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2026年10月05日

2374・ダイアトニック

凱旋門賞、残念でしたね。

また来年に期待です。

てか、今週末は秋華賞じゃないんですね。

勝手に秋華賞ウィークだと思っていたので、秋華賞関連の記事を書いてしまったんですが…

それは来週に回し…

今回は、新しい記事を自力で書く気力もないので、今週末に行われるスワンSと関連のある馬についてAIに書かせてみました。

こちらです。


『ダイアトニック』





以下AIに書かせた文章


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ダイアトニック

この馬は、2015年生まれのアーモンドアイ世代。鹿毛の牡馬で、栗東の安田隆行厩舎に所属していました。

自分は、このダイアトニックという馬がけっこう好きでした。

ただ、その理由を先に書いてしまうと面白くないので、まずはどんな競走生活を送った馬なのか、具体的に見てもらいましょう。

2歳時

新馬戦 1着

いきなり新馬戦を勝って、初勝利を挙げました。

3歳時

3歳500万下 4着
3歳500万下 1着
月岡温泉特別 2着
外房特別 3着
三鷹特別 2着

3歳時は、安定した成績を収めていました。

4歳時

祇園特別 1着
斑鳩S 1着
ダービー卿CT 4着
安土城S 1着
スワンS 1着
マイルCS 10着

安土城Sを勝ってオープン入りすると、続くスワンSも勝利。

初G�気箸覆辰織泪ぅ�CSこそ10着と大敗しましたが、4歳時に一気に出世しました。

5歳時

京都金杯 2着
阪急杯 3着
高松宮記念 3着
函館スプリントS 1着
キーンランドC 15着
スプリンターズS 13着

函館スプリントSを勝ったまでは良かったんですが、その後は二桁着順が続き、さらに骨折。

長期休養に入ることになりました。

ちなみに、この年の阪急杯と高松宮記念は、どちらも少し変わった3着です。

阪急杯は2位入線から降着となって3着。

そして高松宮記念では4位入線でしたが、1位入線のクリノガウディーが降着となったことで3着に繰り上がっています。

2戦続けて、降着が絡む重賞3着だったんですよね。

6歳時

キーンランドC 14着

復帰したものの、結果は14着。

この年は結局、この1戦だけで終わってしまいました。

7歳時

京都金杯 4着
阪急杯 1着
高松宮記念 14着
安田記念 14着
スプリンターズS 4着
スワンS 1着
阪神C 1着

7歳になって京都金杯4着のあと、阪急杯を勝って復活。

悲願のG�祇�覇を目指して高松宮記念、安田記念、スプリンターズSと挑戦しましたが、最後のスプリンターズSでは4着。

結局、最後までG�気鮠,弔海箸呂任�ませんでした。

その後はスワンS、阪神Cと連勝。

……と、ダイアトニックの競走成績はこんな感じだったんですけど。

話は冒頭に戻り、なぜダイアトニックが好きだったかって話です。

もちろん、馬券を獲らせてもらったってのもあります。

でも、1番好きだった理由は、なんと言っても1400mでの安定感でした。

ダイアトニックの1400mでの成績を全部並べてみると、

3歳500万下 1着
三鷹特別 2着
祇園特別 1着
斑鳩S 1着
安土城S 1着
スワンS 1着
阪急杯 3着
阪急杯 1着
スワンS 1着
阪神C 1着

なんと10戦して8勝、2着1回、3着1回。

つまり、1400mでは一度も3着を外していません。

しかも、この馬は大きな骨折を経験し、7歳の暮れまで走った馬です。

それで最後にスワンS、阪神Cと1400mのG�兇鯱⊂,靴洞チ�生活を終えている。

この1400mでの安定感が、自分はたまらなく好きだったんですよね。

引退後はオーストラリアで種牡馬になったらしいので、今後はそちらでの活躍にも期待したいと思います。

と言った所で簡単ですが、今日はこれでおしまい。

それでは、さよなら。


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本来は自力で書きたかった馬だったんですけどね。

冒頭で書いた勘違い発覚で時間も気力もなくなってしまったのでこう言う形になりました。

それでも、今週末は3日間開催でそれぞれ1つずつ重賞があるんですよね。

ある意味、1つ1つに集中しやすいシチュエーション…

最近、馬券も不調なので、なんとかここできっかけを掴みたいと思います。

それでは、また次回もよろしくお願いします。


さよなら…




runfor4 at 14:34│コメント(1)│タ(ダ)行の名馬 

2026年09月28日

2373・トルカータータッソ

今週末はいよいよ凱旋門賞ですね。

日本馬の応援も兼ねて、今回は凱旋門賞と関連のある馬をAIに書かせてみました。

こちらです。


『トルカータータッソ』





以下AIの書いた文章


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トルカータータッソ

この馬は、2017年ドイツ生まれ。父アドラーフルーク、母ティファナ、母父トイルサムという血統の栗毛の牡馬で、ドイツのマルセル・ヴァイス厩舎に所属していました。

競走成績は16戦6勝。

G�気�3勝で、その中にはもちろん2021年の凱旋門賞があります。

さらに2020年、2021年、2022年と3年連続でドイツ年度代表馬に選ばれています。

まずは3歳時から見ていきます。

2歳時には出走せず、3歳5月にデビュー。

最初のレースは4着でしたが、2戦目で初勝利を挙げます。

