緘黙症と『私』2015・新年を迎えて〜昨年の私と今年の目標〜

2014年12月23日

場面緘黙症す堝偉屠

娘がどうしたら私のような人間にならないですむか。
どうすれば人前でも自信を持って、上手に生きられるか。


今の時点では、娘の緘黙症は軽い方なので、そのままの娘でも不器用ながらもなんとか生きていけるとは思う。
ただ、この先症状がもっと強くなる可能性もあり、そうなると自身が持っている様々な能力を十分に発揮できないということになる。
それをそのままほっておいてしまうと、将来的に社会不安障害対人恐怖症などを引き起こしてしまう


以前、ネットで場面緘黙症を調べていたとき、とある悩み相談サイト緘黙症の大人の女性からの相談が載っていた
『子供のころからずっとおとなしくて、学校ではほとんどしゃべることができず、いつもひとりぼっちでした。
大人になってなんとか就職はできたけど、相変わらず性格は変わりませんでした。
勇気を出して、知らない人たちとの飲み会に参加してみても、自分から何も話すことはできず、上手に人と関ることはできませんでした。
そうして友人も恋人もできないまま、40代になっても結婚できないままできました。
家族以外の誰とも仲良くなることができず、この先もずっとこのままで、生きていても仕方ないんじゃないでしょうか。この先、私に楽しいことなんてあるんでしょうか?』

・・・という内容だった。

読んでみて、とても悲しく、苦しくなった
本当に重い緘黙症は、学校でも一言もしゃべることができないし、大人になって少し改善したところで、社会に出てみんなと同じようにはいかない。
この相談者の人はかなり重い緘黙症だとは思うが、きっとこんな人はもっともっとたくさんいて、たった一人で苦しんで悩んでいるのではないでしょうか。
緘黙症が原因で結婚できなかったり、仕事を辞めてしまったという人もいるでしょう。
また結婚して子供を産んだとしても、ママ友や、学校や他の保護者とうまく交流ができなかったりして、悩んでる人も少なくはないでしょう。
そうして、自分ってやっぱり駄目なんだ、と自信をなくし、自己評価をどんどん低くしてしまう
それを誰かに相談もできず、また相談できたところで、改善するのは難しく、時間がかかる。

もし、大人になるまでに治すことができるならば、少しでも改善できるならば、絶対にそうしたほうがいいと思う。
完治しないまま大人になると、どういう苦労があるかは、私が一番よく分かっている。

まずは緘黙症であることを親である私が受け入れ、少しでも改善されるように手助けをしていきたい
親が深くかかわることで、自主性を失うとか、今のそのままの娘を否定するというふうに思う人もいるかもしれないが、これはもっと先の将来に目を向けるための取り組みである。


緘黙症の治療の前に
緘黙症の子供の治療にはどうしても誤解が多い。
その子がわがままなだけ、家での甘やかしすぎ、しつけができてない、親の愛情が足りないからではないか、など。
一番多いのは、『ちょっとおとなしいだけで、お母さんの気にしすぎでしょ』というもの。
少ししゃべれるからたいしたことない、少しおとなしいだけで場面緘黙症ではないんじゃないか、と周囲からの理解が得られないことから、結果的に適切な支援が受けられないままになってしまう。
特に日本は緘黙症に対する認知度がまだまだ低く、治療や支援が遅れてしまいがちになるようだ
しゃべれても声が小さかったり、答えるまでに時間がかかったり、特定の相手とだけ話せる、という場合でも場面緘黙症として支援が必要となる。

まず最初にしなければならないのは、緘黙症であることに親、または本人が気付くこと
早くから治療を受けるためには、まずは親が最初に気が付くことでしょう。
場面緘黙症だったと大人になってから気づいた人は、おとなしかったため、誰かに何かを訴えかけることさえできなかったのではないでしょうか。
だから苦しんでいても、誰にも気が付いてもらえていない

そして、専門の機関で適切な診断を受けること。
自閉や発達障害を併発している場合は、そちらを優先する。
また、吃音などの問題が緘黙の原因である場合も多いので、その場合も専門の治療が必要になる。



行動療法について
緘黙症についての本やサイトはいくつかあるが、じゃあどうやって治療するのか、という具体的な方法について書かれているものはなかなか見つけることができない
というのも、人によって症状がさまざまで、治療法も向き不向きがあるためかもしれない。

場面緘黙症の治療としては、主として行動療法というものがある。
投薬による治療もあるようだが、それは今のところ考えていない。

とりあえず緘黙児の治療は、長期的なものになる。
すごく長い目で見て、そしてゆっくり行っていくものだ。
まずは、不安を少しでも軽くし、自信をつけて、いろんな場面を経験する。

そのためにはどんなことに不安を感じたり、苦手だと思うのか、できることとできないことを知り、リストアップして進めるのもよい。
できないことを無理に挑戦する必要はなく、できそうなことから少しずつ長期的に試していくことで、経験値をあげ、「できた」という達成感が自信になって次のステップに進める

 ・発話がむずかしい場合は、うなずきで答えてもいいし、ジェスチャーでも良い。
 ・手紙やメールでもいいので、意志の疎通を図る。
 ・ただ話せるようになることを目的にするのではなく、社会的な能力も身につける。
 ・得意なことを見つけ、それを伸ばすことで自信を持たせる。
 ・緊張や不安を少しでも感じないですむよう、学校や園との連携が必要。
 ・カウンセリングと並行して進めていくと良い。
 ・できたことに対しては褒める。どこがどう良かったのか具体的に言うと良い。
 ・ステップアップとして、あえてイエス、ノーではなく、単語で答えられる質問をしてみる。
 ・だんだんと自分で自由に答えられる質問に変えていく。


