救い主イエス・キリストに希望しましょう

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神さまは、この世を愛され、私たちを愛して下さっています。その

愛を人間に示すために、私たちの目に見えるように、 イエスさま

は人間の姿をして、救い主として、来てくださったのです。

ユダヤ人たちは、自分たちに預言された救い主を待っていました

がこの世にお出でになられたイエスさまは、ユダヤ人たちの偽善を

見抜いておられ、彼らを祝福せず、病人や罪に陥って苦しんでいる

人びとの病を癒し、罪から救い出して、悪魔の支配から、霊魂を

自由にして下さいました。

そして、回心のお恵みを与え、天国の幸福に希望をもって生きる

ように人生を導いて下さったのです。

主の横顔

イエスさまは、言われます。

「私がこの世に来たのは、健康な人のためではなく、病気で苦し

んでいる人を救うためである。」と、私たちは、この世の神である

悪魔の嘘と誘惑に負けて、様ざまな病となり、苦しんでいるので

はないでしょうか。

イエスとは、「神はお救いになる」と、言う意味です。

イエスさまが、生きておられるのは、過去の出来事ではなく、

今も復活されて、生きておられるからこそ、私たちにとって

大きな希望となるのです。

神さまは、この世を照らす太陽をお生みになられ、イエスさまの光り

によって、すべての人をこの世の闇から、救いたいと望んでおられる

からです。

神さまとイエスさまは、一体であり、イエスさまが神の子と言

われるのは、そのためであります。

この世に、神さまがお出でになられたのに、偽善者である

律法学者やファリサイ派の人びとは、イエスさまを救い主と、

して受け入れず、イエスさまを十字架に架けて、死刑にして

しまいました。

十字架の死は、神さまが彼らのすることを見抜き、人間を

悪魔と罪から救うために、イエスさまに愛と犠牲を求められ

たのです。

神さまと一体であるイエスさまは、ご自分の神の子である

高い身分を捨て、この世に人間としてお出でになり、

神さまがお創りになれらたユダヤ人の手によって、死刑

となったのです。

けれども、神さまと一体であるイエスさまの死によって、

私たちの霊魂(生命)が悪魔から解放され、自由になり、

罪がゆるされるようになったのです。

この世の人間の霊魂を悪魔の支配から解放し、私たち

の罪をゆるしてくださるのは、全能である神さまの権威

であります。

十字架降下


イエスさまは、すべての人類の身代わりとなって、十字架

の死で罪を償ってくださいました。

本当なら、私たち一人、ひとりが、自分の罪を十字架で

償う必要があったのです。

神さまの愛は、人間を生かして、罪を後悔するように望

まれたのです。

それで、私たちが自分の意思で、神さまのみ前で、罪

を告白し、ゆるしを願うことが求められているのです。

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この世は、心の闇に陥って、神さまの光を失い、人生

に迷い、盲目に生きているのではないでしょうか。

私たちは、悪魔の間違った教えに従って、善悪の正しい

判断が失われ、罪の意識をなくしているために、自分が

間違ったことをしていると、気づいていないのです。

マグラダのマリア

<姦通の女>

私たちの心には、七つの悪霊が棲んでいます。

それを七つの心の罪と言われています。

この心に隠れた罪ゆえに、人は苦しみ、悩んでいる

のです。

聖書には、ユダヤの社会で、姦淫の罪を犯して、その

罪を人びとの前で、裁かれている「姦通の女」の物語が

あります。(ヨハネ8・1〜11)

ファリサイ派の人びとは、姦淫の罪を犯したマグダラの

マリアをイエスさまに裁くように求めました。

けれども、イエスさまは彼女の心に七つの悪霊が棲みつ

いているのをご覧になりました。

イエスさまは、マリアを裁いていた人たちに、言われます。

「あなたたちの中で、罪のない人がこの人に石を投げな

さい。」と、ユダヤの社会では、石殺しの刑でありました。

人びとは、自分たちの罪をイエスさまに悟られて、マリア

を裁くことができませんでした。

イエスさまの愛は、マリアから悪霊を追い払い、罪をゆるし

てくださったのです。

罪がゆるされ、霊魂が目覚めたマリアは、イエスさまを

最も愛する人となり、罪の女から聖女となって、人びとに

尊敬されるようになりました。

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マリアを苦しめた七つの悪霊とは、心に棲む七つの

罪であります。

(一)高慢、(二)情欲、(三)大食、(四)強欲、(五)憎しみ

・怒り、(六)嫉妬、(七)怠惰、の七つを指しています。

この七つの悪霊は心の中に隠れているために、私たち

は気づかないのです。

聖パウロが教えておられるように、私たちは自分の望む

良い善いことはしないで、却って望まない悪い行動をして

いるのではないでしょうか。

悪魔は、高慢な罪のために、神さまに背き、大天使の

座を失い、地獄で滅ぼされました。

悪魔の高慢な罪とは、自分が神のように天使たちから、

崇拝されたいという高い望みから、神さまに反逆したの

です。この世においても、人間は高い望みをもって、人

びとの尊敬を求めています。

悪魔は、楽園において、最初の人間を罪に誘惑する時、

女(エバ)に言いました。

善と悪の知識の木の実を指して、「この実を食べる

とあなたは、目が開かれて、神のように、知恵のある

ものになれる。」と、エバは神さまのようになりたいと

いう高慢な望みをもって、悪魔の誘惑に負け、悪の

実を盗って食べてしまいました。

そして、悪魔の間違った教えに従って、夫であるアダムを

誘惑する者となり、アダムにも悪の実を食べるように、言

ったのです。

女は、神さまが禁じられた正しい教えを疑い、悪魔の

嘘を信じてしまいました。

神さまがお創りになられた最初の人間は、悪魔の

狡猾な嘘に騙され、悪魔を心の支配者として、それ

を受け入れて、従がうようになりました。

fatima

人間の先祖は、サルであると科学者は教えています

が、それは悪魔の嘘を信じているためです。

人間は神さまに創られた者であり、霊魂に神さまの

生命をもって、生まれているのです。

人間は、霊魂に神さまの掟が刻まれていて、間違った

ことをすると、罪のために、苦しむことになるのです。

サルや動物は人間の生活を豊かにするために、神さま

がお創りになられました。

けれど、動物には、霊魂がないために、悪いことをしても

人間のように、罪にはならないのです。

人間が動物よりも、優れているのは、霊魂の生命がある

ためです。

神さまは、人間に霊魂を与えられて、肉体生命よりも

尊いものであると教えておられます。

人間は、霊である神さまを目で見ることが出来ないよう

に、霊魂の存在も目で見ることができないために、その

存在を否定しているのです。

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人間とは、肉体と霊魂をもった存在として、神さまに創ら

れているのです。

霊魂の生みの親である神さまの愛から離れて生きて

いるために、人間は淋しくて、孤独なのです。

最近では孤独は、楽しいなどと作家が言っていますが、

違うと思います。

人間の魂は神さまの愛がなければ、孤独で空虚です。

今日の最も深刻な病は、肉体の病ではなく、霊魂の病で

あります。霊魂の病を癒すことが出来るのは、神聖な医師

であるイエスさまだけであります。

ふぁちまのマリア

マリアさまは、ご自分の子どもたちをイエスさまの救いに導い

ておられるのです。

ですから、悪魔はマリアさまをキリスト教から排除し、人びと

がイエスさまに救われないように、邪魔をしています。

イエスさまと人間の仲介者として、マリアさまが立って

おられます。

イエスさまは、マリアさまを愛され、マリアさまに祈る

子供たちの祈りを拒むことがありません。

イエスさまは、マリアさまの願いを早めて下さるからです。

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お優しいマリアさまに、助けを求めて、寄りすがりましょう。