すると、次に向かったのがドイツダービーでした。

まだ条件戦を1勝したばかりですから、ここで人気がなかったのは分かります。

実際、ドイツダービーでは人気薄。

ところがレースでは、後に凱旋門賞2着となるインスウープに続く2着に入りました。

ここからトルカータータッソは、着実に実績を積み上げていきます。

3歳秋にはバーデン大賞(G�機�3着、ベルリン大賞(G�機�1着。

4歳となった2021年には、まずハンザ大賞(G�供砲鮠〕�。

続くベルリン大賞(G�機砲任�2着。

そして、その次のバーデン大賞(G�機砲鮠,舛泙靴拭�

つまり、凱旋門賞に挑む時点で、すでにG�気�2勝。

しかも直前にはハンザ大賞(G�供砲鮠,繊▲戰襯螢鸞臂沺�G�機�2着を挟んで、バーデン大賞(G�機砲眈,辰討い燭錣韻任后�

ここまで来れば、もう「よく分からない人気薄」という馬ではありません。

ところが、凱旋門賞での人気は驚くようなものでした。

日本での単勝オッズは110.5倍の13番人気。

14頭が出走したレースで、ブービー人気です。

では、なぜこれほど人気がなかったのでしょうか。

自分なりに考えてみると、最初に思いつくのは「ドイツ馬だから?」ということでした。

ただ、それだけでは説明がつきません。

前年の凱旋門賞では、同じドイツ調教馬のインスウープが2着。

さらに少し遡れば、2011年にはドイツ調教馬のデインドリームが凱旋門賞を勝っています。

ドイツ馬だからというだけで、これほど評価が下がるとも思えません。

しかもトルカータータッソ自身、前年のドイツダービーでインスウープと差のない2着に入り、その後はG�気�2勝。

それなのに110.5倍です。

もちろん、この年の凱旋門賞には世界の一流馬が揃っていました。

前年の凱旋門賞を勝ったタルナワ。

英ダービーとキングジョージを勝っていたアダイヤー。

愛ダービーと英セントレジャーを勝ったハリケーンレーン。

英オークスと愛オークスを勝ったスノーフォール。

そして日本からはクロノジェネシスとディープボンド。

かなり豪華なメンバーです。

日本では、この2頭への注目もかなり大きかったですよね。

一方、海外でもトルカータータッソの評価は高くありませんでした。

イギリスのブックメーカーでは80倍。

フランスのPMUでも人気薄。

つまり、日本だけで極端に人気がなかったわけではありません。

そんな中で、トルカータータッソはレースへ。

重馬場のロンシャンを最後まで力強く伸びると、タルナワ、ハリケーンレーンをかわして優勝。

単勝110.5倍の馬が、第100回凱旋門賞を勝ってしまいました。

そして翌年。

5歳になったトルカータータッソは、ハンザ大賞(G�供砲鯱�覇。

キングジョージ�裟ぁ�クイーンエリザベスステークスで2着、バーデン大賞(G�機砲任�2着。

そして2年連続となる凱旋門賞では3着に入りました。

前年の凱旋門賞が、単なる一発ではなかったことをしっかり証明しています。

その後、2023年からは種牡馬入り。

凱旋門賞を110.5倍で勝った馬。

どうしても「大穴」という印象が先に来ますが、そこまでの戦績を振り返ってみると、決して突然現れた馬ではありませんでした。

実際、当時は血統を見て「この馬は買える」と判断していた人たちもいて、的中報告を見かけるたびに、ちょっと羨ましかったんですよね。

自分には、その時にそこまで見ることができませんでした。

これからは、その血統を種牡馬として生かして、また世界で活躍する馬を送り出してほしいと思います。

トルカータータッソという馬は、あの110.5倍の凱旋門賞とともに、自分の記憶に残る馬になりました。

と言った所で簡単ですが、今日はこれでおしまい。

それでは、さよなら。


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ところで、個人的に今回驚いた事が1つ…

トルカータータッソの名前…

ずっとトルカータタッソだと思ってました。

たぶん、重賞を3勝した日本馬タスカータソルテの影響なんだでしょう。

どうでもいいですが…

何はともあれ、今年も懲りずに日本馬初の凱旋門賞制覇を期待してワクワクしたいと思います。

お互い応援頑張りましょう。


それでは…




runfor4 at 12:50│コメント(4)│タ(ダ)行の名馬 

2026年09月21日

2372・ジャンダルム

神戸新聞杯も終わって、次はいよいよ秋のG1シリーズ開幕戦スプリンターズSですね。

そこで今回はこちらの名馬をいってみたいと思います。


『ジャンダルム』





この馬はなんと言っても血統が印象的でしたよね。

父が、日本ではエプソムC勝ち馬ダッシングブレイズなどを出しているアメリカの種牡馬キトゥンズジョイ…

そして母が、あのスプリントG1を2勝したビリーヴ!

ジャンダルムはビリーヴがアメリカで産んだ外国産馬だった訳ですが…

その7番仔にして最後の産駒だったんですよね。

で、ビリーヴの仔で他に印象に残っている馬と言ったら、初仔のファリダット…

この馬は父が現役時代マイルG1を3勝したキングマンボだったので、芝ダート双方の1200m〜1600mくらいで活躍…

安田記念でも3着に好走したりしました。

と言う訳で、ジャンダルムはどんな距離が得意なのかと注目していたんですが…

2017年9月のデビューから…

新馬戦・1着…

デイリー杯・1着…

ホープフルS・2着…

弥生賞・3着…

と来て…

皐月賞では4番人気に推されましたからね。

父キトゥンズジョイが現役時代2400mのG1も勝っていたので、2000mくらいが得意なのかな?と思っていたんです。

ただ、それは間違っていたんですかね?

