映画『首相官邸の前で』自主上映会&トークシェアのご報告

 

1219日(土)13時から、和光大学内で、小熊英二監督作品『首相官邸の前で』の自主上映会を行いました。参加者は全員で23名、みんなで映画を見た後に、感想を語り合う「トークシェア」も実施しました。参加者の方々の感想を聞いていると、映画そのものもトークシェアも楽しんでいただけたようで、何よりでした。開催に協力して下さったかたがた(特に和光大学の先生方およびOBの方)、どうもありがとうございました。

今回は、映画についてのわたしなりの感想と、トークシェアで話題になったことを手がかりとして自分で考えたことを少し書きたいと思います。まずは映画の感想から。

 

この映画は、2012年に首相官邸前で行われたデモの映像(おもにネット上で公開されていたもの)を編集し、それに菅直人元首相や反原連の方たちのインタビューをつなぎながら、311から官邸前へのデモの流れを再構成したもの。かなり禁欲的というか、淡々と時系列に沿って出来事を並べていく、それこそ「記録」というべき作り担っている。別にクライマックスで何か大きな出来事が起きてカタルシスが得られるわけでもない。しかし描き出されている事態は特異としか言いようのないもので、311以降の、異常が日常になった状況をうまく再現しているように思った。

ちょっとした感想をいくつか。今から振り返ってあの時期のデモについて思ったことは、「あの頃は政府も警察もずいぶんのんびりしてたというか、良心的だったな」ということだ。今年の夏は、道の両側にびっしりと車を並べてデモの参加者に排気ガス攻撃を仕掛けたりと、随分あらっぽいやり方でプレッシャーをかけてきていたのだが、2012年は警官の人数がそもそも少ない。これは政権担当者の性格の違いなのだろうか、それとも2012年のデモの盛り上がりを通じて学習したということなのだろうか。

また、菅も野田も当時ずいぶん責められていたが、当時ほとんど死んだふりを決め込んで非難を民主党に集中させて、いま何食わぬ顔で再稼働を進める自民党の人たちは、あらためて許し難いと思った。お前らのほうが責任重いだろうが、と改めて言いたくなる。

 

いちばん印象にのこった場面は、デモを主催する人たちが、路上を埋め尽くした人たちに向けて抗議活動の終了を告げ、解散を求めたところだった。これ以上続けるとこの運動は弾圧されてしまう、運動は継続性が大事だ、とのことだった。あの現場に、主催者として立ち会った彼らがそう判断したことには十分な理由があったのだろうし、私が彼らと同じ状況に立たされていたら、同じように判断した可能性は高いと思う。しかし同時に、「あのまま路上にとどまっているべきだったのでは?そうしていたら実際どうなっていただろう?」と考えてしまう。

後付けの理屈で彼らを批判しようというわけではない。そもそも政治的決断の評価は、出来事が起きたり決断が下されるその場では確定せず、その後の状況の変化を待って初めて定まるものである。政治的決断は、それが下される場面で可能な情報に依拠した合理性だけで評価を下すことはできない。政治的決断は、先の見えない中でなされる一種の「賭け」という性格を帯びざるをえず、政治的事象からこうした難しさを取り去ることは不可能である。2015年暮れの現時点から見て、彼らのその決断がどう見えるかをとりあえず論じておきたいだけである。

 

彼らの判断が正しかったためか、官邸前の抗議活動はその後も弾圧されなかった(少なくとも民主党政権下では)。しかし野田政権は原発を再稼働させたし、安倍政権に至っては原発事故などなかったかのような状態への復帰を強引に進めている。運動は確かに継続したが、しかし彼らが語っていた政治的要求は通らなかった。デモは、原発の再稼働を遅らせる大きな力になったと思うが、しかし完全に止めるところまではできなかった(こう言ったからといって、私はデモを否定的に捉えているわけではない)。この事実を踏まえると、路上を占拠し続けることによって、運動の継続性を犠牲にする引き換えに官邸前の出来事に歴史的意味を与えるという選択肢も、けっこう魅力的なものではなかったかと思ってしまう。

 

たとえば占拠はしつつも暴動が起きるわけではなく、参加者が入れ替わったり自発的な支援者たちが差し入れしたりすることで、何週間かその状態を維持できていたらどうだっただろうか。たぶん、当時の日本の警察なら、国民に対して催涙弾を撃つことはできなかっただろうから(辺野古で海上保安庁がやっていることを見ると、いまは撃ちかねないと思われる)、容易には解散させられないだろう。そこでどのようなことが話し合われただろうか。選挙に参加していない人々は、その状態をどう受け取っていただろうか。いまなら、かなり批判を浴びそうだが、同時ならけっこう支持が集まったかもしれない。それは、「自分たちで議論し、自分たちで決めて、社会を運営していくことが可能だ」ということを確信させてくれる、日本人にとっての民主主義のイメージの原型たり得たかも知れない。あるいは、個々人は政治的に自由であり、ときにはそれを制限しにかかる行政が決めたルールを踏み破る勇気を、多くの人に与えてくれていたかもしれない。

2012年のデモは現実に多くの意義があると思うが、それとは違うさまざまな意義を持ち得た可能性があった。こんなことを考えてしまうのは、私が、2012年から今年の夏に至る一連の抗議活動が持つ、一種過剰なまでの「行儀のよさ」にすこしいらだっているからなんだろう。ただ、このいらだちはけっして、主観的・感情的で勝手な反応というわけではなく、デモの本質に関わるものでもあると思う。

