2020年07月20日

相手と通じ合おうとする努力・・・とは⁉

KIMG0386 このブログ。長くお休みさせていただいたが、それ以前いただいた質問(リンク先コメントの5・6・7番)に対し、大変失礼なことをしてしまっていた。《新たな記事でお答えします。》と申しながら、うっかりお答えしないまま休んでしまった。

 今回はそれに対し、お答えするつもりだが・・・・、一年半経過した今、お読みいただけるかなあ。

 あおぞらキッズさん。大変申し訳ありませんでした。ごめんなさい。

 それでは・・・そうか。お答えする前に、若干の注釈を加えさせていただきたい。

 〇質問は2つある。

 最初の質問は、数年前、相模原市で起きた障がい者殺傷事件をめぐり、殺人は論外としながらも、犯人の思いに共感する者が少なくないことから、そうした中で公教育がやれることは何だろうという問いかけである。

 もう一つは、わたしが本ブログの一貫したテーマとしている問題解決学習について・・・、

 それと対立する教育観と言っていいだろう。系統重視の学習という考え方があるが、双方の調和が大切ではないかとおっしゃる。

 それについての所感を求められたので、それにもふれてみたい。

 ただし、だいぶ長くなってしまいそうなので、2回の記事に分けさせていただく。本記事では、一つ目の質問について、お答えする。

 〇最初の質問、《公教育がやれること》への答えについては、簡単に言ってしまえば、《他者理解》ということになるが、それについて、5つの過去記事にリンクさせていただきたい。ただしそれを開かなくても、本記事のみで論旨が通るようにはしたいと思っているので、よろしくお願いしたい。

 リンクの一つ目は、あおぞらキッズさんが質問するにあたってわたしの過去記事にふれていらっしゃるので、その記事へのリンクである。

 二つ目から五つ目については、お答えするにあたり、参考にさせていただきたい記事である。

 
 それでは、最初の質問について。

 あおぞらキッズさんは、《無知は偏見を生み、偏見は差別を生む。》記事をご覧になり、その中でわたしが、「(相模原市における障がい者殺傷事件の犯人は)意思の通じない人とも言っているようだ。数年施設で働いて、何という言葉だ。通じないのではない。通じる努力をしなかったのだ。」としていることに対し、賛意を表されながらも、
 「相手と通じ合おうとする努力」を、わが国の教育現場で培うことができれば、すばらしいとも思います。(toshi)先生のお考えをうかがえればありがたいです。」
とされた。

 さあ。それにお答えするわけだが・・・、わたしは、小学校に勤務する身なので、どうしても実践中心になってしまう。《考え》の部分が薄くなってしまったら、お許しいただきたい。
 
 二つ目(参考にしていただく一つ目)は、《子どもの心が見えますか。》である。

 我が地域では養護学校(現・特別支援学校)の児童・生徒とその子が居住する地域の小学校との交流をおし進めているが、その交流の中で・・・、

 一人の小学校教員が、《ある養護学校児童が交流の中で明るい表情を見せるようになった。》と、交流の成果のように語るのに対し・・・、

 養護学校の教員が、《そうではない。明るい表情を見せると小学校の友達が進んで寄ってきてかわいがってくれるということを学んでしまったため、心からではなく、無理して明るくふるまっているのだ。それが分かるから、悲しくなってしまう。》と応える。

 それを通して、小学校の教員は、子どもに無理して笑顔を振りまかせる。そんな交流でいいわけはないと反省し、より良い交流の仕方を模索していくという、そういう話である。

 《相手と通じ合おうとする努力》の一つ目は、見かけ上の明るさにごまかされず、その奥にある真情まで気づく心と言ったらいいかな。この事例の場合なら、一人ぼっちになったときのその子の表情に気付き、その、あまりのギャップに気付く心。

