2007年08月10日

妹の一周忌 千の風になって3

3af9c970.JPG 申し訳ありませんが、今日は教育にかかわる記事ではありません。ご覧いただければ幸いです。


 妹が亡くなって一年が経過した。昨日は、久しぶりに親族そろって、一周忌の法要を営んだ。


 思い起こせば、昨年の今ごろ、わたしは、人間ドックで、ホテルにいたのだった。そこへ、A(亡妹の次女)ちゃんから、涙ながらの電話が入った。覚悟していたとはいえ、あまりにも早くその日がやってきたことに、愕然としたのだった。

     平成18年8月9日  やすらかに、母の元へ
     平成18年8月13日 やすらかに、母の元へ(2)

 葬儀等のあわただしい日々が過ぎると、妹のことを思い浮かべることが多くなった。

 たとえば、

 わたしが子育てのあり方について考えていると、そこから、ふと、『ああ。妹の子育て観は、しっかりしていたなあ。』と思い出す。
 ある政治問題について、こうあるべきではないかと思ったときに、ふと、『妹にこんなことを言ったとき、妹はこう反論してきたな。』と思い出す。
 
 さらには、何かをしているときに、ふと、妹の面影が、まぶたに浮かぶこともあった。それは、近年のことだったり、ものすごくむかしの幼いころだったりした。

 妹の存在が、急に、わたしのなかで、大きくなったのだった。



 さて、

 一年がたち、見た目には、妹家族も、平穏な日々を取り戻したように見える。

 しかし、義弟は、なかなかそうもいかないようだ。法要後の挨拶では、また、涙ぐんでしまった。


 
 その間、家族にも変化があった。
 
 「B(長女)の赤ちゃんの顔を見るまでは、生きていなきゃ。」
そう言っていたのだが、その望みもかなわず、逝ってしまった。・・・が、昨日は、その亡妹の孫も元気な顔を見せてくれた。初対面のわたしにも、愛くるしい笑顔を見せてくれた。

 C(長男)夫婦の子は、2人とも小学生になった。ぐっと大きくなった。
 酷暑だったが、子どもというのはえらいものだ。暑そうなそぶりも見せず、はねまわったり、両親に甘えてすり寄ったりした。


 

 いつのころからだっただろうか。

 テレビで、『千の風になって』の澄んだ美しい声をよく聞くようになった。





    千の風になって 

       作詞・不詳  作曲 新井 満   日本語訳 新井 満


 わたしのお墓の前で 泣かないでください
 そこに私はいません 眠ってなんかいません
 千の風に
 千の風になって
 あの大きな空を
 吹きわたっています

 秋には光になって 畑にふりそそぐ
 冬はダイヤのように きらめく雪になる
 朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
 夜は星になって あなたを見守る

 わたしのお墓の前で 泣かないでください
 そこに私はいません 死んでなんかいません
 千の風に 千の風になって
 あの大きな空を
 吹きわたっています

 千の風に
 千の風になって
 あの 大きな空を
 吹きわたっています

 あの 大きな空を
 吹きわたっています





 これは、すごい歌だ。まるで妹が歌っているようではないか。

 妹の家族は、どんな気持ちでこの歌を聴いているだろう。


 妹のことを思い出すことがさらにふえた。この歌を聴くたびになった。


 聴きながら、想う。

 『まあ、お墓には、いません。』までは言わないかな。

 でも、それ以外は、みんな、妹が言いそうだな。なにしろ、自分の葬儀のことまで、家族に差配して逝ったのだものな。

 この歌が、家族を励ましてくれているだろうな。



 最近になって、遠いフランスに住んでいる、A(亡妹の次女)ちゃんから、メールが届くようになった。拙ブログを楽しみにしているとのこと。うれしくて、なつかしい思いがした。
 と同時に、元気に過ごしているようで、よかった。



