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私たちは重い病気になったり、何か苦しい時に出会うと、どうし

たらよいのか分からなくなってしまいます。

けれども、どんなに苦しい時でも、悲しい時でも、今日一日だけ

と考えれば、何とか苦しみを乗り越えてゆくことができるのでは

ないでしょうか。

ルルドの泉には、聖書のことば「一日の苦労は一日で足りる」

と、書いてあります。私の好きなことばです。

今、あなたが苦しみの中におられるのなら、それはあなたと

神さまとの出会いのチャンスであり、あなたの救いの時である

と信じています。

人生の逆境をチャンスに変えましょう!

イエスさまは、この世を悪魔の欲望の支配から救い、天国の

幸福に導くために、救い主として来られました。

イエスとは、「神はお救いになる」と、いう意味です。

人間は、神さまを敵に廻して、自我と闘っているのです。

自我とは、目に見えない、地獄の悪魔、悪霊であります。

悪魔は、人間に欲望を与えて、霊魂の支配者となり、この世の

神となって、人間の上に君臨しているためです。

人間は、罪と悪魔の誘惑という苦しみの重荷を背負って、生きて

います。

神さまの敵である悪魔は、人間が神さまの掟に背くように、古え

の悪の実を食べるように、好奇心を刺激し、悪の道に誘惑して

います。

人間は、心が弱く、悪魔の誘惑に負け、罪を犯し、失望して

霊魂は闇の中に陥っているのです。

悪魔は、闇の王であります。

人間が神さまに出会う時は、人生の中で最も苦しい時であり

ます。

私に苦しむことがなかったら、神さまに救いを求めることはな

く、神さまの愛を信頼することもありませんでした。

苦しみの意味は、人間が神さまの愛を信頼するためでありま

す。苦しむ人は、幸いです。あなたは、神さまに出会うでしょう。

苦しみは、自分の力で乗り越えるのではなく、強い神さまに救い

を求めて、神さまが必ずお救い下さると、信頼することが必要

です。

イエスさまは、神の権能である奇蹟で、人びとの罪をゆるし、

悪霊を追い出して、霊魂と体の病を癒してくださいました。

人びとは、イエスさまの奇蹟を見て、神さまを信頼したのです。

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<イエスさまの奇蹟>

イエスさまの最初の奇蹟は、『水をぶどう酒に変える奇蹟』

でありました。

マリアさまの取り次ぎで、イエスさまの奇蹟が行われたの

です。マリアさまは、イエスさまの”奇蹟の鍵”をもっておら

れます。

マリアさまに奇蹟を願い、ロザリオの祈りを唱えましょう。

イエスさまに罪がゆるされ、悪魔の恐怖と不安から解放

されるように祈りましょう。

私たちは皆な、罪の意識を失っているために、自分の罪

を認めたくないのですが、人間の救いは、罪からの救いで

あります。

罪ゆえに、悪魔の奴隷となって、精神に自由がなく、罪の

支配下に置かれているのです。

悪魔は、人間を永遠の死である地獄の滅びに導いています。

イエスさまに霊魂の罪が許され、人間が死の運命から救われ

るように、祈りましょう。

人間の霊魂は、神さまに創られた生命であり、私たちが悪を

行い、罪を犯すのは、神さまの愛に対して、罪を犯している

ためです。

人間の生命が尊いのは、いつか失われる肉体生命ではなく、

霊魂という神さまの生命があるためです。

霊魂は、罪のために死んで、自我が私自身を支配し、暴君

となっています。

霊魂が死の運命から目覚めて、復活するように願いましょう。

私たちの肉体は、死ぬことで終わりになりますが、霊魂は、

この世で、神さまの生命と一致し、神さまを愛し、人を愛し、

愛に生きて、やがて、天国の幸福を生きるために、創られて、

いるのです。

天国も地獄もこの世から始まっています。

神さまを大切にして、本当の幸福を生きるのか、悪魔の欲望を

大切にして、偽りの幸福を生きるのか、人間の自由意志による

ものです。

人間は、神さまのお恵みで、心に安らぎが与えられ、天国の

幸福に希望をもって生きることができるのです。

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イエスさまに愛と奇蹟を求めて、ルルドの泉にいらっしゃい。

名古屋052(852)7768   樋口 ゆき