結果的に、自然に自信をつけて改善する人もいれば、一人の友人が元でどんどん友達が増えて、自然に話せるようになった、という場合もある。
または転校がきっかけで改善した例もある。(これについては逆に転校がきっかけで発症することも

◎学校で強く症状が出て、全く話せない、ほとんど話せないという場合
 ・親が放課後に一緒に学校で過ごしてみる
 ・親しい友達と同じクラスにしてもらったり、隣の席にしてもらう
 ・授業中に先生に当てられる際も、緘黙児が答えやすい質問の仕方をしてもらう

学校で症状が出やすい子がほとんどだと思うが、学校の中でも緊張しやすい場所とそうでない場所がある。
教室はちょっと緊張するけど、校庭や図書館は大丈夫など。学校はダメだけど、学童保育はリラックスできる、という場合もあるでしょう。
また、どういう状況が安心しやすいか、不安を感じにくいか、誰(友達)といると安心できるか、知っておくとよいでしょう。
運動会や学習発表会は、普通に参加できるなら参加し、配慮すべき点がある場合は先生に相談する。

◎友達との遊び方
自分の家で友達と遊ぶ⇒外で友達と遊ぶ⇒友達の家で遊ぶ(最初は親も一緒が安心できるので、親同士が友達というのが理想)
外でスポーツをしたり鬼ごっこをすると、自然に声を出す場面があるので、緊張がとけやすい

◎行動することが難しい場合
まずは想像することから始める⇒不安度の低いものから想像し、それを繰り返すことで不安を軽減させる⇒実際に想像通りに行動してみる。
そうして段階的に難易度を上げていく



具体的にやってみたこと
これはうちの子の場合だが、大人の人と話すのが本当に苦手な娘
行動療法といっても、日常の中でできたり、遊びの延長で行えるものや、もしくは遊びそのものの場合もある。
普段は家族だったり、保育園や学校など、毎日顔を合わせる人たち以外にも、日々の生活の中で知らない人と接する機会というのは多い。
一番簡単に全く知らない人と接することができるのは、お店での買い物でしょう。
こういう行動療法は、別に場面緘黙症の子供に限らず、どんな子供にとっても使えるものでもある。

娘を一人でレジに行かせ、お釣りを貰ってくる
これはかなりの回数をやった。いずれも少量の買い物で、親はレジの近くに隠れて見守る。子供が不安そうなら、見える位置で見守る。
もしこれが難しいのであれば、例えばソフトクリームを買ってくる、など、本人もお得になるような買い物から始めてもいいと思う

商品がどこにあるか聞きに行く
これは実際に大人の人(店員さん)に自分から話しかけないといけないので、かなりハードルが上がるが、一度できると自信がつきやすい。

家の電話に出る
直接話すのは難しいが、電話というのは顔の見えない相手と間接的にしゃべれる。
しかも自分の家
言うセリフも決まっているので、難しいようで、他のものよりも簡単だった
ただ、セールスなんかのときもあるし、かけてきた人にとっては子供が出るのは少し迷惑かも

姉と電話で話す
娘はおばである私の姉が大好き
たまーに電話がかかってくると、姉と娘が会話をするけど、ほとんどが姉がイエス・ノーで答えられることを娘に聞いてて、たまに単語で答えられるようなことを話している。
私がそう話してやってとお願いしたわけでもないのに、そうしてくれる姉の根気もすごいし、感謝している

近所の親戚のおばさん宅へ遊びに行く
同じ地区に親戚のおばさんがいるのだが、わりと娘のことを可愛がってくれるので、母のおつかいを届けに行ったり、家でお茶を飲ませてもらったり。
何度も会うことで慣れる⇒緊張がとけ、だんだんお話ができるようになる。

カラオケを歌う
とにかく娘は家以外の場所では声が小さい
歌を上手にしっかりと歌うためには、お腹から声を出すということを分からせるため。

音読や演劇ごっこ
これも声を出すための練習になり、好きな絵本やDVDのセリフを真似をして言ってみたり。

近所の散歩
大人への挨拶は娘にとってかなり難しいようだ
近所の人とはよくすれ違う。挨拶できなくても、私が挨拶する姿を見せ、また近所の人の顔を覚えることで、娘の安心感(知ってる人だという認識)になる。
犬を飼ってる人は親や兄弟と一緒に犬の散歩に行くのもよいでしょう



これまで〜最近のできごと
・保育園では
保育園は慣れた場所なので、おとなしいけど普通に過ごせていたようだ。でもかなり無口。
緘黙症だと気が付いたのは年長の夏くらいだが、その後専門機関や専門医に相談し、保育園と小学校との連携をとってもらったり、相談の場を作ってもらったりして事前準備をしておいた。
保育園の発表会では、担任の先生があえてみんなの代表で花束を渡す役を与えてくださった
発表会も無事終わり、自信がついたようだ

・キッザニアでの職業体験
これは一年前のことだが、関西に行ったときのこと。
キッザニアはいろいろな職業を体験でき、楽しみながら社会の仕組みを学べるというテーマパーク。
知らない子供と一緒に、指導してくれる大人の人の言うことをよく聞いて、お仕事をする・・・と、とてもよい経験になりそうだが、娘にとってはかなりの試練かもと思いながら挑戦。
娘の場合は子供同士は案外大丈夫なので、もしかしたら・・・という期待もあった。
でも実は、この前日に遊びに行ったところでは、すべり台で他の子に割り込みをされて、どうしていいかわからず、泣きべそでじっとそこでつっ立っていたままだった。
こんな子でも楽しめるかしら?