皐月賞で9着…
ダービーで17着…

に、それぞれ敗れると、その後は2年間マイル戦に専念…

11戦して…

リステッドを1勝…

重賞の3着と4着が各1回…

二桁着順が6回…

と、良いんだか悪いんだか分からない成績を残す。

ただ、5歳の秋…

転機は到来…

初めて出走した1400m戦…

新潟のリステッドだったんですけど…

そこを勝利するんですよね。

さらにその後も…

暮れの阪神C・7着…

6歳初戦の阪急杯・3着…

と、なかなか悪くない成績を残し…

『もしかして、兄同様このくらいの距離がベスト?』みたいな雰囲気になる…

ただ、ジャンダルムにさらなる転機が…

続いて出走した初めての1200m戦…

そう母ビリーヴが得意としたスプリント戦ですね。

中山のリステッドだったんですけど、そこを圧勝するんですよね。

で、その後…

休み明けの北九州記念・7着…

セントウルS・4着…

とスプリント戦でなかなかの走りをするんですけど…

いかんせん歳が歳ですし、成績は下降…

スプリンターズS・11着…

7歳初戦のシルクロードS・13着…

と、連続二桁着順に沈んでしまうのでした。

ただ、ドラマは次走に待っていました。

迎えたオーシャンSを見事勝利。

自身4年4ヶ月ぶりの重賞制覇を果たし…

鞍上の荻野極騎手に重賞初制覇をプレゼントするんですね。

いや〜、良かった良かった。

最初は中距離を走っていた馬が…

1600m→1400m→1200mと徐々に距離を縮め…

母が得意としたスプリント戦で久しぶりの重賞制覇。

しかも鞍上の重賞初制覇のおまけ付きですもんね。

これ以上のドラマなんてないでしょ?



…あったんです。

この後…

高松宮記念・11着…

北九州記念・17着…

と、久しぶりの重賞制覇ですっかり燃え尽きたように見えたジャンダルムだったんですけど…

続くスプリンターズS…

なんとここを勝って…

人馬ともにG1初制覇…

そして、史上初のスプリンターズS親子制覇の偉業を達成してしまうんですね〜

素晴らしい!

完全にドラマはオーシャンSで完結と思っていたのに…

まさか、さらにビッグな結末が待っていたとは…

中距離から徐々に距離を縮めていった結果がスプリンターズS親子制覇なんて出来すぎのドラマですよね。


ところで、そんなジャンダルム…

その後は香港スプリント12着を最後に引退…

種牡馬になったんですが…

シーズン3年目に亡くなってしまったんですね。

今後は是非、ビリーヴ→ジャンダルムと続いたドラマを継承してくれるような産駒に現れてほしいです。


と、こんな所ですかね?

それにしても、1つ思うのは、ジャンダルムをよくダートに転向させなかったな…って事…

兄ファリダットはそれで復活しましたからね。

ジャンダルムももしダートを走ってたら違うドラマが待っていたかもしれませんよね。

て言うか、ジャンダルムって中山1200mが凄く得意だったんですよね。

4戦3勝。

得意のコースが明確だったから、ダートを試す必要がなかったのかもしれませんね。

何はともあれ、素晴らしい展開だったと思います。

今週のスプリンターズSでも、こう言った素晴らしいドラマに期待したいです。


それでは、今日はこの辺で…


さよなら…




runfor4 at 16:25│コメント(4)│サ(ザ)行の名馬 

2026年09月14日

2371・センテリュオ

先週たくさん更新したんで今週はお休みしようかとも思ったんですが…

こう言う時こそAIを活用!