 となるだろう。

 次は、《人権教育(13)交流教育  共生を考える。》である。 

 重度重複障がいの子ども(寝たきりベッドで生活しているDさん)との交流の実践である。大変長い記事だが、《その3》を参考にしていただきたい。

 これは、小学校の子どもたちが、Dさんとのよりよい交流の仕方について話し合う記事である。交流会の中で、
・Dさんは、大きな音や動くものがあると目で追うから、それを取り入れたゲームをしたい。
・ハンカチ落としは、Dさんが目で追いきれないだろう。爆弾ゲームなら大きな音がするから、その方がいい。
・さらにいいと思うのは、音楽会だ。
などと話し合いを進めていく。

 この記事の最後。特筆すべきは、子どもたちが、《近く行われるA自動車工場への社会科見学は、Dさんと一緒に行きたい。》と提案し、それが実現したことだ。なにしろ、《大きな音》《動くもの》だものね。 

 社会科見学でも交流を考える。・・・。つくづく子どもって柔軟だなと思う。そうか。Dさんへ想いを寄せる。もっと言えば、Dさんへの愛情だね。

 こういう点、大人の・・・教員の方がダメなのではないか。どうしても社会科のねらいが先行する。それがじゃまする。固定観念だね。《Dさんも一緒に。》など・・・、そんな発想すら起きないと思う。

 子どもから学ぶ・・・わたしたちはよくそう言う。これこそまさに、その典型的事例だと思う。
    
 次は、人権教育(12)交流教育  学校だよりへの想い(15) である。

 障がい児との交流が、小学校の運動会の練習でも行われる。その際、養護学校に通うお友達がけがをしてしまう。先生方は、この種目まで一緒にやるのは無理かなと考えてしまう。

 でも、あとで子どもたちが話しているのを耳にし、

 無理だったのではない。子どもたちは障がいのあるお友達のことを思い、そのお友達がより楽しめるようにと考えた結果の…ケガであったことを知る。子どもたちはケガさせてしまったことを反省し、より良い交流の仕方を考える契機としたのではないか。

 さて、ここで、わたしが言いたかったのは、この事例を学校だよりに掲載し、保護者、地域の方々に、学校が行う交流教育への理解を深めてもらえれば・・・、と考えたことである。

 と言うのは・・・、本ブログへも、時折、《交流教育》の否定、批判コメントが寄せられるからだ。

 でも、これは、無理解の結果とばかりは言い切れない。交流の現場で、《障がいのある児童のお世話係》といったような・・・、安易で、問題をはらむ事例もあるからだ。

 交流を実のあるものにするには、やはり、地域、保護者の皆様のご理解も欠かせない。交流のねらい、実践の様子、成果や反省など・・・、ともに歩む姿勢も大切にしたい。そんな思いで掲載させていただいた学校だよりだった。

 《他者理解》《相手と通じ合おうとする努力》。それはやはり、《心》だろう。学校は意図的、計画的な実践の場だが、それだけでは語れない。A自動車工場見学でみられるような、子どもの心に裏打ちされたハプニングにも柔軟に対応したい。 

 以上、まとめると、昔から言い古された言葉だが、《鉄は熱いうちに打て》。

 幼少期からの自分とタイプの違う人との交流、ふれあい。特に、《相手を知ろうとする心》の育成が欠かせない。

 そして、これは、何も障がい児との交流に限定されるものではない。

 それにふれた過去記事。これが最後のリンクとなるが・・・、

人権教育(15)交流をテーマの総合的な学習の時間

 これは、先ほどの《重度重複障がいのお友達Dさん》との交流のクラスで、よりよい交流について話し合う授業について書かせていただいた記事である。

 この授業は、養護学校のDさんの担任のE先生も、Dさんのお父さんもご覧になっていた。

 先ほどの、《何も障がい児との交流に限定されるものではない。》に関連して、E先生が最後にふれられている。今、その部分を再掲させていただこう。

 リンク先記事をご覧になる方は、その最後の方に掲載しているので、よろしくお願いしたい。

 では、E先生のお話の最後の部分です。


 〜。

 どんな交流をしていったらいいかなって、みんな真剣に考えてくれていたのだけれど、それを考えることもとっても大切なんですが、Dさんの気持ちを分かろうとする、それはDさんの表情を見るとか、手をさわってみるとか、そういうところを、みんな感じ取ろうとしてくれていると思う。

