無題

2016年08月25日

1535・ヤマニンメルベイユ

と言う訳で、地方馬シリーズに向けての回数調整でやっていたヤマニン軍団シリーズも今回で最終回…

最後はこちらの馬をいってみましょう。


『ヤマニンメルベイユ』





…と始めてみたものの…

実は自分、あまりこの馬に思い入れがないんですよね…

なもんで、これだけのけっこうな人気馬をここまで取り上げないできてしまったんですけど…

…って言うか、実際今回調べる時も本気で『あれ?ヤマニンメルベイユだっけ?ヤマニンベルメイユだっけ?』と悩み、最初にヤマニンベルメイユで検索しちゃったくらいですからね…

ちょっとどうやって書いていいか分からないんですけど、とりあえず深く考えず簡単に成績を紹介させてもらいたいと思います。


2002年生まれ…

シーザリオやラインクラフト・エアメサイアと同い年…

…と言うより、ディープインパクト世代の牝馬ヤマニンメルベイユ…

デビューは3歳の5月とけっこう遅かったんですね…

で…

デビュー戦4着→4ヶ月休養→2戦目でメイショウトウコンをハナ差破って1着…

って形で初勝利を挙げたんですけど…

そこからはなかなか有望な感じ…

いきなりローズSで4着に好走すると…

続く暮れの500万下こそ10着に敗れるものの…

4歳になり…

2着・2着・3着・1着・1着・4着・1着・1着と8月にオープン入り…

重賞にも手が届きそうな形になる…

ただ、ここからはしばらく足踏み…

5歳の11月までG3だけを7戦するも、3着が3回あるだけで未勝利…

年齢も年齢だけに重賞制覇に黄信号が灯ったような状況になってしまう。

それでも諦めないヤマニンメルベイユ…

また1から出直し、5歳暮れから6歳のはじめにかけてオープン特別に出走し9着・3着と言う成績を残すと…

6歳からコンビを組みだした柴山騎手とよっぽど手が合ったのか、ここでようやく全盛期に突入!

中山牝馬S・1着…

福島牝馬S・4着…

ヴィクトリアマイル・4着…

クイーンS・1着…

と、素晴らしい成績を残すまでになるんですね〜

で、ここまでで全盛期は終了…

その後は故障などもあり、7歳暮れまで走るも3着と7着が1回ずつあるだけで他は全て二桁着順に敗れて引退する事になるのでした。


…と、ヤマニンメルベイユはこんな感じの成績の馬だったんですけど…

なんとなく『なぜ人気があったのか』それと『なぜ自分はあまり思い入れがないのか』が分かった気がします。


まず、ヤマニンメルベイユの人気の理由…

それはなんと言っても『メジロマックイーン産駒であったから』と言うのが大きい気がするんですよね…

しかも、父を思い出させる遅咲きな感じがまたいいじゃないですか?

3歳の秋に初勝利を挙げ…

全盛期は6歳春…

そんなマックイーンの娘…

素晴らしいですよね…

その他にも名前の響きだったり、柴山騎手とのコンビも良い味出してるじゃないですか?

人気があったのも分かります。


…ただ、1つ自分の中で残念でならない点が1つあるんですよね…

それはヤマニンメルベイユの毛色が芦毛じゃなくて栗毛だった事…

まぁ、これに関しては捉え方が人それぞれで、逆に『プラス材料』って人も多いとは思うんですが…

自分にとっては、やはり『メジロマックイーンの娘』って感じが薄れてしまってマイナス材料なんですよね…

それと、さっきは人気の理由の1つとして挙げた『名前』…

これも若干のマイナス材料なんです…

なぜかと言うと…

ヤマニンメルベイユって…

1歳上にトウカイテイオー産駒のG1ホース・ヤマニンシュクル…

1歳下にオープン2勝で一緒にヴィクトリアマイルにも出走したヤマニンエマイユ…

こう言った馬がいたんですよ…

ヤマニンシュクルとは『テイオーの娘とマックイーンの娘』って事で若干キャラがかぶっているし…

ヤマニンエマイユとは名前と出走したレースがかぶっている…

これらが印象を薄くしてる気がするんですよね〜

特にヤマニンエマイユとはホント現役時代どっちがどっちか分かっていませんでしたからね…

その存在は大きかった気がします。


…と、なんだか嫌な事ばかり書いてしまいましたが、今回ヤマニンメルベイユについて調べてみて、その魅力を再確認できた事も事実…

これからは母の分までその産駒達を応援していきたいと思います。


と言った所で、ヤマニン軍団シリーズはこれでおしまい。

次回からは1550回更新に向け地方馬シリーズを始めたいと思っておりますので、よろしかったらまたお付き合い下さい。


それでは…


さよなら…


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巻末ミニコーナー

競馬なんでもクエッション・その35

『同じ冠名で父同士がライバルだった2頭って何か思い浮かびますか?』


フサイチリシャールとフサイチホウオー

…意外と難しい…




runfor4 at 18:27コメント(13)トラックバック(0)ヤ行の名馬 

2016年08月24日

1534・ヤマニンバイタル

いや〜、8月って意外とわさわさ忙しい月なんですね…

すっかり更新速度が落ちてしまいました…

しかも、気付けばもうすぐでブログ開始9周年も迫っているんですよね…

もう1550回更新までのスケジュールも決めちゃってるんで、またいろいろ考え直さないといけないんですが…

何はともあれ、次に予定している地方馬シリーズに向けての回数調整…ヤマニン軍団の馬を引き続きやっていきたいと思います。

今回はこちらの馬…


『ヤマニンバイタル』





この馬は…

自分が競馬を見始めた頃の活躍馬で、名前は聞いた事あった気がしたんですが、今まで全くどんな馬か知らなかったんですよね…

でも、調べてみてビックリ!