最初は、歯医者さんの体験では、説明をよく聞いてちゃんとやっていたようだ。
次に行ったのは消防士体験。面白そうだったけど、娘にはちょっとハードルが高そうな気がした
心配して見ていると、消防車で出動するときに、娘は運転席の横に乗ってて、サイレンとともにアナウンスをしなければいけなかった
どうしよう、娘には無理だ
そう思ったとき、『消防車が通ります。前をあけてください』と、ちょっとだけ声は小さかったが、しっかりアナウンスをしていた。
それを見て涙がにじんできた娘が頑張って、たくさんの子供たちと一緒になって、自分の役をこなしている。
キッザニアに来て、感動して涙ぐんでるお母さんなんて、私くらいかもしれないけど、本当に嬉しかったし、よかったなあって思った。

そのあとも、お医者さんになってみたり、建設現場でお仕事したり、パフォーマーとして踊ったりもできた
だけど、全部が上手くいったわけではなかった他がうまくできたから、何でもできる気がして急ぎすぎたと反省した
でも全体としては、娘にとっていい体験になったので、機会があればまた行ってみたい。

・スイミングでは
長く続けているが、1年前くらいからみんなと同じように体操ができるようになった。
それまでは体操時はつっ立ってるだけだった泳ぎは順調に上達していると思う。
あまりにしゃべらないので、先生に驚かれたことがあるが、特に問題なくやっている。先生もいろんな子に慣れているのだろう。
顔見知りの子もいるはずだが、他の子供とからんでる様子はほとんどない。

・小学校では
入学してから、娘は少し変わった。
基本的に(外では)従順な良い子なので、よく先生の言うことを聞いてしっかりやっているようだし、おとなしいながらもなんとか周囲ときちんとかかわっていけている。
そう、娘は子供同士の付き合いはちゃんとできるのだ
挨拶も担任の先生にはできるので、先生には「なんの心配もないですよ」、と言われている。
だけどよくよく観察してみると、やはりこのままほっておくのがいいとは思えない、という部分があると思う。

娘はあまり人と違うことをしようとしないというか、これは緘黙症児によくあるらしいのだが、うちの子はいつでも髪型はポニーテール
「たまには他の結び方をしようよ」といっても、いつもと一緒がいいという。
これは緘黙症の子が「今日は髪型違うね」と人に言われないように、自己防衛をしているようなものらしい。
緘黙児はこういう特徴があるので、学校を休まず登校する子が多いよう。
不登校になって、たまに登校しちゃうと目立ってしまう。だから、いつも普通に登校することで目立たないようにするということらしい。なので、実は不登校にはなりにくいようだ。
とにかく目立つことを避けようとする傾向があるみたい。

緘黙症の子はしゃべらないしおとなしいので、学校ではいじめられやすいのじゃないかと思われるかもしれないが、案外そうでもないと思う。
確かに一度そうなってしまうと、相手に嫌だと言えないので、仲間外れにされたり、ずっと学校にこれなくなってしまう子もいるだろうが、ただおとなしいという理由だけでは案外いじめられなかったりする。
無反応の子をいじめても面白くないでしょうし、緘黙児は余計なことを言わないので、敵を作りにくいと考えることもできる。
むしろ仲間として引き込まれていきやすいので、良い友達と付き合っていければいいけど

小規模校なので、違う学年でもみんな顔を知っているという点で、この学校は娘には向いているのかもしれない。
学年が上がって、担任の先生は変わっても、クラス替えがない(ひとクラスしかない)のでその点は緊張が少なくてて良かったかも

・児童クラブでは
こちらにももちろん娘の緘黙症のことは伝えてあるが、楽しく活発に遊んでいるようだ。
わりと穏やかな子が多いのと、いじめっこがいない(以前はよくもめてたらしい)、児童クラブでは苦手な先生がいないというのもあって、問題なくすごしているよう。行事なども楽しんでいる

しかし、ある時、お友達と一緒に先生に注意されている場面に遭遇した。机の周りをグルグル回って遊んでたかららしい。
叱られているのに娘が全く返事をしなかったので、長々と怒られていた
こういうときの娘は絶対に返事をしなかったりする。緘黙児は叱られると黙り込んでしまうので、先生には強情と思われてしまうことも

・かかりつけのお医者さんには
ぜんそくでかかりつけのお医者さんは、専門医を紹介してくれた人だが、最近、娘が相づちを打ったり、声を出して返事ができるようになったことをビックリしていた
特に大人の男の人が苦手な娘も、長い時間がかかったけど、やっと一歩進んだ

・大人の人(近所の人や他の保護者)には
近所の人は娘を見かけると、挨拶したり、話しかけてくれるが、娘は全くの無視
愛想のない、もしくはしつけがなってない子と思われているだろう
というか、すごく変な子と思われ、すでにいろいろ噂されてるかもしれない。まあ仕方ないけど。

児童クラブに迎えに行った帰りに、「さようなら」と他の保護者に言われてもやっぱり全く無視
それが私のよく知った相手だったりすると、「あらら、無視されちゃった」なんて言われてしまうので、そういう時は私も嫌だなあって思うし、できたら誰にも会いたくないと思ってしまうけど、だからと言っていちいち説明するのもなんだし。

