January 12, 2005

ベツレヘム国際センターと「日常性」のアート

ベツレヘムのルーテル教会は、ユニークな国際文化交流と地域文化振興のための施設を運営しています。ベツレヘム国際センター(ICB)は宗派の違いをのり越えて普遍性を志向するエキュメニズムの伝統を汲み、パレスチナ社会の全体に奉仕する施設として1995年に正式に発足しました。フィンランドなどスカンジナビア系の資金に支えられて、宿泊施設、レストラン、シアター・ホール、ギャラリー、メディア・センターなど設備は非常に充実しており、スタッフは海外で高等教育を受けた優秀な女性が多いのが特徴です。同じルーテル教会の二つの教育機関と一体になって、学際的で地域のニーズに合致した柔軟で多面的なプログラムを提供しています。昨年秋にパレスチナを訪問した目的のひとつは、ここでオリーヴを使った紙漉きのワークショップをすることでした。

併設のダル・アルカリマ・アカデミーは、パレスチナ社会を構成するさまざまな人々に高度な教育の機会を提供することを目的とし、音楽、美術工芸、メディア、コミュニケーション、文化財管理、観光などのコースを備えています。とくに力を入れている分野は女性の社会進出の促進、従来型ではない観光(中心産業なので)、そして最大の目玉が番組制作・放送の試みを中心としたメディア教育なのだそうです。また、ラッマーラにあるナショナル音楽学校と提携してその分校にもなっています(2004年からは故サイードの名前を冠して、エドワード・サイード・ナショナル音楽学校と呼ばれるようになっています)。こうした活動はみな、最終的には堅牢な市民社会を築いていくことを目標としているということが、明瞭に打ち出されているのが印象的でした。ここに一つの抵抗のかたちを見たような気がします。

2002年のイスラエル軍の侵攻でこの施設も甚大な被害を受けました。ルーテル教会はイスラエル軍の司令部として利用され、ここの牧師でICB所長のミトリ・ラヘブ師も危うく殺されかけるという場面もありました。その後も長時間の外出禁止令(2002年には24時間の外出禁止令が156日も出されたそうです)や交通遮断による市民生活の圧迫は続き、唯一の産業といってよい観光も氷河期の状態で、ベツレヘムの町全体がゆっくりと窒息死に向かっている感じです。それでもICBのスタッフは根性がすわっていて、なにがあってもあきらめないと言って前向きな活動計画を練り続けています。この施設を再建し、文化交流と教育の活動を維持することによって、暴力によらない抵抗の意志を表明することができるという信念が、ダル・アルカリマ・アカデミーの所長ヌハ・ホウリーの話から強く伝わってきました。

どんなに抑圧されてもこの土地を去るつもりはないし、あくまで通常の生活を維持し、コミュニティを機能させる努力を続けるという抵抗姿勢は、ICBにかぎらず占領下の人々の共通認識になっているように思われます。「ふつうの生活」というのがキーワードだなあと思ったのは、ビルゼイト大学の新設美術館のオープニングで「ステイトレス・ネイション」というインスタレーションの作品を見たときでした。市民権のフロンティアを表現するという副題のこの作品は、国のない民の存在の諸相を三画面のスライド・ショー、ヴィデオ・インタヴュー、インスタレーションという複数のメディアによって描き出したものです。インタヴューは占領地、イスラエル、パレスチナの外という異なる状況におかれたパレスチナ人の作家やアーティストたちになされたものですが、いま何をいちばん望むかという問いに対して、みな口を揃えたように、普通の生活がしたい、普通の人生を送りたいと述べていたことが印象的でした。


普通の日常生活が成り立たないような状況のなかでは、「日常性」は退屈なものどころか憧憬の対象、なによりも価値のある、失われた宝となります。そもそもパレスチナ人の語りには、自分たちには何か決定的に大事なものが欠けているという欠損意識が感じられることが多いのですが、「日常性」もある意味で欠損として熱望されているのかなと思ったりもします。かつてのような解放闘争と一体化した直裁的なナショナリズムの表出に代わって、日常的な生活のなかの些細な喜びや悲しみを描くことがパレスチナの表現活動の主流を占めるようになってきていのですが、このような「日常性」はけっして政治性の除去とはいえないでしょう。

このような流れは美術の世界だけものではありません。ナザレ出身のエリア・スレイマン監督の映画「D.I.」も、ラッマーラに拠点を置くアルカサバ・シアターの劇「アライブ・フロム・パレスチナ」も、日常性のなかの悲喜劇をポエジーと辛らつなユーモアで描くというものでした。こうした表現の世界における傾向が、政治的な方面では非暴力主義の抵抗運動や、ナショナリズムよりも市民権の要求が全面に出るような動きが少数派ながらも顕在化していることとどのように呼応しているのかは興味があるところです。



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第18回 イエスの誕生を告げたベツレヘムの星とは【Science 科学をちょいびき!-Scanworld-ホンモノで学ぶ、英語を学ぶきっかけ探し】at December 29, 2005 17:41
この記事へのコメント
激アツ!!激ヤバ!!かなりいい!
Posted by オナニー 動画 at October 12, 2009 11:28