私は、聖なるロザリオの祈りを通して、マリアさまの取次

ぎの力を知ることができたのです。

マリアさまは、新しい人類の母として、神さまがお選びに

なり、イエスさまと共に、先祖の罪と私たちの犯した罪を

神さまに償って下さったのです。

私たちが生きている間に神さまに、自分の罪を償うこと

ができるように、ロザリオの祈りを唱えましょう。

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神さまは、愛であり、憐れみであり、正義であります。

私たちが神さまと和解しないで、死んでしまうと、霊魂

の罪はゆるされずに、地獄で苦しむことになります。

神さまの愛で、霊魂の傷が癒され、罪のためんに死ん

でいる霊魂が生き返るように、祈りましょう。

神さまへの祈りが生命であるのは、このためです。

神さまは、この世の闇から、悪魔から、霊魂をお救いに

なり、ご自分の存在を現して下さるのです。

神さまのなさることは、人間にとって、不思議であります。

もし、人間が罪を犯していなければ、神さまの愛を知る

ことがなかったでしょう。

人間が自分が正しい者であると考えるなら、神さまの

救いは必要ではないはずです。

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私のように、罪深い者は幸福であります。

その罪ゆえに、神さまにお会いすることができたのです

から。

私はマリアさまの導きによって、ロザリオの祈りを

唱え、イエスさまのお恵みによって、大きな罪がゆるされ

ました。罪がゆるされたことで、不安や恐怖の苦しみの

原因が罪にあったことを理解することができました。

私たちの自我は、人から罪深い者であると言われると、

反発してしまいますが、神さまに教えられると、素直に

認めることができるのですから不思議です。

神さまの愛は、罪の意識で苦しむことがないように、

心も癒してくださるからです。

イエスさまは、この世の救い主として、私たちの霊魂

の中に来てくださるのです。

私たちの住む世界を恐ろしい戦争や悪魔の滅びから

お救い下さるように、イエスさまの愛に希望しましょう。

光























































 

苦悩は神さまを信頼するために

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<苦しい時の神頼み>

私が幸福であった時は、神さまに感謝することもなく、神さまを

信頼することもありませんでした。

けれども、長い人生の中でいつか自分の力が失われ、誰にも

頼ることができない日が遅かれ、早かれやってくるようです。

その時は、神さまに救いを求めて、マリアさまに助けを求めて

祈りましょう。

私が神さまに救いを求めていたのは、すべての力が失われ

誰にも頼ることができない時でしlた。

苦しい時の神頼みは、人間を苦悩からお救いになるために

神さまがご自分を信頼するように、教えて、導いておられる

のです。

私は、恐怖と不安の中で、滅びることが分り、神さまに救われ

たいと願って、必死に神さまを探し求めていました。

神さまには、お会いできずにますます、苦しんでいましたが

神さまに救われるまでは、決して諦めることがありませんで

した。

私は罪の意識を失って、罪に罪を重ねていたのですが、

自分の罪のことを知らなかったのが、幸いしたのかもしれ

ません。とにかく、神さまに救っていただかなければ滅びる

ことが分っていたのです。

よく、苦しみの試練は、神さまが乗り越えるようにと言われ

ていますが、私の心は苦しみに弱く、自分の力で乗り越え

ることが出来ませんでした。

幸せに生活をしていた時には、神さまに感謝することも

なく、神さまを信頼することもなかったのですから、本当に

自分勝手であると思います。

若い頃の私は、自分の夢や希望が何でも叶えられていま

したから、運が強いと信じていたのです。

後になって気づいたのですが、神さまの存在を信頼してい

ないので、当然悪魔の存在も信じていませんでした。

私は、自分の幸福や豊かな生活を追い求めて、贅沢に

生活をしていたのです。

まさか悪魔が私の夢や欲望を叶えてくれているとは、想像

もしていなかったのです。

私には宗教心がなかったので、神社や仏閣に行って、手を

合わせて、願うことはありませんでしたが、心を欲望で

コントロールしていた悪魔は、私の心を見抜き、私が望んで

いるものを何でも与えてくれたのです。

私は、霊魂の存在も知らなかったので、まさか、悪魔に

欲望と引き替えに、悪魔に霊魂を売渡していたとは、

夢にも、考えていませんでした。

神さまは、このままでは、霊魂が地獄で滅びることを教え

るために、私に回心するように、求められたようです。

私の苦しみの試練は、神さまに救いを求めるためであっ

たと、信じているのです。

神さまに救いを求めていた時に、マリアさまの世界滅亡

の預言を本で知りました。

そして、マリアさまは、世界を滅亡から救うために、

ロザリオの祈りを唱えるように、導いて下さったのです。

私は、自分の苦しみを忘れて、マリアさまにロザリオの

祈りを唱えるようになりました。

ロザリオの祈りによって、マリアさまが世界をお救いに

なると信じていたからです。

なぜ信じることができたのかよく分からないなのですが

霊魂に信じるように、お恵みをくださったのではないで

しょうか。

私は世界の平和のために、マリアさまに毎日熱心に

ロザリオの祈りを唱えていたのですが、私は或る日、

イエスさまに自分の罪が許されたことを知りました。

そして、不安と恐怖の苦悩から救われたのです。

マリアさまは、真の神の母であると信じることができま

した。そして、イエスさまは神さまであることを知ること

ができたのです。

この不思議な体験は、人に言っても信じてくれることは

ないと考えて、誰にも言わないでいたのです。

けれども、マリアさまは、人びとがロザリオを祈り、世界の

平和を願って、神さまに立ち帰ることを願っておられる

のです。

私は、自分で考え、色々と活動をしてきましたが、神さま

を信頼していない人に、伝えることは本当に難しいと思っ

ています。

私は、キリスト教徒でない人に、マリアさまの愛を伝えたい

と考えていたのですが、ブログを読んで、カトリックの方

から、励ましの言葉を頂くことがあります。

人間の心を開くのは、私の言葉や力ではなく、イエスさまの

お恵みであると思います。

すべてのものに時があるように、私たちの回心も時が

あるのだと思います。

人間の生まれる日も、神さまの決められた日があり、

死ぬ日も神さまの決められた日があるのだと思います。

私は苦しみの試練を自分の力に信頼しないで、神さまの

強い力に信頼しました。

もし、私に不安や恐怖の苦しみがなかったら、罪のために

この世の生命の終わりに霊魂は地獄の火で永遠に苦しむ

ことになっていたはずです。

神さまのなさることは、本当に素晴らしいと思います。

人間に自由意志を与えて、ご自分の愛を信頼するよう

に教えておられるのです。

神さまは、人間をご自分の愛を現わす者としてお創り

になりました。私たちが神さまを愛し、神さまから愛され、

その教えを大切にするためです。

神さまの掟は、私たちが神さまの心を大切にし、掟を

守るように、助けてくださるのです。

神さまの掟は、霊魂を悪魔の誘惑から守るためで

あり、人間を厳しく罰するものではないからです。

私たちの心に人を愛したい、人から愛されたいと

いう切実な願いがあるのは、霊魂が愛のために

創られているからです。

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神さまの「愛」に感謝しましょう


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マリアさまは、神の母となり、この世の人間を悪魔の誘惑と滅びから

お救いになるために、イエスさまと共に、全人類の罪を贖ってください

ました。

イエスさまとマリアさまは、神さまへの愛のために、人間の罪が神さま

に許されるために、すべての人間の身代わりとなり、愛の犠牲を神さま

に献げて下さったのです。それは、神さまが、人間を愛しておられる

ことを証明して下さったのです。

イエスさまとマリアさまは人間を愛しておられるからこそ、大変お苦しみ

になり、この世の神となった悪魔に勝利されたのです。

神さまをおいて、イエスさまとマリアさまほど、人間を愛してくれる人は

いないのです。私たちの両親よりも先に、私たちを愛して下さったの

です。私たちが先祖から受け継いでいる原罪と私たち自身の犯した過ち

や罪が神さまに許されて、霊魂が悪魔の支配から救われ、罪から

清められるためです。

神さまの善によって、新しく生まれ変わり、神さまのおられる天国の

幸福に希望をもって、生きるためであります。

悪魔の誘惑に負けて、霊魂は神さまの愛に対して、罪を犯し、

人間に死が宣告されたのです。けれども、神さまの愛は、霊魂を

憐れみ、人間を悪魔から解放されたのです。

人間が神さまの元に帰ることが出来るように、道が開かれました。

この真理は、生命の最後は死ではなく、天国の幸福であり、永遠

の生命であることを教えておられるのです。

私たちの霊魂にとって、死から復活できるできることは、大きな喜び

であります。

神さまは、イエスさまの復活によって、歴史に介入されました。

イエスさまを死者の中から、復活されたからです。

イエスさまが人間の身代わりになって、十字架上でお亡くなりに

なり、三日後に復活されたのは、生命の道である天国の門を開

いて、霊魂が永遠であることを証明して下さったのです。

私たちの一番大切な生命は、肉体生命ではなく、霊魂生命で

あるという真実であります。

人間の生命が尊いのは、いつか死ぬ運命にある肉体の生命

にあるのではなく、霊魂の生命にあるからです。

ですから、私たちは、霊魂の生命を大切にしなければなりま

せん。神さまは、この霊魂を人間に平等に与えて下さっている

のです。

すべての人間は、原罪をもって生まれているのですが、それは

平等に与えられているのです。

私たちが、生まれた環境やその人の物の考え方、そして、心の

ありかたによって、心が形成されています。

そして、私たちの過ちや罪によって、心が歪められているのです。

罪というのは、この社会の法律だけではなく、神さまの掟(律法)