知らない大人に何か聞かれると、娘は最初はもじもじして答えられないで、助けを求めるように私の顔を見る。
ただ、質問によっては大人相手でも答えられる時もある。
大人がよく娘によくする質問というのは、だいたい決まっている。
「今いくつ?」「何年生?」「学校は楽しい?」とかだいたいこんなものである。
これらの質問は、もうすでに何度も聞かれていることだから、慣れているし、答え方を知っている
こういうときは、初対面の大人であっても、小さい声だが自分で答えることができる。
娘なりの経験の結果であろう。

決まったセリフのことを言うのは案外簡単だけど、「おはようございます」などの挨拶の方が難しかったりする
全く知らない人からも言われる、自分に言ってるか分からないときがある、朝・昼・晩で挨拶が違う、タイミングが分からないなどの理由だろうか。

・最近の娘
今はものすごくハードルの高いことをしている
私の兄について週一でスポーツクラブに行っている娘。当初は学校でたまったストレスをスポーツで発散する目的で始めたが、大人と小中学生が一緒になって練習してるので、娘にとっていろんな人に囲まれるいい機会だと思った
ところが、娘はコーチにも他の人にも全然あいさつしないらしいので、とりあえずコーチにはちゃんと娘のことを説明しようと一度見学について行ってみたけど、なんと言っても、私が極度の人見知りの元緘黙症なので、コーチに話しかけることができず
体育会系の人には特に、どう接していいか分からない私
コーチは子供には結構厳しいらしいけど、このままでは娘がやめさせられたりしないかしら

で、なぜか私も一緒に通うことにした。ちなみに全くの初心者。
娘はまだ小中学生の練習にはついていけないので、(子供ってすごい上手い)、大人に混ざって練習をしている。だから親子で一緒に練習できる
娘には、練習相手になってもらった人には「お願いします」「ありがとうございました」と言うように伝えても、なかなかできないまま

ある時は、1対1の練習相手になってくれた女性が、「何を練習したい?」と何度聞いても娘が何も答えず、少しイラッとしてたみたいだったので、さすがにその時は「すいません、実はこの子はあまりしゃべれないのです。カウンセリングなどにも相談してますが、声も小さいし、あまりお返事を返せませんので、申し訳ありません」と、簡単に説明をした。
そうすると、「え?耳は聞こえてるの?」と聞かれ、「聞こえてます。緊張しやすいので精神的なものです」と、答えると、その人は納得して、うなづきで答えられるような質問の仕方に変えてくれた。
難しいことも多いが、今はこうして本人が練習しやすくして、少しずつ慣らしていくしかない。
そして、相手によっては娘のことを事前に説明した方がいい人もいれば、説明しなくても子供の性格に合わせてくれる人もいること。とりあえずは、気の短そうな人には先回りしておくべきかな

あまり上達しない娘だけど、でもすごく頑張ってると思う
一人ひとり、数字の掛け声をしながらの練習もあるけど、娘もすっごく小さな声で頑張っている。
娘にとって苦手で難しいことだが、続けることで力になればいいのだが



これからの娘へ
今の娘は、まずまずうまくいってるかもしれない。それは、まだ娘が小さいから周囲の人の目も甘いところがある部分も大きいと思う。
娘自身も、まだ周りの状況をよく分からないながら、手探りでやってきている。
だけど年齢があがり、もっと周りが冷静に見れるようになると、緊張は増し、加えて勉強が難しくなると、学校での生活を難しく感じてくるかもしれない。

そういえば私も低学年の時は何も考えてなかったせいか、どちらかというと担任の先生には優等生扱いされてたような気がする
低学年の時は勉強もできたし、小学校の音楽会では指揮者に選ばれたりした。
でも小学校の中学年くらいから、先生とうまくいかなくなったりして、学校は楽しくなんてなかったし、中学や高校でいくら友達や好きな人ができても、学校が好きだと思った記憶なんてない。

娘の参観日の時に、すでに少しでも自信がないと手が上がらなくなっていたので、これからもっといろんなことが分かるようになると、症状が強くなるかもしれないなあって感じた。
だから、少しでも学校が居心地よいものであるように、勉強を頑張っていこう
私のように勉強も嫌いでおバカなのでは、授業中に当てられても、答えを知ってても言えないのではなく、本当に分からないから答えられないということになってしまう
運動は能力や体力によるものが大きいかもしれないが、勉強は努力すれば、その分自信になると思う。
知識は自分を助け、社会性の高さや会話の能力にもつながっていくでしょう。
そのために私は協力を惜しまないつもりだ


それからもうひとつ、娘に大事にしてほしいものがある。
それは、友達。
緘黙症であることは、誤解されることも多いし、どうしても損をすることが多いだろう。

これまで、大事にしてこれなかったつながりもあったかもしれないけど、こんな私にも、長い付き合いの大事な友達が何人かいる。
そういう、人と人との結びつきを大切にしてほしい。

友達の悪口はなるべく言わないこと。実はこれはあまり簡単なことではないのだけど、やはり悪口ばかりいう人間は、人に信用されない。
自分で難しい状況を作らないようにしたほうがいいと思う。
周りの人間にもよるけど、おとなしいだけでいじめられるとは限らない。むしろ、そういう子は付き従う傾向が強いので、仲間に引き入れられやすい。
だから、悪い方向に行ってしまうことがある
その子がいじめっ子であったなら、一緒になって人の悪口を言ってると、いつかそれが自分に返ってくる。
私にもそんなことがあった。

