昨日、二人の死刑が執行されました。死刑廃止論者であった千葉法相の重い決断で
あったと言われています。
死刑因に身内を殺された人の無念さは、果た
すことが出来たのでしょうか。
被害を受けた方たちの心の苦しみは、
癒やされることはなく、もっと深い苦しみになってしまうのでは
ないでしょうか。
この死刑執行の大きな問題を是非ご一緒に考えてみましょう。
私がまだ神さまを信じていない時、朝日新聞の記事を通して、
「スージーはどこへ」(聖山社、マリエッタ・ジェイガー著)という
一冊の本と出合いました。
その本がきっかけで、キリスト教の”愛とゆるし”の素晴らしさ
を始めて、知ることが出来たのです。
その内容は、アメリカの主婦、マリエッタ・イェーガーさんが旅先で
我が子スージちゃんを殺されるのです。彼女は、その時の気持ちを
次ぎのように言っています。
「はじめは、犯人に復讐したかった。
モンタナ州では、誘拐殺人は死刑ですが、できれば自分の手で
犯人を殺し、ニコッと笑ってやりたかった。」そして、
「夫とも話したものです。スージーが無事に帰って来ても、
この苦しみは消えない。相手を生かしておくものかって」・・・・・・。
その憎しみをご存知の神さまは、彼女に「犯人をゆるすように」と、
言われました。
けれども彼女は、神さまに「この苦しみは、犯人をゆるすことは
出来ません。」と、言います。けれども神さまは執拗にゆるすこと
を求められました。
そのため、彼女は神さまに祈ります。
「神さま、私は犯人をゆるすことが出来ません。けれども、
あなたがお望みであれば、私が口先だけでなく、心からゆるすことが
出来ますように・・・」
すると、神さまは彼女の苦しみや憎しみを癒やされました。
彼女は、犯人を心からゆるすことができたのです。
さらに彼女は、『死には死を』は生に対する侮辱であるとして、
死刑制度廃止を呼びかけ、殺人事件の遺族、死刑因の家族たちと
一緒に作った組織で相互扶助、啓蒙活動を行いました。
1982年には、死刑廃止論者は、まだアメリカでも、日本でもまだ
少数だったのです。
ジェイガーさんは、犯人に罪を認めるように勧め、当局には
自白を条件に終身刑に減刑して治療を受けさせるように
働きかけました。
心臓病で亡くなった夫のビルさんは、妻の気持ちを理解しな
がらも「男は相手に立ち向かわなければならない。」と憎しみを
保ち続けました。
犯人が獄中で自殺した後も、「自分で殺してやりたかった。」と、
何度も言っていました。
その精神状態が肉体に悪影響を与え、長い間胃潰瘍で
苦しみました。10年ほど経って、妻と同じ気持ちになって
から、それも治ったのです。
彼女は、「遺族の怒り、憎しみは人間の自然な気持ちとして
分かります。もちろん犯人は罰せられなければなりません。
市民は犯罪者から守らなければなりません。
でもそれには、別の方法があります。
死刑が執行されても遺族の胸にポッカリあいた穴は、埋まらない
し、報復は遺族にとっても役立たないことを私は知っています。
自分の心から憎しみを取り除くことは大変ですが、努力すれば
可能であることを分かって欲しい。
自分の理性に頼るだけであったら、どんなに精一杯努力しても、
犯人(彼)のことを気の毒な人と思う程度で終わったことでしょう。
今の私の心はとても平和です。スージのために誰かを殺して
いたら、とてもこんな気持ちになれなかったでしょう。」
彼女は、敬けんなカトリック信者でありますが、誰もがそのよう
な気持ちのなれるわけではないと思います。
彼女の素晴らしさは、「自分の努力では出来ません」。とはっきり
神さまに言います。
そして、「私が犯人を許すことが出来ますように」、と祈ったこと
にあります。
自然な感情である、傲慢な心と神さまの恵みである謙遜な心の
激しい葛藤があり、謙遜に神さまにゆだねたことです。
私たちの病気の原因となっている、心の中の怒りや憎しみを
神さまに祈り、その苦しみを癒していただくことが大切であると
思うのです。
神さまは言われます。「復讐は私がする」と、私たちには
取り除くことが出来ない苦しみがあります。
そのために、心が癒やされることがありません。
私たちが学ぶべきことは、人の過ちをゆるすことではない
でしょうか。
聖書には、「あなたが人の過ちをゆるさなければ、神も
あなたの過ちをゆるしてくださらないであろう。」と、イエス
さまは教えておられます。
私たちも、苦しみの傷を癒して、心に安らぎが与えられるよう、
神さまに祈りましょう。
ルルドの泉より愛をこめて