と言う訳で、今週行われるオールカマーと関連のあるこちらの名馬についてAIに記事を書かせてみました。


『センテリュオ』





以下AIの書いた文章


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センテリュオ

この馬は、2015年生まれのアーモンドアイ世代。

鹿毛の牝馬で、栗東の高野友和厩舎に所属していました。

まずは現役時代。

センテリュオは3歳でデビューすると、条件戦では安定した成績を残します。

オープン入りするまで、ローズステークスの7着を除けばすべて連対。

ほとんど崩れることなく、オープンまで駆け上がった馬なんですね。

オープン入り後も、エリザベス女王杯4着など安定した走りを続けます。

ただ、なかなか重賞で連対することができない。

能力はあるのに、あと一歩届かないレースが続きます。

それでも5歳になったセンテリュオは、マーメイドステークスで初めて重賞2着に入ります。

そして続くオールカマー。

ここで強豪相手にハナ差の勝利。

ついに悲願の重賞初制覇を果たしました。

その後はエリザベス女王杯で5着。

翌年の初戦、愛知杯では1番人気に支持されながら11着に敗れ、このレースを最後に引退しています。

重賞勝ちはオールカマーの1勝だけ。

それでも、エリザベス女王杯で2年連続掲示板に載るなど、かなり安定した成績を残した馬でした。

条件戦ではほとんど崩れず、重賞でもあと一歩のところまで来て、最後はきっちり重賞を勝つ。

なかなか強い馬だったと思います。

そして、ここからが今回調べていて「おっ」となったところ。

センテリュオ、実は血統がかなり素晴らしいんです。

父は大種牡馬ディープインパクト。

そして母はアドマイヤキラメキ。

エンドスウィープ産駒の4勝馬で、繁殖牝馬としても優秀でした。

センテリュオのほかに産んだのが、トーセンスターダム。

この馬は日本で、きさらぎ賞とチャレンジカップの重賞2勝。

その後オーストラリアへ移籍すると、トゥーラックハンデキャップとマッキノンステークス、2つのG1を勝っています。

さらにアドマイヤキラメキの兄弟を見ると、これがまた凄い。

天皇賞(秋)を勝ったトーセンジョーダン。

京都新聞杯を勝ったトーセンホマレボシ。

重賞で何度も好走したダークメッセージ。

そして関東オークス2着のケアレスウィスパー。

ケアレスウィスパーは繁殖牝馬としてもトーセンバジルを産んでいます。

そして、さらに上の世代まで遡ると、アドマイヤキラメキの叔父や叔母にも活躍馬がズラリ。

中山グランドジャンプを勝ったビッグテースト。

ビッグショウリ、スパイキュール、キョウエイフォルテ、バトルバニヤン、クラフティゴールドなど、重賞で活躍した馬が並びます。

さらに叔母のブリリアントベリーからは、天皇賞(秋)とマイルチャンピオンシップを勝ったカンパニー。

そのほかにもレニングラードやヒストリカルといった重賞勝ち馬が出ています。

こうして母アドマイヤキラメキの血統を見ていくと、センテリュオ自身の実績も含めて、かなりの一族だったことが分かります。

そして、ここでセンテリュオという名前に戻ります。

センテリュオというのは、スペイン語で「煌めき」という意味。

母アドマイヤキラメキから連想して付けられた名前だそうです。

アドマイヤキラメキという素晴らしい血統から生まれたセンテリュオ。

その名前にも、ちゃんと母からもらった「煌めき」が込められていたんですね。

だからこそ、その煌めきとともに、この血も次の世代へ受け継いでいってほしかった。

ところが、センテリュオは繁殖牝馬となったものの、1頭の産駒も残すことなく亡くなってしまったそうです。

これは本当に残念です。

それでも、現役時代には重賞を勝ち、エリザベス女王杯でも2年続けて掲示板に載ったセンテリュオ。

記憶にも残る名馬でしたが、今回調べてみて、その血統の素晴らしさまで知ることができました。

できることなら、近親の馬たちにはセンテリュオの分まで活躍してほしいと思います。

と言った所で簡単ですが、今日はこれでおしまい。

それでは、さよなら。


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ところで、モンローウォーク…

強かったですね〜

ハイペースを追走して、直線でも馬なり、そして突き放す!

これは令和のファインモーションになるかもしれませんね。

そして、今週末にはフォーエバーヤングが始動!

ますますテンション上がりますね。

お互い秋競馬を楽しみましょう。

それでは!