今までもいろんな悪意ある人に対面してきた。
人生には一度ならず、何度でも、またそれが長きにわたってのこともあるが、人対人において、困難にぶち当たるときがある
そんな相手にまともにぶつかってもどうしようもなく、ひたすら耐えて時が過ぎるのを待ったり、逃げ出してしまう場面もあるだろう。でもそれでもいい。
自分が壊れてしまうくらいなら、逃げてもいいのだ
でも、だからこそ、そういうときに信頼でき、相談できる相手や、互いに理解しあえ支えあえる友人を作っておくべきだと思う。

人を見る目を養うのは難しいことだし、私も何人かの友達とは絶縁してきたけど、本当に理解してくれる心からの友を大事にしてほしいと思う。
友達というのはすべてが完璧ではないし、時にはちょっと理解できないときだってあるけど、それは自分にも言えること。
誰にだって欠点なんてあるのだから。私もきっと知らない間に、友達にいろんなことを許されてきたんだと思うし

それと、緘黙症の人は自意識過剰なのも特徴のひとつでしょう。
今はそうでもないけど、私も子供の頃は人からどう思われているか、すごく気にしていた。
だけど、その分想像力を働かすことはできる。
相手の気持ちを自分の気持ちに置き換えて考えられる、そんな優しさを持てるかもしれないね


余談だけど、ネットの世界は緘黙症の人が発言するのにとても有効なアイテムといえる
私もブログだからこうしてたくさんの人とやり取りができている。
会話というのは直接的でその都度キャッチボールのように行なわれるものなので、時には変なことを言ってしまい、後悔したり反省したりが多々ある。
とにかく私は、「こう言えばよかった」とか「なんでああ言っちゃったんだろう」とか、自分が誤解されるようなことや失敗してしまった場合に対するダメ出しがすごい。
時には何年もずっと覚えてて、思い出しては後悔してみたり
だけど、文章を自分で作るというのは、考えてから書くことができる。
キャッチボールとは違い、一方的な投げかけかもしれないが、それでも自己表現できる場を作ることはいい機会だと思う。
ただ、現実の世界と同じく、いい人ばかりではないのと、現実よりも悪意のある人間がたくさんいるという問題点はあるけど



娘が私のような人間にならないようにするには、それは緘黙児に必要なことと同じだと思う。
自信を持つことと、自己肯定できること。




子供のため、と思うお母さんの言動というのは、実は子供のためなどではなく、お母さんにとって都合の良いものばかり。
お母さんが子供によく言いがちな言葉に対して、それが子供にどんなふうに伝わり、どんな考え方の人間に成長していくかが、分かりやすく書かれている。
子供に対する言葉は、後々までネガティブな影響を残すことがあり、それはその後の人生にもかかわってくるのかもしれない。




娘が自信が持てるもの、情熱をそそげる何か、得意なもの、見守りながらゆっくりと探していこう。
そして私は、娘のことが大好きだって、きちんと伝えていこう


読んでいただいてありがとうございます!
↓大変お手数ですが、押していただけるととっても嬉しいです。どうぞよろしくお願いします!
にほんブログ村 子育てブログ シングルマザー育児へ
にほんブログ村

家のLANケーブルが切れてしまい、予定より3週間も更新が遅れました。
屋根に上ってつなぎなおさなければならなかったけど、天候が悪くてなかなかできず。。。
でも先日やっと、直しましたすんごく不便な生活だったなあ〜

ruhruhlilia at 15:19│Comments(16)TrackBack(0)場面緘黙症 

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by ちか   2014年12月24日 09:22
こんにちは。 いろいろと考えさせられました。にーなさんの書かれているように、症状のある子だけではなく育児全般にも共通して言えることも多いと思います。
そして、改めてにーなさんの文章が好きです。最近私もツイッターをはじめたのですが、脊髄反射的に書いてしまうことも多いので、にーなさんのようなじっくり書かれた文章は、やはり良いなと思います。
スポーツを親子でやるの、娘ちゃんも心強いと思います。
ではまた。にーなさん親子に良いことがたくさんありますように。メリークリスマス。
2. Posted by ちょこ   2014年12月27日 03:51
ずっとブログ読んでます。いつも私はまだまだだなぁーと反省しきりです。
自分語りですが。小学校の時、クラスで全然話さない子がいました。家が近所だったので皆で鬼ごっことか一緒にして遊んでた記憶はあるんですけど、いざ学校で先生が当てると一言も話さない。すごくすごく時間をかけて、かすれるような声で発言したり、答えられず泣いて終ったことも。勉強が極端にできない訳ではなかったのに。
だから、その子も緘黙症だったんだろうなーと納得しました。
元気かなぁ。背が高くて可愛くて、私と同じ、色黒で細い子だったなぁ。一緒に遊んでる時はよく笑うし、手紙やり取りもしてたし。何で話さないんだろ?って思ってました。いじめはなかったけど、転校しちゃったので、その後苦労したのかなー。
今幸せに暮らしているといいな。

