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<十字架の道行始めに・・・。>

十字架の道行きは恵み多い祈りの業であります。金曜日や四旬節の中、

教会や修道院では、昔から共同でこの祈りが行われてきましたが、年中

いつでも、イエスさまの人類の贖いを知るために、ご受難と、死去、そして、

神さまの人間への愛を黙想するためにロザリオの祈りと同様に多く

の人びとから愛されてきました。

<十字架の道行の前の祈り>

救い主イエス・キリスト、主は我らを罪よりあがなわんためにエルザレム

において残酷なる苦しみに遭い、恥辱を受け、十字架を担いてカルワリ

オに登り、ころもをはがれてくぎ付けにせられ、二人の盗賊の間に挙げ

られて死し給えり。我主のかく苦しみ給える地にもうで、おん血に染みた

る道を歩みなば、鈍き我が心も主の愛の深きを悟りて感謝にたえざる

べし。また主のご受難の原因なるおのが罪の重きを知りて、たれか

痛悔の情を起さざるものあらん。

我かかる幸いを得んと欲すれどもあたわざれば、かの地のかたみ

なるこの十字架の道を歩まんとす。されど我もし聖寵をこうむらずば、

愛と痛悔との情を起すあたわざるにより、願わくはおん恵みをくだして、

主のおん苦しみを我が心に感ぜしめ、かって聖母マリアおよび主のおん

跡を慕いし人びとの心に充ちあふれたる悲しみをば、我が心にもしみ

透らせ給え。また我をして今より深く罪を忌みきらいて全くこれを棄て

愛をもって主のご慈愛に報い、主のおんために、苦難を甘んじ受くる

を得しめ給え。

なおこの十字架の道を、ふさわしき心をみて行く人びとに施さるる

免償を我にも、また煉獄に苦しむ霊魂にも、与え給わんことをひとえ

にこいねがい奉る。

▲ああ聖母よ、十字架にくぎ付けにせられ給えるおん子の傷を、

我が心に深く印し給え。(各留の最後に唱える)