を無視しているためであります。

悪魔は、私たちを性の罪へと誘惑していますが、社会の法律では

姦淫は、罪にはならないために、益々、罪は増え続けています。

肉体は、快楽に依存し、霊魂は罪のために、不安と恐怖で苦悩

しているのです。

最初の人間が悪魔の誘惑に負けて、罪を犯したのが性の罪で

した。そのために、人間の知恵は悪を知り、罪を正当化するよう

になりました。

私たちの性は、子孫繁栄のためではなく、快楽に依存するよう

になり、悪魔の嘘を信頼するようになりました。

悪魔は、神さまを憎み、人間を憎んでいます。

なぜなら、悪魔は、神さまに創られた霊であるからです。

天において、神さまに反逆した霊であり、大天使でありました。

大天使ルチフェルは、天使の中でも、最も美しく、知恵のある霊

でありました。

神さまは、人間をお創りになることをお決めになり、そのことを

大天使や天使たちにお伝えになりましたが、大天使はそれに

反対し、イエスさまがこの世にお生まれになることにも、反対し

たのです。

肉体と霊魂をもった人間の存在が気持ち悪く、この世にお出で

になるイエスさまを礼拝することを拒んだと、伝えられています。

神さまは、大天使の反逆のことも、人間が罪を犯すこともすべて

をご存知であり、自由を与えられたようです。

神さまは、大天使の罪をお許しになりませんでした。

そして、地獄で滅ぼされたのです。

それで、悪魔と悪霊となり、この世に人間の罪が増すように

なると、人間を誘惑する自由を与えられるのです。

悪魔は、人間と違って純霊であるために、自分のしている

悪を後悔することがないからです。

悪魔は、悪を悪として行動しています。悪魔には、愛がなく、

自己愛の固まりであるために、後悔することがありません。

神さまは、悪魔をお許しにならないために、悪魔は神さまに

復讐できないからこそ、人間を神さまの愛から引き離し、罪

に誘惑して、霊魂を地獄へ導いているのです。

この世が神さまの愛を信頼できないのは、悪魔の狡猾な

嘘に騙され、欲望をコントロールされているからです。

悪魔は、人間に欲望を与えることで、この世の支配者と

なり、この世の神となって、崇められているのです。

私たちは、罪の意識を失い、悪を善として、行動して

いるために、その結果、苦悩することになります。

善である神さまは、人間が自分の誤りや罪を後悔し、大切

な愛を取り戻すように、教えておられるのです。

祈りは自分の心を反省するためであり、神さまに対して

罪を償う必要があるからです。

マリアさまの教えておられる「ロザリオの祈り」は、神さま

に心を開いて、罪を告白し、罪を許され将来の不安と、

死の恐怖から救われるためであります。

イエスさまは、この世によき知らせをもって、救い主と

して、来てくださいました。

イエスとは、「神はお救いになる。」という意味でありま

す。救い主とは、この世を悪魔からお救いになり、ご

自分を信頼する人びとの霊魂を天国に導くためであり

ます。

ロザリオの祈りは、神さまの「人類救済のご計画」を

知るための大切なお祈りであります。

神さまは、悪魔が古い女であるエバを罪に誘惑し、

すべての人びとが罪に陥ったように、同じ方法で

大天使ガブリエルを新しい女であるマリアさまに使

わせて、すべての人びとの霊魂にお恵みを与えたい

と望んでおられるのです。

私たちの霊魂を悪魔の奴隷制度から解放してくだ

さった、イエスさまの愛と救いに感謝しましょう。

ご自分の子どもであるイエスさまと霊魂の救いのため

に、ご自分を犠牲にして、神さまに愛を献げて下さった

母であるマリアさまに感謝しましょう。

そして、霊魂を悪魔から救うために、ご自分の子で

あるイエスさまに十字架の死の犠牲を求められるほど、

人間を愛され、大変お苦しみになられた神さまの無償

の愛に感謝致しましょう。

ルルドの泉より愛をこめて

聖母子




































 

マリアさまの預言<悪魔は滅亡に導いている>

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私は神のまことの母です。おん父のみことばが、私の乙女の胎内に人性を

まとって、あなたたちの兄弟 となられたのです。

イエスは、十字架上で、ご自分によって贖われ、救われた人性を私にまかせ

てくださいました。その時から私はすべての人間の母となりました。それで、

神と人類の母というというこの役割によって私は、あなたたちの生活と教会

の生活、そして、全人類の生活に干渉をもちます。この干渉は、天のおん父

のご計画を実現して、あなたたちを助けるためです。あなたたちの喜びと

平和の泉を神の完全な光栄のうちにみい出さねばなりません。

世界の平和は、おん父からあなたたちに与えられ、イエスによって、分配

され、聖霊(神の霊)の交わりによって心に刻まれるのです。

おん父は、おんひとり子(イエス)をお与えになるほど、この世を愛されまし

た。そのおん一人子は、世界に与えられた平和です。

そして、聖霊は、それによってのみ平和がほとぼし出ることの出来る唯一の

愛をあなたたちにもたらしてくださいます。

悪魔、サタン、いにしえの蛇、大きな龍はあらゆる手段を訴えてあなたたち、

さらに教会と人類から平和の貴重な祝福を奪いとるために働いてきましたが

今もそうです。

私の母としての役目は、あなたたたち皆を神との深い交わりの生活に導く

ことです。それはあなたたちに愛と平和の優しい経験を味あわせるために

ほかなりません。

今日、今この時代は、かってなかったほど、平和が脅かされています。

それは、神に対抗する私の敵の戦いが強烈に、あくどく、継続的、

普遍的になってくるからです。

こうしてあなたたちは、大試練に入ったのです。

あまりにも、悪魔から強迫され、悪霊たちによってうちひしがれた哀れ

な私の子らよ、あなたたちに対する大試練がやってききました。

あなたたちの危険は、神の恵みと、神の命に対する交わりを失うこと

にあります。

この神との一致こそ、私の子イエスが、贖いの時に、あなたたちの為

に獲得したものです。

十字架降下

<イエスさまは人間の罪の身代わりとなる>

イエスは、悪魔の奴隷制度から解放して、あなたたちを罪(悪)の束縛

から自由にしてくださったあの時です。
現代では悪がもう罪であると考えられなくなっています。あるいは、

しばしば、それを却って価値のあるもののように、何かよいものである

かのようにさえ考えて称賛しています。

マス・メディアの裏切りが影響して、悪が罪であるという認識が少しずつ

失われていきました。その結果、罪はますます増え正当化され、従がっ

て、神にゆるしを得るための告白もなされなくなってきています。

fatima

もし、あなたたちが罪の中に生活をするようになったら、あなたたちは

再び悪魔の支配に屈服し、その奴隷となって、その悪の力服従するよう

になります。

そうすれば、イエスがあなたたちのために獲得してくださった”あがない”

