2018年10月26日

かけ算習得が遅れた児童への個別指導

IMAG3989 今年度わたしは、社会科専科のほかに、国際理解教育担当を仰せつかっている。国際理解教育と言っても、わたしが担当しているのは、日本語の不自由さが学力に影響を与えていると思われる子の取り出し(個別)指導である。

 Aさんは4年生。父親がB国人、母親が日本人である。2年生の途中で、B国から転入してきた。日本語は《話す、聞く》ではほとんど問題ないが、《書く、読む》では、かなり遅れが目立つと・・・、これは担任Cさんの判断である。

 テストなど、ただ配っただけだと、ほとんど白紙で返してくるが、問題文を読んでやると、けっこうできるのだそうだ。

 今年度、わたしは社会科専科としてこのクラスにも入っていたから、Aさんともかかわっていたが、ふつうに発言もするし、快活だし、日本名なので、まったくそんな事情の子とは気づかなかった。

 指導に当たっては、Aさんだけ教室を離れて個別指導するのと、わたしが教室に入り、授業の折々、必要なときに声をかけるのとあるが、保護者とAさんの希望もあり、前者とすることにした。また、Cさんと保護者とで話し合い、かけ算九九と漢字の習得が遅れているので、その指導に重点をかけてほしいとの要望を受けた。

 さて、本記事では、このうち、かけ算の指導で大変感動的なことがあったので、その様子を書いてみたい。

 まずは、2年生のドリルを借りてかけ算についての実態把握をすることにした。5の段までは大丈夫だった。しかし、6の段からはまったく覚えていなかった。

 初めは、九九を書いてやって、一緒に唱えるようなことをした。そして、
「九の段は十の位が一つずつふえて、一の位が一つずつ減っているよね。」
などと言っていた。Aさんは、うなづくものの無表情だった。

 そこで、少し気持ちをリラックスさせようと思い、すでに分かっていると思われる5の段の練習問題をやらせることにした。すると、「5・3・15、5・7・35」などと言いながら、張り切って答えていく。
「おお。いいじゃん。5・1・5から順番に言わなくても、できるんだ。」
少し、うれしそうな表情を見せた。

 ときどきまったく関係のない、子どもの世間話に付き合うようにした。

 あるとき、担任から聴いた。
「いつもニコニコしなら戻ってきます。とても楽しいみたいです。これからもよろしくお願いします。」
「うん。よく話すし、意欲的な子だから、助かっている。子どもは日本語の習得が早いというけれど、こういう子なら、読み書きも期待できるのではないかな。」

 次のとき、またまた担任の話である。
「今日は、《九九が分からなくてもできたよ。》と、うれしそうに戻ってきました。わたしはどういうことなのだろうと不思議だったのですが、どんな指導をされたのですか。」

 そこで、次の話をした。

 「Aさんは5の段と10の段は分かっている。(ああ。すみません。10の段なんていう言い方はないですよね。)だからだろう。特別うれしそうな表情を見せる。それがヒントになったのだよ。

 6の段は、5の段と1の段を足せばいいんだよ。6×7なら、まず5・7をやる。」
「35ですね。」
「そう。それに1・7の7を足すわけだ。」
「ああ。そうですね。」
「同じ考え方で9の段は、10の段から1の段を引けばいい。9×7なら10・7をやる。そこから1・7を引けばいい。

 そうしたらね。Aさんの頭のよさに感心したことが起きたんだよ。急に8の段を言い出した。

 もちろんAさんは九九としては答えられない。でも、ここで、『8の段は、《1の段を2回引けばいいんだ。》と言った。思わず、《そう。その通りだ。すごいじゃん。わたしはそこまで言っていないのに、自分で気づいたんだ。すごいよ。》と絶賛しちゃった。

 すると、次は、《7の段は5の段をやって、2回足せばいいんだ。》と言った。Aさんはを応用発展させる力をもっているなと、すごく感じた。」

「ほんとうですか。すごいですね。」
「そう。すごいよね。でも、これ、Aさんは、5の段と10の段を言う時、とてもうれしそうだったからやったわけで、7の段は3の段と4の段を足せばいいとまではおさえなかった。・・・。でも、すぐ自分でとらえるだろう。思考力はとても豊かだからね。