 そこでね。Dさんのことを分かろうとするくらいの気持ちで、このクラスの他の友達のことも考えてみてください。そうすると、目や耳だけでは分からなかった友達のことが見えてくると思います。そんなふうにして他の友達や兄弟や家族のことを考えてみると、また違ったところが見えてくるかもしれません。頭の片隅にそんなこともおいてくれるとうれしいです。


 そうなのだ。

 交流。

 それは何も障がい児との交流を言うにとどめるべきではないはずだ。

 重度重複障がいのお友達を思う心。それは、言葉によるお話ができないだけに、目の動きを追ったり表情や体の動きに着目したりして、喜び、悲しみなど、意思の疎通を図る。その心だ。

 それなら、その心でもって、同じクラスのお友達、兄弟、家族にも接することができるようになってほしい。

 あおぞらキッズさんのご質問の範ちゅうを超えているようでいて、しかし、同氏にも異存はないだろう。

 
 ninki


 今回、リンクさせていただいたたくさんの過去記事。

 それはすべて問題解決学習です。子どもたちが、実りある豊かな交流を考え、それを実行に移す。子どもたちの主体的な学びの姿がそこかしこに見られると思います。

 また、表面的な事象にとらわれてはならない。その奥にある、目には見えない《心》にまで思いを寄せる努力。それは永遠に続く努力なのだと思います。




 

rve83253 at 11:21|PermalinkComments(6) 交流教育 | 自己啓発

2020年05月24日

昨年度の初任者指導から、

KIMG2686  このブログ、昨年度は丸々お休みさせていただいた。一方、初任者指導の方は一年間、楽しく充実した思いでやらせていただいた。

 その間担当した初任のAさんは、数年間、臨時的任用職員として学級担任の経験をもっていた。だから、子どもとのふれあいにも慣れていて、初任者らしからぬ初任者といった風情が感じられた。

 ところで、初任者指導は、子どもの下校後、1対1で、一日の学級経営や授業を振り返って、《あれはよかったよ。》とか、《あそこはこうするとよかったね。》などと話すのがふつうだが、今の先生方は多忙でなかなかその時間が取れない。

 そこでわたしは、メールにして時間のある折読んでもらうようにした。初任者からも、わたしの指導に対する感想や質問などがあれば、返信してもらう。

 だから記録が残っているわけで、今回は、そのなかから、ちょうど今頃の一つを紹介させていただこう。

 それでは、どうぞ。

 
 いやあ。もう、最近は、子どものすばらしさに、圧倒されるものを感じる。

 A、B、C、D、E、Fたちのとげとげしさは、今はまったくない。

 逆に、G、H、J、K、M、Nなど、当初おとなしい一方と思われていた子が、無表情から豊かな表情へと変身している。もっとも豊かな表情というのは、学級全員に言えることだね。

 両者は紙の裏表のよう。同時進行で変容を遂げているのだ。

 とかく教師というものは、口で言って聞かせれば指導はなったとする傾向がある。それでもだめなら子どもが悪い・・・、そうなりがちだ。

 でも、先生は、子どもの内面をしっかり育てている。子どもが変容している。これでこそ、ほんとうの指導だよね。すばらしい。

 すばらしいことをさらに続けます。

 子どもの内面の成長により、子どもたちはみんななかよし。だから学級にいることが何より楽しい。幸せ感にあふれている。

 それにとどまらない。Aの計算力に見られるように、学力の育成にも貢献している。Aは4月、指を使っていたよね。でも、今はまったくない。それどころか、計算するのが大好きといった感じだ。にこにこしてやっている。

 学力とはただ知識、技能の習得にとどまるものではない。生き方、学び方に関する学力もある。そしてこの2つは、学級の育ちと深くかかわる。さっき紙の裏表と書いたが、これにも同じことが言える。生き方、学び方と書いたが、もっと平易に言えば、興味関心、意欲、さらにそれらを支える仲間意識など。これらも学級の育ちとともに、大きく育っていると言えよう。