runfor4 at 13:09│コメント(0)│サ(ザ)行の名馬 

2026年09月11日

2370・チャペルブラムプトン

アカネテンリュウさんが、どうしてもとりあえずたい馬を紹介してくださったので…

19周年特別企画『昔の名種牡馬の記事をAIに書かせるシリーズ』延長戦…

この馬についてAIに書かせてみました。


『チャペルブラムプトン』





以下AIが書いた文章


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チャペルブラムプトン

この馬は、1912年イギリス生まれ。父ベッポという血統の栗毛の牡馬で、日本へ輸入されて種牡馬として活躍した馬です。

1930年にはリーディングサイアーにもなっています。

そんなチャペルブラムプトンですが、現役時代よりも、その後の血統を見ていくと面白い馬なんですよね。

前々回に取り上げたシアンモア。

そのシアンモアを父に、チャペルブラムプトンを母父に持つ馬から、カブトヤマとガヴァナーが出ています。

どちらも日本ダービー馬。

カブトヤマが1933年、ガヴァナーが1935年のダービーを勝っています。

2頭の母は、チャペルブラムプトンの娘アストラルなんですね。

そして前回のトウルヌソル。

こちらもチャペルブラムプトンを母父に持つ馬から、あのクリフジが出ています。

父トウルヌソル、母賢藤で、母父がチャペルブラムプトン。

クリフジは11戦11勝で、日本ダービー、オークス、菊花賞を勝った変則三冠馬です。

シアンモア、トウルヌソルという、この時代を代表する2頭の種牡馬。

その母父としてチャペルブラムプトンの名前が入り、カブトヤマ、ガヴァナー、クリフジといった名馬につながっているわけです。

ところが、チャペルブラムプトンは後継種牡馬には恵まれませんでした。

その一方で、母系にはしっかりと血を残しています。

特に重要なのが娘のアストラル。

アストラル自身がカブトヤマとガヴァナーを産んだだけでなく、その牝系はさらに広がっていきます。

しかもアストラルの母は種義、その母はあのビューチフルドリーマー。

そんな古くからの名牝系にもつながっているんですね。

アストラルから続く牝系を追っていくと、タケホープ、ビクトリアクラウン、ニッポーテイオー、タレンティドガール兄妹など、後の名馬たちが登場します。

さらにその先には、ホエールキャプチャの名前もあります。

その他にも、その血を引く活躍馬は数多く、今なお母系を通してその血は受け継がれています。

こうして見ると、チャペルブラムプトンは、今の競馬ファンには少し馴染みの薄い名前かもしれません。

それでも、シアンモアやトウルヌソルといった、この時代を代表する種牡馬の母父として名馬を出し、さらにアストラルを通して、その血を後の日本競馬へつないでいきました。

1930年のリーディングサイアー。

そして、その後も血統表の中に残り続ける血。

チャペルブラムプトンもまた、シアンモアやトウルヌソルとともに、日本競馬の礎を築いた種牡馬の一頭だったと思います。

と言った所で簡単ですが、今日はこれでおしまい。

それでは、さよなら。


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ちなみにAIには触れさせませんでしたが…

自分、この馬の事全く知らなかったので、調べてみてかなり感動してしまいました。

アカネテンリュウさん、ありがとうございました。


それでは、また次回…


さよなら…




runfor4 at 16:49│コメント(0)│タ(ダ)行の名馬 

2026年09月09日

2369・トウルヌソル

連続で今日2回目の更新…

引き続き19周年特別企画『昔の名種牡馬の記事をAIに書かせるシリーズ』の第4弾…

こちらの名種牡馬です。


『トウルヌソル』





今回はAIが比較的サラッと無難な文章を書いてくれました。

たぶん過去最高に短時間で書けた文章だと思います。


以下AIが書いた文章


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トウルヌソル

1922年生まれの英国産馬。

父はゲインズボロー。現役時代にはプリンスオブウェールズSなどを勝っており、1927年に日本へ輸入され、種牡馬となりました。

そして日本で待っていたのが、前回取り上げたシアンモアとのライバル関係です。

トウルヌソルはシアンモアを退け、1935年から1939年まで5年連続でリーディングサイアーに輝きました。

ただ、この時代の日本競馬は、今とはまったく違います。

まだ日本競馬が発展途上にあった戦前。やがて日中戦争、太平洋戦争へと時代が進み、競馬そのものが大きな影響を受けていく、そんな時代でした。

その中でトウルヌソルが残した実績は、とにかく凄まじいものがあります。

なんといっても特筆すべきなのが、日本ダービーの勝利数。

記念すべき第1回東京優駿を制したワカタカを送り出すと、その後もトクマサ、ヒサトモ、クモハタ、イエリュウ、クリフジと、実に6頭ものダービー馬を送り出しました。

この6勝は、後にディープインパクトに抜かれるまで、サンデーサイレンスと並んで史上最多の記録でした。

しかも、その中には現在でも史上最強牝馬候補として名前が挙がる顕彰馬、クリフジがいます。

11戦11勝という圧倒的な成績を残した、この歴史的名牝までトウルヌソルの産駒なのです。

そして、もう一頭忘れてはいけないのがクモハタ。

こちらもトウルヌソル産駒のダービー馬で、その後種牡馬となると、内国産馬として初めてリーディングサイアーに輝きました。