 先ほどのAさんの《2回足す》だが、これは《2の段を足す》と同義であること、それもすぐ自分でとらえるだろう。」

 担任との話は、さらに続いた。

「これね。けっこう便利なんだよ。たとえば桁数が増えたとき、《×998》などというとき、1000をかけてかけられる数の2倍を引く。そういう解き方なら、筆算をやるより早く答えが出せるはずだ。暗算でできるかもしれない。」
「ほんとうですね。そんな解き方、思ったこともなかったです。」
「でも、安心してね。Aさんはこの解き方を知った時とてもうれしそうだったけれど、《でも、九九はちゃんと覚えろよ。》とは言っておいたからね。そうしたら、ニヤッと照れ笑いを浮かべていたよ。さあ、どうかな。覚えてくるかな。

 これはね。実はこだま先生のブログに出ているのだ。かけ算九九など覚えなくてもできる。足し算、引き算のほか、《2倍する、10倍する、半分にする》だけで、すべてのかけ算はできるという、すごい記事だよ。」
「ええっ。ほんとうですか。なぜですか。うそみたい。」
「それだけではない。ふつうかけ算というと、暗記学習のようになってしまうだろう。この記事はね。暗記ではない。思考力を養っているのだという、その思いにあふれている。

 紹介するから読んでごらん。目から鱗が落ちるよ。きっと。

     本当は怖い計算ドリル 〜その6〜 九九神話の崩壊

  実はもう一つ、Aさんで感心したことがある。先ほど、6の段からは覚えていないと書いたが、それは、九九を唱えることができないという意味で、実際はけっこう計算できているのだ。

 なぜか。

 Aさんは、B×C=C×Bも分かっている。だから、実は、6の段以降も半分近くはこまらないのだ。ほんの少し遅れるがね。
 
 これらのことから、Aさんは、記憶力は弱いのかもしれない。でも、思考力はかなり豊かなのではないかな。」

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〇先ほど紹介させていただいたこだま先生ですが、九九を覚えなくていいとはおっしゃっていません。ただかけ算の意味を軽んじた指導を問題とされています。わたしもまったく同感です。

〇この個別指導を通して、思わぬ副産物がありました。
 当初、鉛筆をもつ手に力が入らず、薄いうえにウナギがはうような筆跡で、判読に苦労したこともあったのですが、自然にしっかりと、きれいな文字を書くようになりました。
 これも、絶賛したことは言うまでもありません。

〇九九を楽しんで学習するにつれ、漢字の方も意欲的に取り組むようになりました。
 初めは、書ける漢字の少なさだけでなく、書けるにしても書き順などはまったく無視同然だったのですが、意識して気にするようになり、今はけっこう正しく書けるようになりました。

〇6×8=5×8+1×8ということ。実は、これ、2年生の教科書にも出ています。扱っているのです。
 でも、それはあくまでかけ算の構造を理解する学習であり、6の段を知らなくても解けるという扱いではありません。指導者にも、そんな思いはないでしょう。
 九九を言えるようにしようとしているのですから、当たり前ですがね。

rve83253 at 02:11|PermalinkComments(9) 個別(特別)支援教育 | 算数科指導

2018年08月16日

旧東海道を歩く。(5)

KIMG1160 夏休みも後半に入った。

 今年の夏は、文字通りの猛暑、激暑、酷暑で、わたしは家に閉じこもりがち。運動不足を感じていたところ、たまたま過ごしやすい日があった。そこで急に思いたち、一昨年の《旧東海道歩き》の続きをやってみることにした。

 53_7藤沢からである。藤沢駅から10分ほどで藤沢橋にたどり着く。

 わたしは勘違いをしていた。広重の絵の左にある橋。これは藤沢橋と思い込んでいた。東海道をまっすぐ下って、その先にあったからだ。

 しかし、帰ってから《時系列kk地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」》を見ると、なんと明治初年ごろ、この橋はないではないか。旧東海道の橋は数十メートル上流を通っている。そこでWikipediaで調べると、《大鋸(だいぎり)橋(現遊行寺橋)》とあり、それは、冒頭の写真の左奥、赤く見える橋なのであった。

 《ありゃあ。この橋は通ってこなかったなあ。》

 改めて悔やまれた。仕方ない。ストリートビューを見て、通ったことにさせていただこう。
KIMG1159
 藤沢橋を右に見て直進した。すでに藤沢の宿場町に入っている。