 話は変わるようで変わらないのだが、

 今日、授業中にPさんが鼻血を出した時のことだ。先生は保健室へ同伴したため、突然いなくなった。後の進行をA、Bに託して。

 子どもに託すということ、ふつう2年生では無理だ。6年生だって無理な学級はあるだろう。その場合、ドリルで自習ということになる。ひどければ、立ち歩いたり友達を突いたりして、トラブルにもなりかねない。

 あとで先生に、わたし言ったよね。
「すごいじゃないか。あの場合、多くは、わたしに託すのではないか。逆に、わたしが保健室につれていくようになるかもしれない。」

 そうしたら先生の返答がまたすばらしかった。
「二人がやりたそうに見えたんです。だから、わたしが保健室について行っても大丈夫と思ったのです。」

 これいいなあ。

 子どもの表情に気を配るということ。これがいい。それだけではない。この子たちならやれるだろうという、子どもを信頼する心も感じられる。もう、わたしに託すなどということは、はなから頭になかったのではないかな。

 2人は確かによくやった。先生が教室に戻った時、板書を見て、子どもだけで授業が進んだこと、子どもたちの話し合い学習がうまくいったことを実感しただろう。

 わたしも、子どもたちの主体的な学びの姿に心打たれた。それは2人だけがすばらしいのではない。

 2人は見事に進行役を務めた。4月当初のような独断、独りよがりの進行はなかった。みんなの思いを受け止めていた。みんなも自分の思いを自分の言葉で話す。

 具体的には・・・、

 先生は、《クラスのみんなでもっともっと・・・》まで黒板に書いて、教室を出たのだったね。

 2人はその続きを、みんなの言葉で、書いていった。みんなは口々に、《なかよく》《楽しく》《うれしく》などと言ったのだが、それらをみんな板書したから、すごく長くなった。

 そうしたら今度は、Cが、「それ、めあてなの。」と聞いた。Aはちょっと考えた後、
「そう。めあてだよね。」
 すると、口々に、
「長すぎるよ。」「短い方がいい。」「長くったっていいじゃん。」「そうだよ。みんな大事だよ。」「みんなが言ったことだから、長くったっていいじゃん。」

 2人とみんなとで、そんなやり取りがあった。

 その後、何のゲームをやるかの話し合いになっていったのだが、誰かが、
「それ、めあてと関係ないじゃん。」
と言った。

 これもすばらしいと思った。

 そうだよね。《なかよく》《楽しく》《うれしく》過ごせるにはと言ったら、何のゲームをやるかとはならないはずだよね。厳密に言ったら、《けんかをしない。》とか、《譲り合う》とか、そんな心構えの話し合いになるはずだ。

 その誰かの発言、《めあてと関係ない》は、それを言いたかったのではないかと思ったが、その子はそれ以上言わなかったし、みんなもずれたままでも違和感はないようで、そのままどんなゲームをするかで、話し合いは進んだ。

 以上、評価すると、

〇すばらしいのは2人だけではない。学級のみんなも含めて、自治能力がある。主体的に学んでいる。
〇2人の学びの態度も含めて、みんな、民主主義的な生き方を身に着けつつある。

 そう。《知識・技能の学力》とは直結しないが、《生き方、学び方の基礎・基本》という学力を身に着けつつある。

 話を変える。でも、結局はこれまでの話とつながるのだが・・・、国語で《話す・聞く》の学習をしたよね。

 でも、今の国語教育はあまりにも技巧的な、型にはめようとする教育になってしまっている。話型と言っていいだろう。《初めに》《次に》《最後に》と言いましょうなどといってね。

 これって、無味乾燥な学習だ。おもしろくもなんともない。だから、多くは退屈で身につかない授業となってしまう。先生のクラスは、そんな学習でも楽しそうにやっているがね。

