2006年08月14日

追  慕(1)


b178cc8e.JPG もう、40年以上も前のことになってしまった。母は、47歳でこの世を去った。

 
 本文にふれる前に、これまで母のことを記事にしたものがあるので、それもお読みいただければありがたい。


   8月7日   平和を祈る

 
 死因は心臓弁膜症。脈を打つのが不規則で、苦しくなっての死だったと思う。リューマチの後遺症として起きたものだった。

 リューマチは、わたしが3歳のときからだった。

 よく母から聞かされた話は、
「わたしは服が着られなくなってしまってね。袖を通すことができなくなってしまったの。それで、toshiがこの机にのってね。後ろから袖を通してくれたのだよ。」

 わたしに、その記憶はない。

 そんなわけで、わたしの記憶にある母は、病気との闘いの日々が多かった。

 死を迎える数ヶ月前、病床にあった母が、
「toshi。ここをさわってごらん。」
自分の心臓のところを指さす。いくら母親とは言え、そんなところに手を持っていくのは、はばかられた。
「いいから。」
そう言って、自分でわたしの手を持っていく。

 脈がまったくない。そうかと思うと、急に、ドドドッと、打ち出す。
 これにはびっくりした。たぶんそういう表情をしたと思う。母は寂しそうに笑っていた。母の病気の困難さを深く認識させられた瞬間だった。

 
 東京オリンピックも、母の死の数ヶ月前だった。
 東洋の魔女。女子バレーボールの決勝戦。日本対ソビエト。

 テレビで見ていたが、そのときの母の興奮が忘れられない。プレーごとに一喜一憂。歓声をあげる母。あんな母の姿を見たのは、最初で最後だった。

 
 母はやさしかった。
 父はきびしくこわい存在。だから、10代後半になると、父親との会話はだいたい母親を介して行っていた。

 そんな母だが、一度だけひっぱたかれたことがあった。
 何が原因かは忘れた。たぶん、母親に反抗的な態度をとったのだと思う。

 手を堅く握り、腕をふるわせて、涙を流しながら、しばらくはそのままでいたけれど、決断するようにしてわたしの頬をぶった。

 しかし、父のそれと比べるとまったく痛くはなく、その弱々しさに、わたしは涙ぐんでしまった。
 反抗的だったからだろう。謝りこそしなかったものの、反省する気持ちには強いものがあった。
 
 母の死のあと、このときのことを思い出しては、謝らなかったことが、ものすごく悔やまれてならなかった。

 そんな思いになったことはよく覚えているのに、肝心の反抗的な態度をとった原因は忘れてしまった。

 
 わたしの記憶にある、母のもっとも古い思い出は、なんと川で洗濯をしている母の姿だ。(この話を娘にしたことがある。『ええっ。ほんとう。まるで桃太郎さんの話みたいだね。』と笑っていた。)
 
 昭和23年まで疎開地で生活した。本家のはなれを借りていたのだが、本家に遠慮したのだろう。洗濯はそばの川でやっていたようだ。
 その母の脇で、わたしは一人、遊んでいたように思う。3歳の記憶なので、かすかな、かすかな記憶でしかない。

 昭和20年代後半、この時期の母は体調がよく共働きだった。それで、真っ先に買った家電製品は、洗濯機だった。


 
 母の死後、母のものを整理していて、ものすごいものを見つけた。

 なんと、わたしの育児日記(育児メモと言った方がいいくらいのものではある。)が出てきたのだ。戦争中のことで、粗末なノートだった。めくるにもぼろぼろ破けそうで、そおっと、そおっと、めくっていった。

 ものすごい感動で、涙が出た。

 感謝の思いでいっぱいになった。

 
 今でこそ、多くの親は、我が子の育児日記をつけていることだろう。
 わたしの娘も、孫の誕生前から、楽しくカラフルな育児日記というか、育児アルバムというか、そういうものをつけている。

 しかし、時代が時代だ。

 空襲があれば、防空壕に逃げ込まなければならなかったとき。
 父は、学童疎開先での子どもの指導、世話などで、一緒に暮らすことはできなかったとき。
 物資欠乏のとき。

 そんなときに、よくぞ、つけていたものだ。

 
 明日は、終戦(敗戦)記念日。
 世は、小泉首相の靖国神社参拝問題で揺れているが、わたしは、このブログに、その日記を掲載しよう。


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rve83253 at 11:09│Comments(2)TrackBack(0)むかし | エッセイ

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この記事へのコメント

1. Posted by ピーチ   2006年08月15日 00:38
初めまして。
お母様のお話、同じ母親としてとても深く感じながら拝見させて頂きました。
今の平和な世の中でも子育ては大変なのに、ましてやそれが戦時中だったらと思うと・・・。そんな時代でも育児日記をつけられていたお母様、とても素晴らしい方ですね。
戦時中のお母様のものとは全く違うと思いますが、私も今育児日記をつけています。
子供の成長はとても早く、色々な事がありすぎて、毎日どんどん変わっていくその姿を何かに書き留めておきたい、今のこの可愛い姿をいつまでも忘れないでいたい、そんな気持ちでつけています。
お母様もそのようなお気持ちでいらしたのではないかなと思いました。
育児日記の掲載、楽しみにしています。
2. Posted by toshi   2006年08月15日 11:39
ピーチさん
 こちらこそ、よろしくお願いします。
 「平和な世の中でも子育ては大変なのに、ましてそれが戦時中だったらと思うと・・・。」
 これは、次回記事にしようと思っていたことです。お見通しですね。一本とられた感じです。
 子どもの成長はおっしゃるように目覚ましいものがありますね。わたしたち大人も、それを見習わないとと思います。
 楽しみにしてくださるとのこと。ありがとうございます。また、コメント、くださいね。

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