばあさんの いえで くらすことになった。
とても ふるい いえだ。


今でこそ、はりの見えるような造りの古い日本家屋は、古民家などと呼ばれて親しまれるようになったが、古い家というのは、ふとした暗がりの怖さや不安、そして何かがいるような気配がするのだ
昔、母の実家がちょうどこういう家で、小さい頃は母についてよく泊まった。
はりというのは子供の目線から見ると、とても高くて、その先に闇が続くように深い暗さだ。
だからこの子供の気持ちはすごく分かる。何かを見たわけではなくても、怖いものは怖いのだ。
とはいえ、子供の想像の気持ちを表した絵本だろうと高をくくっていたら、見事に裏切られてしまった
ギャーッ!!マジで怖い
この絵本を子供が読んだら、その晩はトイレに行けなくなるでしょう。というか、トラウマになってもおかしくないかもでも絵の雰囲気は素晴らしいです


ちなみに怪談絵本シリーズ(全5冊)は全部目を通してみたのだが、どれも面白く、それぞれの視点でイヤ〜な感じに不気味でよかった。
他には特にこれが印象に残った。
怪談ではなく、こっちは悪意という怖さ。






なにやら危ない気配を感じてふりむいた僕の頭の上を、ゴルフボールくらいの石ころがとんでいった。
しまった、見つかった。


ふとしたきっかけから、長距離トラックで東京に来てしまった猫のルドルフ
もといた町に帰りたい、飼い主のところに戻りたいけど、ボス猫のイッパイアッテナと出会い、東京で野良猫として生きていくのだった。
妙に落ち着いて考えてる時もあれば、やっぱり子供だったり、でも純粋な気持ちの持ち主であるルドルフや、ボス猫のイッパイアッテナのかしこさと情の深さ、そんな猫たちの勇気と友情にラストで思わず涙が出て、胸が熱くなる
小学生が読む児童本なのだが、どっぷりはまる面白さで、読みだしたら止まらなくなってしまう
なんとこの猫たちは人間の字が読める学校に忍び込んで図書館で本を読んだりもできるのだ。
字が読めるから、看板も読めるし、ナンバーで車の行先も分かる、だから大冒険ができる。
日頃から猫って不思議な生き物だと思ってるんだけど、本当はなんでも知っているんじゃないかって気になるなあ
この本はぜひとも子供の時に読みたかったなあ。もちろん、大人が読んでも十分面白いんだけどね
大人気のルドルフシリーズは、数年前、超久々に4作目が出た。
猫たちの生活の変化や成長、個性あふれるキャラの猫たちとの出会いも楽しめる
ルドルフとスノーホワイト (児童文学創作シリーズ) [単行本]





荒野にネコは生きぬいて (文研じゅべにーる)
荒野にネコは生きぬいて (文研じゅべにーる) [単行本]

車のうしろの席で、子ネコは丸くなって、うとうとしていた。とつぜん、車が止まった。
おくさんは、ネコのえり首をつかまえると、道ばたの高い草むらへ
子ネコをはこんでいって、ぽいと投げこんだ。


ある日突然、荒野に捨てられた子ネコ。
飢えや寒さ、たび重なる災害。子を失う悲しみ。その中で、ネコは心身ともに強くたくましく成長していく。
野生であることはあまりに過酷で、読んでいて苦しくなるくらいだった
だが、その中で手を差しのべて、優しくしてくれた人間がいたのも、ネコは忘れてはいなかった。
長い旅の末、ネコが安住の地に選んだのは・・・。
残酷なまでに淡々と自然の厳しさとネコの運命を描いていき、時間を忘れて引き込まれていった。
人を信じ、傷つけられたネコは、人間を信じまいとし、しかし、どこかで人の温かさを信じ、求めていた。
そして安住の地で最期を迎えるネコの運命に涙がこぼれた
小学生中学年以上で読む本だが、作品としても面白く秀逸で、深く印象に残る本だ。
娘がもっと大きくなったらぜひ読ませたい





おまけ

中学生くらいが対象の本。
中学生がこういう哲学の本を読んだら、生きるとは何か、人とは何かをつい達観したような気になってしまうかもしれないし、こうしたことを何も考えずに生きたほうが幸せかもしれない。
でもこういう年齢の時ってつい考えてしまうものなのよね
なんで勉強するのか、なぜ学校に行かないといけないかなどは、私も中学生くらいからずっと考えていたような。
はっきりとした答えは自分の中で折り合いがつくのが一番いいのかもしれないけど、生きてく上での疑問について『考える』ってことそのものが大切なのかもしれないね


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※入学準備も、ようやく終わりが見えてきました

ruhruhlilia at 21:23|Permalink絵本・おもちゃ・遊び 

2014年02月04日

6歳女児とは◆小学校入学準備

現在、6歳5か月
冬場はコタツを背負って生きてるかのように、首まではまってゴロゴロしている娘。
保育園生活も残すところあと2か月弱の娘の様子


好きな遊び

・トランプ
『ババ抜き』、『ジジ抜き』や『7並べ』など、二人でやってもつまらないようなものを私と二人でやろうとする
最近は『スピード』を覚えたので、二人で遊びやすくなったけど、娘が速さについていけず「もっとゆっくりやって」!と言われる

・カルタ
こどもちゃれんじにはとにかくいろんなカードやカルタが付録についてて、お正月なんてひととおりのカルタを持って現れるので、恐ろしいくらいだった

・すごろく類
これもこどもちゃれんじについてるすごろくや、買い物ゲームやらで、何度もやらされる

・あやとり
最近一番多いのがあやとりで、私がまだ夕飯を食べ終わってないうちに、ふたりあやとりをやろうと「お母さん、これとって〜」と来る。
きりがないので時々つらいが、結構いろいろ作れるようになったみたい。

・おもちゃのピアノ
保育園で鍵盤ハーモニカを教わってから、家でもよく弾いている
知ってる歌を、自分で音を探してどうにか曲にして弾いてたり、手描きの楽譜(ドレミで書いてある)を作ってたり。

・雪遊び
雪は何回か積もったが、庭に滑り台をつくってやると、ソリで二日で100回は滑ってた
一人ででも、日が暮れて見えなくなるまでずーっと滑ってた。
なにがそうまでさせるか分からないが、変なところですごい集中力なのね・・・

・ゲームアプリ
アプリの中で結構はまっているのがコレ。

私はやり方は分からないけど、娘が自分であれこれといろいろ作って遊んでいる。
立体パズル好きの子にはおススメかも。
キャラが可愛い

ゲームは気が付いたら私のタブレットを開いてやってることあるけど、せいぜい10〜15分くらいしかしない。(根本的に飽きっぽいようだ
この年頃だとたまごっちやDSを持ってる子も結構多いと思うけど、今のところは考えていない。
って、絶対うちの子はすぐに飽きると思うし。
それより、トランプやカルタなどのカード攻めがきついのだが。いつも延々とやる羽目に・・・



歯のこと
前歯が抜けてから半年経って、やっと生える気になったらしく、ようやくちらっと大人の歯が見えてきた。
あまりに生えないので心配していたが、どうやら一年くらい生えないこともあるらしい。
しかし下の歯はスペースがない状態で生えてきたので、二枚歯状態



こどもちゃれんじ
内容が小学校入学に向けた準備のものなので、かなり役に立ってると思うし、学校生活のイメージがつかみやすいかも
たまっていたこどもちゃれんじのワーク(ワークプラスも)は随分片付いてきたけど、娘のやる気のムラがありすぎて
一日一回やるはずのワークも、ためてやるということを覚えてしまい、そうかと思ったら一冊を一日でやってみたりで。
なんか、こう言ってはなんだけど、うちの子はすごく勉強できる子にはならないんだろうな〜って思ったりして
ま、私の子だしね