 わたしは、《話す・聞く》の学習なら、どれだけ自分の言葉で、聞く相手が分かるように話すかが大事で、それが眼目にならないといけないと思っている。

 それには、日頃の生活の場面での指導が一番大事だ。

 まず、思い浮かぶのは、朝の会での日直のスピーチだ。多くは、《楽しかった。》とか、《おもしろかった》とか、それしか言わない。でも、たまには、楽しかったりおもしろかったりする中身まで話す子もいるよね。そうしたら、間髪入れずに、
「うわあ。楽しかった様子がよく分ったよ。」とか、「楽しかったなんて言わなかったけれど、楽しい様子が思い浮かんだよね。」とか、「楽しかったに違いないと思えたね。」とか、言ってやる。

 そう。先生が何に価値を置いてほめるかによって、子どもの話す力が育っていく。

 段階を追って育んでいくことも大事だ。たとえば、
「うわあ。何を話そうかといっしょうけんめい考えたんだね。しっかりメモを取っている。」
 次は、
「メモはあるけれど、見ないで話したよね。もうしっかり頭の中に話す内容が入っていたのだね。」
 さらに、
「話が分かりやすくなるように、初めにとか、次にとか、言えたよね。国語の学習が生きていると思ったよ。だから、聞く人は話す内容がよく分かったと思う。」
 などと、ほめる内容を進化させていく。そのようにして、国語のねらいに迫る。もう、無味乾燥ではないよね。

 これらは学級全員が聞いているわけだから、日直だけに力が付くわけではないよね。

 そうして国語の話す聞くの学習では、そうした日ごろの指導を集約したり、まとめたり、価値づけしたりする時間として生かすようにする。

 ああ。逆もあるよ。先ほどの《国語の学習が生きていた》というように、国語学習の生活化といったらいいかな。この積み重ねも、無味乾燥でなくすことにつながる。

 わたし、ほんとうは、以上の観点で子どもをほめたかったのだ。ほんとうにすばらしかったもの。

 でも、無言を貫いた。それは、先生に褒めてもらいたかったからだ。先生の日ごろの、子どもへの受容的な姿勢に期待して。

 さらに、《話す、聞く》以外にも・・・、

「それ、めあてなの。」
と疑問を投げかけた子(ごめん。こんな大事なことなのに、誰が言ったのか分からないのは、ほんとうに申し訳ない。)がいたのに、特にそれを問題視することなく、どのゲームをしたいかに話し合いが終始してしまったことなどを取り上げたい。

 その子がどんな思いで投げかけたのかをみんなに問いかけ、考え合うことは、すごく大事だ。

 《どんなゲームをするかは、めあてにはならない。》

 それを自覚させることは、一つ一つの言葉の意味、概念にするどく迫る心を養うことになる。これも、後刻、ぜひ先生にお願いしたい。

 国語の学習になるが、同時に、《生き方・学び方の基礎基本》にかかわる学習となるだろう。

 ninki


 《生き方・学び方の基礎基本》

 これは、前の《ゆとり教育》時代に、我が地域で盛んに言われた言葉です。しかし、《言葉の吟味》という意味では、《ゆとり》と言ったのがよくなかった。多くの誤解を招いてしまいました。

 本記事をお読みいただければ、それがいかに大切な学力の養成をねらっていたか、ご理解いただけるのではないでしょうか。

 新しい、古いではなくて、どんな時代でも大切な学力・・・、そう言っていいと思うのは、わたしだけではないと思うのです。


 2年生だって、言葉の吟味、そうした力を養うことは大事です。それを獲得していると思われる国語の授業が過去記事にあります。よろしかったらご覧ください。

  育つ初任者 スーホの白い馬

rve83253 at 06:38|PermalinkComments(0) 初任者指導 | 学級経営

2020年05月14日

教育界をも巻き込むコロナ騒動

KIMG2681 初めにお断りさせてください。
 本記事は、最初に最近の情勢、次に、コロナ渦中におけるわたし個人のこと、最後に結びとなっています。バラバラな感じになってしまいますが、お許しください。


 若い教員から質問された。
「toshi先生は、長く教職にあると思いますが、年度末から年度初めにかけてお休みがこんなに続いてしまうということ。過去にもありましたか。」
「いや。まったくない。だからすごく驚いている。子どもたち、いつ登校できるようになるのかな。大変な事態だ。」