 そうだった。

 Aちゃんの結婚と、妹の死は、ほとんど時期がかさなってしまった。

 フランスでの挙式。

 喜びもつかの間、その写真を手に、あわただしく帰国したAちゃん。

 豊かなヨーロッパの田園風景。映画で見るような家並み。そこに集まる、多くの祝福の笑顔。日本人の顔も少なからずあった。そのなかでの、新郎新婦の喜び。

 そうした写真を、妹はうれしそうに眺めていた。

 


 そうか。今、Aちゃんのところにも、この歌はとどいているだろうな。


 そうだよ。Aちゃん。

 お母さんは、千の風になって、遠いフランスまで吹きわたり、きっと、Aちゃんのほほも、なでているよ。


 今、遠いフランスの地から、亡母の一周忌に、思いをはせていることだろう。


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 今日は、教育に関係のない、私事におつき合いくださり、ありがとうございました。
 それにしても、この、ブログやメールも、『千の風』に似てなくもないですね。瞬時に、フランスへも、とんで行きます。
 
 なお、秋川雅史さんの歌にリンクしましょう。
  千の風になって - 秋川雅史
    
それでは、今日も、上記2つのバナーに、1クリック、お願いできますか。それから、歌を聴いてね。

rve83253 at 09:12│Comments(4)TrackBack(1)エッセイ 

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1. 一周忌挨拶/一周忌挨拶  [ なるほどキーワード ]   2007年08月10日 11:54
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この記事へのコメント

1. Posted by yoko   2007年08月10日 22:34
歌を聴きながら切ない想いになりました。toshi先生、お寂しいでしょう。妹さん、素敵な方だったのですね。

7年前、友達が末期がんで手術をしました。離婚の調停中(一人息子の親権をめぐって)で辛い最中でわかった病気でした。「この子の為に生きなければならない」そういって頑張っていた姿を思い出します。頑張りもむなしく術後1年を待たずこの世を去りました。今も当時の彼女の手紙が手元にあります。歌を聴きながら彼女をふと思いました。

千の風になっていますね。きっと…。
2. Posted by toshi   2007年08月11日 09:36
yokoさん
 私事に過ぎないのに、ありがとうございました。
この歌がはやるということの意味。多分、わたしのようなもの、いえ、残された家族ですね。その方々の思いが集約されているのだろうと、思いました。ほんとうに、逝った人が語ってくれていると思えるのではないでしょうか。
 わたしの義弟家族の場合、心も落ち着いてきたかなと思えるころから、はやりだしたのですね。多分、たまらなかったと思います。

《「この子の為に生きなければならない」》
 わたしも、こう思っていました。娘2人が結婚して、複雑だったのですが、ホッとしたと言うか、肩が軽くなったというか、そういう思いも確かにありました。
 軽くなった分が、こうしてブログに向かうエネルギーになっているのかもしれません。
 今後とも、よろしくお願いしますね。
3. Posted by にしこ   2007年08月12日 16:32
妹様の一周忌だったのですね。
この一年間、妹様に対して色々な想いを抱かれたのではないかと想像します。
ちょうど一年前のこの頃、私の母が体調を崩していましたのですが、その時は母が亡くなるなんて考えもしていませんでした。

『千の風になって』の詩は遺された家族の支えになるのでしょうね。
きっと、今頃、風となってどこかから見守ってくれているのかな…
そう考えると心穏やかになります。

それと、私事ですが、ブログの更新を中止しました。
toshi先生が私のようなブログにコメントをして下さって、本当に励みになりました。
今までありがとうございました。
4. Posted by toshi   2007年08月13日 02:57
にしこさん
 『お久しぶりです』などと思っていたら、更新を中止されるとのこと。
 驚きました。
 でも、人生の新たな再出発なのでしょう。どうぞ、お幸せに。
 わたしこそ、これまで、ありがとうございました。
 そして、どうぞ、中止されても、これからも、折々にコメントをいただけたら、うれしく存じます。
 

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