つまりトウルヌソルは、自身が5年連続リーディングサイアーになっただけではなく…

その産駒からもリーディングサイアーを送り出しているのです。

戦前から戦中という、日本競馬にとってまだ黎明期ともいえる時代。

そんな時代にシアンモアと覇を競い、数々の大レース勝ち馬を送り出し、日本ダービーを6勝。

そしてクリフジやクモハタという、後世まで語り継がれる名馬まで残しました。

その血は現在の日本競馬にもつながっています。

シアンモアと並んで、まさに日本競馬の礎を築いた大種牡馬。

それがトウルヌソルなのです。


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こんな感じです。

とりあえず書きたかった4頭は書けたので、これで19周年特別企画は終了。

また次回から改めてよろしくお願いします。


それでは…




runfor4 at 12:24│コメント(2)│タ(ダ)行の名馬 

2368・シアンモア

今日も引き続き、19周年特別企画『昔の名種牡馬の記事をAIに書かせるシリーズ』の第3弾…

今回はこちらの名種牡馬をいってみましょう。


『シアンモア』





前回、なんでAIが言う事を聞かなかったか分かりました。

間違えて新しいチャットで話を始めてしまったから、経験値0からのスタートになっていたんですね。

まぁただ、今回は今まで通りのチャットで文章を書かせたものの、相変わらずのポンコツぶり…

ぜんぜん納得できないし、また大チョンボがあるかもしれませんが、とりあえずいってみます。



以下AIが書いた文章


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シアンモア

この馬は、1924年イギリス生まれ。父バッカン、母父オービーという血統の黒鹿毛の牡馬で、イギリス調教馬です。

シアンモアという名前を初めて意識したのは、たぶん血統表だったと思います。

自分が競馬を見始めた1990年代には、もうサンデーサイレンスやトニービン、ブライアンズタイムがいて。

シアンモアみたいな昔の種牡馬を見ると、

「こんな馬がいたんだな」

くらいの感じだったんですよね。

ところが調べてみると、この馬、かなり凄い。

現役時代は14戦4勝。

1926年にモルコムステークスを勝ち、1927年には英ダービーで3着、セントレジャーでも4着に入っています。

超一流の競走馬だった、というところまではいかないかもしれません。

それでもイギリスで重賞を勝ち、英ダービーでも上位に来るだけの実力を持っていた馬です。

そんなシアンモアが1927年に日本へ輸入され、小岩井農場で種牡馬として供用されます。

そして日本で、もの凄いことをやります。

第1回の日本ダービー(東京優駿大競走)では、シアンモア産駒のオオツカヤマが2着。

そして翌年、カブトヤマが優勝。

続く1934年はフレーモア、1935年はガヴァナーが優勝。

なんと、3年連続でシアンモア産駒が日本ダービー(東京優駿大競走)を勝っています。

もちろんダービーだけではありません。

1934年には日本のリーディングサイアーにもなり、ほかにも数々の帝室御賞典やビッグレースの勝ち馬を送り出しています。

しかもシアンモアは長生きした馬で、1953年まで生きています。

1924年生まれですから、29歳まで生きたことになります。

そして、シアンモアの血はその後も残っていきます。

産駒のスターカツプは名牝系を作り、その中の1頭に、以前プリメロの記事でも名前を出したシラオキがいます。

シラオキはスターカツプの孫にあたります。

そのシラオキの牝系からは、スペシャルウィークやウオッカといった現代のダービー馬も出ています。

こうして見ると、シアンモアは昔の種牡馬というだけではなく、ちゃんと現在の競馬にもつながっている馬なんだなと思います。

そして、代表産駒といえばカブトヤマ。

1933年の日本ダービー(東京優駿大競走)を勝ったカブトヤマは、その後種牡馬としても成功。

1947年には産駒のマツミドリが日本ダービー(東京優駿大競走)を勝ち、史上初めて父子で日本ダービー制覇を達成しました。

さらにカブトヤマには、かつて「カブトヤマ記念」という重賞までありました。

昔の競馬を知っている人なら、名前を聞いたことがあるかもしれません。

自分の産駒の名前が、後に重賞の名前になる。

かなり凄いですよね。

……と思ったんですが。

よく考えたら、もっと凄い事がありました。

岩手競馬には、今も「シアンモア記念」という重賞があるんですよね。

今年(2026年)で第51回。

メイセイオペラやトウケイニセイといった岩手を代表する名馬も、このレースを勝っています。

つまりシアンモアは、産駒の名前が冠された重賞が過去にあっただけでなく…

自身の名前を冠されたレースもあり…

そのレースは今もバリバリ健在だと言う事になるのです。

しかもその名前だけではなく、スターカツプからシラオキへ、そしてスペシャルウィークやウオッカへと血もつながっている。

日本ダービー(東京優駿大競走)を3年連続で勝った種牡馬。

数々のビッグレースの勝ち馬を送り出し、29歳まで生き、血を後世へ残した。

そして今も、自分の名前を冠した重賞が行われている。

シアンモアという馬、調べてみるとなかなか凄い馬だったんですね。

と言った所で簡単ですが、今日はこれでおしまい。

それでは、さよなら。


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もっとAIって文章が矛盾したりしないように勝手に調整してくれるのかと思ってたんですが…