保育園のこと
大きな行事といえば、音楽ホールを借りての、発表会があったこと。
年長児の集大成として系列の他園と合同で、和太鼓を披露した。運動会の時よりもみんな立派に、上手になっていて、本当に素晴らしかった
その時に、娘は代表でお世話になった人に花束を渡すという大役が当たっていた。
担任の先生には緘黙症のことを話してあるのに、どうして娘にと思っていたけど、そこをあえてチャレンジして欲しいということで、わざわざ娘を選んでくださったようだ。
先生の心遣いにとても感激したし、心からありがたいと思った
園ごとの出し物でも、ピアノや木琴やいろんな楽器を使っての演奏劇を見せてくれ、娘は鍵盤ハーモニカ担当で、ちょっと難しいし長い曲だったけど、熱心に練習していた成果が出ていたと思う
前日には少しナーバスになってた娘だったけど、和太鼓は前列センターで堂々とやっていたし、度胸と自信がついたようだ

大きな行事は終わったものの、ミュージカル観劇があったり、ゆるきゃらと遊んだり、工場見学に行ったりと、年長さんは相変らず、行事が盛りだくさん。
インフルエンザも結構流行ってきてるし、気をつけなきゃな〜



好きな絵本とお気に入りDVD
絵本は相変らず、日本の昔話や外国の童話を好んで読んでいる。

とにかく怖がりの娘にぴったりの絵本。
たしかに田舎の家は怖い。私もそうだったし、今でも怖いときあるし。
「猫がいる家はオバケが出ないんだよ(迷信)」といつも言ってるのだが。



相変らず、趣味は映画観賞。
だいたいのプリンセスシリーズは観たんだけど、最近はこれが気に入ったよう
「カエルの王子さま」が元ネタだと思うが、ディズニーで黒人の女の子が主人公なのは珍しいね。



妖精シリーズが好きで、何度もレンタルしてる。
妖精の存在を信じてそう


実写映画も少し観るようになった。
サウンド・オブ・ミュージックの後に、なにかいいミュージカル映画はないかと思って思いついたのがこれ。
うちにDVDがあったので、娘にあげた。
最初がモノクロなのでどうかと思ったけど、繰り返し観てた。
「オーバー・ザ・レインボー」はやっぱり素晴らしい




クリスマスのこと
遅ればせながらだが、書いておかないと何をあげたか忘れてしまうので
だいたいいつも兄からのプレゼントがメインになるのだが、今回は私のリクエストでこれに。

ケーキ屋さんに憧れる娘にぴったりのおもちゃ。


兄からはこれも。
中のお菓子は、娘の好きなハイチューと甘栗を追加しておいた


私からは、電動鉛筆削り器、小学校に入ったら使う筆箱、文房具類を少々。
というのを、職場の人に話したら、「それはクリスマスプレゼントじゃなくて入学準備品でしょ、そりゃ反則でしょー」と言われてしまった
いやいや、電動の削り器なんてこんな機会じゃなきゃ買わないけどさ。
でもそう言われると、娘に悪い気がしたのでさらにプレゼントを用意してみた。


マンガ風のイラストでたくさんの童話が載っている絵本。


パズルはおまけで。
縦18.2×横25.7cmの小さいサイズなんだけど、108ピースは6歳児にはちょっと簡単すぎたみたい
この年齢なら(根気のある子なら)300〜500ピースくらいでもいいらしい。
でも暇つぶしで何度も遊ぶならこのくらいでもいいかも。

ホイップルは正月休みに一日で全部作り上げてしまった。
数時間で全部終えてしまうので、高い遊びだな〜と思いつつも、作るのは楽しかった
結局、プリンセス絵本が一番気に入ったようで、いつも開いて読んでる。
それにしても電動の削り器は最強だわやはり手動とは違うね。



さて、恒例の3夜連続でクリスマスパーティーメニュー(?)を食した我が家。

23日は手作りのケーキとチキンの代わり(兄が鶏肉嫌いなので)に、角煮盛りだくさんがメインのメニュー。
クックパッドを見て、サンタケーキを作ってみた。
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24日は焼肉とお店で買ったケーキ。

25日はクリスマスメニューとしてパエリアと簡単チーズフォンデュとサラダ。
ケーキがないので、ホットケーキミックスをチンするだけのカップケーキ。
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プリキュアの新旧交代
またまたこの時期がやってきた。
09



ドキドキプリキュアは、面白いものを作ろうという制作者の心意気が感じられる作品だったように思う

財閥が金持ちすぎていい味をだしていた







みんな可愛かったし、まさかの正体バレまでして、全体的に楽しいプリキュアだった



新しいプリキュアはこちら。『ハピネスチャージプリキュア』
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シリーズとしては11作目となるプリキュア。






なんか、昭和な絵の雰囲気と若干男性向けの匂いも感じたりして
娘も「セラームーンみたい」と言ってるし。
正直言って、こんなにテンションが上がらないプリキュアは初めてかも。
1話目はまあまあだったので、見慣れたらそうでもないのかな

とは言え、娘も小学生になるし、そろそろプリキュアもいいんじゃない?という感じだけど、娘はまだ観るみたい。
プリキュア歴が長くなってきたけど、プリキュアのキャラ物ってほとんど買ったことないな〜
仮面ライダーや戦隊物は私はあまり観なくなったんだけど、娘はまだ結構観てる。



入学準備について
入学まで2カ月ほどになってきた
就学前の検診や学童保育(児童クラブ)の申し込み説明などがあり、初めて小学校の中に入ったが、木のぬくもりが感じられるしゃれた作りの校舎だった
その時にトイレをチェックしたら、トイレの半分が洋式だったのでホッとした。娘は和式トイレでかろうじておしっこはできるようになったけど、長い時間はしゃがんでいられないので
同じ地区の女の子たちの保護者とも挨拶を交わした。うん、なんとかなりそう

実は学校よりも不安なのが、学童保育(児童クラブ)
18時に閉まるのだが、仕事が終わって、急いでも迎えに行くのは18時ぎりぎりになりそうで、もし冬場に雪が降って道が混んだりしたら、迎えに間に合わない
雪では母も迎えに行ってくれないし。
保育園みたいに延長保育というのはないし、かなり厳しく時間が決められているよう
都会では民間のやもっと遅くまで預かってくれる学童があるかと思うけど、うちの田舎はどこも18時までらしい。
保育園は19時までなのに、学童は18時って、なんともおかしな話だなあ
私は急いだらギリギリ間に合うだろうとはいえ、中にはすごく困るお母さんもいるんじゃないだろうか?
世の中のお母さんたちはどうしてるんだろうか??そのせいで仕事を変えないといけない人もいるんじゃない?って、思ってしまうんだけど
ただでさえ学年の違う子たちと娘がちゃんと過ごせるか心配でたまらないのに、なんかもうすごく不安になってしまって
でも友達に相談したら、『もし雪が降ったら、うちの子と一緒に連れて帰ってあげるから大丈夫だよ』と言ってくれたので、すごく気持ちが軽くなった
それに、本当のピンチには1時間の休みを取って早引けするという手もあるし。

さて、私の不安とは逆に、娘は小学校を楽しみにしてるよう
注文していたランドセルも届いて、とても気に入ってくれたみたいだし、はりきっているみたい。

今月は、小学校の説明会や、入学用品や体操服の注文などがある。
入学予定の小学校は制服がないので、入学用品を全部そろえても必要金額は2万円くらい。
母子家庭は市から助成金が出るらしい