ヤマニン軍団にこんな凄い馬がいたんですね。

とりあえず、どんな馬だったのか簡単に紹介させてもらいたいと思います。


1990年生まれ…

ビワハヤヒデやベガなんかと同世代のヤマニンバイタル…

デビューは3歳の8月とかなり遅くなってしまったんですけど…

4着→2着と来て、3戦目となった10月末の芝2000m戦を圧勝して初勝利を挙げると…

半年休養→ダート1200m戦9着→半年休養…

と、またほぼ丸1年まともに走れなかったものの…

4歳10月に復帰した後はなかなかの成績…

500万下で1着・2着・1着と好走し…

いきなり当時暮れのG2だった鳴尾記念(2500m)でスターマンの2着に好走!

さらに5歳になっても…

日経新春杯・5着…

目黒記念・4着…

と重賞で好走し…

その後は…

準オープンで2着・1着…

オープン特別で3着…

5ヶ月休養…

オープン特別・1着…

と順調に出世…

かなり今後が楽しみな状況だったと思うんですが…

そんなヤマニンバイタルの活躍もここまで…

そこから1年休養すると…

復帰戦のオープン特別で4着したのを最後に引退する事になってしまうのでした…


…と、重賞未勝利馬ながら、生涯で掲示板を外したのは休み明けに加え明らかに適性外だったダート短距離戦の1度だけと言うなかなか底知れない成績のヤマニンバイタルだったんですが…

まぁ、ぶっちゃけ競走成績の方はそれほどインパクトを感じなかったんですよね…

では、ヤマニンバイタルのどんな所にインパクトがあったのかと言うと…

なんて言ったらいいんだろう?

競走成績以外のプロフィールって言ったらいいんですかね?

そこにインパクトがあったんですよね…


まず、このヤマニンバイタル…

実はニュージーランド生まれだったんです…

そう、日本とは繁殖のシーズンが半年違う南半球のニュージーランド…

なもんで、ヤマニンバイタルの誕生日は10月…

これがデビューがここまで遅くなった理由の1つなんだと思います。

そして、そんなヤマニンバイタルの血統…

これがまたインパクトがあるんですよね…

ズバリ!父サートリストラム!

このサートリストラムと言う種牡馬…

今まで全然知らなかったんですけど、欧米で現役生活を送り19戦2勝、重賞未勝利と言う成績ながら『南半球のノーザンダンサー』と呼ばれるほどオセアニアで種牡馬として大成功した馬だったんですってね!(ちなみに父はサーアイヴァー)

そんな日本では聞きなれないけど(自分だけ?)南半球ではノーザンダンサー級の活躍をした種牡馬を父に持つヤマニンバイタル…

なんと引退後はニュージーランドで種牡馬生活を送る事になるんです。

…と、ここまではたまにあるパターンの話なんですが…

自分がビックリしたのはこの後の展開!

なんとヤマニンバイタル…

ニュージーランドで種牡馬として成功…

って言うか、これ大成功したって言っていいんじゃないでしょうか?

ニュージーランドのリーディングサイアーランキングで『最高8位、だいたい20位前後』と言うポジションを築き…

産駒にG1ホース4頭…

さらにグレートノーザンなんたらと言うニュージーランド最大の障害レースを3勝したHypnotize(読めない)と言う馬も出したみたいですからね…

まさか、今までなんとも思っていなかった『スターマンが勝った鳴尾記念の2着馬』がニュージーランドでこんな事になっていたなんて…

今回は思いがけず凄い馬の存在を知る事が出来て良かったです。


…と言った所で簡単ですが今日はこれでおしまい…

引き続き『ブログ開始9周年』と『1550回更新』を目標に頑張っていきますので、よろしかったらまたお付き合い下さい。

それでは、また次回…


さよなら…


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巻末ミニコーナー

競馬なんでもクエッション・その34

『オセアニアの馬で日本で一番有名な馬って何だと思いますか?』


ホーリックス?




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2016年08月15日

1533・ヤマニンモアー

今回も、地方馬シリーズに向けての回数調整でヤマニン軍団の馬を取り上げるんですが…

またまた自分の中での予定変更…

本当はヤマニンの記事のコメント欄で名前が出たヤマニンセクレを取り上げようと思っていたんですけど…

前回の記事を書いていて、もう1頭まだブログで取り上げていないヤマニン軍団の大物を発見してしまったんですよね。

なもんで、ヤマニンセクレはまた別の機会に回させてもらいまして、今回はその大物をいってみたいと思います。

こちらの馬です。


『ヤマニンモアー』





この馬も前回のヤマニンウエーブ同様もうブログで取り上げていたと思っていたんですが…

まだ未登場だったんですね…

って言うか、ホントこのヤマニンモアー…

まだ取り上げていなかったのが不思議なくらいの名馬なんですよ…


顕彰馬コダマと同じ1957年生まれ…

たぶん、シンザンの父ヒンドスタンが最初期に出した活躍馬で…

全妹に桜花賞馬ケンホウ…

母系を見ていくと…

母トキノタカラから…

祖母スターカツプ→フロリスト→第四フローリスカツプ→フローリスカツプと辿る事が出来る血統…

で、2歳の10月にデビューして…

最初の5戦は…

新馬戦・4着…

新馬戦・1着…

3歳S・3着…

東京3歳S・3着…

朝日杯・5着…

と勝ちきれない感じだったんですけど…

暮れに3歳Sを勝って2歳シーズンを終えると快進撃がスタート!

3歳になり年明けからオープンとオープン特別を計4連勝!