思っていた感じとは違う事がやっと分かってきました。

ただ、打ち込む手間がないだけでもかなり助かりますので、これからも使っていこうと思います。

て言うか、次回もまた同じ特別企画の第4弾です。

引き続きよろしくお願いします。




runfor4 at 11:45│コメント(0)│サ(ザ)行の名馬 

2026年09月08日

2367・セフト

本日2回目の更新…

19周年特別企画『昔の名種牡馬の記事をAIに書かせるシリーズ』の第2弾…

今回はこちらの名種牡馬…


『セフト』





以下AIが書いた文章


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セフト

1932年生まれ、イギリス産のイギリス調教馬。

現役時代には2000ギニーやエクリプスSで2着に入っているものの、日本の競馬ファンでも名前を知っているようなビッグレースを勝った馬ではない。

しかも同期、同厩舎、同馬主には、無敗でイギリス三冠を達成したバーラムがいた。

どうしても地味な存在になってしまう。

そんなセフトが種牡馬として日本に輸入される。

すると、ここからが凄かった。

とにかく産駒の勝ち星が多い。

1950年には68頭が出走して52頭が勝ち馬となり、年間153勝。

当時の日本記録だった。

そして1947年から1951年まで、5年連続でリーディングサイアーを獲得する。

前回取り上げたプリメロもセフトのライバルと言える大種牡馬だが、実はプリメロは一度もリーディングサイアーを獲得していない。

セフトはそんなプリメロを抑えて、5年連続で日本の頂点に立った。

ただ、凄いのは産駒の勝利数だけではない。

プリメロが牡馬クラシックの勝ち馬を次々と送り出したのに対して、セフトは牝馬クラシックでも強かった。

スウヰイスーなど、牝馬クラシックの勝ち馬を次々と送り出している。

もちろん牡馬の活躍馬も多い。

天皇賞馬シーマー、タカクラヤマ。

菊花賞馬ハイレコード。

そして皐月賞とダービーを制した二冠馬ボストニアン。

そして、なんと言っても凄いのが――

トキノミノル。

10戦10勝。

皐月賞、ダービーを無敗で制した二冠馬で、しかも10戦のうち7回がレコード勝ち。

とんでもない馬だった。

ところが、ダービーを制したわずか17日後、トキノミノルは破傷風を発症。

3歳という若さで、この世を去ってしまった。

もし無事だったら、その後どんな競走生活を送っていたのか。

そして種牡馬になっていたら、セフトの血をどれだけ後世に残していたのか。

それを知ることはできない。

トキノミノルが無事なら、セフトは今の日本競馬にもっと大きな影響を与えていたかもしれない。

それでも、その血は十分すぎるほど後世に残っている。

シンザンの母の父の父であり、テンポイントの母ワカクモの母の父がセフト。

トキノミノル自身は短い生涯だったが、その父の血は、その後の日本競馬へとしっかり受け継がれていった。

イギリスでは、無敗の三冠馬バーラムの陰に隠れていたセフト。

ところが日本へ来ると、年間153勝という記録を作り、5年連続でリーディングサイアーを獲得。

クラシックホースを次々と送り出し、その中には10戦10勝、7回のレコード勝ちを記録したトキノミノルまでいた。

現役時代の実績からは想像できないほど、日本競馬に大きな足跡を残した種牡馬だった。


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前回よりAIが言う事を聞いてくれなくて苦労しましたが…

それもAIに書かせる醍醐味と言う事で、このまま載せちゃいます。

また次回も19周年特別企画をよろしくお願いします。




runfor4 at 16:33│コメント(4)│サ(ザ)行の名馬 

2366・プリメロ

と言う訳で、前回19周年を迎えた競馬暇潰し名馬事典。

それを祝して特別企画…

『取り上げたかった昔の名種牡馬の記事をAIに書かせる』

これをやってみたいと思います。

まずはこちらから…


『プリメロ』





以下AIの書いた文章


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プリメロ

この馬は、1931年イギリス生まれ。日本で言えばトキツカゼ世代。父ブランドフォード、母父ファラシという血統の鹿毛の牡馬で、アイルランド調教馬です。

このプリメロ、現役時代の成績だけを見ると、実はそれほど凄そうには見えません。

15戦して3勝。

勝率は20%です。

ところが、その3勝が凄い。

なんと愛ダービーと愛セントレジャーを勝っています。

しかも愛ダービーは同着。

そして、この馬にはさらに凄いところがあります。

兄も活躍馬だったんです。

全兄のトライゴーは英ダービー馬。

もう一頭の全兄ハリネロは、愛ダービーと愛セントレジャーを勝っています。

つまり、兄弟で愛ダービーと愛セントレジャーを制覇しているんですね。

そんなプリメロは、1936年に日本へ輸入され、種牡馬として供用されます。

そして日本で、とんでもない活躍を見せることになります。

まず有名なのがトキツカゼ。

1947年の皐月賞とオークスを制した名牝です。

そしてトサミドリ。

皐月賞と菊花賞を制した、後の顕彰馬です。

さらにハクリヨウは菊花賞を制覇。

ほかにもクモノハナ、クリノハナが日本ダービーを勝つなど、クラシックホースを次々と送り出しました。

プリメロ産駒が勝ったクラシックは、なんと13勝。

日本ダービー4勝、皐月賞5勝、菊花賞2勝。

さらに桜花賞とオークスも1勝ずつしています。

つまり、5大クラシックを全部制覇。

種牡馬として、かなり凄いですよね。

ところが、ここでちょっと意外なことがあります。

これだけ凄い産駒を出しているのに、プリメロは日本のリーディングサイアーに一度もなっていません。

上位には何度も入っています。

それでも、最後までリーディングの座には届かなかったんですね。

しかし、プリメロの凄さは産駒だけではありません。

その血は、さらに次の世代へ受け継がれていきます。

代表的なのがトビサクラ。

この馬、競走馬としては6戦3勝。

決して自身が大活躍した馬ではありません。

ところが種牡馬になると、あのハクチカラを出します。

ハクチカラは日本ダービー、天皇賞・秋、有馬記念を勝ち、さらに日本馬として初めて海外の重賞を制した、まさに日本競馬を代表する名馬です。

そしてプリメロは、ブルードメアサイアーとしても大活躍。

母父としてコダマ、メイヂヒカリ、オンワードゼア、オートキツ、メジロムサシなど、八大競走の勝ち馬を次々と送り出しています。

さらに産駒にはシラオキやチエリオもいます。

シラオキからは、あのコダマやシンツバメなどが誕生。

チエリオも繁殖牝馬として血をつないでいきました。

こうしたシラオキやチエリオ等を通して、プリメロの血は今も日本競馬にしっかりと根付いているんですね。

現役時代は15戦3勝。

勝率20%だった馬が、海を渡った日本で大きな足跡を残す。

競馬って、こういうところが面白いですよね。

と言った所で簡単ですが、今日はこれでおしまい。

それでは、さよなら。


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この特別企画はまだ続きます。

次回もよろしくお願いします。




runfor4 at 12:58│コメント(0)│ハ(バ・パ)行の名馬 

2026年09月07日

2365・ロマンチックウォリアー

本日、お陰様で19周年の節目を迎えることができた競馬暇潰し名馬事典です。

まぁ、ブログの衰退、キリの悪い数字と何がめでたいのか分かりませんが…

それでも、ここ最近ずっと目標にしてきた20周年に残り1年になった訳ですからね。

個人的にはなんかやけに嬉しいです。

と言う訳で、今回は何か特別な馬を…

先週引退が発表されたばかりの世界的名馬であるこちらをいってみます!