私服通学ということで、使えそうな服も少し買ってみた。
保育園はわりと部屋着みたいな恰好だったから、ちゃんと外を歩けるような服じゃないとね
そう思うと、いろいろと必要なものが次々と浮かんで、ネットでの買い物が増えてきた。

は買わない予定だったのだが、お祝いとして姉と母が共同で机を買ってくれることになった
といっても、ベッドに机とタンスがくっついているようなタイプ。メインはベッド
ニトリで見てたら、これいいな〜ってことになって、
「机は姉のお古だし、服だってずっとお古しか着てない。服だって初めて買ってくれたのは小1の時だったよね」などと、娘をうらやましく思うあまり、母にそう言ったら、なぜかもう少しお金を出してくれることになった
なんでも言ってみるもんだな

でもベッドを買うということは、布団やカバーなど一式が必要で、机周り品としてもライトやイスも買うわけで、結局は私も結構な金額を使うことに

あとは、入学の記念と七五三のお祝いもかねて、スタジオ写真を撮るつもり。
ランドセル背負ってのと、着物のものを。せっかくだしね。
今回は日焼けする前の3〜4月くらいには撮っておこうかな。
なんやかんやでやっぱり出費が多いなあ〜〜


さて、来月からは通学路を歩いたりして、道を覚えなくちゃ
2キロ近くを歩くので、いっしょに歩く私も大変だけど、やはり心配なのでちゃんと準備しておきたい。
できたらGPSを持たせたいくらいなんだけど

それと、もっと早くやっておくべきだったけど、早寝早起きの生活
保育園での昼寝がなくなっても、夜寝る時間は変わらず、しかも以前より遅くなってるし、朝起きれないし
ちゃんとしなきゃな〜〜


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お知らせ
婚外子の相続についての民法改正により、『認知と父親』の記事を修正するとともに、少し追記もしました。
なぜかこの記事は、私のブログ内の、「よく読まれている記事ランキング」で、いつも上位5位には必ずはいってるのです。。。(私としては何の気なしに書いた記事だったのですが

お知らせ
以前、メッセージ欄としてgooメールを使用していましたが、システムの変更により、もう使用できないのと、データもすべて消えてしまいました
私のアドレスをご存知の方は、ご了承ください。ちなみにずいぶん前に消えていました。。。

ruhruhlilia at 22:51|Permalink育児(6歳〜7歳) 

2014年01月10日

2014・新しい年の始まり〜昨年の反省と今年の目標〜

新年、あけましておめでとうございます


kamakura-uma1






本年も変わりなく、私たち親子と当ブログをよろしくお願いします











って、またまた遅れてしまった
新しい年が始まり、あっという間に正月気分は抜けて、すっかり日常に戻ったような
長い冬休みも、掃除と餅つきと娘とカードゲームばかりしてたらすぐに終わってしまった
休み中は姉一家も来て楽しかったし、同窓会で久々に旧友の顔も見れた

昨年に引き続いて、またしても昨年の反省新年の目標が同記事になってしまったけど、まずは昨年の出来事を振り返ってみることに。


健康のこと
毎年やっている精密検査や血液検査などは異常なし。私の持病は40代くらいから徐々に悪くなりやすいと言われているが、今のところは正常値。職場の検診でもA判定がついたし
私は臓器にのう胞ができるという持病(主に問題となるのは腎臓)なのだが、これについて治療薬が日本で承認申請中だ。
ただ、治験をした人のブログを読む限り、現在すでに出来てしまっているのう胞が治るというより、あくまでも予防のための薬のよう。しかも、副作用も強く、脱水状態なみにのどが渇くというもののようで、非常に飲むのがつらい薬のようだ。まだ他の副作用もありそうで、期待をしていただけに、実際に自分はその薬を使えるのだろうか?という感じだ

それから、4カ月も生理が止まってしまい、あがるには早いけど、ないならないで楽ちんだな〜って言ってたら、友達に病院行かなきゃダメだと言われ、婦人科へ
ついでに乳がん検診なども受けつつ、不正出血があるということで、体がん検診もやることに。
子宮内膜細胞を採取するんだけど、その時は特に痛みもなかったのに、次の日にかなりの痛みに悩まされた。
がん検診の結果は異常なし。生理が止まったのも卵胞の異常で、その後自然に治ってしまった。

昨年、私をもっとも苦しめてたのが、筋をひねったことによる痛みだった
実は昨年の年度初めの日に自宅の階段から3〜4段落ちてしまい、そのときに手すりをつかもうとひねってしまったようで、肩甲骨から首まで強い痛みが残った
それから整形外科や(保険適用の)整体や鍼灸、電気治療などいろいろ通ってみたが、どうも完治せず、時には強い痛みとともに頭痛も伴って、かなりつらかった
ごく最近、とても良い先生を見つけて、痛みはかなり和らいだが、ちゃんと完治するまで通うつもり。


仕事のこと
仕事については前年よりも、自分なりのモチベーションが少し下降気味にあることに気付いたりした。
というのも、今までやっていた仕事を、今年度から人にやってもらうことになって、最初はなぜそう上の人が決めたのかも分からなかったし、せっかく自信を持って取り組んできたと思っていたのに、その機会が失われてしまったことが残念だった。
でも人にお願いするためには、いろんなところに出向いて、今までほとんど交流のなかった人たちと、短時間だけど一緒に仕事をしたり、人とのつながりが多くなった。
どうにも気の合わない年下の上司と一緒に仕事をしてて、さらっとキツイ嫌味を言われたりもしてるが、今までは扱わなかった仕事もやらせてくれるようになって、慣れないときは難しかったけど、今はずいぶん慣れてきた。

そうしているうちに、私の仕事のパートナーの若い女の子が急に新しい職場が決まって、辞めてしまったのでとても寂しかった
しばらく一人で頑張っていたら、いろんな人が『一人になって大変だね』って声をかけてくれて、それはとても救われたなって
そうこうしてる間に、新しい仕事のパートナーが来た。
今度の人は私と年も近くて、私と同じシングルマザーだけど、性格が私とは真逆なタイプ
彼女は女らしく、男性とすぐに仲良くなるタイプで、最初は戸惑いもあったけど、今はわりと仲良くやってる。


いろいろな変化
といっても、ほとんど何も変わってないんだけど、ひとつショッキングだったのが、姉の家のワンコが亡くなってしまったことだ。
がんが見つかり、もう長くないと言われてから3〜4年も生きててくれたけど、その間姉は仕事を休んでは大学病院まで通い、大きな手術をして、残るは抗がん治療というところで、ペットに対してどこまでの治療をするべきか、姉はかなり悩んでいたと思う。でも姉もワンコも、本当に頑張ったなあ。
ワンコが死んでしまった悲しみで、今まで完璧な形でいた世界が、急に何か足りなくなってしまったような、そんな寂しさとも恐怖とも思えるような気持ちを感じた
ちょうど同じころ、職場の女の子が仕事を辞めてしまたのもあって、こうやって均衡のとれた世界は、ある時急に変わってしまうことがあるんだということを思い出したのだった。
長らく平和にいたせいか、久々にそんなことを考えてしまった。
結果的には、犬のいない生活に耐えられなくなった姉が、また新しいワンコを迎えたことで、悲しみから抜け出したといってもいいだろう。