の賜物は無益となってしまいます。

その時、あなたたちの心と魂から、従がって生活からも平和は消えてし

まいます。こんなにも、強迫され、病んでいる私の子らよ、母である私の

招きを受け入れて改心と償いの道を進んで主に立ち帰りさない。

何よりも罪が最大の悪であることに目覚め、これが個人にとっても社会

にとっても、そのすべての悪の源であることを認めなさい。

もう決して罪の生活をしないでください。

もし、人間的な弱さからや悪魔の巧妙な誘いによって罪を犯したとした

ら、時を移さずすぐ告白しなさい。

告白を利用することによって、罪と悪の』広がりをふせぐ、効果的な薬

としなさい。この大試練の時は、まず第一に教会にきます。なぜなら、

教会が信仰の希薄さのためにゆすぶられ、棄教によって暗くされ、裏

切りによって傷つき、その子らにうち捨てられ、離教が分裂をもたらし、

フリーメーソンによって、占領され支配されるようになるからです。

こうして教会は、罪悪の人、すなわち偽キリストは、その時、教会内部

にその王国を持ち込むでしょう。

広がっていく残酷、破壊的な憎しみ、すべてを危険にさらす数々の戦争

誰も癒せない酷い様ざまな病気など、すでに重大な傷を受けた全人類

にとって、大試練が襲ってきました。

この新年の曙のに、恐ろしい第三次世界大戦の威嚇が益々増大し、

 火増しに重く心配の種となっています。

大試練の時が来たのです。ですから私の汚れなき心の安全な避難所

に急いで逃れる時も、そうです。すべての人に来ています。

信頼と信心において、強くなりなさい。

私があなたたちを待ち伏せている苦しい困難な予告の時を予告した

のは、あなたたちが、天の母に対する大きな信頼と信心のうちに生き

ることができるように助けてあげるためです。

私があなたたちの側近くにいるのは、あなたたちを助け、守り、保護

し、慰めて、晴れやかな平和の新しい時代をあなたたちに準備する

ためです。

やがて、大試練の後に、大きな平和と喜び、そして、偉大な聖徳

神があなたたちの内にお示しになる最も大きな勝利のその時が

あなたたちを待っています。

新しい年、1月1日の私の祝い日に私と共に祈って、あなたたちの

毎日の苦しみの辛さが慰められるという期待のうちに生きなさい。

今日私は、雛を守る雌鳥のように、あなた立ち守るために、私の

マントを広げ、父と子とと聖霊のみ名によってあなたたちみなを

祝福します・

「聖母から司祭へより」1991年1月1日より

光


















































 

マザー・テレサの教え<愛とゆるし>

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マザー・テレサは2016年に聖人となられて、私たちに人を

愛するために、人の過ちをゆるすことを学ぶように教えてお

られます。

それは、私たちの生活が愛のあるものとなり、人間の生きる

意味の素晴らしさを知るためであります。

私たちは、人の過ちや罪をゆるすことができないために、苦悩

しているのではないでしょうか。

それは、自分の力や考えを信頼しているからです。

人間の力は、自己を超えることができないために、神さまの

力に委ねて、「神さま、私が人の罪をゆるすことが出来るよう

にしてください。あなたが望まれるように導いてください。」と、

祈ることが必要なのです。

祈りというのは、神さまへの信頼であり、神さまへの希望であり、

神さまへの愛であります。

<人の罪をゆるすことを学び、私たちの罪も許されるように願い

ましょう>

先日、横綱の日馬富士が引退することが大きく報道されました。

宴席で、貴ノ岩に暴力を振るって、相手にケガを負わせたのです

から、何らかの責任をとる必要はあったのでしょうが、多くの

日本人もモンゴルの人たちも引退するとは、想像していなかったと

思います。

日本相撲協会は、日馬富士に暴力の責任をとって引退をさせ

ることで、事件の解決を図ったようです。

もし、彼が日本人であれば、引退することはなかったのかもしれ

ません。横綱は、人格も立派でなければならないと、求められて

いますが、相撲は強くでも、人間の心は弱いものです。

心が弱いからこそ、お酒が入らないと本音が言えなかったの

ではないでしょうか。

それでお酒の力を借りて、本当のことを言ったのではないで

しようか。そして、貴ノ岩が自分を無視してしまった為に、怒り

が爆発し、暴力を振るったのかもしれません。

私は暴力を振うのは、悪いと思っていますが、人間は心が

弱いために、お酒の力によって、自分の怒りを相手にぶつ

けてしまうのです。

お酒の力によって、心が大胆になり、後で取り返しがつか

なくなるのです。

適度のお酒は、人の気分をよくして、人間関係をよくする

場合もありますが、その反面には、人の心も変えてしまう

のです。

お酒の恐ろしさは、ここに隠れています。

多くの人は、お酒の恐ろしさに気づいていないのです。

これから、忘年会などで、お酒を飲む機会が多くなります

が皆さまどうか、お酒をほどほどにして、宴会を楽しんで

ください。

昔の人は、お酒を「気違い水」と言っていました。

人の心を狂わせてしまうためです。

脳がアルコールによって、麻痺してしまうのです。

人間の心は、お酒を飲まなくても善と悪が判断できな

いで、悪を善であると考えています。

それは、脳が善と悪を正しく判断できないで、錯覚するため

です。この原因は、人間の心に源の悪があり、”原罪”がある

ために悪を正当化してしまうためです。

脳が錯覚して、麻痺しているために、お酒が入ると、ます

ます、気がおかしくなってしまいます。

よくお酒によった人が「自分は酔っていない。」と、言い張っ

ています。

考えて見ると、人間の心は神さまのような知恵がなく、

正しい判断ができないのですから、いつか間違ったことを

したり、過ちや罪を犯しても、不思議ではないということに

なります。

だからこそ、私たちには神さまの救いが必要ではないで

しょうか。

人間はすべて、原罪という悪の芽を心にもっているために

「清く、正しく、美しく、」人生を生きてゆくことが困難であり

ます。私たちは人の罪を裁いてしまいがちですが、

この心の問題は、日馬富士だけの問題ではなく、

すべての人が心の闇を見直す、よい機会ではないで

しょうか。

神さまは、私たちが自分の罪を後悔するために、祈る

ように、教えておられます。

神さまは、後悔する人をゆるして、下さるためです。

そして、私たちにも人の罪をゆるすことが求められてい

るのです。

神さまは愛と正義であり、私たちが人の罪をゆるさない限り

私たちの罪もゆるしてくださらないからです。

神さまの愛とは、私たちの罪をゆるされること、そして、人

の罪をゆるすことを謙遜に学ぶのです。

心の癒しとは、イエスさまによる罪のゆるしであります。

12月8日は、マリアさまの無原罪の宿りの祝日であり

ます。マリアさまは人間の中でただ一人、原罪を免れて、

無原罪でお生まれになりました。

神さまは、この世の人間を悪から救うために、救い主

として、イエスさまを送ってくださいました。

マリアさまに神の母という特権を与えるために、人間の

罪の汚れを取り除かれたのです。

ですから、マリアさまは、罪の汚れがなく品位があり、清く、

正しく、美しいのです。

神さまの愛と救いは、罪の汚れのある私たちが、マリア

さまのように、清く、正しく、美しく生きていくように、

お恵みを与えて下さるのです。

罪に陥った人間が、悪魔から救われて、神さまの子供と

なり、天国で幸福に生きるように、望んでおられます。

イエスさまは、今も復活して生きておられるので、私たちに

とって、大きな希望となるのです。

私たちが心を変えて、回心するように、助けておられるから

です。ですから、私たちにとって、救いであり、大きな喜びで

あります。

イエスさまは人間を救うためには、神さまの愛を除いては、

あり得ないことを身をもって教えて下さったのです。

イエスさまの十字架は、苦しみの象徴でありますが同時に

愛の象徴であります。

神さまの「愛」だけが、世界を滅びからお救いになるのです。

イエスさまを信頼するキリスト教国に、戦争があり、罪がある

のは、彼らは神さまの正しい教えを守っていないからです。

そのために、自分たちの罪を正当化しているのです。

彼らは、神さまを信頼せず、自分の力を信じて、欲望の悪魔

を崇拝しているからです。

悪魔は、「あなたが私を崇拝すれば、世界を与えよう。」

と、約束をしたのです。

マリアさまが、「世界の平和のために、ロザリオの祈りを

唱えさない。」と、教えておられるのは、ロザリオの祈りを

通して、人びとの心の罪をゆるされ、回心へと導くためであり

ます。

イエスさまの罪のゆるしによって、人間の心から悪魔の

霊を取り除いて、神さまの聖なる霊を与えて下さるのです。

私たちが罪の恐ろしさに目覚めて、狡猾な悪魔の滅びから

救われるためです。

イエスさまの愛は人びとに神さまの霊を与えて悪魔の間違

った教えから救い出して、この世界を愛と平和に導いてく

ださるのです。

主の誕生

































神さまに救いを求めて

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<幸せのはじまり”扉”>

「求めなさい

そうすれば、与えられる

探しなさい

そうすれば、見つかる

門をたたきなさい

そうすれば、開かれる 」

(ルカ11・9)