2歳からの連勝を『5』に伸ばし…

迎えたダービーでは3番人気に推されるんですね。

で、ここできっちりコダマの2着に好走すると…

4ヶ月の休み明けとなった秋初戦の京都特別(京阪杯の前身?2200m)を圧勝して重賞初制覇!

さらに続く阪神大賞典(2200m)では、コダマ・シーザーと言ったダービー上位組を破って重賞連勝!

これで2歳暮れから8戦7勝!重賞2勝!負けたのもダービーの2着だけ!

菊花賞では三冠のかかるコダマに次ぐ2番人気と言う高評価を受けるのでした。


…と、ここまでかなり素晴らしい成績を残したヤマニンモアーだったんですけど…

この後はちょっと挫折…

まず菊花賞でブービーとなる6着に敗れると…

4番人気に推された有馬記念でもブービー11着に完敗!

一気に成績を落としてしまう。


ただ、このままでは終わらないヤマニンモアー…

翌年、いきなり東の金杯を勝利すると…

目黒記念・4着…

オープン・シーザーの2着…

と来て…

迎えた春の天皇賞で1番人気シーザーを破って1着!

見事、八大競走勝ち馬に輝く…

で、理由は分からないんですけど、このレースを最後に引退しちゃうんですね。


…と、ヤマニンモアーはこんな感じの成績の馬だったんですけど…

いや〜、それにしても素晴らしい馬ですよね…

ヒンドスタンの最初期の活躍馬で…

母系も魅力的…

2歳暮れからほぼ完璧な成績を残し…

3歳終盤に挫折…

それでも4歳になり立て直し…

最後のレースとなった天皇賞でビッグレース初制覇…

通算成績19戦10勝…

うん、いろんな意味で美しい成績だと思います。


しかもですね…

このヤマニンモアー、種牡馬としてもまあまあの成績をおさめたっぽいんですよね…

産駒に重賞勝ち馬こそいなかったみたいですけど…

桜花賞2着のスターウイングって娘がいるんですか?

さらに母の父としても中央重賞勝ち馬は出せなかったものの…

南関東で大活躍したマルイチダイオーや、道営で大活躍したスギノアトラス…

京王杯SH2着のコレクターって馬を出したみたいですからね…

十分な活躍…

ホント、何から何まで今までブログで取り上げなかったのが不思議でしょうがないヤマニンモアー…

今回はそんな素晴らしい名馬について少し知る事が出来て良かったです。


と言った所で簡単ですが今日はここまで…

また次回もよろしくお願いします。


それでは…


さよなら…


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巻末ミニコーナー

競馬なんでもクエッション・その33

『夏の終わりを感じさせるレースと言ったら?』


新潟3歳Sと小倉3歳S




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2016年08月14日

1532・ヤマニンウエーブ

引き続き今回もヤマニン軍団の名馬…

今日は『まだ取り上げていなかったのか?』と言った感じのこちらの馬…


『ヤマニンウエーブ』





細かい事はよく分かっていなかったものの、今まで幾度となく名前を意識した事のある馬だったので、既にブログで取り上げていると勘違いしていたんですけど…

実はまだ取り上げていなかったんですね…

で、さっそくどんな馬だったのかを簡単に紹介させていただきますと…

1967年生まれ…

タニノムーティエ・アローエクスプレスと同世代…

父はエプソムダービー馬のラヴァンダンと言う馬…

母の父は地方出身の日本ダービー馬ゴールデンウエーブ…
(ちなみに母の母はシルバーウエーブ)

と言う血統のヤマニンウエーブ…

え〜と…

けっこう下積み時代の長い馬だったみたいなんですよね…

まず、3歳2月にデビューするも…

その年は13戦して2勝…
(ちなみにその他は2着3着5着6着7着10着が各1回ずつで、最後の5戦は5連続4着)

条件馬に甘んじる…

で、4歳になり13戦4勝、2着5回と成績を良化させたものの…

オープン入りには至らず、5歳も条件馬スタート…

それで…

5歳の前半ですね…

条件戦で2着・4着・2着・1着…

重賞初挑戦の鳴尾記念で7着…

条件戦で1着…

と、ようやくオープン入りを果たしたヤマニンウエーブ…

その後、重賞で4着・5着・5着・2着・3着と好走すると…

秋の京都記念で念願の重賞初制覇!

さらに続く秋の天皇賞も7番人気で制し…

暮れの阪神大賞典は2着に敗れたものの、その年の最優秀古馬牡馬に選出されるまでになるんですね〜

で、その後も7歳まで走り8戦して勝利こそ挙げられなかったものの2着には3回来ていたみたいです…


…と、ヤマニンウエーブはこんな感じの成績の馬だったんですけど…

種牡馬としては結果を残せなかったみたいですからね…

やはり、最大の見せ場は秋の天皇賞制覇って事になるんですかね?

で、このレース…

動画で見てみたんですけど、いろんな意味で凄いレースでした…

まず、スタート直後にオウジャと言う馬が落馬…

そしてハナを切ったパッシングゴールと言う馬が物凄い大逃げを打つんですけど…

ハッキリ言ってテレビのカメラワークが現代と全然違いますからね…

ぶっちゃけ自分にはヤマニンウエーブがどこを走っていたのか分からなかったんですよね…(たぶん後ろの方…)

そうこうしている内にレースは最後の3〜4コーナー…

ここでさらに2頭が故障して競走中止…

そして大逃げをしていたパッシングゴールと2番手以下の差がだいぶ詰まってきたんですけど…

このパッシングゴールが苦しそうな走りながら凄い頑張るんですよ!

一時は後続に交わされそうになりながら、逆に追いかけてきた馬達もいっぱいになりその差は詰まらない!