自分と同じおもいを子にはさせたくない、よく分かります。
父にお前はなにもできない、と言われ続け、何でできないんだ、と叱られ。友達、彼氏、上司に一部恵まれず、私も自己評価が極端に低い人間になりました。でもその後出会った人、環境で少し変われました。自分を大事にしてもらいたいなら、まず自分が自分を大事にしなくちゃって気付きました。今、母にこれを話すと、自分の性格と同じだって言います。親子ですねぇ。
親の影響って大きいですよね。親が理解して味方についてたら、こんなに心強いことはないと思います。子供のこと、親はきちんと見ていなくちゃいけませんね!私も子供のこと大好きって沢山沢山伝えます。
お互い育児頑張りましょう!!
3. Posted by 友子   2014年12月27日 22:24
二年前からブログを拝見させていただいてました。
今回初めてコメントさせていただきます。

緘黙症の記事を読ませていただいて、泣いてしまいました。
私も緘黙症だったんだと気づいたからです。
ただの人見知りかと思っていたんですが、昔から先生とか目上の方と話すのが本当に苦手でした。叱られた時など、なんで話さないの?ひとことごめんって言えばいいじゃないと友達に言われていました。

なんとか話せても、どもってしまったり、相手から何を言いたいのかわからないと嫌がられたり。
日常会話もうまくできない私は欠陥人間だと思っていました。

それでも大人になり改善してきて、仕事もしていたのですが、育休から復帰後、仕事内容が変わったこと、厳しい先輩がいることもあって、また症状が出てきました。

そして、私の娘も、私と同じだったらどうしようと、仕事の悩みも合わせて、毎日強く不安に思うようになりました。


それでも、この記事を読んで勇気がわいてきました。
娘が私と同じ思いをしないために、母親としてできることがあると気づいたからです。

本当にありがとうございます。

これからも陰ながら応援しています。
4. Posted by にーな   2014年12月28日 08:45
>ちかさま
こんにちは、ちかさん
緘黙症の本をいろいろと読みつつ、自己流ですがいろいろチャレンジしています。
私もツイッターをしてみようかと一瞬思ったことはあるんですが、一度発してしまうと取り返しがつかないのと、その時の感情でものを言ってしまうことに自信がもてず、私の性格と合っていないと思いました。
でもその時だからこそ言いたい一言ってありますよね。
ものすごい時差はありますが、そのためにもうひとつの『はらぺこさんぽ道』というブログがあります。(※宣伝)
この年で新しいスポーツを始めるとは全く思いませんでしたが、頑張って続けてみます。
ちかさん、本年も本当にありがとうございました。いつも心からのお言葉、とても嬉しいです。
私の中でちかさんはすごく素敵な女性ですよ。
どうか良いお年を!
5. Posted by にーな   2014年12月28日 09:29
>ちょこさま
こんにちは、ちょこさん
読んでくださってありがとうございます!
ちょこさんの小学校の同級生の子、子供の時の私と全く同じ症状です。
私も子供が相手だと全く大丈夫だったんですが、先生は本当に苦手でした。優しい先生だと仲良くもなれますが、怖くて威圧的だったり、陰湿な性格の先生には固まってしまってました。
きっと大人全般が苦手だったんだと思いますが、普段関わる大人といえば、親か先生だったので、教師というものそのものが苦手だと長い間思ってた時期がありました。
今でも怖い人や威圧的な人には知らずのうちに顔色をうかがってしまってるところがあります。
そうすると自分がリラックスできないので、どうしても苦手になっちゃいます。
ちょこさんの同級生さんも、きっといろんな場面で苦労していたのかもしれないですね。
大人になって改善する例は多いので、おそらく大丈夫と思いますが、幸せに暮らしてくれているといいですね
娘は私に似てしまいましたが、なによりも緘黙症だと小さいうちに気づけたことは本当に良かったです。
自己肯定をできるかは周りの環境によるところが大きいですね。
私のこの自信のなさは緘黙症のせいだけではありませんし、両親とのわだかまりはかなり大きいです。父とはそんな状態のまま、亡くなってしまったわけですし。
私は自分の母をみてると、人を心から愛さない人は人からも愛されない、と心から思います。
おそろしく自己中な母なので、よく衝突してます。
母親が味方なのはすごく心強いですね!私も娘にとってそうありたいです。
私は自分の母を反面教師とし、娘にとってはよき理解者となりたいです。(実際はなかなかうまくいかないですが・・・^^;)
楽しんで頑張っていきましょうね!
6. Posted by ぷみママ   2014年12月30日 14:11
もし不快に思われたらごめんなさい。
緘黙症についてもよく知りませんが、今回の記事を読んで思ったことがあります。

それは、
にーなさんと娘さんは別の人間である
という認識をにーなさんがどのくらい持ってらっしゃるのだろう?ということです。
記事の冒頭に、
娘がどうしたら私のような人間にならないですむか
と書いていらっしゃいます。
ものすごく冷めた意見かもしれませんが、それを読んで私は、
あなた(にーなさん)と同じ人間にはならないよ
と思いました。良い意味で、です。

私も子どもの親ですから、なんとか子どもが苦労しないように、先回りして何かしてやりたいという気持ちはわかります。
でも、学校で苦労しない事が、周りとうまくやることが、娘さんの幸せなのでしょうか?
それって、世間が思ってる「幸せ」なのではないのでしょうか?
娘さんが何を幸せと感じるのかは娘さんの自由ではないのでしょうか?
親から見て可哀そうだなとか苦労してるなと思われても、本人は特に気にしていないこともあります。
大事なのは、娘さんがどう感じているか・どう思っているか、ではないでしょうか。
周りとうまくやることを娘さんも望んでいて、それがうまくできない・どうしよう…というなら、にーなさんの出番だと思います。
今、娘さんは毎日楽しそうですか?それが一番だと思います。