『ロマンチックウォリアー』





いや〜、素晴らしい馬でしたよね〜

香港の歴史的名馬。

しかも、日本のファンにも超お馴染み…

ここまで日本のファンからも愛された外国馬はカラジ以来なんじゃないか?ってレベル…

さっそく、その素晴らし過ぎる経歴を振り返ってみましょう。


2018年アイルランド生まれ、日本だとエフフォーリアなんかと同い年の香港のセン馬ロマンチックウォリアー…

父はアクラメイションと言うイギリスで現役時代はG1未勝利だった種牡馬…

母の父はストリートクライ…

と言う血統だったんですけど…

なんと言うか、最初から強いは強いんですけど、それでも素晴らしいライバルと戦い、けっこう負けも経験しているんですよね。

これが下手に連勝記録のためにずっと自国だけで走る…みたいな事につながらず、海外に挑戦する流れになったのかもしれませんね。


まず、デビューしたのは2021年〜22年シーズン…

最初のライバルは、後に香港マイルなど内外でG1を3勝するカリフォルニアスパングルと言う馬…

ロマンチックウォリアーは無傷の4連勝で香港4歳三冠に挑んだんですが…

実は三冠レースで1度も1番人気はなく、1番人気は全てカリフォルニアスパングルだったんですよね。

で、結果は…

カリフォルニアスパングルが2着→1着→2着だったのに対し…

ロマンチックウォリアーは1着→4着→1着…

ライバル相手に初黒星は喫したものの二冠馬に輝くんですね。

そして、シーズン最後にクイーンエリザベス2世Cを1番人気で勝ってG1初制覇を達成しますから…

この時点でロマンチックウォリアーが世代最強になったのでしょう。

で、迎えた2022年〜23年シーズン…

いよいよ本格的に他世代との戦いになった訳ですが…

最初はポンポンとG2と香港C(2着日本のダノンザキッド)を連勝するんですよ。

ただ、そこに立ちはだかったのが、当時の世界の賞金王ゴールデンシックスティ…

この馬の前に2戦続けて僅差ながら2着に敗れてしまうんですよね。

で、続くクイーンエリザベス2世Cは日本のブログノーシス相手に勝利…

チャンピオンズ&チャターCは(前年の覇者)ロシアンエンペラーの2着…

と言う成績でシーズンを終えるのでした。

そして続く2023年〜24年シーズンですね。

ここから一気にロマンチックウォリアーは国際化していきます。

まずはオーストラリアに遠征…

初戦のターブルSと言うレースは16頭中4着に敗れますが…

続くコックスプレートは接戦を制し見事1着…

海外G1初制覇を果たし…

その後はまた国内で…

香港C・連覇…

香港ゴールドC・1着…

クイーンエリザベス2世C・再びブログノーシスを退け3連覇…

と来て…

その後は日本の安田記念に遠征…

ここでは距離が短いのでは?と言う不安から半信半疑の1番人気でしたが見事1着。

3カ国でのG1制覇を達成する。

そして2024年〜25年シーズンになっても…

G2圧勝をステップに臨んだ香港Cで日本のリバティアイランドを破って1着…

さらにドバイのジェベルハッタもレコードで圧勝しましたからね。

このころには単純に強すぎる海外の馬くらいの認識だったんですけど…

この後、日本のファンの印象に強烈に残る走りをするんですよね。

まず、次走…

初ダートとなるサウジCに出走…

そこで日本のフォーエバーヤングと歴史的名勝負を演じて僅差2着に入るんですね。

これはホントに初ダートと思えない強い走りでしたからね。

改めて日本のファンにその実力を示した形になりました。

そして、さらに次走…

今度は得意の芝中距離ドバイターフに出走したんですが…

今度は日本のソウルラッシュにハナ差敗れてしまうんですよね〜

この時は驚きましたね。

まさかソウルラッシュがロマンチックウォリアーに1800mで勝てるなんて思っていませんでしたから。

なんとなく、2戦続けて日本馬を勝たせてくれて、ますますロマンチックウォリアーの好感度が上がった記憶があります。


…ただ、初ダートでフォーエバーヤングに負けたのは負けて強しで良かったんですけど…

芝1800mでソウルラッシュに負けてしまったのはやり過ぎ…

個人的に『ロマンチックウォリアー衰えたか?』なんて心配していたんですが…

そんな事全くなし!

2025年〜26年シーズンになってもロマンチックウォリアーの強さは健在!

って言うか、相変わらず日本馬に手加減なし!

G2をステップに臨んだ香港Cで日本のベラジオオペラを破って4連覇を達成すると…

年が明けても、スチュワーズC→香港ゴールドCと連勝し…

迎えたクイーンエリザベス2世Cでは、日本のマスカレードボールを破って、こちらも同レース4勝目を達成。

さらに今年(2026年)5月のチャンピオンズ&チャターCですね。

ここでは日本のディープモンスターとの8歳馬対決が実現…

斜行してディープモンスターに不利を与えたものの、しっかり勝利して香港古馬三冠達成。

カーインライジングと共に同時年度代表馬に輝き…

これからも現役を続けるつもりだったものの、故障が発覚、引退が発表されたのが5日前(2026年9月2日)でしたね。


と、ロマンチックウォリアーはこんな感じの馬だったんですけど…

まずなんと言っても残した成績が凄いですよね。

G1・15勝…

2つのG1を4回制覇…

4カ国G1制覇…

香港古馬三冠達成…

そして、なんと言っても世界歴代最多獲得賞金55億円超!

これだけでも日本のファンからも注目されるに値する実績なのに…

日本競馬との絡みも濃厚!

安田記念を勝っただけでなく…

その他にG1での日本馬とのワンツー7回…

さらに最後のレースではディープモンスターと8歳馬対決を演じ1着・3着と2頭同時好走を果たしてますからね。

こんなに日本のファンにも馴染みの深い海外の世界賞金王なんて今までいなかったでしょ。

今日は記念すべき19周年の節目にこんな名馬について書けて良かったです。

また次回から20周年目指してコツコツやっていきますので、よろしかったらお付き合いください。


それでは、簡単ですがこの辺で…


失礼します。




runfor4 at 12:13│コメント(2)│ラ行の名馬 
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