さて、昨年の私自身の大きな変化と思えたのはタブレットを買ったこと
離れに置いてるPCに限界がきて、その代わりとして買ったもの。
ずっと前から、外でもパソコンのようにどこででもネットが自由にできたら、という願いがやっと叶った
田舎で4Gが入らないので、3Gでも使えるタイプ。これが車のナビとしても非常に便利
買ったのはたしか5月くらいだったが、しばらくは夢中になり、LINEもできるし、アプリも面白そうなのたくさんあるし、娘と一緒にゲームするようになった。
ちなみにスマホは持っておらず、ガラケーとタブレットだけ。今のところスマホを買う予定はない。


お金のこと
2年前まではいつも目標にあげていたのが、お金の管理
実は金銭出納帳はこれまた途中で中断。・・・というのも、タブレットのアプリを使うようになり、それでお金を管理するようになった。
PCだと開くのが面倒だし、手書きもなかなか難しい。だが、タブレットだとちょうどいいし、機能も充実している。
でも最近は金の管理方法自体を変えたほうがいいような気がしてきた。
出納帳をつける意味は、今の私にはあまり意味がないような
というのも、つけてることに満足して、それを見て反省したりということはなく、金の使い方を日記代わりに付けている感じだ。
大きな買い物といえば、タブレットを一括払いしたのでこれが一番大きな出費だったかな。

お金の管理でメリハリをつけるため、『旅行』を必ずするようにしてるのだけど、昨年は特にどこへ行こうというあてもなかったので、大阪に2回行った。
で、ブログには書いてないけど、春くらいに子パパとも会っている。
そのときのことは、ちょっと書いて下書きにいれたまま放置してしまった。あまりに前のことすぎて今さら書くのが難しいのだけど、子パパのことはブログ的には大事な項目だと思うので、そのうち書くでしょう。うん、多分・・・

2回目はなにも悩みなく、純粋に関西を楽しみたいということで、このときは子パパには会うことなく、初めてキッザニア行ったり、ハロウィンイベントを開催してるUSJに行けたのでよい思い出ができた。
娘も貞子とゾンビを満喫したようだ。昨年内で一番楽しかったかも
姉が大阪に住んでて本当に良かった。おかげで気軽に行けてるもんなあ〜

そんな私たち親子の目標は2年以内に東京ディズニーランドにいくこと
それ用にお金貯めなきゃなあ〜

****************************************

というわけで、あまり変わり映えのない一年であったことは間違いない

で、昨年目標にしていた3つのことなのだが、それについての反省。

娘にいろんなことを教える
前年と同じ目標だったので、いつも通りって感じで、特別に新しく何かした記憶もないし、あまり意識もしなかったので、達成度としては半分くらいかな〜
もう少し頑張っても良かったかな


自分を見つめなおす
娘のことだけでなく、自分のことも楽しみたいということで、なんか好きなことして遊んでたような気がする。
ここ何年も、自分がつまらない人間になっている気がしてた。それは自分のことを楽しんでいないからかもしれない。昔と同じことはもうできないけど、できることを探した。
映画に娘と一緒に行ったり、平日の休みに一人で行ったり、家でDVDを観たり。何年も休憩していた自分の趣味をようやく、再開できたような。
はあまり読めなかったんだけど、珍しく、音楽を聞くようになった。って言ってもちょっとだけど。
年を取ったのと、子育て、そして子パパが全く音楽を聞かない人だったので、つまり12年くらいはまともに音楽を聞いてなかったんだよね
今はカラオケ行っても、最近の歌をちゃんと歌えるくらいになったかも

新しいことに挑戦・・・は根気がなくて続かないことばかりだったな。でも私って昔からそうだから。
別に挑戦したわけではないが、昨年は保育園の役員や、町内の行事の係を頼まれたり、同窓会の幹事役を頼まれたり、実際はたいしたことはしてないとはいえ、わりとなんでも安請け合いしてしまった年だったかも
でも人との関わりは多かったかな。

それと、娘の場面緘黙症が分かってから、同じく緘黙症だった自分のことも振り返って考えるようになった。
自分の症状や親とのこと、今までの自分のことや考え方にいろんなつながりがあったのじゃないかと、掘り下げて考えていくことで、少し楽になれるんじゃないかと思うようになった。
そういう意味では、自分を見つめなおしてみるようになったかな


今年中に過去の話をブログに書き始める
これは見事に全くもって達成できなかったわ
もう秋の始めくらいに、これは無理だなって思ってたし、いまだに7〜8個くらい書くものがたまっている
それに加えて、緘黙症についても新たにいろいろ調べて書きたいと思ってるので、いつ終わるやら。
もうね、年々更新が遅くなってるが、昨年は特にひどかった。
これというのも原因は明らかで、タブレットのせいでしょう
タブレットがPCの代わりになると思っていたのだが、実際は私の書くような長い記事やコメントをタブレットで、となるとはっきりいってあまり便利には使えない。やはり更新はPCが最適。家にはちゃんとPCもあるんだけど、あまり開かなかったような
しかしタブレットは読むことに関しては便利なので、気が付いたらどうでもいいようなニュースをずっと観てたりして、いかんな〜と思いつつ、依存症の手前ってこんな感じとまで思ったり。
以前より文章を書く力も落ちていると思うし、余計な情報ばかりインプットして、つまり出力ができない状態に陥っている


というわけで、今年の目標はたったひとつ。
この目標がすべてを補えるような気がする。

『時間を上手に、大切に使う』


とにかく時間を下手な使い方をしている私。年々、無駄が増えてるような
超テレビっ子世代の母がいつもテレビをつけているのもあって、気が付いたらたいして観たくないようなテレビをダラダラ観てたり、タブレットも然り、とにかく無駄な時間を使いすぎ。
昨年はあまり裁縫もできなかったし、娘のこどもちゃれんじのワークも頑張っているが、たまっているものがなかなかはけないし、ブログの更新も先送りばかりで、遅すぎだし、集中力もなさすぎで。
なんと言っても、無駄の多いこの生活を悔やむのが嫌で

こんなダメダメな私ですが、今年もブログを続けていきます。
こんなに更新は遅いのに、訪問者数はほとんど減らないので、本当にありがたく思ってます。
そしてすいません


2014年の1年が、みなさんにとって素晴らしい年になりますように


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ruhruhlilia at 22:30|Permalink雑談・日々の日記 

2013年12月19日

場面緘黙症0綮佞凌巴如θ達相談

たいていの市にはなんらかの子育てや発育に関する相談ができる機関がある。
しかし今までは、うちには無縁だと思って、実際のところ、あまり気にしたことがなかった。
うちの娘は、特に秀でたところは何もない子だが、今まで極端に成長が遅れた項目がなかったから。
検診でも(心雑音以外は)異常はなかったし、体の発育もできることも、ごくごく普通で、よく食べるし、よく寝る子だったから。

だけど初めて、そういった相談機関に行かなければいけないと思うようになった。
ネットではたくさんの情報が得られるけど、じゃあ具体的にどうしたらいいか、というのは、あまり書いていない。

とりあえず、発達相談に電話をしたが、なんというか、悩みを聞いてはくれるんだけど、どうすればいいかというのは教えてもらえなかった。というのも、健康や発育、または自閉症や発達障害に関することが専門で、緘黙症などという分かりづらいようなことに関して、そもそも相談してくる人が少ないのか、具体的なことは何も聞けなかったし、小学校に入れば変わるかもしれませんよ?という感じだった