 

上映会のあとのトークシェアで、デモに参加することの「楽しさ」が話題になった。それに関連して出された論点で、参加者が「楽しむ」ことが、参加しない人がデモに反対する理由の一つになってしまう、という話題があった。デモ隊がコールしながら公道を歩いていくと、否応がなく周りに迷惑をかけてしまう。にもかかわらず、デモを「楽しむ」とはけしからん、ということなのだろう。この論点に対して、2012年から自分でくよくよ考えていたことをすこししゃべったのだけれど、うまく伝えられなかったように思うので、ここでまとめておきたいと思う。

 

 

 

デモは、「再稼働反対」とか「戦争法案は廃案」など、なんらかの政治的要求を掲げて行われる。そうしたことを「語る」。そうした要求を実現させることを、最大の目的としてデモは行われる。しかし、でもはそれ以外にさまざまなことを「示す」。たとえば、公道で自分の政治的意見を表明しても構わないのだということ。あるいは、そんなふうに自分を表に出すことが結構気持ちのいいことであるという事実。デモをする直接の目的は、それが「語る」ことだが、しかしデモをすることの意義の多くは、「示す」ことのうちにあるように思われる。

デモを批判する人たちがしばしば指摘する通り、デモをするだけでそれが掲げる政治的要求が通るわけではない。デモは一時のものだが、政治的要求を通すにはかなりの時間がかかるし、しっかりした政治的勢力を作る必要もある。そして往々にして、社会を変えたくない人たちのほうが、現実社会に深く根ざした地盤を形成しているために、その政治的要求は通らない。原発だって再稼働が進められ、それを阻止する政治勢力は今のところ存在しない。だから、政治的要求が通ったかどうかで判断するならば、ほとんどのデモは敗北で終わる。2012年の官邸前デモもそう言わざるをえない。

 

けれども、2012年のデモは、やはり日本を変える力があった。私もその一人だが、それまでデモになんか行ったことがなかった多くの人が、路上に出て声を上げるきっかけになった。デモの参加者には、組織的に動員された人も相変わらず多いけれど、そうではない人もかなりいる。今までデモに参加することに対して抵抗があったり、そもそもそういう政治的選択肢を思い浮かべたことがなかった人にまで、「こういうのもアリ」と示し、そういう人たちの行動を変える力を持った。2012年のデモの最大の遺産は、たぶんここにある。2015年の国会前のデモも、2012年がなければあそこまで参加者が増えなかったのではないか。

2012年に官邸前の道路を占拠していたら、と思ってしまう理由も、これと関連する。公の場で政治的意見を表明することは、あるいはデモをすることは、当然の政治的権利である。しかし、それを「お行儀の悪い振る舞い」と見なして反発する人は、依然として多い。私なんかは、「高円寺の阿波踊りや調布の花火大会はよくて、なんでデモに対してだけ「迷惑」なんて言うのか?」と不思議で仕方がないのだが、行政や企業が関わってやることに対しては何の疑問も持たないのに、人々が自発的にやることに対しては厳しい目を向けるメンタリティは、依然として日本に根強く残っている。たぶん、そういう批判的な眼を向ける人は、政治以前の「マナー」の問題として事柄を理解しているのだろうが、しかしそれも立派に「政治的」な反応である。人から、政治的自由を奪う力を行使しているのだから。

 

成文化された法律の外側に、広範な道徳的判断の領域が広がっており、そこでも「よい・悪い」、「許される・許されない」、「お行儀がよい・悪い」の識別がなされている。政治的な是非は、成文化された法に一致しているかだけでなく、こうした領域での良し悪しに即して評価される。それゆえ、この良し悪しの線の引き方を変更することそのものが、一つの大きな政治的闘争の焦点になる。

2012年の達成は、多くの人にとって、この線がどこに引かれるかを大きく変更したということにある。それまでは、自分の政治的行動としては投票しか念頭に置かず、デモに対しては批判的だった人に対して、デモをすることを線の内側にひきいれる効果があった。かつての自分からすれば「お行儀の悪い」行為であるのだが、お行儀悪くふるまうこともありだと、それが実は正当な自由の発現なのだと思わせる力があった。これは非常に大きな達成であった。だからこそ、もう少し「お行儀の悪い」方向へと踏み出せていたらよかったのに、と思ってしまう。

 

線引きを変更することを周囲に「正当だ」と思わせる力は、論理よりも感情のほうが大きい。怒りの感情を共有することが、たとえばそうした力になる。しかし、怒りはけっこう早く静まってしまう。直接的に多大な害を受けている当事者ならともかく、そうではない人は、そうそう長く自分のなかに怒りを保つことができない。そこで、怒りに変わる、持続的な感情が必要になる。「楽しさ」、「喜び」は、そうした感情の一つになりうる。だから、たとえ歩道の人から冷たい目を向けられても、参加者はデモを楽しむことがあってよい。「怒り」が前面にでる場面があってもよいけれど、そうでなくともよい。そして「迷惑だ!」と言われたら、「そんなこと言わないで、よかったら一緒にやらない?けっこう楽しいよ」と言い返せばいい。すくなくとも、他人が阿波踊りを踊っているのを眺めているのよりはじっさい数段楽しいのだから。