 ここもむかしの面影を大切にしている。規則的に並ぶ変圧器。その壁面には、浮世絵が描かれている。それがずっと続いていた。

 それだけではない。史跡、名所や明治以降の郷土の歴史を示す写真などもあって、道路を歩くだけで郷土資料館の趣があった。すばらしい。

 しばらく進むと、右方向に白旗神社なる案内があった。白幡ではない。白旗である。なんか《降参》のイメージでいい印象をもたなかったが、右奥の繁みと鳥居がいい感じなので、寄ってみることにした。

 行ってよかった。なんと、白旗とは、降参どころか、源氏の白旗なのであった。そして、宝治3年(1249年)9月、源義経が合祀され白旗神社となったとある。その由緒ある歴史に驚かされた。旧東海道はもちろん江戸時代だが、それよりずっと古いではないか。

 驚いたのはそれだけではない。神社の縁起を読むと、

 義経は平泉で頼朝の命を受けた藤原泰衡に襲われ自害するが、その首は弁慶の首とともに鎌倉に送られ、腰越で首実検された。その後、二つの首は近くの境川をさかのぼってこの地にたどり着き、祀られたとある。KIMG1189

 でもね。いくら満潮時、川は逆流することがあっても、距離は5kmほど。小さな川だし、それに、夜首が飛んできたという説もあり・・・、これはやはり、当時の人々が義経・弁慶の不運を憐れみ、創り上げた伝説ではないかな。

 でも、首塚と首洗い井戸は神社近く、旧東海道沿いにあった。

 我が幼少期、義経の伝記を読み、心打たれた身としては、合掌せずにはいられなかった。
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 それからしばらく歩くと、ある大工場の正門脇に心惹かれるものを見つけた。およそそこには似合わない、可愛らしいお地蔵さんが鎮座していた。しかも、大工場の分厚い壁をそこだけくりぬくようにしてある。

 ちょっと感じるところがあって、守衛さんに尋ねてみた。しかし、なぜそこにお地蔵さんがあるのかは知らないようだった。

 そこで、以下はわたしの推測だが、

 このお地蔵さんは、長くこの地にあり、村人たちに親しまれていたのではないか。また、素朴な信仰の対象となっていたのではないか。しかし近年開発が進むと、多くは移動せざるを得なくなった。

 その移動先はだいたい近くのお寺や神社である。現に、先ほどの白旗神社。庚申塔などが7つ、8つ。並べられていた。

 しかし、ここの工場は、このお地蔵さんを大切に思い、わざわざ正門の壁面をくりぬいてまで、この場所にとどめたのではないか。
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 ここでは地域の方というよりも、近代工業に携わる方まで、地域の歴史を大切にする心情を感じた。

 道路の反対側におもしろいものがあった。とても可愛らしいもので、うっかりすると見落としてしまいそうだが、藤沢市教育委員会の説明が楽しく、ここでは全文写真を掲載させていただこう。

 そして、ここにも地域の方々の素朴な信仰心を感じることができた。説明には、白粉が絶えることないとあるが、口紅も絶えることなさそうだ。

 さて、この日、歩いてきた道。もちろん旧東海道であることは間違いないが、ずっと現国道1号線だと思っていた。しかし、そうではなかった。前記藤沢橋からずっと県道だった。すぐそばを並行して藤沢バイパスが通るが、そちらが国道だった。

 その県道が国道と合流するところ、そのそばに大山道(おおやまみち)の道標があった。
KIMG1198
 《あらっ。大山道なら、すでに通った横浜市戸塚区の柏尾にもあったはずだが。》

 そう思い帰ってから調べてみると、なんと大山道はここら辺だけでなく江戸からも出ていて、その道標は各地に39基もあったという。そして、ここ藤沢四ツ谷からの道は田村通りと呼ばれ、数ある大山道の中でも主要な道だったらしい。

 ここには、道標だけでなく、大きな鳥居もあった。でも、不思議なことにそばに神社はない。そして、これはグーグルマップっで分かったのだが、なんと大山阿夫利(あふり)神社一の鳥居とあった。 