で…

『このまま逃げきりか?!』

ってなった所を外から急に現れてギリギリで交わしたのが…

道中どこにいたのか分からなかったヤマニンウエーブだったんですね〜
(ちなみに枠連が万馬券となり、天皇賞史上初の万馬券決着だったみたいです。)

…これ、自分みたいな素人が見ると『どこにいたか分からなくて、ゴール前急に追い込んできた』って感じに映っちゃうんですけど…

Wikipediaとかを読むと、鞍上の福永洋一騎手のかなりのロングスパートによる差しきりだったみたいなんですね…

この辺り『やはり天才は凄い!』って感じなんですが…

実際、ヤマニンウエーブって福永騎手とのコンビだと成績がかなり良化する馬だったみたいです…

え〜と、福永騎手が乗らなかった時の成績が…

41戦7勝、2着11回、3着2回…
(41戦[7.11.2.21])
重賞2着3着各1回…

なのに対し…

福永騎手が乗った時の成績が…

7戦3勝、2着2回、3着1回
(7戦[3.2.1.1])
重賞2勝、2着2回、3着1回

って感じですからね〜

まぁ、この書き方だと分かりにくいですけど…

5歳の春まで重賞3着内経験のなかったヤマニンウエーブと5歳秋からコンビを組み…

朝日CC・2着…

ハリウッドTC賞・3着…

秋の京都記念・1着…

秋の天皇賞・1着…

てな成績を残して、最優秀古馬牡馬にまでさせてしまった訳ですからね…

やはりヤマニンウエーブのここまでの出世には福永騎手の力が不可欠だった気がします。


…と、今回はこんな所ですかね…

とりあえず時間がなくなってしまったのでこれでおしまいにしたいと思います。

今日も乱文にお付き合いいただきありがとうございました。


それでは、また…


さよなら…


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巻末ミニコーナー

競馬なんでもクエッション・その32

『下積み時代(条件馬時代)が長かった印象のある天皇賞馬と言ったら?』


ヘヴンリーロマンス




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2016年08月13日

1531・ヤマニンカツプ

と言う訳で、地方馬シリーズに入る前の回数調整なんですが…

ちょっと自分の中での予定を変更…

本当はいろいろな馬を取り上げようと思っていたんですけど…

今回から数回は、前回の『ヤマニン』にちなみヤマニン軍団の馬を取り上げていってみたいと思います。

まずは、こちらの馬から…


『ヤマニンカツプ』





この馬は1964年生まれ、アサデンコウ世代の馬で…

前回のコメント欄でアカネテンリュウさんとオリクンさんが名前を挙げてくださり初めて意識したんですよね。

で、凄い昔とまではいかないものの、ちょいと昔の馬…

しかも種牡馬になっていないようなので、資料はあまり出てこなかったんですけど…

それでも僅かな資料からにじみ出てくるその魅力…

ちょっと分かった範囲で紹介させてもらいたいと思います。


え〜と…

前述した通り1964年生まれ…

これはあのシンザンの3歳下の世代なんですけど…

シンザンと同じヒンドスタンを父に持つ芦毛の牡馬ヤマニンカツプ…

姉に京王杯AHを勝ったソウリユウ(繁殖名プリンセスチユーリツプ?)と言う馬がいる良血だったみたいです。

で、2歳でデビューすると、その年は東京3歳S(オープン?)勝利や京成杯3歳S3着を含む4戦2勝、3着1回と言うまずまずの成績をおさめ…

3歳になっても…

細かい事は分かりませんが、京成杯2着やスプリングS3着など重賞で好走し…

皐月賞で5着…

ダービーでアサデンコウの半馬身差2着…

と、クラシックでも好走…

世代トップクラスの実力を証明した感じだったと思うんですが…

なんて言うか、ここまではけっこう正統派なこのヤマニンカツプ…

最終的に面白い感じの成績を残す事になるんですよね…

え〜と、オリクンさんの情報によるとダービーの後、怪我か何かで1年くらい休養したんですかね?

そして、復帰後は16戦したみたいなんですけど…

勝ったのは条件戦の僅か1勝!

中山記念で3着したり相変わらず重賞級の走りはしたっぽいんですが…

結局、通算30戦3勝、重賞未勝利と言う、どちらかと言うと『最強の3勝馬』とか面白い雰囲気を感じる成績になってしまうのでした。


…と、ヤマニンカツプはこんな感じの馬だったんですけど…

これだけで『面白い雰囲気の成績』って言っちゃうのはちょっと乱暴ですよね?

普通に考えたら『ダービーまでは良い感じで来ていたのに、故障により最終的に重賞未勝利に終わった良血馬』って感じの成績ですもんね…

どちらかと言ったら悲運の名馬と言っていいのかもしれませんが…

それでも、自分が初めてヤマニンカツプの簡単な成績を見た時の第一印象は『面白い雰囲気の成績』だったんですよね〜

で、それにはまだ触れていない理由がありまして…

実はこのヤマニンカツプ…

中央で登録を抹消した後、地方に移籍したっぽいんですよね…

それで…

ちょっと今見ている資料がおかしくて(ヤマニンカツプは5歳時に1戦しかしてないと書いてあるのに5歳時に2戦したようなデータもあるし、他にも矛盾点が複数)、確かな事とは言えないんですけど…

たぶん、地方でも重賞2着が2回あるっぽいんですよね…

この中央でも地方でも重賞では2着どまりな所…

これがなんとなく悲壮感を打ち消してくれてる感じがしませんか?