人間の悲しみや苦しみは、私たちにとって、

神さまの神秘を知る大きな意味があります。

この世は、悲しみの旅、苦しみの旅であり、

涙の谷を乗り越えて、強く生きてゆくためには、

神さまの愛と救いが必要 であります。

マリアさまは、悲しみの母であり、苦しみの母で

あります。

イエスさまの母となって、人間の救いに協力される

ために、大きな苦しみと大きな悲しみを体験され

ました。マリアさまの悲しみは、人間のどんな悲しみ

とも比較にならないものです。

ですから、人間の苦しみや悲しみを優しい心の母 と

して、理解して下さっているのです。

マリアさまの愛と救いに寄りすがりましょう。

マリアさまは、神さまの救いに導いて下さる

幸福の女神であります。

人間の不幸感を本当の幸福に導いて下さる

ただお一人の方であります。

マリアさまに愛と救いを求めて

マリアの家 、ルルドの泉にいらっしゃい。

天使






 

心から新しく生まれ変わる

主の誕生

<クリスマスは神さまの愛と平和の贈りもの>

 もうすぐクリスマスです。

心から新しく生まれ変わり、楽しいクリスマスと新しい年が

良い年となるように祈りましょう。

クリスマスの意味は、神さまがこの世に愛と平和を与える

ために、人間となって来て下さったのです。

神さまの愛と救いに感謝致しましょう。

 戦争のない世界の平和を願いましょう。

☆ 神さまに日本の平和を願いましょう。

☆    心の愛と平和を願いましょう。

☆   家庭の愛と平和を願いましょう。

イエスさまは、人間に愛と平和を与えるためにマリアさまの

子供となって、この世に来てくださいました。

イエスさまの誕生には、神さまの神秘があり、私たちが神さま

の子供として、魂から新しく生まれ変わることができるためで

あります。

イエスさまが、聖霊によって、マリアさまを母として、お生まれに

なられたように私たちの魂も聖霊によって、マリアさまを母とし

て、新しく生まれる変わることができるためです。

マリアさまが私たちの霊的な母となり、心の母となって下さった

のは、私たちを悪魔から救い、神さまの正しい道に導いて下さ

るためです。

人間が同じ母から生まれた子供であれば、その母の心を尊敬

し、大切にするのではないでしょうか。

そして、父が神さまであれば、すべての人類は皆な兄弟、姉妹

となり、この世は愛と平和な国が実現するでしょう。

マリアさまは、イエスさまの母となることを喜んで受け入れて、

私たちの母となることも、受け入れて下さったのです。

マリアさまは、イエスさまの母となることは、大きな苦しみであ

ることを知っておられたのです。

それでも、イエスさまの母となり、人間の救いに協力して

下さったのは、神さまを愛されて、私たちを愛してくださった

からです。

私たちの両親よりも先に私たちを愛してくださったのです。

神さまをおいて、マリアさまほど私たちを愛して下さる方は

誰もいないのです。

マリアさまの偉大な愛に感謝致しましょう。

私たちが神さまの子供となって、魂から新しく生まれ変わる

ために、聖霊の恵みによって、霊的にマリアさまから生まれ

ることができるのです。

神さまが両親を通して、人間の魂を創造されたように、神さま

は魂を再創造することがお出来になるのです。

イエスさまは、聖霊によって、マリアさまからお生まれになり

ました。それは、私たちも聖霊によって、マリアさまから霊的に

生まれ変わることが出来るためです。

イエスさまは、私たちの魂から悪魔の霊を追い出し、神さまの

霊である聖霊を与えて下さるのです。

マリアさまは、私たち子供の母となって、聖霊の恵みを取り次

いで下さるのです。

イエスさまが、人間であるマリアさまの子供としてお生まれに

なったように、神さまは、マリアさまを人類の新しい母として、

新しい女であるエバとして、お選びになられたのです。

人間の罪が、女であるエバからこの世に入り、すべての人間

が堕落し、罪に陥ったのです。

けれども、神さまのお恵みは、人間の罪とは、比較にならず、

新しいエバであるマリアさまによって、この世に救いが入る

ことになりました。

人間が神さまを信頼できないのは、人びとがマリアさまの

愛を信頼できないためです。

マリアさまに神の母としての高い地位と特権を与えられ、人

びとがマリアさまの愛と謙遜を学ぶように導いておられるの

です。神さまの神秘であります。

神さまは、全能であり出来ないことは何もないからです。

全宇宙をお創りになり、人間を創造されて、ご自分の愛を現

わす者とされたのです。

人間の求める「永遠の愛」は、神さまの「愛」にあります。

私たちの心に人を愛したい、人から愛されたいという切実

な願いがあるのは、そのためです。

人間の生きる目的は神さまを愛し、人を愛することにあるの

です。神さまを愛するとは、大切にするという意味であります。

神さまの掟を守り、神さまを大切にするのです。

神さまの掟を守ることができるように、マリアさまのように

謙遜になって、お祈りをするのです。

「私は弱い者です。ですから、神さまの教えを守ることが

できるように、助けてください。」

神さまは、ご自分の力を与えて下さり、人間は守ることが

出来るのです。

祈りというのは、どんなことでも、自分の力で出来ると考え

ないで謙遜な心で、神さまの助けを願うことであります。

マリアさまの強さは、この謙遜な心にあるからです。

人間は謙遜にならなければ、神さまに救われないためです。

エバは、傲慢の罪によって、悪魔の誘惑に負け、神さまの

教えに背いたからです。

人間の自己信頼は、傲慢となって、悪魔の教えに従い、

神さまを信頼できないからです。

悪魔の教えは、自分の立場をよくするためにあり、立場

を守らせるものです。

けれども、神さまの教えは愛であるために、相手の立場に

なって、物事を考えることにあります。

相手の立場になって考えるからこそ、優しい心になり、神さま

が癒して下さるのです。

相手の立場になって考えるためには、自分の心を反省

することが必要であります。

祈りとは、神さまの教えを自己の中心に置いて、心を反省

するためであります。

祈りを通して、マリアさまの謙遜な心を学び、神さまはお恵

みを与え、人生を導いて下さるからです。

人間が神さまのように、完全で正しい者であれば、神さまの

愛は必要ではないでしょう。

人間は、神さまのように出来ないからこそ、「私には出来ませ

ん。どうか私が出来るようにしてください。」と、謙遜に祈るこ

とが必要なのです。

悪魔は、傲慢の罪のために、神さまに反逆し、天を追放され

ました。自分のしている悪を反省することがないために、神

さまに救われないのです。

ロザリオの祈りを通して、マリアさまの子供となり、謙遜のお恵

みが与えられ、心から新しく生まれ変わりましょう。

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ロザリオの祈りは<副作用のない治療薬>

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<ロザリオの祈り・天使祝詞>

「めでたし聖寵(せいちょう)満ち満てるマリア、主おん身と共に

まします。おん身は女のうちにて祝せられ、ご胎内のおん子

イエスも祝せられたもう。

天主のおん母聖マリア、罪びとなる我らのために、今も臨終

の時も祈り給え。 アーメン

神のおん母聖マリアは、賛美されますように。

聖霊の浄配なる聖マリアは、賛美されますように。」

ロザリオの祈りは、「天使祝詞」の祈りが中心になっています。

心と身体の癒しを求めて、今日から、マリアさまの取次ぎを願っ

て天使祝詞をお祈りされて見ませんか。

救いは、今この瞬間です!