 これには驚いた。だって、ここから大山までは約20kmもある。おまけに標高は1200メートル余り。西方に形よくそびえたっている。

 こんなに長距離、境内扱いか。

 まさか、そんなことはないよね。江戸時代、最盛期は年間20万人の参詣者を数えたという。これはすごい数字だ。当時江戸の人口は確か100万。それでも世界一だったという。

 これはもう、単なる信仰心ではないね。多分に観光化していたと思える。
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 さて、話は現代。ここに真新しい道標があった。平成17年再建とある。しかし、《大山みち》なる書体は、むかしのものだ。ああ。ここにも、まちのむかし、むかしの人々の心情に思いを致す現代人の心意気が感じられる。

 まもなく茅ケ崎市に入った。茅ヶ崎一里塚を見て左折。茅ヶ崎駅へ向かった。平塚まで行きたい気持ちもあったが、すでに一万歩を超えている。無理せず帰ることにした。

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〇以前、横浜市内を書いていたとき、本格的な松並木は大磯近辺までありませんと書きましたが、藤沢、茅ヶ崎間も、途切れ途切れではありましたが, けっこう見ることはできました。

〇本シリーズの(1)から(4)までは、箱根駅伝にふれることが多かったのですが、今回はまったくありませんでした。というのは、駅伝はこの区間、すべて旧東海道ではなく海岸沿いを走っているからです。

〇かつての本シリーズは、横浜市内がほとんどでしたので、なじみのある土地が多かったのですが、今回は違いました。それだけに発見の喜び、驚きが多く、《ああ。いいなあ。》と思いました。これなら箱根の山登りも含め、県内全域に挑戦してみようかな。

rve83253 at 21:03|PermalinkComments(0) エッセイ | 自己啓発

2018年05月23日

すみません。前記事の補足、訂正です。

S_7873434156201 すみません。前記事の《授業の終わりのまとめはいらない。》について、補足、修正をさせていただきます。

 それは、前記事にお寄せいただいた、Hidekiさんからのコメントへの返信でもあります。その内容をかいつまんで書かせていただくと、

 まずは我が記事について、《すばらしい。》とおっしゃっていただきましたが・・・、

 わたしが《まとめはいらない。》とした点については、まとめの重要性とその意義を書いてくださいました。

 それは共感できるものであり、ありがたく拝読しました。また、かつては自分もHidekiさんがおっしゃるような意味でのまとめをしていたこともあって、何よりむかしの我が実践を思い出させていただき、その点、恥ずかしくなりました。

 その上、初任者Aさんにも、何回かまとめはいらないと話してきましたので、これはもう、補足、訂正させていただかなければと思いました。

 ああ。さらに、その上・・・、前記事ではサブタイトルとして、《問題解決学習とは》としています。

 問題解決学習に、一時間の授業のまとめは不要・・・。そんなことはないはず。

 これはもう、本記事を読まれる若い教員のためにも、改訂版を書かないわけにはいかないな。そう思いました。申し訳ありませんでした。


 ここで、その部分に関するHidekiさんのコメントを引用させていただく。

 《「まとめ」を先生がすることは正解主義≒教え込みにつながるかもとは思うのですが、生徒自身がまとめをすることは重要なのではと思うのです。
 漠然と感じた、感覚そのものは大切にする必要はあると思いますが、いっぽうでそれを言葉に落とし込むと感じたことの正体がくっきりとすることで考えや思いが深まると私は思っています。》


 わたしがまとめはいらないとした最大の理由は、Hidekiさんのお言葉をお借りすれば、《「まとめ」を先生がすることは正解主義≒教え込みにつながる》という点にあった。

 このまとめ方だと、子どもは受け身で、何よりまとめることの必要性、切実性がない。よく理解できないまま、ただ黒板を写すことにもなりかねない。すなおな子、力のある子は、「ああ。これが大事な学習内容なのだな。」と思うかもしれないが、多くの子にとっては意味なくただ写しているに過ぎない。

 そして、言うまでもないが、全員同じまとめとなる。ノートはきれいかもしれないが、でも、それだけのことだ。

 その一方で、《言葉に落とし込むと感じたことの正体がくっきりとする》については、まったく異存がない。子どもが主体的にふり返り、自分の言葉でまとめるのならね。

 まあ、負け惜しみではないが、わたしの前記事での思いは・・・、言葉に落とし込まなくても、《話し合い学習のなかで、学んだことの価値、概念がくっきりと明確になるような・・・、そういう授業を目指しなさいよ》と、Aさんに言いたかったのだが・・・、