茨の冠

<第一留  イエス死刑の宣告を受け給う>

ああキリストよ、主は・・・・・。

尊き十字架をもって世をあがない給いしにより、我ら主を

礼拝し、主を賛美し奉る。

人びとは主を捕らえてカイファのもとに引き行き、あざけり、

おん顔につばきし、打ち叩き、次いでピラトの裁判にわたせり。

ピラトは群衆の心を和らげんとて主を石の柱に縛りつけ、むち

打ち、ついにいばらの冠をみ頭に押しかぶせければ、傷つき

血流れたり。されど群衆は少しもあわれと思わずして、なおも

十字架に掛けよ、十字架に掛けよと大いに叫びたりしかば、

ピラトもせん方なくて主に死罪をいいわたすにいたれり。

主イエス・キリスト、主を死刑に処せしは、ピラトとユダヤびと

とにあらず、ひっきようこれ我らの罪の業なり。

我ら今罪を犯す毎に、主に大いなる苦痛を加え、不当の宣告

を受けさせ奉るなり。よりて我らの罪の罰をゆるし給わんことを、

ひたすら願い奉る。アーメン。

一留から十四留の最後に次ぎの祈りをすべて唱える

▲<主の祈り>

天にまします我らの父よ、願わくは、み名の尊まれんことを、

み国の来たらんことを、み旨の天に行われるごとく地にも行わ

れんことを。我らの日用のかてを、今日我らに与え給え。

我らが人にゆるすごとく、我らの罪をゆるし給え。我らを試み

にひきたまわざれ、我らを悪より救い給え。アーメン

▲<天使祝詞>

めでたし聖寵満ち満てるマリア、主おん身とともにまします。

おん身は女のうちにて祝せられ、ご胎内のおん子イエスも

祝せられたもう。天主のおん母聖マリア、罪びとなる我らの

ために、今も臨終の時も祈り給え。 アーメン

▲<栄唱>

願わくは、父と子と聖霊とに栄えあらんことを。始めにありし

ごとく、今もいつも世々にいたるまで。 アーメン

▲主我らを憐れみ給え。我らを憐れみ給え。

願わくは死せる信者の霊魂、天主のおん憐れみによりて

安らかに憩わんこおとを。  アーメン

ああ聖母よ、十字架にくぎ付けにせられ給えるおん子の傷を、

我らの心に深く印し給え。

十字架の道行き

<第二留  イエス十字架を担い給う>

ああキリストよ、主は・・・・・。

人びとは主を外に引き出だし、荒木もて作れる十字架をかしこ

くも主の肩に打ち掛くるや、主はおん身の傷をもいとい給わず、

すこしも拒み給うみ気色なく、引き寄せてこれを担い、柔和にし

て、堪忍深きみ姿にて彼らの後より歩ませ給う。

主イエス・キリスト、主は十字架を担い給うべきにあらず。

罪びとなる我らこそ、十字架を担うべき者にはあるなれ。

されば我らは主のみ旨によりて、罪を償うがために、この世の

苦難を受くべき者なれば、主を鑑みとして、柔和堪忍をもって

これに耐えしめ給わんことを、ひたすら願い奉る。 アーメン

主の祈り▲その他の前の祈り。

十字架の道行き

<第三留  イエス始めて倒れ給う>

ああキリストよ、主は・・・・・。

主はすでにむち打たれ、いばらの冠に刺し貫かれ給えるほどに、

傷あとただれ破れ、あけの血に染みて歩み給いければ、衰弱の

あまり足もとよろめき、ついに十字架の重きに堪えずして、傾き

かがみ、やがて大地に倒れ給う。

主イエス・キリスト、主を倒しまいらせしはいつに我らなり。我ら罪

に陥りたるによりて、主はかかる苦難を受け給うなれば、我ら深く

これを悲しみ奉る。このご苦難の功力によりて、我らを罪より救い

給わんことを、ひたすら願い奉る。  アーメン

主の祈り、▲その他の前の祈り。

十字架の道行き

<第四留  イエス聖母にあい給う>

ああキリストよ、主は・・・・・。

聖母マリアはおん子が死罪の宣告を受け給いしを聞き

急ぎ行き給うほどに、道にてあい給えり。

あわれ天使のおん告げありし昔には似るべくもあらず、

あけの血に染み目も当てられぬ主のみ姿を見て深く悲し

み給えども是非なし。

おん子のご苦難におん自らの悲しみを添えて、我らのため

におん父天主に献げ給う。

主イエス・キリスト、聖母マリアのみ心を悲しませまいらせし

は、いつに罪びとなる我らなり。主は限りなく慈悲深くましま

せば、幸いに我らの罪をゆるし給え。

また主とおん母とのみ心を慰めるために、我らに力をさしめ

給わんことを、ひたすら願い奉る。 アーメン。

主の祈り▲その他の前の祈り。

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<第五留 イエス、シレネのシモンの助力を受け給う>

ああキリストよ、主は・・・・・。

主はかく歩み行き給うほどに、おん気力次第に衰えてすでに

危うく見え給えり。されど来たりて助けまいらする者もなく、

かえってさまざまにののしりたたきたれば、今ははや堪えが

たくして沈み入り給わんとす。

人びとは折りしもそこに来合わせたるシレネのシモンに、強い

て十字架を助け担わせ、なおも主を駆りて歩ませ奉れり。

主イエス・キリスト、主の十字架を担いて、力弱り給いしは、

これ全く我らの罪の重きが故なり。

我らこそシモンに代りて十字架を担うべき者なれば、今より

一切の苦難を、主の十字架の分として我らに受けしめ給わん

ことを、ひたすら願い奉る。  アーメン。

主の祈り、▲他の前の祈り。

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<第六留 イエスおん顔を布に写させ給う>

ああキリストよ、主は・・・・・。

主はなお歩み行き給うほどに、おん体もおんお顔もあけの

血に染み給えども人びとは少しも哀れまず、ますます荒だち

騒ぎたり。この時ヴェロニカという女、群衆のうちより走り出

で、主に布を献げれば、主はおん自らおんお顔をぬぐい、

尊きおん面影をその布に写して返し授け給えり。

主イエス・キリスト、我らの霊魂に聖寵を添え給え。

十字架の苦難によりて、我らにおん功徳を移し給え。

我ら弱き者なれども、ヴェロニカにならい、世のあざけりを

顧みず、もっぱら主を崇め奉るを得んことを、ひたすら願

い奉る。  アーメン。

主の祈り▲その他の前の祈り。

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<第七留  イエス二度倒れ給う>

ああキリストよ、主は・・・・・。

主のおん力は血と共に減り、今はみ足も進みかね、息たえだえ

にてうつぶせに倒れ給いぬ。

ユダヤ人らはなおもあわれまずして打ちたたき、棄物の如く扱い

つつ強いて歩ませ奉れり。

主の二度倒れ給いしは、我らの悲しむ時に当り て、頼もしき

心を失わせじとなり。天に昇る道は十字架の道にて、すなわち

苦しみの道なれば、ご苦難の功力により、我らをしておおしき心

をもって、歩ましめ給わんことを、ひたすら願い奉る。 アーメン 

主の祈り、▲その他の前の祈り。

主の誕生
 
十字架のご受難によって、私たちの生命を滅ぼす悪魔

からお救いくださったイエスさまの愛に感謝し、十字架の

道を主と共に歩きましょう。