ここで初めて、場面緘黙症というものが、人に理解されにくいものなのだと分かった。
以前、とある機会に多動児を目にしたときは、その動きと発想のすさまじさに、親も教師もとてつもなく苦労が多いのだろうと感じた。
それに比べたら、場面緘黙症というのは極端におとなしいというものなので、特に騒ぐわけでもなければ、自己主張もせず、従順でもあるのでかえって扱いやすい場面も多いだろう。
ただ、返事はしないけど。
だからたいしたことではないと、親の私が大げさに騒いでいるだけだと思われてしまう
人に話しても「そんなの考えすぎでしょ」とか、「小学校に入れば自然になおるよ」などと言われるであろうと思うと、あまり誰かに相談する気もおきなかった

なんにせよ、専門医の診断は必要だと思うので、病院を探したが、どこを選んでいいのかよく分からなかった
どうやら児童精神科などというのもあるらしいのだが。
どこで診てもらったらいいか、悩んでいた私は、喘息や風邪の時にお世話になっているかかりつけの先生に聞いてみた。
豪快な先生なので、「そんなの大丈夫、お母さんの心配のし過ぎでしょ」なんて言われるかもとも思った。
でも全然違って、先生は顔色一つ変えず、『専門の先生を探して連絡します』と言ってくれた。
それもそうか、だってここには娘を何回も連れてきているのに、おそらく先生は一度も娘の声を聞いたことがないだろうから。
先生も「この子ちょっと変だな」って思ってたんだと思う
結構口うるさい先生だし、いつもすいてるから行ってたんだけど、この時初めて、ちゃんと子供を心配してくれるいい先生に診てもらってたんだなあって分かった
そうして、先生が見つけてくれたのは、普通の診療は診ないという子供の発達専門の先生で、予約をしたけど3カ月待ちだった

時を同じくして、発達全般のカウンセリングしてくれる小児科を知人に紹介してもらったので、2カ月半待ちだったが、予約をした。
二か所で診てもらうことになってしまったけど、せっかく紹介してもらったので。


さて、発達相談の電話ではあまり何も役に立つような情報は得られなかったが、私が少し考えていた越境入学については、前回の記事のとおり、できるであろうという回答を得た。
越境をするための手続き上の締め切りは11月中までだったので、早く決めなければいけなかったが、自分の中で迷ってしまい、決断がなかなかできなかった

誰もお友達のいない地元の小さなA小学校に行くか、保育園のお友達がいるJ小学校に行くか。
娘が『絶対にJ小学校に行く』と言っているときは、私は越境に抵抗があり迷っていた。
その後、娘の望みどおり、J小学校にしようと思い始めた頃に、今度は娘が『A小学校でもいい』と言ったり、言わなかったりで、考えがまとまらなくなっていた
そこで、もう少し現実的なことを考えてみようと、実際に小学校を見に行くことにした。
まずは、J小学校の外観を娘に見せて、娘に感想を聞き、それから地元のA小学校に行ってみた。こちらは敷地内まで入れた。
どちらを選んでも通学は大変だが、実際に歩いて学校に行ったり、バスに乗っていったりもしてみようと思っていた。娘に学校に行くイメージをつかんでほしかった。

すると、『A小学校にする』と娘が言い出した。
何のことはない、A小学校の方が校舎がきれいで、新しいから。
もうひとつのJ小学校はかなり古い校舎だ。
A小学校は私が通ってた頃はすでに古く、怖いイメージだったが、今の校舎は数年前に新しくなり、とても明るいイメージだ
そんな単純な理由だったが、娘が地元のA小学校に行く気になってくれたので、ホッとした。
でも、本当にこれでいいのかという気持ちを拭い去れなかった。
 


それから時は流れ、いよいよ予約の日が来て、知人に紹介してもらった小児科に行くことになった。
ここまで言っておきながら、いざ病院の先生の診断では案外違うことを言われるんじゃないかと、ほんの2%ぐらい思ってしまうから不思議だ
先生にひととおりの娘の性格や今まであったこと、などを説明すると、『典型的な場面緘黙症(選択性緘黙症)ですね』と言われた。
ここで重度として判断される基準に、自閉を伴っている場合。そして、特に強いこだわりというものを本人が持っている場合。
娘の場合はこういったことが見られず、時間をかけたら、友達と交流をもてることから、軽症ということだった。

そして私の一番の悩みである、小学校のこと。
この症状を持っている子で、越境入学までした子は、先生の患者さんにはいないということだった。
『いずれにせよ、知らない子が少なからずいるのなら、どちらの学校を選んでも、なんらかの症状は出ることが予想されます。
それならなるべく越境をしない方が、こんな田舎ですし、お母さん(私)の負担も少ないでしょう。
そうして、地元のA小学校に通って、どうしても合わないとか問題があった時は、J小学校に転校ということもできるでしょう。
でも逆に、越境して行った先の学校で合わなくて、地元のA小学校に転校となると、その方が娘さんもしんどいのではないでしょうか』
と先生は言ってくださり、その言葉に私は納得した。
そして、まずは学校に事前に連絡して、ちゃんと相談しておく方がいいとも言われた。

で、具体的に緘黙症児に対して、どうすればいいかというところまでは、時間切れで話が行きつかなかった
でも小学校のことが、自分の中で納得いく形で決まったということで、これまで悩んできたことが解消され、すがすがしい気持であったし、ここに来て良かったと思った


ちょうど娘の気持ちも地元のA小学校に傾いてきた頃だし、越境はせずに地元のA小学校に行くということを決めた
そして、市の発達相談が学校とつながっているということらしく、前回のことで電話で少し不信感もありつつあったが、再度連絡を取り、学校との連携ができるようにということで、話をすすめた。

それから、発達相談の機関へ出向いて詳しく説明をした。
まずは娘の症状と傾向。
小学校に入学してから予想されること。
特に大人の男性が得意ではないということ。
そしてかつて緘黙児であった私が、地元の小中学校で教師にどんなことをされたのか。
だから不安に思っている、
ということなどを話した。
すると、『今は昔と違って、児童のメンタルのことを考えるような時代になったし、スクールカウンセラーもいるので、そんなに不安を持たれなくても大丈夫だと思います。A小学校にちゃんと伝えておくためには、今通っている保育園の担任の先生から様子を聞かせてください』と言われた。

保育園ではそこまで強い症状が見られないため、あまり参考にならないのではないかと思っていたが、そういったことも踏まえて、まずは保育園の担任の先生と市の発達相談の人と私の3人で集まって、保育園での様子や、どんなことを小学校に伝えるかなどを相談した。
つまり、娘の不安や症状はなかなか抑えようもないけれど、先回りして小学校に伝えることで、無理に話させるなどの誤った対応をしないように、緘黙症であることを学校に知っておいてもらうのだ。
場面緘黙症というのは、症状のそのものも誤解されやすく大変だが、やはり周りの対応によるところが大きいと思う。
その後の動きとしては、保育園の先生とA小学校の担当者が話をする、ということになっている。
小学校に関しては、とりあえず今できることはやったという感じだ。


そして、とうとう専門医の診察を受ける日が来たこれはつい最近のこと。
脳神経小児科というところで、カウンセリングを含め、かなりの時間を取ってもらった。
普通の診断ではあまり聞かれないことだが、家族構成など、子パパ側のも含め質問され、家系的に神経疾患の者がいないかも聞かれた。
そして知能テストでは、字が読めるか、絵を認識できるか、そして有名な『サリーとアンの問題』もやった。
annesally