 子どもの心が心配。学力も心配。

 だからと言って、コロナがどうでもいいわけはない。命も心配。

 最初は3月いっぱいのお休みだった。しかしとんでもなかった。ますます事態は悪化し、5月6日までとなり、さらに延期された。今は5月末までだ。

 さすがに国もこのままでいいとは思っていないようで、6年生と1年生の登校を呼び掛けた。

 非常勤講師のわたしは授業がある日のみ出勤することになっている。そのため、今はほとんど家にいるから情報に暗くなる。我が地域のことも新聞に頼るしかない。

 登校しないまま何か月もというわけにもいかないし・・・、夏休みを返上しても追いつかないくらいになりそうだから、何らかの手を打たないわけにはいかないだろう。

 わたしは考えた。この事態への対処を。

〇全クラス、2グループに分け、午前、午後と分けて登校する。グループの編成は固定せず、週ごとに変える。
〇奇数学年、偶数学年を、午前、午後に分けて登校、週ごとに入れ替える。

 どちらにしても、教員はわたしたち非常勤も含め全員で対応しないといけない。

 それでも足りないか。どうする。地域から一定数市民の応援をお願いせざるを得なくなるのではないか。授業をしてもらうわけにはいかないが、子どもの安全などを見守ってもらうために。

 今回の文科省の案は、2〜5年生は放置されるようで、その辺は悩ましい。何とか拙試案ではないが、全児童生徒が登校できるようにできないかな。

 ここまで書いて、登校が始まった地域もあることを知った。体育館を区切って数教室分確保するとか、奇数学年と偶数学年とで登校日を替えるとか、いろいろ工夫しているようだ。

  いずれにしても、《3密》にならないようにする工夫だが、我々教員は、手洗いの励行や遊び方などの指導にも気を付けないといけないね。

 もう一つ。またまた唐突感が否めないが、突然9月入学説が浮上した。

 気持ちは分かるが、これはやはり無理がありはしないか。今年やることを前提に浮上した考え方だと思うし、それにしては、大学、企業も含め社会全体に及ぼす影響があまりにも大きく、逆にあまりにも時間がないからだ。
 
 これまでの文科省の言ってきたことに矛盾を感じたこともある。それは《学童クラブ》のことだ。学校は休みとするが、《学童》はやってほしいとした。

 わたしの教え子の何人かは《学童》で働いているが、クラスのラインにその実情を書いてくれた。最初に緊急事態宣言が出て数日たったころだ。

 Aさん 宣言が出たけれど、何か変わったのかな。我が地域の学童クラブは何も変わらず、多くの子どもたちが集まっています。3密にならないようにと言うけれど、とても無理です。

 Bさん 我が地域は切迫した感じです。確かに3密にならないようにするのはむずかしい。でも、親が医療関係者だったり、一人親だったり様々な事情があり、閉園はむずかしいかなあ。
 絶対避けたいのは、自分が感染源になってしまうこと。かと言ってどうすればなのですが、気持ち穏やかに過ごしていくよう、そして一日も早く収束するよう祈るしかないですね。
 きっと学童のおかげで助かっている親がたくさんいます。
 お互い頑張りましょう。

 Cさん みんな大変だよね。コロナに感染しないで、元気に過ごすことが大事。頑張ろう。健康第一。

 Dさん わたしが勤務する学童は、昨日より小学校の職員が応援に来てくれて、超過勤務が解消されました。
 先は見えないけれど、身体だけは大事にしないとね。

 それから一か月後、

 Bさん 我が地域は、学童が閉鎖されました。医療従事者さんなどのお子さんの受け入れはしますが、学童の職員の負担は軽減され、職免の休みもできました。ご心配をおかけしましたが、何とかやれそうです。

