2007年08月28日

日本の子ども、外国の子ども4

da78a02f.JPG わたしは、昨日の記事で、『日本の子どもって、思いを口に出すのが、苦手な子が多くないか。』と書いた。

 そのことに関連して、思い出すことがある。



 1年生担任だったときのことだ。

 わたしのクラスに、アメリカ人の子がいた。
 両親ともアメリカ人。地域にはアメリカンスクールだってあるのだが、『郷に入れば郷に従え』ということわざまで熟知していた方で、『せっかく日本に住んでいるのだから、その期間だけでも、日本の学校に通わせたい。』と考えられたようだ。

 クラスの子ともよくとけ込み、明朗闊達な子だった。


 あるとき、図工の時間だったが、『ゆめののりもの』という題材で絵を描く学習があった。

 そのとき、その子は、
「toshi先生。あのね。ぼくは、そういう乗ってみたいなという乗り物を考えたことは一回もないの。だからね。そういう乗り物は描けないの。・・・。描きたいのは飛行機だから、飛行機を描いていいですか。」
と言ってきた。

 ああ。上記のような両親に育てられていたからか、日本語は上手なものでしたよ。

 ある意味、この題材のねらいには、『想像力をはたらかせ、〜』があるのだから、現実の飛行機では、ほんとうはまずいのだ。

 それで、わたしは、
「これまでは考えたことがなくても、今、乗ってみたいなと思うような乗り物を考えてみようよ。ゆめのひこうきなんて、どう。」
などといろいろ言ってみたが、『ない。』とのこと。そこまで言われちゃえば、『飛行機』を認めざるを得なくなった。



 でも、わたしは、ある意味では、感心してしまった。

 それは、こういうことだ。

 日本の子どもだったら、こういうとき、
「先生。何、描いていいか分からない。」
「思い浮かばないよ。」
「思ったことはあったけれど、忘れちゃった。」
そんな言い方になるのではなかろうか。


 ところで、日本の子どもだってアメリカの子どもだっていろいろな個性の子がいる。一様に決めつけることはできない。

 それはそうだが、どうだろう。わたしはそのとき、上記、アメリカ人の子どものように言う日本の子は、まず、いないだろうと思った。

 一言で言って、『しっかりしている。』『自分の思いを明確に言うことができる。』そんな感じをもった。



 この次元の話となれば、どちらがいいという問題ではないだろう。国民性の違い、子育て観の違い、・・・。そう。要するに、『違い』なのだ。



 そう言えば、日本が鎖国を解き、開港した幕末。日本に来た外国人の著作を読んだことがある。今、記憶のなかで書いてみるが、

「日本ほど、親子がずっと一緒にいる国民はいないのではないか。親が子どもに示す愛情は実にこまやかだ。」
「日本の母親は、いつも子どもをおんぶして、家事をしている。家事をしながら、子どもをあやしたり言葉をかけたりする。」

 確かそのようなことが書いてあった。(ごめんなさい。父親については、どう書いてあったか忘れてしまった。)


 今の日本も、こういう気風は残しているから、日本の子どもの方が、何かと親(先生)にたよる傾向は強いのかもしれない。



 もう一つの事例。子育て観の違いを明確に感じたことがある。


 これは、わたしが校長時代の話。

 この学校には、オーストラリア人のお母さんがいらした。PTAの家庭教育学級で、『オーストラリアの子育てをうかがえれば、〜。』ということになり、その方を講師としてお話をうかがったことがあった。

 
「日本の子育てで不思議に思うことは、日本人は、どうして、お小遣いとか言って、無条件にお金を与えるのでしょうか。
 お金は、本来、ただでもらえるものではないですよね。労働の対価としていただけるものでしょう。あれでは、お金のありがたみも、価値も分からないまま大人になってしまうのではないでしょうか。
 わたしは、子どもがお金を要求してきたときは、『それなら、何をしてくれるの。』と必ず聞きます。そうして、仕事の対価として、お金を上げるのです。もちろん、『ありがとう。』『よくやってくれたね。』など、感謝の言葉はかけますよ。」

とのことだった。

 子どものやる仕事としては、芝刈り、ベビーシッター、・・・、もう一つあったのだが、皿洗いだったかな。そのようなものが上げられていた。

 自分のうちに仕事がなければ、近所の家へ仕事をさがしに行くこともするとうかがった。

 こういう子育てが、上記、『ゆめののりものの絵は描けないの。』につながっていくのかもしれない。


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 しつっこいようで恐縮ですが、どちらがいいという話ではありません。日本人の常識からすれば、外国の子育てに驚いてしまいますよね。

 皆さんの思いをうかがえれば、うれしく思います。

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rve83253 at 13:13│Comments(11)TrackBack(0)教育風土 | 子ども

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この記事へのコメント

1. Posted by yoko   2007年08月28日 15:19
つい先日、友人達と集まった時のことです。まだ1歳前の子がいる友人がいて、寝かしつける時の話をしました。皆赤ちゃんを寝かしつけるのには苦労したようです。抱っこをして寝かすと布団においた時に起きて泣き出すのですよね。しかし、外国では赤ちゃんの時から子供部屋を与え、寝るときも泣いていようがベッドにおいてくる。小さい時から自立させるのねと話しました。どちらがいいかは別として、すぐに母親を頼りにして、しかも言葉に出さず目で訴えてくる我が子を思うとちょっぴり複雑です。よく言えば控えめ、悪く言えば自己表現が下手なのですね…。
2. Posted by gokuu   2007年08月28日 23:29
はじめまして、教育現場の経験談、とても素晴らしいですね。これからも時々お邪魔させていただきます。