…あ、いや、自分だけかもしれないんですけど…

この『中央地方で合計7回の重賞3着内、そして皐月賞でも5着していながら重賞未勝利の良血馬』…

って言うのがやけに面白く感じられてしまったんですよね。

今回はそんなヤマニンカツプについて少し知る事が出来て良かったです。

ご紹介してくださったアカネテンリュウさん、オリクンさん、ありがとうございました。


それでは、簡単ですが今日はこの辺で…


さよなら…


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巻末ミニコーナー

競馬なんでもクエッション・その31

『最強の3勝馬(もちろん重賞未勝利)候補を1頭挙げてください。』


ロイスアンドロイス




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2016年08月11日

1530・ヤマニン

と言う訳で、第2回アラブシリーズ終了後、少しご無沙汰してしまいましたが、またぼちぼちやっていきたいと思います。

で、これからの予定なんですけど…

アラブシリーズを始める時にもお知らせした通り『地方馬シリーズ』をやりたいと思っているんですよね…

そして、その地方馬シリーズをやりながら節目の1550回までいく予定なんですが…

今回からの数回はその地方馬シリーズに入る前の回数調整…

テキトーに『いつか書こうと思う馬メモ』の中から何頭か取り上げてみたいと思います。

まずはこんな馬から…


『ヤマニン』





この馬はですね…

アラブシリーズで取り上げたコスモノーブル…

そのコスモノーブルが勝った1993年のサラブレッドの重賞『報知グランプリC』の出走馬を見ていて偶然見付けた馬だったんです…

1993年の報知グランプリCにはヤマニンロードって馬が出ていて(10着)…

その事自体はなんとも思わなかったんですけど…

ヤマニンロードの父欄を見てビックリ!

『父ヤマニン』

正直、こんな名前の種牡馬がいたなんて知りませんでしたからね…

『なんだ?!この直球な名前の種牡馬?!』と思ってしまったんですよね…


で、まぁ…

それだけならわざわざブログで取り上げるほどの事ではなかったんですけど…

もっと驚いたのはそのヤマニンの現役時代の成績!

通算58戦11勝…

主な勝ち鞍・1997年ワイドナーH(米G1)、1976年クラークH(米G3)…


そうなんです!

ヤマニンと言う馬はヤマニンゼファー等でお馴染みの土井さんがアメリカで走らせていた馬だったんですよね〜

いや〜、ホント驚きました…

なんたって、こんなに名前も成績もインパクトのある馬を知らなかった訳ですからね…

しかも、このヤマニン…

凄いのは名前と成績だけじゃないんですよね…

え〜と、ここで簡単にプロフィールを書かせてもらいますと…

1972年生まれのアメリカ産馬…

父は、日本で種牡馬として活躍したシーホークやコインドシルバーやモーニングフローリック等と同じエルバジェ…

で、詳しくは分かりませんが、アメリカでG1を含む11勝を挙げた訳なんですが…

引退後は日本で種牡馬入り…

そして、まずまずの活躍をしているんですよね〜

父として重賞勝ち馬のトレードマーク・シヤイニングルビー(シャイニンルビーとは別)を出し…

母の父としても重賞勝ち馬のヤマニンフォックスを輩出…

さらに、細かくは確認出来なかったものの『母の父ヤマニン』で検索すると繁殖入りした馬がけっこう出てきましたからね…

普通に中堅種牡馬としてその血を後世に残したと言っていい感じ…


いや〜、今回はいろいろな事に驚かされました…

ヤマニンと言う直球な名前の馬が存在していた事…

その馬がアメリカのG1ホースであった事…

さらに日本で種牡馬としてまずまずの結果を残していた事…

そして、何よりも驚いたのは、そんなインパクトのある存在の馬を今まで自分が知らなかった事!

普通に自分が競馬を見始めた頃にはまだ孫達が活躍していたのに…

なんで知らなかったんだろう?


…まぁ、そんな事は今さらどうでもいいですね…

とにかく今回はヤマニンと言うインパクトのある存在の名馬について少し知る事が出来て良かったです。

それでは簡単ですが今日はこの辺で…


さよなら…


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巻末ミニコーナー

競馬なんでもクエッション・その30

『ヤマニンの馬でこんな馬もいたよね…って言うのを1つ挙げてください』


ヤマニンアクロ




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2016年08月02日

1529・モナクカバキチ

と言う訳で、第2回アラブシリーズの第11弾…

最終回となる今回はこちらの馬をいってみましょう。


『モナクカバキチ』





この馬は前回のエスケープハッチの1つ上の世代…

1999年生まれのアラブ馬…

父はホマレブルシヨワと言うスマノダイドウ産駒の種牡馬…

母は浦和で12勝したフジミネエリカ…

と言う血統の栗毛馬だったんですけど…

なんて言うんですかね?

この可愛らしい名前とその成績を前回のエスケープハッチと比べると、何とも言えず好感度の高い感じなんですよね〜

とりあえず簡単にどんな成績だったのか紹介させていただきましょう。


え〜と、2001年2歳の10月に福山でデビューしたモナクカバキチ…

まず、その年は4戦3勝(競走中止1回)と言う成績を残す…

で、3歳になった翌年も14戦して6勝、銀盃1着・アラブ王冠2着等の活躍をし…

古馬になったんですけど…

この馬、どうやらずっと福山所属だった訳ではなく、途中いろいろな競馬場(佐賀・金沢・名古屋・荒尾?)に移籍していたみたいなんですよね…

ただ、どのタイミングでどの競馬場に移籍したのかとかは細かく分からないんで、そこら辺はあまり深く考えず、とりあえずそんな事もあったと言う事を頭の片隅に置きつつ話を進めてみたいと思います…


で、なんだかんだで4歳時も18戦して9勝となかなかの成績をおさめたモナクカバキチ…

5歳時は黒百合賞と言う金沢の重賞と思われるレースを勝ったものの、17戦で3勝と勝率を落としてしまったんですけど…

迎えた6歳の5月くらいから名古屋に移籍したんですかね?