7. Posted by ちか   2014年12月31日 08:40
ぶみママさん、横から申し訳ありません。
にーなさんは、ご自分と娘ちゃんが別人格であることは、きちんと理解されていると思いますよ。

娘ちゃんが、より生きやすい人生となるような手助けをしたい、見守りたいということだと思います。
私も場面緘黙症に関して不勉強ですが、適切な支援をすることと、先回りして子どもの幸せを決め付けることは、別物だと思います。
より広い世界で幸せを探してほしいという気持ちで、にーなさんは娘さんに対応しているのだと思います。

言葉って難しいので、私が、ぶみママさんの意図することを理解できていないだけかもしれませんが、こういう意見もあるということで、よろしくお願いします。
横から失礼しました。

8. Posted by にーな   2014年12月31日 22:52
>友子さま
こんにちは、友子さん
お返事をお待たせしてすいませんでした。
二年も前から読んでくださったんですね、ありがとうございます!
娘が大人の人と話せないこと言うことに気が付いて、私も自身の緘黙症に気が付きましたが、それはかなりの衝撃でした。
同時にすべてに合点がいったというか、妙に納得をしてしまいました。
友子さんもそういう症状が当てはまったんですね。
私もすごく大人の人が苦手でした。
いまだに社交的な人を見て、これが正しい社会人であって、自分はまだまだ足りないと思いますし、会話の後に悔んだり、落ち込んだり してしまいます。
怖い上司や苦手な目上な人に対して、私も友子さんと同じような症状が出ます。
だからその悩みはすごく似ているものだと思いますし、きっと緘黙症でない人には分からないことかもしれませんね。
緘黙症の人にとって、社会は決して生きやすいものではないと感じます。
だからこそ、子供が自分に似てしまったら、という不安は大きいものですよね。
残念ながら娘と私はそういう部分で似てしまったのですが、今は時代も変わって学校のカウンセリングもしっかりしてるようですし、相談できる機関もあります。
まだまだ世の中の認知度は低いようですが、こうして伝えていくことも大事だと思っています。
私はこれからも娘に、自分のできることを探して寄りそって励ましていきたいと思います。
こちらこそ、ありがとうございます!
お互い、リラックスした毎日が送れますように。
9. Posted by ちか   2015年01月01日 08:09
横のうえに、お名前間違えてすいません。
10. Posted by マリモ   2015年01月03日 14:12
にーなさん
ものすごくご無沙汰しております(覚えてます?)。
一昨年、何気なくブログをのぞいたら、娘ちゃんの緘黙症のことが書いてあって心配でたまにお邪魔してました。

にーなさんがいろいろと行動療法を工夫されていてなるほどなあ〜と感心してました。
コミュニケーションも何度も繰り返すうちに上手になっていくものですもんね。

夏休みの宿題のところで、娘ちゃんは文章を書くのが苦手そうだったので(間違っていたらごめんなさい)、そういうのも影響あるのかな、とちらっと思いました。考えをまとめるとか、感情表現とか。

何かヒントになればと思ってコメントさせていただきました。

うちのももうすぐ学校ですよ。
学童のところとか参考にさせていただいてます!
寒いですのでお体に気をつけて。
11. Posted by にーな   2015年01月09日 07:08
>ぷみママさま
こんにちは。
お返事を大変お待たせしてすいませんでした。
私と娘はよく似ている性格ですが、もちろん別の人間ですので、出会う人や起こる出来事も違います。
ですので、娘が私のようにならないのであれば、それに越したことはありません。
私も子供が打たれ弱くなったり、なんでもかんでも親が手助けすることが良いとは思いません。
うちの娘はまだ症状的には軽い方で、子供相手は大丈夫な分、学校ではまだ特に支援が必要な場面はありません。
だけど、中にはとても重い症状を抱えて、大変な思いをしている緘黙症児もいることでしょう。
緘黙症は精神的な疾患に近く、適切な治療が必要なものです。
専門医の診断を受けた上で、何もしないというのは私の中の選択肢にはありません。
それに、いくら親が心配しても46時中みることも、その場で助けることもできません。実際は自分の見ている範囲でしか手助けはできないのです。
だから、私の見てないところで苦労はたくさんすると思います。
それは緘黙症の子に限らず誰でもそうですし、その中で本人が自分で折り合いをつけていくしかないことの方が多いのです。
でも世間の思う緘黙症の理解として一般的な意見なのかなとも思いました。
文中にもありますが、手助けをすることを甘やかしと思われたり、心配しすぎだと思われることも多いです。
人は同じ立場になってみないと分からないことってたくさんあるのだと思います。
だからこそ、あまり知られていない緘黙症について書いてみたいですし、緘黙症の症状を持つ人やその親が周囲の理解を得られず、一人で悩みを抱えることないようになればと思います。
いろいろ言ってすいませんでした。私も娘の幸せは願っています。
ありがとうございます。
12. Posted by にーな   2015年01月12日 15:06
>ちかさま
こんにちは、ちかさん
なんかいろいろ考え込んでたら、コメントのお返事ができなくなってました。
でもいくらなんでもお待たせしすぎてて本当にすいませんでした。
ちかさんはいつも私のことをよく考えて、分かってくれてるなあって思います。
こういうのって、すごく勇気のいることなのに、ありがとうございます!とても嬉しかったです。
私は娘がいつか自分の元から巣立っていくのを前提として、なるべく私と同じような苦労をしないで済むようにできたらいいなあと思っています。
それはあくまでも私の願望なので、実際はどういう結果になるかは誰にも分かりません。
だけど、それでもできるだけのことはしてみたいです。
すべての人に理解してもらえるようには書けませんが、自分としては結構細かく書いたつもりだったのでそういう意味では、言葉を伝えるのはとても難しいことだと感じました。
でも、ひとそれぞれの考えや人生が違うのだし、すべての人に伝えきるのは無理なのでしょうね。
いろんなことはありますが、応援してくれる人の気持ちをありがたく受け止め、これからも自分の気持ちに正直に書いていきたいと思います
13. Posted by にーな   2015年01月12日 15:57
>マリモさま
こんにちは!マリモさん。
本当に久しぶりですね。コメントありがとうございます^^
緘黙症については、いくつかの本を読んで参考にし、実際やってみたものを紹介していますが、挨拶など、本人にとって難しいものはなかなか進展しないのが現状です。
あせらずゆっくりとやっていきたいと思います。
でも家では、かなりうるさいくらいのおしゃべりさん」です。
いまだに日記とかを書くのは苦手な娘ですが、一年生なのでこんなもんだと思っていました。
緘黙症の症状としてではなく、単に苦手なのかもしれません^^;
家では紙芝居や何かのマニュアルを作ったりして文章を書いて遊んでますが、国語のように正解があいまいなものは難しいと感じるのでしょうね。
今度またカウンセリングに行くので聞いてみます。

