主の横顔

イエスさまは、人びとを神さまに導くために次の

ように教えられました。

「求めなさい。そうすれば与えられる。

探しなさい。そうすれば見つかる

門をたたきなさい。

そうすれば、開かれる。」(ルカ11・9)

私が人生の中で、最も苦しかった時、魂は恐怖と

不安で地獄の滅びに導かれていました。

この世の幸福と引き替えに、魂を悪魔に売り渡して

いたからです。

魂は滅びることが分り、自分の力の限界を知ったの

です。私は滅びから救われたいと願い、神さまに

救いを求めました。

そして、何処に見えるのか分らない、神さまを探し

求めたのです。

神さまを探し求めましたが神さまには、お会いで

きませんでした。

私は失望しながらも、決して諦めず、神さまを求め

ていました。

私の真剣な心が通じたのでしょうか。

真剣だったのは、生命が懸かっていたからです。

神さまに救われなければ、私しの生命は滅びてしまう

のです。

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<神さまに救いを求めて>

長い間、神さまを探し求めている時に、マリアさまが

救いの手を差し伸べて下さいました。

そして、ロザリオの祈りを唱えるように導かれ、イエス

さまの力によって、悪魔による恐怖と不安の苦悩から

救われたのです。

ロザリオの祈りは、自己信頼から神さまへの信頼とな

り、傲慢な自我に打ち勝つて、イエスさまと一体である

神さまを信頼する心へと変わってきます。

人間は、心を開いて神さまに祈らなければ、神さまの

救いを信頼することが出来ないのです。

神さまは、イエスさまの父であり、すべての人間はイエス

さまを通らなければ、神さまを信頼することができません。

私はロザリオの祈りによって、イエスさまに罪が許され、

イエスさまは神であると信じることができました。そして、

マリアさまは、神の母であると信じることができたのです。

ユダヤ教の聖職者が躓いたのは、自力によって、救われ

ると考えたからです。彼らは神さまを信頼したのではなく、

律法を守ることで、自分たちは正しい者であると考えて

いました。その為に罪を犯して苦悩している人を厳しく裁

いていました。

イエスさまは、ファリサイ派の聖職者、律法学者の偽善

を見抜かれて、彼らに神さまへの愛がないことを教えら

れました。

イエスさまは、ユダヤ社会の人びとの罪を許され、悪魔を

追い出し、病を癒して下さいました。

そして、人びとに「これからは、もう罪を犯しては、なら

ない」と、言われたのです。

私たちが神さまに出会う時は、幸福な時ではなく、苦しみ

の時であり、罪を犯して、世間に裁かれている時でありま

す。イエスさまは、罪びとの保護者となって、「あなたたち

の中で、罪を犯したことがない人が、この人を裁きなさい。」

と、言われ私たちの罪を許され、悪魔を追い出して下さる

のです。

罪から救われた人間は、悪魔を捨て、神であるイエスさまを

愛する魂へと新しく生まれ変わるのです。

自分は正しい者であると高慢になっている人が救われない

のは、人間は神さまのように正しい者ではなく、すべての

人間は、悪の知恵を知り、罪を犯しているために、神さまの

ように善人になるためには、回心することが必要なのです。

回心とは、罪が許されて、神さまの元に立ち帰ることです。

マリアさまは、ロザリオの祈りを通して、人びとをイエスさま

の救いに導いておられます。

イエスとは、「神はお救いになる。」と、言う意味であります。

マリアさまは、イエスさまの聖霊(神の霊)のお恵みを取り

次ぎ、罪が許されて、悪魔から救われるように助けて

おられるのです。

悪魔は、マリアさまの取り次ぎの力に恐れて、人びとが

イエスさまに救われないように陰で働き、バチカンから

マリアさまへの信仰を失わせることに成功しました。

カトリック教会は崩壊し、世界の宗教は悪魔を崇拝する

ユダヤ教に改宗しているのです。

fatima