ロザリオの祈りは、神さまへの希望となり、副作用のない最善

の治療薬です。

最初は、毎日朝と夜に三回お祈りして見てください。

その中で、マリアさまにあなたのお願いをしてください。

そして、慣れてきましたら、一日に十回お祈りしてください。

ロザリオの祈りは、新約聖書の要約を祈るものです。ブログに投稿

していますので、ご覧ください。

「ロザリオの祈り」は、人間のあらゆる痛みの癒しであります。

マリアさまの受けておられる特別なお恵みを賛美し、崇敬の心

で、ご挨拶するのです。

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大天使ガブリエルがマリアさまにご挨拶されたように、「天使祝詞」

を祈りましょう。

「めでたし」を絶え間なく繰り返すのですから、他の祈りを唱える

よりも、その大変さがあります。

けれども、大変さに屈さず、ロザリオを唱え続けることが大切で

あります。人間は信心業よりも、祈りの業が必要であることを

イエスさまが教えておられるのですから。

    祈りの業によって、イエスさまのお恵みである聖霊が与えられのです。

聖霊は、神の知恵、神の霊であります。

画像au1 219カトリック教会に聖人や善人たちが多くいらっしゃるのは、祈りの業に

あったのだと思います。

残念なことに、カトリック教会では、ロザリオの祈りは古いもの

であるとされて、現在ではカトリック教会でも唱えらる人は小なくなり

ました。

そのことが、神さまとマリアさまへの信頼を失っているようです。

        悪魔は、人びとからマリアさまへの祈りを止めさせるように常に

  働いています。マリアさまの取次ぎの力を恐れているためです。

マリアさまは、ロザリオの祈りを通して、人びとをイエスさまの

救いに導いておられるからです。

私は20年以上前に、マリアさまにロザリオの祈りを唱えて、

イエスさまに罪が許され、悪魔から救われました。

イエスさまに罪が許されて、イエスさまは唯一の神であると

信頼することができたのです。

神さまの愛を信頼しないで、悪魔の欲望を求めて、盲目に

生きていました。魂は罪のために恐怖で地獄の滅びに進ん

でいたのですが、気づくことはありませんでした。

マリアさまは、ロザリオの祈りに導いて下さり、私の魂を

地獄の滅びからお救いくださったのです。

魂を地獄からお救いくださったイエスさまとマリアさまに

感謝しています。

私の体験したイエスさまの愛と救いを今、不安と恐怖の苦しみの

中にいるすべての人にお伝えしたいと願っているのです。

ロザリオの祈りは、人間のすべての心と身体の痛みの癒し

です。マリアさまにお恵みを求めて、祈りに向いましょう。

ルルドの泉より愛をこめて

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心を変えて回心するために

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<心を変えて回心する>

「一人の女エバによって、罪がこの世に来たように、一人

の女マリアによって救いの恵みがこの世に来た。」

(創世記3・15)

