2007年07月13日

町内会長として(1) 新旧住民の融和を図る。

6652c2d2.JPG  現住所はわたしの生まれ育ったところだが、わたしはかつて親元から離れ、マンションに住んだことがある。

 マンション住民は、みんな同世代であることから、ある年、マンションで構成する町内会の、町内会長をおおせつかった。まだ、学級担任だったころで、長女は小4、次女が小1だった。

 マンションができて3年目。それは、3代目の町内会長ということでもあった。



 話は変わる。


 この地域の子どもたちは、長い間、隣町の小学校に通学していた。住居はそんなに少ないわけではなく、したがって、この地域の人たちにとっての小学校建設は、戦前からの悲願だった。

 そして、わたしが住むことになるマンション建設を契機に、待望の小学校がつくられることになった。地域の方々の喜びは、いかばかりだっただろう。地域の人にとっては、開校以前から、『おらが学校』という意識は強いものがあった。

 地域の方々は、学校そのものへの要望はもとより、通学路の整備にも尽力された。新学区には、国道も縦貫していることから、信号機や横断歩道、それに、ガードレールの設置など、それぞれの機関とかけ合い、充実させていったのである。
 それは、マンションからの通学路についても例外ではなかった。


 ところが、わたしも含めて、新マンション住民は、そのようなことは、まったく分かっていない。
 マンション入居と小学校開校は同時だったから、マンション住民の一部にとっては、『なぜ、あそこに、信号がないの。』『国道を横断できるところが、少なすぎるのではないの。不便よ。』とか、そういう不満の声がでた。



 そうしたあつれきは、連合町内会でも露呈されることがあったようだ。


 地域のお祭りなどのとき、子どもは当然、新旧住民意識などないから、我が子も含め、遊びに行く。ところが、マンション住民は、まったく非協力的というか、それ以前に、お祭りの存在すら気づかないのだった。

 それは、地域の主催する運動会でも言えた。小学校の校庭で行われていたにもかかわらず、このわたしも、そのようなものへの意識はまったくなかった。

 わたしが町内会長をおおせつかった3年目は、ちょうどそのような時期だったのである。
 わたしの課題は、新旧住民の融和を図ることであった。


 さいわい、マンション内部の人間関係は豊かになりつつあった。入居当初から、『おはようございます。』などと、声はよく掛け合っていたし、『ああ。いいところへ住むことができたな。』という思いは強いものがあった。
 妻も含め、奥様方はなかよくまとまってきたし、おかげで、町内会の役員会も、初めから和やかなムードだった。


 そんななか、わたしが心がけたことは、融和を具体的な形に現すことだった。


○ 地域のお祭りには、最初は、町内会役員だけでもいいから、積極的に参加する。

○ 連合町内会主催の運動会は、各町内会単位で参加し、町内会対抗となっていたから、マンションとして一チームをつくり参加する。

○ 通学路の改善の要望などを出すことはかまわないが、地域への感謝の思いを忘れないようにする。


 連合町内会へ出向くと、みんな年配の方ばかりで、わたしのような年代は、極端に少なかった。また、わたし以外の皆さんは、むかしからの顔なじみということがよく分かる雰囲気で、最初はどうしても、人見知りしてしまい(?)、黙ってばかりいた。
 『ああ。わたしがまず融和を態度で示さないといけない。』あせりにも似た気持ちになった。

 しかし、だんだん意見表明を迫られたり、積極的に声をかけられたりして、後半は、うまくいくようになった。それがとてもうれしかった。


 年度末が近づくと言われたものだ。

 「マンションは、毎年、顔ぶれが変わる。せっかく仲良くなったなと思うと、変わってしまうので、それが残念だ。ひとつ、toshiさんは、引き続き何年かやってくださいよ。」

 申し訳ないが、これだけは、遠慮させていただいた。マンション内部においては、一年交替が常識だったのである。



 最後に、本日の結論。

 地域住民同士が連帯し、融和し合う環境は、子どもにとっても大変幸せなことだ。

 先に述べたが、子どもにとっては、新も旧もない。最初から融和している。

 しかし、大人が、日ごろ、差別的、偏見的な言辞をろうしていれば、当然子どもはその影響を受けるようになる。

 わたしにとっての真の願い、ねらいは、まさに、その点にあったのである。

 さいわい、わたしの後の会長も、『融和』を説くわたしの意見に強く賛意を表している方だったので、安心してゆだねることができた。


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 居住地の、開校したばかりの学校には、それ以前から親しくしていただいている先輩の教員がいました。その教員から、地域の実情をかなり聞いていましたので、わたしはその点、諸問題をよく理解できる立場にいました。