で、結果的には知能には問題がなかったのだが、これらの質問に対して言葉を発することは一切なく、娘は指差しやうなずきで答えた
だから、本当に分かってるのかという感じでもあったかも。
それと、娘はその場所に少し慣れると、周りを風景のように感じてしまい、(私と一緒の時だけだが)周囲を気にせずしゃべりはじめたりすることがある。で、いざ自分に話しかけられると何も答えない。
何か緊張をごまかそうとしているのかはよく分からないが、とにかく気持ちの表現をするのが苦手なので、相手の気持ちを想像することも練習していった方がいいとも言われた。
具体的にはまずは、挨拶から少しずつできるようにして、好きな絵本や映画を使って、登場人物がどんな気持ちなのか聞いてみて、実際に口に出してもらうなど。



以前は、娘は私の友達と一緒に遊んだり、職場の飲み会に連れて行ったこともあった。
しかし、年齢が上がるにつれて、知らない人と関わることをはっきりと嫌がるようになってしまった
『誰ともしゃべれないから嫌』
『みんなに話しかけられると嫌』

そういって、緊張する場面を避けるようになった。
何も話せない自分を、娘なりに嫌だと感じているんだろう
でも子供同士ではリラックスしてるときもあるので、小学校で友達はできるかもしれないけど、だんだんと男の子のことも苦手になってきているようだし、みんなの前で発表したり、先生に話しかけられたらそういった症状が表面に出てくると思う。

だから、ちょっとずつ経験値を増やし、時間をかけて慣らし、できることを増やしていく。
緘黙症を改善していくには、あせらずに一歩一歩ゆっくりとやっていくこと。

緘黙症についての本はいくつか出ているが、ネットの方が探しやすいでしょう。
私はこの本を読んでみた。


またかんもくネットというサイトもあって、詳しく知ることができる。

緘黙症について、これからのことは、また少しずつ書いていくとします


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ruhruhlilia at 00:50|PermalinkComments(21)場面緘黙症 

2013年11月25日

場面緘黙症⊂学校入学に向けて

私はとてもおとなしい子供だった。
近所に同い年の女の子がいて、小さい頃から一緒に遊んでいて、その子たちと同じ幼稚園へ行き、地元の小学校へと入学した
小学校低学年の時は、おとなしいながらも、とても真面目な子供だったと思う。
三年生になって、初めて男の教師が担任になった。意地の悪い男だった
引っ込み思案で、その教師にほとんど何も言えなかったせいか、とても嫌な言葉を言われたりした
それからはまた女の担任だったし、授業中に答えられなくても「分かりません」とひとこと言うことで、その難を逃れられるということを、年齢が上がるとともに知った。
その後、良い担任にも出会ったが、私の通っていた小学校も中学校も、市内でも有名になるくらい教師の体罰が激しい学校だった。特に中学の担任は恐怖で教室を支配していたが、その話は今回は割愛させていただく。

中学校に入って、私は社会科と英語の教師二人に目をつけられてしまった
きっかけはささいなことだったが、授業の時に必ず当てられるようになった。答えるまで、許してはくれなかったので、私は毎度授業を中断させていた。
みんなの前で発表することが苦手で、苦痛で仕方がなかったし、その教師たちの、突き放すような冷たい言葉と態度は、私が学校が嫌いになるには十分な理由となった。
威圧的な父親の元で育ったせいか、そういう大人にはめっぽう弱く、ただ耐えるしかなかった

高校は、今までの地元のメンバーとは違い、全く知らない人たちとの学校生活に、入学したての頃は誰にも話しかけることができず、猛烈な孤独を感じた。
しかし、ほどなく優しい数人の子が声をかけてくれて、それからは友達もできた
授業中に目をつけてきた教師はいなかったかもしれないが、勉強が分からなくて答えられないことがあったので、やはり学校なんて好きにはなれなかった。
運動部にも入ったが、そこでまたそういう教師が監督としていて、結果的に部活をやめてしまった。
そのことは今でも、悲しい思い出として心に残っている。

そして、そういう教師たちは例にもれず、えこひいきが激しい教師で、一方で特定の女生徒をとても可愛がり、そのまた一方で、私をまるで憎んでいるかのように冷たく、その目はゴキブリを見るかのようだった。
私は教師のストレスの発散の矛先に選ばれた気がして、今でも強い嫌悪感がある。

学校嫌いの私は大学に行くなど考えたこともなく、県外就職をした。
非常に特殊な職業で、最初の3カ月は女性だけの研修だったが、残りの研修期間は男性ばかりだった。
高校では少し付き合った他校の人がいたが、数カ月で別れた。中学・高校とほとんど男子としゃべった記憶はない。
男性ばかりの場所で、戸惑いと緊張で、恐怖まで感じたが、厳しい研修の中で、同期の仲間としての絆が生まれたり、また恋愛を通して、ようやく男性とも話せるようになった。
でも職場になじむのはとても時間がかかったし、苦労したと思う



というわけで、大人になって必要に迫られて、というのもあるが、それでもたくさんの経験をすることで、ようやくどうにか人並みに近くなってきたと言えるだろう。
私はそれまで、自分のことを「病的な人みしり」と思っていた。
私の幼少時代が苦い思い出が多いのは、まさにこういう自分の性格がまねいた部分が大きいのではないかと思うし、そういった数々の出来事が私から自信というものを奪ってしまったのだと思う

さすがにこの年になると、仕事関係では人見知りをしてはいられないけど、今も保育園のお母さんにはごく限られた人しか話しかけられないし、そうでない人は何を話しかけたらいいのか全然分からない。
相手によるが、私は1対1で話すのはそう苦手でもない、というか、二人きりならむしろ饒舌にしゃべれたりもするが、人数が増えれば増えるほど、全くしゃべれなくなる。みんなでワイワイというときも、その場にはいてもほとんど黙っている
こういうのは完全に治るものではないのかもしれない。

私の場合は男子や大人と話すのは非常に苦手だったが、女子は慣れたら大丈夫だったという特徴だった。
場面緘黙症としても、重たい方ではなかった方だとは思う。
ただ、やはりおとなしいと相手にイライラされてしまい、口答えも出来ないのをいいことに、そこに付け込む人間がいるということだ。

緘黙症といえば、ふと頭に浮かぶ子がいる
みなさんも思い返してみれば、人生に一人二人くらい、そういう人がいなかったかな
高校の時に同じクラスに、やはりとてもおとなしくて、私と同じように優しい子に声をかけてもらい、そのグループにいるような子がいた。
頭はいい子だったので授業中は大丈夫のように思えたが、私以上にひとみしりで、女子同士でもなかなかしゃべってくれなかったし、弁当もいつも隠して食べていたし、私よりも重い症状・・・というより、違う特徴の緘黙症だったのではないかと思われる。


今だからこそ、こういったこともネットで調べられるし、一種の症状としての認識が世の中でされているようだけど、当時はそんなものは「ただのおとなしい子」とか「ひとみしり」という言葉で片付けられていた。
いや、現代でも親や本人が何かおかしいと気が付かない限りは、結局は認識されてないと同じことだろう。

これから娘が小学校に入学するにあたって、起こりうることがいくつか想像できる。

まず、クラスで何もしゃべらない。先生とも話ができない。
授業中に発表ができない。
給食のおかわりができない。
トイレに行きたくなっても言い出せず、おもらしをしてしまう。


私は低学年の時に、おもらしをしてしまったことがある。
かえりの会(終礼)が思ったよりも長引いて、でも言い出せず、出てしまったのだった。小学校は保育園みたいに、自由に行けるわけじゃない。
そういうことをからかう子もいるし、なによりもとても恥ずかしい