名古屋のレースばかりに出走するようになるんですよね…

そうするとまた成績は回復…

名古屋で勝ちに勝ちまくり、1年弱の間に名古屋杯などを含む15勝を荒稼ぎする…

ただ、その後は徐々に名古屋でも勝てなくなっていき…

7歳の5月から8歳の6月までは23戦して僅か1勝…

この当時と言ったら、ちょうど1つ年下のエスケープハッチが地方競馬最多勝記録を樹立した頃ですからね…

エスケープハッチとは随分差が付いちゃった感じですよね…

ただ、そんなモナクカバキチにまたもや転機が訪れます…

8歳の7月…

この辺りから荒尾のレースばかりに出走し始めたので、たぶん荒尾に移籍したのでしょう…

すると成績はまたまた復活!

約1年の間に7連勝を含む10勝をゲット!

これで通算勝利数は『47』となり、ニホンカイキャロルを抜き、エスケープハッチに次ぐ歴代地方競馬勝利数単独2位に躍り出るんですね…

で、迎えた9歳の9月…

ここでまた福山に出戻ったんですかね?

再び福山で走る事になったんですが…

ここからが長い!

まず、その年は7戦7敗を喫して終了し…

1つ年下のエスケープハッチとかは引退しちゃうんですけど…

それでもモナクカバキチは10歳になった翌年以降も現役を続け…

10歳時は22戦して3勝…

11歳時は29戦して2勝…

そして12歳時にも26戦と言うたくさんのレースに出走し…

通算出走回数は『200』を突破…

さらにこの年も2勝を挙げ、遂にエスケープハッチの『54勝』に並ぶ!

そして迎えた13歳シーズン…

当然、記録更新が期待された訳ですが…

5着・4着・7着・5着・2着・4着・5着・3着・4着…

なかなか勝ちきれない!

さらに極め付けは翌6月!

3回レースに出走し…

2着・2着・2着!

このまま記録更新はならないのか?!

そんな感じで迎えた7月…

ついにその時はやってくるんですね…

デビューから通算215戦目…

モナクカバキチは8歳年下のサラブレッドをクビ差抑えて1着…

遂に歴代地方競馬最多勝記録を更新するのです!

そして、次のレースで6着に敗れて引退していく事になるんですが…

…いや〜、凄い馬ですよね〜

前回のエスケープハッチもこれはこれで素晴らしい馬でしたが…

8歳までで83戦54勝とスマートな感じ…

それに比べ…

モナクカバキチは…

13歳までで!

216戦して!

55勝!

ですもんね〜!

この泥臭い感じが、名前の可愛らしさと相まって凄く好感度高いんですよね〜


しかも、当然と言ったら当然なんですけど…

(2016年現在)つい数年前の2012年まで走っていたモナクカバキチ…

このモナクカバキチの最後の勝利が日本競馬のアラブ最後の勝利だったみたいですからね…

長いアラブの歴史に幕を下ろす勝利を、アラブ・サラブレッド併せた日本地方競馬最多勝記録樹立と言う歴史的な形で挙げたのは素晴らし過ぎますよね…

そんなモナクカバキチをこの第2回アラブシリーズのラストに取り上げる事が出来て良かったです。


と言った所で今日はここまで…

ホント今回のシリーズはいろいろと勉強になりました。

また是非ブログでアラブを取り上げてみたいと思いました。


それでは…


さよなら…


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巻末ミニコーナー

競馬なんでもクエッション・その29

『セイユウ以外で、アラブの名馬と言って真っ先に思い浮かぶ馬は何ですか?』


トチノミネフジ




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2016年08月01日

1528・エスケープハッチ

しばらくやってきました第2回アラブシリーズ…

とりあえず今回と次回の2回で終わりにしようと思っているんですが…

ラスト2回で取り上げる予定の2頭…

そのどちらを先に取り上げるべきか悩んでいたんですよね…

でも、悩んでいても時間の無駄…

年代は前後してしまうんですけど、後に生まれた方の馬からいってみたいと思います。

第2回アラブシリーズの第10弾はこちらの馬です。


『エスケープハッチ』





この馬は名前をよく耳にする馬でしたよね〜

高知競馬の所属馬で、一大ブームを巻き起こしたハルウララが引退した頃にそれに変わって高知競馬の看板馬になった馬だったらしいので、そのせいなのかな?

で、そんなエスケープハッチがどんな馬だったのかと言うと…

2000年生まれ…

父はミスタージヨージと言うミルジョージ産駒の福山の活躍馬…

母系は…

血統不明ながら多くの活躍馬を出した高砂と言う馬に遡る事が出来るんですか?

とりあえず、そんな感じの血統だったらしいんですが…

2歳でデビューすると、その年は2戦1勝、2着1回って成績だったんですかね…

で、3歳時は12戦して7勝…

重賞と思われるレースも2つほど勝ち…

この辺りから本格化が開始…

4歳時が15戦12勝…

5歳時が19戦13勝…

と、素晴らしい成績を残す…

で、同じ高知のスター・ハルウララが現役時代最後にレースに出走したのが、エスケープハッチが4歳8月の時でしたからね…

たぶん、このころにはエスケープハッチがハルウララ引退後の高知の看板馬になっていたんでしょう…

だから、少しはマスコミにも取り上げられ、自分も名前を耳にした記憶があったんだと思います…


…ただ、そんなエスケープハッチ…

最終的に『ハルウララの後を継いだ高知の看板馬』とかそう言うのとは別の形でその名を全国に轟かせる事になるんですね…

4歳時・5歳時に続き、6歳時にも18戦14勝と言う高勝率を残したんですが…

なんと通算勝利数が『47』に到達!