 マンションは、どうしても、マンションのなかだけで、島をつくりがち。そうした雰囲気を打破するうえで、わたしの立場は、コーディネーター役でもありました。

 次回は、マンション内部で実施したことについて、記事にしていきたいと思います。


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(2)へ続く。



rve83253 at 06:38│Comments(5)TrackBack(0)教育風土 | 子どもの安全を

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この記事へのコメント

1. Posted by yoko   2007年07月13日 21:21
『新旧住民意識』私の住んでいる地域でもあるようです。
先日そんな話を小耳に挟んだところでした。

新築のアパートに越したので、自治会も子供会もどうなっているのだろうと思って同じ地区の役員さん仲間に聞いたところ、どちらも無いようでした。いえ、本当はあるようです。(はっきりとはわかりませんが)旧住民のみのようです。そして、地主さんがかたまっている地区をさして「むら」と言っていてちょっとびっくりしました。新しい人達には入っていきづらいものがあるのでしょうね。

子供達にその影響があるのか無いのか、まだわからないのですけれど…。
あまり喜ばしいことではないですね。
2. Posted by toshi   2007年07月14日 16:36
yokoさん
 わたしの場合は、約200世帯というマンションでしたし、その後も、800世帯になんなんとする大マンションでしたので、その点、むかしからの住民の方も、かなり気を遣ってくださっていたということはあります。
 それだけにね。新住民も、積極的に地域の方とかかわろうとする努力が大切と思いました。
 その地域、地域の風土というのがありますから、むずかしいところもあるのでしょうね。なんとか、リーダー的存在の人が、それを打ち破る努力をしてもらいたいものだと思います。
 
3. Posted by なおみ   2008年07月15日 21:37
toshi先生がひとり加わるだけで、融和に向かってよかったです。私の住んでいる地域も古くからの歴史のある土地で、地域の人が子ども達のための伝統行事やスポーツや安全管理に力を注いできています。しかし、近所の小学校に赴任してくる校長先生や先生方のなかに、そうしたことへの知識が皆無の方がいるのです。それで、新校長が赴任するたび、毎日のように噂にのぼったり、場合によっては厳しい批判が飛び交ったり、地域の人ともめたりしていて、私は気の毒に感じていました。
4. Posted by なおみ   2008年07月15日 21:38
最近になって、私は地域の伝承文化を守る会に参加させていただくようになり、地域の方の考えに深く触れるなりました。そこには、地域を良くするために、子どもらのために、無償で働く姿と純粋な心がいっぱいあることを知りました。地域の人の大変な努力とただ働きのおかげで、お祭りや地蔵盆や伝承文化の継続が休むことなく続いてきたんです。でも、利用する側は手伝わないばかりか、年々わがままになってます。
また、学校との協力のもと続いてきたことなのに、校長先生によっては、地域住民とのかかわりを全て拒絶する方もいるのです。まず双方が融和する方向に歩み寄らないと、同じ土地で共生していくことは難しいですね。toshi先生のように、まず相手の話にも耳を傾けることが大切だと感じています。
5. Posted by toshi   2008年07月17日 07:07
なおみさん
《近所の小学校に赴任してくる校長先生や先生方のなかに、そうしたことへの知識が皆無の方がいるのです。》《地域住民とのかかわりを全て拒絶する方もいるのです。》
 驚きました。そのようなこと、考えられません。もうそれだけで、学校経営が信頼感に欠けるようになること、間違いなしという感じがしてしまいます。そして、やっぱりそうなってしまうのですね。

 地域の教育力との連携、

 これは、近年特に大切にされなければなりません。学校だけで子どもを育んでいるわけではないのです。地域・家庭との連携を図ることは、急務なはずなのです。

 いつも拙ブログの紹介で、恐縮してしまいますが、本コメントのわたしのHNをクリックしていただければ出るようにしましたので、ご覧いただければ幸いです。 

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