これは知人の子供(男児)で、緘黙症の診断を受けた子の話だが、子供同士のケンカで相手に怪我を負わせてしまった場合のように、何か問題が起きた時に、教師にちゃんと説明ができず、たとえ相手の方が悪い場合でも緘黙児は言いわけができないので、一方的に自分のせいにされてしまった、ということがあった。
こうなると、親同士の問題にも発展してしまう。
うちは女の子だから、こういう加害者的なことは起こりにくいかもしれないが、例えばいじめや仲間はずれにされた時に、何も言えないから、自分で解決することができないまま、その状況を受け入れてやっていくしかなくなってしまう。

娘の学校生活を考えると、とてつもなく不安でたまらなくなった。
なぜなら、今通ってる保育園から、うちの校区にある小学校に行くのは、娘ただ一人だけだから
この田舎に帰ってすぐのほんの数ヶ月、娘は町内の保育園に行っていたことがある。それからは職場に近い大きな保育園に移ったのだった。
同じ地区に同じ年の女の子が3人いるのはすでに分かっているが、小さかったのでお友達のことも覚えておらず、つまり、娘は知らない子たちと小学校生活をスタートさせねばならない。

教室内だけではない。学校が終われば学童保育もある。
学童でさえも学童カーストというものがあると聞いた時は、ゾッとした

今は表現が苦手ながらも慣れた保育園で、友達と楽しく過ごしてはいるが、小学校入学を境に、強い症状が出る可能性が高いことが心配される。
私自身は幼稚園から、そのままほぼ同じメンバーと小学校に上がったから、友達が一緒だったから、大丈夫だったけど、でも娘は違う。
それに、私の子供の頃と比べると、娘の方が少し症状が重いような気がする

私は娘に、「みんなはM小学校やJ小学校にいくけど、あなただけはみんなと違うA小学校に行かないといけないんだよ」と説明した。
だけど、娘に校区の話をしても、ちゃんと理解できるはずもなく、一番仲良しの女の子が通う予定のJ小学校に行きたい、と言い出した。
「(校区が決まっているから)それはできないんだよ、A小学校に行かないといけないんだよ」と再度念を押すと、「私はA小学校に行っても、何もしゃべれないよ」と言った。

その言葉が胸に突き刺さった
そして私を大いに悩ませた。何度説明しても、娘は絶対にみんなと違う小学校には行かないと言うのだ。

娘は自分がそうなることを知っているんだ。
自分で自分のことを他の誰よりもわかっているんだ。
私はそんな娘を思うと、可哀そうで、苦しくてたまらなくなった
でもそんな私よりも、娘はもっと不安なのではないだろうか。

親がずっと子供を守ってあげられるわけではない。
自分の力でどうにかしないといけないことは、たくさんあるはずだ。
だけど、小さな今だからこそ、私は娘にできるだけの事をしてあげるべきなんじゃないだろうか。

越境入学。
その言葉が頭に浮かんだ。
もしも校区を越えて、保育園の他のお友達と同じ小学校に行けるなら、どれだけ娘の不安は軽減できるだろうか。

そう、私が何を思い悩んでいるかというと、越境入学をするか、しないか、である。

しかしそれは簡単なことではない。いろんな条件をクリアしなければならない。
そこで、市の発達相談に問い合わせると、こういった事情でも越境はできると言われた。
そうなると、私の頭はもう気持ちが完全に地元以外の小学校に向いていた。

たしかに、もともと地元のA小学校に良い印象などない私にとっては嫌な思い出が多い、母校なのだから。
A小学校はひと学年が十数人しかいない、とても小さな学校だ。
小・中学とずっと同じメンバーで、何かあっても逃げ場がない。
教師がすさまじい体罰を好き勝手にしていたのも、小さな学校ゆえに閉ざされたところがあったからだ。
しかも今は当時よりも児童はぐっと少ない。時代が変わっても、そういった隠ぺい体質は根本的に変わらないのじゃないだろうか。
娘をA小学校に通わせるのが嫌で、田舎に帰るのを躊躇していた頃だってあった。

だけどそれも、この町に住むうちにだんだんと気持ちが変わっていったのだ。
私もいろいろあって町内との付き合いが全然ないわけではないし、同級生の子供も結構いるし。
親同士の付き合いを考えたら、私にとっては友達のいるA小学校の方がいい。
それに、越境入学をしてしまうと、私の送り迎えが必要になってくる。
六年先やそのまた先の中学になったとき、どうなってるか分からない。もしかしたら私が転職してたり、母が車を運転しなくなってるかもしれない。そうなると手間もかなりかかる
だが、これは私の事情。
大事なのは娘の気持ちだ。

だけど越境なんかして大丈夫だろうか?
こんな田舎だ。町内の小学校に行かず、わざわざ越境する事情を、詮索する人間もいるだろう
何よりも私の母がそんなことは絶対してはいけないと反対している

一方、私が越境入学をしようとしている、となりのJ小学校も大きな学校ではないが、中学では大きな学校に行くことになる。
娘にとっても少しずつ、大きな集団に入って、慣れていきやすいんではないだろうか。
大きな中学校には部活もたくさんあるし、その分いろんなことをチャレンジするチャンスも広がるだろう
大きな学校に行くメリットは十分にあるように思える。

だけど、地元の同級生とは今でも仲良しだ。同じ町内ゆえのつながりがあるとも感じる
校区外の学校に行けば、娘は町とのつながりをなくしてしまう。
それに、私はいつも近所の子と遊んでた。どの子の親も忙しかったけど、それほど寂しさを感じずにいられたのは、いつでも遊びに行ける場所があったから。
A小学校に行けば、それができる
児童がこんなに減っているのに、なぜか同じ地区に偶然3人も同じ年の女の子がいるなんて、奇跡のように思える

本当にどちらの学校がいいのか、どちらでもいいような気もしてきて、ぐらぐらと揺れて、気持ちも50%ずつにかたむいていた。
ただ、この秋にも越境入学の希望調査の締め切りが来てしまうので、これについては早く決めないといけない
でも、まだ医師の正式な診断がでていない
なにせ発達相談の診察の予約がいっぱいで、2〜3カ月の予約待ちなんて当たり前らしく、結局は自分の判断で決めるしかない。

私は猛烈に悩んでいたが、決断をするために、とにかく今できることを思いつく限り行動してみることにしたのだった。

(次に続きます

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ruhruhlilia at 06:30|Permalink場面緘黙症 

2013年10月28日

おとなしすぎる子〜場面緘黙症〜

娘の入学の半年前にして、悩んでいることの話の続きです。

その前に、これからお話しすることに気が付いたことのきっかけとなった出来事から。
今年の夏、新たに娘になにか習い事を増やそうかと、いろいろと考えてた時、当初は公文の夏季だけの短期を体験してみようかと思った。でも娘に嫌だと言われてしまった
それからも公文以外で近くに通えそうなところを探したけど、娘が首を縦に振らず。
周りのママさんに聞いたりして、わりと英会話を習っている子供が多かったので、今まであまり考えたことがなかったけど、とりあえず夏季だけの4回の体験レッスンを申し込んだ。

レッスンは他の申し込みがなかったので、ほぼプライベートレッスンで、たまに先生(日本人)の子供(娘と同じ年の女の子)がいたりいなかったりという感じで始まった
娘は自宅学習で、多少の単語や簡単な挨拶くらいはできる。