このシリーズでも取り上げたニホンカイキャロルの記録を抜き、歴代地方競馬最多勝記録を樹立してしまうんです!

で、7歳になった翌年は重賞の南国桜花賞は勝ったものの、僅か8戦2勝にとどまり…

8歳時には高知のアラブ単独競走がなくなった為、サラブレッドと走る事になったものの…

そのお陰で下級条件で走れたらしく、9戦で5勝を上乗せ…

通算勝利数を『54』まで伸ばし引退していく事になるのでした。


…と、エスケープハッチはこんな感じの馬だったんですけど…

いや〜!カッコいい!

何がカッコいいって、この『マスコミが作った知名度なんていらねぇ!俺は自分の実力で知名度を上げてやる!』ってのを実現した感じ!

たぶん『ハルウララの後を継いだ高知の看板馬』って言っても…

マスコミの取り上げ方は『あのハルウララ狂想曲もどこへやら、今はまた経営難の高知競馬、一応エスケープハッチって馬が頑張ってるらしいです。』って程度のものだったんじゃないでしょうか?

そんな所から、歴代地方競馬最多勝記録と言う文句の付けようのない記録を樹立して、再び別のアプローチで有名馬になった訳ですもんね〜

しかも、最終的にエスケープハッチ陣営が目標として名前を挙げた馬がこれまた凄い!

それはフクパークと言う馬!

この馬は1950年生まれの馬で、参考記録ながら中央・地方計62勝を挙げたアラブ…

兵庫でその名を冠したフクパーク記念と言う重賞レースが行われていた程の名馬…

そんな半世紀も前の伝説の名馬を最終目標にしちゃうなんてカッコいいですよね〜


素晴らしい!

素晴らし過ぎる!

今日はそんなエスケープハッチについて少しでも知る事が出来て良かったです。

…と雑にまとめた所で今回はここまで…

また次回、第2回アラブシリーズの最終回でお会いしましょう。


それでは…


さよなら…


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巻末ミニコーナー

競馬なんでもクエッション・その28

『タツノコプロのアニメ作品を連想する馬名と言ったら?』


コタシャーン(新造人間キャシャーン)




runfor4 at 18:00コメント(9)トラックバック(0)ア行(ヴ含む)の名馬 

2016年07月28日

1527・コウザンハヤヒデ

第2回アラブシリーズの第9弾…

今回は荒尾の名馬である、こちらの馬をいってみましょう。


『コウザンハヤヒデ』





漠然と荒尾競馬場と言うと、それほど派手なイメージはないんですけど…

そんな荒尾競馬場にもこんな派手な成績の馬がいたんですね〜
(先日取り上げたキサスキサスキサスもある意味派手な成績だったけど…)

さっそく簡単に紹介させていただきます。


1997年生まれ…

中央のサラブレッドだとエアシャカールやアグネスデジタル・タップダンスシチーなんかと同い年のコウザンハヤヒデ…

父は1980年の楠賞全日本アラブ優駿勝ち馬トライバルセンプー…

母の父はタイムライン…

と言う血統の馬だったんですけど…

まぁ、凄い派手な成績の馬なんですよ!

2歳7月にデビューすると…

その年は6戦6勝!

レコード5回!

6戦で2着馬に付けた平均タイム差は約1.3秒!

いきなりド派手な成績を残す。

さらに3歳になっても…

4連勝(ちなみに2着馬と平均タイム差は約1.2秒)を達成し…

これでデビューから無傷の10連勝…

堂々と園田の楠賞全日本アラブ優駿に駒を進めるんですけど…

それでもですね…

荒尾と園田のレベルは別にしても、ここまでコウザンハヤヒデが走ってきた距離って800m〜1500mでしたからね…

そんな距離で圧勝し続けた馬がいきなりの2400m戦に出走…

当然、人気も4番人気とかだったみたいなんですよね…

ただ…

そんなコウザンハヤヒデ…

1番人気…ここまで15戦して10勝、2着5回、6連勝中のタカライデンを振り切り見事1着!

アラブ世代No.1の座についてしまうのです!

で、それから3ヶ月後のレースでも圧勝し…

本当に今後が楽しみな感じだったと思うんですけどね…

9月に出走したオーロラ特設と言うレース…

このレースの最中に骨折!

シンガリ負けを喫し…

そのまま引退する事になってしまうのでした。


…と、コウザンハヤヒデはこんな感じの成績の馬だったんですけど…

いや〜、派手な成績ですよね〜!

2歳時6戦6勝!レコード5回!

3歳になり、さらに4連勝して無傷の10連勝!

楠賞全日本アラブ大賞典を勝って世代日本一!

次走も勝って無傷の12連勝!

レース中に骨折してシンガリ負け!

引退!

通算13戦12勝!勝率92%!

…凄い…

荒尾の名馬と言う事で、同じく楠賞全日本アラブ優駿の勝ち馬ダイメイゴッツとどちらを取り上げるか悩んだんですけど…

成績表のパッと見の派手さに惹かれ、思わずこちらを選んでしまいました。


と言う訳で、その素晴らしい成績にかなり感動させられてしまったコウザンハヤヒデだったんですけど…

…これ、書かない方がいいのかな?