春から入学なんですね!
準備ですごく忙しい時期じゃないでしょうか、心配なこともいろいろありますよね。
なんか一年があまりにも早く、うちももう二年生になるなんてびっくりです。
新しいことだらけになり大変だと思いますが、良い人たちに恵まれるといいですね♪
14. Posted by popo   2015年01月14日 16:59
5 こんにちは。
前から思っていたのですが、ブログを読ませて頂いて…にーなさんって、頭よいと思いますよ。もし、ご自分が頭良くないと思っていらっしゃるとしたら、幼い頃緘黙症のため、学校が苦手になったことが関係してるかもしれないなぁ、と思いました。にーなさんは頭の回転も早いし、子育ても素晴らしいと思いますので、自信もって下さいね。
私は幼児教室で教えています。そこで父兄の方に話すのは、長所は短所、短所は長所ということです。緘黙症は良いことではないでしょうが、100%マイナスととらえないでほしいです。私は医師ではないので、経験からしかお話できませんが、極度の人見知りの子は思慮深く人に対して観察力がすぐれています。人見知りのため、周りをよくみて人間関係をよく考えてます。フレンドリーな子は明るく好かれる反面、おっちょこちょいでうかつに口をすべらして、人間関係を悪化したり本当の友達をつくれなかったり、ということもあるのです。
私はにーなさんのブログを読んでいて、にーなさん自身がまさに、良く人をみて行動されていてすごいなぁ、と思います。
お嬢さんがもう少し大きくなったら、緘黙症という症状をきちんと説明してあげ、それがお嬢さんにプラスになることもあることも話してあげたらどうでしょうか。
それと、本当の友人を得るのは学校だけではないので、お嬢さんにも学校以外の居場所も作ってあげると良いかも

15. Posted by にーな   2015年01月18日 07:55
>popoさま
こんにちは!コメントありがとうございます、popoさん
私は前から自分のことすごく頭が悪いな〜と思ってしまってます。
自分で自分をこんなにけなしているとは、どうしようもないと思いますが、勉強が苦手という意味だけでなく、人との会話がスムーズに流れていかないときなどに、特にそう思います。
頭の回転が早ければもっと会話も上手だろうのに、と思ったりしてしまいます。この辺は、発する言葉に迷いがあるためで、緘黙症が関係しているように思います。
どこかで人に良く思われようと、自分でハードルを上げているところもあるかもしれません。
そもそも知識にすごく偏りがあるというか、みんなが知ってるようなことを知らなかったりもよくあります。
すごく望みが持てる分析をありがとうございます!とても救われます。
実は私も人見知りがすべてマイナスではないと思うことはありました。
私自身も昔、あるバイト先の人に「あなたは口数が少なくて余計なことは言わないから、人に嫌われることがないし、周りをじっくりと観察してるよね。そういう人はここに長くいるだろうなって思うわ」と言われたことがあります。
で、実際その職場には何年もいました。女性だらけの職場だったので口が災いの元になることが多かったのでしょうね。
今は娘がまだ小さいので、緘黙症というものもよく分かっていませんし、病院でカウンセリングを受ける意味もよく分かっていません。
ですが、もう少し大きくなったら、自分はちょっと周りと違うんだということに気づくかもしれません。
そのことで娘自身が自分の評価を下げてしまわないように、そのときはちゃんと説明してあげたいと思います。緘黙症の慎重な性質を生かして、本当に信頼できる友達を見つけ、大事にしてほしいと思います。
(続きます)
16. Posted by にーな   2015年01月18日 07:57
(続きです)
今、娘とスポーツクラブに通ってるのですが、まさに学校以外の場所で居心地のいい場所や仲間を見つけてほしいという思いがあって、始めてみました。
そういう場所があれば、娘にとっても心のよりどころになるでしょうし、共に汗を流していける仲間との結びつきは強いと思います。
それに、私が今でも仲良くしている友人たちは、ほとんどが高校時代の部活の仲間なんです。
popoさん、温かい言葉を本当にありがとうございます。

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
緘黙症と『私』2015・新年を迎えて〜昨年の私と今年の目標〜