記事の内容は、日本人の持つ集団性が良く現われているとおもいます(仰られるようにどちらが良い、悪いという問題で見てはいけないことが前提ですが・・・)

日本の社会体系である村落共同体において、ハッキリした自己主張は必要なかったでしょうし、「夢の乗り物を書いてみようと」みんなで決めたら何とか考えるのが日本人の社会性のような気がします。

大切なことはこのような事実を認識して、子供達と向かい合うことでしょう。
子供だけに限りませんが・・・・
3. Posted by toshi   2007年08月29日 01:45
yokoさん
 なるほど。寝かしつけることに限っても、外国との違いがあるのですね。日本では、親が寄り添うのは当たり前のことですものね。泣いていれば、すぐ抱っこしますよね。
 えらい違いですね。
 そう。そう。記事に書いた幕末の記録は、日本の子育て習慣に、えらく感心した調子で書かれていたのを思い出します。
4. Posted by toshi   2007年08月29日 02:02
gokuuさん
 うわあ。ありがとうございます。
 さっそく貴ブログを読ませていただいたら、驚きました。江戸時代の子育てについて、著者まで明確にして書かれていますね。わたしが読んだのもその本だったのかなあ。
 多くの読者の皆さんに、紹介させてくださいね。
http://www.katei-x.net/blog/2007/08/000322.html

《大切なことはこのような事実を認識して、子供達と向かい合うことでしょう。》
 ほんとうにその通りと思います。
 記事のアメリカの子に、日本式の学習を押し付けても仕方ないですものね。よく、『個性豊かな子どもを育む教育』と言いますが、外国人が言うそれとは、ずいぶん概念が違うのでしょうね。
 
5. Posted by きくちR   2007年08月29日 10:44
我が家の子ども達を見ていると、与えられたテーマでの想像は難しいような気がします。ですが、自分の好きなもの、好きなことをしているときは想像の世界にどっぷりつかって夢中になっています。
同時に授業中はそれなりにやっているようです。先日、ロボット製作の授業(共通の材料を渡され、あとは自由に切ったり、接着剤で繋いだり)を参観しましたが、「今日はここ(胴体部分)まで進めます」と最初に先生が子ども達に言ったように、うちの子も含めてほとんどの子が、教科書の作品や隣の子がやっていることを参考にしながら(覗きながら?)目標の部分までを要領よく仕上げていて感心しました。
6. Posted by きくちR   2007年08月29日 10:46
お小遣いについてです。小2の長男は夏休みの手伝いでタオルを畳むことにしました。一昨日まで、当たり前のようにやってくれていたのに、昨日は突然、お駄賃を要求され少し驚いてしまいました。家族の一員としての協力と小遣いを、私は暗黙のうちに引き換えにしていて驚いたのかなぁと今書きながら、思いました。
7. Posted by toshi   2007年08月30日 02:00
きくちRさん
 『家庭では親への依存心が強いけれど、学校ではけっこうしっかりとやっているようで安心しました。』という話はよく聞きますね。
《自分の好きなもの、好きなことをしているときは想像の世界にどっぷりつかって夢中になっています。》
 こうしたとらえが基本のような気がします。ですから、興味・関心を培うような指導が、最大限望まれるのだと思います。あとは、良好な人間関係かどうかに左右されるのでしょう。
 こうしたことは、外国も日本も同じだと思います。

 突然要求されれば、それは驚きますよね。日本では無償の行為と位置づけているわけですからね。
 わたしは、外国のそれは、一種の契約関係を、しつけとして大切にしているのではないかと思うのです。
8. Posted by nihonn   2007年12月05日 17:49
元校長さんが初任者指導するから教師は育ちません。やめなさい。日本のためになりません。
9. Posted by さとる名古屋   2007年12月05日 17:55
 校長さんをしていたということは、あなたは早く現場の教壇から去ったということ。こどもたちから早く離れた人に教育を語る資格はない。最後まで現役教師だった大村はま先生を見習うべきです。あなたのような偽善者論は先生の足元にも及びません。
10. Posted by toshi   2007年12月06日 05:03
さとる名古屋さん
 初任者が育たない、偽善者論、とのこと。参りましたね。
 でも、あなたのおっしゃること、分からなくもないのです。
http://blog.livedoor.jp/rve83253/archives/2006-12.html#20061217
のような例もありますから。
11. Posted by さとる名古屋   2007年12月07日 12:17
今の校長、教育委員会は己の保身のみのスタンスでいる。わたしも教師ですが指導主事なら自分の授業を見せて指導せよと言いたい。優秀な主事なら現場に戻ることです。事務屋と現場とは全くの異種。来春で現場を去りますが教育エッセイをこれから書いていきます。現場を応援し続けます。あなたのコメントを見て、こちらの非礼は認めます。少々唐突すぎました。

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