 でも、でも・・・、《そういう授業をすれば、言葉に落とし込む必要はない。》と言ったら・・・、やっぱりそれは言い過ぎだろう。

 話し合い学習でのそれは、躍動、活発、ひらめき・・・、そうしたなかでの獲得であるのに対し、書く活動でのそれは、沈思黙考、落ち着き、静的な中での獲得ということになろうか。

 やはりどちらもあっていいし、大切。

 ああ。したがって、前記事で、ふり返ることはないというのは、やはり言い過ぎだった。

 
 さて、それでは、まとめ方はどのようになるだろうか。

 たとえば、

「先生。今日、Aさんが言ったこと、すごくよかったよね。みんなも賛成したし、ぼくも確かにその通りだと思った。忘れたくないから、ノートに書いておくんだ。」
 
 そんな発言があれば最高。いや。なくてもそんな気分でまとめるようになればすばらしい。

 そして、それぞれの子どもが自分の思い、一番心に残ったことを中心に、自分の言葉で書き留めるのだ。S_7873437944641

 一番心に残ったこと、それはいろいろあるだろう。

・友達と議論し合ったなかで、心に残ったこととか、
・議論した結果、自分の思いが変わったとか、深まったとか、
・逆にみんなが自分の思いに賛意を表してくれてうれしかった。その中身は、など・・・、いろいろあっていい。
・また、発言でなくても、《あの資料で寄木細工に携わる人のわざは〜で、すごいと思った》など、心を大きく揺り動かされた資料などを中心にまとめたっていい。

 何を書くかは子どもの思いで自由だ。それでこそ、個性的で生きてはたらく知識を獲得できる。

 そして、折々にノートを集めチェックする。ねらいに迫っているか、枝葉の部分にとどまっているか、関心はどの方向に向かっているか、分かったこと中心か、次の授業につながるような疑問、問題などにふれているか・・・など、など。
 
 まだこうしたまとめ方になれていない段階なら、指導者が、いいなと思うノートを全体に紹介するのもいいだろう。本人の了解をもらってだけどね。

 さらに・・・、《この授業の殊勲賞は誰だろう。》

 そう言って、一番活躍した子をみんなで認め合うようなこともやったらどうだろう。

 その基準はいろいろだ。たとえば、

・ふだんあまり発言しない子がしたら、内容に関係なく認めるとか、
・学習内容を深める発言をしたのは誰かとか、
・授業を盛り上げたのは誰かとか・・・、

 ああ。でも、これは、Hidekiさんがおっしゃるまとめとはちょっと違うね。授業を活性化するための一手法と言ったらいいかな。

 でも、でも、そんなにあれもこれも、やる時間がない。次の授業の学習問題も意識させたいしね。ただでさえ、時間を押してしまうことも多いのだから・・・。

 だから、そうする必要はないだろう。授業ごとに、その授業の終わり方によって、いろいろあっていいのではないか。

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 我が後輩の話で思い出すことがあります。この方は、現校長でもあります。聞いたのは数年前ですが、担任時代のことを話してくれました。

「先日、教え子の同窓会がありましてね。子どもたちが言うのです。社会科のノートは今も大事にとってある。とても捨てられるものではないって。

 そのとき、そのときの自分たちの思いがつまっていますし、なつかしく授業を思い出すのだそうです。」

「それはすごい。わたしはとてもそんなところまではやれなかった。

 思い出すというのは、ただ思い出すだけではないと思いますよ。今も、彼らの生き方にひびいているのではないでしょうか。

 問題解決に悩んだり、困難な事態に遭遇したりしたとき、また逆に、乗り越えたときなど、ノートをそっとふり返って見るなどという子もいそうですね。」

 わたしはそんなことを言いました。

 ああ。前記事にお寄せいただいたHidekiさんからのコメント2つ。まだお読みでなかったら読んでいただければ幸いです。

 もう一つ。《ああ。》

 前記事を書いたとき、このエピソードを完全に忘れていたことが悔やまれます。

  

rve83253 at 04:49|PermalinkComments(4) 問題解決学習 | 指導観