ところが、娘は何もしゃべらず、聞かれたことにも答えないし、日本語で言われてもやっぱり答えない。
「あれ?大丈夫かな?」と思った。予想はしてたけど、先生を完全無視とはね
やさしい先生なんだけど、無反応な娘に、さすがに困り果ててしまって、こちらも申し訳ないくらいだった
1、2回目のレッスンでは娘の様子はほぼ変わらず、かろうじて指差しで答えたりもするけど言葉は発せず、3回目でさすがに、「これは普通のことではない」と考えるようになった。
娘はたしかにおとなしくて、人見知りで、特に大人が苦手なので、挨拶もできないし、園の先生と身内以外の大人との会話ができない。
この状態で小学校に入学してから、うまく過ごせるのだろうか
私はハッとして、すぐさまネットで調べてみた。たしか、誰かが言っていた。でもその時は気にとめていなかった。
『場面緘黙(かんもく)症』という言葉。

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場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)とは、家庭などではおしゃべりができるのに、学校や幼稚園といったある特定の場面、状況では全く話すことができなくなる現象をいう。
幼児期に発症するケースが多く、別名、選択性緘黙症ともいう。
一般的に、2〜5歳の間に発症する。性別では女の子の方が男の子より1.5〜2倍の割合となっている 。

場面緘黙児の特徴
場面緘黙は、小児期の不安障害であり、話さないのではなく、恐怖や不安で話せない。
場面緘黙が人見知りや恥ずかしがり屋と大きく異なる点は、症状が強く長期に渡って続くこと。このような状態が、少なくとも一ヶ月以上続いている場合。(これは、学校での最初の一ヶ月間に限定されない)
脳機能そのものに問題があるわけではなく、多くは行動面や学習面などでも問題を持たない。また、場面緘黙児の中には自閉や発達障害を併発している場合もある。
声を聞かれる、話しているところを見られることに、不安を感じ、緘黙することで不安を軽減し、自分を守っている。
緘黙児はそれぞれ異なる特徴を持ち、家では非常におしゃべりであったり、怒ったり反抗したりもするが、特定の場面(学校でのある状況)で話せない。
学校のトイレに行きにくい。給食を食べられない。着替えが出来ない場合などもある。
また、恐怖を感じる場面を回避するために、指示に従わなかったり、規律を守らなかったりする子供もいる。

場面緘黙症の原因
原因としてはさまざまだが、脳の扁桃体と呼ばれる領域が過剰に刺激されることによると考えられていて、先天的に不安になりがちな傾向があるなど。
それ以外では、ストレス、発語・言語の障害がある、バイリンガルの家庭等など。
家庭や学校で良くない接し方をすると、症状が悪化する。

場面緘黙児への支援
この疾患によって、子供が持っている様々な能力を十分に発揮できない。学業上、職業上の成績、または社会的な交流の機会を持つことを、著しく阻害されている、などの問題がある。
場面緘黙児は行動が抑制されており、たいへん大人しく見えるため、教師にも見落とされやすい。
喋ることができても小声だったり、答えるまでに時間を要したり、特定の相手とだけ話したりする状態の場合も、場面緘黙としてとらえて支援することが有効。

これまでは、「場面緘黙は大人になれば治るもの」と考えられてきたが、必ずしも年齢とともに自然に改善されていくわけではない。
1、2年で克服することもあるが、効果的な教育的介入を行わないと、成人まで継続することもある。
症状が重篤化する前の初期段階である、低年齢のうちに治療を受けることがとても重要である。
そのままにしておくと、周りの人はその子は話さない子と考えるため、緘黙症状そのものが強化されてしまい、話すことがますます難しくなる。また、うつ的症状や不登校へとつながるケースも見られる。
海外の資料によれば、たとえ発話ができるようになったとしても、成人後に社会不安障害などに悩まされることも多く、早い時期からの適切な対処の重要性が強調されている。

場面緘黙の治療実績が多くあり、かつ効果の高い治療法が行動療法である。

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娘が場面緘黙症であろうことを理解した時、かなりのショックを受けた。
そして、レッスンを終えて、娘を車に乗せてた帰り道。
私は娘の前だというのに、我慢できなくて、道中を泣きながら運転した。

娘が挨拶をしないことや、他人に聞かれたことを答えられないことを、他の誰かが想像するよりずっと、私は悩んでいたし、娘を心配していた
利発そうな子供を見ると、心からうらやましいと思っていた。うちの子もあんなふうに話せたら、って。
だから、いくらブログを読んでいる人たちに「良いママさんですね」とか「素敵なママですね」と言われても、「いいえ、私は娘を挨拶させることさえしつけられない」と思っていたし、ダメなママなんだと思っていた。
そして自分のしつけが悪いと思い悩み、娘に厳しく叱ったり諭したり、責めたり、強要したり、物でつろうとしたり、励ましたり、悲しんだりもした。
でも、どうやったって、できるようにはならないし、そうして、いつかできるようになると諦めたりした。


そしてもうひとつ、私の心を大きく揺さぶった事実があった。
娘にこれから起こることを想像すると、私は娘が不憫で悲しくて、涙がいつまでも止まらなかった。

なぜなら、場面緘黙の症状は、私の幼い頃の状態そのものだから。
私こそが、場面緘黙症だったのだ。

私は学校も勉強も嫌いだった。
授業中にあてられても答えられない。意地の悪い教師には目をつけられて、毎回わざと当てられ、冷たい態度で責められた。
間違っていたらどうしよう、自信がなくて答えられない
私は黙ることで、ほかのみんなの時間をたくさん奪ってきた。授業が恐かった。
小中高、どこへいっても、必ずそういう教師がいた。
親のことばかり書いてきたが、子供の頃に本当に私の心を傷つけ、悩ませてきたのは、教師だった。
私の敵はまぎれもなく、学校であり、教師だった。

娘には私と同じ目には絶対にあって欲しくない。
いくら時代が変わったとはいえ、意地悪な人間はどこかにいる。
教師にとって、私は気に食わない生徒だったと思うが、学校という教育の場で、大人で、子供に教える立場である教師が、子供の心をわざと傷付け、さらし者にするなんて、絶対に許さない。
まるで、八つ当たりされているように、執拗で陰湿だった。


とはいえ、娘に今までしていた私の態度は、決して褒められるものではなかった。
場面緘黙症というものを知らなかったとはいえ、私が娘にやっていたことは、症状をさらに悪化させることばかりだった。プレッシャーばかりを与えていた
だから娘は話しかけてきた相手を無視することで、自分を守っている。
そういう態度は反抗的にも見えて、余計によくない結果になっていった。


それにしても、今回、英会話を習わなければ気付かないところだった
普段習っているのがスイミングで、しゃべらなくてもできるものだから、気がつかなかった。
だけど、英会話は会話というコミュニケーションがメインで、これがもし公文やそろばんを選んでいたら同じく気がつかなかったと思う。
習い事をするという前に、やらないといけないことがある、と真剣に考え始めたのだった。

保育園はもう何年も行っていて、さすがに慣れている場所なので、おとなしいながらも普通に過ごすことができてたから、あやうく見過ごすところだった。
だが、入園した時はじっと正座をして、何もしゃべらずに周りの様子を見ながら何日か過ごしたと先生に聞いたことがある
そういえば、スイミングの先生にも、「普段からこんなにしゃべらないお子さんなんですか?」と驚かれたことがあった。
小学校にあがるまでの半年で、やらなければならないこと。
娘が私と同じ道を歩まぬよう、思いつく限りのことを、行動してみようと思ったのだった。


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※長くなるので3回くらいに分けます。悩んでることまで話が行きつきませんでした
コメントは最後に開くことにします。
カテゴリも新しく『場面緘黙症』を作りました。
前記事と過去記事にコメントをくださってる方、大変お待たせしていますが、お返事をもうしばらくお待ちください。

ruhruhlilia at 07:00|Permalink場面緘黙症