日本の奇跡、秋田の聖母マリア像が示す101回の意味を

知り、自分の魂を悪魔の滅びから救済しましょう。

私たちは、自分の心が分らなくなってしまうことがあります。

なぜなら、自分の望む善いことをしないで、望んでいない悪

いことを行っているからです。

それで、悪いことを行っているのは、本当の私ではなく、心の

中に棲んでいる罪であります。私の心は罪によって、悪魔に

支配されているために、自分の心を支配できないのです。

ここに、人間の大きな悩みがあるのではないでしょうか。

本当の自分とは、肉体ではなく、魂の存在であります。

人間の救いが必要なのは、魂が悪魔から救われることで

あります。

心に隠れた罪を知り、魂を滅びから救済しましょう。

神の子イエスさまは全人類の救い主として、この世におい

でになり、ご自分の生命と引き替えに、全人類の魂を悪魔

から買い戻して下さいました。

そのために、イエスさまの愛に希望し、信頼することが大切

です。

神さまの敵である悪魔は、最初の女であるエバを利用し、神さま

の掟に背かせることに成功しました。

そのために、すべての人間は神さまの愛を信頼しないで、悪魔

の嘘を信頼し、その間違った教えに従って、悪を行っているの

です。私たちの心は、神さまの掟に背いているために、罪の意識

を失っているのではないでしょうか。

私たちが自分の罪を正当化しているのは、このためです。

人間は、罪のために、魂を悪魔に売渡しているのです。

イエスさまは人間の魂を悪魔の滅びからお救い下さるため

に救い主として、この世に来てくださいました。

イエスとは、「神はお救いになる」という意味です。

魂は、霊的な存在であり、神さまがすべての人間に平等に

与えてくださった大切な生命であります。

人間が平等であると言うのは、魂が平等であるためです。

人間の生命は、肉体生命と霊魂生命から成り立っています

が、私たちは魂を目で見ることが出来ない為に、魂の存在

を無視しているのです。

ですから、私たちが罪を犯すと、魂が不安と恐怖で苦悩する

ことになります。

心の不安と恐怖は、魂が神さまに救済を求めているため

です。私の支配者は、魂であります。

私の肉体は、魂の意思によって、行動しなければなりません。

けれども、魂には悪魔という怪物が棲んでいて、私の心を支配

しているのです。



神さまは完全な善であり、人間の心に善を与えておられます。

悪魔は、悪の生みの親であり、人間の心を悪に導いています。

私たちの欲望は悪魔が誘惑するために、人間の知恵は善と悪

を正しく判断できないで、罪に陥ってしまいます。

自分の悪い行動がどこから来るのか分らなくなるのは、悪魔

が心の裏側に隠れて導くためです。

魂は、神さまに愛と救いを求めているのですが、私たちの心

には、他の法側があり、悪魔が与える欲望を求めて、それに

コントロールされて生きているのです。

イエスさまは、人間の心から悪魔を追い払い、ご自分の霊を

与えようとしておられます。

<悪魔はこの世の神となる>

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魂の敵である悪魔は、この世の支配者であり、私たちの

肉体を支配しているために、魂が死んでいるのです。

悪魔は、神さまの敵であり、人間の肉体に欲望を与え、

この世に君臨しています。

人間の知恵は愚かであるために、欲望を与える悪魔を神で

あると信頼しているのです。

私たちは欲望や罪の恐ろしさを知らないために、罪が明らか

になるまでは、悪魔を捨てることがないのです。

悪魔は、神さまの真似をして、病気を奇跡で治したりするため

にこの世は、悪魔を崇拝しています。

悪魔は、魂を地獄で滅ぼすために、人間に欲望を与え、罪

に誘惑していますが、人間は知らないのです。

人間が真理である神さまと悪魔を見分ける力は、神さまの

霊によるものです。

心の闇となっている罪からお救いくださるのは、魂を与えて

下さっている真実の神さまであります。

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<亡くなった魂は人間に祟らない>

日本の神道や仏教では、魂を鎮静させる為に神社や仏閣を

建立し、先祖の供養や儀式(お払い)を行っていますが亡くな

った人の魂がこの世の不幸や災いを起こすのではありません。

人間に災いを起こすのは、悪魔や悪霊であり、死者が祟ってい

るように見せかけて、人間を騙しているのです。

人間は自分の犯した罪に恐れているために、死者が祟っている

と信じてしまうのです。

不幸は、私たち自身の心によって、生じる場合もあります。

私たちの心はいとも簡単に悪魔や悪霊に、誘惑され、簡単に

騙されてしまいます。

先祖は子孫に祟ることはありません。

先祖の魂は、お墓の中にいるのではなく、この世の行いで

神さまの正義によって、来世を決められるのです。

画像au1 219
<来世の天国、煉獄、地獄について>

人間が死んでも魂は、不滅であります。天国、煉獄、地獄は

私たちのこの世の行いによって、神さまの正義によって、

裁かれ、来世が決められます。

天国は、神さまのように、完全な善人で魂の清い人が幸福に

生きる所であります。

煉獄は天国に入るほど、完全な善人ではない魂が清められ

る所であります。清められて、クリスマスの日に天国に入る

とマリアさまは、教えられています。

天国に入る魂は少ないと言われています。

地獄は、魂が大罪を犯し、改心もしない為に、永遠に神さま

に罰せられ、火で苦しむことになります。

神さまは愛であり、魂を地獄で滅ぼすことを望んでおられま

せん。ですから、私たちの魂が罪を捨て、改心をするように導

いておられるのです。

改心は、生きている間でなければ、出来ず死んで後悔しても

すべては、遅いのです。

地獄で滅びる魂は、大罪を犯した人や偽善者でありましょう。

悪人でありながら、善人を装っているためです。

この世で、善人が苦しみ、悪人が栄えているのは、来世が

あるために、この世の矛盾が解決できるのです。

神さまは、正義の裁判官であります。

神さまは、全能であり、すべての人間の行いを天から見て

おられるからです。

昔の人が、天がすべてを見ていると言ったのは、神さまのこと

を教えていたのではないでしょうか。

私は、神さまの元には、コンピュターのようなものがあって、

人間の行いをすべて、記録されているのではないかと思うこと

があります。

悪魔は、それを知っているから、この世でコンピュターを科学者

に発明させて、神さまの真似をし、人間の行動を記録し、監視し

ているのではないでしょうか。

<人間は罪の意識を失っている>

悪魔は、人間の心が罪の意識を失うように、陰で働いています。

そして、私たちの罪が大きくなると、過大し、罪を意識するように、

働き、失望させるのです。実に狡猾であります。

マリアさまは、人間は失望という病に負けて、神さまへの希望

を失っていると教えておられます。

私たちは、自分の力を信頼するために、失望してしまうのです。

魂の求めて、神さまの力、マリアさまの力を信頼しましょう。

悪魔は良心を攻撃しているからです。

<心の弱さを認めましょう>

良心である魂が弱いからこそ、神さまの強い心が必要です。

私の肉体を支配している悪魔に、魂が勝利するためには

心に神さまをお迎えすることが大切です。

神さまの正しい霊を魂に頂くために、神さまに希望し、神

さまを信頼しましょう。

神さまを信頼するために、祈りの力が必要なのです。

聖書には、「求めなさい。そうすれば、与えられる。」と、あり

ます。求めなさいというのは、神さまに祈りなさいという意味

であります。

人間とは、強そうに見えても、本当は弱い者であります。

人間は、普段は傲慢に強がりを言って、生きていますが、

心には不安や死への恐怖があります。

神さまは、不安や恐怖からもお救いくださるのです。

不安や恐怖の苦しみこそ、神さまを信頼する救いのチャン

スであります。

主の横顔

<苦しい時の神頼み>

神さまと人間の出会いは、苦しい時であります。

私がマリアさまに導かれ、神さまに救われたのは、苦しい

時でありました。

私は神さまの掟を無視し、この世の幸福と引き替えに悪魔

に魂を売渡していたからです。

罪の意識を失い、改心もせず、魂は地獄の滅びに向って

進んでいました。

慈悲深いマリアさまは、私の憐れな魂を地獄の滅びから

お救いになるために、ロザリオの祈りを唱えることを教

え、お恵みを与えて下さいました。

fatima

<マリアさまに魂が救われて>

マリアさまは、私のように大きな罪を犯して、地獄で滅びる

魂でさえ、お救いになることができるのです。

悪魔は、マリアさまの強い力を知っているために、キリスト教

からマリアさまへの信頼を失わせているのです。

私の魂は、ロザリオの祈りを通して、イエスさまに罪が許され、

改心のお恵みを与えられ、悪魔の奴隷制度から解放されたの

です。奴隷制度とは、人間の魂は、悪のために悪魔に売り渡

され、その奴隷となって、支配されているためです。

それで、魂には愛への自由、善への自由がないのです。

十字架降下

<十字架の死は人類の魂を悪魔から救うため>

イエスさまの愛は、人類の魂を悪魔から買い戻すために、ご自分

の生命を十字架に架けて、罪の身代わりになって下さいました。

イエスさまの十字架の死によって、人間の魂を悪魔の奴隷制度

から解放してくださったのです。

イエスさまが神さまに人間の罪の償いをし、犠牲となって、

人間の魂を悪魔からお救い下さったのです。

そして、人間に天国の門を開いてくださいました。

イエスさまの救いを信じる人に、神さまは聖霊を与え、悪魔

の誘惑から守り、人生を正しく導いてくださるのです。

人間は神さまを信頼するが必要であります。

イエスさまは、真理である神さまを証明されるために、この世

に来て下さり、

ご自分の生命を捧げて、人類をお救いくださいました。

精神の解放とは、魂の自由であり、神さまの恩寵であります。

神さまの恩寵によって、魂は愛への自由、善への自由が可能

となるのです。

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本当の自分を求めて、魂の救いを願いましょう。

 マリアの家 ルルドの泉にいらっしゃい。

名古屋052(852)7768  樋口 ゆき

 カウンセリングを行っています。ご予約をお願いします。

仕事で出ている場合が多いので留守番電話にメッセージを入れ

ておいてください。留守の場合は、後ほどこちらからご連絡させて

いただきます。

天使





















































































神さまの愛と救いについて

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<観音さまはマリアさま>

神さまは、この世を悪魔の支配からお救いになるために、乙女マリア

をイエスさまの母として、 お選びになり、神の母という特権を与えられ

ました。 

神さまの人類救済のご計画は、人間の罪(悪)が女であるエバから

