2007年08月21日

落第・飛び級の問題4

f73d6bad.JPG 姪のAちゃんからのメール。

 フランスの教育事情についていろいろ教えてくれたが、正直のところ、この『落第・飛び級』には驚いた。


 論評は後回しにしたい。何はともあれ、姪からのメールをお読みいただければと思う。

 それでは、どうぞ。



 フランスに来て、この国の教育観に驚いたことがあります。

 それは、落第・飛び級が小学校のころから当たり前のようにあることです。

 児童が学んだことをしっかりと理解していないのに、次の学年に上がってさらにむずかしいことを学んでいくことは、この児童の学問の発達にとって好ましくないという考え方が一般的だからだそうです。一人ひとりの児童の能力に合わせて学んでいくこと。時間が2倍かかっても最終的に理解することが大事なのだという考え方なのだと思います。

 ですから、逆に、学校の勉強が他の児童より非常にすぐれている子は飛び級できるというわけです。毎年5月頃にある大学進学のための共通テスト(バカロレア)では、受験者の最少年齢が14歳ということもありました。

 そして、フランス人は驚くことに、落第したことをあまりかくすわけでもなく、他人に話していることです。日本では、高校でごく少数、大学で数名くらいの落第者がいるのでしょうが、ふつう、落第したことは「恥」として受け取られるため、他人にはできるだけかくしておきたい、いわば、「汚点」と思うものでしょうが、ここ、フランスではまったくそういった感覚はないようです。

 だから、今の日本で落第や飛び級を導入しても、父母の考え方がフランスとは違いすぎるので、逆に、『落第しないように、勉強させなきゃ。』と躍起になるばかりで、子どもはかわいそうですね。


 メールは以上である。




 確か日本では、大学においても、大量に留年者を出したとき、大問題になったような気がする。それが小学生段階からというのでは、ただただ驚いてしまった。

 それで、検索にかけていろいろ調べてみたが、あった、あった。その種のブログが。ちょっと話題が話題なので、リンクするのは控えるが、お時間のある方は、わたし同様、検索してみたらどうだろう。

 読んでいると、その世界に入り込み、違和感なく自然体で読めるので、我ながら不思議な感覚になった。


 でも、やっぱり、Aちゃんが言うように、日本ではとても導入できないよね。

『子どもを馬車馬のように勉強させるのか。』
『子どもの自然な成長発達を妨げる。』
『友人関係がおかしくならないか。』

 そんな声が聞こえてきそうだ。

 ただ、フランスの教育事情を語るブログを読ませていただくと、そんな馬車馬のようにというのは一部だけで、多くは自然に育っているし、無理をさせているわけでもなさそうだ。
 それに対し、日本は、多分に、形式主義、建前が大事ということなのかな。恥の文化と言っていいかもしれない。そんな思いがした。

 ただこれだけは言える。

 落第・飛び級のない日本では、やはり、分からないまま上学年へすすんでしまう可能性がさけられない。そういう宿命にある。
 だからこそ、そういうことのないよう、当該学年で当該学年の学習内容はしっかり押さえるという、その努力は、フランス以上に積み重ねなければいけないだろう。


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 教育再生会議は、飛び級についても検討しているようです。もっとも、小学生段階からというわけではなさそうですがね。

 そう。そう。最近は、教育再生会議のことがあまり話題にならなくなってしまいましたね。参院選の結果をふまえ、どうでもよくなってしまったのでしょうか。
 でも、それもまたこまったもの。正しい改革の方向性は見失わないでほしいものです。

 それでは、・・・、毎日、おあつうございます。そんななか、今日も、拙ブログをお読みいただき、ありがとうございます。恐縮ですが、1クリックいただければ、大変うれしく存じます。

rve83253 at 16:00│Comments(2)TrackBack(0)教育制度・政策 | 教育風土

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この記事へのコメント

1. Posted by yoko   2007年08月25日 09:26
凄いですね。小学生から飛び級・落第があるのですね。驚きました。外国にも色々いい制度はあるでしょうが、それがそのまま日本にあてはまるかどうかは難しいですね。性格や考え方等やはり異なりますものね。しかし、違いを知る事はとてもいい事ですね。自分の視野を広げられます。それをそのまま受け入れるかどうかは別として…。
本当に猛暑ですね。toshi先生もご自愛下さい。いつも有難うございます。
2. Posted by toshi   2007年08月25日 22:35
yokoさん
ほんとうに、『ところ変われば品変わる。』ですね。わたしもびっくりしながら、検索にかけてみたのです。そうすると、その種のブログがいくつもでてきました。そして、ふしぎなのです。
 ごめんなさい。人事のように書いていますが、自分の思いなのですね。
 読んでいると、まるで、違和感がないのです。自然にさらっと読めてしまうのです。
 特に、違和感がなかったのは、『分からないまま、上学年に進んで、さらに分からなくなるのは罪が深い。』といったところです。
 ほんとうにそうですよね。落第が恥でも何でもないといった文化。これはすばらしいと思ったのです。ことによったら、これこそが、学校を再生させる鍵かなと思いました。
 ああ。でも、これだと、フランスがすばらしいとなりそう。
 こまりました。なお、考えてみます。 

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