 引用は以上。

 ほんとうに大変だ。でも、こんな過酷な中でも、《学童》からクラスター感染などという報道はないようだ。関係する皆さんのご努力には頭が下がる。


 さて、ここで、こんな異常事態になってからの我が勤務校を振り返ってみよう。

 3月は、安倍首相の唐突な要請を受けて、突然のお休みだ。全国の小、中、高の最上学年は何の感慨を抱く間もなくいきなりの卒業となってしまった。

 わたしにしても、

 実は、昨年度の6年生は、4年生の時初任者指導で1年間かかわった子どもたちだ。5年生のときはこの学校を離れたが、また勤務することになった。

 4月、この子たちは、わたしの再度の着任のあいさつに際し、拍手と笑顔で迎えてくれた。うれしかった。でも、申し訳ないことに、初任者は2年生担任だったから、6年生とかかわる時間はまったくなかった。

 それで、わたしは、6年生の担任の皆さんに、あるお願いをした。
「あの子たちに、また授業をさせていただきたいと思っている。各クラス、一時間でいい。だから、道徳の授業をさせてくれないかな。」
「ああ。それは、それは、喜んで・・・。子どもたちも喜ぶと思いますよ。卒業が近づいたころ、お願いできますか。きっと思い出深い授業になるでしょう。」

 ところが・・・、ところがだ。ご案内の経過でボツになってしまった。残念。

 卒業式も、ある意味で感慨深いものになった。

 昨年度はどこもそうだったと思うが、保護者、来賓、在校生代表の5年生など、すべて参列は遠慮していただき、卒業生と教職員のみで行われた。だから、例年の半分くらいの時間で終了した。

 それでも、卒業生は皆明るく、晴れやかに、幸せそうに巣立っていった。驚いたのは、ほとんどの保護者が、子どもに負けないくらいの笑顔で校庭に待機していたことだ。すてきな交歓の光景がそこかしこに見られた。

 わたしは、この卒業式に、ひそかに期待していることがあった。それは、子どもたちの歌だ。
 
 この学校には、特別合唱クラブなるものがある。その子たちが中心となって、他の児童にもいい影響を与え、全校合唱なるものはすごいひびきをもって魅了させてくれる。

 そして、何と、昨年度の同クラブは、県大会で選抜され、地方の大会に進出した。

 だからこその期待。ところが、ところがだ。仕方ないこととはいえ、3月いっぱいお休みだったから、ぶっつけ本番になってしまった。さらには、マスクを着用しての歌。また、一曲だけ。

 でもね。見方、感じ方を変えることにした。こんな、例外的な、ふつうなら味わうこともできない、そういう意味ではすごく貴重な経験だったのではないか。

 心からの拍手を送った。

 さて、今年度。

 わたしはまたまた転勤だ。新しい学校では、前期3年、後期4年ではなく、一年間を通して、3・4年の社会科の授業を担当させていただくことになった。張り切る気持ちはあったものの、子どもたちとは着任式で、テレビ放送での出会いだけとなった。子どもたちはわたしをテレビで見たことになるが、わたしは子どもたちを見ることはできない。

 そして、そのまま翌日からお休みだ。この休みは今に至るまで続いている。早くほんとうの意味での出会いを迎えたいものだ。

 そうか。でも、でも・・・だ。こんな、か細いつながりでしかないのに、町で出会うとわたしの名前を呼んで、元気に挨拶してくれる子もいる。すごいな。うれしくなってしまう。

 最後に、

 今日、「緊急事態」解除に動き出しましたね。我が地域は解除されないようですが、そうなると、学校のお休みはまだまだ続くのでしょうか。

 記事にも書きましたが、手を尽くして学校を開く手はあるように思うのですが・・・、どうでしょう。

 ninki


 このブログ、長い、長い、お休みをいただいてしまいました。申し訳ありません。

 以前ほどの頻度というわけにはいかないと思いますが、これからも続けさせていただきたいと思っていますので、どうぞ、よろしくお願いします。

 記事でふれた道徳の授業ですが、どんな道徳をやろうとしていたかというと、それは、過去記事にあります。

 教材文と、授業と、それにかかわっての卒業式での祝辞と、3つです。お時間の許すときにお読みいただけたら幸いです。なお、この3つは、互いに記事が重複している部分があります。お許しください。

記念の授業(1)

記念の授業(4)道徳 卒業のときに

卒業式の式辞

rve83253 at 16:42|PermalinkComments(0) 災害 | エッセイ