この世に入り、すべての人間が悪を知ることになった為に、この世

の救いは女であるマリアさまから入り、無原罪でお生まれになり、

イエスさまの母となって、罪の汚れのない人となったのです。

マリアさまは、人類の新しい母(エバ)となり、神さまに人びとの

救いを取り次ぐ人となられたのです。

日本人に神さまの救いが教えられていないのは、マリアさまへ

の信頼がなく、マリアさまにお祈りもされていない為であると思

っています。

私は、仏教の観音さまはマリアさまであると信じています。

上の千手観音さまの墨絵は、私を見てある霊能者が自動書記で書

かれたものです。マリアさまは、観音さまの姿をして、人びとをお救

いになっておられるからです。

仏教は、古代ユダヤ教である景教の教えを受け継いでいます。

神道も、ユダヤ教、古代キリスト教の儀式を行っています。

ユダヤ教は、様ざまな宗教に分裂し、裏では一致しているのです。

ユダヤ教が世界を統一するためには、キリスト教を分裂、対立

させ、崩壊する必要があったようです。

今日、カトリック教会とプロテスタント教会が一致しょうとしています

が一致して、マリアさまへの信仰を排除しています。

現代の私たちが神さまの掟に背くように、悪魔に誘惑されている

ように、古えのエバも、悪魔は知恵を木の実を食べるように

誘惑をしました。悪魔は、人間の知恵に悪を教え、悪の毒で、

血液を興奮させ、その快感に依存させるためです。

脳は、悪を善であると錯覚し、麻薬のような快感に依存して

魂(生命9は滅びに進んでいるのです。けれど、人間は気づ

いていないのです。

<最初の人間であるアダムとエバの原罪について>

最初の女であるエバは、神さまの教えに背いて、悪魔の嘘を信じ

その欲望への誘惑に負けて、悪を知りました。

エバは、夫であるアダムを誘惑する者となって、二人で悪を知り、

罪を犯してしまいます。

神さまは、最初の人間、アダムとエバをお創りになった時、楽園

において、次のように命令されました。

「楽園にある善の木の実(生命の木の実)は、食べてもよいが、 悪

を知る知識の木の実は食べてはならない、それを食べるとあなた

方は罪を犯し死ぬことになるといけないから。」

美しい蛇の姿をした悪魔は、楽園に来て、エバを誘惑します。

「神の言うことなど信じるな、この知識の木の実を食べると

あなたの目が開き、神のように知恵のあるものになれること

を知っているから、神はあなたたちを支配するために禁じて

いるのだ。私もこの知識の実を食べて、話しをすることがで

きるようになったのだから。」

エバは、神さまの心を疑うようになり、悪魔の教えを信じるよ

うになりました。

それで、「私も神のように知恵のあるものになりたい。」という

高慢な望みを抱くようになり、悪魔の誘惑に負けて、知識の

木の実を食べてしまいます。

私たちの心に善と悪の二つの心があるのは、このためで

あります。

善の心は、神さまが人間に与えて下さり、悪の心は、悪魔

が人間に与えて、支配しているためです。

人間の悪は、天において、大天使ルシフェルから始まり、仲

間の天使たちと一緒に神さまに反逆して、悪天使となりまし

た。天国を追放され、地獄で滅ぼされて、悪魔、悪霊となり、

この世の人間を誘惑するものとなったのです。

アダムとエバも天国を追放され、この地上に住むようになり

ましたが神さまはアダムとエバの罪をゆるされ、回心したと

伝えられています。

神さまは、人間が天国で、永遠に生きるためには、悪を

知らないように命令されたのです。

神さまは、完全な善であり、神さまには悪がないからです。

私たちは悪がどこから来るのか分からないのですが、

悪の始まりは、悪魔から人間に由来しています。

これが、キリスト教の原罪説であります。

人間は、生まれながら魂に原罪の陰をもっていると言う

教えであります。

そして、成長するにつれ、好奇心によって、悪の道に

入っていくようになります。

人間にとって、悪は魅力的であり、自己に満足を与える

ものであります。

欲望の満足が快感となり、麻薬のように悪魔の虜にな

ってしまうのです。

私たちの心は、正気を失い欲望に狂っているので、魂が滅び

に進んでいても、気づくことがありません。

神さまの愛と救いは、悪の道に入り、自ら滅びに進んで

いるこの世の人間の魂を悪魔の支配から解放されること

にあります。

人間の魂は罪のために、悪魔の支配下に置かれ、その

欲望の奴隷となっているためです。

悪魔がこの世界を支配しているのは、人間の心を罪で

コントロールしているからです。

悪魔は、この世の闇の王であり、神であるためです。

神さまの人類救済のご計画は、この世が悪魔の世界と

なり、人間の魂が地獄で滅びるのをお救いになるため

です。だからこそ、全能の神さまであります。

神さまは、ユダヤ教とキリスト教を分離されたのは、ユダ

ヤ教は、自力であるためです。

ユダヤ教は、律法を守ることで、神さまに祝福されると

考えていました。律法とはモーセに与えられた十戒です。

ユダヤ教のパリサイ派や律法学者たちは、人間が正しい

者になるのは、律法を守ることであると教え、律法を守る

ことができない人たちを罪深い者として、厳しく裁いていま

した。律法を重視する彼らは、神さまを介さず、神さまへ

の愛がありませんでした。

日本の社会も同様ではないでしょうか。

社会の法律を守る人は、正しい人であり、守ることがで

きない人は、罪深い人であると考えているからです。

ユダヤ教の律法にも、日本の法律にも殺人は、罪である

と定められています。

けれども、人間は神さまの掟を無視し、恐ろしい戦争

を引き起こし、殺人を犯しているのです。

人間の知恵は、法律(憲法)を自分たちの都合のよい

ように変えて、戦争の罪を正当化しているのです。

ここに人間の罪が隠れているのです。

ユダヤの社会も日本の社会も、神さまの愛を無視し

自分たちの利益のために、生きているからです。

神さまは、この世をお救いになるために、人間の

姿になって、目に見える人となって、来てくださいま

した。

神の子であるイエスさまをこの世に送られて、人

びとを苦悩から、悪魔からお救いになったのです。

イエスとは、「神はお救いになる。」という意味です。

イエスさまは、苦悩している人びとの魂から悪魔を追

い出し、罪をお許しになり、改心のお恵みを与えられ

ました。

汚れた悪魔が追い出されて、人びとは、罪から目覚め

神さまの愛と救いを信頼するようになりました。

私たちの救いも同様ではないでしょうか。

ユダヤ教の聖職者や日本の権威ある人たちや自分

は正しい者であると考えて、高慢となり、社会で法律

を破り、罪を犯した人たちを厳しく裁いている人たちは

神さまの目から見ると、正しい人ではないからです。

イエスさまは、人間が正しい人になるのは、神さまへ

の信仰によるものであると教えておられます。

マリアさまは、神の母となり、イエスさまに救われて、

最初のキリスト者になられたお方です。

神のみ使いである大天使ガブリエルは、マリアさま

に現れて、「あなたは、神の母として選ばれ、祝福

されました。イエスの母となるのを受け入れますか?」

マリアさまは、ご自分の救いを決めなければなりません。

神さまの言われることは、人間の理性を超えていて、

理解できませんでした。

けれども、マリアさまには、神さまへの信仰があり、理解

できなかったのですが、『謙遜〕になって、それを受け入れ

られたのです。

この『謙遜』にマリアさまの偉大さがあるのです。

最初のエバは、自己信頼である傲慢によって、神さまの

教えを裏切り、悪魔の誘惑によって、罪を犯しました。

新しいエバであるマリアさまは、神さまへの信仰である

謙遜によって、大天使のお告げを受けて、神の母となり

救われる人となったのです。

ユダヤ教が自力であり、キリスト教が他力であると言うの

は、律法を守ることで、正しい者になれるというユダヤ人

的な考えと、マリアさまのように、神さまの教えを謙遜に

受け入れて、聖霊(神の霊)の恵によって、正しい者に

なれるという考え方であります。

キリスト教の中にも、ユダヤ教の考え方があるのは、

人間の知恵で考えているためです。

ですから、キリスト教の中にも、自力があるのです。

マリアさまは、神さまの霊である聖霊によって、イエス

さまを身ごもり、神の母となられました。

聖霊によって、イエスさまをお産みになり、神さまの

なさることを絶対的に信頼されたのです。

マリアさまは、ご自分の身に起きた不思議な出来事

を人びとが信頼し、多くの人が救われるように、助け

ておられるのです。

マリアさまが、神さまの神秘を信頼できたのは、聖霊

によるものでありましょう。

聖霊は、マリアさまと共にいたからです。

地上に住む人間が、神さまの救いを信頼できるのも、

聖霊のお恵みによるものです。

マリアさまは、私たちが神さまの「人類救済のご計画」

を知るために、ロザリオの祈りを唱えるように、教えて

おられます。

ロザリオの祈りを通して、私たちに聖霊のお恵みを

取り次いでおられるのです。

人間の救いは、聖なる霊である神の霊力にあります。

悪魔も霊であり、神さまに創られた大天使であります。

人間のように、肉体がないために、目で見ることはでき

ません。

反対に悪魔や悪霊は、人間の心を霊の目で見抜き、

悪の道へと導くのです。

私たちが悪魔の誘惑に負けて、欲望が与えられ、罪

を犯すのは、このためであります。

大天使が神さまに反逆し、汚れた霊となり、神さまの

真似をして、人間に欲望を与えているのです。

悪魔は、神さまの敵対者となり、フリーメーソン(イルミ

ナティ)の組織によって、神のように君臨しています。

彼らは、悪魔を崇拝しているからです。

そして、神さまを信じていない、人びとも自己信頼によっ

て、悪魔の間違った教えを信頼しているのです。

さらに悪いことに、プロテスタント教会、カトリック教会を

支配することに成功しました。

他のすべての宗教も、支配下に置かれています。

人間は真実の愛である神さまを信頼せず、嘘つきで

ある悪魔を神のように、信頼しているのです。

真実の神さまの愛と救いを信頼しないで、生きると

いうことは、人間にとって、恐ろしいことではないで

しょうか。

マリアさまに救いを求めて、ロザリオを祈り、神さまの愛

を信頼できるように聖霊のお恵みを願いましょう。

イエスさまとマリアさまは、新しいアダムとエバとなり、

神さまの似姿となり、新しい人間が完成されたのです。

神さまは、罪に陥った人間に聖霊の恵みを与えて、罪を

ゆるし、イエスさまとマリアさまのように完成された者に

して、天国に導きたいと望んでおられるのです。

聖霊の恵みによって、心(魂)から生まれ変わり、新しい

人生をやり直し、神さまの子供として、天国の幸福を願い

ましょう。

画像au1 083

<最後の晩餐>

 







































































































この悪がキリスト教の教える原罪であります。







 

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