よく分かりませんが、とりあえず軽く触れときますね…

なんかWikipediaを読んでいたら最後にちょっとあまりよろしくない事が書いてあったんですよね…

え〜と…

引退後、種牡馬になったコウザンハヤヒデ…

なかなかの種牡馬成績をおさめていたらしいんですけど…

時は21世紀…

アラブ競走がどんどんなくなっていってる時期でしたからね…

現役を引退してから5年くらいで廃用…

引き取り手が見付からなければ処分されるって事になったみたいなんですよね…

で、有志に引き取られるみたいな流れにはなりかけたものの、それも実現しなかったみたいで…

調べても詳しくは分からなかったものの『翌年亡くなった』と言う記述が至るところに書かれていました…


…う〜ん、やっぱり書かなければ良かったかな…

どうしてこれだけの名馬がこんな最期を迎えなければならなかったんですかね?

…あ、いや、これは言いっこなしですよね…

競走馬の走る走らないに生活がかかっている訳ではない素人がどうこう言う問題じゃありませんよね…

とにかく!

引退後がどうこうは関係なく、現役時代本当に派手で素晴らしい成績を残した名馬コウザンハヤヒデについて今回はちょっと書かせていただきました。


おしまい


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巻末ミニコーナー

競馬なんでもクエッション・その27

『ポケモンGOが流行っているみたいですが、ポケモンを連想する競走馬っています?』


トラストファイヤー




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2016年07月27日

1526・ケイエスヨシゼン

第2回アラブシリーズの第8弾…

今回は、前回のニホンカイユーノスと年代が前後してしまうんですけど、こちらの馬をいってみたいと思います。


『ケイエスヨシゼン』





この馬は、ニホンカイユーノスについて調べていたら名前が出てきて『聞いた事ある名前だな…』なんて思ったんですけど…

それもそのはず、凄い名馬だったんですね〜

さっそくどんな馬だったのか簡単に紹介させていただきます。


ニホンカイユーノスの1つ上…

前々回のニホンカイキャロルと同い年のケイエスヨシゼン…

ミスターヨシゼンと言う大井の名馬を父に持つ園田競馬所属馬だったんですけど…

2歳の7月にデビューすると、アラブのメッカと呼ばれたハイレベルな兵庫競馬で物凄い安定感のある成績を残すんですよね…

え〜と、デビューから3歳の終わりまで…

19戦11勝、2着6回、3着2回…
(19戦[11.6.2.0])

これだけでも凄いのに…

勝ったレースには…

菊水賞・楠賞全日本アラブ優駿・六甲盃の兵庫アラブ三冠…

西日本アラブダービー…

タマツバキ記念…

等が含まれていますからね〜

とんでもない安定感ですよね〜

さらにそんなケイエスヨシゼンは古馬になっても安定感抜群の成績を残し…

4歳時は10戦4勝、2着5回、3着1回のオール3着内…

で、5歳になっても年明けから3連勝を達成していたんですが…

4歳後半ぐらいからたびたび背負わさせれるようになった60kg以上の斤量が堪え始めたのか…

5歳時は4月以降、4着・2着・5着・3着・4着・2着…と未勝利に加えデビューからの3着内記録もストップ…

ただ、そこから崩れないケイエスヨシゼン…

6歳時は10戦4勝、2着2回、3着2回、4着2回…と、相変わらず掲示板内はキープし…

7歳になっても5着・5着・1着・5着・2着・1着・1着…とデビューから55戦掲示板内をキープしていたんですが…

10月の山陽杯で初めて掲示板を外す8着に敗れると…

それがショックだったのか、その後は連戦連敗…

結局、8歳7月まで走り、9戦して3着2回、5着1回、その他のレースでは全て7着以下に敗れて引退していく事になるのでした…


…と、ケイエスヨシゼンはこんな感じの成績の馬だったんですけど…

正直な所、若干自分好みの成績ではないんですよね…

このだんだんと衰えていくような成績…

ただ!

そんな事関係ないんです!

冒頭でも書いた通り、この馬『凄い名馬』だったんです!

なぜなら、ホントぐうの音も出ないほどの勲章を持っているから!

それはいったいどんな勲章なのかと言うと…

26年ぶり史上2頭目の兵庫アラブ三冠達成…

それを評価されての地方年度代表馬!


いや〜、これはドデカい勲章ですよね〜

地方アラブの年度代表馬じゃなくて…

地方全体の年度代表馬ですからね〜

凄すぎます。


で、この地方の年度代表馬(NARグランプリ年度代表馬)…

1990年から始まり、ケイエスヨシゼンの2年前にアラブのトチノミネフジが受賞しているんで、前列がなかった訳ではないんですけど…

それにしたってトチノミネフジ以降の受賞馬の顔ぶれを見るとその凄さは一目瞭然です。

トチノミネフジ

ライデンリーダー

ケイエスヨシゼン

アブクマポーロ×2

メイセイオペラ

ベラミロード

トーホウエンペラー×2

ネームヴァリュー

コスモバルク

フリオーソ×4

ラブミーチャン×2

ハッピースプリント×2

サミットストーン

(〜2015年まで)

ほとんどの馬が地方競馬の歴史に名を刻むサラブレッドの名馬ばかりですもんね〜

そんな中に名前を刻んでいるケイエスヨシゼン…

やはりとんでもない名馬なんだと思います。

って言うか、今さらながら調べる前に『聞いた事ある名前だな…』って思ったのに納得してしまいました…

そりゃそうですよね…

上記したようなそうそうたる名馬達と同じ賞を受賞している馬なんですもんね…


と言った所で時間がなくなってしまったので今回はここまで…

また次回もよろしくお願いします。


それでは…


さよなら…


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巻末ミニコーナー

競馬なんでもクエッション・その26


『2016年現在、そろそろ現れてほしい今までにないタイプの中央の年度代表馬』


ダート馬




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