2013年のサロマ湖100kmウルトラマラソン完走記です。
ランナート代表木村にとって、初のウルトラマラソン。

まだ【フォームソティックス】のなかった頃ですね。

この頃にフォームソティックスに出会っていれば膝痛と足裏痛なってないだろうし、ぜったいサブ10行けたわ!!


っていうタラレバ。


いやあ、なつかしい。


全10回シリーズでお届けします。


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そもそも100kmマラソンなんぞに出ることになったきっかけは、
友人からの誘いであった。


僕は2012年12月のNAHAマラソン(沖縄)で初めてフルマラソンに挑戦したわけだけど、NAHAマラソン前の11月の段階ですでに友人から

「来年100kmマラソン出るから出ようよ。ねえ」

と無謀な誘いを受けていた。


そのときは

「いやいや、やりすぎでっせ大将、ほんま、むりやで」

と完全スルー。
走る気など毛頭なかった。
のだが、
そのときにちらっと

「100kmとかなんかすごそうだしいいかも」

などと思った記憶もないではない。


いやはや、人からの誘いというのは末恐ろしいものである。
誘われなかったらまずこの早さ(初フルマラソンから半年)ではやっていない。

まあともかく、
まずはフルでしょということでNAHAマラソンでなんとか完走を果たし(3時間14分10秒)、

o0800106712606577716
翌2013年2月の勝田全国マラソンでも自己ベストを更新(3時間11分49秒)。
o0800074512606577135
目標であった初フルでのサブスリーこそ叶わなかったもののサブ3.15を達成し、
僕はギロッポンでシースーを毎週食べる成金社長と肩を並べるレベルで調子に乗っていた。


2回目のフルである勝田全国マラソンでの調子次第では、
友人の誘いに乗り、
サロマ湖100kmもエントリーしてみようかしらという心づもりでいた。
(NAHAでは後半立ち止まったり歩いてしまったので、勝田では後半もしっかり自分のペースで走ることを目標としていた)
もはや毎晩ギロッポンでシースーな勢いだ。


そして勝田は自己新記録更新というまずまずの結果であったということで、
鼻息粗くサロマ湖100kmマラソンのエントリー画面を開いたところ、
あれま定員到達でエントリーが締め切られていたわけで。


エントリー開始数日後であったので十分間に合うだろう高を括っていたら、
近年のマラソンブームの波が北海道の僻地の100kmマラソンにまで届いていたというわけだ。



しかし僕に落胆はなかった。それはそれでよしだ。全然良い。
出れないなら出れないでそれはそれで良いじゃあないか。
今年はゆっくり脚をならして、
レース慣れした来年にでももし気が向いたらやってみよう。


そもそも12月の初フルで脚を故障しながら2月にフルを走り、
さらに4月フル、5月ハーフとすでにエントリー済みである。

6月に100km入れたら死んでしまうかもしれない。
死ぬまではいかなくても半身不随、うまくいっても両手両足粉砕骨折はまぬがれないだろう。よかったよかった。


そう、僕はサロマ湖100kmウルトラマラソンのエントリーを逃したのだった。


なのになぜか僕は旭川行きの飛行機のチケットをとり、
レンタカーを手配し、
宿を予約し、
最終的に一日で100kmという距離をその二足で移動し、
階段すらろくに下りられず、
全国的なバリアフリー化推進を願う身と成り果てる代わりに、
サロマ湖100kmウルトラマラソン完走メダルと完走タオルをいただいたというわけだ。


巡り合わせというものは実にタイミングよく巡ってくるときがある。
どういうことなのか、
なんとなく振ったバットにたまたま投球が当たり、
それが風に乗ってオーバーフェンスすることがある。


そのようなことは、稀にしか起こらない。
狙えず、予期できず、期待できない。

しかし、実際にそれは起こる。


そういうことで、
僕はエントリーを逃してしまったサロマ湖100kmウルトラマラソンに挑戦することとなった。
(出場経緯については、ご想像におまかせしたい)

それが良いことなのか悪いことなのか、僕には判断がつかない。
たぶん、悪くはないのだろうと思う。



*その2へ続く*



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